勇気ある者。人々の希望を背負う者。
魔を討ち果たし、人の世を守る者。
夢② RA9年
人は寝ている時、夢を見るが大概が覚えていない。
だが、何度も見る悪夢というものはある。
これはポンコツ勇者の昔、バーバラが子供の頃の物語。
RA9年、芯まで冷え込むような年末の朝。
田舎村の宿屋は、珍しく賑わいを見せていた。村長の家には4人からなる集団が泊まり、村長と机を囲んでいる。それぞれがガード、ファイター、ソーサラー、ガンナーのような恰好だった。
「いや、昨晩は本当にありがとうございました。迷ったところを押しかけるような形になって」
「気にしないでくだされ。冒険者様がこちらの村に泊まるとは、半年ぶりぐらいでしてな。こちらも粗相がないか不安でした」
冒険者達のリーダーであるガードが頭を下げると、老人が柔和な笑みを浮かべた。
この冒険者の集団は道に迷い、真冬のヘルマンをどう過ごすかと途方に暮れていたところで村を見つけ、押しかけるような形で泊まり込んでいた。
「やれやれ、スピッツがいないだけで色々面倒になるわね」
「そう言うな。この仕事に怪我や病気はつきものだ。そういう時は他があいつの分を埋めるしかない。埋めるしかないんだが……」
ソーサラーの女とガンナーの男がじろりと剣士を睨む。
本来ならばスピッツというレンジャーが仲間だった。だが今回は欠員し、前衛を一人入れる必要が生じ、新入りを入れたのが――
「ん? なんとかなったし問題ないだろ。いや飯は大問題だったけど」
その装備よりも軽い調子な剣士、ダストだった。彼は案内が出来ると言い放った挙句、適当に動いてパーティを迷わせた張本人である。
「……お前、そういうのやめろ。困っていたのはこっちだったんだぞ」
「郷土料理と言い張って腐ったうしの内臓出された事か? 鼻が曲がると思ったぜ。普段よっぽどマズいもんしか食べられないんだろうな」
金のプレートを指で遊ばせるダストは小馬鹿にするように笑い、ガードは渋面を深くする。
この冒険者の腕は確かだ。腕は確かだが、悪評も確かだった。相手は魔王だから実力を重視したが、お陰でリーダーとして胃が痛い毎日を過ごす羽目になっている。
「……口の悪い奴なので、気にしないでください」
「いえいえ、見ての通りの貧乏村なので、口に合わないものもあるでしょうな」
「合うわけねーだろ。ここに来てよかったのは昨日働いていた侍女がいい女だったぐらいだ」
「頼むからもう黙ってくれ……詫びと言ってはなんですが、困っている事とかありますか? ものによっては力になれますが」
「困っている事、ですか……」
村長の眉間に皺が寄った。困っていることはあるが、冒険者に頼むと報酬が発生する。この貧乏村にとっては易々と頼めない。
「その口ぶりだとあるみたいね。言うだけならタダだから、言ってみれば?」
「寒い思いをしなくて済んだ恩があるし、人は助けるものだ。仕事次第なら俺の分はいらないぞ」
二人の優しい言葉に背を押され、村長は重い口を開いた。
「ここ三ヶ月、私達は魔物によって苦しんでいます。私達の生活は苦しくなりました。ですが敵は強く、数が多い為とてもではないが手を出せません。私共は、魔物がある日いつか攻めて来て滅ぼされるのではないかと不安を抱えて日々を過ごしています……」
陰鬱な顔で語る村長の言葉の憂いは深い。だがこの手の話は冒険者にとっては慣れた話だ。特に彼等はトップクラスの冒険者集団。むしろ眼光鋭くなり、頼もしさすら感じられる。
「して、どんな魔物なんですか」
顔を手で覆った村長は、震える声で恐るべき魔物の名を口にした。
「…………村の水源にしている湖に、イカマンが住み着いたのです」
「「「…………」」」
「っぷ」
