バーバラがノックの音に気づいて宿泊部屋の扉を開けると、忍者装束の少女が立っていた。
「東ヘルマンで副官をしているウズメであります。冒険者のバーバラ様ですか?」
「そうだけど、何か用?」
「魔王の子について、何かご存知ですか?」
ウズメはどこまでも真剣に、生半可な嘘は見通すような目でバーバラを見ていた。
心当たりは、ある。ミックスの事だろう。
東ヘルマンに対して魔王の子は隠し通さなければならない。
「世界最強達って聞いてるし、見た事もあるぐらいかな」
バーバラは手を強く握り、目を逸らさずに答えた。
「それだけですか? 魔王の子についてどう思いますか?」
「どうもこうもない。関わらなければ冒険者として面白おかしく暮らせるでしょうね。魔王の子以外なら誰だって勝てる自信があるから」
その言葉を聞いて、ウズメは口元を緩める。
「ご一緒に宿泊しているミルキー・ティーについて、どう思いますか?」
「…………いい子で、私を治してくれた医者よ。何か用なら会う?」
バーバラは半身をズラして、ウズメに道を譲った。背中にはエスクードソードの鞘があり、最悪の場合出番があるだろう。
若干の強張りが隠し切れないバーバラに、ウズメはますます笑みを深くして、
「合格でござる! 姉上ーーー!」
部屋の中のミックスへ飛び込んで抱きついた。
「げっ、ウズメ……!」
「あーん、姉上の消毒液の匂い~! 久しぶりでござる~!」
「放せ、うっとうしい!」
先程までの軍人然とした姿は跡形もなく、ふにゃふにゃになった少女がミックスにじゃれついている。あまりの変化にバーバラは
「……何、これ。ミルキーの知り合い?」
「あたしの方が知りたいわよ! なんであんたがここに……」
「ウズメはザンス兄上の任務で潜入中でござる。にんにん」
「ッ、あの馬鹿は東ヘルマンをよく知らないで……ああ、もう……」
ウズメを剥がそうとするミックスの力が抜け、為すがままになった。
「半月ぐらい一人ぼっちで寂しかったでござるよ。ウズメ疲れてもうあの口調ぽいしたーい」
「でしょうね。はぁ……」
東ヘルマンに居る者同士なら気を抜く暇が無かったと分かる。ミックスも心のどこかでウズメに会えた事に対する嬉しさもあった。
「えーと……あなたも魔王の子で、ザンスの部下で、リーザスのスパイって事でいいの?」
「そうでござる。ここはウズメの管轄で、兵士はもう下がらせて安全でござるよ。耳も無いから喋り放題でござる」
「はあー……気合入れて損した」
バーバラはへたりこんで、壁に背を預けた。
「あ、先程の口調はごめんねでござる。ミックス姉上と一緒の人が信頼出来るか、口が堅いか試しただけで、バーバラちゃんは満点じゃないけど合格でござる」
「助けて貰って、ここまで世話になった人裏切れるわけないでしょ?」
「軍相手にもその立場が取れるのは立派でござるよ」
猫のような身のこなしでウズメはバーバラの目前に飛び、二つの指を立てた。
「野良忍者にして魔王の子の一人、見当ウズメでござる。よろしくね!」
「東ヘルマンで魔王の子二人と会うとは思わなかったわー……」
また魔王の子、三人の占いは正しいらしい。
バーバラは立ち上がり、背中を向けて部屋から出る。
「どこへ行くでござるか?」
「ミックスの護衛してたけど、ウズメちゃんがいるなら必要ないってわかったから、この街の行きたいところ。姉妹でごゆっくりー」
「あ、教会だけは入ったら危ないから気をつけるでござるよ」
「ん、ありがとう」
手をひらひらと振って、バーバラは街へ向かった。
「さーて、姉上は……」
「あたしは寝る。もうホンット限界。悪いけど遊びにはつき合えないから」
ミックスはベッドに倒れ込んでいた。深い隈と目つきはいつもより強い。
「ういうい。今晩は天地が変わろうが安全な睡眠を約束するでござるよ」
「ありがと……」
ミックスは瞼を閉じ、すぐに寝息を立てだした。
(……姉上の方が無理してるでござる)
そもそも、何故東ヘルマンにミックスがいるのか。
平穏無事な暮らしに戻りたいとぼやいていた姉がいるのは、どうせ家族の事を考えた結果に違いないのだ。敵地に単身侵入して、どこかで気を張りながら満足に睡眠をとれなかったのだろう。主君に命令された自分と違って、ミックスは自発的にやっている。
ウズメは心配性の姉を想いつつ、天使の寝顔をいつまでも見ていた。
酒場で情報集めは冒険者の基本。だから初めての街に来たら酒場に入ってみろ。
駆け出し冒険者の時に尊敬する
パリティオランでは避暑地にした。王都リーザスでは店長から猥談を聞いた。ウラジオストックでは何をするべきか?
