話は少し遡る。
自由都市地帯、北部の都市CITY、キースギルド内部。
「た、ただいま……」
元気のない声と共に、ゆっくりと冒険者ギルドの扉が開かれた。
「さて…………どーしたもんかねえ」
ギルドマスターのキースはバーバラの顔色を見て、溜息を吐いた。
また賭けに勝ってしまったが、虚しい勝利でもある。部下がやらかした失敗のツケを払うのは、自分なのだから。
「また失敗か。今回はなんだ?」
バーバラには簡単な仕事――食肉用のうしの運搬をやらせていた。時間はかかっても失敗しようのない仕事なのだが、この少女を前にすると話は変わる。
ぐったりと来客用のソファーに倒れ込むと、バーバラは絞り出すような声を上げた。
「乗っていたうしが暴れだして、牛舎に突っ込んだの。そこからパニックになって……」
「どうしてそうなる。教えられた通りにやってるんだよな?」
「そのつもり。私、動物に嫌われがちだからかな。ははは……」
乾いた笑い声を出し、バーバラはまんじりとも動かない。背中の随所にうしの足跡が付着して、現場の惨状を示していた。
「それで、二度と来るなって言われちゃった。わーい、嬉しいなー」
「賠償だの言われんだけマシか。ここに来て半年、もう少し
禿頭の老人はこの新米冒険者の失敗の日々を思い返す。
半年前、馴染みが「コイツは才能あるぜ!」と連れて来たのがバーバラだ。
やる気に満ち、動きも悪くないために認めたが、そこからがダメだった。
最初の仕事でケチがついた。簡単な護衛を任せたら運悪く強い盗賊団の襲撃に遭い、以降臆病風に吹かれて危ない仕事を請けなくなった。
それで危なくない雑用を任せていたのだが、ありとあらゆる理由で失敗する。こうなれば、未来は一つしかない。
「今回のが報酬無しって事だと、そろそろ危ないだろ」
少女が懐をまさぐれば、小さい硬貨が数えるほどしかない。分かっていた事だが、再確認すればより惨めになる。
「……うん。残金10ゴールドちょっと」
「それじゃ明日には干上がって何も出来なくなる、と」
「うううう…………」
がばっとバーバラが起き上がり、縋るような目つきでキースの手を取った。
「キースさん! 簡単で、命の危険がなくて、お金が沢山貰える仕事をちょーだい!」
「そんな仕事はない。ないと、言いたいんだが……な」
都合の良い事に、そんな仕事が今日舞い込んでいる。
キースはカメラを取り出した。
「視察目的で撮影してくれって依頼が来たぞ。こいつを持って行ってある場所を撮るだけでいい。それだけで一枚でも5000gold、追加もガンガン出すそうだ」
「えっ!? 大金じゃない! 受ける受ける受ける!」
「ただし、その場所は翔竜山。お前も知っているように、魔物界の森を抜けた魔王城のある山だ」
「今の無し! 受けない受けない受けない! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
目を輝かせたり、バッテンマークを作ったり、動作の激しい少女だ。ただし、キースがバーバラに推す理由も一応存在する。
「まあ聞け。魔王配下の魔物は美女、美少女なら殺さないように厳命されているそうだ。むしろ野良魔物に襲われていたら『保護』しろだとか。つまり命は安全だ」
魔王ランスは女好きで、キースはその性格を知っている。
攫った女は全て逃がしているし、可愛い子限定で、翔竜山は魔物界で唯一安全な場所と言えた。
「で、でも、そんな曖昧な基準に私が入るかどうか分からないでしょ?」
体を縮こませて不安を零すバーバラに、キースは苦笑で答えた。
「はっ、お前さんなら大丈夫だよ」
バーバラが美少女ではないという扱いは、ありえない。
整った顔立ちに薄く青い空色の瞳。肩までかかる金髪は美しく輝き、見る者の目を引く。
傷んだ冒険者服を纏っていようが、バーバラという宝石の輝きは誤魔化せない。
もし、キースが彼女の長所は何かと問われれば、現時点ではその美貌ぐらいだと答えるだろう。その程度には他の長所に比べて分かりやすく、卓越していた。
(特にランスには、な……)
ランスは可愛い女が好きだった。それも笑顔が可愛い女が好きだ。冒険者時代のランスがこの場にいるのならば、遮二無二バーバラをモノにしようとするだろう。
今は不安そうに顔を暗くしているが、元来能天気の部類で笑顔をすぐに見せてくれる。まず気に入るという確信が、キースにはあった。
「それで、その、結局、『保護』されると……」
「犯されるだろうな。それはもう」
「うううううう……何も変わらないじゃない。つまり、魔王に犯されてでも達成しろって任務じゃないの!?」
ギルドマスターが勧める仕事なのかという責めに対しても、キースは意に介さない。
「かもしれんな。だが、稼ぎの良い仕事は命を賭けるもんだ。貞操を賭けるだけで済むなら、まだ安いもんだぞ。そしてお前が言ったような都合の良さそうな仕事は、これだけだ」
次に取り出す書類はありきたりで、バーバラが苦手としているものばかり。
「他に回せそうな仕事は蜂の巣の駆除か汚染地帯の除去。あと、荷駄の護衛か魔物退治があるな」
「うっ……」
バーバラの前に、選択肢が用意されていく。
キツく、地道で、稼ぎの少ない下働きか、自分が避けていた仕事。
そして失敗すれば、犯される冒険。
金は少ない。受けなければここで暮らせなくなる。
「どんな仕事にも一長一短あるもんだ。バーバラはどうしたいんだ?」
キースは何枚もの依頼を机に広げて、いつものように選択を迫った。
「ううん……ちょ、ちょっと待って。考えさせて」
バーバラはソファーに戻って、頭を抱えてウンウン唸り始めた。
キースが見る限り、バーバラは戦闘以外ダメダメだ。器用ではないし、注意深さもない。楽天的な思考がそのままミスへと繋がっている。借金とツケが嵩むばかりになると本人も悟っただろう。
されど戦闘系の仕事は最初の失敗で臆病になり、避けている。彼女は今、詰んでいた。
(さーて、どういう答えを出すかな?)