全員が微妙な表情で押し黙る中、ダストは噴き出した。
「ぷはっ、はははははははは! 深刻な顔してイカマン、イカマンかよ! ザコモンスターじゃねえか!」
「1体どころではないのですぞ。20体近くの群れで現れて、彼等は繁殖したらしく今では40体以上も……!」
「知るか、あんなん100体いようが楽勝だ。作業だ作業」
「お、おお……なんと勇ましい……!」
「いやお前らが貧弱過ぎんだよ。ほんっと雑魚しかいねーんだよなあ。触れれば死ぬような雑魚共と俺達って、同じ人間なのか疑いたくなるぜ」
やれやれと肩を竦めるダストだが、この時ばかりは他の冒険者達も心中で同意していた。トップクラス、lv40近い冒険者集団が受ける仕事ではなかった。彼等の内一人で済むだろう。
「どうするの、リーダー? 魔王が来るって任務の方が重要そうだけど」
「言った以上は受ける。価格ですが、越冬の事を考えると入用でしょうから1000gold。イカマン以外、強めの魔物がいたら追加という事にはなりますが3000gold以内にしておきます」
「おお……あ、ありがとうございます!」
今度はダストの目が剣呑になる番だった。ギルドの稼ぎ頭にとって、このような端金で動くとは冗談が過ぎる。
「おいコラ、どんなお人好しだ。そんな相場の価格で討伐なんてやった事ねーぞ」
「取れないところから取っても仕方ないし、それが元で潰れが出ても気分が悪いだろう。それともまさかお前がやらないのか、『血塗れ』」
物騒な仇名を呼ばれ、剣士は気にするでもなく鼻を鳴らす。
「やるに決まってんだろ。価格が不満なだけだ」
「ならば、俺も辞退しよう。分け前が増えるからそれで納得してくれ」
「どーしたもんかねー……」
不満な金額である事に変わりはないが、この先ある魔王との戦いの為に組んだパーティだ。あまり争っても得が無い。
「あーあ、面白くねえ。勝手に進めてくれ」
机に頬杖をついて、ダストはそっぽを向いた。
「それで、魔物達の巣はどこにありますか? 詳細なマップか案内があると有難いのですが」
「少し秘境になりますな。というのも5年前の天変地異の時に出来たもので、元々は山の中だったのです。村民しか知る者はいないでしょう。案内役を用意させます」
そう村長が言った、時だった。
「はーい! わたしがやるー!」
元気な声と共に、金色の髪を揺らして女の子が部屋に入ってきた。慌てて村長は立ち上がる。
「こ、これ、バーバラ! 大人しく引っ込んでおれ!」
「この場所はわたしが見つけたんだもん。近道も知ってるし、案内役にはぴったりでしょ?」
「そういう問題ではない! 冒険者様の魔物退治なんじゃ! お前のような子供にやらせるわけにはいかん!」
「むぅっ……!」
子供、と言われてバーバラは頬を膨らませ、ひのきの棒を掲げて村長に向ける。
「もう村で一番足が速いし、稽古だってアレスさんに勝てたもん! ちゃんとお仕事出来るよ!」
「まともに手伝いを出来てから言わんか! 前回も皿洗いで一つ割ったじゃろうが!」
「むー……今度は大丈夫だから!」
「その言葉は百回聞いたわ! 仕事に関してお前さんの信頼は全くないわい!」
「マスドじいちゃんのバカバカバカ! わからずや!」
「かーっ! 村長に対して何たる物言いか! 今月のお小遣いは無しじゃ!」
「ぎゃーーっ!」
ぎゃあぎゃあと、口角に泡を飛ばしてやかましく二人は言い争う。
先程の静かながらも棘のある空気は壊れた。
「ははは……村長、この子は孫娘ですか?」
あまりの和やかさに、たまらず頬が落ちたガードが聞くと、村長は我に返って赤面した。
「いや、これは失礼しました。孫娘ではありません。村一番のきかん坊で、元気娘です。週に一度ここで手伝わせているのですが中々要領が悪くて……」