(今回は同じ客同士で話を聞いてみようかなー)
より込み入った話から儲け話を見つけるべく、バーバラは目についた酒場に入る。
その酒場は寂れていて、賑わっているべき時間なのに客が三名しかいなかった。
陰鬱そうに隅で酒を煽る老人。
片足が義足の、気取った感じで安酒をちびちびと飲む中年の男。
柔らかい雰囲気で、楽しそうにつまみを手に取って弄ぶ大人の女性。
バーバラが話を聞きにいったのは、やはり大人の女性だった。
「ミルクください。あ、隣いいですか?」
「どうぞ。ふふ、酒場でミルク? レディって扱われないよ」
運ばれてきたミルクを口に運び、バーバラは幸せそうに目尻を下げる。
「美味しいし、安いから好きなの。私はまだお酒飲めないしねー」
「お酒目的じゃなくて酒場に来るってことは、あなたも冒険者さん?」
「うん、私は冒険者のバーバラ。お姉さんも?」
「カーマ。カーマ・アトランジャーって言えばわかるかな」
田舎っぽさが抜けきれない後輩へ向けて、カーマは悪戯っぽく笑って身分を明かした。
キースギルドを代表する冒険者、カーマ・アトランジャー。
魔剣カオスのオーナーであり、鬼畜王戦争において重要な役割を果たした冒険者。
知らなければ田舎者扱いされるような有名人だった。
だが、それに対してバーバラは目を泳がせて、
「え、えーと……もしかして、私と同じキースギルドに名前載ってる? 昔、ちらっと、見たような……」
ドのつく田舎者であると明かした。
「あ、あららっ……同一ギルドで私を知らない? そりゃ私もここ最近は別件で忙しかったけど」
「うーん。ちょっとそれ以外では知らないかなー」
「カオスオーナーって聞いたことない? 鬼畜王戦争で頑張ったし、私もちょっとは有名になったと思ったんだけど」
鬼畜王戦争は辛くて歯痒い日々であったが、後輩に全く知られていないのも残念だった。
冒険者の知名度はそのまま実績と評価のようなものだ。彼女が東ヘルマンを素通り出来るのも、過去魔との対決姿勢を鮮明にして、人々の希望になったからである。カーマは魔王の血も関係なく、東ヘルマンにとっても英雄と言える存在だった。
無知の一点張りでバーバラは首を振る。
「悪いけど聞いた事ない。カオスオーナー、何それ?」
「むっ……」
酒が不味くなるような言葉を聞いて、カーマは眉根を寄せた。
カオスオーナーとは何か、説明するには実物を見せるのが早い。五年前はいくらでもやれたが遠くに行ってしまった。
だが、今はやれる。
「これがカオス。そして私はこれのオーナーってこと」
そう言って、カーマは自分の持つ黒い剣を机の上に出した。
「おっ、儂の出番か?」
「きゃ、きゃああああああ!? 剣が、剣が喋ったああああ!?」
「おうとも、儂様は伝説の剣だもの。そら喋るよ」
魔剣カオスが陽気に返す。
手を貸してやるのはこれが最後と言ったらランスに放置され、エールに受け取りを拒否された嫌われ者は、カーマの手に戻っていた。
慌てて仰け反ったバーバラに対して、カーマは満足そうに語り出す。
「驚いた? この剣は魔人や魔王を斬れる剣なの。世界に二つしかない無敵結界を斬れる剣の一つで、選ばれし人しか持てない。私はこの剣のオーナーと認められたからカオスオーナーって呼ばれてるの」
「儂様に任せればみんなズンバラリンですよ? 何十体と魔人を斬ってきましたとも」
「お、おおー……人類の、希望かあ……」
無敵結界の話はペルエレから聞いていた。その話が本当なら確かに伝説の剣だと思った。
だが、伝説の剣というならバーバラも持っている。
「ふ、ふふふ……まあ私はそれより凄い剣持ってるもんねー、この剣も持てるんじゃない?」
腕組みをしてバーバラは強がるが、カーマは薄く笑ってカオスを差し出した。
「ふふ、なら持ってみたらどうかしら? この剣は持つ者に適正ないと気が狂う魔剣。もし持っても大丈夫だったら譲ってあげる」
「う、うう……」
「ちょっとぐらいなら平気よ。危ないと思ったら私が放してあげるから。酒場の席では度胸試しで結構やるの」
「わ、わかった! やってみる」
