冒険者のテストが始まる。
峻厳な地形を進む中で、ダストが口を開いた。
「まずはそうだな。冒険と冒険者の違いってわかるか?」
ダストの質問に対し、バーバラは間髪入れず答える。
「冒険は今わたしがやってること。冒険者はそれで暮らす人」
「正解だ。だから冒険をする奴と冒険者は違う」
「……どう違うの?」
「気分次第でやめられる楽しい冒険と違って、冒険者は仕事だ。金を稼がなきゃいけない。冒険者になる奴はそこそこ勘違いして門を叩くんだよな」
ダストの目の前にいる小娘は、間違いなくその類と言えた。冒険が楽しそうだから憧れて、未知を求める。典型的な夢見がちの阿呆だ。
「冒険者になったら依頼を請けてお金を稼ぐ事になる。盗賊退治や魔物退治、主に戦闘系の仕事だ。命の危険もあるが、お前にそれをやる気があるか?」
ダストの眼力にも全く動じず、自信満々な回答が帰ってきた。
「もちろん、わたしも頑張ってるんだから! マスドじいちゃんとか、おかあさんに止められて戦った事はないけど、今日やってみせる!」
冒険者志望ならば多少なりとも鍛える。バーバラは子供なりに剣の真似事をしていた。
天与の才があるのか勘所は良く、今では村内では誰も敵わない使い手と言える。
だが、所詮比較対象は一般人だ。ダストから見れば拙すぎる。イカマンに囲まれただけでお陀仏だろう。とてもではないが戦力にはならない。
「依頼人から傷一つつけるなって言われてるから戦わせねえよ。許可を出すまで隠れてろ」
「えー……でもそれだと、わたしが冒険者に向いてるかなんて、わからないと思うけど」
唇を尖らせて不満を漏らすバーバラに対して、ダストはニヤリと笑った。
「分かるんだな、それが。冒険者としてやっていけるかどうかは戦闘だけじゃない。才能が必要なんだ。冒険の才能じゃなくて、冒険者の才能がな」
山の冷たい空気、芯まで冷える風の中でダストの声が静かに響く。
「冒険の才能がある奴は気が回る。仲間の状態にすぐに気がつき、罠の回避、宝箱の開錠も器用にこなし、機転もあって要領がいい。ただ、冒険の才能があっても冒険者としては長生き出来ない奴を見てきた。冒険者の才能がないからだ。俺に冒険の才能はないが、こっちならある」
自分は冒険が得意だから、成功して来たから。そんな理由でギルドの門を叩いた人間は多い。事実才能のある奴はいた。だが、つまらない事で死んだり、心に傷をつけて辞めていく。
ダストはプロとして、この類を冒険者と認めていなかった。
「お前に冒険の才能は多分ねえな、そそっかしすぎる。だが、冒険者の才能があるなら成功するだろう。それを今日確かめるんだ」
「冒険者の才能って?」
「三つある。一つは才能限界、雑魚じゃないかだ。未知の場所に行くんだから弱けりゃ死ぬ。逃げるにせよ、戦うにせよある程度の身体能力は必要だ。お前は軽々合格してるから気にしなくていい。自分じゃ気づかねーだろうが、優秀だ」
バーバラは照れ隠しに頬を掻きつつ、ひらりと崖を飛び越える。
「えへへ……どんなところがー?」
(今、やってる事なんだよな)
自然な動作の中でやっているのだろうが、曲芸じみている。完璧な空間認識に加え、身体の感覚に全くズレがないと成立しない。確実に戦闘系才能持ちの素養がある。
「自分で気づけ、もう一つは任務中に話してやる。水源はどこだ?」
「もうすぐ。この道を抜ければあるよ」
山の尾根を崖下の細い道から渡り、曲がり切ったところで――――景色が、開けていた。
「おーおー、ヘルマンはここに集めたのか。終わってみればいい景色だなっと」
何の気無しにダストは呟き、眼下に広がる惨状を眺める。
本来ならば、美しい山の尾根が続くはずの場所だった。だが、ここから幾つもの大穴が穿たれている。幾重にも円形の大穴が折り重なって、複雑な盆地となっていた。
巨大な隕石がダース単位で集中的に降り注げば、あるいはこうなるのかもしれない。
その中でも、一際大きな盆地の中央に氷のリンクがあった。本来は水源として使用されている湖なはずだが、ヘルマンの冷え込みですっかり凍ってしまったらしい。水棲の魔物が潜れずに滑っている。
「さて、仕事の時間だな」
ダストは大きく伸びをして体をほぐしつつ、周囲の状況を確認する。
村長の事前申告通り、イカマンしかいない。水棲の魔物が水場に住むと潜る必要が出るが、湖は完全に凍っており、あれでは潜れない。報告より若干数が多いが、本来水場に潜っている個体も全て出ているためだ。
そして魔物側の逃走経路。盆地の一番下に集まった水場なお陰で、あの小さい図体では登れそうな道は一つしかない。
結論、楽勝。絶好の狩場だ。
「くくく……まずは俺が適当に間引くから、それまで出るなよ」
「う、うん!」
ナイフを取り出し、ダストは暗い笑みを漏らす。
戦闘が終わった後が、今から楽しみだ。あの無垢な子供がどんな顔をするのかも。
戦いが始まる。
イカマン、最弱の魔物。
人間が下半身裸で両腕と腰に触手を着けて、イカの仮面をつけたような見た目の魔物である。
最弱と言っても、人間より遥かに強い。大の大人が武器を持って囲んでも勝てない。
