※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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王都リーザス① 鬼畜王戦争の爪痕

 聖人alicemanの碑。リーザス王都の辺境である肥沃三山月地帯にそれは存在する。

 aliceman銅貨を捧げると様々な力を与えるという言い伝えがあり、実際その恩恵を受ける冒険者もいる。ただし、全ての冒険者が受けられるものではない。

 理由は二つ。一つ目としては肥沃三山月地帯は少し手強い魔物の生息地帯であること。

 二つ目は碑周辺が場違いに強い魔物の住処であること。碑周辺ではベテラン冒険者にも手に余るミスコーンが出没する。この魔物に見つかり、角を体に生やす冒険者は数知れず。

 これらはあくまでそれなりの冒険者達の話だ。バーバラには関係がない。

 

「ホュュュン……」

「ここが聖人の碑とやらかー……」

 

 三角獣はエスクードソードを頭に生やして倒れ込んだ。勇者の剣と真っ向から喧嘩した結果、頭角ごと頭蓋を破壊されている。

 バーバラにとってはミスコーンも、るろんたも一撃で死ぬ雑魚でしかない。それより周囲の景色の方が興味を惹いていた。

 三日月地帯が見下ろせる丘の上。ヘルマンでは中々見れない緑豊かな景色が一望できる。踏みしめる草木も世界に整えられたかのように短く、歩きやすい。吹く風も優しく、魔物がいなければピクニックをするのに絶好の土地だろう。

 バーバラは感嘆するような景色を楽しみつつ、従者に銅貨を投げた。

 

「私はやり方知ってるけど、コーラがやってね」

「はいはいっと……」

 

 コーラはぐちゃぐちゃになった墓石に近寄っていく。誰かに蹴られたか、『聖人alicemanの碑』と書かれた碑はひっくり返されている。コーラは意に介さず、その碑にある穴に銅貨を入れた。

 

「冒険者よ、経験を積みし冒険者よ、祝福する、祝福する」

 

 すると、碑から半透明な薄っぺらい幽霊が現れた。

 

「これ、見たことある……アリスマンレディと一緒の奴だ」

 

 名前からそうじゃないかと予想はしていた。胸元にAの文字。一つ目。リボンやブラがないだけより手抜きに見える。金運大凶を押しつけた憎き相手に酷似した存在だ。

 

(ま、とはいえ今回は危惧してないんだけどね……)

「我はALICEMAN。冒険者を助け、助ける者なり。さあ、選びなさい、スキルを選びなさい」

 

 アリスマンは何かが決まり切っているように、淡々と言葉を紡ぐ。

 あらかじめコーラから話を聞いていた。銅貨は一度使用すると回避不能でスキルを押しつけられる。スキルは6つの中から選択可能で得なものばかりであり、発声すると手に入る。

 スキルの内容を聞く限り、今のバーバラにとって欲しいのは『守銭奴』一択だ。1goldでもお金が欲しい

 

「冒険に役立ち、役立つスキルをひとつ授けよう。さあ、6つの中から選びなさい」

 

 そう言うと、アリスマンの周囲に6つの単語が浮かび上がった。

 

『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』 『戦闘狂』

 

「いずれかひとつを発声し……」

「戦闘狂しかないじゃない! ふざけてるの!?」

「冒険者よ、進め、そして進め。その道程は我と共にある……」

「あっ……あ、あ、あーーーー!」

 

 アリスマンは朧気になり、消えていく。

 バーバラの突っ込みもまた、発声にカウントされていた。どのみち戦闘狂しか選べない可能性が高いが、ゼロスリースキルについて聞く事も出来なくなってしまった。

 

「おめでとうございます。今ので獲得経験値が2割アップしましたよ」

「う、嬉しくない……」

 

 バーバラはがっくりと膝をついた。それでもせめて気を紛らわそうと、もう一度景色を見る。

 見る景色は昔と概ね変わらないが、20年前にはないものがある。それに目を奪われる。

 池にざっくりと刺さる巨大な氷柱だ。8月なのに、全く溶ける気配がない。

 

「リーザスに来た収穫は、今のところこの景色だけねー……」

 

 圧倒的な術者の呪いによって作られた、決して溶けぬ氷。

 魔王の爪痕が、そこにはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーバラは冒険者としての心得から酒場に向かった。本人は全く酒を飲まないが、情報を得る事は出来る。何も知らないリーザス城下を闇雲に動くよりかはいい。ふらんだーすという酒場は夕方前ということもあって、客が少なかった。今はカウンターに座って、オムライスを食べつつ店主の話を聞いている。

 

