「あははははははははははははははははははは! あーっはっはっはっはっはっは!」
高笑いが、日が沈んだリーザス城下街に響いていた。
中央公園、噴水近くを凄い速さで徘徊する影がある。徘徊、というのも足取りがおぼつかず、次にどこへ行くかまた変わる。そうしてまた戻ってくる。
完全に、不審者であった。
「あーっはっはっはっはっはっは! ああ可笑しい! あはははははは!」
その不審者とは、勇者である。徘徊勇者バーバラが公園をふらふらと漂っていた。
「あははははは……うぅっ……べぇっ…………あははははは!!」
バーバラは上機嫌なままで
それ以外の傷跡を見ればキリがない。かざした右手はずたずたに切り裂かれて、どうして繋がっているのか不思議な状態だ。左足の肉は削げてて、歩いていられる理由がわからない。背中の傷も深いようで、ぽたりぽたりと歩く度に鮮血が続く。
しかし勇者は笑う。生きているから、これが笑わずにいられない。
「絶対……絶対死んだよ! でも……あははははは!」
バーバラはバイ・ラ・ウェイの直撃を喰らった。勇者特性を信じて受けすら放棄して身を任せて、体中の至るところを切り裂かれた。ここまではいい。
奇跡か、偶然か、ばら撒いた防具の内一つが爆ぜて舞い――バーバラにとってはどうでもいい、ぷるぷるの盾が一部を受けた。その盾に含まれたぷるぷる成分が如何に作用したかは解らないが、ザンスの斬撃の一つを跳ね返した。その斬撃は歪んで乱反射して、流れの中でバーバラを乗せた。
バイ・ラ・ウェイに乗っかかる形になったバーバラはコロシアムの壁を貫通し、リーザスの城門に激突し――リーザス城下町まで弾き飛ばされていた。
バイ・ラ・ウエイの直撃、コロシアムの壁破壊、城壁の貫通、これら三つをまとめて喰らって尚生きている。魔人級の身体は伊達ではないが、それに奇跡が絡まないと不可能な話でもあった。
「あーあ、完全にハイになっちゃってー……」
「だってコーラ! 可笑しくてしょうがないでしょ! うふふふふ……! あはははは!」
噴水に座る従者は勇者の乱痴気騒ぎを冷めた目で眺めていた。ただ、バーバラがここまでおかしくなる理由も理解はしている。
「ああおかしい……! 世界がくるくるする! 太陽が三つに見える……うふふふふ……!」
「はあ……動けても、これじゃ意味無いですねー」
勇者は、逃げる為にヤバい薬をキメていた。
半死半生になって動けるような根性は今のバーバラにはない。城壁を破ったところに倒れ込んでいては、やはり兵士に見つかって連れ戻される。痛い思いをしたのに、負ける時と同じ結果だ。それは嫌だった。
だから飲んだ。禁断違法ドラッグ、ハイポーションを。
リーザスが押収したものを、適当にコーラがくすねたものだった。ただ、回復量は屈指だから毒と知っても、バーバラは冒険者鞄に入れた。それが大技を喰らい、倒れ伏す勇者のところに悪魔の囁きの如く、手元に転がっていた。
バーバラはそれを飲むと、痛みは消え去った。それどころかどうしようもなく気分が高揚し、世界が輝いて見えている。
(あーでも、想定されているより効果が異常に高いですね。完治しそうです)
禁断違法薬の影響によって、少しづつ、少しづつではあるが癒えている。勇者の身体能力の高さや相性が良い為、通常ではここまでの回復は望めないだろう。
例え狂って、多くの血を喪っても、一夜にして回復する。それだけの効果がこの薬にはある。今もまた、皮だけで繋がっていた指が、キラキラと光りを放つと動かせるようになった。
(ひょっとして、エスクードソードはこのあたりを素質だと思ったんでしょうか)
徘徊勇者は回復を待って、休んでいるとも言えた。あまりにも気狂いな姿だが。
「あははははははは! 最ッ高ねこの薬! まだまだストックはあるし、ジャンジャン使っていいんじゃない!?」
「副作用がヒドいですから、覚悟してください……ああ、三つしかないんでしたっけ」
コーラの目から見ても、その内の一つは既に発動していた。
迷子。
平衡感覚を失い、今の場所がどこか分からなくなり、目の前のものしか見えない。
バーバラはハイな気分になって、抜け出したつもりだった。それなりに走ったから、もう城下リーザスを出ただろうと。しかし実際はこの公園をただぐるぐると回って、不審者としての姿を垂れ流しただけに過ぎない。
ポンコツ勇者はどうしようもなく――壊れていた。
「まぁ、勇者ですし副作用はあっても中毒性やら依存性やらは廃されるでしょう。ジャンキーにはならないだけ、マシですか」
「ふふふ……コーラ、何言ってるのー?」
「そろそろ次の副作用が来るからハイな気分も終わりって事です」
「あははは…………!?」
突然、痛みとは別の感情がバーバラを支配した。腹全体が溶けて、巡るように下に落ちる感覚。