動きが反応出来ないほど速く、二つの触腕が鞭の如くしなり、先端は鋭利な刃物のように突き刺さる。吐くイカスミの視界低下も侮れない。全身を使った
「あらよっと!」
ダストは無骨な長剣を振るってイカマンを斬り潰した。
「に、人間!? どうしてここに!?」
「はいはい死ね」
ナイフが飛び、また一匹が倒れる。
イカマンとダストでは、速さも力もリーチも技巧も隔絶している。
「ほんとザコなんだよなあ……」
「か、囲んでボコれー!」
数に任せて群がるが、包囲を活かす知識もないためイカの死体が増えるだけだ。
叩き落とし、蹴り潰し、切り裂き――そんな事をダストが繰り返してる内に、イカマン達も状況を悟る。
「ひ、ひぃーっ! 強すぎる、逃げろー!」
「やってられるかー!」
包囲は解かれ、イカマン達は次々と湖畔の奥へ逃げ出した。
氷上を泡を食って逃げ出す姿は無様であり、時折足をもつれさせて強かに頭をぶつける個体もいる。周囲には切り裂かれ、動けない魔物がいるばかり。
冒険者にとって、イカマンは雑魚だった。駆け出し用の経験値でしかない。
「ま、こんなもんだ。もう出てきていいぞー!」
その声と共に、湖畔を見下ろせる位置で隠れていたバーバラが姿を見せた。そのまま湖畔へと通じる坂を駆け降り、目を輝かせながらダストに近寄る。
「凄い、凄い凄い凄い! すごーい! ダストさんすごーい!」
ダストの周りをぴょんぴょんと跳ねて回るバーバラ。初めての冒険者と魔物の戦いは、彼女を感動させるには十分過ぎた。
ヒーローショーを初めて見た思いがした。全く危うさが無く敵を倒す姿はまさに無双。これまで見た誰よりも早い動きで飛び回り、敵を屠る姿はまさしく憧れの冒険者そのものだ。
ダストは剣に付着した血を拭い、腕を広げる。
「ザコ相手の戦闘はこういうのが一番楽だぞ。圧倒的な力を見せれば相手はそれだけで折れる」
「タンターンと飛び回って、ざくーっって! あっという魔物を倒しちゃった! これでもう任務完了?」
「アホ。なわけねーだろうが」
「あうっ!」
ダストはデコピンでバーバラを引き剥がし、湖の奥を指差した。氷を張った湖の上で、イカマン達が狼狽えている。
「十匹以上逃げたぞ。あれ一匹でも殺し損ねて任務完了と報告してみろ。後で死ぬのはお前等だ。この手の討伐系は全滅で任務完了なんだ」
「そっかー……」
「ま、あいつらもう戦えないし、あっちに逃げても逃げ場はねえから……」
その時、バーバラはダストの変化に気づいた。
村では今まで見た事のない、負の感情を煮詰めたものが目の前にある。
「こっからやるのは戦闘じゃねえ。
ダストは本心からの笑みを浮かべていた。狂気を孕んだ、獰猛な表情だった。
「お楽しみ……?」
「おお、だからお前もついていける。安全だからな」
ダストは懐から取り出したウオッカを煽ると、倒れて動かない魔物へと近づき、
「オラッ!」
ぶちゅりと、踵でもってイカマンの頭が潰された。
赤い液体と黒い墨が飛び散り、ブーツと地面を染め上げる。
「ははは、誰か生きてる奴はいねーか?」
また一匹、今度は剣で。
足で抑えて、身体を真っ二つにする。また血が流れ、臓物が零れる。
ダストの動きは止まらない。一匹、一匹、倒れ伏して動かないイカマンを、様々な手管で原型を留めない肉塊に変える。
「ぎゅひぃっ!?」
両足を斬られ、達磨となっていたイカマンを蹴り上げたところ、生きていた。
「お、いたいた。ラッキー♪」
ダストは喜色満面の笑みを讃えて、イカマンを引きずり、バーバラの足下に持って行く。
「はいよっと」
「ぎゃ、ぎゃああっ!?」
二つのナイフによって、両腕の触腕が地面に縫い止められた。
「え、え…………」
「バーバラ、魔物の弱点講座をしてやるから、ちょっとこっち見てろ。イカマンは触腕が危険だ。だから切り落とすと一気に攻撃力が落ちる。こんなふうにな」
そう言ってダストがナイフを振り下ろしたのは、膝だった。
ナイフが膝小僧をくり抜き、噴き出る血も構わずにねじり込む。
「ぎゃああああああああああああっ!!!!!」
「ん、間違ったか? 酒のせいか酔ってるみたいだ。間違いないように付け根から先っちょまで降ろしてやるよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
「んー、どうも俺の料理は下手だな。上手く、斬れ、ないなっと!」
とんとんと、触椀の付け根からギザギザに切れ目が入る。触腕はのたうとうともがき、縫い止められたナイフの傷が深くなった。
「良かったなー? 将来の冒険者の教材になってくれるなんて。生きててくれてマジ感謝するぜ。流石に戦闘中に手加減する程器用じゃないからな」
バーバラの目の前で、解体ショーが始まった。
濁った悲鳴が上がり、それが天上の音楽であるかのようにダストは口唇を広げ、手を動かす。
嬲る、甚振る、簡単に死なないように、苦痛だけは常に与えられるように。
「腹が寂しいだろ。お前の目玉を食わせてやる」
「ぎゃひっ、ぶふっ……ぶへぇっ」
「はははっ! おいおいしっかりしろよ。まだ死ぬには早いぞ!」
目の前に広がった惨状とダストの豹変に、バーバラはただ立ち尽くすばかりで、
