「登録者は女だったぞ。登録の時に見たが間違いなく美人だ!」
「マジかよ……! アレが見られるのか……!」
コロシアムは、いつにない異様な熱気に包まれていた。賭けの為に殺気立ちがちな観客は、今日は別の意味と期待で興奮している。この熱気は新参者がスーパーコースを選択したからではない。新人が女性で、院外の翁と戦うという事が広まったからだ。
院外の翁は精神系魔法のエキスパート――より正確に言うと、最低のエロ爺だ。闘神大会に出場もした実力者ではあるが、このコロシアムでは彼の本領が発揮された。
一か月前、突如として現れたこの老人はコロシアムの現行ルールを逆手に取った。男相手の対戦は適当に戦って降参したが、女性相手の対戦、ランキング戦では必勝。
翁の魔法によって女は狂い、コロシアムは公開凌辱場と化したのである。
その力が知れ渡った試合以降、誰しもある程度のレジスト、対策を用意して来たが無駄だった。この特化型魔法使いの力は常軌を逸していた。あっさりと貫通されて、痴態を晒す。歴戦の強者達でも戦闘にならず、同意の上で股を開いてからやっとギブアップする。
リーザスはこれを受けて、女性を一時的な強制引退で退避させた。興行は女の子モンスターとの対戦でも成立する。物好きな貴族が飽きたら適当に排除するつもりだった。しかし、新たな犠牲者が現れた。
あと何度見れるか分からない、魅力的な痴態ショーが始まろうとしている。
「伯爵殿の魔法使いは凄い人気ですな。今回の映像はどうなりそうですかな?」
「しっかり本人に持たせてあります。最高のものを提供させて頂きますよ」
「おお……そのラレラレ石は金塊より高値がつきそうですなあ」
趣味の悪い貴族達は下種さを隠す事もなく、いかに自分達が愉しめるかについての算段を立てている。下層も大して変わらない。入口にある入場列はごった返して殺気立つ。
「自由席完売でーす! もう立ち見しかありませーん!」
「魔法ビジョンでは放映されないからって足下見やがって……! 立ち見300goldかよ!?」
「500だろうが俺は出すぞ! いいからよこせ!」
次々と、獣欲を掻き立てられた男達が群がっていく。開催時間はもうすぐだ。
リーザスの王立コロシアムは、閉じたドーム状の施設だ。その中は密閉空間となっており、観客は全方位から闘技場が見下ろせるようになっている。最大1万人以上を収容出来るではないかという広さと大きさがある。
その闘技場の全周に人、人、人。今日は男ばかりで超満員。
先程まで闘技場の中央で四天王の見事な戦いがあった。だが皆ほとんど興味がなく、早く終われと思っていた。
実況がマイクを手に持ち、司会進行を続けていく。
『紳士の皆様、お待たせいたしましたァ! 本日のメインイベント、新人バーバラのランキング戦スーパーモードが始まります!』
歓声が上がる。
今日の主役の時間が来た。大観衆は今か今かと待ちかねていた。
『この闘技五連戦は勝ち上がる度に一時間のインターバルが与えられます! その間は他の闘士達が様々な魔物と戦うので退屈させません! さてニューカマーはどこまで駆け上がるのか! まずは第一戦目になります!』
そして闘技場に、ゆったりとしたローブ姿の魔法使いが姿を見せる。
『初戦の相手はランキング9位から! ”女相手なら必勝”院外の翁! ギブアップの声は何時間後に聞けるのか!? コロシアム史上最も長期戦になる魔法使い!』
老人が姿を見せると羨むような、どこか期待するような声が観衆から上がった。彼等の多くは勝敗に興味はなく、その途中にある凌辱が見たいから来ていた。
「フェッフェッフェッ……」
しわがれた老齢の男は嗤っていた。腕は筋張っていて杖より細い。闘技参加者の中で最も弱く、レベルが同じならば一般人にも劣るだろう。それでもこの男は自分の魔法を極めてから、女性相手に負けた事がない。自信に満ちている。
院外の翁とは竿役だ。つまり、この世界では強い。とんでもなく強い。
これまでの女性はタイマンになった時点で詰みだった。あっという間にCGシーンが始まっていた。
「今日はどのシチュエーションで行こうかのう。催眠? 契約? 認識操作?」
力の無い爺に嬲られるとしたらどういうシチュがいいか、この魔法使いは自由自在である。
闘神大会で組み合わせが良かったら阿鼻叫喚を作り出していただろう。
ブロビオとは別種の強敵。強すぎて出せない
