※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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超長い、今できる全てを賭けた、燃え尽きた。


リーザス城内コロシアム ルール 再掲

殺害禁止、それ以外の反則無し、武器自由(RA12年改定)

無力化、ギブアップで勝利(RA12年改定)



王都リーザス④ 決闘

事前準備

 

 

 たった一時間で出来る事としては、ザンスについて勇者特性を使って調べるぐらいだった。

 

「第一王子にして赤の将軍。王の資格があり、それに相応しいだけの器量を持った人です。コロシアムの闘技者の多くはザンス様が冒険の途中で知り合った方であり、王子を慕って来ました」

「魔物や盗賊を率先して狩りに行きますな。常に戦いの中に身を投じ、己を鍛える事を忘れぬ立派な御仁です」

「幼い頃から先代死神、リック・アディスンから剣の師事を受けました。一日たりとも修練を欠かさず、剣を振らなかった日を見た事がありません。技量は既に神の領域かと」

「コロシアムにごく稀に出て来るんだよ。あんたより強そうな奴でもあっさり倒してた。可愛い顔が台無しになる前にギブアップしちまえ」

「俺より俊敏に動く。一回も当たらなかった。その赤い光に憧れた」

「あいつは負けず嫌いでなあ……挑発に乗って、剣をしまって俺の得意分野である真っ向からの殴り合いに乗ってくれたよ。清々しい、本物の漢だ」

 

 これらは情報として有力そうなザンスについての情報である。

 剣士として優れている事は最初から分かっていた。

 ザンスは別れ際に「ちゃんと剣持ってこいよ。王城内なら好きなもん使っていいぞ」と言い放った。今大会一度も剣を使ってないバーバラを、重心や歩法だけで見抜いたのだ。こんな剣鬼と剣で斬り合ったら一分と持たずに降参すると思った。弱点が無いかと探ったが、剣に関しては無敵な逸話ばかり。

 

 それと共に、別口の逸話がバーバラを陰鬱な気分にさせている。

 

「魔王の子という意味では、ザンス様が近いでしょうね。魔王ランスは女好き、ザンス様もそれはもう女好きです」

「リア女王も王らしく育って欲しかったんだろうな。ガキの頃から女を何人も用意していたってよ。羨ましい話だぜ」

「ザンス様の自慢を一度は聞いた事があります。まだ16歳である筈なのに既に200人を軽く超えているとか。剣より得意で強いのでしょう」

「それは人間だけでもって話だな。将軍は度々鍛錬の為に魔物を倒しに行く。その度に女の子モンスターを攫(さら)って犯して、今ではコンプリートしたという噂もあるぞ」

「きっと催したらその辺の女とか犯してるんだろうよ。王族ならもみ消せるし、国民だって光栄に思うんじゃないか?」

「王子様は……その、私にお情けを授けようとしていましたが……どこか私に不足があったようで、立ち去って行きました。私のようなメイド如きは、食い尽くして飽いているのでしょうね」

「殿下の噂は軍内部でも有名ですよ。リーザス史上最も情事に強いと。精力旺盛だと。夜は常にどこかへと消えていきます。その後は誰も知りません」

 

 ザンスについて城内の人間から人柄を聞く時、二言目か三言目にはある言葉が飛び出していた。

 筋によってはリア女王が時々零すと言う以上、真実に違いない。

 

 【性豪王】

 

 性豪王、ザンス・リーザス。それがリーザス国内における彼の仇名の一つだ。

 先の振る舞いと評判から考える。ザンスとはいかなる人物か。

 

 まず、強い。途方もなく強い。

 ザンス・リーザスは世界が認める最強の一人である。

 魔王の子について大した知識が無いバーバラですら、嫌でも耳に入っていた。

 個人戦において勝つ可能性は絶無。今からやる事になる決闘は結果の見えた話だ。

 

 次に性格面、バーバラにとって、聞けば聞く程最悪だった。

 王族である事を誇っていて傲慢。

 強い相手と見ると戦わずにいられない戦闘狂。

 安い挑発に真正面から受けるほどプライドが高い。

 そして節操がない性欲の権化。女を性処理の道具としか考えていない可能性がある。

 

「私の嫌いな身分と性格を、完璧に再現したようなヤツだぁ……」

 

 バーバラは頭を抱えて、机に突っ伏した。負けたらそのままお持ち帰りされそうだ。

 庶民を顧みる事なく、選民意識がありそうで、力だけは魔王の子。トドメに女の敵。

 絶対に関わりたくない相手だった。

 

「ふぅー……」

 

 制限時間残り30分、バーバラは手元を確認する。

 良い剣や盾を頂戴と言ったらやけに素直に色々貰った。

 武器はペルシオンとツバメガエシ。スーパーソード、四倍剣、玉露の斧他色々。

 盾も守り神様。コースガードⅡやファイアーウオールまでどれも一流が並ぶ。

 なんでも好きに使っていいと言われて、投げナイフや世色癌(せいろがん)等の消耗品まで取り揃えられた。

 もう手札(チップ)には困らないが、これはリーザスのメッセージでもある。

 

 勝てるものなら勝ってみろ。

 

 宝物庫から吐き出した武具の面々は、そのままザンスに対する自信に他ならない。

 城門はまだ夕方にも関わらず閉まっており、逃がす気皆無。兵士も大量増員されていた。

 リア女王も直々に見学に来るらしい。あっという間に一大イベントになっている。

 

「一国の王子と一騎討ちとは、勇者らしい展開になってきましたね」

「馬鹿言わないで。これ貞操かかるから……」

 

 敗北時には、嫌いな奴に合法で犯される未来が待っている。

 ザンスにとってはつまみ食い感覚だろうが、こちらにとっては一つしかないものだ。先を考えると逃げ出したくなる。性豪だかなんだか知らないが怖さしかない。

 

(落ち着いて……まだ時間はある……)

 

 基本能天気なバーバラも、この時は全力で考えた。知恵熱を出すぐらい考えた。

 自分にとっての最高の未来は何か? 

 ザンスをボコボコにして気絶させてリーザスから去る。勝って大金持ち。勇者とバレない。

 自分にとっての最悪の未来は何か?