かかった。カーマはカオスに目配せをする。
カオスオーナーになってからカーマの悪戯であった。二人とも目を見れば分かる程度の付き合いにはなっている。
(カオス、いつものお願いね)
(オーケー、オーケー、でも夜は……ぐふふ……)
(う、うぅ……わかってるから……)
机上にあるカオスの纏う空気が変わり、真実人を蝕む魔剣へと変貌する。
カオスはやる気次第で斬れ味も、持ち手に与える影響力も変わり、カーマはカオス好みの豊満な肉体を捧げる事で、協力して持たせて貰っている状態だった。
鬼畜王戦争の日々はカオスに嬲られるのが当たり前となっており、終盤では赤面しつつもどこか期待を込めて捧げるようになっていった。
カオスの見立てでは、カーマがこの安い挑発に乗ったのは久しぶりに楽しみたいという下心があると見ている。
調教の日々が忘れられない愛い子の想いに答えるべく、魔剣はその性質を強くする。
「よ、よーし……行くわよ……」
「どーんとこい。ぐふふ……」
バーバラは心の準備が出来たらしく、大きく深呼吸をして――カオスを握った。
「んしょっ……と」
「お、おおっ!?」
「えっ!?」
そしてバーバラはカオスを持ち上げる。
重くはない。普通の剣相応の重さを感じる。
「ま、マジで? お嬢ちゃん、嫌な感じとかしないの?」
バーバラは目を閉じて、胸に手を当てて自分の心を覗き込む。
平静かどうか、自分は無事か、魔剣に侵されていないかを。
「んー……ちょっとは、ある。モヤッとはする。でも、持てなくはないかな」
そのままバーバラはカオスを素振りする。柄以外は癖の少ない両刃剣を自身の一部のように扱い、問題なく使えることを示していく。
「……適性持ちだよ、この子。普通この状態の儂は持てない」
「ほ、本当に……?」
「ふふーん! 私ってやっぱり才能あるのねー!」
エスクードソードだって握れるのだ。伝説の魔剣だろうが持つ資格もあるのも当然かとバーバラは得心した。益々自分の特別性を自覚して、口が軽くなる。
「カオスだかなんだか知らないけど、私にとっては楽勝ね! 私が有名になる為の踏み台かな!」
「……本気で嫌ってみよ」
カオスの纏う空気がどす黒くなった。
「きゃ、きゃああああああああ!?」
途端にカオスは重くなり、その危機感と心の中を侵す黒い何かが恐ろしくなり、バーバラは慌てて取り落とした。
「お、エールやランス程じゃないな。まー波長は合うけどそんなもんか」
「な、何するのよーーーー!?」
「他のオーナーとのガチ比較。普通なら持った時点で壊れるぐらい強くしてみました」
「ふざけるなーーーー! 私を壊すつもりだったの!?」
カオスは口笛で返す。その前の状態で平気だったらまず壊れないという確信はあった。そう簡単に最高適正者が二人も三人も居てたまるかという思いもある。
地面に落ちたカオスをおっかなびっくり見下ろすバーバラ。魔剣というだけはあって、やはり恐ろしい。
「若干ふざけたが、本当に適正あるのは認めるぞ。バーバラ、お前さんは儂を持てる。オーナーになれると認めよう」
「そ、そう……?」
「おめでとう、次のカオスオーナー」
カーマは拍手した。その表情には若干の名残惜しさがある。
強く、若くて、自分より適正がある少女。後進に譲る年齢になったのかなぁと目を細めて、新しい持ち手を祝福する。
「……いいの? こんな酒の席で、伝説の剣なんでしょ?」
「元々ランスさんに返すつもりで持っているものだからね。一番の適正者だけど、話を聞く限り突き返されそうだし」
「あー、元魔王だったっけ。もういないって聞いたけど」
「魔王を辞めて人間に戻った人。私はその人を探しているのよ。ランスさん、どんな事をしてるかなあ……」
カーマの声には想い人を求めるような陶酔があった。
「儂はランス団とやらにいそうな気がするがな」
「もう、世界総統にもなった英雄が盗賊稼業なんてものに身を堕とすわけないでしょ。カオスは捨てられたからって悪く言い過ぎ!」
カーマはランスという男を未だに尊敬していて、自分のヒーローだと思っている。