『対するは今日の主役! 飛び入り初日でスーパーモードを選択した"勇者"バーバラだあ!』
そして満を持して今日の哀れな被害者、バーバラがゆっくりと向かっていく。
「グスッ……うう……」
その美少女を認めると、闘技場が一瞬だけ静まり返り――――歓声が爆発した。
「お、おおおおおお!」「すげぇ、すげぇよ!」「うぇっ……へへへ……」
「フェッ! フェッ! フェッ! これはこれは……儂でもここまでのは初めてじゃ!」
何もかも、完璧だった。この試合の為に神が用意したような少女だった。
顔立ちは整っており、男達を虜にする魅力がある。その上で、無理やり連れて来られたような悲壮感があり、涙の痕があった。時折痛みがあるのか、顔を歪ませる。どこまでも嗜虐心を煽る立ち振る舞いである。少女は片手で腹部を抑えながら、体を傾けつつ前に進んでいく。
武器自由のルールで、何故か無手で来ている。
そもそも戦闘が出来そうにない。犯されに来たとしか思えない極上の一品だった。
本来なら哀れを誘うような姿だが、同情は一切ない。期待以上過ぎて、誰しもが見たいという欲に支配される。勇者特性によって、男達は全員がいきり立っていた。
「「「犯せ! 犯せ! 犯せ! 犯せ!」」」
自然発生的に、下品なシュプヒレコールが鳴り響く。
全観衆の思いは一つになって、バーバラを視姦していた。一方バーバラは――
「キツい…………試合開始、いつなの……?」
幸か不幸か、くそ詩人の幻聴によって耳が一切聞こえないままだった。
痛みに全てが支配されているせいで、観衆なんて気にする暇もない。
そのままバーバラは苦しそうに呻きながら、所定の位置に辿り着いた。
『では試合開始ィィ!』
実況の合図と共に、第一試合が始まった。
「縛魅了!」
先制したのは当然翁だ。
バーバラは幻聴により試合開始の声が聞こえない。先手を譲ってそれから動くしかなかった。
そうして、思考を支配する魔法をモロに喰らってからバーバラは扇の下へ駆け出した。
「…………あれっ?」
バーバラの拳は盛大にスカり、そのまま力が入らずに倒れ込んでしまう。
観客から見ると、バーバラから翁に近づいて跪いたようにしか見えなかった。
「「犯せ! 犯せ! 犯せ!」」
老人の周囲から紫色の煙が立ち昇る。その煙がバーバラに絡みついていく。催淫の香だ。
もう観客にとっても、扇にとっても勝利を確信する光景だった。
後はどうしようと、全てこの老人の意のままなのだ。
「フェッフェッフェッ……どうした、どうした、お嬢ちゃん?」
「………………」
焦点の定まらぬ目で、バーバラは優しく声をかけた翁を見上げた。
翁はゆっくりと近づいていく。こうなったら後はどういうシチュエーションにするか。演出のやり方の差でしかない。
「このままじゃ、あんまりにもあっけないじゃろ。儂がハンデをやろう。ちょっと別な勝負になるんじゃ」
もうやるという答えしかない。自然な回答と信じて少女はその答えを口にするだろう。
座り込んで、バーバラの目を覗き込む。念のために幻覚魔法も発動する。
「なあに、まず儂のこの…………ごぶぅっ!?」
老人はバーバラの肩を触って――――思いっきり殴られた。
勇者の渾身の一撃。木の葉のように翁は吹っ飛ばされて、コロシアムの壁に激突した。
「「「………………え?」」」
「あ、当たった」
翁はそのまま崩れ落ち、ぴくりとも動かない。
意識はない。そもそも腰が若干ひしゃげていて、二度と立てるかも怪しかった。
『……け、決着ゥゥゥ! 一撃! 一撃です! バーバラ選手、院外の翁選手に対女性初の黒星をつけましたァ! スーパーコースを選択するだけの力はあったようです!』
実況の声と共に、翁を叩きつけた方向にある魔光掲示板に勝者の名前が映し出される。それによってバーバラも自分の勝利を知った。
「あ、勝った…………」
立ち上がり、苦痛に顔を歪めながらゆっくりと去っていく。
あまりにも意外な結果に、静寂に包まれた中で一人の観客がぽつりと漏らした。
「…………なんでだ?」
その答えを知る者は、この中にはいない。
「コーラ、助けてよぉ……近くにいるだけでいいから……」
試合終了後。一時間のインターバル。待機時間中にバーバラは独り言を漏らした。
ここは誰もいない、バーバラしかいないはずの密閉された休息場所。
それでもコーラは近くにいる。