「んん~~いいね、いいねえ、これだよこれ! オイ見ているか? すっげぇ愉快な事になってんぞ!」
「あ……あ……」
「イカスミって、このあたりに溜まってんだよ。で、ここに圧力をかけてナイフを突くと……」
グロテスクな腹の中からイカスミが吹き出し、飛沫の一部が、黄緑色の混じった黒が、バーバラの頬にかかった。
「……う゛っ、おえぇ……!!」
バーバラは込み上がる衝動に耐えられなかった。膝が崩れ、胃の中がひっくり返るような感覚に身を任せ、吐瀉物を足下に吐き戻す。
魔物を倒すところは子供心でも自然なものと映った。だが、これは違う。
イカマンは、見た目より人体に似ているところがあった。そういった特徴をありありと見せつけ、共感性を持たせた上で嬲る行為だ。感受性の高い少女にとって、刺激の強すぎる光景だった。
ただ、バーバラが吐き気を催した一番の理由はイカマンよりも、
「はははっ……! はははははっ! あと三分ってとこかぁ? オラ頑張れよ! もっと悲鳴を上げろ!」
心の底から楽しそうに嗤うダストの姿だ。目をばっちりと見開き、口には涎すら垂れている。体は体液に塗れ、黒と赤に染まっても全く頓着しない。
血塗れの二つ名に恥じぬ振る舞いは、狂気そのものだった。
涙を滲ませたバーバラが、ダストに恐怖を帯びた目を向けた。
「…………なんで……グスッ……こんなことをやってるの?」
「楽しいからだ! 冒険者って、最高の職業だよな!」
ダストの魔物退治は、いつもこうなる。戦闘が終わり、勝利が確定した状況になると酒を飲み、タハコをふかし、魔物を嬲る。これが彼にとって至上の娯楽だ。
納得のいかないバーバラは、ダストの腕を掴んで縋るように見上げる。
「でも、こんな、こんな、酷いことををしなくても!」
「なーに言ってんだ。この世界は弱肉強食。全員殺すって任務を請けてる俺が勝った以上、こいつらをどうするかは俺の勝手だ。それともお前は俺の仕事の邪魔をしに来たのか?」
「…………ッ」
ダストの腕を掴む力が緩む。
村長の依頼はイカマン退治だった。ダストのやっている事はその延長に過ぎない。バーバラが同情で止めるのは、やってはならない事だ。
ダストは魔物退治をしている。ただそれをバーバラに対して、悪辣な方向で直視させていた。
「さーて、タイムアタックの傍らで問題行くぞ。ここまでの行動はヒントだ。冒険者に必要な二つ目の才能って、なんだと思う?」
周囲は血塗れで、足下で嬲られたイカマンはか細い声になって、湖畔の美しさは影もない。
惨状の中で、バーバラは悲しそうに目を伏せて、答えを口にした。
「……魔物を、倒すこと。ちゃんと、殺すこと」
「正解だと言いたいところだが、ちょっと足りない。来る依頼は魔物退治だけじゃなく、盗賊退治に早い者勝ち、争奪戦だってある」
ダストは満足そうに、憧れを打ち砕かれた少女を眺める。
「冒険者に必要な才能は殺す覚悟だ。魔物を、盗賊を、同業だろうが仕事で殺す必要がある」
「……そん、な」
「覚悟の無い奴はあっさり死ぬ。毒を盛られたり、寝ているところに火をかけられたり、人質を取ったりされる。ま、俺は全部やった事あるんだけどな」
ダストの経験上、才能ある人間が冒険者になる時にぶつかる壁が覚悟の差だ。
思考がお花畑な冒険者はあっさり騙されて死ぬ。弱肉強食の世界で、たった一人で戦って生き抜くのは難しい。
そして、目の前のバーバラはその典型中の典型だった。性根が優しすぎる。
「まぁこんなの子供に振り切れってもんが無理があるだろーな。そこで良い事を教えてやろう」
頭を抱えて悩むバーバラに対して、ダストは自分の信条を吐露する。
「魔物は人類の敵で絶対悪だ。数千年俺達は殺されたんだからやり返して当然なんだよ。盗賊や、冒険者はいつ死んでも誰にも文句は言えない。俺達は悪くないんだ。だから……?」
その言葉に対して、バーバラは首を横に振った。
「ちがう……そんなの、間違ってる……」
声はか細く、だがその意思は頑なで、絶対に譲る気が無い信念が込められていた。
「……どうしてそう思うんだ」
「なんとなく、ちがうと思うから……」
バーバラの中に理由はない。ただ、今嬲られた魔物は苦しそうであり、この光景は正しくないものに思えた。それだけだ。
だが、この光景を前にしてまだ否定する姿は、ダストの不興を買うのに十分だった。
「ッチ、これだからガキは嫌いなんだよ!」
「ギュグッ」
苛立ち紛れに突き込まれたナイフが、イカマンの生気を完全に奪う。
「しまった。まだまだこれからだってのに……! 糞が!」
ダストは荒々しく立ち上がると、バーバラの目を見下ろした。
「お前、そんなんで魔物殺せると思ってんのか? 冒険者ナメてんのか? あいつらに同情するとかあり得ないぞ」
「………………」
不安げな青い瞳は揺れるばかりで、正しい答えを持たず、何も口を開かない。
飲んだ酒の強さが効いたか、ダストの声が荒くなる。
「いいか、冒険者ってのはな、冒険が楽しいからなる職業じゃねえんだよ! あっさり死ぬから、おままごと感覚はやめろ。ガキの考えでこの世界に入って来るな!」
「……でも、これは良くないと思う。ダストさんは、どうして冒険者になったの?」