 ザンスにボコボコにされて犯される。お金は無くて一文無し。

 エスクードソードを使って勇者までバレたら、国の判断で玩具にされかねない。

 

 バーバラは考えに考えに考えた。時間は過ぎる。次々と手札(チップ)が浮かんでは消えていく。

 得られた結論は――――

 

「コーラ、今回かなーりあなたにかかるから、お願いね」

「はあ」

 

 いつも通り、従者に頼る事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 コロシアムは慌ただしく人の入れ替わりがあったが、満員である事に変わりはない。ただし、今までの浮ついた雰囲気は消え去った。

 まず最高貴賓(きひん)席に座るは、リーザスの絶対女王リア・パラパラ・リーザス。他の貴賓席にも目の肥えた貴族達ばかり。御前試合ともなれば兵士も増える。立ち見の人間は全て追い出され、代わりに金の鎧を着こんだ兵士が随所に立つ。これでは酒も飲めたものではない。

 

 コロシアムに残った者は固唾を飲んで決闘を待ち望んていた。

 片や彗星のように現われて並み居る強豪をあっさりと屠った闘技者バーバラ。

 片やリーザスの『最強』、ザンス・リーザス。

 余興に等しい結果の見えた戦いだったはずだが、リアが乗って協力した事で話が変わった。それだけの価値があるとバーバラが認められたのである。

 

「始めてくれる?」

「はっ」

 

 御前となれば、開催の合図はリアから行われる。

 若干緊張した面持ちで、実況がマイクを口に当てた。

 

『レディースアンドジェントルメーン! 大変お待たせいたしましたァ! 本日の最終戦、闘技を始めますゥ!』

 

 高揚に満ちた、素直な歓声が会場に満ちる。

 誰しもが楽しみにしていた戦いがここにある。

 

『まずは伝説のチャンピオン! "二代目赤い死神"ザンス・リーザス!』

 

 ライトアップと共に、赤き鎧、朱き剣を背負ったザンスが姿を現した。

 威風堂々、コロシアムの中央に歩いていき観客達を睨み返すようにぐるりと見回す。

 それだけで黄色い歓声が動き、場が盛り上がる。

 

「ふん……たまにはこういうのも悪くはねーな。がはははは!」

『続いてはランキング戦を4連勝! 一日にしてチャンピオンになるか!? バーバラ!』

 

 そして、バーバラが入場すると……会場はどよめいた。

 これまでの出で立ちとはあまりに違う。リュックを背負って、中には武具や防具が満載されている。これまで無手で戦っていた人間が、過剰なまでの手札(チップ)を持ち込んできた。

 

「なんだそりゃ。アイテムを揃えれば俺様に勝てると思っているのか?」

「これはあくまでパフォーマンス用。貰ったものは返すけど、盛り上げた方がいいでしょ」

 

 バーバラは内に隠した考えを隠しつつ、余裕があるように振る舞った。

 

『おーっと! ここで過剰なまでの武器防具! バーバラ選手は"性豪王"ザンスにどう立ち向かうのか!?』

「………………」

 

 一瞬だけザンスは眉を顰(ひそ)めた。しかしすぐに自信満々な笑みを浮かべて、観衆に聞こえるように大声で叫ぶ。

 

「おいバーバラ、ツラは合格だ。頭を下げるなら俺様の側室に入れてやってもいいぞ!」

「死んでよ」

 

 絶対零度の目線をもって、即答だった。

 

「……ボコられた後がいいのか。俺様の慈悲を無下にしやがって」

「いいから死んでよ。私はあんたみたいなタイプが一番嫌いなの」

「ふーん……戦う相手としては合格だ。俺様の名前で委縮してたらつまんねーからな。ベットの上ではどうなるかな?」

「誰がやるかあ!」

『おーっと、試合開始前からヒートアップだ! バーバラにとっては負けた場合恐ろしい未来が待っていそうです!』

 

 性豪王の二つ名に恥じぬ立ち振る舞いに、観客は沸き立った。

 ここにいるリーザス国民は大好きな闘士達が一方的にボコボコにされる姿を見ていた。ザンスには気持ちの良い勝ち方をして、バーバラが手酷い目に合う末路が見たかった。

 

「ほんっと最低な男……試合開始前にちょっといい?」

「早くしろよ」

「これ、せっかく貸してもらったけどいらないから返すわ」

 

 無造作に、リュックが闘技場から観客席へと投げ込まれた。

 蓋を閉められない程詰め込まれたリュックから中身は飛び出し、けたたましい金属音と共に四倍剣やコースガード……様々な高級武具が観客席を汚していく。その内のいくつかは跳ねて、観客に当たっていた。

 

「貸してって言ったのもリーザスの武具を見たかっただけ。とっても高性能だけど必要ないかな。リーザス人ってその分貧弱だし」

「…………どういう意味だ、コラ」

「ヘルマン人にとってはこれぐらいのハンデで丁度いいって事、よ!」

 

 バーバラは背中の鞘ごと剣を放り投げた。これもまた闘技場外、観客席へ。

 少女は嘲笑うように、周囲を見回しながらよく通る声をコロシアムに響かせる。

 

「剣使わなかったのは最初っからハンデ。まさか最終戦で縛り解除するわけないでしょ? 最後まで楽勝よ」

 

 ここからはバーバラの独り舞台。大仰な仕草で腕を広げ、観客を、ザンスを煽っていく。

 

「ヘルマンに負けっぱなしのリーザスが最強国を名乗りだしたから、どんなものかと試してみたらこの有様。兵士も民も弱いのは国民性ね。東ヘルマンだけでも滅ぼされるんじゃない? この王子様もヘルマンなら隊長ぐらいでしょ。貴賓席でお母さんと一緒にお金を数えてたら良かったのに」

「上等だ! ブッ殺す!」

 

 ザンスは激怒して、闘技場の床に穴を開けた。

 自国を馬鹿にされ、国民を馬鹿にされ、部下を馬鹿にされ、自分を馬鹿にされ、母を馬鹿にされた。これで怒らない方がどうかしている。

 

 バーバラの作戦その1、とりあえず怒らせる。

 冷静になられて狙いを見抜かれたら終わりだ。

 多少なりとも頭に血を昇らせて、自分に目線を集中させなければならない。

 試合開始前ならありったけ喧嘩を売っても安全だ。

 

「女王陛下の前で何という事を……!」

「死ね! ぶっ殺せ! 血祭りに上げろ!」

「リーザスから生きて帰れると思うなよ!」

 

