※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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 可能ならばbgm付きでどうぞ。戦国と03。
 Drivin' to the dead→丁々発止。


エールちゃん暴走モード
 ルド、ルド、ルド、ルド。
 ∞ 


ウラジオストック⑥ 創造神

Drivin' to the dead(R7)

 

 

 

 

 あふれ出る正体不明の光を避ける為に、アキラは距離を取った。

 白い光が次々と零(こぼ)れ、倒れ込んだエールの傍に纏(まと)わりつく。

 

「チィッ!? 日光、こんなのが相手だなんて聞いてないよ!」

「私にもわかりませんよ! 何なんですかこれは!」

「じゃあ僕が教えてあげるよ! アレはルドラサウムの分体だ! 若干暴走気味のね!」

 

 エールが背負っていた西門は一瞬にして崩壊した。その原因は際限なくあふれ出る白い光球。

 白い光、それは魂、そして爆弾。輝きを増したかと思うとはじけ飛ぶ。

 創造神の命令によって魂の力で職務を実行する破壊の使徒。それが暴走し、飛び散り、形あるものを灰燼(かいじん)へと変えていく。

 世界が滅びるとしたら、あるいはこういう光景から始まるのだろう。

 

「ああ、納得がいった。創造神ならルール無視も出来るよね。日光のレイプ疑惑は冤罪(えんざい)だったよ。ごめんね」

「そんな事を言ってる場合ですか!」

 

 白い光はエールを覆い、高みへと浮かせていく。

 その形は集まり、変わり、姿を形取る。エールを巻き取り、覆い被さり、柔らかな存在へ。

 それは人間一人を覆い隠した――――真っ白い、くじらのような何かだった。

 

「気持ち良くセックスしたいが為にセクハラしたら創造神召喚しちゃったよ……ははは……」

 

 アキラなれども乾いた笑いを漏らすしかない。どうしてこうなった、と。

 

 くじらのような何か、真名は創造神ルドラサウム。

 この世界全ての造物主にして、巨大な魂の塊。

 一は全、全は一。全ての魂はルドラサウムに還り、また一つの魂となって輪廻(りんね)する。この世界の神々、大陸、人間、魔物、自然の一つに至るまで元々は全てルドラサウムの一部でしかない。

 エール・モフスはルドラサウムが娯楽を堪能する為の分身であり、今は暴走して本体の力が漏れ出ていた。

 目の前にいるくじらは創造神そのものに比べれば明らかに小さい。全長10メートルもなく、形だけ似せた依代に過ぎないが、それでも絶望的だ。

 創造神を相手に、どうして被造物が抗えるだろうか。

 今日、世界は滅ぶのだ――――

 

「ははは……どうしよっかこれ……」

「あなたは何か知っているんでしょう。エールさんはこれからどうなるんですか?」

「多分このまま暴走して世界を壊す。人類が勝利したと知った日に僕が世界を滅亡させてしまう。 ああああああ! 僕の性欲はなんでこう失敗するんだー! セックスしたいだけなのにー!」

 

 セックスは世界を救う。アキラのスローガンだが、彼女はこれに関する失敗が多かった。

 後悔し、頭を抱え、大声で叫び――――平静に戻り、頭を掻(か)く。

 

「ま、やっちゃった事はしょうがない。止められるかはともかく、止める手段は三つ。分体を殺すか、封じるか、鎮めるか。一つ目は今ならなんとかやれそうだけど……」

「やめてください。彼女は……」

「だよね。いい子だ、そして人類の希望だ。あり得ない」

 

 アキラは笑っていた。

 心の本質を見抜くその目によって、エールという少女の心が可愛くて仕方がない。

 

「次だな。日光、カオスでやった血の封印、あれをやる覚悟はあるかい?」

「……………………私は」

 

 アキラの笑みはいよいよ深くなる。日光を優し気に撫で、鞘を拾って腰に差す。

 使う気はないという意思表示だった。

 

「言わなくていいよ。やりたくない事をやる方がきっと後悔する。黒い魂の僕よりも君の判断の方が信用できる」

 

 最高の未来を掴む為、アキラは創造神を相手に足掻(あが)くと決めた。

 右手に持つは魔剣ティルヴィング。左手に持つは大量の札。纏うは神話級のアイテム達。二千年かけて積み上げたアキラの力の全て。

 

「さて、本気の戦闘は本当に久しぶりだな……!」

 

 勇者だった女は、一歩、進み出る。

 

「とりあえず時間稼ぎだ! 我儘な創造神(エール)ちゃん、遊びましょーーー!」

 

 札をばらまき、アキラは駆けた。

 

 

 

 眠りの中にいる。

 エールの意識は揺蕩(たゆた)っていた。

 母の温もり、家族の愛、幸せな日々。それらに包まれ、幸福な世界の中にいる。

 優しき想いが満ち、彼女は満足する。

 ああ、この世界はなんと完璧なことかと。

 美しい世界しかなく、自分は幸せで、満ち足りている。

 

「………ッ……!……!」

 

 ただ、その意識の中で声が聞こえた。

 微睡(まどろ)んだ意識の中で向こうを見ると――――【何も】なかった。

 

「…………むにゃ?」

 

 白い世界の中に、色の無いところが、どこか抜け落ちたものが――やはり、ない。

 振動か何かの震源のようだった。

 ただ、いらないものだ。

 

「うるさいなぁ……じゃま」

 

 いつものように、目覚ましを叩きたいと思った。

 そうすると、優しい光が満ちて何もないところへ向かっていく。

 