「こちらの裏手にある氷砂糖が宿屋としてオススメです。パリス学園方面に行けば雑貨家や防具を売っている店がありますね」

 

 いつも共にいたコーラの姿はない。バーバラだけが一人で店主と向かい合っている。

 前勇者の時代に散々暴れた従者は大都市では不便な存在だ。「呼べば近くにいます」とだけ言い残して、どこかへと消えてしまった。久しぶりの単独行動は少し不安もあったが、問題は無かった。

 

「ふむふむ……城にはどうやったら入れるの?」

「許可証を貰う必要がありますね。冒険者さんが手に入れたいのでしたら、公園の傍にある情報屋を利用するといいかもしれません」

 

 店主、パルプテンクスは慣れた調子で城下町の案内をしていく。ここの店主をやって20年あまり。冒険者の案内など日常茶飯事だ。

 

「冒険者さんはどうしてこの街に来たんですか?」

「んー……成り行きだけど、噂を試してみたくて。金があるならリーザスへ行けって」

「ああ、確かにこの国は良い物が多いですからね。楽しんでいってください」

 

 パルプテンクスはくすりと笑みを浮かべて、レモンティーをサービスで差し出した。

 バーバラの言う噂とは、少し前に一世を風靡したジョークである。冒険者になる前に、現在の世界情勢を風刺したものだ。

 

 金を稼ぎたいなら自由都市へ行け。一文無しでもチャンスはある。

 商人ならシャングリラに行け。全ての客がそこに集う。

 金を使いたいならリーザスへ行け。後悔はしないものばかりだ。

 腕に自信があるならゼスへ行け。軍人になれば豊かな暮らしができる。

 魔王が怖いならJAPANへ行け。一番最後まで安全だ。

 魔王が嫌いなら東ヘルマンへ行け。仲間達が待っている。

 西ヘルマンは滅びるから行くな。魔軍に蹂躙される。

 

 自分の国がオチで滅びると言われるあたり苦笑いするしかないものだが、概ね正しいから流行したという事だ。このジョークはバーバラが自由都市に行くキッカケだった。そして、今のバーバラの所持金は5万goldを超えている。リーザスでも相当良いものが買える。

 

(いい加減、安物オンリーは卒業したいし……)

 

 身に纏う装備は半年前から変わらない。ギルドから支給された冒険者服と鞄だ。半年も使ってればほつれも目立つ。今の彼女の見た目では、優秀な冒険者と名乗っても信じられないだろう。大きな仕事を受けようとしたら、多少の装いが欲しかった。

 

「そういえば、この近くで大きな氷の塊を見たの。池の真ん中に突き立って、とっても大きな奴。あれは観光名所か何か?」

「あ……」

 

 パルプテンクスの顔に影が差した。胸に当てていた盆を下げて、視線も下がる。

 

「そう、ですね……今では観光名所なのかもしれません。あれは……魔王ランスがやった事です」「魔王ランス!?」

「6年以上前……鬼畜王戦争の時ですね。魔王もリーザス城まで迫りました。軍隊がいても、意味はありませんでした。この街にも魔王が現れて、人々を襲ったんです」

 

 実体験なのだろう。体を固くして、指に力が入っている。

 

「魔王は恐ろしく……抗いようのない存在でした。少しでも時間を稼ごうとした人はみんな殺されました。気まぐれのように城下町を破壊のどん底に落とし、空には異形の魔人が飛び……この世の終わりのような光景でした」

「……………………」

「私は逃げ遅れちゃって、仕方がないから酒場の隅で隠れていたんです。ところが、魔王ランスが入ってきました」

「魔王ランスを見たの!?」

「はい。全身黒い鎧でヘルムをつけた、とても恐ろしい姿でした。彼は私を連れ去ったんです。そこには、同じような凌辱を受けた知り合いが何人もいました。体中が粘液塗れになって、息も絶え絶えになっていました。そして魔王は、道のど真ん中で私の服を破って、犯し始めましたっ……」

 

 そこからは、生々しい魔王による凌辱だった。淡々と魔王の衝動を性処理用の道具のように使われた実体験。

 

「いくら泣いても許してくれなくて、それどころか全く衰えずに何度も何度も中でっ……」

「…………?」

 

 呆気にとられたのと、パルプテンクスの語りがあまりに上手いから聞き入ってしまったが、ここでバーバラは気づいた。

 もしかして、これって猥談じゃないか。

 

「ヘルムの隙間から見える目は、知っているけど知らない人のようで……でもその眼差しが私を犯していることを容赦なく突きつけて……それで、それでっ、はぁはぁ……」

 