「はいはい。とりあえず一回戦突破ですね」
「あ、声が聞こえるって事は……」
「幻聴の効果が終わりつつあります。今は私が聞えやすいように調整していますが、次の試合が始まる頃には完全に治っているでしょう」
「あー……何も出来ないお爺ちゃんが相手で良かったぁ~」
顔面蒼白だが、少しだけ声に張りが戻っていた。尿管結石の痛みも少しづつ落ち着いてきている。次の試合は、痛みに苦しみながらのまともな戦いになるだろう。
「バーバラは運が良かったですね。あの相手、本来なら天敵でしたよ」
「は? ノコノコ殴られに来た雑魚でしょ」
「違います。あれは状態異常系の敵です。試合開始から4つか5つぐらいはやってましたね。どれか一つでも喰らえば行動不能でした」
「……一つも効かなかったけど?」
バーバラは全く身に覚えがないことに不思議がり、首を捻った。
「そうですね。理由を説明するならば、ポンコツ勇者だから世界を味方につけて勝ちました。多分もうないですよ」
「どちらにせよ、勝ったからいいかー。敗者の理由を聞く気にもなれないし」
コーラは長ったらしい説明を放棄した。滅茶苦茶な
(システム神も面倒臭くなったんでしょうね。全混ぜする中で仕様変更を省きましたか)
コーラも実際に起こってからようやく理解が出来た。
バーバラの装備、本人の状態を考えれば状態異常に対する抵抗は皆無。
一方の翁の魔法はどれも喰らえば絶対に異常を起こすものばかりだった。
実際は全てレジストされた。そのことから推定される事実がある。
今の
先程の試合のバーバラはボロボロだ。
徹夜明けで思考は鈍く、攻撃をあらぬ方向に打った。
幻聴に耳が支配されて何も聞こえていなかった。
一時からマシになったにせよ、尿管結石の痛みで苦しみ、歩くたびにダメージを受けていた。
だが、だからこそ……ありとあらゆる状態異常にかからない。
睡眠も凍結も痺れも炎上も呪いも混乱もしない。当然興奮やエロ状態、催眠も無効。
酷い状態だが、偶然にも、幸運にも、
「次の試合は先手必勝で勝とうかな。痛いの嫌だし……」
世界から音が戻ったらしく、今のバーバラは自分の声も聞こえる。
もし翁と戦うのが今だったら、絶対に負けただろう。運がいいのか、悪いのか分からない。
ただ一つ言えるのは、彼女が犯される日は今日ではなかったという事だ。
第二試合。エロ目的だけの客は意気消沈して帰り、いくらか落ち着きを取り戻した会場。
多少顔色の良くなったバーバラが先に現れた。
ここからはエロではない。純粋に実力者達が鎬を削る本気の闘技。
……そのはずだったが、六脚の脚音が近づいてくる。
『さて、次の試合はランキング七位! 人か!? 機械か!? "コロシアムの人気者"古代兵器・桜花! レーザービームが火を噴くぞぉ!』
「…………ねぇ」
『立ち向かうは二回戦に駒を進めたランキング九位"ワンパンマン"バーバラ! 必殺の拳が炸裂するか!? それとも……』
「ねぇ!! ちょっと聞いてる!?」
『はい、どうしましたかバーバラ選手?』
バーバラは対戦相手、というより重機を指差した。
「これ、選手じゃないでしょ!? 『人か機械か』ってどう見てもからくりでしょ!?」
『と言いましても、彼女も正式に登録されている選手ですので……』
改めてからくりを見る。身の丈三メートルを超える巨体を駆動音と共に激しく動かしている。車輪ではなく、蜘蛛のような多脚で10トン近い質量を支えている。名前を意識してか、頂上に日の丸の旗が刺さっていた。
バーバラの知識には無いが、からくりならばこれと似た存在はいる。
余計な機能を散々操縦席に取りつけたアスタコに近い。
桜花はバーバラを確認するとアームの一つを伸ばし、合成音声を発してきた。
「我、人間、友……我、人間、守護……」
「なんか優しい事言ってるんだけど!? この子本当に戦うの!?」
『では試合開始ィィィ!』
強引な実況の宣言と共に、第二試合が始まった。
「目標バーバラ、我、目標、殲滅……!」
桜花の動きが変わり、握手するように差し出されたアームが勢い良く振り下ろされた。
「あーもう……!」
バーバラは潜るように踏み込んで躱した。もう一本のアームも同じように振り下ろされたが、これも地を蹴って潜り抜ける。
常人なら反応不可能。為す術無く肉塊と化す質量の連撃は、勇者にとってはまだ遅い。
(痛い痛い痛い痛い……! 速く倒したい……!)