「これでまた眠れる……むにゃ」

 

 エールは眠りたかった。

 

 

 

「キッツイなぁ……!」

 

 汚染人間と言えども飽和攻撃を受ければ避けようがないし負傷する。

 くじらの攻撃はアキラの半身を吹き飛ばすには十分過ぎた。白い光が囲むようにアキラに群がった末の多量爆散。

 数多の防御結界、本気のバリア、魔法抵抗……全て出力だけで貫通して、食い破られた。

 最早痛覚など無視出来る身だが、その威力に背筋が凍る。

 

「なんとなくでこれだろ……!? 分体だから千万分の一もないかもしれないけど、人の身には手に余るよ!」

 

 今の攻撃での収穫は一つ。

 相手は魔法攻撃の形式で命令している。バスワルドみたいな汚染人間特攻の削除命令ではない。

 アキラは知らないが、くじらの攻撃はAL大魔法の延長でしかなった。まだエール・モフスの暴走に留まっている。

 

「つまり、僕(・)な(・)ら(・)再(・)生(・)が(・)効(・)く(・)!」

 

 そう言うと詠唱もしてないのに、次々と身体が再生した。

 神魔法LV3(デタラメ)持ち、アキラ。彼女は不可能を可能にする。汚染人間となった今では、自分の治癒に限っては自由自在と言って良かった。

 

「目立たなければ攻撃が来ないけど……アレが溜まるのだけはヤバい!」

 

 アキラは剣を振るい、くじらの下にある光球の群れに黒い斬撃を飛ばして散らす。

 恐らくだが、あの白い光が一定量溜まれば創造神に纏(まと)わりつき、くじらが大きくなる。そして魂の放出出力も上がり、魔王級最底辺のアキラでは手に負えなくなる。それだけは避けたかった。

 

「ソウルブリンク! こんな使い方するなんてね!」

 

 無理やり光球とくじらに繋がる白い線を断ち切り、空高くに放り出した。程なくして空中で爆散。西地区全体が揺れるような轟音と爆風が吹き荒れる。

 それに気づいたくじらが湧き出る白い光を集め、アキラに次々と送り出す。

 既に西地区第一防壁内は廃墟だ。まともな家屋や遮蔽(しゃへい)を遮(さえぎ)るものは破壊し尽くされて、ただ空中から必中魔法がアキラを狙って振り続ける。避けてもいずれ包囲されるし、他になすりつけても街が崩壊するだけだ。破壊の暴風はアキラを壊さない限り終わる事はない。

 

「エンジェルカッター! 相殺出来ないか!?」

 

 広域魔法が飛ぶ。細かくも幾千の光の刃が無数の光球に向かい――――魔法が炸裂して、光球が構わず撃ち手に向かって飛び込んでくる。

 

「なっ!?」

 

 大爆発。残りの光球も構わず同じところに向かって突撃し、その一帯を白く、何もないところへと染め上げて破壊していく。過剰爆破と無限連鎖、汚染人間だろうが何だろうが塵一つ残らないような破壊が叩き込まれた。

 

「……危な、かった。そうか、爆発するまでは魂そのものだから不滅か」

 

 ただし、アキラはその場にいなかった。

 

「式神と幻惑はまだ多少は有効。ターゲッティングが不安定なのが救いだね」

 

 最初の爆撃に晒されて以降、アキラは徹底的に式札を撒いていた。

 力を定期的に放つ攻撃術式、派手な音を立てる花火、自分に良く似せた式神。その中で、自分と式神が重なったタイミングでなすりつけた。それでも誘爆に巻き込まれて頭を半ば吹き飛ばされたが問題はない。

 光球はなすりつけて躱(かわ)せる。誤魔化せる。それだけでも十分に希望が生まれていた。

 

「思ったより半端なのは恐らく僕が見えてないからだ。汚染人間の身に感謝だな」

 

 神々にとって汚染人間は不可視になる。エールが創造神としての性質を示すにつれ、神々としての認識不能の特性が出始めていた。だからアキラが騒いでも、完全に特定しきれずに力の発生源に飛び掛かる。

 直撃だけ避ければ、思ったより長く誤魔化せるとアキラは考え始めていた。

 

「方針は決まったかな。適当に派手にやって我慢比べ。恐らくは創造神の中にいる分体を起こすのが正解だ。命令さえ止まれば攻撃はなくなる」

 

 一度光を散らして、くじらが反撃に向かえば光球のストックは尽きる。

 恐ろしい勢いでくじらから零れ続けてはいるが、幾何かの整理をする時間は与えられていた。

 その状況でまずアキラの目に入るのは魔剣ティルヴィング。

 三つの極大の願い。使い方に寄るが悪魔王以外に届き得る奇跡が目の前にあって、

 

「……まあ、まだ手はあるかもしれないから頑張ってみよう。二千年モノをセクハラの謝罪の為に使いたくないよ」

 

 あっさりと拒否した。この状況で。

 世界の危機、世界の破滅。こんな手前でも、出し惜しみをする。

 アキラがティルヴィングを使わない理由。それは誰にでもある心理。ラストエクリサーがあったら、勿体なくてギリギリまで使わない。アキラはその極端である。

 魔王ジル相手に負けを悟る手前でも使えず、それ以上じゃないと使いたくなくなる。

 結局使わない。いや、使えない。ずっと宝の持ち腐れで終わってしまう持ち手だった。

 

「僕が創造神ぶん殴って起きるならいいんだけど、逆効果の可能性が高いんだよなあ……!」

 