 いつしかパルプテンクスの声は陶然とし、上擦っている。体をくねらせてなんとも言えない色気を発し始めていた。

 

「身体の熱は、心と共に熱くなってぐちゃぐちゃのどろどろで……魔王だと知っても受け入れてしまって……!」

「……お勘定、ここに置いておきます」

「ああいやっ……そんなところまでっ、だめだめぇっ……ランスさぁんっ……!」

 

 実体験なだけに酷すぎた。完全にトリップし、店主は気づく事もないまま話を続けていく。

 バーバラはもうこの人からは情報収集が出来そうにないと諦めて、酒場を出た。

 

「魔王にやられちゃった人なんだろうな……可哀想……」

 

 そうして、夕日を身に浴びつつ次はどうしようかと考えた時だった。

 

「アーちゃん、またねーーー!」

 

 上から、幼い声が聞こえた。それと共に、すたりと小さな女の子がすぐ近くに降り立った。

 緑髪のランドセルを背負った女の子は向き直り、上にいる仲間に手を振る。

 

「しんげんくん。ネロくん。フランちゃん。またあしたー!」

 

 そう言って、その幼さに似合わない速さで公園の方に去っていった。

 

「元気ねー……ありゃ才能持ちなんだろうな、って……」

 

 声のした方を向いて愕然とした。酒場の屋上で子供達は腕を振っていたからだ。

 

「5メートルはあるんだけど? 嘘でしょ……」

 

 先程駆け抜けていった幼女は、状況的に屋上から飛び降りた。それをなんでもない事のように、日常のように扱える。とんでもない身体能力の持ち主だ。

 才能がある人間は小さい頃から一般人とは違う。それで多少は見分けがつく。バーバラ自身も同世代のかけっこやら身体能力勝負になったら負けた事がない。才能があるからだ。10を超える頃には剣の真似事でも大人に勝ちだした。

 一般人の子供なら今のでも死ねる。重症、骨折などの怪我をする。さっきの子供がそれをやれるのは、自然に出来ると感じるからだ。つまり、それだけの才能がある。

 

「よーーし、わたしもっ!」

「ちょっ……!?」

 

 後追いが出た。黒衣の女の子が屋上から飛び降りる。

 女の子は以外にしっかりとしたバランス感覚で受け身を取るも……衝撃を受けきれず、ごろんごろんと転がって植えてある木に直撃した。

 

「ぎゃーーーー!」

「だ、大丈夫!?」

 

 バーバラは慌てて駆け寄った。

 

「う、ううん……」

 

 女の子はぐるぐると目を回している。バーバラの目には大事ではないように映るが、見た目だけで判断してはならない。

 

「ああもう、膝小僧すりむいちゃってるし……」

 

 いくつか細かい傷が出来ている。包帯や絆創膏がところどころにあり、生傷が多い。白磁のような美しい肌が台無しだ。

 自分なりの介抱と応急処置をしているつもりだったが、その内に少女の意識がはっきりしたらしく、身体を捩り始めた。

 

「名前言える? 頭は大丈夫?」

「んー……フラン・リンクル! だいじょうぶ!」

 

 ほんわかと笑って、フランと名乗った少女はバーバラを抱きしめて来た。

 

「ちょ、ちょっと……」

「しんぱいしてくれてありがとー……えへへぇ……」

 

 青い髪飾りが揺れる。いずれ美少女間違いなしの整った顔立ちは、生気に満ち溢れていた。

 フランはすぐに立ち上がり、バーバラを抱きしめた。太陽のような笑顔を浮かべている。

 

「うーん。懐かれた……」

「ぼうけんしゃさん? お姉さん、ぼうけんしゃさん?」

「うん。冒険者のバーバラ。フランちゃんはなんでこんな事をしたの? 危ないでしょ?」

「アーちゃんができるなら、わたしもできるはず! またしっぱいしちゃった、てへっ」

 

 フランはコツンと自分の頭を叩く。そんな事をやってるから生傷が絶えないんだろう。

 先程の子供は規格外も規格外だが、目の前の子も才能の塊だった。バーバラの幼い頃とほとんど劣らない。バーバラはここまで無謀ではなかったが、理解と共感は出来る。才能のある子供は背伸びをしてしまうのだ。普通は大人達が壁になるものだが、フランにとっては同世代がいた。どうしても競い合ってしまうのは自然だ。

 フランはバーバラをぎゅーっと掴んで離さない。もう自分に出来る事はないのに、にこにこして寄りかかってくる。

 