だからこそ正気でないランスに犯されようが、元に戻すという方針を崩す事なく全てを尽くして剣を振るい続けた。だから魔王時代はともかく、ランスの悪い風聞については反目してしまう。
「あー、ランス団に元魔王ランスがいるってこと? それはない。頭領はランスjrって魔王の子を名乗る偽物よ。見た事があるから間違いない」
「ほら、だって! 無駄骨じゃない!」
「でもなあ……うーん……」
尚も何か言おうとするカオスを遮り、バーバラは魔剣を持つ。
「ま、私が盗賊退治で実際に確かめてみるから。あなたの切れ味もね」
「……ホント素質あるんだな、お嬢ちゃん。儂が気合入れないと持てるって」
カオスの顔を覗き込み、バーバラは満面の笑みを浮かべた。
「でしょー? ちなみに、その素質って何?」
「素質か……」
カオスは目を閉じて、厳かな声を発しだす。
「儂を持てる素質、それは……」
「それは……?」
カオスはかっと目を見開いた。
「それは、エロエロであるということだ!」
「……………………は?」
「儂が持たせてあげたいのはプリンプリンでボンキュッボンの優しいお姉ーちゃん。神官だともっといい! でもそれとは無関係に持てる奴がいる。そいつはエロエロだ! エロい事が好きだ!」
「……………………」
「儂を持てる奴はエロい! エロさの証明になる! エロパワーが溢れて勝手に儂の力が溜まるような奴こそがランス! お嬢ちゃんは儂のタイプでは無いがエロエロだ! きっと心のちんちんで嬲ったら最高にエロパワーが補給できる! さあ儂と――――ふべぇっ!?」
カオスは勢い良く地面に叩きつけられた。
「このセクハラ剣、いらないわ! 最低! 最低! 最ッ低!」
バーバラは顔を真っ赤にして、カオスを持っていた手を拭きながら店内を去っていった。
「ぐ、ぐむぅ……真実なのに、真実なのにぃ……」
「私も最低だと思うよ。結局こうだから女の持ち手っていないのよ」
溜息を吐いて、カオスを拾いあげるカーマ。彼女もまた騒がせたかと迷惑料を置いて、店を出る。
「それでも儂を持ってくれるカーマちゃんこそ儂の真のオーナーだ。夜は頑張らんとな!」
「も、もう! ここでは喋らないで!」
カーマもまた顔を赤くしてカオスと共に店を出た。
残されたのは終始黙っていた二人の男達だけ。
長い沈黙の末、老人が嗚咽を漏らす。
「おお、なんという事だ……なんという……私は正しいと思っていたが、これでは世界をズタズタにしただけではないか……! ああ、どう償えば……!」
これまでの人生全てを否定するような、絶望に満ちた慟哭だった。
終始黙って酒を煽っていた中年が、義足の金属音を鳴らして老人に近づいていく。
「これを飲め。まずいが気は落ち着く」
「は、はは……私に、生い先短い私に何か用かね?」
「話ならあるさ。……ッフ」
中年の目には、遥か昔のような熱さがあった。
甦る日々が、男を突き動かす。動く時だと。
傷病福祉の恵まれた手当を餌に酒を煽る日々から、別れを告げよう。
望む未来は、今この瞬間から戻ってくる。
「どこから話そうかな。ランスは、俺のダチなんだ。最初から俺が見込んでいた男だった……」
男達の話は長く、夜が明けるまで終わらなかった。
噂のランス団、勇者に倒されるべき盗賊団はどこにいたのか。
ウラジオストックのすぐ傍の湖畔にて、全戦力で駐屯していた。
ランス団とは、頭領ランスがハーレムの為に作った奴隷集団である。
ランスは周辺の盗賊団を全て潰し、さらに貴族も潰し、名も無き山岳地帯の王となった。
配下の盗賊からは盗賊王、民からは鬼畜と噂される男は酒池肉林のハーレムを築く。
しかし、ここでランスはある悩みに直面する事となる。解決法には一つしかない悩みであった。
女だ。それもただの女ではない、ランスの性欲を受け止められる強い女がいる。
ランスは性欲の権化であった。そして精力旺盛で、強すぎた。
ハーレムの女達は弱すぎて、ランスが力加減を間違えれば破れる水風船。必然的に気持ち良く動ききる事が出来ず、射精の回数も減る。見目麗しい美女を抱きつつも、欲求不満が募る日々。