 悩みながら、アキラは黒い剣閃を飛ばして溜まり始めた光球を吹っ飛ばした。

 アキラの時間稼ぎはまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 創造神の顕現(けんげん)。このような事態になれば真っ先に気づく存在が駆けつける。

 既に神ではないコーラでも、主の下に馳せ参じるのは当たり前だった。

 

「ああ、こちらにいらしたんですか……」

 

 戦場の彼方(かなた)から宙空に浮いた存在を認めた時点で、コーラは跪(ひざまず)いた。

 絶対なる主はお怒りだった。これから全てを破壊しようとしてる。

 止める手も無いし、止める理由もコーラにはなかった。

 

「下界は如何(いかが)でしたか? 人間に飽きましたかね。それとも不届き者がいましたか」

 

 ただ主の御心のままに。

 創造神がそうしたいなら、神々はそれに従うだけだ。

 跪いたコーラはそのまま手を組み、祈って目を伏せようとしたところで、

 

「……アキラ、あなたですか」

 

 足掻(あが)く姿を、見た。

 矮小な人の身が、創造神に立ち向かい、無駄な時間稼ぎをしている。

 札をばらまき、祈り、印を組み、魔法を唱え、剣を振り、逃げ回る。

 

「………………はあ」

 

 コーラは目を閉じる事は出来なかった。アキラがいるから、閉じられない。

 あの愚か者がどうなるか、最後の光景を見てみたいと思ってしまった。

 既にコーラは神ではなかった。残っているのは、勇者の従者という立場だけ。

 コーラはアキラを眺め続けていた。

 

 

 

 アキラは足掻いている。既に20分以上、創造神の形態を維持していた。

 

「ぐぬぬ……やっぱジリ貧だよね……」

 

 起きない。待ってみたが変化はないし、エールが起きる気配がない。式札という有限のストックがジリジリと減り、アキラは焦っていた。

 このままではいけない。何か変化を求めたアキラは突拍子もない事を考え、

 

「とりあえず馬鹿にしてみるか! やーい、エールのバカアホねぼすけ! 悔しかったら起きてみろーーー!」

 

 創造神を罵倒してみるという、神をも恐れぬ所業に手を出した。

 

「馬鹿アホ貧乳! 服の上から分かってたけどキミは貧乳だ! 創造神なのに胸が貧しいんだな! このままルドラサウムになったら永劫に貧乳創造神って魂で叫び続けてやるぞ! 色々な神様を見て来たが、君ほど胸が貧しいのは性格も貧しいaliceぐらいだ! 成長の機会を放棄して、永久にA級カップでいいのかー!?」

 

 くじらは、固まった。

 

「お、これは……!?」

 

 

 

 

 なんだか、凄く馬鹿にされた気がする。

 全く聞こえないけど、なんか絶対に怒らなきゃいけないような事を言われた気がする。

 でも眠い。

 この暖かさは、優しさは完璧だ。ずっと身を任せていたい。この寝具はずっと入っていたい。

 だけど目覚ましがうるさい。

 

「あ……そうだ」

 

 もっといい方法がある。

 近くに目覚ましがなければいいんだ。

 

「これで寝れる……むにゃ」

 

 優しい光は、ボクのやりたい事を勝手にやってくれる。便利だ。

 

 

 

 

 

 突如として、光球はくじらの上空に集いだした。漏れる光球も同じように上空に集まり、輝きを増していく。

 

「これは…………ッ!?」

 

 反転、アキラは全力で創造神から逃げの一手を取った。

 

「やばいやばいやばいやばいっ! 完全逆効果だ!」

 

 散らすとかそういう考えは無かった。今までの光球とは違って明確な意思が存在する。魂を凝縮させ、その光球は巨大な一つの塊となり、雲に覆われたヘルマンを照らす新しい太陽のように光量を増していく。

 アキラは全力で逃げる。魔王級の肉体を行使して第一内壁を越えて跳躍(ちょうやく)したところで――巨大な光球が爆発した。

 

「―――――――ッ」

 

 世界から、音が消えた。

 そうとしか形容しようがない爆発がアキラを、街を襲った。

 後方のみに集中したバリア、ストックを使い切って全力展開した防御式神全て、それらはどれだけの意味があったのだろうか。創造神の一撃の前では児戯(じぎ)でしかない。

 あっさりと食い破られ、全身を白い光に襲われ、次々と浸食される。

 背中が溶け、肺が溶け、心臓が溶け、汚染人間としての全身がほとんど溶けて、消えて……殺戮圏(さつりくけん)から放り出された。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

 しかし、呻(うめ)く口は残った。ほとんど首だけの状態で、頭も半分がない。体の殆どは吹っ飛んだ。

 そこからアキラは再生する。その身は不滅の黒き魂であり、記憶は魂が覚えている。そしてアキラは神魔法lv3(デタラメ)。肉体が少しでも残っていればそれを起点に魔力を行使して蘇る。

 頭が再生し、首が生え、肩が出来て、腕が生え、ティルヴィングを呼び寄せて杖にする。神話級アイテムの一つ、所持アイテム不壊のお陰で日光他も無事。

 アキラはこれだけボロボロになっても戦力を維持してすぐに復帰する事が出来る。まさにデタラメであった。しかし幾度復活したとて、此度(こたび)の相手を前にどれだけの意味があるだろうか。

 膝の無い状態で無理やり身体を起こしたアキラは、惨状と知りつつ爆発後の跡地を見た。

 

「分かってたけど、とんでもないな……!」

 