「そろそろ離してくれると嬉しいんだけど……」

「だめー! お母さんのところへいっしょに行こ?」

「……なんで?」

「ぼうけんしゃさん、お客さん! わたし、かんばんむすめ! お母さん、ぶきやさん!」

 

 母親は商売をやっていて、冒険者向けであることを拙くも伝えてくる。元よりお金を使いに来たバーバラにとっては、渡りに船ではある。

 

「分かった。看板娘にこう言われちゃったら断れないかなー。一緒に行きましょうか」

「わーーーーい!」

 

 バーバラはフランと手を繋いで、リーザス商店街へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 リーザスには看板の無い武器屋がある。フランはそこに迷わずに入っていった。豪快にドアを開け放つ。

 

「ただいまーー! お客さんつれてきたよー!」

「……フラン、また怪我して……」

 

 フランの母親は娘に気づき、椅子から立ち上がって心配そうに近づいていく。娘とは対照的に、月のような静けさがある女性だった。

 

「お客さん、ぼうけんしゃさん!」

「どうもー。この子が目の前で飛び降りちゃったので心配でついて来ました」

 

 ミリーはバーバラに対して軽く会釈をした。そそっかしい娘を連れて来た人は恩人だ。

 

「…………ありがとうございます。私はこの子の母親で、ミリー・リンクルです」

 

 そう言ってフランの傍に座り、慣れた手つきで傷を消毒し、包帯を巻いていく。

 

「ミイラおんなー、えへへー」

「もう少し、落ち着いてくれるといいのだけれど……」

 

 難しいかなと呟きつつ、あまり暗くならずに作業を進めるミリー。その間にバーバラは店の物色を始めていた。

 リーザスの武具店というだけあって、非常に良質なものが揃っている。CランクからAランクまで区画分けされて種類も豊富だ。ただし、机の上のショーケースの中に可能な限り押し込まれている感があり、整頓はされていない。逆にすぐ手に取れるところにあるのは防具ばかり。こちらは完全に整理されている。

 

「防具はしっかりやってて、武器が適当なのはどうして?」

「この子の手が届かないところに置かないと……やらかすんです。そして怪我するんです」

「ああ、そそっかしそうだもんね……」

 

 今も掌で何かを遊ばせていた。というかプチハニー爆弾にしか見えなかった。見ている内に赤黒く光り、膨張を始めていく。爆発の兆候だ。

 

「ちょっ、これ……!」

 

 青くなったバーバラの機先を制するように、ミリーは言葉を紡ぐ。

 

「偽物ですよ。基礎学校のニミッツ先生が贈ってくれたものです」

「マジックアイテムー!」

 

 次にフランが叩くと、プチハニーの陶器は縮小した。いたずら用のアイテムだ。

 フランは何故かこの手の爆発に巻き込まれやすい。不幸体質寄りと言えるが、どちらかというとミリーの絶対幸運の巻き添えに近い。ニミッツのプレゼントは本物を避ける役割を果たしていた。

 

「かのやまシールド、妖刀うるおい竿……ユニークなものもあるなぁ……」

「品揃えだけはあるので、ゆっくりどうぞ」

 

 この中で買うとしたら冒険者鞄だろうか。二千はする高級品だが、デザインも機能も良い。それと衣服……と、見ていく中で衝撃的なものがあった。

 

 運命の出会いだ。バーバラにとって、そうとしか思えなかった。

 

 Aランク判定されているから上等なものだろう。しかしそんな事はどうでもいい。ただバーバラにとってのセンスに完全に合致するのだ。一流になったら着てみたいと考えている衣服が、そのまま目の前にある。

 皮鎧にマントのセット売り。今のスカートに組み合わせる姿を想像する。

 最高に格好いい。どれだけ高くても欲しいとすら思う。

 

「この商品の値段はいくら?」

「やめた方がいいですよ。緑の服の人専用で、微妙にやばいです」

「緑の服を着ないと駄目って事?」

「いや、そうじゃなくて……緑の服の人に対してやばくなります」

 

 ミリーは忠実に商品のカタログを話した。バーバラにとっては余裕で無視出来るデメリットだ。

 

「この服にします! この服をください!」

「自動再生機能とかあるせいで、Aランクの中でも高いですよ。5万goldになります」

「私が出せる額ね!」

 

 バーバラは財布から1000goldコインをひっくり返してミリーに渡した。これで手持ちは2000goldもないが、この服に比べればどうでもいい事だ。

 本人の意思が固いなら何も言う事はない。ミリーは服をショーケースから降ろして渡した。

 

「うーん、カッコいぃ~……リーザスに来てよかったぁ……」

 

