だがその前に、このポンコツ勇者はどういう人間だったのだろうか。
そういう話をするのもいいだろう。
人は寝ている時、夢を見るが大概は覚えていない。
このバーバラの夢も、起きる頃には忘れるものだ。
これはポンコツ勇者の遥か昔、一人の幼子の物語。
森林の中を子供達が走っている。その中に生きる世界が違う子供がいる。
「はっ、はっ、はっ……む、むり……」
「バーバラ、ちょっとまってよー!」
「みんながおそいのー!」
幼い頃のバーバラが、同年代の子供達と長距離のかけっこをしていた。
競争に使われている森林は広く、魔物もおらず安全であり、村内で格好の遊び場になっていた。
基本的に才能持ちと才能無しの人間では、限界値の高低も基礎値も違う。幼少期でも差は残酷なものとなって発揮される。
幼い頃のバーバラは無敵だった。足の速さも比較にならず、今も軽やかに森林を抜けてしまう。
「ゴールだー! みんなはまだかなー……まだかなー……」
後ろを振り向くと遊びに混じっていた三歳、四歳上の子供も遥か遠くにいる。
大人すら目を見張るバーバラの身体能力は、村一番の突出した才能がある事を示していた。
「おはよう。バーバラ」
「あ、村長さん。おはよーう!」
田舎村の村長がバーバラに声をかけてきた。
老人はしげしげと当たりを見回し、この競争の結果を眺める。
「いつも一番で、しかも日に日に差がつく。お前さんはもしかしたら、凄い才能があるかもしれんのう」
「えへへー……」
「ただ、服装がボロボロじゃいかん。女の子なんだから、その辺はしっかりせんとな」
村長の言う通り、バーバラの着る服は安物の継ぎ合わせだ。身体能力と周りを気にせぬポンコツ加減が、いくつもの傷を衣服に与えては、母親に縫われた跡になっていった。
「あー……おかあさんが、あまり傷つけるなって」
「バーバラの母親には、辛い暮らしをさせておる」
村長はバーバラの母親の雇い主だ。村長の家はこの村の宿泊施設を兼ねており、お手伝いを2,3人雇っていた。給金としては、あまり利用する旅人もいない為、金払いは渋くならざるを得ない。
母親には仕方がない事を理解して貰っているが、何も知らない幼子に差があるのは、村長としても心苦しかった。
「うむ。お前さんの期待もあるし、出来る範囲じゃが儂は何か一つ願いを叶えてあげよう」
「ほんとに!?」
バーバラは目をキラキラと輝かせて、村長を眺めた。
「本当じゃ。お前さんは何が欲しい?」
「うーん、わたしはいい。おかあさんにあげる」
「いい? 一個ぐらい何か欲しいものがあるじゃろう」
「あるけど、わたしは幸せだからいいや」
「幸せじゃと?」
老人は
衣食住の食はともかく、それ以外は悲惨である。村外れの古い空き家に住みついて、冬には毛布で厳しい寒さを耐える。衣類は限られた一部を除いて、お古で貰ったものを使い回している。
唯一の食でも三食を十分に食べられるというだけで、誕生日にほっぷぃでお祝いが出来たと喜ぶような状況だった。
共働きならこうはならないが、母子家庭な為、この村一番の貧乏家族と言ってよかった。
その貧乏娘が幸せと言っている。
「バーバラ、お前さんは今幸せなのかい?」
「うん。おかあさんは大変そうだから、なんとかして欲しいけど……」
「すまんがそれは出来ん」
「そっかー……」
幼心にも分かっていたようで、バーバラはすんなりと今の言葉を受け入れている。
まだ三歳なのに、我儘も言わず笑顔ばかりの子供だった。普通何かしら
村長は、この幼子の心が気になった。村を見て長いが、こういった子供はいない。
「何故幸せなんじゃ?」
「みんな、幸せそうだから!」