こんなはずではなかった。ハーレムとはこんなものではないとランスは懊悩することになる。
遂に我慢が出来なくなり、東ヘルマンの都市を次々と襲い、強い女をおびき寄せるという決断をしたのが今日だった。
唯一のブレーキであるシィルが止めようとしたが、こと性欲関係に関してはランスは止まらない。散々にひんひん言わせて、今となっている。
ランス団の主要な面々は酒盛りをしていた。明日の襲撃の為の景気づけである。
「がはははははははははは! がーっはっはっはっはっは!」
「がははー!」
赤い顔で馬鹿笑いをする頭領ランス、その真似をする娘のエール、あたりに散らばる陶器の残骸。シィルとハーレムの少女達が和やかに眺める中、酔っ払いの暴君が指示を飛ばす。
「おいエール、なんか芸をやれ!」
「一番エール! 長田君を割ります!」
「ぎゃーっ!」
「先程もやったではないか! がははははははは!」
ぱりん、ぱりんという気持ちのいい音と共に、長田は復活しては割られていく。ハイになったランスは笑いっぱなしだ。上機嫌なままに隣の奴隷に絡みつく。
「シィルーーーーー! ちゃんと呑んでるかあーーー!」
「は、はい……ランス様も明日は忙しいですし、そのあたりにした方が……」
「ばかもーん! こんなの楽勝だ楽勝! いいからとっとと次持ってこーい!」
「ひんひんっ! すみません! すみません!」
ぽかぽかと頭を優しく叩くランス。それでもシィルは謝るばかりで酒に手を伸ばそうとしない。
シィルの知る限り、ランスの飲酒量は既に楽しめるラインを超えていた。これ以上は二日酔いに苦しむばかりである。普段はランスもある程度は自制するのだが、今日は違った。
「ランスはボクの分も飲むんでしょー? はいはいドーン!」
「おお、グズな奴隷と違って気が利くな!」
「とくとくとくーっと!」
エールが度数の高い酒をなみなみと注いでいく。
酒が満ちると長田と息を合わせて手を叩きだした。
「「イッキ! イッキ! イッキ!」」
「お父様の凄さを見せてやるわーー! ぐびぐびぐびー!」
普段はランスの苦手な酒なのだが関係ない。もはや水か酒かも分からなくなった頭でテンションのままにどんどん飲み干していく。そのまま空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。
「ぐぇぇっぷ……どーーーーだ!」
「うおおっ……なんて男らしいんだ!」
「すごーい! かっこいいー! ぱちぱちぱちぱちー!」
「がははははははははははは! がーーーーーっはっはっはっはっはっは!」
悪戯娘とその相方が、父親をおだてて酔い潰しにかかっていた。
エールはシィル達に言われて一滴も飲んでおらず、持っているのも炭酸水だ。この酒宴では我儘も言わずに、ただランスが気持ち良くなるように持ち上げていた。
「あ、あれいいんでしょうか……」
「くすくすくす……いいのよ。魔王だと迂闊に酔えなかったでしょうから、きっと15年ぶりね」
足首から先が無い少女、アム・イスエルが穏やかに乱痴気騒ぎを眺める。
事実、ここまでランスが酔うのは人間時代以来であった。魔王時代は浴びるように飲んでみたりもしたが、心のどこかが覚めており、酔いきれない。
結局女に逃げるだけではいつもと変わらないため、いつしか全く飲まなくなってしまった。
今は違う。シィルがいて、娘が注ぎ、自分が何かすると拍手が飛ぶ。何をやっても心から楽しい。魔王になってから効かないはずの酒が効く。酔いが回る。
そうこうしてる内に座っている事すら難しくなったらしく、ランスは倒れるように寝転がった。
「あー……良い気分だー! 世界が歪むぞー! 女はどこだー!」
「……そろそろかな」
エールはランスの傍にしゃがみ込み、頬をつんつんと突いた。
「ねー、ランスランス。明日は楽勝でしょー?」
「うむ、当然だ! 俺様に敵はいない!」
「だったらー、ボクは秘書として作戦を考えてるんだけど、それをやってくれないかなー」
「ああん?」
「防壁の中に忍び込む為には潜入した方がいいし、相手の戦力を把握する為に偵察した方がいいし、戦闘区域を……」