 とはいえ、パフォーマンスとしては過剰過ぎた。ここはリーザス女王がいる。軍人も、伯爵以上の貴族もいる。完全にヒールに徹した事により、国民感情的にほぼ全ての観客が激怒した。負けたら暴動が起きかねない程の激情と怒声が渦巻く。

 罵声に意に介さず、バーバラはやれやれと肩を竦める。

 

「弱い弱いリーザス人だから、貧弱過ぎて私達伝統の戦い方とか乗らないでしょうねー。強い人達だといつもこれで決めているんだけど」

「言ってみろ、クソアマ……!」

「お互い一歩も引かずにベタ足で殴り合うの。下がるか倒れた方が負け。単純でしょ? でもそうしてるからこの国みたいに貧弱な男は一人もいない」

「そのやり方で俺が負けると思ってんのか!?」

「だってリーザス人だし」

「ボコボコにしてその顔を変えてやる! 後悔するんじゃねーぞ!」

 

 いきり立ってザンスはバーバラのすぐ近く、拳の届く位置まで近づいた。

 背の高さは頭一つ違う。バーバラは妹のスシヌと大して変わらない身長だろう。その少女が殴り合いを希望とは、馬鹿げた話だった。

 

 バーバラの作戦その2、王族のプライドを利用する。

 嫌いな性格だがそのままつけ入る隙だ。自分が用意した土俵で戦ってくれる。

 案の上ザンスは故郷でも聞いた事がない野蛮な戦い方に乗ってくれた。

 ここまで来れば、もう一回挑発するのもいいだろう。

 

「本当にいいの? 今からその剣抜いてもいいのよ?」

「この勝負でテメェが負けた後、放り投げた剣を取りに戻る時間を与えてやる。もう一回ボコボコにされる気概があるなら見せてやるよ!」

(鞘ぶん投げてくれたら最高だったなぁ……剣での戦いが無いだけ良しとしよう……)

 

 バーバラの作戦その3、絶対に剣で戦わない。

 相手の得意な土俵の上で戦って勝てる気はしない。まだ殴り合いの方がマシ。

 

『殴り合い、殴り合いです! なんと最終戦、御前試合は殴り合いで行われる事になりました! ザンス・リーザスは真正面からヘルマンの刺客を打ち倒すようです!』

「さて、じゃあ……」

「やるか」

 

 ごきりと、ザンスの巌のような拳から重い音が聞こえる。

 バーバラは手首を振り、盛大にきつい痛みを味わう事を覚悟した。

 リーザス王国、今日一日は痛い事づくめだった。多少は慣れて耐えられるはず。

 

 手札(チップ)無しの戦いが始まる。その最初の一撃を二人は振りかぶる。

 

『最終戦、試合開始ィィィィィ!!!!』

 

 両者の拳が交差して、お互いの顔面に激突した。

 

 

 

 

 

Fight-Tounament

 

 

 

 

 

 逡巡勇者、lv49であるバーバラの拳が顎を打ち抜いた。

 魔王の子、lv305であるザンスの拳が額に振り下ろされた。

 

「「――――――――――ッ」」

 

 どちらも容易く鉄骨を捻じ曲げる膂力、人の範疇を超える速度、全てを粉砕するはずの一撃。

 しかし喰らう相手も人外、魔物すら蚊帳の外、魔人級同士の前衛。

 結果としては、どちらも大きな痛みと脳を揺らされる程度の痛痒(ダメージ)でしかない。

 

「オラァッ!」

「――っ、ええいっ!」

 

 だが、だからこそ次の一撃はザンスが一拍速い。

 どちらが慣れているかという話だったら当然ザンスに分がある。痛みを無視して止まらずに連撃を喰らわせる。

 

「ウラララララアーーーーッ!!」

「ぐっ……ぐぅっ……」

 

 怒涛の拳の連撃を喰らったバーバラは早々に不利を悟った。

 これは駄目だ。殴り返してもこっちが先に参る。既に頭の中がチカチカする。膝が笑う。

 だからとっとと次に行こう。目標変更、バックラーの下、下腹部を掌底で殴りつける。

 

「火爆破ぁ!」

 

 バーバラは零距離で炎熱魔法を解き放った。赤熱した掌の熱量が増し、そのまま炸裂する。

 

「があああああああっ!?」

「熱ぅっ……!」

 

 自爆覚悟、相手の方がダメージが多いから有効と信じる捨て身の一撃。漏れた火炎と煙だけでも闘技場を覆う。どちらも絶対に無事で済まないと思われるが――――

 ザンスは腹を焼き焦がし、衝撃で体をくの字に折り曲げただけで済み、バーバラの手も焼け爛れてはいない。

 ザンスの頭が下がったのを好機と見て、バーバラは眼球目掛けて拳を尖らせて振り抜いた。

 

「ぐううっ……! 魔法使うとかアリかよ!」

「アリに決まってるでしょ! 魔法使いに殴り負けなさい!」

「ざけんな! こんなチャチな魔法でダメージ受けるわけねーだろ! 少しビックリしただけで続行だコラ!」

 

 両者、異常なまでに高い魔法防御のため大した被害を喰らわず殴り合い続行。

 バーバラの熟練度が低いのもそうだが、杖もない。装備とレベルに対してあまりにも魔法の威力が貧弱過ぎる。決め手としては程遠かった。

 

「窓を解放しなさい、急いでね」

「はっ」

 

 炎はともかく煙だけは誤魔化せない。火炎魔法が飛び交うなら殴り合いが見えないと悟り、リアは素早く指示を飛ばした。

 もう既に渦中の二人は煙の中だ。誰も戦いが見えなくなっていた。

 

「オラオラオラオラァ!」

「――ひ、火爆破!」

 

 煙の中、バーバラが明滅する意識を振り絞って二発目の火爆破を放った。

 腕を途中から殴るのではなくガードに使っている。この時点で殴り合いに勝ち目はないが、詠唱を優先した。

 一発目でやられてくれたら良かったが、それならもう正攻法は駄目だ。魔法アリでも勝てない。

 

 バーバラの作戦その4、戦い方を切り替える。

 このコロシアムの敗北条件は気絶のような無力化かギブアップだけ。

 事前の取り決めに勝敗は関係ない。

 

 二発目の火爆破は煙幕目的の範囲重視。窓が開け放たれる前に撃ち込まれた事で、観客席も視界は塞がった。

 ここで従者が活きる。どこからともなく隠れていたコーラが武器を投擲(とうてき)した。

 ザンスの鋭敏な耳目は風を切り裂く音を感じ取った。すぐ近くに飛来物が来ている。

 