「う、む……どうなんじゃろうな。少なくとも、不幸はこの村にはないが……」
村長は顎に手を当てて、この村が幸福かどうかを考える。
ヘルマンの寒村は暮らしが良くない。今年の収穫は不作であり、辛さが増した。だが、それでもこの村はマシな方だ。魔軍に攻められた事も、魔物の惨禍もない。
魔人戦争を経て、ヘルマンで死者が出なかった村の方が少ない。そういう意味では若干明るい村と言えるが、やはり、幸せな人が多いとは思えない。
貧しいのだ、村全体が。
バーバラという幼子は、幸福の線引きがわからないのではないか。
「もっと、こう……自分の事で、何があると幸せで欲しいとか、そういうものはないのかい?」
「友達もふえてるし、わたしの足も速くなってる! 昨日はきれいなお花畑を見つけたよ! わたしは幸せ!」
「ああ……」
村長は漸く得心がいった。バーバラは暮らしの最低値が初期地点なため、後は加点式で積み上げているだけだった。彼女には幸せが増えているように見えるが、それは最初から無いものが、ほんの少しだけ回って来ただけ。
だから他の人がより多くを持っているから幸せに見える。その状況を明るい子だから羨みも恨みもせず、自分の幸せのように思っている。
バーバラは幸せ探しをして、欠片のようなものを拾い集めて自分の不幸を見ない。
僅かばかりの幸せで、今のようにニコニコと笑っている。老人の涙腺が緩むような姿だった。
「
村長としても、その程度しか配慮できない自分が後ろめたかった。
「ありがとう! 村長さん!」
ぺこりと頭を下げて、バーバラはまたどこかへと駆けていく。興味のある方へ身体能力を活かして覗き込む。ころころと表情を変えて手遊びをする。時には村の子供と一緒に遊んで無双する。
落ち着きがないが、行動力があり、明るい。幼児時代のバーバラは、そんな子供だった。
主従が、山中を歩いている。
一人は大荷物を背負う少年。黄色のフードを被り、無表情に主の後ろを行く従者。
前を行くもう一人。血に染まった黒髪を揺らして、機械的に足を前に出す勇者。
その時代の勇者、ゲイマルクとコーラがどこかへと向かっていた。
勇者ゲイマルク。
過去の勇者と同じように、魔王討伐を目標としている人類の救い手である。
だが勇者は、エスクードソードは人類が危機に
その為にゲイマルクは人類を
目標はエスクードソードが魔王を殺せるようになる5割以下。刹那モードで魔王を倒そうとして、現在の人類を半分以下にする為に動いていた。
「あー……まったく、面倒な事してくれるなあ」
虚ろに愚痴を垂らすゲイマルクの声には張りがなく、足取りにもふらつきがある。
腹部を見ればその原因が分かる。鎧は粉々になり、金属片がいくつも刺さり、深い斬り傷や矢の刺さった跡がある。覗き込めば、
これだけの状態になっても、勇者は死なない。
勇者特性がゲイマルクを生かし続けて、動ける状況を瀬戸際で確保している。
流石に苦しそうなゲイマルクを眺めつつ、コーラは軽口を叩く。
「今までで一番やられましたねー」
「自爆特攻までは予想してたんだけどさ、そこから特攻した奴が動くっておかしいでしょ。ああいう人間ビックリ箱がいれば間違えもする」
「こちらのバランスブレイカー達も十分ビックリ箱なんですが、今の人類も中々……」
糞袋の癖にやると漏らすコーラの言葉を受け流しつつ、ゲイマルクは今回の戦いを
「思ったより、囮で引き寄せられなかったな。お陰で大統領を殺し損ねた」
「法王、ゼス女王と続いてこれで三連続失敗。主目標にはいつもケチがつきますね」
「
痛みの中にも関わらず、ゲイマルクの目は