「魔物をぶっ殺せるから、楽しいからに決まってんだろ。これで金も女も感謝も貰えるんだぜ? 俺にとって冒険者は天職だ!」
「こんなことをしなくても、魔物は倒せたでしょ? 虐めなくても……」
「このクソガキはまったく……!」
心の内にある黒い炎はいよいよ燃え上がる。
ダストの歩んだ道は血に塗れている。その日々を楽しみ、誇ってすらいた。だからこそ、目の前の子供が不快で仕方がない。
まだ折れない。バーバラは自分が正しいと思っている。つまり、まだ足りないのだ。
「遠目で勘弁してやろうと思ったんだがな、予定変更だ。ついて来い!」
ダストはバーバラの腕を引っ張って、氷のリンクに踏み入った。
「テストをまだまだやってやる。冒険者になりたいなら逃げるな。邪魔するな」
凍り付いた湖畔の上を歩くダストの腕は強く、バーバラに抗う術はない。そしてダストが向かっているのは惨劇に怯えきったイカマン達。
「まさか……」
あの拷問はバーバラにとって一時間にも感じたが、実際は10分も経っていないだろう。
もう片方の手には血に濡れたナイフがある。
「おう、十数匹生きてるから、一時間はハッピーなパーティが出来るな」
「……………………!」
「もう一度言ってやる。邪魔するな、必要な時以外声を出すのも邪魔だぞ」
ダストの歩み、拷問への距離が近づく。一部始終と仲間の悲鳴を聞いていたイカマン達は恐慌に陥った。
「ひ、ひぃーーー! あいつこっち来るぞ!」
「来るな! 来るなあああああ!!」
バラバラにイカマンが逃げる。ある一体は崖を登ろうともがき、ある一体は少しでも遠くへと入り組んだ奥へ向かった。そちらは袋小路だが、どこまでも行き止まり。出口はダストの後方にしかない。
「ゲームの時間だ! 逃がす気はないが、精々足掻けよ!」
惨劇が、始まった。
地獄絵図、それに尽きる。一匹たりともまともな死に方は許されない。
ダストはわざとゆっくりイカマンを追いかけた。その気になれば、いつでも捕まえられるような個体を追い、嘲笑う。恐怖に耐え兼ねて、湖畔から出て逃げようとした者からナイフが投げられて、解体ショーが始まる。
自然、殺されないため、ダストの思惑通りに湖の奥へとイカマン達は逃げ込み、袋小路の角で、また角でと順繰りに餌食になる。
バーバラはそれに付き添い、眺めているだけだった。
彼等の声が鼓膜にこびりつく。哀願から始まり、痛みに泣き叫び、中には――
「もう゛殺じでぇ! 殺じでぐれぇ゛!」
「ははは、何言ってんだ。敗者には勝手に死ぬ権利もねえよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
死を希うような姿にされる者まで。
酒を呷りに呷り、すっかり赤くなったダストがバーバラの方を振り返る。
「いいか、負けたらこうなるんだ。逃げてもいいけど負けたら駄目だ。覚えとけ」
そして殺戮に酔った表情で、そんなアドバイスを零す。
一匹一匹、人間の悪意とはここまで根深いものかというような、豊富な殺し方をダストは披露してみせた。
ある一匹は自分の脳の一部を食わされた。
ある一匹は燃えたタハコを体の中に入れたら何本で死ぬかカウントされた。
ある一匹は自分の内臓の部位を下から一つずつ披露させられた。
「………………」
もう、バーバラは何も話す事がない。彼等の末路を目を閉じずに見届けていた。
この冒険者を連れて来たのは自分だ。自分にも責任の一端がある。後悔はしても、逃げ出すのはイカマン達に対して悪い気がした。
「おーおー、しっかり暗くなっちゃって」
一方、ダストはご満悦だ。誰から見ても上機嫌そうな笑顔を浮かべている。体中が赤黒く染まり、吐き気を催す程の腐臭も漂っているのに全く頓着しない。
「少しは感謝して欲しいんだがな。お前には傷一つつけてねーし、色んな事を教えてる。そして何より、お前の村にとって脅威だったイカマンは粗方殺した。もう怯える必要はなくなるんだぞ」
バーバラにとって、最も長く、痛ましい時間は終わろうとしていた。イカマン達は奇怪な肉塊となり果て、残りは湖畔の奥、袋の鼠となる数匹が残るばかりだ。
その言葉を受けてもバーバラは答える事はなく、先程死んだ魔物に対して手を合わせて祈る。
「同情してんじゃねえよ。死体なんてありふれてる。冒険者になりたいならやるな」
「うん……」
ダストは水を差された思いがした。せっかく楽しい時間を過ごしているのに、この在り様だ。
バーバラが吐いたり泣き叫んだり、逃げ出すのを期待していた。ところがどうにもならない、止められないと知った時から静かになってしまった。
無言の中にこそ、まだ自分の考えが、信念が正しいと言っているようで――苛ただしい。
「……ホンット、冒険者舐めてんだな。魔物を倒さずに、冒険者やれると思ってんのか?」
「それは、思ってないけど……こんなのは、良くない。やめて、欲しい」
苛立ちがピークに達したダストは、バーバラの服を掴んで手元に持って行く。
「お前は、魔物が憎くないのか!?」
憎悪、嫌悪、憤怒、怨恨。
至近距離に迫ったダストの黒く濁った目には、ありったけの負の感情が渦巻いていた。
