東ヘルマン、ゴーラク東のバラオ山脈を抜けたところ。
そこでバーバラは幸せな夢を見ていた。
「おかあさん……えへへ……」
夢の中のバーバラは幸せだ。それに比べて現実はどういう状態だろうか。
まず、うつ伏せになっているところは尖った岩肌である。そこにマットレスとして血の絨毯が敷かれている。砂利と土で体は半ばまで埋まり、布団として大岩がのしかかっている。
つまるところ、バーバラの夢は崖崩れと土石流に巻き込まれた末の走馬燈だった。
「あーあ、酷い事になっちゃって……」
あらぬ方向に色々なものが曲がっている主を見下ろし、コーラは呆れる。
このポンコツは、毎日やらかさないと気が済まないのかと。
昨日はプリティリアで毒を飲んで金を盗まれた。今日は、これだ。
バーバラが勇者となってから毎日毎日助けてコーラ。些事雑用は言うに及ばず、行動不能と自滅をしない日の方が少ない。
人間として、この勇者は失格だった。
「これだと、もう勇者特性待ちするしかないんですけど……おや、思ったり速いですね」
黒衣に白衣を羽織る少女、ミックス・トーが軽やかに事故現場に現れた。
「悲鳴が聞こえたから来たんだけど、他に被害者はいる? あんたは大丈夫?」
「いませんよ。私はかすりもしていません」
「そう」
ミックスはあたりを素早く見回して、他にいないのを認めるとバーバラに駆け寄る。素早く岩や土を取り除き、小柄な体なのに重さを感じさせない動きで安全なところまで運んでいく。
バーバラに命に強く関わる怪我がないのを認めつつ、適切な応急処置を施していった。
「凄い医者が来ましたね。ここまで適切で迷いのない医術は初めて見ますが、有名なんじゃないですか?」
「ここでは闇医者で、許可無しのヤブだけどね……」
眠たそうな目で、されど手は全く止まる事が無い。
治療の最中で、ミックスは採決した血が他の人間と大きく違う事に気がついた。
異常。
そうとしか形容しようがなかった。自分の妹の時とも、また違う。
「……この子、変よ。何物? 治療に関わるから、知っているなら吐きなさい」
「特性ならいいかな……守秘義務守ってくださいね。勇者です」
ぎょっとした表情で、ミックスはコーラを見返した。
「…………あのゲイマルクと同じ、勇者?」
「はい。私は勇者の従者、コーラと言います。この子は今代の勇者、バーバラです」
ミックスはまじまじとバーバラを見る。
死ぬ方が幸せだった哀れな存在、ゲイマルク。次の犠牲者が、この少女?
夢の中にいるバーバラは幸せな笑みを浮かべているが、足以外の骨折箇所は多数に及ぶ。ミックスの見立てでは、全治三ヶ月でボロボロだ。
「体、再生してないんだけど……」
「この程度では発動しません。でも勇者になってから二週間ばかりで……ざっと10回は死にかけています。今日は軽い方ですねー」
「その言葉が本当なら、勇者は最悪の病気ね」
ゲイマルクのせいでミックスの勇者に対するイメージは最悪だ。動く死体の二の舞になって、ああなってしまう事だけは避けて欲しいという思いがある。
「世界に一人だけの病気持ち。だからこんなボロボロになって……」
包帯を巻いたバーバラの頭を優しく撫でるミックス。
悲しげな色を目に湛えた少女の反応に対して、コーラは首を振る。
「いえ、違います。むしろ全部バーバラが悪くて、勇者特性に救われています。今回もバーバラの過失です」
コーラはこのポンコツ勇者の実態を知らせる事こそが重要だと考えていた。
勇者の名誉がバーバラの行動に寄るのは勘弁して欲しい。過去の勇者全員に対する侮辱になる。
「そうですね……まず、どうしてここで怪我したのかを説明する必要がありそうですね。バーバラはリーザス城からウラジオストックまで素早く行こうと思っていました。どういうルートを通るのが早いと思いますか?」
「素早く……」
ミックスは頭の中にある世界地図を思い浮かべる。リーザス城からウラジオストックまで行く方法はいくらかあるが……。
「うし車でボントレーまで行き、スケールからログA、北の道に沿って行くのが最速だと思う」
「そーですね、それが正解です」
「リーザス、東ヘルマンはもう戦争一歩手前みたいな状態だから……スパイ扱いにされて、山道に逃げて、迷った末にここで事故に
「いえ、違います」
コーラはルドサラウム大陸の地図を広げ、バーバラのリーザスからの旅路を引いた。