折れず、屈せず、為すべき事をする為に手段を尽くす。
コーラから見ても、前任者とは比べ物にならない……
「まったく、貴方ほど相応しい勇者は滅多にいませんでしたよ。ゲイマルク」
賢い勇者だった。
だが、いつもは涼しく返すゲイマルクは、今日は不快げに吐き捨てた。
「失敗した直後に言われても、煽りにしか聞こえないね」
失敗。
そう、ゲイマルクは今回の件を完全に失敗と認識していた。
川中島襲撃時の法王不在はまだ、仕方ない。
あの時はバランスブレイカーを解放する方が優先であり、司教も二人を殺したから混乱もするだろう。
ゼス女王の時は、人類の底力を思い知った。
塵モードの勇者には、出来る事には限りがある。数多展開された魔法兵器と死の覚悟を持って盾となった精鋭達。バランスブレイカーも飽和人材によって抑え込まれ、最終的には単身で挑む羽目になった。
マジックか、王女スシヌの二択で狙いを絞らせまいとしたが、ダークランスが阻んだ。
煌々と輝く魔剣グラムと荒れ狂う斬撃。魔人級の世界に深く踏み入ったその動きは、その時点の勇者が勝てる相手ではなかった。
以上二件の反省を踏まえ、ヘルマンでは満を持して必殺の態勢を整えた。
まず、ゼス王立博物館で手に入れた人破壊爆弾で大都市ローレングラードを無人都市にする……という情報をリークする。
理性的なバランスブレイカーの面々でローレングラードを予告通り襲撃。勇者ここにありと見せて、相手の戦力を引き寄せたところで巻き込むように爆散させた。
お帰り盆栽の発動を眺めるダークランスの吠え面は愉快そのもの。
同じように退避した者も多いが、巻き込んだ人間は数多くが死んだだろう。
混乱の最中、全戦力でもって本命であるヘルマン首都ランク・バウを襲撃した。
人類の精鋭は悲劇を止める為に出払っており、数少ない残存戦力とバランスブレイカー達を抱えた万全の勇者との決戦。
有利な戦いなはずだった。彼我の差で言えば勝つと信じて疑わなかった。
だが、何故か失敗した。弐式豪翔破、武舞乱舞、火炎流石弾、銭形式乱射……数多の必殺技をその身に喰らい、半死半生の体で、こうして逃げている。
またも人類を甘く見積もった末の、逃走劇だった。
「中々クエストクリアはさせてくれないな。歯応えがある」
ゲイマルクのクエスト――誰が求めたものでもない、自分に課した任務は失敗し続けている。
このクエストとやらをやる意味が、コーラには理解出来なかった。ゼスの時も、ヘルマンの時も結局死にかけて勇者特性頼りになるまでやっている。不利と見たら逃げる彼らしくない行動だった。
「激烈な反撃が分かったのなら次は方法を変えませんか? 例えば今回だったら、帝都への橋を落として城下を殺戮すれば、もっと稼げますよ。その間に来る散発的な戦力を削れば効率は上がりそうです。無理に首脳陣を狙わなくても……」
「それじゃ、楽しくないだろ?」
「楽しく?」
死に体にも関わらず、ゲイマルクの口元は緩んでいた。
「そうさ。ゴールは魔王退治だけど、その間に色々イベントがあった方が楽しい。俺はこのゲームを楽しんで越えたいんだ。課程も大事にしなきゃね」
「襲撃を毎回派手にやるのは……」
「作業をする気が無いんだよ。もっと刺激的にしていかないと勇者をやる意味がない。面倒なのは退くけどさ、存在感を見せないと面白くないよね」
どこまでも自信満々に、悪びれもせず、今ある状況を誇る。遊びに失敗しても問題はない。
自分が産み出す悲劇も、犠牲も、全てが許される。何故なら――――
「
ゲイマルクは、勇者である事を実に楽しんでいた。
主従は山道を抜けて、一つの花畑に辿り着く。