「誰だって魔物に奪われたはずだ! カミーラダークに第二次魔人戦争、魔王の凌辱だってまた始まるぞ! お前の家族は誰か奪われなかったか!? 憎いと思わないのか!?」
ダストの中に燃え上がる炎は常に自身を炙っている。
魔物を殺せ。魔物を苦しめろ。魔物に絶望を与えろ。魔物を許すな。
ある時を境に常に隣にあり、この衝動を満たしている時だけが生きている心地がした。
そして今の時代、魔物が憎いのかと聞かれて憎くないと答える人間の方が少ない。ダストは冒険者としても、復讐者としての在り方も肯定されていた。
その灼熱した憎悪を前にしても、バーバラははっきりと首を横に振る。
「とうさんも、じいちゃんも、ばあちゃんも、みんな魔物で死んだって聞いたけど……わかんない。わたし、元々いないから……」
バーバラには、母親しかいない。その代わり、彼女を愛する人間が多かった。
村民の暖かさに支えられてきて、自分には無いものを寂しいと思う事がなかった。魔物は倒すものと教えられて来たが、憎むような感情は持てなかった。
悲しみの中にある瞳には、まだダストの善性を信じている。せめて惨い殺し方を止めてくれと、願いがあった。
「……は、いないから分からんってか。元々いないんじゃ感じようがねーな」
ダストはバーバラを突き放すと、残り少ない魔物へと疾駆する。
「き、来たぞ! 速くあれを見つけ……ぐぎゃぁっ!」
ナイフが踊り、両の触腕を斬り飛ばす。無力化したイカマンを蹴り倒し、足を潰す。
完全に達磨と化したイカマンが放り投げられ、バーバラの足下に叩きつけられた。
「じゃあ見せてくれよ。魔物が憎くなくて、冒険者がやれるのかを」
ダストがゆっくりと歩み寄り、バーバラに剣を押しつけた。
「冒険者のテストだ。――――こいつを、殺せ」
「…………!」
「お前は魔物を倒して経験値を手に入れるチャンスが来た。経験値を稼げばレベルが上がって強くなる。誰もがやってる事だ。この世界不変のシステムだ」
バーバラは渡された剣の柄を、震える手で握った。
重い。持つのはともかく、自在に振り回すにはまだ難しい。それでも目の前の魔物に振り下ろすぐらいは出来る。
「やれ」
言葉に従い、バーバラは剣を構える。イカマンの上に白刃を構え、下を見下ろし、
「ああっ……」
イカマンと、目が合った。か細い声で鳴き、叩きつけられただけで半死半生になっている。
全ての四肢を奪われ、苦悶の声を漏らして捩っている。
そう、剣を落とすだけで終わる。終わるのだが――――
「うぅ、ううううう……!」
バーバラは、振り下ろせない。イカマンの頭の上で、剣を震えさせて止まってしまった。
昨日まで、いや数時間前に同じ事を求められたら大した葛藤も無く殺せただろう。だがダストの在り方を見たからこそ、躊躇が生まれてしまった。魔物に同情してしまった。
自分は冒険者になりたい。なりたいのだがあんなのは間違っている。その想いこそが、剣を重くしてしまう。
自分の夢と晒された現実、そのあまりの乖離に納得しきれず、さりとて夢を諦められない。
結果、剣は僅かに下がっては上がるのを繰り返し――
「時間切れだ」
あっさりと、ダストのナイフによって足下の命は絶たれた。
「あ…………」
「お前は冒険者になれない。才能が無いし、性格も向いてないから一生村娘やってろ」
バーバラの膝が崩れる。呆然として青くなり、剣を抱えて蹲った。
この魔物は元々全滅させる予定だった。村では自分が倒すと息を巻いていた。蓋を開けてみれば、無抵抗な相手すら殺せない。
自分は、冒険者に、なれない。バーバラ自身が今の事実に打ちのめされて、立ち上がれない。
漸く望みの光景が見れたダストは、勢いよく度数の高い酒をラッパ飲みした。
(そーなるよな。はは、いい気味だ。これであいつは肉体的な才能があっても一生無理だ)
デザートも仕上がり、愉しい趣味の時間は終わろうとしていた。
苛立たしい小娘の憧れを打ち砕き、魔物はほとんど退治され、報酬は独り占め。
残りは一匹。精々愉しく仕上げようとダストは袋小路の奥へと進む。
もう、逃げ場は一つか二つしかない。氷結した地面とブーツの叩く音をわざと高くして、魔物を探す。
「さーて、ラストはどうしようかなーっと、っとっとっと……」
角を曲がる度に、ふらつく。
ダストは酒を飲み過ぎて、ただ歩くだけでも世界の方から倒れ込んで来るように感じていた。
(……飲み過ぎたか、ヘルマンの地酒は度数高過ぎんだよ。ザコじゃなかったら危なかったかもな)
酩酊し、混乱すら混じったような状態の中で次の角を覗き込んだ時。
緑色の、太い足が見えた。
当然イカマンの背丈ではない。どういう事だと考えを巡らし、
「あああああああああああああああっ!!!」
「――――ッ!?」
大上段から、力任せの斧がダストを襲った。
「がああああああっ!?」
勘に従い、咄嗟に身を翻したが間に合わない。
半身を大きく削るような一撃が入り――翳した右手首が吹き飛び、腹部を抉る。
喰らった衝撃を利用して氷の上を転がり、距離を取る。視界に映るのは、身の丈2メートルを超える巨大な人型の魔物――
(魔物兵!? なんでここに……ああ、そういう事かよ!)