「このポンコツは、リーザス城からウラジオストックまで直進しました。このように、地図直線でほとんど真っすぐです」
「…………はあ?」
コーラが書いた道は単純そのもの。リーザス城からウラジオストックへ向けて直線を伸ばし、バラオ山脈を斜めに突っ切って、山脈出口でバッテン。それがこの事故現場だった。
「冗談よね? 山脈を地形無視して突っ切るなんて無茶よ」
「勇者だからできます。山を、谷を、崖を、身体能力に任せて突っ切り、ここまで辿り着きました。到着と共に大声で山彦をして、崩落に巻き込まれました。勇者関係なく、自業自得です」
「そ、そんなアホで馬鹿な行為をする奴なんているわけ……」
ミックスは否定しようとしたところで、否定しきれない事に気がついた。
自分の
「本人は『大丈夫大丈夫、今の私なら楽勝だから!』と言っていました。一事が万事、この調子です。勇者特性が無かったらとっくに死んでます」
「あー……もう……」
蓄積した疲労が五割増しになるような患者だった。
ミックスは溜息を深く吐くと、テントの設営に動き始める。
「今日はここで夜営。患者は治すけど、闇医者らしく治療費高めで請求するわ」
バーバラはバラオ山脈を越えた。
誰もやらなかった事を挑戦し、今までに無いやり方で東ヘルマンに潜入を果たした。
そもそも思いついた時点でアホだと考える事であり、やる意味も無いが、ミックスには会えた。
「えへへ……おにいさん、よかった……」
ポンコツ勇者は夢の中でも、頭の中もお花畑だった。
消毒液の匂いとテントの天井。そして不機嫌そうな黒髪の少女。
バーバラが夢から覚めた時、目に飛び込んできたのはその景色だった。
「ん、起きたか。体に違和感や痛みはある?」
「あちこち痛い……どこも違和感しかない……」
「でしょうね」
ミックスは手元のカルテを引き寄せて、患者の状態を読み上げていく。
「出血箇所は多すぎるし止血出来たから省略するけど、左腕で四箇所骨折、右腕で三つ、顎と頭でそれぞれ一つ……、要するに絶対安静ね。それも一ヶ月は」
「い、一ヶ月!?」
「人手を呼んで搬送して入院、三ヶ月は通院。そんなところかしら」
医者としての冷静な見立てを告げるミックスに、バーバラは焦りの表情を浮かべて跳ね起きた。
「じょ、冗談じゃない! 私、そんなに入院出来るお金なんてないから!」
「絶対安静って言ったでしょ! 動くな!」
一喝。そして有無を言わさぬ意志でもって、ミックスは患者を抑え込む。
バーバラはじたばたともがくが、怪我を抱えた状態では抗いきずに寝かしつけられる。
「いや、病院は嫌ぁ……お金がないぃ……」
「治るんだから文句は言うな。生きてるだけで奇跡的な状況なんだから、治してから稼ぎなさい」
声は厳しく、患者を睨みつけるミックス。医者として当たり前の事をしているだけだが、バーバラは納得せずに他に頼る。
「コーラ、助けてよぉ……」
「はいはい」
コーラはバーバラに近づくと、ミックスを無視して丸薬をぞんざいに流し込み始めた。
あまりに予想外な方向からの迷いのない行動に、ミックスは一瞬行動が遅れてしまう。
「あたしの患者に何してんの!? 勝手にやってんじゃないわよ!」
「バーバラの場合、これが正解なんです。起きるまで待つ必要はありましたが」
「ま、まずいぃ……苦い……」
むしゃむしゃと
「なっ……」
止血する必要の無かった細かい傷が、少しづつ癒えていく。
かさぶたが剥がれ、傷が埋まり、元の綺麗な肌に戻る。
「勇者が一月も行動不能とか、あり得ませんよ。バーバラの場合さらに特殊ですが、この程度ではあっさり治ります」
ゲイマルクの時も動けない状態から
バーバラの場合は本人の特性強化もあり、命に関わらない傷ならお手軽に復活する。骨折程度ならば数時間も与えれば十分だった。
既存の医学の知識では説明が出来ない現象である。
「これ、どうなってるの?」
「勇者ですから、いや、バーバラは私にもわかりません。世界にはこういう能力持ちはいますが」
「……医者をやる甲斐のない患者ね」
神魔法に頼らないですぐに治る患者。
今用意したカルテは書き直す必要がありそうだったが、サンプルとして興味深い。
ミックスは二枚目の紙をめくり、若干軽い部位のいくつかを露出させる。対象は、胸と指。
「えっ、えっ、えっ!?」
「治療の過程をちょっと観察させて。これはあたしの野望の役に立つ」
ミックスはバーバラの乳房を露出させ、折れた指をじろじろと眺める。