「ここで正しいのかい?」
「はい。貴方の毒を治す手段はこの花畑にありますね」
「そう、か…………」
花畑に辿り着いた時、ゲイマルクの体は傾いで、崩れ落ちた。
逃げる為に長い距離を歩いたのに、全く動けなくなる。仰向けに転がって、力が入らない。
精々動くのは、口と目だけだ。
「はぁ……強制イベントね。短めで頼むよ」
「動けるようになるだけでも半日はかかりますね。毒の状態も、怪我の状態もそれはもう酷いので」
毒。
ゲイマルクは特殊な毒に侵されていた。ヘルマンの秘宝から吐き出された勇者を殺し得る手札の一つ。半再生の呪いを与え続けるもの。その毒が廻る限り、つけられた傷が如何なる方法でも癒えず、痛みを与え続ている。
「負けるのはともかく、痛いのが続くのは楽しくないな……」
いよいよ動けなくなり、やる事が無くなった勇者は自分の状態を自覚する。
臓腑が腐り落ちるのを感じさせるように、神経を焼き続ける痛みが腹部を覆っている。勇者特性と毒の効果の板挟みとなり、焼き籠手を押しつけ続けられるような痛みと痒みがゲイマルクを押し潰していた。
「………………ッ」
いくらか、何もする事もなく耐え続けて歯を食いしばる。勇者特性待ちの時間は退屈で、辛い。コーラも気を紛らわせる為の話をする気は無く、痛みに耐える事は勇者に求められる資質であると、わざと黙っていた。
「まー、勇者特性的にはそろそろ……来ましたね」
「…………ああ」
目の端に、一人の幼子が花畑に入るのが見えた。
ゲイマルクの毒を解除する方法は一つ。三歳の幼子が集めた薬草を、毒を受けたところに流し込まれる事。
たまたま条件を満たす女の子が、特定の薬草が生えている花畑に通りがかる。勇者なら、運は良いがある事だ。
バーバラはゲイマルクに気づくと、傍に座った。
「おにいさん、辛いの?」
「……ああ、辛いんだ。薬草が欲しいけどどうにも体が動かなくてね。良ければ、君がやってくれないか? そうしたら、治るから」
痛みを堪える顔色は真に迫っており、死の淵にある声は幼子にも危機感を募らせる色があった。
「わ、わかった! ちょっとまってね!」
そうして、慌ただしく薬草でありそうなものをバーバラは探して引っこ抜き始めた。
「あー、あれ毒ですよ。それは神経が壊れます。これは腐らせます……この子、放っておくと時間かかりそうなんで修正しときますね」
「……なんで、治す薬草ばかりなのにそれを取るかな」
勇者特性が連れて来た幼子はポンコツだった。
本人は素直にゲイマルクを治すものを捧げようと思っているが、目の前にあるものを拾えばいいだけなのに、極彩色だったりグロテスクなものばかりを選択する。見ていられずにコーラが助け舟を出す必要があった。
「これどうかな!? おいしそうじゃない?」
「それはオホホウフフです。熱処理を加えないと、村一つは滅ぼせますよ」
「うーん、でもわたしのに入れてみるね!」
バーバラは笑顔で駆け回り、毒薬の群れを集めていく。それとは別に、コーラの指導によって薬草も集められていた。
調合の段階も適当の一言に尽きる。渡された鉢を引っ掻き回して、薬効そのものを駄目にする潰し方をしたり、自分の毒薬をこっそり混ぜていてやり直し。
腹部の痛みに耐えるゲイマルクは頭部に別の痛みを感じた。
この幼子、頭が残念過ぎる。
「ああもう……これ、最初から最後まで貴方がやらなきゃ治らないんですよね。指示に従ってください」
「だいじょーぶだいじょーぶ! わたしならなんとかなるから!」
子供特有の万能感に支配されて、自信満々で猛毒を作り上げていく。