何故、と一瞬考えたところで疑問が氷解した。
魔物兵、正式には魔物スーツ兵。魔物が着るパワードスーツであり、どんな魔物も統一した図体の中に入って同じ力を発揮できる。当然、イカマンも着られる。
イカマン達も何の考えも無しに暮らしていた訳ではなかった。パワードスーツの持ち手が一名紛れ込んでいて、いざという時の護衛として用意されていた。
ただ、その魔物が不幸にも最初の遭遇戦で早々に死に、本人以外知らないスーツの場所を探し出すのに時間がかかってしまい、かかる虐殺を享受する羽目に陥った。
イカマンと魔物兵では戦闘能力が違い過ぎる。熟練の冒険者でも殺し得るだけの膂力を備えている。今、ダストを殺し得る相手がこの場に出現していた。
「だからどうした。緑ザコぐらいなら…………ッ!?」
気合で立ち上がろうとするダストだが、かつてない感覚に背筋が凍った。
腹の傷が、深すぎる。立つ為に力を込めれば、それだけで内腑が漏れそうだ。残った左手で抑えていないと、中のものが零れる。
魔物兵は力任せの一撃を放ったせいで自重に耐え兼ねて転んでいる。氷上の滑りやすさに振り回されて、じたばたともがく。自分の体がどう動くのか全然わかっていない。
本来のダストなら苦もなく殺せる。だが、今は難しい。
右手を喪失し、左手は腹を抑えるので精一杯。ナイフを持てば傷が開き、すぐに死ぬ。どう足掻いても相打ちが限界の致命傷だった。
そして何より――――これではもう、殺せない。魔物を、殺せない。
「……あー、そういや忘れてたわ。もう一つ大事な才能があったな。運だ」
ダストの命運は、ここで尽きていた。
急激に全てがどうでも良くなっていく。自分の傷よりも、殺せないという事実が世界をセピアに染め上げる。
「ま、いいか。どうせ死ぬんだからよ」
腹に当てている手を緩め、ナイフを持とうとしたところで、
「だめえっ!」
バーバラが、右腕に縋りついて来た。
零れる血を少しでも減らそうとして、渾身の力を込めて握り締める。肉が歪むとともに、痛みが走ってダストの背中を曲げる。
「てめぇっ……! 何しやがる!」
「逃げて、逃げてっ!」
バーバラは賢明にダストを引っ張って、魔物兵から離れる。
振り解こうとするには、腹に力を入れる必要がある。流れる血と体の状態がダストに抵抗を許さなかった。
「わたし、包帯持ってるから! 手当をすればまだ……!」
「……余計な事を!」
血が滴り、湖に道を作る。最後の魔物からの距離が、離れていく。
「ま、待てえええええええええええええ!! 逃げるなああああああああ!!」
いまだ感覚が掴めず立ち上がれない魔物兵の声が、二人の背を追い。
必死な形相のバーバラに導かれるまま、ダスト達は逃げ続けた。
湖から抜けてすぐの山道の一角。
岩を背にしてダストは介抱を受けていた。包帯によってぐるぐる巻きにされ、右腕と腹部の出血は一時よりは抑え込まれつつある。
だが、その間に血を喪い過ぎた。手足の震えが止まらず、全く思うように動かない。自力で立ち上がれない状態になってしまった。
「これで助けを呼べば……!」
「アホ、誰に助けを呼ぶんだよ。この山中の奥に」
「他の冒険者さん達がいる! 早い者勝ちならきっと向かっているはずだから、探せば近くにいるはず!」
「…………」
バーバラはダストの酷い状態にも関わらず希望を捨てていない。好意的な材料を探して、目の前の命を拾おうとしている。
自分の命の灯がジリジリと削れる中で、却って冷静になったダストは違和感を覚えた。
(どういうことだ…………? 何故こいつは、こんなにも動ける?)