「は、恥ずかしいんだけど……」
「私は慣れてるから、気にしないで」
「いや、私が恥ずかしいんだけど!?」
同年代の少女相手でも、集中的に観察され続けるのは良い気がしない。
バーバラからは見えないが、ミックスは乳房、乳輪の形まで正確にスケッチしていた。怪我の治る過程を詳細に判断する為に必要だからだが、少女の胸の形が資料として残されていく。
「代わりに私の治療費の方はタダにしてあげるから、協力して」
「タダなら、うぅぅ……」
ミックスはどこまでも真剣にバーバラの特殊体質を眺めている。その効果を後の世に役立てる為に、データを残していく。
恥ずかしさもあるが、その熱意を前にバーバラは拒否できなかった。
「ふふふ……うん、本当に治っていくわね。この分だとあと一時間ってとこかしら」
その微笑みにはマッドサイエンティストとしての新発見に立ち会う喜びと、患者が快方に向かっている安堵。両方の感情が
見ている間にも傷は癒える。バーバラは追加で世色癌をゴリゴリ食べ、痛みがなくなったところから包帯を、固定具を外していく。
やがて最も酷い左腕が癒えると、バーバラは立ち上がった。
「完治したからもうおしまい!」
「ありがと」
顔を真っ赤にして、バーバラは自分の服を取るとテントの隅で着替えていく。
「もう、もう、もう! 治してくれたのはすっごく感謝してるけど強引じゃない!?」
「そうね、名乗る事すら忘れて熱中しちゃったわ」
ミックス・トーの野望は不老不死、不劣不病、完全無欠の人間を作る事である。
勇者という特性は残酷な不死だが、バーバラの体質は有意義だった。
野望への貴重な可能性を示した患者に対して、ミックスは深く頭を下げる。
「あたしはミルキー・ティー、しがない町医者で、今は闇医者よ」
「…………っへ?」
その名前を聞き、バーバラは目を見開いた。
「あなた、魔王の子でしょ?」
「……いや違う違う。ただの医者だから、魔王の子にそんな名前の人いないわよ」
ミックスはとぼけるが、バーバラはこの少女が魔王の子である事を確信している。
「あなたのお母さんに少し前に会ってね、ミルキー・ティーって名乗る医者がいたら娘だって言ってたよ……ミックス・トーちゃん」
「ぐぅっ……!?」
あっさりと隠している身分をバラす身内がいた事に、ミックスは青筋を立てて毒を吐く。
「あの女……なんの為にあたしが身分隠す為に偽名使ってると思ってんのよ……!」
「なんで?」
「魔王の子ってバレたら面倒だからに決まってるでしょ! あたしは平穏な暮らしがしたいの! そんな事を無視してあの女は毎度毎度……!」
ミックスは愚痴と罵声が止まらないが、何故そこまで怒るのかバーバラは不思議に思った。
目立ちたくない魔王の子。まあそれぐらいはいるだろう。世界最強なんて身分は面倒な事も多い。スシヌもそう呼ばれるより、一人の少女としての立場の方を喜んでいた。
でも、一つの事で母親をここまで悪し様に言うのは変だ。
「ミックスちゃん、お母さんの事嫌いなの?」
「大っ嫌い! あとちゃんはやめろ!」
「じゃあなんで偽名をわざわざミルキー・ティーにしたの? ミルキーって、お母さんの名前だよね。実は大好きなんでしょ」
ミックスは持っていたペンをテントに叩きつけた。噛みつかんばかりの表情でまくしたてる。
「違う! あの女も偽名を使ってんのよ! あたしの母親の本当の名前はミラクル・トー! 世界の覇者をいつまでも夢見て騙る大馬鹿者! なんであっちは偽名でこっちの偽名をバラすの!? 信じられない!」
「お、おおう……」
ミラクルという名前に聞き覚えはないが、母親はミックスにとっての
バーバラは話題を逸らす為に、何かカバーできないかと思案する。
「き、気にしないで。名乗らなくても一発で分かってたから。そのミ……ラクルさんと雰囲気が瓜二つだし、魔王の子というより、あの人の娘って感じがする」
「バラバラにしてやる!」
ミックスはバーバラに襲い掛かった。手にはメスと実験器具がある。
「ぎにゃーーーー!?」
「勇者は死なないから解剖し放題って事よね!? 丁度いいサンプルだし、治療費高く請求しようとしてたし、もう少し実験してみましょうか!」
「私が、私が悪かったからあああああーーーーー! やめてええええええーーーー!」
ぎゃあぎゃあと、テント内は騒がしくなった。