 服を着たバーバラは鏡の前で小躍りをした。剣を持ってポージング。Uターン、マントをはだけて恰好つける。様々な方法でどう自分的が魅力的に見えるか試していく。

 ひとしきり満足した後に、フランを膝に乗せたミリーへと振り返った。

 

「この店、良い店でした! また利用させてください!」

「………………どうも、ありがとうございます」

「他でも宣伝させてください! なんてお店ですか?」

「ありません」

「え?」

 

 視線は本と娘に注がれており、顔をこちらに向ける事はない。初対面のバーバラには、ミリーの感情を読み取れなかった。

 

「昔は『あきらめ』という名前でした……もうその看板は降ろしました。相応しくないので」

 

 華奢な体でフランを包み込み、また一つページをめくる。

 済んだ商談よりも、娘の相手をする方が大事だと言っているようで、バーバラは背を向けた。

 

「バーバラおねーちゃん、またきてねー!」

「……またね!」

 

 別れ際、看板娘の方が営業が出来ていた。はきはきとした優しい声と共に腕を振り、別れを惜しむ。数年もすれば、彼女見たさに多くの客が来るようになるだろう。

 バーバラは武器屋を後にした。残されたのは母子だけになる。

 

「このよみかた、なんて言うの?」

「まおう。この本は、魔王の御伽噺だから」

 

 人が魔王になり、魔物を率いて人類を襲うようになる御伽噺だ。魔人や魔王、魔物が人類の敵であり、生きていく為には気をつけろという本をミリーは読み聞かせていた。

 

「魔王が来たら逃げましょう。魔人が来ても逃げましょう……」

 

 娘に言い聞かせている話は当たり前の話だ。だがミリーは実際にそれをやらなかった。

 第二次魔人戦争以降、ミリーは半ばヤケになっていた。自傷癖こそ無かったが、生きる意味が見つけられなかった。無意識に死に場所があればいいと思い始めていた。

 絶対幸運が邪魔だった。勇者災害で城下は大きな被害を受けたが、悉く不在だった。また自分以外の人が死んだ。でもミリーは傷一つない。

 店の経営も時折今のようにバカ高い商品を買う人がふらりと現れる。何もかもが順調。

 だからこそ、ぬるま湯の世界に刺激がなかった。

 

「長男は家を失いたくないから、魔王に立ち向かって死にました。次男は魔王にお金を積んで助けて貰おうとしましたが、魔王は聞く耳を持ちませんでした。結局ただ逃げた三男だけが、後に働いて家を建てられました」

 

 そんな中で鬼畜王戦争が起こり、リーザスも襲われた。

 幸運だから逃げるチャンスは舞い込んでくる。ジオの武器屋がここに来て、一緒に逃げようと言ってきた。その後の暮らしも用意しているとも。

 ミリーはその手を振り払って、家に残った。

 そこが死に場所で良いと思ったのだ。魔王なら殺してくれるかもしれないと。

 そのまま彼女は数多の救いの手、チャンスを拒否して魔王ランスと遭遇する。

 絶対幸運と魔王、どちらが勝つのかという彼女の人生最後の問いかけは――――両者勝利で終わった。

 

「……本はこれで終わり、面白かった?」

「とっても!」

 

 魔王は気の赴くままにリーザスを破壊し、その一方で彼女は生き残った。

 その後の暮らしの変化としては、この娘がいる事だろうか。

 

「えへへー……こんどはわたしのばん! 今日ね、アーちゃんとね……」

 

 フランには幸福なんてない。むしろミリーの巻き添えで怪我が絶えない。そそっかしいからいつも心配だ。

 フランの怪我は自分が怪我するより遥かに胸を痛める。不幸もある暮らしだが――

 

「…………ふふ」

 

 せわしなく膝の上で動くフランを見ると、どうしても笑みがこぼれる。

 生きてる実感はここにあり、彼女は幸福体質に関係なく幸せだった。




バーバラ(ランス10ブックレット)
 ある程度お金を溜めて遂に安物の冒険者服から卒業。
 やっとブックレット仕様に。

フラン・リンクル
 パリス学園基礎学校。商店街の二人、魔王の子の一人と仲良し4人組でよく遊んでいる。
 ニミッツ先生の胃痛の種。

 活動報告欄に、末期患者以外は気持ち悪いものを掲載しました。
 ポンポン怪しいものを出しちゃって大丈夫? というものに対する回答になります。
 どこぞで話題、あるいは不満になった『ミラクル仮説に対する修正論』です。
 細かい事はいいんだよで全然飛ばしても問題ありません。
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