「てめえっ……!?」

 

 第三者の介入を悟るが、対応がほんの少し遅かった。

 バーバラは両腕を広げて振り下ろし――左手に刀が収まり、ザンスの右足の甲を深々と貫いた。

 

「があッ…………!」

 

 闘技場と足を縫い付けるようにツバメガエシが突き刺さり、靴が血に染まる。

 そのままバーバラは刀を手放して手を引くと、またエイトックの柄が収まっている。

 

「たまたま武器が来たから、つい使っちゃった」

 

 片足が使えないなら避けれない軌道で、袈裟斬りに振り下ろす。

 

「そう、だな……ッ……俺もそーだ!」

 

 刃が噛み合い、止められた。

 

「…………!?」

 

 背中のバイロードは抜かれていない。代わりにペルシオンがザンスの手中にある。

 従者が投げた剣は二つ。そこで本来は完全に足を奪う予定だったが、一つが来なかった。ザンスが片方を遮(さえぎ)っていた。

 噛み合った剣から力が込められる。剣の戦いになれば勝機はない。

 バーバラは無理矢理投げ捨てるように打ち払い、後方へ転んで逃げる。そのタイミングで窓が開け放たれ、視界が晴れていく。

 

「がはははははは! これでヘルマン人の勝負とやらは俺様の勝ちだな!」

「うっそぉ……」

 

 ザンスは足下を血に濡らしながら、高らかに笑っていた。

 

「剣を取りに戻って来い、第二ラウンドだ! それだけ元気で降参は許さねーぞ!」

 

 ツバメガエシを引き抜いて、血が噴き出るのも構わずに獰猛に刀を向ける。

 獣は手負いの方が恐ろしい。笑みという表情は、ここまで攻撃的なのか。

 

(せ、戦闘狂……筋金入りの負けず嫌い……!)

 

 今までの作戦は成功した。

 足を止めた殴り合いというルールで戦わせる。

 煙幕下に持ち込んで投げ込まれた武器で不意打ちして足を一方的に奪う。

 コーラの援護は煙幕下なのにも関わらず、精密にバーバラの手元に収まるような投擲(とうてき)だった。タイムラグはほぼなく、振り下ろすだけで良かった。それによって技量差も大きいザンスの足を貫く事に成功した。

 だが、成功した一番の理由はそこではない。

 

 ザンスはその作戦を途中で察知した上で逃げなかった。負けない為に足を犠牲にした。自分が吐いた言葉を守る為に、背中の剣を抜かなかった。明らかな不利を自覚して尚、自分が傷つく事を厭わずに、正面から打倒すると決めて、不意打ちを甘んじて受けた。

 バーバラの予想をはるか右斜め直角に上回り、ザンス・リーザスは強く、負けず嫌いだった。

 

 歓声が木霊(こだま)する。王となる男がここまでの覇気を示して鼓舞されない民はいない。誰もがザンスという覇王の在り方に陶酔し、声援を送っていた。

 

「あ~ん、ほんっとザンス格好いい~……」

 

 誰よりも、女王リアがこの状況に酔いしれていた。

 完全に敵地となった空気は、一度不利となると果敢に降りかかる。これまで以上の罵声と嘲りがバーバラに向けられる。年頃の少女ならば、動揺は皆無ではない。

 

(……落ち着かないと、脚はある程度奪った。次がある……ッ!?)

 

 バーバラがエスクードソードを取りに立ち上がろうとしたところで、膝が崩れた。なんとか立っても、足下がおぼつかない。よろめいて、闘技場の壁がやけに頼もしく感じる。途中から防御に徹して、それでもこの様。敵よりダメージは深かった。

 よたよたと、時間をかけて情けなく取りに行く。そこに言葉を挟む余裕もない。

 

「おーおー……こりゃ一合も持たねーんじゃねーか? ヘルマン人も大した事ねーな! がははははは!」

(なんとでも言いなさい……! 後でくたばるのはそっちだから……!)

 

 時間を稼げば相手は出血が増し、バーバラは回復する。相手の余裕をそのまま有利な材料に出来る。息も絶え絶えのように、ゆっくりと一歩一歩を進んでエスクードソードの鞘を手に取った。

 鞘を背中にかけて、周りを見回す。準備は出来た。従者の手筈は完璧だ。

 

 バーバラの作戦その5、使えるものは何でも使う。

 渡された手札(チップ)は使えるものだ。

 これまでは前準備、いよいよ大解放。庶民を舐めたツケを高く支払わせてやる。

 

「魔王の子だろうが……これで勝てるものなら勝ってみろー!」

「アアン?」

 

 そう叫ぶと、バーバラはさらに跳躍した。

 闘議場二階席、魔攻掲示板の傍に降り立つ。

 

「降りてこい! 剣の戦いをするんじゃねーのか!」

「このコロシアム、狭すぎるのよ! 魔法使いに不利過ぎでしょ! ファイヤーレーザー!」

 

 振り向きざま、移動中に詠唱していた高位魔法を解き放つ。闘議場中央にいるザンスには外しようがない。勇者による威力重視の高位炎熱魔法だ。当たれば魔王の子としてもタダでは済まない。

 

「…………フン」

 

 鼻で笑うと、ザンスは背中にある剣に手をかけて――――業火が膨(ふくら)らんだ。

 

「どこにも闘技場内で戦えってルールは無い! 私がどこで戦っても問題は無い!」

 

 バーバラの近くから悲鳴が上がる。

 闘技場中央部は業火に包まれて、燃え盛る火勢は尋常ではない。

 

「まーそうだな。でも殺害禁止の方は覚えておけよ。今の魔法を俺様の国民(もの)に巻き込んだら本当にブッ殺すぞ」

 

 そして、ザンスはそこに立っていなかった。

 バーバラから見て炎の後ろで、朱き剣を持っている。

 

「なっ……! 必中魔法でしょ!? どうやって……」

「斬(・)っ(・)た(・)。俺様にまともに食らわせたきゃ、後15発ぐらいまとめて撃ってこい」

 

 魔法剣バイロードは伸縮自在。本来喰らう遥か手前で受けて、本人は退避していた。

 言うは易し、やるは難し。機動力が無ければ無理だ。

 

(何のために、足を削いだと……! 魔王の子ってデタラメ過ぎる……!)