歯を食いしばって痛みに耐える。尿管結石は歩く度にダメージを与えて、バーバラの速さも半分以下にしてしまっている。
万全ならば、桜花が反応するより速くエスクードソードで切り裂いているだろう。未だ状態異常のハンデは重い。桜花の対応が間に合う程度には。
桜花に備わった機能の一つ、スタンガンアタックが展開される。機体から大量に張り付けられた小さい針が飛び出し――肉薄しているバーバラを襲った。
「ちょっ…………!?」
避けられない。肉弾戦狙いで突っ込んでいる以上は至近距離からの反撃はどうにもならない。いくつかの針が防具のない無防備な部分に突き刺さり、高圧電流を流し込む。
「あばばばばあっ!?」
勇者でなければ黒コゲな火力。痺れと痛みによって体が鈍る。ただ、痛みというだけなら尿管結石の方が上だった。この一日に喰らった苦痛の総量からすれば、なんでもない。
バーバラは近接戦の不利を悟り、力を振り絞って後方へ向けて地を蹴った。
退却の用意ならある。
「っ火爆破!」
煙幕目的に魔法を一発撃ち込んだ。煙と爆発が桜花の表面を焦がし、派手な煙にバーバラの姿は紛れる。
バーバラはそのままの勢いで桜花から離れた闘技場の壁に背中から激突し、そのまま壁を壊して倒れ込む。力加減や受け身を考えないままの跳躍だと、この会場は狭すぎる。そして逡巡モードの勇者では、この会場は脆すぎる。
壁だった瓦礫の中からバーバラは起き上がった。
周囲を見ると、目くらましの為の火爆破は過剰過ぎた。闘技場全体、密閉空間の中は丸ごと煙の中だ。これでは観客も見えない。周囲に咳き込む音と、涙声が混じる。
「さーて、この間に……」
遠距離からファイヤーレーザーを詠唱して桜花を黙らせよう……としたところで、バーバラの眉間に赤い光が灯った。
「…………あれえっ!?」
突然、足下の瓦礫が崩れた。バーバラはほんの少しバランスを崩したところで、眉間だったところに光が突き刺さり、小さな爆発が起こった。
振り向いたところにあった瓦礫は、バーバラの頭が受ける筈だった光線を喰らい、溶けている。
慌てて飛び退ると、赤い光が煙幕の中からバーバラを追うように次々と放たれる。
これはもう分かる、予告線だ。本格的に逃げ出した。
バーバラがいたところが一泊遅れて爆発する。
炎上、爆発、轟音。そして駆動音と体を貫く予告線。
炎と光が、バーバラの背中を炙り続ける。
「こんなのコロシアムで戦う相手じゃないでしょーーー!?」
攻撃に転じれる要素がない。ギミックから次のギミックへと間断なく飽和攻撃。
万全ではなくても勇者だ。対応出来るだけの反応速度、身体能力があるが、普通の人なら三桁は死ねる火力を振りまいている。
闘技場で戦うスケールではない。戦場で投入するべき破壊兵器だ。
これの一体どこに七位の要素があるのか。
「どうなってんだー! 試合を見せろー!」
『大変失礼いたしましたァ! 換気を行います!』
バーバラが逃げ回る間に、観客から不満が上がった。
コロシアムの三階以上にぐるりと囲むように備えられた赤い枠版がせり上がる。
あれら全てが窓らしく、魔法か何かで素早く空気が入れ替わり、視界が晴れていく。
「おお、押してる! いいぞー桜花ー! お前が勝てば大金持ちだー!」
「我……目標……殲滅……!」
(ああもう、戦ってる最中に…………!)
