振動が止まり、慌ただしい動きの音が
何度目かの停泊は、くたびれた荷物と化したバーバラには届かなかった。蹲ったまま、顔を上げる事がない。
「おいっ!」
「ふぎゃあっ!?」
バーバラはなんの前触れもなく頭を叩かれた。目を白黒させて、目の前の男に焦点を合わせる。
「な、な、何……!?」
「ランク・バウに着いたぞ。いつまで寝てんだ!」
「あ……ご、ごめんなさい」
転がるようにバーバラはうし車から出る。すっかり固まった体をほぐしつつ、前を向くと目の前にあるのは停泊所と、大門だった。
うし車で揺れること数日、西ヘルマン共和国首都ランク・バウに到着していた。
本日も日の差さない曇天。暦の上では夏なのに、吹く風はどこか冷たさがある。ヘルマン特有の気候は観光的にも不人気であり、降りる人間は少ない。
それでもバーバラがこの言葉を零すのは、人情だろう。
「……久しぶり、ただいま」
半年ぶりとなる帰国は、予想以上に嬉しかったらしい。バーバラの歩調はスキップするように踊っていた。
大門をくぐり、城下街で買い求めるはヘルマンパン。他国民には石か岩と評され、杭を打てる程の固形物をがぶりと噛み、歯形をつける。
「うーん、朝食はやっぱりこれだよね」
噛む噛む噛む、噛み砕く。バーバラとしては、これぐらいじゃないとパンを食べてる気がしない。ヘルマン人は人間じゃないと評される国民性を存分に発揮していた。
咀嚼音を頭の目覚ましにしつつ、バーバラはランク・バウ本城へと向かう。
広い橋を進めば見えてくる。ヘルマンの象徴色である黒く巨大な本城。西ヘルマン首脳陣が本拠とする司令部である。
民主主義国家となり、広く開かれた西ヘルマンは入り口までなら自由通行となっている。逆に、ここから先は用件があるものでなければ通れない。
入口にいるヘルマン兵がバーバラを見下ろして、堅い声を発した。
「ここより先は身分と目的を告げて頂きます。何か御用ですか?」
バーバラは鞄の中から手袋とギルドカードを取り出して、ヘルマン兵に提示する。
「冒険者のバーバラです。大統領秘書のペルエレに会いに来ました。ねーさんに会いに来たと伝えてくれれば、分かると思います」
「これは……ああ、成程」
兵士の目の前に提示されたのは、ヘルマン帝室の刺繍が入った手袋だった。
今から17年前、ヘルマンは帝国制であった。この手袋は、帝室内で働く侍従だけが付けるのを許されたものだ。
今は革命が起きて民主主義に切り替わったため、帝室は解体され、侍従は存在しない。別の形で働く、ただ一人を除いて。
「了解致しました。来客室にご案内します。そちらで少々お待ちください」
「は、はい」
そう言われて、バーバラは豪勢な一室に案内された。
自室には有り得ない高価な調度品や外を眺めるなど時間を潰していると、程なくして目当ての人が扉を開けて現れる。
ヘルマン共和国大統領秘書、ペルエレ・カレット。15年以上もの間ヘルマンの中心で働いている――メイド服姿の、少女だ。
「…………バーバラ、あんた」
憮然とした表情で何かを言おうするペルエレ。だがしかし、
「ねーさん!」
「わぷっ!」
バーバラが抱き着いて、次に発する言葉を遮られた。
「ねーさん、ねーさん、ねーさん! ひっさしぶりー!!」
「ちょっ……このっ……」
「あ、また丈の差が縮まったー! もう全くないよね? 嬉しいなー!」
懐いたわんわんの如く、頬ずりをしたり抱き着いたりして纏わりつく。
「離れろー!」
「離れなーい! わーい!」
この時のバーバラの精神年齢は、一桁になっていたのではないか。
半年間の独り暮らし、慣れない都会、失敗ばかりの冒険者稼業。全ての緊張の糸を切り離して、ペルエレに甘えている。心安らぐ身内との出会いは、年頃の少女にとっては何よりも嬉しかった。
「いやー、冒険者って大変で大変で……寂しかったよー! ふぎゃっ!?」
ペルエレはバーバラの頬を両手でつねった。そのまま縦横斜め、縦横斜めに揺さぶる。
「ひたた……ふぇーさん、ふぁにするろぉ!?」
「勝手に冒険者になっておいて、よく言えたものね」
ペルエレは溜息を一つ吐くと、バーバラの腕からするりと抜けてソファに体を預ける。
「ま、別にあんた達がどーなろうと私の知った事じゃないんだけどさ。なんかムカつくから、文句だけは最初に言いたかった。そんだけ」
バーバラは誰に対して相談もせずに冒険者となった。急に雲隠れして、後から手紙一つで伝えて来るような小娘相手には、これでも十分優しい対応と言えるだろう。