「さーって、近づいたら剣を抜けよ!? 抜くまでボコボコにすんぞ!」

 

 赤き鎧、朱き魔法剣、突貫せんと構える姿はまさしく赤き死神。

 二代目にして当代が最強。ザンス・リーザスが本領をもって駆け出した。

 

「ここまで来れたら、ねっ……! 炎の矢! 矢! 矢!」

 

 バーバラは従者に用意させていた山彦ハンガーを投擲(とうてき)した。さらにタルワリーをぶん投げる。次に硬球、オルレアンの槍。

 ここからが手札(チップ)の時間だ。ここにはたんまり武器がある。

 

「がはははは! なんだそりゃ、いいアトラクションだなオイ!」

 

 当然、意味がない。全部撃ち落とされ、切り払われる。

 こんなのがまとめて入ってダメージになるわけがない。手札(チップ)なんて投げても無駄だ。

 だが、それがバーバラの狙いだった。

 

「喰らえっ!」

 

 次にバーバラが投げたのは、山梨250年、まるごろし、葡萄酒……そして、ウォッカ。

 

「がははははははは! は……?」

 

 ザンスが気づいたのは、全て勢いで切り裂き、バーバラのところへ肉薄せんと、飛び上がった直後だった。

 

「炎の矢!」

「うおっ……があああああああああ!!」

 

 バイロードも、ザンスの体もたっぷりと酒精とアルコールに塗(まみ)れていた。瓶を切り裂いたら、当然中身は喰らう。剣で受けようが瞬く間に油を伝って手元まで行く。

 炎上。魔法の炎は種火に過ぎず、これは物理的な火力だ。魔法防御は関係ない。

 

「じゃあねー♪」

 

 一方バーバラはすれ違い様にコースガードⅡを持って飛び降りる。ザンスが追おうとするも、踏み込んだところには足下に大量の油、そして油壷。

 

「てめえそこまでやるかああああああああああああああ!」

 

 大炎上。ザンスを種火として周囲を焼き尽くした。葬式まんじゅうの旗に燃え移る。開け放った風も強く、炎は勢いを増してザンスを包む。

 飛び降りたバーバラは、盾を落とすとドヤ顔で観客に向けて叫んだ。

 

「この近くの炎で死んで、私の反則負け扱いとか勘弁だから逃げてねー!」

 

 炎は燃え盛る、上からザンスの怒鳴り声が響く。この程度で死ぬなら魔王の子ではない。

 

「クソアマァ! 今そっちに行くから待ってろお!」

「え、反則負けしてくれるの?」

「ハァ!?」

「油(・)、(・)下(・)に(・)も(・)敷(・)き(・)詰(・)め(・)て(・)い(・)る(・)か(・)ら(・)」

「……………………!」

「落ちたら間違いなく誰か死ぬでしょうね。降りる判断をした誰かさんのせいで」

 

 気づくと、コロシアム一階にいる観客の周りも、入り口も油に塗(まみ)れていた。

 観客のほとんどは試合に夢中で気づかなかった。散々会場を油まみれにしている不届き者がいるなんて思いもしなかった。もしザンスが飛び降りたら一面火の海になるだろう。

 観客はザンスに対して、この上なく役に立つ人間の盾にされていた。

 この状況下で、どれだけザンスが強くても一般人を巻き込まずに危害を加える手は存在しない。逆にバーバラは山とある。

 

「ファイヤーレーザー!」

「クソがッ……クソがあああああああああああ!」

 

 爆炎が上がる。今度は避けられない。炎上状態は威力倍。足場が全部燃えていればどうしようもなかった。切り裂いたがそのまま火勢は増す。

 

 バーバラの作戦その6,観客を巻き込む。

 殺害禁止のルールで縛り、炎上状態にしてサンドバッグ。

 殺すのはザンスだ。私は戦いの中で火属性魔法を打っただけで悪くはない。

 油? 誰か悪い事した人がやったんじゃないんですか? 関係ありません。

 

 ここからバーバラは取れそうな対策を封じつつ、散々に容赦無く追い打ちした。

 

「辛いなら逃げていいのよー? ほらそこに窓が開いてるでしょ。庶民の私に尻尾巻いたら?」

「……ふざけんなっ! 誰がやるかあ!」

 

 作戦その2、王族のプライドを利用する。

 誇りを持つ奴は馬鹿だ。子供でも分かる正解を選べなくなる。

 

「偶然こんなところにたくさん武器がある! 投げてみよーう!」

「玉露の斧が偶然あるかあああああ!」

 

 作戦その5、使えるものは何でも使う。

 魔法も合わせて処理能力を削る為に投げ続ける。

 竜角惨(りゅうかくさん)もたんまりあるから魔法も手札(チップ)も無尽蔵だ。

 クールタイム関係なく使い捨てにしよう。

 

「ザンスのバカバカバーカ! あーっはっはっはっはっは! 油壷おかわり!」

 

 作戦その1、とりあえず怒らせる。これは嫌いなタイプにやりたかっただけだ。

 バーバラはハメ手を使って散々にザンスを燃やし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 当然、敵地でこんなやりたい放題をやっていれば黙っていない勢力は出る。

 まず一般人。彼等はコントロールがされておらず、石ころと同等の存在。ここまでバーバラがやらかしている以上、何をやっても文句の言えない存在だ。

 だが、何もできない。軽やかに足場を飛び跳ねる少女はそれだけで目に止まらぬ疾風。気づいたら横にいて、襲い掛からんと、足に力がかかる頃には、とっくに消えている。生きる世界が違う。

 

 そしてもう一つ。厄介か、あるいは勝利条件に関わる相手。

 

「う、うう、うううう……」

 

 対戦相手の母親にしてリーザス女王、リア・パラパラ・リーザスである。

 彼女はこれまで、バーバラの一方的な攻めを辛抱強く耐えた。女王として、またはザンスの意思を尊重して一切の手を出さなかった。戒めていた。

 

「…………ぐぅっ!」

「ザンス!」

 

 だが、ザンスがスベリヒユのせいで滑ってアフリカ投げナイフを受け損ね、鎧の無い左腕に突き刺さると彼女の箍(たが)は外れた。

 リアは王者の席を離れて、高窓に乗り出した。

 

「ファイヤーレーザー! 降参するか倒れるまでやる!」

「ぐがあああああああああっ!」

 