どうやらコーラ以外にも大穴狙いがいたらしい。100倍以上の倍率を狙って賭けた馬鹿者が桜花に声援を送った。
バーバラは闘技場を逃げ回る。詠唱の隙があれば打ち返したいが、痛みと様々なギミックの対応でその暇がない。効くとしたらファイヤーレーザーだが、習得したばかりの上級魔法なため、集中が欲しい。誤爆が怖い。
「桜花! やっちまえー!」
「酒持ってこーい! 面白いぞー! 俺は嬢ちゃんを応援するぜー!」
(…………ん?)
バーバラは違和感を覚えた。
キリングマシーンと化した桜花は縦横無尽に破壊を振り撒いている。
だが、観客は一切緊張感が無い。これはどういう事だ?
火爆破の煙幕、次々と打ち出される砲火と破壊兵器。それらをアトラクションのように観客は楽しんでいる。多少の防壁はあるのだろうが、自分が突貫しただけで壊れるような薄い壁だ。多少は誤爆を恐れてもいいはず。
バーバラの中に、一つのアイデアが閃いた。
「…………やってみる価値はある!」
バーバラは跳躍して、観客席の中に飛び込んだ。
「おわっ!?」
「闘技者がこっち来た!?」
人口密集地帯。動きづらいがそれでも席やら細かい足場を飛び移る。
闘技者が観客席にわざと飛び込むとは文句を言われそうな状況だ。
だがこのコロシアムは反則無し。なんでもありならこれもルールだ。
桜花をちらりと見ると、攻撃は、ない!
「我……目標……殲滅……否、我……人間……友……」
はっきりした。
この機械、良いロボットだ。
バーバラ以外は巻き添えにしないようにしている。最初のレーザーと、逃げ回る時のレーザーの範囲が違い過ぎるのはその為だ。壁が破壊されているから観客を巻き添えにしない為に絞っていたのだ。
詠唱をするだけの時間は与えられた。バーバラの手番が来る。
「ファイヤーレーザー!」
熱線が桜花の脚部の一つを溶かした。大きく傾ぐ。
勝ち誇った笑みで、バーバラは桜花に向けて大声で叫んだ。
「このまま観客席を駆け回って今の魔法を打ちまくるから! どっちが勝つのかなー?」
「……………………」
桜花は答えない。
バーバラは観客のすぐ横に飛び移ってファイヤーレーザーを放った。
桜花は避けようとしたが必中魔法だ。狙い違わずまた一つの脚部を溶かす。
バーバラはもう片方の手を観客の肩に置いている。いつでも盾に出来るだろう。
もしかしたら、桜花に向けている手を観客に向けるかもしれない。
「我…………降伏……我、人間、守護……」
桜花の頭部からギブアップの旗がするすると昇っていった。
『け、決着ゥゥゥ!! バーバラ選手、人でなしの方法で桜花選手を下しました! どちらが人なのかは言うまでもないでしょう!!』
すたりとバーバラは観客席から飛び降りて、花道を去る。
当然こんな事をすれば、観客の受けは最悪だ。
「最ッ低だ、あいつ、俺達を盾にしやがった……」
「桜花、可哀想……」
「嬢ちゃん応援するの辞めるわ。院外の翁に犯されれば良かったんだよ……」
一日にしてコロシアムのヒールと化したバーバラ。しかしどうせ一日で引退するから問題ではない。目先の金の方が大事だった。
花道を去ってもブーイングが鳴り止まない。勝者は俯きながら呟いた。
「なんとでも言いなさい。勝てばいい。それが全てだから……!」
一文無しは嫌だ。
コロシアムで活躍して人気と名誉を手にするとか……これっぽっちも考えた事はなかった。
バーバラの涙はとっくに枯れていた。
「負けろー!」「死ねー!」「いい加減止まれー!」
『さあさあ第三回戦、"鬼畜闘士"バーバラはどこまで勝ち上がるのか!』
「……………………」
ランキング六位とランキング四位の戦いが始まろうとしている。
目の前は筋骨隆々の大男。身の丈程もある巨大な棍棒を持ち、余裕の笑みを浮かべている。