確かに心を折ったはずだった。
地獄を見せ、甘い性根と現実の板挟みにし、自分の夢を諦めさせ、崩れ落ちた。
ああなれば大の大人でもすぐには立ち上がれなくなる。ところがバーバラは駆け寄った。魔物の雄叫びを聞いて即座に動かなければ間に合わない程度の距離があったのに、間に合った。
おかしい、異常だ。
「大丈夫……! 大丈夫大丈夫、なんとかなる……!」
包帯をきつく縛る手は止まらず、目はダストの状態を見極めんと常に動く。その瞳に籠る熱量は、頑固な信念を感じた時を遥かに凌駕していた。
「……なんで俺を助けた」
「助けられるから!」
「そうじゃない。お前にとって俺は嫌な人間だろ。相打ちでいいと思わなかったのか?」
「ダストさんは、辛いけど、嫌だけど、嘘は言ってない! ちゃんと私に冒険者としてのテストをしてくれた! そんな人を死なせるわけにはいかない!」
ダストは二の句が継げなくなった。
確かに嘘は言っていない。だが悪辣に演出して言った。自分の趣味に居合わせた者は、冒険者であろうと眉を顰め、軽蔑し、基本的に関わろうとしなくなる。話を聞かなくなる。
一方、バーバラは潰れながらもしっかりと受け止めた。ありったけの悪意の中にある、ダストも気づかない僅かな善意の欠片をかき集め、それだけを恩として感じていた。
底抜けの、お人好しだ。だからこそ、世間に出たら絶対に騙される馬鹿になる。
「そういう事なら追試してやるよ。落第と思っていたが、泣きの1回にさせてやる」
「こんな時にそんなのどうでも……!」
「いいから聞け、テストだ」
静かな声で、ダストはバーバラを制する。
「現状確認だ。冒険者は状況を確認するのが大事だ。その上で何を行動するかで生死が別れる」
ダストは深く息を吸うと、絶望的な状況を突き付けた。
「まず、俺の命だ。経験上30分も持たないな。既に動けないし、死人と変わらない。次に、魔物兵だ。俺の逃げ道が血で残ってるから追って来るだろうな。初めて動かすから慣れてないだろうがすぐに来るだろ。そして、お前は絶対に魔物兵に勝てない。一撃で死ぬし躱せない」
「…………!」
「さあ、最終問題だバーバラ。俺はもうすぐ死ぬが、それより速く魔物兵が来て俺達を殺す。お前はどうすんだ?」
バーバラにとって、極限の状況が来ていた。
相手は少女の倍以上ある背丈の魔物。人類を蹂躙する為に造られた殺戮兵器。
ここまで戦っていたダストは死に体で、戦えそうにない。
「わ、わたし、わたしは……」
自分の命も、かかっている。その事実に足が震え、恐れと共に後ろに広がる湖畔を見下ろす。
氷の湖には既に魔物兵の姿はいなかった。血痕はここまで伸びていて、そう遠くない内に来る。
周囲は山間盆地の切り立った岩場、役に立ちそうなものも、身を隠せる場所もない。登って逃げるのも一本道だからじきに追いつかれる。
こうなると、正解は一つだ。だが、それはダストを見捨てることになる。
バーバラは頭を抱えて考えた。考えて考えて考えて――
「さっさと決めろ! また時間切れにする気か!」
「…………ッ!」
ダストの怒声と共に、バーバラは踵を返して駆け出した。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
少女の影が遠ざかってゆく。
何もかもがご破算となった苛立ちと共に、ダストは血の混じった唾を吐き捨てた。
「正解だが、満点じゃないから不合格だ。一生村娘やってろ。クソガキが」
ダストが同じ立場ならば追剥ぎをして、金目のものを奪っている。
どこまでも甘すぎて、反吐が出るような子供だった。巻き込んで、死なせてもいいと思った。
しかし、そうさせられない
「依頼は達成出来なかったが、『バーバラの安全』の方がな。全部駄目ってのもな」
ダストが一度引き受けた依頼は『どんな手段を使っても』粗方達成してきた。
死ぬ前に、完全な失敗が癪だったのだ。
「…………さて、どーっすかなあ」
ダストにはもうほとんど何も残されていない。冒険者としての人生が終わるのなら、彼に生きている意味はない。
ただ、心の中に燃える炎だけは残っていた。
魔物兵が、山を登る。
慣れない感覚に戸惑い、高くなった視界と不安定な足を前に動かし、前へ進む。
全ては、血の道の先にある人間を殺すため。
「――――よお。あんまり待たせるんで、うっかり死ぬところだったぜ」
いた。
血塗れの中で岩に寄りかかった男が、家族の、友人の仇だ。
「あ、あああ……!」
「俺を殺す奴がイカマンなんてな。せっかくだし死ぬ前に顔を拝んでやろうと思ったんだが、魔物兵なんてどいつもこいつも顔が同じでわかんねーわ。へへへ……」
ケタケタと笑うダストの顔色は青白い。魔物も直感的にダストがすぐに死ぬと理解出来た。斧を振り下ろすだけで終わる。
ただ、その中で魔物兵が選んだ行動は意外なものだった。
「なんで、なんでこんな事したんだ!」
「はあ?」
「僕達が何か悪い事をしたのか!? なんでこんな事をした!」
ダストは鼻白み、至極簡単な答えを口にする。
「馬鹿じゃねえのか。お前等は魔物だ、そりゃ殺すだろ」
「魔物というだけで殺されなくちゃいけないのか!?」
「当然だが、今回は依頼もある。水源にしている湖にイカマンがいるから退治してくれってな」
その言葉に、魔物兵は分厚い氷のリンクと化した湖を指し示した。
「僕達も大分前から使えないんだよ! なんで今その依頼が来るんだ! 暖かくなったら移動しようって皆で話し合ってたのに!」
「不安だって村長は言ってたな。お前等はいるだけで不安なんだ」
「お前等が来なければ平和だったのに、なんで、なんで……!」
魔物兵は地団駄を踏み、足下を崩す。
魔物兵に泣く機能はついていない。だがその声の調子は、中の魔物は明らかに泣いていた。
時は12月。極寒のヘルマンでも厳しい日々。
イカマンは村人に何をしたのか。何もしていない。ただここに住んでいただけだ。
相手の立場になって考えた時、横暴な侵略者はどちらなのか?