「えっ……!? ちょっ……! あれれぇ……!?」
「腹下しですね。決壊は遠いけど内股になりますよ」
コーラの言う通りだった。バーバラは股を閉めていなければならないような感覚に囚われた。腹が落ちるような感覚は止まらない。痛覚とは別に、この感覚だけは流し込まれて気にするしかない。
気を抜いたら、腹の中を垂れ流しそうな危機感にバーバラは囚われてしまった。
「そろそろ迷子も収まるし移動しますか。こっちですよ」
「ちょっ……!? こうなってから案内って酷くない!?」
ハイな時とは別の理由でよろめきながら、バーバラは公園から抜け出していった。
「要は、こっからは耐えるんじゃなくてブッ殺しに行く話になっただけだな!」
ザンスは踵を無理やり返した。既に右足の感覚は無くなって久しいが、勝負がついていないなら戦うしかない。
「あ、それは違うと思うの。今はザンスも体を休めましょ」
「はぁ?」
「もう、逃げられないから」
リアは遠くの城下町以降の門を見ていた。そこに用意しているものがある。
「息子をこんなにした新勇者、ぜーったい逃がさないんだから♪」
城下町の城壁には、黒い鎧の兵士が並んでいた。一定の間隔で、止められるように全周に立っている。黒兵の内、指揮官と思わしき紫髪の女性が大きなメガホンを持ち、広報を始めていた。
『リーザス城内コロシアム、ルールの変更をお伝えします。リーザス城内コロシアム、ルールの変更をお伝えします』
凛とした声は、魔法拡声器から良く通って城下町、城内全体に響いていく。
『つい先程、ルールの変更がありました。闘技エリアは、リーザス城壁内となります。王都リーザスを超えた場合、反則負けとなります。繰り返します……』
「…………………」
「これで新勇者は袋の鼠か反則負け。ザンスは休んでいいわよ」
「いつから、これだけ軍隊配置していたんだよ」
城内の兵士が増員されていたのは分かる。だが黒の軍が城壁外も固めているとは思わなかった。ザンスの目からは見えないが、実は緊急招集をかけてリーザス城下は味方の軍に包囲されている。
「名前が提出された時から。逃げる可能性あるし、ザンスが間に合うまで時間稼げる状況作ってから勇者いるよーって呼んだの」
「あれだけアイテムやら色々使ってきたのは……」
「勝てる可能性見せたら、逃げなくなるでしょ?」
そもそも開始時点で、全てリアの掌の上だった。
リアとしても、バーバラがあそこまでえげつない事をするのは想定外だったが、今の状況は概ね問題がない。
バーバラは現行ルールを利用しきった。
ザンス・リーザスの性格を把握して行動を予測し、相手を誘導し、有利な状況を作って、ハメ殺しの状況を築きあげた。誰もやらなかった方法によって攻めて、実力差のあるザンスをほぼ満身創痍の状況まで追い込んだ。突破されても勝負預かりの状況まで持ち込み、バイ・ラ・ウェイまで引き出したのは偉業と言っていい。
だが、そもそも古来からルールありの戦いで最も強いのは、ルールを利用する側ではない。
ルールを作る側なのだ。
「ふっふーん♪」
リアは、息子の役に立てて満足していた。
『反則負けになります。反則負けになります……』
「あ、あははは…………」
勇者は辺境への出入り口近くで、女の子座りで崩れ落ちた。本当に、乾いた笑い声しか出ない。ハイな気分も吹っ飛んでいた。
あんなに考えたのに、あんなに頑張ったのに。
嫌な事も、痛い事も耐えたのに、自殺のような事もやったのに。
リーザスは逃がしてくれない。
負けて、犯されて、玩具。その未来が――――
どうしたら、これからどうしたら……
バーバラはまた、知恵熱を出し始めた。
そこに声がかかるまでは、魂の抜け落ちた表情をしていた。
「ああ、バーバラさんですね」
「えっ…………」
気づくと、和装の美人女将がこちらに近づいていた。
「ほら、一昨日予約した時にお会いしました、氷砂糖の女将です」
「あ、ああー……」
「バーバラさん、結局来なかったので心配しましたよ。それに服も体もボロボロじゃないですか」「ちょ、ちょっと冒険が長引いて、徹夜しちゃって……」
一般人から見て、かなりのボロボロと感じる程度までバーバラは回復していた。
女将――堀川奈美が落ち着いて指摘出来るのも、命にまで影響があるとは思えない、冒険者なら稀にこれぐらいの傷を負って帰ってくる事もあるだろうという程度になっている。
ハイポーションとバーバラの相性は、この世界としても異常に相性が良かった。
「そうでしたか。それは大変でしたね」
「うっ……!」
バーバラは下腹部を抑えた。もう限界が近かった。縋りつくように奈美の裾を掴む。
「す、すいません。おトイレ、貸してくださいぃぃ……」
「それは大変ですね。どうぞついて来てください。こちらです」