そうして暫くすると、拙いお医者さんごっこのような調合が終わった。
コーラが頭を下げて作り上げさせた無難なもの。バーバラが自信満々で作ったもの。
二つの調合薬がゲイマルクの目の前にあった。
「どっちがいい? わたしはこっちがいいと思う!」
花のような笑顔で患者に押しつけられるのは、グロテスクに
無垢と奇跡が産んだバランスブレイカー。
これを一度喰らえば、勇者期間中は裕にのたうち回れるな。
ゲイマルクをしてそう確信出来るだけの毒薬だった。身体は口と目以外動かない。
「いい、いらない! コーラの方をくれ……お願いだから!」
ゲイマルクは勇者特性を初めて呪い、恐怖と共に懇願した。
「そっかー……」
バーバラは残念そうにしつつも、自分が作った調合薬を降ろし、もう一つを拾い上げる。
「ふぅ……」
「これをのんで、元気になってねー……あっ!?」
バーバラは盛大に転んで、ゲイマルクの腹に鉢ごと薬をめり込ませた。
「――――ががぁっ!?」
ポンコツな一撃は、運悪くゲイマルクの臓腑を抉り内臓を掻き出すように潜り込む。幼子でも十分致命傷にするだけの痛恨の一撃。ぶちゅりと嫌な音がして、臓腑の一部を潰した。
「おおーう、勇者って基本不幸ですからねー。こういう事も起こるんですねー」
「そう……か……良いギフトだけじゃなかった……っけ」
その言葉を最期に、ゲイマルクの意識は落ちる。
ゲイマルクの勇者特性は確かに、たまたま治す手段になる幼女を連れて来た。
ただ、その幼女は治そうと思ってゲイマルクを追い込む程のポンコツだった。
「た、たいへーん! えっと、取り出さないとー! どこに入ったっけ!?」
「……ッ、うぐっ、ぐうぅぅぅっ……!」
ポンコツ幼女の責めは終わらない。治そうと鉢を取り出そうとして、ゲイマルクの臓腑をまさぐる。黒い血に混じりながら、涙混じりでゲイマルクの身体を苛め抜く。気絶する事も許さない。
バーバラのお医者さんごっこは、手術ごっこに入っていた。
「はいストップ。これで毒は治ります。良かったですねー」
その声と共に、悪意のひとかけらもない拷問は終わった。
どこかコーラは上機嫌そうに、主に話しかける。
「賢いゲイマルクにも、珍しい事があるんですね。そういう反応をするのは面白いですよ」
「………………そりゃ、どうも」
勇者特性だから治る。逆に治るイベントだから動けなかったんだ。
これまで有利なギフトとして散々活用して来たが、こういう働き方をするのは初めてだった。
今日はもう何をする気も起きない。そんな疲労
「あ、なおるの!?」
「……うん、ありがとう」
「やったーー!」
ゲイマルクの表情には、毒が消えた分、生気がほんの少しだけ取り戻されていた。土気色から、真っ青という程度だが。
この散々にやってくれた幼子に、ゲイマルクは感謝の形として一つの実験をしようと思った。
「……ねえ、俺の事をどう思う?」
「かっこいいおにいさん!」
頬を色づかせたバーバラは、初対面とは思えない安心した笑みに満ち溢れている。
あたりも、自分も血に染まっている事を一切気にせずに、傍を離れる事はない。
勇者特性、異性からの極端な好意。
恋そのものを分からぬ幼子でも有効らしく、ゲイマルクに対する好感度は高かった。
「君は何が好き?」
「おかあさん! 村のみんな!」
「そうか、当たり前だよね。この年頃の女の子は……」
純粋無垢な幼子だ。だからこそ、汚し甲斐がある。
勇者特性を使って毒を植えつけて、何か歪なものを信じさせるとどうなるだろうか。
信念の無い者は、容易に勇者によって操られる。操り人形の末路を見たくなった。
「お兄さんは勇者なんだよ。世界に一人しかいない正義の味方だ」