徹夜明けのミックスと、治療直後のバーバラのもみ合いが終わるまで、幾何かの時を要した。
日は昇る。
太陽がその姿を現し、バラオ山脈を越えて、ミックスのテントにも橙色が混じる。
東ヘルマンの地にも日の光が降り注ぎ、その姿を、地形を見せていく。
今日は曇天ではなく、この地には珍しい、清々しい朝が来た。
「はあ……色々わけのわからないものを飲まされた……」
安全な治験と実験をいくらか付き合わされたバーバラは、ぐったりとしていた。
「一部必要なものもあったから、感謝して欲しいぐらいだけど」
「……どうして?」
「これから東ヘルマンを歩くのなら、ね」
ミックスは真剣な眼差しでバーバラを見た。
「東ヘルマンは、知ると知らないでは大きく差が出る。バーバラはどれぐらい知ってるの?」
「…………ちっとも」
「ちっとも? それはあり得ないでしょ。話題沸騰の新興国よ?」
「全世界に喧嘩を売って、私の村も一時占領した狂犬国家。それ以上は知りたくもなかったから」
その言葉に、ミックスははっとした。
「ごめん、不用心だった」
「いいのいいの、昔の話だしー。別に大した事じゃなかったけど、苦手意識はどうもねー」
軽く笑って、手をひらひらと振るバーバラ。
東ヘルマンは開戦直後は各地優性を築き、最大版図はもう少し大きかった。クエルプランの大事故が起きなければ、ヘルマンは完全に
今の事情から、ミックスはバーバラがヘルマン出身だと察する事が出来たが、古傷を開いたことに悔いが生まれた。
「まあ知らないって事ではほとんど無知。精々魔王と魔王の子を恨んでいる新興国ってぐらい。だからミックスが教えてくれると嬉しいなー」
「いいわよ。数日だったら一緒にいて細かく教えてあげる」
「えっ……」
「患者が治ったからといって正直に放置はしない。ヒーリングだけでは治せない病気も入ってる可能性があるから」
本当は、最寄りの街まで案内して病院を紹介して別れれば良かった。
ミックスは東ヘルマンの『病気』について調査して、これから帰るところだったが、良心から予定を変更してしまった。
思わぬ旅の道連れが出来て、それが魔王の子である事に、若干の嬉しさと心強さがバーバラの胸を打つ。
この子、凄くいい子だ。
「うん、ありがとう!」
「気にしないで、医者として当たり前の事だから」
バーバラは握手を求め、ミックスはそっと手の甲を乗せるだけで済ませた。気恥ずかしさがあるようで、この時だけは目を逸らしている。
ミックスは立ち上がって、テントの出口へと向かった。
「さて、そうと決まったら片づけないとね。教える事はたくさんあるから」
「ミックスの言う、東ヘルマンは知ると知らないでは大きく違うって何が?」
「全部は長くなり過ぎるけど、まずはこの国を見るのが早い」
一緒に出なさいと言って、ミックスはバーバラを促す。
そういえば、ミックスがもみ合い、逃げ出そうとした時に信じられない力を出していた。バーバラは東ヘルマンを、まだ一度も見ていない。
バーバラはテントの入り口を
テントは若干小高い丘の上に設置されていた。だから東ヘルマンの景色がそれなりに見渡せる。
「ヘルマン出身みたいだし分かるでしょ? この異常性」
ヘルマン。
気候は厳しく、冬は長く厳しく、生産力のない国。バーバラの本国は相変わらず貧乏国だ。
今では最弱国の烙印を受け、国民性ぐらいしか褒めるところがない。
「これは……これ、は……」
東ヘルマン。
ヘルマンと半分になったのにも関わらず、全世界と戦争して優勢を築いた国。
何故優勢だったのか、何故栄えたのか。その理由が一目で分かる。見渡せる。
「これが
目に広がる世界は暗い紫、青、赤の自然と農地。そして何よりも多い黒、黒、黒。
黒い土が敷かれた実り豊かな『不』自然が、どこまでも広がっていた。
ミックス・トー lv308
本編終了後、誰よりも早く東ヘルマンに対して動き出していた。
ゼスで別れて調べ物をして、シャングリラでリセットに会う。
そのまま砂漠に紛れて密かに東ヘルマン入りして慎重に闇医者をしつつ調査。
あと少ししたらバラオ山脈から帰るつもりだった。
あの山を、本当に越えたポンコツ。
山を越えたら、そこは知らないヘルマンだった。
東ヘルマンという国は嫌という程バフしてます。
lv300魔王の子達の遊び場になれるだけのポテンシャルを突っ込んでます。
全世界を相手に戦争やれる国力もあります。
ルド世界を楽しく遊ぼう!