 ザンスが苦悶しているところに、遂に高位魔法が直撃。全身が焼けて、皮膚の一部が剥がれる。

 息子に対する拷問を目の前で見せられて、止めに行かない母親はいない。

 

「駄目ーーー! 駄目駄目駄目ーー! もう中止―ーー!」

 

 青き双眸(そうぼう)に涙を溜めて、彼女は動き出す。

 

「マリス! ザンスのところへ行って回復して!」

「かしこまりました、急ぎます」

「会場にいる全兵士! 観客の撤退案内から切り替えて……」

 

「やめろ!」

 

 今日一番の大音声が、燃え上がる炎の中から轟(とどろ)いた。

 誰もが動きを止める一括。女王の声を遮(さえぎ)れるのは一人しかいない。

 

「この戦いは俺の戦いだ! 手を出したら許さねえ!」

 

 未だ炎の獄中でバイロードを握り直した、ザンス・リーザスが叫んでいた。

 この状況で負けを認める事は、死ぬより嫌だった。

 近くに窓はあるから息は吸える。ザンスは大きく息を吸って、先程に劣らぬ大音声で、

 

「ここにいる全兵士! 国民! そして母さんも含めた全員、邪魔だ! とっとと退避しろ!」

(あの状況で、まだ……)

 

 攻勢の手を一切緩めないバーバラですら、呆れる指示をした。そのままリアを睨みつける。

 

「母さん、この戦いで邪魔したら許さねえ。俺は勝つ」

「う、うう……」

 

 炎に巻かれていようが関係ない。ザンスにあるのは唯一つ、目の前の敵を倒す。それだけだ。

 ああなってはテコでも動かない。助けたらハンデと言って、後日火中に飛び込みながら闘いかねなかった。

 何よりも、今の判断の是非は下が物語っている。

 

「早く逃げろ! ザンス様に迷惑をかけるな!」

『押さないで、落ち着いて退避してください!』

「金軍第三部隊は右側へ回れ! ここの流れを止めないと将棋倒しが起きるぞ!」

 

 民が、兵が、ザンスの判断を信じて動いている。可能な限り、急いで退避しようとしている。

 ここにいる全ての民が、次代の王の勝利を信じている。

 一人の母になってしまったリアと、覇王であり続けようとするザンス。どちらの指示に従うかは明白だった。

 闘技は続く。バーバラは一切の容赦が無いが、ザンスはファイヤーレーザーとスーパーソードを斬り払った。炎に包まれるのが慣れたらしく、危なげが無くなりだした。

 

「早く行け! 邪魔だって言ってんだろ!」

「……お母さん、ザンスを信じてるから! 頑張れー!」

 

 リアは侍女に手を引かれて駆け出した。

 観客はもうほとんどいない。

 

「はぁ……」

 

 人が少なくなれば見えてくる。今回の立役者、コーラが柱の陰に隠れて溜息を吐いた。

 やるべき事は全て終わり、試合前の話を反芻(はんすう)していた。

 

『コーラ、あなたは勇者の戦える状況を整えるぐらいはするって言ったよね?』

『ええ、バーバラが勇者となった日のことですね』

『じゃあ武器がどこかに行ったのを投げ渡したり、道具を運ぶぐらいはやってくれるよね?』

『そーですね。他に集団で一方的にボコられない為に1対1が可能な状況を作ったりします』

『じゃあ……相当悪い事が出来そうかなー』

 

 そこからは、過去最速最悪の従者の荒い使い方だった。

 厨房やカジノや城内に忍び込み、消耗品から使えそうなものを片っ端から盗む。そうして、二人は渡された武器や防具より遥かに多くの手札(チップ)を手に入れる。炎上予定地を想定外に燃え広がらないように魔法をかける。

 バーバラが大仰なパフォーマンスをしている間に、認識阻害をかけつつも油を流し込む。油壷を大量に用意して隠す。様々な場所に手札(チップ)を隠す。事前の合図があったら最大火力の武器を投擲(とうてき)。

 これらはざっくばらんなバーバラの指示を下にコーラが実行した行動だ。ただし、これとは別に詰めの甘い主人に対して自主的にやった行動も存在する。

 

 ザンスの逃げ道になり得る両端の貴賓室複数に対して油を流した。出口のいくつかを潰して観客が逃げる速度を遅らせた。興奮した何名かの観客が火種になりそうだったので静かにさせた。状態回復の持ち主がいると厄介なので、可能な限り神魔法の使い手を退場させた。

 

 全て、リーザス軍の監視の目をすり抜けて誰にも悟らせない。まさしく神業だ。

 

「ポンコツ勇者も、追い込まれれば頑張るんですね。まだまだ甘いですが」

 

 アリオスでは絶対にやらない行動だ。だがゲイマルクが同じ条件なら、もっと賢い手を取る。

 ザ(・)ン(・)ス(・)に(・)殺(・)人(・)を(・)犯(・)さ(・)せ(・)る(・)。

 一般人なんて水風船だ、どうとでも出来た。

 リアを攫(さら)う。駄目なら適当にザンスの身内を狙う。

 誰を人間の盾にしてもルール違反ではない。取り扱い易いサイズにして焼いただろう。

 バーバラは勝つ為に盾にはしても、使い続けるつもりがないのだ。

 また、一つの会話が頭を過(よ)ぎる。

 

『絶対に閉じ込めちゃ駄目。逃げられなくなったら間違いが起きた時どうしようもないから』

『一般人大炎上をどう利用しますか? 王子を倒すには絶好のタイミングですから、色々ありますが』

『その時は、文無しでも仕方ないかなぁ……』

 

 甘い。甘々だ。敵を甘く見ている。

 だから、勝てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザンス様。一般人の退避を完了しました。コロシアム周辺に人はおりません」

「……………………」

 

 いつしかザンスは体を縮こませて、何も言わず耐えていた。

 油壷を投げ込んでも避けるだけ、武器を投げても避けるだけ、魔法の時だけバイロードを振るって、事前に潰してある程度に済ませる。

 

「完全に退避が完了しました。周辺に危険はありません。では私もこれにて、健闘を祈ります!」

「くくっ…………そ-か、そーか」

「う、嘘ぉ……」

 

 ザンスは耐えきった。炎上状態の中で山と投げ込まれる魔法、武器類、バーバラの罵声。全てをある時期から黙って耐え抜いた。酷い火傷は全身に及んでおり、血が抜ける状態を嫌って足を自分から焼き潰している。