「はえー、すごいねー……」
「それで、俺はこの世界の真実を知ってるんだけど、聞きたい?」
「聞きたい聞きたい! なにそれ!」
抱きつかんばかりに前のめりになって、バーバラはゲイマルクを見る。興味津々で、疑う事を知らぬ目だった。
そしてゲイマルクは、本心を吐露した。
「――――この世界はクソだ。腐ってる。悲しむ為にある世界で、間違っている」
これはルドラサウム大陸における神の真実、コーラに渡された情報と推論を重ねた上でのゲイマルクの結論だった。
「え?」
「人間にはバッドエンドか、ゲームエンドしかないって事さ。……あまり深くは語る気はないけど、皆幸せにならないよ。俺が何をしても、しなくても皆不幸になって死ぬ。一代幸せに生きても次は不幸だ。そうして永劫に不幸が続く」
「え、え、え……?」
「だから俺はこのくっだらないゲームを終わらせるんだよ。自分なりの楽しみ方もやってるけど、とっととゲームエンドしてあげるのが勇者の本当の仕事さ」
少しズレたかと思いながらも、幼子に植え付ける毒を吹き込んだ。
「だから、君は不幸だ。お母さんも、村の人も、全て不幸になる。世界が間違っているからね」
「…………」
「俺の言う事は誓って真実さ。憎んで、諦めて、毎日を過ごしてくれ。俺が数年間で全て終わらせてあげるから」
ゲイマルクの穏やかな言葉は、決意に満ちている。
強くなり、無双して、思うが儘に過ごして、勇者期限の終わり際に世界を壊す。
それが勇者ゲイマルクのゲームエンドであり、最終目標。この世界全てを諦めた男の結論だった。
「ま、どうぞご自由に。ここまでほとんど自力で辿り着いてるから本当に賢いですよね。
「ゲーム盤に乗せられないのは、苛つくんだよね。だからアイツと同じように、その過程を精々楽しまないと損さ。さて……」
毒の廻った幼女はどんな顔をするだろうと、ゲイマルクは幼子を見た。
「うーん…………」
きょとんと、不思議そうにしてゲイマルクの言っている事が理解出来ないバーバラがいた。
どう言葉にするべきかと考えて、
「ぜったい、ちがうよ?」
とりあえず、否定から入った。
「「は?」」
勇者特性、全く効果を発揮せずに幼子に弾かれる。
これは勇者特性を良く知る主従が困惑する番だった。人が不幸である事など、当たり前の話で、真実なのに。
「わたし、ここにあるものみんな好きだから、ちがうと思う」
そう言って、バーバラは世界に向けて歩き出す。何かを受け止めようとするように、両腕を広げる。
「空も、土も、空気も、花も、おにいさんも、ここにあるもの全てが……わたしは好き」
少女が見る世界はルドラサウム世界の一角。勇者を助ける為に一時的に用意された魔物の入らない領域である。世界によって調整された景色は、一つの完成された美がある。
ヘルマンには珍しい快晴であり、どこか暖かさが漂い、辛い冬を耐えたばかりのバーバラにとっては絶好の日向ぼっこ日和であった。風も穏やかで、心地良い香りを運んでくる。
踏みしめる土は柔らかく、されど泥が付着しないようにあっさりと離れる。靴が汚れず、歩いていて気持ちの良い山道を昇ったらこの花畑に導かれた。
時折何かの花か、りんりんと心地良い鈴の音が鳴って気が落ち着く花畑。視界を見下ろせば、やや遠くに自分の村があり、笑顔で友達が談笑している。遠くに向けると遥か先に翔竜山まで見え、この世界の雄大さを感じさせてくれる。
バーバラは感謝していた。この景色が見れた事を、血だらけの少年を助けられた事を、今日という一日を。
だから、遥か彼方の未来になっても、自分が忘れたままでも夢に見る。