 中心は創造神ルドラサウム。あの爆発の中心にいたはずなのに、傷一つなく眠そうな目でぷかぷかと浮かんでいる。

 しかしその周囲、くじらを中心とした半径300メートルが、何も、なかった。

 空気すらなく、猛烈な突風が内に流れ込み続けてアキラの背中を押す。

 空中にいた分、地上の被害は少なく済んだ。内壁が残らず吹っ飛び、西地区一帯が巨大なクレーターになっただけで済んでいる。地下シェルターまでは被害は及んでいないだろう。

 だがそれはこれまでアキラが努力して最小のサイズだったからに過ぎない。

 今の爆発のために使い切ったが、また光球を溜めて自分のサイズを拡大せんとしている。抑えなければ際限なく広がり、白い光の奔流(ほんりゅう)は大陸を壊すようになる。

 純度が上がるにつれ魔法攻撃から削除命令に切り替わり、範囲が加速度的に広がり、夢うつつのまま魂以外の全てを初期化するだろう。

 

 創造神(ルドラサウム)、ここにあり。被造物が何をしようが無駄でしかない。

 

「だが、まだ止められる……! 今ならまだ間に合う!」

 

 しかしアキラは諦めない。むしろ窮地に抗わんと心の炎を燃やしていく。再生した足で立ち上がり、足掻かんと爆心地へと突っこんだ。

 その途上、何もないはずのところで。

 

「…………ッ!?」

 

 動くものを、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 動くもの。それはカツラを被った陶器だった。

 

「あの赤い陶器は……エールと一緒にいた……?」

「ひーっ! なんなのこれー!? ヤベえよ逃げないとー!」

 

 長田だった。短い脚部を懸命に動かして逃げようとしている。

 しかし、それはおかしい。あの爆発を受けて無事でいられるなどあり得ないとアキラは考え、

 

「そうか……魔(・)法(・)攻(・)撃(・)だ(・)か(・)ら(・)、(・)ハ(・)ニ(・)ー(・)は(・)無(・)傷(・)だ(・)!」

 

 天啓を得た。

 くじらが使っているのは全てAL大魔法の延長。種族ハニーは魔法無効。AL大魔法も魔法攻撃な為、ハニーに一切痛痒(ダメージ)を与えられない。

 エール・モフスの暴走は、長田にとっては完全に無害だった。

 

「君、ちょっといいかい!」

「うわっ、変態だ! でも丁度いいや! エールを見なかった?」

 

 長田はこの状況を全く把握していなかった。白い存在が浮かんでから発生した大災害から逃げ惑いつつ、エールを探していた。

 

「あれがエールだよ」

 

 そう言ったアキラの指は、宙空高くにあるくじらを指していた。

 

「へ?」

「僕がセクハラしたら暴走してああなって、このままだと世界が滅ぶ」

「何やってんの!? どうやったらそうなんの!?」

 

 セクハラで世界が滅ぶという状況に、長田は全くついていけなかった。

 

「長くなるから省くけど、世界の危機なんだ。協力してくれ。君しか世界が救えないんだ!」

「お、俺が!? 俺しか!?」

「そうだ、君が救世主だ。エールの攻撃を受けても平気なのは君だけなんだ」

 

 アキラの目はどこまでも真剣で、世界を救わんとする意思に満ちている。長田も冗談を言っているようには思えなかった。

 それに心躍るような言葉が並べられている。救世主、自分しか救えない、自分だけ。

 

「っへ、なんだか知らねーがやってやんよ! 親友が暴れていたら、止めるのがダチってもんだ! このハンサムなハニー、長田に任せとけ!」

 

 長田はあっさりと、アキラの言葉に乗せられた。

 

「ありがとう! まず確認したい。君はエールのなんなんだ?」

「親友。あいつと俺はベストフレンドでソウルフレンドだ」

「最高だね」

 

 絶望的な状況において、何より頼もしい光を見つけた気分だった。

 アキラはくじらを指差し、長田に説明していく。

 

「あのくじらの中でエールは寝ているんだ。起こすとくじらがいなくなり、世界の破滅は防がれる。友達を起こしてやって欲しい」

「なーんだ、いつもやってる事だし簡単じゃん!」

 

 長田は陽気な声を出し、宙空に浮かぶくじらを見て、

 

「……って、あれ? あそこまでどうやって行くの?」

「僕がぶん投げるとか」

「割れるわ! 無理無理無理!」

 

 アキラは長田を【眼】で覗き込む。

 LV30、ハニー1、冒険1。

 弱すぎる。ちょっとした事で砕けかねない。

 失敗は許されない。確実に、安全にこの存在をくじらの下へ届けねばならない。

 

「あのくじらを下に降ろす手札はある。あるが時間が……」

「時間が欲しいの?」

 

 しゅたりと、影が現れた。

 忍者と背負われた白衣の少女、見当ウズメとミックス・トー。

 魔王の子が創造神の破壊した跡地に踏み入っていた。

 

「君達は……どうしてここに?」

「こんな状況じゃゆっくり人も診れないわよ」

「ザンス兄上、ごめんねでござる。スパイ失敗でござるよー」

 

 どこか焦りが混じった表情でアキラを見るミックス、目を細めて苦笑いするウズメ。彼女達は異変が起きてから動き出していた。爆発を認めいよいよただならぬ事態と知り、矢も楯(たて)もたまらず飛び出してしまった。

 