そして、ここが殻の割りどころだった。
「うーん……あっ、これなら……!」
何かを思いついたか、バーバラは手を叩いた。晴れ晴れとした表情で机に向かっていく。
「決めたわ。これで!」
そう言って、少女が引き抜いた任務は、翔竜山撮影。
最も危険な仕事を、バーバラは選んだ。
「…………お前さんがそっちを取るとは思ってなかったよ」
実際のところ、キースは最初の仕事を任せる気があまりなかった。
あれは見せ札で、比較的マシな戦闘系の仕事を請けさせる為の依頼だ。魔王に生贄を捧げてまで金を欲しがるほど耄碌していない。
「ふふふ……私には秘策があるのよ。私にしか出来ない秘策がねー」
今までの悩みが嘘だったかのように、バーバラは不敵に笑った。
「そうかい、そうかい。ちなみにどうやって行くつもりだ? それまでの旅費はどうするんだ?」
「うっ」
カメラを取った少女は、固まった。
それを見たキースは笑みを深くして、懐からコインを取り出してバーバラに握らせる。
「500goldありゃ十分だろ。高速うし車も手配してやるよ。三時間後に出る俺の便に乗る許可証も書いてやる。どっちだ?」
どっちだとはゼスかヘルマンの事だ。
この大陸は西側が魔物界、中央北がヘルマン、中央南はゼス、東部北はリーザス、東部南は自由都市地帯とjapan、というように国家が分かれている。
世界の中心にある翔竜山に行こうと思ったら、ゼスかヘルマンに行く必要があった。
「西ヘルマンのランク・バウに……」
「あいよ。お前さんの故郷の方だよな」
キースは一つの印紙にサインを加えて、バーバラに渡した。
キースギルドは高速うし車の便もやっているが、まだお気軽に安くとは言えない。
さらに、渡された額もこれまでの糊口を凌ぐ生活費とは違う。ある程度の活動資金であった。
「……いいの? 旅費までまとめて握らせて」
「長くやってりゃ見分けはつく。お前はまだ若いんだから、多少は楽しんでいけ」
「キースさん……」
胸に両手を添えたバーバラの肩を、キースは強く叩く。
「ツケに決まってるだろ。野垂れ死にされたら回収出来んから必要投資だ。踏み倒すなよ」
「う、うん。ありがとう! それじゃあ行ってきます!」
春の陽気のような笑顔を咲かせて。
バーバラはキースギルドを出て行った。
長距離遠征となれば、必要なものは色々出る。携帯食、水、装備の手入れ……CITYの街並みの中で、自分の出来る準備を進めていく。
ただ、その中でバーバラの心にあるのは秘策の事ばかり。よりもっと踏み込むならば、コネだ。
バーバラにはコネがある。魔王軍に顔が効き、安全に魔王城に行く手段を持ちながら、人類で働いている女性と知己だった。彼女に会えると思うと、心が躍る。
「ペルエレねーさん、元気かな。元気だよね、ふふっ…………」
うし車に向かうバーバラの足取りは、とても軽かった。
一日後、大陸中央部、国際共同都市シャングリラ。
広大なキナニ砂漠の中心にあるオアシスの都市は、交易都市として栄えていた。アウトバーンという整備された道が各国に伸び、円滑な行き来を可能としている。
うし車による各国への高速便はここを通る事が多い。バーバラも例外ではなく、この都市に到着していた。
砂漠の便は夜に出る為、日が昇っている間は観光する時間がある。
この都市の特徴は強い日差しと乾いた空気、それよりも熱気のある商人達……だけではない。
「いらっしゃーい、安いよ安いよー! そこの嬢ちゃんもどうだい?」
「いや、あんまり無駄遣い出来ないからごめんね」
「ちぇっ」
今声をかけて来た商人は、バーバラの半身より小さい亜人種族、ポピンズ。
身長60cm程度で成人の、小手先が器用な種族。
「うわ、この団子高ッ!? 買う人いないでしょ」
「これが結構需要あるんだよ。ほら今も」
「買うぞ、これで文句ないな。ヌヌヌ」
バーバラの横を押し退けて、長身のバッタが団子に三桁の金を出した。
宇宙から来たと言われる外骨格を持つ亜人種族、ホルス。
「毎度ありー」
そしてその金を二本の触手を使って集める魔物、イカマン。