 もう盾にするべき人はいない。少し前から軍人しかいなかった。だがザンスは耐えて、完全に人がいなくなるのを待った。何故か。

 

「――――これで、アイツをぶっ殺せるな」

 

 確実に、バーバラをボコボコにする為であった。

 ザンスは遂に飛び降りた。炎を纏(まと)ったままで。

 

「ちょっ…………!?」

 

 当然油に引火し、炎上。コロシアム全体が炎と煙の世界に変じていく。

 ザンスは遠距離攻撃の手段があるのに飛び降りた。そこに散々溜まっていた鬱憤がある。

 

「がははははは! テメェもこの世界を味わっておけよ! 道連れだ!」

「自爆に巻き込むなあーーーーーー! これでコロシアム間違いなく終わったわよ!?」

「そんなん知るか。後で建て直せばいいんだよ」

 

 これはバーバラの計画的火刑とは違い、防火のされてない大炎上だ。コロシアムの観客は炎に替わった。大観衆はその熱をもって建物を溶かすだろう。

 ザンスはバイロードを構える。煙と炎の中、バーバラに逃げ場は存在しない。

 

「剣を抜け」

「……………!」

「お前が愛剣を握って、俺が打ち倒して完全勝利。それだけだ」

 

 ザンスの声は穏やかなれど、最後通告だった。

 これを拒否したら、本当に許さないと顔に書いてある。

 

「ああもうっ!」

 

 遂に、勇者はエスクードソードを抜いて構えた。

 

「エスクードソード、勇者だな。新しい勇者の名はバーバラって、母さんが言ってたぞ」

「散々隠した意味は無かったのね……」

 

 バーバラは天を仰いだ。悪事をしたつもりは無いが、嫌な事実は千里を走るらしい。

 ザンスは愉快そうに唇を歪めて勇者を見据える。

 

「くくく……人類の希望とやらだったか? 俺様が覇王になるなら、倒すべき相手だな」

「勝手にやってよー……こっちは勇者をやる気がないの。冒険者なのよ」

「いや、お前は勇者だ。その剣を持っている以上勇者だ。負けて俺様の輝かしい歴史に負け犬として名を刻め」

「ああもう、どうしてこんなことに……」

 

 軽口を叩く間にも、バーバラは隙を探していた。

 無い。

 全く、無い。

 突破口が無い、詰みである。

 手を尽くそうが勝ちが無いと、剣を構えながら悟ってしまった。

 これだけやっても変わらないのか。

 負けて、犯されて、一文無しで、勇者とバレる。最悪の結末。

 だが、あと一つだけ作戦はある。絶対やりたくなかったあの作戦が――――――

 

「……ねぇ、ちょっといい?」

「なんだ?」

「私は一ヶ月も経ってない駆け出し勇者。正直言って勝てる気がしないから降参したい。それでも勇者を倒したって事になるの?」

「……ッチ、それはそれとしてこの決着はつけるぞ」

「でも、勇者って大技に対して後出し限定の超必殺技があるの。駆け出しの私でも使える勇者の為の大技。それを乗り越えたら、勇者に勝ったと言えるのかもね」

「面白え! やってみろ!」

 

 灼熱の目線をもって、即答だった。

 バーバラはザンスを見ないように移動して、壁を背にして適当な構えを取る。

 

「…………いつでもいいから」

 

 バーバラは死神と目を合わせずに己の心と向き合う。走馬燈に似た何かが過(よ)ぎり、無謀な行いをしたと責めて来た。

 

 果たして自分は平静な表情が出来ているだろうか。

 歯の根を鳴らさないのが精一杯だ。涙が枯れてて良かった。

 怖い。ただただ怖い。これは勇者特性が嘘なら自殺だ。

 だが、生き埋めにされて何時間でも生きていた。高所からの落下も平気だった。

 信じてみる価値はある。

 

「行くぜ……!」

 

 時は待たない。

 ザンスが朱き剣、バイロードを振り上げた。撃ち放つは極地の一つ。

 先代死神、リック・アディスンから受け継いだ必殺技。

 

「バイ・ラ・ウェイ!」

 

 瞬く間に朱い剣閃が繰り出され、縦横無尽に赤い光が奔(ほとばし)る。それが無数の飛ぶ斬撃となってバーバラへと迫った。余りに苛烈な死神の鎌。先代より冴えと圧力を増したその斬撃は、射程圏のあらゆるものを塵と還すだろう。

 

 死神の鎌に対してバーバラは――――――

 

「――――ごめんなさい」

 

 エスクードソードを胸元に抱えて、無防備に受け入れた。

 

「なっ……!?」

 

 殺戮圏の中心にいるバーバラは斬撃に吸い込まれて、そのついでのように、目の前にあるコロシアムの貴賓席を含めた壁一面が崩壊した。

 建物全体を揺るがす轟音と破壊、これだけでは終わらない。

 バイ・ラ・ウェイの射程圏はコロシアムを凌駕する。そのまま圧力のある斬撃は止まらずに庭を超え、リーザス城の城壁を激しく斬り飛ばし、削り飛ばし、消滅させ――――やっと、効果が終わった。

 

「おいおい…………」

 

 ザンスの前にコロシアムはない。焼け落ちるはずだったものが残骸にすらならずに塵となる。火勢もまとめて斬り飛ばされた。その先は魔法剣の斬撃が通った庭の芝生を残らず抉り、城壁が桐状に削られ、人一人分が通れるだけの大穴が穿たれていた。

 

 その射程内、ど真ん中にいたバーバラがどうなったか等語るべくもない。塵に還るしかない。

 ザンスはそう判断した。

 肩透かしであり、不満が残るように魔法剣を肩に担ぐ。

 

「なんだよ、ここも嘘かよ……殺害で俺の負けってか? 俺に嫌がらせするのが本当に好きなんだな。死んだ方が負けに決まってんだろ」

 

 念の為、コロシアムの大穴を進み靴の一つでも残ってないかと辺りを見回す。当然、何もない。あるとしたら、壊れた天井が時折音を立てて地面に崩れ落ちるぐらいだろうか。

 

「史上最弱の勇者、史上最速で死すか。俺様に歯向かって見栄張ってこれか! だったら素直に降参しとけってんだ……ふんっ」

 