「おいおい嬢ちゃん。色々汚い手を使って勝ったみたいだが、こっからは実力がモノを言うぜ」
「そう」
心ここにあらずというように短く受け答えるバーバラ。
大人と子供の体格差。鍛え抜かれた肉体に委縮してか、対戦相手を少しも見ようとしない。
『ランキング四位! 頭にある一本角がトレードマーク! "鬼より強い大男"鬼ヶ島ゴン太!』
鬼ヶ島ゴン太は鬼のハーフである。闘神大会でザンスに敗れ、その圧倒的な戦いっぷりに憧れて、舎弟となった。いずれはリーザス軍に志願して、未来の王に付き従う親衛隊になるだろう。
今はその為の武者修行の日々であり、どんな相手でも気を抜くという事はない。
重い鉄塊である棍棒を上段に掲げ、試合開始の合図を待つ。それが彼の戦闘スタイル。
どことなく静謐な雰囲気があり、彼の試合直前にはしばしの静寂が起きる。
『それでは試合、開始ィィィッ!』
実況の宣言と共に、ゴン太は棍棒をバーバラめがけて振り下ろした――つもりだった。
「――――ぐぉおっ!?」
それより早く、バーバラが突貫してゴン太の顎を強かに蹴り上げていた。
その体から考えられない圧倒的な速度と威力に吹き飛ばされ、倒れ込む。
そこから追撃で蹴りが、殴打が、次々と頭に叩き込まれていく。
抵抗が無くなったところでトドメとばかりに蹴りを一発、完全にゴン太の意識を刈り取った。
「……で、どう? これで終わり?」
『しょ、少々お待ちください!』
あまりに早すぎて誰も認識しきれない瞬殺撃。実況もにわかには信じられない。
ゴン太の顔はボコボコになって赤く張り上がり、それでも息はある。
棍棒を手放してぴくりとも動かない以上、戦えそうになかった。
『決着、決着、決着ゥゥゥー!! 強い! 強すぎるぞこの少女! 怪力快速ゴン太を速さと力で一蹴! とんでもないダークホースが現れたァー!』
勝利の宣言を聞き、迷いのない足取りで花道を降りていく。そこにはふらつきも迷いもない。
「さ、次の試合までとっとと寝ようっと。前の試合の人長引いてくれるといいなぁ……」
ただ一つ、あくびを漏らして、控室へと消えて行った。
幻聴は消え、尿管結石の痛みもなくなり、少し寝れるようになった。
今のバーバラは、勇者の力を存分に振るい始めている。人が敵うものではない。
一回も殴れないまま、ボコボコにされ続けた男が倒れ込んだ。
『け、決着ゥーーー! "パワーゴリラから産まれた女"バーバラを前に、遂に"四桁根性"ガッツの根性も尽きたァァァ!』
人差し指を高々と掲げ、一方的に殴打し続けたバーバラが歓声を上げる。
「サイッキョーーーーッ!! いやー、なんかこれ言ってみたくなる……」
ランキング二位、ガッツ・藤堂は一発殴るごとに吹き飛ばされ、起き上がっては一発殴られる事の繰り返し。盛り上がったのは最初の掛け合いだけで、終始サンドバッグだった。
当然観客は冷え冷え。それだけ実力があるなら最初からまともに戦えよという野次が飛ぶ。
仮眠も取り、バーバラを悩ませていた状態異常、その全てが完治しつつある。
こうなっては勝てる望みもないのだ。速度が、膂力が違い過ぎる。喧嘩すら出来ない。
実況がコロシアムに降り立ち、マイクをバーバラに向けてきた。
『時間も余ったしインタビューを行います! バーバラ選手、絶好調ですねー!』
「絶不調から抜けただけなんだけどね」
『いやー、強い! スーパーコースを選択しただけはありますね。もう三位ですよ! コロシアム史上最速、最強かもしれません!』
「……だから、"パワーゴリラ"って呼んだわけ?」
一睨みして、実況をの頭を掴んだ。アイアンクロー。観客席から悲鳴が上がる。
パワーゴリラらしいパフォーマンスだった。