この日は、幼い頃のバーバラにとって人生最良の一日であったから。
「きっといいことがあるよ。おにいさんも、わたしも、みんな幸せになれるよ」
ゲイマルクは口を開けたまま、何も言い返せなかった。
それが余りにも、あまりにも自分と真逆で――――
「………………ああ」
理解した時、魔王よりも、先代勇者よりも殺したい存在になった。
この幼子には、自分の中核を真正面から否定して、それを信じて疑わない信念がある。
バーバラは、ゲイマルクにとって
「それじゃ、わたしは帰るね。じゃーねー」
ゲイマルクが少しづつ快方に向かってる事に安心して、バーバラは手を振って帰っていった。
満ちる殺意のままに魔法を追い討とうとしても枯渇している。塵モードの勇者は人に止められる程度でしかない。
身体は全く動かない。半日はこのままらしかった。
「なんだこのクソイベント。だからこの世界クソなんだよ」
精々毒を吐くぐらいしか出来なかった。
「どーします? 適当に調べておいて襲撃でもしますか? あっという間に滅ぼせますよ」
主の気持ちを察したか、コーラが益体も無い事を愉快そうに提案してくる。
この従者は、ゲイマルクが普段澄ました顔をしているのが気に食わないらしく、ここぞとばかりに茶化すのが娯楽だった。
「馬鹿言わないでくれない? 魔王を倒した後でいいよ。刹那に行く過程で勝手に潰れてるさ」
効率が悪い。勇者の力で幼子一人追いかける時間が勿体無い。
ゲイマルクの冷静な部分はこれからのタスクで満載だ。魔王を殺す本命の計画は三ヶ月もあれば始まる。そこから一月で魔王を殺し、世界は変わる。
その過程で、楽しめる娯楽がある状況は一日も無駄にするべきではなかった。
「ヘルマンで妖怪破壊爆弾は手に入れた。これを利用して禁妖怪を支配する状況を作れるだろう。人を妖怪と魂喰らいで板挟みにしてjapanでも……」
若干回復して饒舌になった主を見下ろし、コーラは嘆息する。
「本命だけで5割は果たせるから、大人しくしてればいいでしょうに」
「それじゃイージー過ぎる。楽しみようがないじゃないか」
イージー、クエストクリア、ゲーム、この勇者は他人事のように自分のやる事を表現する。
ゲイマルクはこの世界をゲームとして楽しむ気だ。
その為に無駄な虐殺で目立ち、盛大な戦いを作り上げて、地獄を産み出す。
最も賢い勇者は、わざと自分から憎まれる事を選んでいた。
「それより死亡率の方だな。30%いった?」
何度目か分からぬ言葉を受けて、コーラは邪悪な笑みを浮かべた。
「そろそろですよ。黒死病も場所によってはパンデミックしてますし、この分だと……」
その時、ゲイマルクの目の端にあるエスクードソードが強く光った。
「人類の30%の減少を確認しました。エスクードソード、破壊ランクアップ。逡巡モードです」
「やっとか」
やはり、本命以外の行動は効率が悪い。まだこれから6000万人も殺さなければいけないのだ。個人や一勢力の行動では時間がかかり過ぎる。
それでもゲイマルクはこれから先の事を思って静かに笑う。力が沸々と沸き上がっているのを感じていた。クエストクリアの可能性が大きく上がるだろう。
「さて、逡巡モードだ。ここからは魔人もゲーム盤に乗せられるな。楽しみだ」
倒れ伏している勇者だが、ここより逡巡モード。実力が違う。
ここよりゲイマルクは魔人級。勇者災害はここからが本番となる。
そこから先の日々は、幼い頃のバーバラには縁がなかった。
ゲイマルクが失敗する理由は一つだけだが、ある。
それを理解出来ないから、絶対に失敗し続ける。
次回、9日までには。