ペルエレの返信では素っ気なかったが、手紙が届いたという時点で、やはり心配はさせていた。
「う……ごめんなさい、ねーさん」
「あんたと私は知り合いという程度で、あんたの未来を決める気はないから。冒険者になるのも、早死にするのも好きにしたらー?」
「死ぬ気はさらさらないよ! ねーさんが言ってたように、危ない仕事は請けてないし大丈夫!」
声のトーンを上げるバーバラに、ジト目で見つめるペルエレ。
「……いつまで私の事ねーさんって呼ぶわけ? 実の姉妹でもないのに」
「ねーさんはねーさんだから。いつまでも!」
バーバラが浮かべた笑顔は、一生呼び方を変える気がないと確信させるものだった。
「ああ……面倒な奴に懐かれたなぁ……ああでも、おばさん言われるよりマシか」
15年間もヘルマンにいれば奇縁が生まれる。鬼畜王戦争の頃に知り合った子供は成長して――ペルエレから見ると、ほとんど精神の成長が無いままに姉と呼んで慕ってくる。
一方バーバラから見れば、ペルエレは理想の女性らしい。
同じ平民出身でありながらの立身出世、それでも自分に対するこのフランクさ。彼女のような人間になりたくてバーバラは家を飛び出した。
「ねーさんをおばさんって呼ぶ人いるの? あり得ないでしょ」
「30超えてるから言われても仕方ないわよ。私も周りを見ないと実感が沸かないけど」
そう語るペルエレの見た目は、実年齢に比して若すぎる。
肌も瑞々しく張りがあり、骨格はまだ成長の余地を残しているだろう。すっかり世間ズレして、やさぐれた目を除けば、バーバラとそう年の差がないように見えた。
理由は唯一つ、ペルエレ・カレットは人間を辞めているからだ。
魔人から血を貰った人類の敵――――使徒だ。使徒には永遠の命がある。
(あれからもう、15年かあ……)
自分の年齢を口に出したせいか、他愛ない世間話の傍らであの時の事が脳裏を霞める。
第二次魔人戦争、人類が魔物に蹂躙され、滅亡一歩手前まで追い込まれた未曾有の危機。
ヘルマンもまた、地獄のような惨状だった。人は焼かれ、村は大山のような存在に踏み躙られ、将軍は理性を失った化け物と化す。
逃げたくてもどこへ逃げればいいのか分からない状況下で、最悪な任務が回って来たのだ。
魔人四天王ケッセルリンクの城に潜入して、信用を得て裏切り、他の使徒を黙らせろ。
『危険に多少慣れてて、死んでも気にならないから』
そんなふざけた理由で白羽の矢が立ち、ヤケクソ気味に実行したら、なんと出来てしまった。
何故かケッセルリンクはペルエレを酷く気に入った。保護してから数日で、ペルエレに自分の血を分け与え、使徒にしてしまった。
その後の裏切りもつつがなく成功し、ケッセルリンクは討たれ、戦争も勝利で終わり――残ったのは、永遠の命と使徒としての力。
こうしてペルエレは、悪夢のような任務から、夢のような成功を手に入れた。
戦争終結時はそりゃもう喜んだ。飛び上がらんばかりに喜んだ。だが――――
「……ねーさん?」
「ん、はいはいそーね。ちゃんと聞いてるわよ」
バーバラの声色が、訝しむものになった。生返事な受け答えが続けばそうなるかと、ペルエレの意識が引き戻される。
「世間話は置いといて、何しに来たのよ。こっちに来るなんて初めてじゃない」
連絡用の手段は渡していたものの、バーバラが実際に来る事は無かった。それが家出娘となった今になって訪ねて来ている。つまり、余程の用事だ。
「金なら貸さないわよ。どんな話だろうとあんたにはビタ一文出さない」
「違う違う、持ってきたのは儲け話。5000goldが確実に手に入る仕事を請けたのよ」
「さっさと詳しく話を聞かせなさい。私の取り分は高いわよー!」
ペルエレは心底どうでもいいような表情を脱ぎ捨て、前のめりになった。
現金でわかりやすい態度が可笑しくて、バーバラも笑みが零れる。
「翔竜山を撮ってこいって任務があったの。世界一の危険地帯だけど、使徒のねーさんと一緒なら大丈夫でしょ?」
「あー、そっちの方か」
そう言われて、一気にペルエレの目が濁った。
彼女は現在、二つの職業を掛け持ちしている。一つは大統領秘書、そしてもう一つは魔王城のメイドだ。前者も楽な仕事ではないが、後者は人権が存在しない。
慰安婦と労役を強制される日々は、使徒になった事を後悔するには十分過ぎた。今では魔王絡みの話題が出るだけで陰鬱な気分になる。