「話はウズメが拾ってるから説明する必要はないわよ。時間を稼げばいいのね?」

「くじらの下の光球の群れに攻撃すれば時間稼ぎになる。なるが……」

「あによ、なんか文句あんの?」

 

 言い淀むアキラに対して、ミックスは剣呑(けんのん)に凄む。

 

「……なんで君達はここに来たんだ? あれがどういう存在か、本能で分かるだろ?」

 

 魂の集合体、圧倒的な存在感、近づくのが憚られるような、常人なら見ただけで蹲(うずくま)り、息すら止めるような創造神の威容。恐怖は皆無ではないだろうに、ミックス達は何の情報も無いのにここまで来た。

 不思議でならなかった。どうして近づけるのか。

 

「はっ」

 

 ミックスは苦笑いを浮かべ、

 

「妹を助けるのに、理由がいる?」

 

 なんとなく、察していたと明かした。

 母からの知識、身体検査、ゲイマルク消滅、自分の予想、エールの扱う力、以上の事実から自力で真実に近づいていた。顕現した姿を見た時点で、ああそうかと納得した程度でしかない。魔王の子の中でミックス・トーこそが最も聡明で知見が深い。

 RA期最高の天才少女はその上で妹と言い切った。

 

「あれが主君というなら、選択肢はないでござるねー」

 

 ウズメも吹っ切れた笑顔で合わせた。

 こう言われては、アキラも苦笑するしかない。

 魔王の子達は創造神(ルドラサウム)に立ち向かうより、妹(エール)を失う方が怖いらしい。

 

「わかったよ、信じる。光球は欺瞞(ぎまん)が効くが必中魔法だ。君達だと当たったら一発で死ぬと覚悟してくれ」

「光球の認識範囲は? どの程度なら吹き飛ばせそう?」

「上位魔法一発か、範囲斬撃で吹き飛ばせる。ただし魔法は滞留する光球に当たっても誘爆するから、相当の精度を要求される。吹き飛ばしたものは勝手に攻撃に回るので囮が欲しい。くじらを怒らせなければ、射程は150から精度は落ちるよ」

「………………」

 

 ミックスは唇に手を当てて、俯(うつむ)いて考える。

 彼女の刹那の思考は常人の熟考に値する。限られた時間の中で最適解を導き出し、すぐに頭を上げた。

 

「囮があればいいのね? ウズメ、今は最大何体分身が出来る?」

「再(・)展(・)開(・)を(・)考(・)え(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)3(・)7(・)体(・)。こ(・)の(・)攻(・)撃(・)を(・)誘(・)導(・)さ(・)せ(・)た(・)い(・)な(・)ら(・)3(・)1(・)体(・)が(・)限(・)界(・)で(・)ご(・)ざ(・)る(・)」

「32体出しなさい、1体最初に特攻させるわよ」

「ういうい」

 

 lv300魔王の子、彼女達はそれぞれが魔人級。

 魔王を倒さんとした修行の果て、蟲毒(こどく)の果てに到達した人類の限界点たちである。それぞれが何かしらの世界更新領域を持っていた。

 ウズメならば実力だけなら史上最高の忍者であり、ミックスはこのクラスにおけるパーティ戦闘に対する戦闘予測。どれも人の身としては想定し得ない能力を持つ。

 魔王の子達が動き出す。世界の破滅を防ぐ為ではなく、妹を救う為に。

 

 

 

 

丁々発止(R3)

 

 

 

 

 ウズメが分身してくじらを取り囲み、ミックスが準備を整えている最中で、アキラは札を取り出していた。

 

「さて、信じると決めた以上さっさとやろう」

 

 手に持つのはここでは一切使わなかった、使う価値が全くなかった召喚札達。

 創造神相手に何を召喚したところで無意味だ。だが、今はある。

 

「出でよ凶鬼達!」

「「「オオオオオオオオオオオ!!!」」」

 

 凶鬼、神の一種であり地獄の労働者。ただし狂って使い物にならなくなったもの。アキラはこれを大量にストックしていた。

 黒々と染まった鬼が次々と現れては、アキラの祈りと共に消えていく。

 

「ひいいいいい! この人何やってんの!?」

「悪魔の術を使うには汚染率高いからいい媒介なんだよね。どうせ処分されるからリサイクルさ」

 

 アキラは天志の術の中でも、極大の術を使うつもりであった。

 この術の前には多数の犠牲が必要となる。その肩代わりを押しつけていた。

 

「光如が完成させる前の技はこんな感じでね。この状況で僕程度じゃこうするしかない」

「いや全くわかんねえよ!」

「簡単に言うと、長田君ごとくじらを儀式魔法で捕らえる。だから先に近くに行っててよ」

 

 闇が増す。アキラの周囲に力が滞留していく。

 

「お、おう! 大丈夫だろうな!? 本当に大丈夫なんだよな!」

「魔法無効だろ? じゃあこの攻撃も無効さ。試してみるかい?」

 

 尋常じゃない、アキラの強大な魔力が嫌な音を立てて動き始めた。

 

「ひ、ひいーーーー!」

 

 長田は逃げ出すようにくじらの下へ向かった。

 

「さて、50体も使えばいいか。次だ、聖遺物はっと。最上級なのは二つあるけど、あと一つは強度の持ち合わせがちょっと下がるな……」

 

 そうして取り出したのはaliceman金貨とalicelady金貨。封印系に限っては不壊の伝説級。

 吝嗇家(りんしょくか)のアキラは常に出し惜しみをする。使い捨てするとなると、迷いが生じた。

 

「私が、やります」

 