「最後の一個ですよー、いかがですかー?」
声をかけて来たのは、額にクリスタルがある女しかいない亜人種族、カラー。
「あ、コロッケ屋、この価格ならいいかな。これください」
「ありがとうございまーす」
バーバラは揚げたてのコロッケを受け取り、口に含んで周囲を改めて見回す。
「……ほんと、凄いなあ」
これが、シャングリラ。異国情緒の中に、ありったけのファンタジーが詰まっている。
人も魔物も亜人も問わずに、ありとあらゆる種族が平和に過ごしている都市であった。
バーバラにとってこの都市は、好ましいほどに騒がしく、何を見ても飽きない。
魔物兵が荷物を運び、人間に対して礼儀正しく頭を下げている。カラーと人間が仲睦まじく腕を組み、買い物をしている。ツインテールの少女がやかましく喚き、カラーに食ってかかって憲兵を呼ばれている。
常にどこかに喧騒があり、笑顔がある。つられて頬が緩むのも仕方がない。
角を曲がって大通りに出ると、また一つ。
「長田君、ありがとー! お別れするの寂しいよー! 寂しいよー!」
「うわーーーん、俺もーーー! ナギさーん! びえーーん!」
「うぅ……お姉ちゃんだって我慢してるのにぃ……」
魔法使い、ハニー、カラーの幼子。ポピンズに大男、バーバラぐらいの少女まで。
皆が別れを惜しみ、中には抱き合い、感極まって泣き出している者もいた。
ただ、只者ではない。手に持つ武器が、纏う気配が常人とは違う。大男はこんな時でも周囲に目を配るのを忘れない。
「冒険の解散、なのかな?」
この街の中でも、一際深く印象に残る集団だった。輝きが、他とは違う。
「う、ううううう…………やだやだやだー! ボクはもうお姉ちゃんとここでずっと暮らすー!」
そんな中で、茶髪の少女がカラーの幼女に熱烈に抱き着いた。
「にゃにゃにゃにゃあー!? エールちゃん、気持ちは分かるけど落ち着いて。お母さんに顔見せに行くんでしょ?」
「それならボクと一緒に母さんのところまで行こ? お姉ちゃんの無い生活なんて考えられない。死んじゃう」
少女はカラーの女の子を抱きしめたまま持ち上げると、物凄い速さで一団から離れて、バーバラの横を駆け抜けた。
「あっ、あっ、あっ、力強い! 連れ去れられるー!」
「エールを止めないと! せっかくの雰囲気がぶち壊しだよ、もー!」
エールと呼ばれた少女を追うべく、一団も次々と追いかける。
これまでで最も騒がしく、だからこそ心から冒険を楽しんできたと分かるパーティだった。
「……いいなあ。ああいうの」
あの姿は冒険者としてのバーバラの理想だ。いつかやってみたい。楽しく、騒がしく、心が暖かくなるような日々を過ごしたい。
ただ、それは今ではない。
(あの子、レディチャレンジャーだったなー)
バーバラは自分の体に目を落とし、傷んだ自分の服を引っ張る。役目は果たしているが、大した防御力は期待できない配布品。これをまだ買い替えられていない。
エールは女性冒険者憧れの高級品。それに対して自分は初期装備の安価なもの。
持ち得る実力も、装備もかけ離れている。見た目だけでも劣らないのは、母から贈られた膝丈のスカートぐらいだった。
あの手の冒険者になるのは、ツケを完済し、まともな冒険者となってお金に困らなくなってからだ。楽しさを追い求めるのは贅沢過ぎる。
バーバラは駆け出し冒険者だ。稼がねばならない。
未だ何も持たない手に視線を落とし、握り締める。目指す姿を見れたのは幸運だったと考えて、前を向いた。
「よーし、がんばろーっと!」
この上なく幸せな旅の終わりの陰で、バーバラの冒険が始まっていた。
エール・モフス lv302
この世界の3人の主人公の一人、ベストフレンドは長田君(1日3破砕)。
原作基準過激派悪戯っ子、自分だけのエールちゃん。第三者視点でご登場。
根は突き詰めると良い子だが、身内以外にはあまり容赦しない。
リセットに関しては性格が壊れる。
ランスロス末期、愛と禁断症状が我慢出来なくなってついに投稿。
ランスシリーズについて語りたい。
リブート版。