「名前はバーバラ! よろしくおねがいしまーす!」
「これ、話の途中に割り込むでない!」
するりと自然体でバーバラが抜けて、それぞれの冒険者に握手を求めていく。服はみすぼらしいが、それを補って余りある整った顔立ちに人懐っこい笑顔。思わず釣られて笑顔になる容姿だった。
大柄なガードは屈んで目線を合わせて、握手をする。
「このパーティのリーダーだ。バーバラちゃんだね。どうして案内役がやりたいんだい?」
「わたし、この村の役に立ちたいの。あと、冒険者さんが見たくて。冒険者に、なりたくて!」
真っすぐな目で、子供は自身の夢を口にする。
バーバラ8歳、この頃の彼女は貧乏な村娘である。
幼い頃はただ幸せと言っていたが、自分が貧乏なのを自覚してからは積極的に村の手伝いをするようになった。
5歳からは週に一度、母親の手伝いとして村長の家で働くようになり、ポンコツにやらかし続けた。変化としてはバーバラの母親は休める日が出来たぐらいで、村長の負担は増え、笑顔も増えた。その程度だ。
今のバーバラは自分の状況が良くないと自覚はしたが、少しでも良くしようと前向きに努力している。冒険者との出会いは、まさしく絶好の機会と言えた。
「わたしを案内役にしてください! 冒険者さん達はわたしの憧れです! お願いします!」
「うん、凄く嬉しいけど駄目だ。理由は、わかるよね?」
「うっ……」
子供を危険な場所に連れるわけにはいかない。ましてや魔物退治。ガードの笑みは優しいが、頑なな意思を感じて不利を悟る。
ただ、バーバラとしても簡単に引き下がりたくない。冒険者が来るなんて珍事、一年先かもしれない。縋るような視線で他を見上げて――ダストと目が合った。
「……ん? こいつはひょっとして……」
ダストはバーバラの目が、輪郭が昨日手を出し損ねた女と似ている事に気がついた。ヘルマン中でも数えるしかいない美女だった。こんな片田舎にいることに愕然として、声をかけるのが遅れてしまったほどだ。
「なあ、お前の母ちゃんって昨日遅かった?」
「うん、冒険者さんが来たからって言ってた」
「そうかそうか……よし、お前を案内役にするぞ!」
ダストは立ち上がり、バーバラの手を取った。
「やめてくだされ! 確かにこの子の才能は村一番だと思いますが、まだ早すぎます!」
「冒険者は何事も経験だ、経験するなら早い方がいい。イカマン退治とかうってつけだろ」
「……許可するわけないだろう」
ガードの声を無視して、ダストは窓を開け放つ。
「そうかそうか、じゃあこの件だけは別行動だ。行こうぜバーバラ」
「ひゃ、ひゃ、ひゃあー!?」
逃がさない為にバーバラを抱き抱えて、足をかけて外に出る。
頭の中は母親から追加料金を貰うことで一杯だ。適当に護衛の時に怪我したとでも言って、家の中にあがりこんだらやりたい放題。あの美女を手籠めに出来るなら五桁の価値がある。
「こっから先は冒険者らしく、速い者勝ちの総取りだ。料金は今のでいいぜー」
「こ、これはいかん。ってああっ……!」
慌てて村長が窓に駆け寄ると、もう剣士は村の入り口を出ているところだった。バーバラもノリノリで指差して駆け出している。もう止めららないと悟り、精一杯の大声を張り上げる。
「達成よりも! バーバラの安全の方をお願いしますぞー!」
「へいへい。
その声を最後に、二人の姿は森の中に消えていった。
ガードは溜息を吐くと、盾を担いで立ち上がる。
「湖はどこですか? 追わないといけない」
「3時間ほどですが、バーバラは近道も知り尽くしてますし1時間ほどで辿り着いてしまいます。ああ、ああ、あの子に何かあったら……」
まるで実の娘が攫われたかのように、村長は狼狽えていた。
雲の多いヘルマンに日は差さない。太陽として輝くのは子供の笑顔ぐらい。