 アキラの腰の鞘から、声が聞こえた。

 

「日光!?」

「私は聖刀で千年以上の神造物です。封印の媒介に向いているでしょう?」

「いや、でも……折るよ。というか粉々にするよ?」

 

 アキラの魔法出力は常軌を逸している。日光は不滅の剣だが、粉々にすればそれだけ復活に手間がかかる。

 何より、その分日光には拷問じみた痛みを与えることを意味していた。

 

「やらせてください。私の責任でもありますから」

「どう考えても全部僕が悪いと思うけど」

「私を知っている人間は今ではそれなりにいます。エールさんを信じずに自分の恥ずかしさを優先して剣の特性を話しませんでした。それが混乱を招いた」

「…………どこまでも、背負いたがりだね」

 

 溜息を一つ吐いて、アキラは日光を地面に置く。

 

「全て終わったら、ちゃんと人間として友達になればいい。君は僕と違って、人間だよ。ツルギなだけじゃない」

 

 日光には人間体があり、白い魂がある。人としての幸せも得られる。

 汚染人間よりは人間だとアキラは考えていた。

 

「……ええ、そうですね」

 

 剣の身だから分からないが、日光の口調には笑みが漏れていた。

 アキラは聖遺物を置きにくじらの周囲を駆け回る。均等に四方に聖遺物を置き、最後の角に自身が立つ。

 

「さて、やるか……」

 

 アキラは印を結び、遠く離れた創造神を睨(にら)む。

 偉そうに、眠そうに漂い、白い光を吐き出してこちらを見ていない。

 創造神は被造物など眼中にもないという事か。だが――――

 

「天(・)志(・)の(・)魔(・)人(・)封(・)印(・)術(・)と(・)神(・)魔(・)法(・)の(・)魔(・)封(・)印(・)結(・)界(・)、(・)同(・)時(・)に(・)叩(・)き(・)込(・)ん(・)だ(・)ら(・)ど(・)う(・)な(・)る(・)か(・)な(・)?」

 

 下では魔王の子達と長田が動き回り、時間を稼いでくれている。

 詠唱はきっと間に合うはず。

 

 

 

 

 

 

 

「黒色破壊光線!!!」

 

 闇の光が炸裂し、光の球を舞い上げる。

 既に二度目、為せぬ筈の難事をミックスは達成していた。

 

「ふぅ……次! 3番11番17番23番26番と長田に押しつけるわ!」

「かしこまり!」

「ひぃーーーーーーっ!?」

 

 ミックスの目は血走っている。限界量ギリギリまで飲んだ上級薬の副作用だ。

 人類にとって副作用の少ないドーピング薬、エール曰くミックスのズル薬。ミックスはこれを服用して、魔人級の肉体と魔力をさらに跳ね上げて動き回っていた。

 欺瞞魔法、デコイ、全てを行使しつつも大魔法の準備を整え、ウズメに的確な指示を送る。

 肉体と精神と魔力と頭を酷使し続けて、光球の不規則な行動に対処している。

 

「…………! 11番から5番6番! ここで残さないと三発目が打てなくなる!」

「ういういっ!」

 

 そしてそれを一切の遅滞なく実行するウズメも超人。

 30体近くの分身の制御、アグロ管理、尚且つ自分を狙われない為の工夫、それでいて使い捨てる時は最大限引き付けての爆裂を果たす。無駄死には存在しない。

 

「…………今!」

 

 また、黒色破壊光線が飛んだ。

 周囲を漂う大量の白球を縫うように、針の穴を通すように一条の暗線が光球に飛び込み、また大爆発する。

 これで三度。最早偶然ではなく必然。魔王級でも一筋縄ではない難事を成し遂げてしまう。

 

「もう半分以下でござるよー! ミックス姉上、もうやめないでござるかー!?」

 

 ただ、創造神に相対して綱渡りをするウズメは泣き言を上げた。

 愚直に指示に従っていてはいるものの、一番近いところで自分が爆砕される姿と分身の減る状況は心細くもなる。

 目の端に涙が滲(にじ)み、されど動くのを、ミックスの道を作るのを止めようとしない。

 その姿はどこか、見当かなみに似ていた。

 

「残りの分身ストックも出しなさい! やれるだけぶち込んでやる!」

 

 それに対してミックスは光球に近づく事で成功率を上げようとする。

 本来の危険域を無視して、目的を達成する為にウズメの近くへと。

 守りたいものの為に必要以上にお節介を焼き、自身のリスクを厭わない。

 その姿はどこか、ミラクル・トーに似ていた。

 

 全力で集中し、詠唱を進めているアキラの心に震えが走る。

 

(まったく、なんて、なんて人類の希望達だ!)

 

 魔王の子はこの世界の光だ。

 眩しい可能性の塊たち。創造神を前にして、今の在り方ならば。

 不可能を可能にし、魔王にも神々にも、悪魔王にも怯(ひる)まない。そう確信できる。

 

(ああ、この時代まで生きてて良かった! 今が人類史上最高の時代だ!)