 どこかの斬撃に斬り飛ばされて、塵に還ったのだろう。

 やはり、魔王の子に伍する人間などそうそういない。

 

「……ま、ゲイマルクよりかは面白かったけどな」

 

 死んだ奴に興味は無い。ザンスは堂々と破壊に狼狽(うろた)える兵士を眺めながら王城へ戻っていく。

 王城前に、母親であるリアがいた。ザンスの姿を認めると、顔が綻(ほころ)んで近づいて来た。

 

「ザンス、おかえりー! 無事で良かったー! ママは本当心配したよー!」

「ふんっ」

 

 リアは近くに駆け寄りつつも、いつものようにザンスに抱きついたりはしない。息子の状態がどういうものかは察している。それでも戻って来た以上、闘いは終わったという事だ。

 国内一のヒーラーが横にいるから安全でもある。

 

「あーんもう。こんなにボロボロになってー……新勇者はどうだったー?」

「楽勝だ。見栄張って死んで……馬鹿な奴だな」

 

 そう言いながら、ザンスは足下の小石を蹴り上げた。なんでもない足の遊びには、今日一番の激情と苛立ちが籠っている事をリアは悟った。

 しかし、その理由は正しくないものなので首を捻る。

 

「ん、んー? それはおかしいわね。法王の手紙では確かに新勇者バーバラだったけど……エスクードソードは見た?」

「見たぞ。徘徊勇者ゲイマルクの時と同じものだったから間違いねえ」

「じゃあザンスの勘違いね。バーバラは絶対生きてるわよ?」

「ハア? 再生回数の残機が無かったとかそういうオチだろ」

「ああ」

 

 ここでリアの疑問が氷解した。勇者災害の時は幼かったから守るだけで、勇者についての知識は与えなかった。自分の不手際がここにある。

 ザンス・リーザスは勇者や勇者災害を知っていても、勇者特性については知らなかった。

 

「マリス、魔法電話を」

「はい」

 

 リアは侍女を呼びつけて何事かを魔法電話で伝えていく。そうして、僅かな言葉を交わしてから受話器を沈め、ザンスに向き直った。

 

「ごめんねー! どーしても必要な事があって! ザンスを二の次にするなんて心が痛むー!」

「別に構わねえよ、必要な事なんだろ。それよりとっとと要件を言え」

 

 どうせ何かあるんだろと嘯(うそぶ)きつつ、ザンスは腕を組んだ。

 

「うん。リアが伝えてなかったけどね、勇者って本当に死なないの。昔リーザスが確実に殺せる状況を作ったけど、突破されたの。不死は法王の保証付きよ」

「ゲイマルクは目の前で死んだが?」

「うーん……それ自体がイレギュラーなのよね。勇者期限が切れてからそのせいって可能性もあるけど、バーバラは本物の現役勇者。絶対生きてるわ」

「俺のバイ・ラ・ウェイをまともに喰らったんだぞ。塵も残ってねえだろ」

 

 絶対の自信がある必殺技が喰らうところを見たからこそ、ザンスは信じられない。長年培っていた努力の日々を貶されるようなものだ。

 バイ・ラ・ウェイは本当に必殺技だと。必ず殺す技だという自負がある。

 しかし、リアはそこで目を細めた。

 

「ああ、完全にしてやられたわね。ザンス」

 

 この声は息子に対するいつもの声ではない。為政者としての声色を出していた。幼い頃、基礎学校の頃、軍人の頃、様々な場面で聞く声だ。厳しく王として育てる時の声、本当にザンスに失態があった時の声だった。

 

「…………どういう事だ」

「勇者には必殺技の見切り性能がある。ゲイマルクを殺す時にリックは使ったけど、次は全く当たらなかった。出してはいけないものを、出したのよ。誘われなかった?」

「――――ッ!」

 

 ある。心当たりが、あり過ぎる。

 

「もう一つ。降(・)参(・)と(・)か(・)、(・)気(・)絶(・)し(・)た(・)の(・)を(・)見(・)た(・)?」

「……ッあのクソアマァ…………!」

 

 今日散々に酷使されたザンスの奥歯が、鈍い音と共に砕けた。

 脳裏に、生意気な少女が叫んだ言葉が浮かぶ。

 

『どこにも闘技場内で戦えってルールは無い! 私がどこで戦っても問題は無い!』

 

 そして、それに対して自分はなんと言っていたか?

 

『まーそうだな。でも殺害禁止の方は覚えておけよ。今の魔法を俺様の国民(もの)に巻き込んだら本当にブッ殺すぞ』

 

 同意していた。そしてどれも違反していない。バーバラはルールを遵守している。

 もし、バーバラが生存しているのであれば、あれば―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで、バーバラが事前に立てた八つの作戦の内、使いたくなかった七つ目を明かそう。

 

 バーバラの作戦その7、逃げる。

 手を尽くしても勝てないと思ったら逃げる。

 この闘技場のルールに反則はない。降参か気絶をしなければ負けにはならない。

 10年後か20年後に勝てばいい。さらばリーザス。

 

 そう、まだバーバラはコロシアムのルール的には負けていない。

 これが今代の勇者バーバラ、エスクードソード逡巡モードの全力だった。

 ザンス・リーザスと決闘形式で戦って勝敗不明。勝負預かり。

 

 

 

勇者はまだ、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆうしゃ は にげだした!





魔法防御
 戦士タイプなら大体持ってる。レイの雷とか分かりやすい。
 自然雷のような一撃をランスなら衝撃で膝が折れたり痺れたりする程度。
 魔法使いのタイマンは辛い。

人間の盾
 原作では役に立たないクソチップが神チップに。
 語源に似合わず大活躍。

lv305 ザンスが受けたダメージ
 頭部打撲+眼球打撲+右足甲貫通+全身重度火傷+左腕裂傷
 ゲーム的には炎上で数十ターン火属性魔法投げ続けた。

バイ・ラ・ウェイ
 死神の必殺技。ランス9参考。
 必殺技に具体的な範囲や攻撃のイメージが出来るっていいよね。


 バーバラが無い知恵を絞って裏ボスに勝とうとする戦い。
 今の勇者のフルスペック、いっぱいいっぱい。
 追い詰め過ぎればポンコツ勇者も頑張る。でも、勝てない。それがlv300魔王の子。
 lv300勢をまともな戦いにしようと思ったら主人公はこれだけ強くないと基礎スペックで捻り潰される。
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