女将に案内されるがままに、バーバラはお手洗いを借りて、そのまま空き部屋の鍵を一室貰った。
格闘する事数時間、少女は自分の部屋とされるところに戻る。
「はぁ……地獄だったわー……」
「まあ、とりあえず凌ぎましたねー」
この従者という生き物は、宿を取るとセットでついている。何故か絶対にいた。バーバラも突っ込もうと思わなかった。
「今日一日は、本当に、本当に、本ッ当に地獄だったぁ~……」
貰った紫色の浴衣に着替えて、バーバラは布団に飛び込みながら今日一日を思い浮かべた。
徹夜からスタートして、生き埋めにされる。
リビングデッドで起き上がり、闘技資格を手に入れる。
城壁を乗り越える代償として、徹夜、幻聴、尿管結石でのたうち回る。
そのまま闘技で連戦。勇者の力で頑張って勝つと理不尽な王子が登場。
死力を尽くしても勝てなくて、挙句自殺紛い。
そして継続中。実は軍隊に包囲されて逃げられない。
「どうして、どうしてこんな事に……」
バーバラは翔竜山に登ってから何度目になったかわからない言葉を呟いていた。口癖になりつつある。
「今日はまだ終わってませんよ。これからあるかもしれませんが」
「ないない。足潰してたお陰でザンスの機動力は私の半分以下になってた。なんだかんだやった価値はあったのよ」
少女はぱたぱたと足を揺らして枕を抱える。
先の試合、最高形は足を潰しきって闘技場中央でキャンプファイヤーが目的だった。片方しか潰せなかった為に動いていたが、魔法も
バーバラはそう判断した。そして知恵熱を出し始めている。
(次どうするかなぁ……マグマあったけど誘導して突き落とす? 城壁に安全に侵入する方法が無いし、そこから探す必要あるのかな。そもそも外どうなっているんだろ。明らかに正規軍っぽいよね。広報している人も明らかに他の鎧と別種で……)
負けて、犯されて、玩具。まだ彼女の最悪の未来が酷い。
どうにかならないと考えて、考えて、考える。普段の能天気の影も無く、徹底的に追い込まれていた。
そんなところで、ぽつりとコーラが呟いた。
「ポンコツ勇者、そろそろですかね」
「へ?」
「あなたの三つ目の状態異常、何だったのか見定めていたんですけど確定しそうです」
「……え――――ッ!?」
何を言っているんだと言い返そうとしたところで、ドクンッっと心臓が早鐘を打った。
熱。
頭と、胸と、わからないもの。
少女にとって、初めての感覚。
「興奮。頭の中がピンク色になります」
「え……え……これ、なに……!?」
「あー、その衝動自体分からないんですか」
熱い。熱い熱い熱い。
世界がぼんやりとして来て、境目がわからなくなる。
「性的衝動です。発動時間はランダムで、遅くなる程強烈かなーと」
「コーラ、たす……けてぇ……」
何故か、人肌が恋しい。体温が恋しい。近くに居たい。手が伸びる。
しかしコーラはあっさりと躱して、部屋を出ていく。
「私は交尾はやりません。適当につがいを探すか、自慰で解消してください」
「じ……い……?」
「序盤でその感じだと、我慢出来なくなって猿になるか、股を開くかでしょうね」
コーラの言わんとする事はバーバラも理解し始めた。この熱に我慢出来ずに、男を求めてしまう状態になるというのだろう。最早熱は知恵熱の比ではない。ぐるぐると少女に抗いがたい熱となって、何かを突き動かしていく。
「まぁ、どういう結果でもいいので。勇者特性もあるし相手には困りませんよ、それでは」
そう言って、従者は部屋を出て行った。
「あ……ああ……あっ……」
肌と衣擦れの感覚すら鋭敏になって心がざわめく。
少女は自分の知らない何かに突き動かされていく。
この日、バーバラは初めての性的快感に一人きりで耽った。
求めるところ止まらなく、日付が変わっても意識を落とせなかった。
ハイポーション
飲むとたちまちハイになるポーション。回復率999と正露丸と違ってダンチ。
バーバラ専用チートアイテム。ルド世界なのでご納得下さい。
コーラが箱ごとパクッたせいでガッツリある。無限と思っていい。
バーバラは二度と使わないと心に決めた。
バーバラの特殊固有能力 消費アイテムの相性が良くて、効果にブーストがかかる。
主人公だし、ちょっとずつ分かるようになる。チートをいきなり出す気はない。
ポーションややくそうの効果が凄く高い。勇者っぽい。
ルド世界の女勇者だから仕方ないね。
迷子
帰り道が分からなくなる。急いで城下町に帰れなくなる。詰んだ状況で使えるお帰り盆栽が無理。地味に痛い。
内股
腹を下す。女性は辛すぎるけど汚いのは書く気ないので……
興奮
頭の中がピンク色になる。変な画像が見えるだけで男には無害。女には……
効果は遅効性だが、超強烈。
バーバラ自身の固有能力と相まって、理性を総動員しようが抗えない。
次の話はR18内容のみになります。