 

 アキラの詠唱が終わると同時に、光球の群れはまた爆ぜた。これで四度目。

 

「舞台は黒く満ち、光は溢れる……儀式は整った!」

 

 アキラの魔法の影響で、いつしか空は闇で覆われ、地は光り始めている。

 

「やるよ! 離れろ!」

 

 その声を聴いて魔王の子達が振り向くと――――空間を歪ませんばかりの聖なる、魔なる力が、渦巻(うずま)いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし平和な時代にアキラが生を受けたら、法王となっただろう。

 不運な時代に産まれたアキラは勇者になり、願いは果たせず汚染人間となった。

 以降名を隠し、実力を隠して人の為に尽くしてきた。

 アキラはある時、北条早雲の名を継いだ。

 アキラはある時、天志教の大僧正だった。

 積み重ねた日々、二千年の努力、その全力がここにある。

 

「さあ行くよ……! だーいぶ即興でアレンジするなあ!」

 

 放つはアキラの七つある極地、その一つ。塵となり、魔人を倒さんと足掻いた必殺技。

 悲劇を払えるよう、入念な準備の末に使える魔人討伐の奥義。

 勇者時代は数多の犠牲があって使えるその技を、今では独力で可能としていた。

 

(そこにいる我儘な創造神ちゃんへ! 四方より、聖遺物と共に、捧げ奉る!)

「及! 魔! 神! 芯!」

 

 目を伏せ、祈る形で大神官の口が動く。

 祝詞に、呪詛に合わせ、周囲の光が強くなり、闇が増す。

 神に祈り、悪魔に祈り、人を救わんとする姿がそこにある。

 

(暴れし魂に安らぎを、聖なる息吹に清めの祈りを)

「始! 多! 捕! 囲!」

 

 両腕を交えて前に出し、手を結ぶ印は次々と形を変えた。

 闇の矢が空から放たれ、くじらの周囲の光球を突き刺し地面に縫い付ける。

 幾条の闇の縄が空中に舞い、網の目のようになってくじらの上空に展開。少しづつ降りていく。

 

(我等が主よ。聖なる者よ。真なる者よ。祝福の雷霆に導かれ、依代の目覚めを)

「下! 封! 縛! 着!」

 

 闇の矢が降り注ぎ、縄に連結し、網にかかったくじらを降ろす。

 光球に支えられて浮いていたくじらは高度を下げ、地面に近づいていく。

 周囲を纏う光はいよいよ増し、4つの聖遺物は莫大な力に耐え兼ねるように震えた。

 

(彼の者に、憐れみを!)

「黒き魂縛りと白き肉体縛り、受けてみろ!」

 

 瞼が開き、強き意思を持つ眼が見据えるは創造神(ルドラサウム)。

 交差された腕が振り払われ、

 

「地角天蓋――――――――ツクヨミ!!!」

 

 大神官の雷霆(らいてい)が、世界を覆った。

 聖遺物を基準として円形の輪が展開され、激甚(げきじん)たる光の奔流が全てを抑えつける。光球が爆発しても、飽和火力と拮抗して周囲に被害を与えない。

 縄は次々と連結し、鎖へと変貌していく。その根元、四方に結ぶは聖遺物。満月状の白き光の中に浮かぶは天志を象徴する黒き卍文字。

 くじらは強固な鎖に囚われ、地響きと共にクレーターの中央に落着した。

 

「成った! これでもう動けないし逃げられない!」

 

 そう言ったアキラの体はボロボロだった。一瞬にして全身に罅(ヒビ)が入っては、その傷跡を追うように治療が入る。

 アキラの神魔法の全力行使は肉体の方が耐えられない。あちこちが破断しては神魔法によって治され、無限治療と無限破断のループに苦しむ羽目になる。

 

 それがどうした。ここで維持できなければ駄目なりな勇者ですらない。

 アキラの在り方そのものが、失敗し、それでも足掻き続ける勇者の姿だった。

 

「お、おおお…………! す、すげえ……!」

 

 一人魔法陣内に残った長田の廻りに流れる力の奔流は、魔人すら消し飛ばす程の強烈な殺戮圏。

 しかし、無事だ。

 ハニーは魔法無効。どれだけ埒外な威力をもってしても、魔法ならば効かない。

 だから、進める。前へと、友のところへと。

 

「さあ行け! 長くは持たない! 早く起こしてこい!」

「おう!」

 

 長田は創造神へ向かってクレーターを駆け下りた。

 術式を維持するアキラの身体は破断を続け、尋常でない痛みが襲い続ける。

 しかし笑う。可笑しくて仕方がない。

 

「エール・モフスの名前が出たのは半年前。しかし一体どういう事だ? たった半年でこんなに命を擲(なげう)つ友達に囲まれているなんて、随分人気者なんだね」

 

 創造神を知る者達の多くは、邪悪な存在でどうにもならぬと考えていた。

 しかしどうだ、今の状況は。

 無垢なる者が、何も知らぬ者達がこれだけ慕い、友となり、家族となっている。

 邪悪な存在であるわけがない。

 

「だが、それじゃまだまだな……!」

 

 このくじらはせっかく築いたものを自分から壊そうとしている。

 パニックに陥り、慌てて子供のように全てを崩壊させかけている。

 これでは創造神は落第だ、何よりも。

 

「みんなルドラサウムよりエール・モフスの方が好きなんだ! 創造神より人間の方が楽しいぞ! まだまだこの世界で遊ぶべきだ!」

 

 アキラは祈る、一つの想いを。

 

「エールさん!」

「エール……!」

「しゅくん殿ー!」

 

 日光が、ミックスが、ウズメが、家族の名を口にする。

 皆想いは唯一つ。

 戻ってこい。

 

「「「起きろ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおーーーーーーーーっ!」

 

 長田は駆け下りる。

 友の下へと、エールの下へと。

 クレータの中心下点。創造神ルドラサウム、その分体が目の前に広がっていた。

 黒い鎖に囚われてくじらは動けない。そしてその体の中央上部。

 