バーバラの初めての冒険が、こうして始まった。
ナバタ連山の一つ、北部山中。
バーバラ達は峻厳な山の中を進んでいた。
「こっちだよー!」
バーバラが進む方向は、足場がほとんど無い崖であったり、勾配がきつく腕を使う必要がある道……ほとんど、地図直線状に真っすぐ山を踏破するような行程であった。
それを余裕をもって、遊具を楽しむかのように飛び跳ねて抜けてしまう。
ダストにとっても苦ではないが、少なくとも8歳児に登らせる道ではない。
「えへへ、才能あるでしょー? もうだーれも私に勝てないんだー」
「そうだな、お前は雑魚じゃないみたいだ。ま、冒険者になる奴ってのはそんなもんだ」
一般人と、冒険者になるような人間は違う。
才能限界の高さもそうだが、初期値の差も残酷なものだ。ほとんどの人間は一桁で止まり、一般人として生きる。彼等は大人だろうが、レベルが上がろうが最弱の魔物に一撃で殺されてしまう。
逆に戦える人間、才能限界の高い人間なら子供でも戦えてしまうことがある。逸話を探せば、森に迷った7歳児が魔物を倒して帰って来たという話も存在する。
2人とも後者であり、この程度の難所ではさしたる苦労もない。雑談する程度には余裕がある。
「ねえダストさん。わたし、冒険者になれるかな?」
頭二つ高い男を見上げて、バーバラはそう切り出した。
「ギルドに登録すればいい。職業なんて自分の意志で選べるもんだ。成功するかどうかは本人次第だがな」
「じゃあ、わたしは成功すると思う?」
「会ったばかりの奴が分かるかよ」
ぶっきらぼうに突き放し、ダストの目は間断なく動く。バーバラは景品だが、仕事が終わるまでは荷物だ。ケチがついたら面倒な為、落ち着きのない娘に注意を払わざるを得ない。
ただ、それがバーバラには不興を買ったらしく、ダストに纏わりつく。
「そんなんじゃわかんないよー! もっと詳しく教えてよー!」
「ああもう、うっせえなあ……大体、なんで冒険者になりたいんだ?」
その言葉に対して、一切迷いのない、純粋無垢な答えが返ってきた。
「この世界が、好きだから!」
ダストの足が、止まった。
「…………今、なんつった?」
「わたしはこの世界が大好き! 村のみんなも優しいし、自然は綺麗だし、わからないことだらけ。この村の周りだけでも楽しいんだから、世界中ならもっと、もーっと楽しいことがあると思うの。だから冒険者になって、色々なものを見て、みんなと仲良くなって、楽しい冒険をしたい!」
子供の語る言葉は理想に満ちている。この世界は優しく、誰もが幸せになれると信じている。
だがその話が続くほど、ダストの眉に皺が寄る。急激に膨れ上がる黒い炎が、内から己の心を燃やしていく。
この娘はその考えで冒険者になって幸せがあると信じているらしい。
まったく、反吐が出る。
「――――そうか、奇遇だな。俺もこの世界が好きで冒険者になったんだ」
声色は全く変わらず、されどこれからやる事を悪辣に変えると決めて、
「気が合うみたいだし、やってやろうか? 冒険者になれるテストって奴を」
「えっ、本当!? やるやる!」
「何個か問題を出す。それでお前がどうするかで冒険者に向いているか、才能があるか判断してやる。合格だったら推薦書いてやってもいいぜ。くくっ……」
ダストは暗い笑みを漏らし、その信念を粉々に打ち砕かんとしていた。
冒険者ダスト、所属ギルド三年連続の稼ぎ頭には複数の異名が存在する。
血塗れ、戦闘狂、金の亡者、問題児、遅刻魔、そして。
外道。
明るく楽しく書きたい。だが、バーバラの過去は無理だ。
何故なら彼女は不幸だから。
turn0に鬱要素をぶち込む理由は、避けられないためだ。
いきなり過去話です、すいません。