酒の席で気難しい話を始めたエールに対して、ランスは気だるげに腕を振る。
「ああーーーもういい! 勝手にやっとけ! こんなん適当でどうにでもなる!」
「ホント!? ボクに任せてくれるの!?」
もうランスには、エールとクルックーの違いがあまりついてなかった。
レディチャレンジャーを羽織り、キャップを頭にかけて、表情豊かに纏わりつく少女。ああ可愛いなあと思いつつ、あいつなら間違えないだろと混濁した意識で判断する。
「好きにしりょお……可愛くて強い女を探すのだけ忘れるにゃよ。うぷっ……」
「ラ、ランス様、大丈夫ですか!?」
酒が一気に回ったらしく、急激に顔色が悪くなりうつ伏せになるランス。それにシィルは慌てて駆け寄った。
魔王を酔い潰したエールは心からの笑顔を浮かべた。
「いえーい! いえいいえーい!」
「うえーい!」
エールは長田とハイタッチ。ここからはボクの時間だとばかりに、ドヤ顔で声を張り上げる。
「皆、聞いたね! ウラジオストック攻略戦はボクが指揮を執る!」
「頭領が寝ている間の代行を相棒が務めるぜ!」
エールは、そろそろ秘書に飽きていた。
ランスと一緒の日々は楽しい、楽しいが……秘書はそれだけでは済まない。
ランスは面倒な雑事を真っ先に秘書に放り投げるのだ。それはエールにとっても面倒臭い事も含まれていた。遊び盛りの小娘にとっては嫌な事であり、一方ランスはその間に情事に耽る。
生々しくグロテスクな光景は刺激が強すぎて、その度に長田は割れ、エールは赤面して破片を持って逃げ惑う事になった。秘書の横でエロシーンを始めるのはやめて欲しかった。
つまるところ、傍にいるには最悪であった。よって反旗を翻した。
下剋上、一時的だがここに成る。ランス団は力こそ正義、今はエールが支配者だった。
「ボクは主人公だ! いつまでも誰かの言いなりだとつまんなーい!」
「俺達のイカした冒険が始まるぜー!」
ランスはこの世界の主人公であり、エールも主人公だ。ただし、差異はある。
現時点でエール・モフスは
ああ、せっかくこの二次創作を18禁にしたのに主人公が交代してしまった。エロシーンはこのままでは存在しない。
哀れランスはダウンして、時折虚ろな言葉を漏らす。
「シィルぅ……リセットぉ……エールぅ……」
「あ、あ、あ……ランス様、お水お水……!」
ランスを横にして賢明に介抱するシィルの努力虚しく、半日はこのままだろう。
その間にも、エールは矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。
「バウンドと誰だお前は達は盗賊をまとめてランスと一緒にいてね。ボク達がウラジオストックを陥落させた後に、後始末とランスのハーレム作りの手伝いで」
「ドギだああああああああああああ! 誰だお前はを名前にするなあ!」
「アムさんとシィルさんもランスと一緒でお願い。ハーレムの女の子達を助けてあげて。長田君はボクと一緒」
「おうともよ!」
「えっ……?」
シィルは慌ててエールを見る。どこまでも自信満々な少女は旅支度を始めていた。冒険者鞄に備品を詰め込んでいる。
「エールちゃん、これから二人でウラジオストックに襲い掛かるつもりですか!?」
「もう東ヘルマンは見切った。雑魚ばっかりだしボクと長田君で十分だよ」
「相棒マジ最強だしー? 余裕っしょ!」
魔王の子達のリーダー、エール・モフス。たった二人で街を陥落させる腹積もりであった。
lv302 人の身でこれほどの力をつけた者は歴史上にいない。
圧倒的な力を自信に変えて、どこまでも愉快そうに腕を広げる。
「二日酔いに苦しんでるランスがウラジオストックに着く頃にはランス団の旗が立ってるの。面白そうじゃない?」
「……だ、駄目です!」
シィルは腰を浮かせてエールの腕に
「……心配してるの? 大丈夫、万が一もないよ」
「エールちゃんがとっても強いのは知ってます。でもランス様がきっと心配します。ですからどうか、どうか……」
「むー……」
口をへの字にして潤んだ瞳でエールを止めようとするシィル。流石にあっさり袖にするには気が引け、エールも頬をかきながら悪いことをしたなと考えてしまう。