「いた! エールだ!」

 

 エール・モフスが、光を発して白く柔らかい膜の中に包まれていた。

 

「ぐぬぬ……よいしょっ、よいしょっ」

 

 長田はよちよちと近づき、ルドラサウムの身体を歩いていく。

 エールのいる膜の上に、長田は辿り着いた。

 

「エール、起きろ! 起きろ! くそっ、じゃあ力づくで……! がーっ、駄目だ!」

 

 膜一枚、魂10個も詰まっていない薄いものが破れない。

 長田に力はない。この場を囲む中では最も弱い。壊れた日光にすら負けるだろう。

 

「ああもう、起きて貰うしかねえな! 起きろ、起きてくれー!」

 

 だが長田こそが相応しい。

 このエールが親友に選んだのは、彼なのだから。

 

 

 

 

 暖かさ、柔らかさ。

 それこそが、全てだ。

 ずっと昔からそうだった。

 ボクは満ち足りている。

 

「……ル! ……うぜ!」

 

 何かが、ボクの身体を揺らしている。敵だ。

 

「むにゃ……死ね」

 

 力を集めて、ぶん殴る。

 うるさい何かは黙る……はずだった。

 

「…………起きろ、起きろってー!」

 

 ああ、長田君の声だ。

 鎌首をもたげ、長田君を見る。

 とても、必死そうだった。

 

「なに、やってるの……」

「こっちが聞きてえよ! お前、何やってんだよ!」

 

 ただ寝たいだけだ。

 この気持ちのいい寝具で、寝続けたいだけだ。

 幸せで、暖かくて、ずっと浸っていられる完璧な世界に。

 

「すやすや……」

「だーかーらー! 起きろー!」

 

 揺らして安眠を邪魔してくる。ウザい。

 ベッドの上で飛び跳ねるな。

 

「うるさいなぁ……」

 

 いくら親友でも、やっていいことと悪いことがある。

 ボクは幸せだ。その幸せを崩すな。

 

「ほっといてよ……なんでボクを起こそうとするの」

「面白い旅をするって約束したろ! 一緒に冒険するって言ったじゃないか!」

 

 約束。

 そう、ボクと長田君は約束をしたっけ。

 

「桃源郷を探そうとしてお前の父ちゃんと出会って、東ヘルマンで暴れてるだろ! 俺達の冒険はまだこれからなんだぞ! こんなところで寝るな!」

「むー…………」

「約束は守るのが、ダチだろ!?」

 

 そうだ、約束は守るのが友達だ。

 ボクと長田君は友達だ。

 でも眠い。この暖かさは素晴らしい。

 冒険に出る必要はないじゃないか。

 ボクはここで満足している。ボクはここで幸せだ。

 ボクはこれ以上幸せを、楽しい事を追い求める必要がない。

 

「長田君だけで、行ってきてよ」

「はあ?」

 

 冒険は初めてもいいけど、辞め時も肝心だ。

 最初に盗賊退治に行くか、行かないか。二択はあった。

 楽しい方向に行くならそれでいいんじゃないか。ボクは世界を救ったし。

 そもそも、ボクはどうしてこんなに冒険が好きなんだろう。

 

「長田君は冒険したいなら、一人で冒険すればいいじゃん」

 

 そう言うと、長田君は物凄い剣幕でベッドに身体を押しつけた。

 

「一緒に行くんだよ! 俺はただの冒険が楽しいんじゃない。お前と冒険するのが楽しいの!」

「………………あ」

 

 思い、だした。

 ボクは満ち足りている。

 家族がいるから、友達がいるから、幸せなんだ。

 

 ボクは最初から完璧で、何も恐れるものはない。

 ただ…………退屈だった。

 何故かはわからない。退屈だったんだ。

 何よりも、寂しかった。

 

「ほら、冒険に行くぞ!」

 

 手が差し出された。いつもの手だ。

 

 この手だ。

 誰も、長いこと、ボクと手を繋ぐ存在はいなかった。

 

 どうしてだろう、誰かの記憶が混じってる気がする。自分で、自分じゃないような。

 ボクはいる。母と、姉と、目の前の友達。

 いつも誰かの手を取って、仲間を増やして来た。子供の頃は母さんやサチコさん。

 冒険は長田君から始まった。そこからどんどん増えて行った。

 ドッス、ワッス、ロッキー、アームズさん、松下姫、志津香、ナギ、リセットお姉ちゃん。

 ウズメ、ザンス、乱義、深根、ミックス、スシヌ、元就、レリコフ、ヒーロー、ダークランス、ヌーク。

 そしてランス、シィル、アムさん……今の仲間達。

 いつも長田君から始まっている。

 

「しょうがないなあ……眠いけど、行くよ……」

 

 冒険はどんなものよりも面白い。未知がある。これからも仲間はどんどん増えるだろう。

 

 そして誰かと一緒にいる日々は楽しいんだ。もう寂しくないんだ。

 

 手を伸ばす。白いベッドから差し出して、いつものように長田君の手を取った。

 

「冒険、行こうね……」

「おう! 俺達はどこでも一緒だ!」

 

 手を繋ぐのは、暖かい。

 この寝具より好きな温もりだった。

 長田君はボクを引っ張り上げていく。

 そういえば、ここはどこだっけ。

 白い世界がほつれて、崩れていくような。

 

 さあ、冒険に出かけよう。

 きっと楽しくて、賑やかな世界が待っているから。

 

 

 

 

 

 

 そしてエールは、目を覚ました。

 

 

 

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