「ねーさんと一緒について行って、入り口でパシャッっと写真撮って、それで帰れば5000gold! どうかな。なかなかいい作戦だと思うんだけど」
「残念ながら大外れ、
魔王は身内だから優しいという事はない。普段のペルエレなら却下するところだった。
だが、今は事情が違う。
「……でもまあ、タイミングはいいのよね。肝心要の魔王はどこかへと雲隠れしてる。私もそろそろ行こうと思ってたし、ついて来るぐらいならいいわよ」
「やったー!」
「た、だ、し!」
ペルエレは万歳したバーバラの肩を掴んで、目に力を込めた。
「あんたは私に絶対服従! これから言う事を守ると誓って! でないとあんたじゃなくて私が死ぬから!」
「う、うん……」
ペルエレの青ざめた表情に押されて、バーバラも頷く。
そこから次々と上がる注意事項に対して、バーバラは同意を一々求められた。
「絶対に騒ぎを起こさない。魔王軍の魔物と戦わない。魔物のいるところではカメラを使わない……」
「誓います、誓います、誓います……」
「……魔王に出くわしても文句を言わない。私の報酬は3000goldからで」
「誓います。誓います…………あれ?」
バーバラは最後の条件を同意した直後に、ペルエレがニヤリと笑ったのを見て、
「……あーっ! 勝手に報酬決めないでよ。それって半分以上でしょ!」
「とーぜん私がいなきゃ出来ないんだから、持っていくに決まってるじゃない」
「だとしても、少しは交渉の余地ってものが……」
「一切聞かないわよー♪ 私は一ヶ月後でも二ヶ月後でもいいからねー♪」
「うっ…………」
譲歩する気一切皆無の、したり顔であった。
秘策はペルエレがいなければ成立しない以上、勝ち目がない。バーバラは何も言えずに、がくりと頭を垂らした。
「いやー、魔王城に行くのは毎年恒例の罰ゲームなんだけどさ、これで少しはお金稼げるだけマシね。あ、魔物相手に死んだら自己責任だから精々気を引き締めなさい」
屈託なく笑うペルエレはいつもと同じように、自然体だった。俗物的で、臆病なところがあり、とても長い間大国の中核を支えた人間とは思えない。目線や感覚が庶民のものだった。
だからこそバーバラは『自分でもなれるのではないか』と親近感を覚えてしまう。
(……ほんっと、敵わないなあ)
ペルエレ以外ならば明確に不満を表しただろうが、今は苦笑を浮かべるばかりだった。
バーバラにとってペルエレは姉のような存在であり、目標であり、憧れだ。彼女と一緒に冒険が出来る事に、心が躍る。
「それなら丸投げしちゃう。これからどうするか全部決めてね、私は荷物でいいや」
「いや、それ冒険者としてどうなのよ……」
「取り分多く取るんだったら、その分完璧な仕事をしてくれるんだろーなって」
「あんた、絶対大成しないわ」
2人は軽口を叩き合いながら、旅の行程を決めていく。
目指すは翔竜山。魔王の膝元であり、世界最高峰に二人は向かう。
ペルエレ・カレット
ヘルマン大統領、シーラ・ヘルマンの秘書。
使徒化はケッセルリンク討伐時に選択可能な未来の一つ。
4カ国生存していると、使徒ペルエレは人類側につくことでケッセルリンク討伐への道が開ける。
ペルエレを使徒にしないルートは、ゲーム内で時間がかかる事と、ケッセルメイドが全滅するという違いがある。
ケッセルリンクが死ぬ間際にペルエレに頼んだのは、自分のメイド達が後追いで死なないよう止める事だった。
7人の使徒は彼女の勧告に従い、現在はアメージング城のメイドをしている。
彼女達の主の復活まで、あと85年という言葉を信じて。
絶対命令権
魔王が魔人、使徒、魔物に対して所持する権利。
『死ね』と言われれば死ななければならない。本人の意思は関係なく、肉体の方を無理やり従わせる力。不可能を可能にするようなものではなく、命令が不可能であれば解除されるようだ。
魔物や魔人の反乱など、絶対命令権がある以上不可能である。しかし、魔王ランス期ではいずれも発生している。魔王ランスはそもそも使わない傾向があると伺える。
この権利により、魔王は存在するだけで全魔物3億の絶対君主である。
再編集版。
これ以降、未再編集で筆力が一時的に大きく落ちます。
読み辛くなるだけで展開的には同じになります。初見の方には申し訳ない。
わざわざ比較で見に来た方にもごめんなさい。編集前(の酷い出来)はチラ裏の外伝に乗せてあります。