だが、ここで止めてしまえばランスを酔い潰した意味がない。二度目は警戒されて果たされないだろう。自分が活躍する絶好の機会だった。
結局、やらないという選択肢はエールにはないが、軌道修正ぐらいはしてもいいかと思い直す。
「うーん……分かった、夜襲はやめるよ。明日の朝に仕掛けるから、ランスが復活したら来てね」
「で、でも……!」
「大丈夫、朝ならボクも真正面からは行かないから」
シィルの肩を叩いて、エールは満面の笑みを浮かべる。
「絶対にバレない方法で潜入して、ランスが来る時にバサーッと内部大混乱させちゃう秘策があるんだ! それなら大丈夫でしょ?」
「…………う、うう」
シィルを安心させようとしている少女の笑顔。同時に、これ以上は譲る気が無いという意思もあり、シィルとしても最早何も言えなかった。
「エールちゃん、私からも一ついい?」
「アムさんもボクを止めるの?」
「いいえ。出かけるなら、父親に挨拶してはどうかしら?」
「父親、かぁ……」
エールはランスを、自分の父親を眺める。
浅いいびきをかいて、寝言を漏らす情けない存在だ。
ハチャメチャな冒険は楽しいが、口を開けばセックスの事ばかり。学ぶ事なんて何もない。ここ数日の乱交は目を覆うばかりだった。
だから久しぶりに本気の悪戯を仕掛けてみたが、面白いようにかかって潰れてくれた。母親ならこうはならない。逆にこっちがやられて痛い目を見る。
エールはどっかりとランスの腰に座った。
「ぐおっ……」
体重がかかり、僅かな呻きを漏らすランス。エールはその耳元に小悪魔な笑みで囁きかける。
「ランス、この程度じゃボクに父親と敬わせるなんて無理だよ? くすくすくす……」
エール・モフスは安くはない。この破天荒な悪戯っ子は自分が本気で認める相手にしか敬称を使わない。今のところ、ランスは認められていなかった。
「じゃあいってきます。ウラジオストックで待ってるから、早い者勝ちだよー」
エールは立ち上がって、長田のところへ向かった。
「さあ、行こうか!」
「おうよ! おっ、APコッポスしてんなぁ!」
「出るよ出るよー! ボクが主人公だからねー!」
エールの体から白い光が産み出されていた。漏れるように、丸い光球がいくつも零れていく。
修行の過程で覚醒した説明不能の謎技能、APコッポス。この優しくも白い光はエールの意志次第で爆発したり、魔法の魔力にしたりと適当に自由自在。本人のテンションが高かったりすると勝手に出るが、出そうと思っても出ない不安定なパッシブ技。
乱義やミックスは無駄に悩んだが、長田達はエールがゴキゲンだと出るぐらいにしか感じなかった。魔王の子は悪魔だったりカラーだったり死ななかったり色々ある。これぐらいは別に気にする程でもない。
「へへっ……ノリノリだな! 怖いモン無しだ!」
「そう言う長田君もゴキゲンじゃーん!」
うりうりと、エールは肘を長田に押しつけた。
「だってよー、エールも街の襲撃は危険だってわかっんだろ? そこに俺じゃん。俺を認めてるのが嬉しくてなー……」
「ボクだけじゃ都市一つ落とすのは簡単過ぎるからね。丁度いいハンデだよ」
「お前なー! お前一人だと危なっかしいから一緒にいるんだぞー!?」
ぺちぺちと、長田はエールの足を叩いた。
「くすくすくす……」
「まったく、ははっ……」
いつもの掛け合いに二人は思わず笑みが零れる。
これからはいつになく危険な冒険、だからこそ二人は変わらない。
なんでもない会話だったが、無限の勇気が湧いてくる。
「行くぜエール! 桃源郷からとんでもない事になっちまったけど、俺達なら無敵だ!」
「ごーごー!」
主人公達はウラジオストックへ向けて出立した。
Turn1、最終日が始まる。
カーマ・アトランジャー lv29
元魔王捜索、東ヘルマン担当。
カオスを持ってランス捜索中。
実は四巨頭だった東ヘルマン。一人首になり、アキラの仕事が増えた。
故に、改革が必要なのだ!な理念を持つ東ヘルマン。
過激派悪戯っ子エールちゃん、ご出陣。