『痛い痛い痛い!! これは原稿で、読むのが仕事なんですよ!』
「もうヒール扱いされてるからある程度は受け入れるけど……ちょーっと失礼な事書いたライターは後で紹介してくれる?」
『それはもう!』
「はぁ…………」
バーバラは溜息をつく。ここまで嫌われる気は全くなかった。今は観客は恐怖の象徴でしか見ていない。そのくせ一人をじっと見ると、勇者特性かだらしなく顔を緩める。あるいはいやらしい目線になる。
(コロシアム、初日引退で正解。二度とやらない)
もうほとんど力も戻っている。
一日で金を稼げるだけ稼いでさらばリーザスだと心に誓った。
「もう一位の光のラックスとやらも楽勝でしょ。どうせ」
『その事なんですが、ラックス選手はつい先程急病になりまして、参加が出来なくなりました』
「え、そう? じゃあもう勝ちってことでいいの?」
期待を込めてバーバラは聞き返したが、実況は首を振る。
『本来想定されていなかったのですが、ここでリザーバーに名乗り出た方がいました! その人がバーバラさんの対戦相手となります!』
実況の雰囲気が違う。今まで言葉使いは激しいが、表情は素だったのだ。
その実況にも、どこか興奮したような熱がある。信じられない相手が名乗り出たらしい。
『三年前、コロシアムを沸かせた伝説のチャンピオンです! 史上最年少でチャンピオンになったリーザス最強の男!』
嫌な予感がする。本気で戦い過ぎて、戦闘狂が嗅ぎつけたか。
獰猛な肉食獣がこちらを見ていた。
『王位継承者にして赤の将軍、ザンス・リーザスがもうこちらに来ています!!』
「がーっはっはっはっはっはっは!!!」
貴賓席から赤い鎧の男が跳躍して、馬鹿笑いと共にコロシアムに着地した。
「魔王の子だあ……勘弁してよぉ……」
ランキングに名前が無かったからほっとしていた。なのに何故ここに来るのか。
観客が沸く。正義の使者が来た。最強の男が最悪のヒールを倒してくれる。
こちらに近づくザンスの眼は燃える戦意が滾っている。自信満々傲岸不遜。明らかにこの状況を楽しんでおり、戦いたくてたまらないと顔に書いてある。
戦闘狂。リーザスに来て貰ったスキルは、この男の為に相応しい。
ザンスはコロシアムの中央まで歩くと、バーバラを指差した。
「俺様の舎弟を散々虐めてくれたようじゃねーか! 一時間後にテメーをぶちのめす! バーバラとやら、覚悟しておけよ! がははははははは!」
「あはははははー……ははは……」
もうバーバラは、乾いた笑いで返すしかなかった。
どうしてこんなことになった。
前座は終わり、真の強者は降り立った。
人類最高峰の戦いがコロシアムで行われる。
逃げても負けても一文無し。勇者に退路は存在しない。
院外の扇
基本的にこの手はクッソ強い。だってエロゲー、抜きゲーの主人公だから。
ルド世界ならこういうものを出してもいい。
ルイスに10goldを恵んでいた為に、伯爵が生存してお抱えになっている。
古代兵器・桜花
ランス10ブックレット、アスタコ(全身図)を参考。
闘神大会でゴールデンハニー討伐後、取り分の問題で何故かリーザスに所属することになった。良い子と化して非殺傷モードで派手に戦う。
今回はアナライズで手加減の必要が無いと悟っていたため全力全開。
マッチアップ次第で加減も出来るし、非戦闘時は子供達の遊具と化す。コロシアムの人気者。
鬼ヶ島ゴン太、ガッツ・藤堂
ダイジェストダウン。
勇者が回復しちゃったらどう足掻いても勝てません。
ザンス・リーザス lv305
部下がやられたので登場。コロシアムで目立ちすぎると出て来る裏ボス。
光のラックスさんはお察しください。様々な強権が使われた。
罠は01、状態異常は10準拠。システムさん大混乱。
頭空っぽにして前座をぶっ飛ばす。