どう考えても、冒険者だった。
「お前、分かってねーな。というか産まれたばかりのガキか」
しかしそれに対してダストは一切悪びれる事なく、魔物兵を馬鹿にする。
「人間と魔物は殺し合うんだよ。何千年間もずっとやってるから神様の思し召しって奴だろ。役割を無視してんじゃねーよ」
「神様がいるなら、こんな事を許すわけがない! 僕達はただ、暮らしていただけだったんだ! 殺すだけじゃなく、なんで苛めた!?」
「ホントガキか! 今日はガキに振り回される厄日だな!」
このイカマンは、まだ産まれたばかりの個体だった。心の内には多くの悲しさと怒りがあり――ダストにとって甚だ不満な事に、狂気が足りない。
こんな奴に殺されるなんて、冗談じゃない。資格が全く足りない。
「どうして嬲ったかって? 俺の故郷もただ、暮らしてただけだった。平和な村だったんだ」
心の炎が燃える。
黒い炎が、ダストを焼き尽くす。
「ある日魔物がやって来て、平和な村は踏み躙られ、家族は全員殺された! お前らにその気持ちがわかるか? わからないんだろーな! だからわからせてやったんだよ!」
魔物の悲鳴は、納屋の下で聞く父の声と似ていた。
「いやー、最ッ高に楽しかったぜ! お前の家族はどいつだ。花火にしてやった奴か? 分割数の限界にトライした奴か? どいつだかわかんねーけど、お前が思い出す時は一生その顔だ!」
母の顔を思い出せば、蓮の花が咲く。
「お前はこの日を一生忘れない! ずっと俺と共に覚え続けるんだ。最高なパーティだったろ!」
殺されるのはいい。だが、その日に植え付けられた火種が、相手にないのは許せない。
「ぎゃははははははははははははは! ぎゃははははははははははははははははははは!!!」
ダストは残る命の灯を、魔物兵に炎を授ける為に使い尽くしていた。
「…………もう、喋るな」
そして、魔物兵が前に出る。赤くギラついた目には今までにないものが――狂気が、しっかりと宿っていた。
「人間、人間、人間、殺す殺す殺す殺すッ…………! ぐちゃぐちゃにしてやるっ……!」
「そうだ! そうなるんだ! 何をしても殺したいだろ! やっとわかってくれて嬉しいぜ!」
この時、魔物兵はダストと同輩となった。ならば殺されるのにも納得する。
これからも、魔物は人間に殺される。
これからも、人間は魔物に殺される。
いつまでも、いつまでも、いつまでも――――
「これが人間だ! これが魔物なんだよ! さあ来い! 俺の命だけで満足するかなああ!?」
ダストは、この世界が好きだった。
「あああああああああああっ!!」
魔物兵の斧が振り上げられ――――
金色の影と白刃が落下して、魔物兵に突き刺さった。
「……………………は?」
魔物兵の首筋は、剣によって深く貫かれていた。
持ち手は魔物兵の肩に打ちつけられ、そのまま地面に強かに叩きつけられる。
「が、ああああああああっ!?」
魔物兵はもんどり打って倒れ込み、手足を無茶苦茶な勢いで振り回す。
岩にヒビが入り、石が打ちあがる。目的の無いもがきでも、人体を破壊するだけの力があった。
だが、もう遅い。あの傷は致命傷だ。
「うっ……うぅ……」
その証拠に、地面に叩きつけられた子供――バーバラがゆっくりと起き上がる頃には、もがく力も弱まり、痙攣が始まっている。
バーバラの方も無傷ではない。落下した時に打ちつけた腕には血が滲み、もう一つの手で抑えて庇っている。
(……マジかよ)
信じられない行動に、ダストは瞠目する。
まだ9歳にもならない子供が、魔物兵を倒した。こんな話は聞いた事がない。
バーバラがやった事は単純で、納得できるものだった。魔物兵に致命傷を与え得るのはダストの剣しかない。だが、取り回すのが不可能だったため、飛び降りる事で威力を補った。
狙いを違う事なく首筋に入れられたのは才能の賜物だろう。
ある日突然、剣の才能が開花して強くなることはある。バーバラにとって、今日がその日だった。剣戦闘1の才覚を、バーバラは余すことなく十全に使い切った。
だが、ダストが驚いたのはそこではない。
「俺を囮にして、ずっと隙を窺ってやがったのか……」
魔物兵はダストを恨んでいる。だからダストを殺す時に隙を晒すから狙う。合理的な行動だが、それをこの極限下で決断して、一回のチャンスに賭けた。その結果が今の光景だ。
魔物兵は地に沈み、その目にはもう何も映していない。指先ぐらいしか動かさない。その魔物兵をバーバラが見下ろしている。
「ど、どうちゃ……」
微かに漏れる声は、命の残滓か。
バーバラは首筋に突き刺さった剣を握り、
「――――ごめんなさい」
体重をかけて、命を刈り取った。
これがバーバラの最初の魔物退治、相手は魔物兵。
「は、はははは……訂正するわ。お前、冒険者の才能があるぞ。それもとびっきりの」
考えれば考えるほど、バーバラの才能に感嘆せざるを得ない。
子供の発想は柔軟で、時に残酷だ。だが、この危機的状況で感情に支配されずに実行できるのは子供離れしている。
バーバラは確実に不意を突けるタイミングまで息を潜め、首を狙える状況まで隠れて、全体重を躊躇なく剣に預けて飛び降りた。ここに剣の才能はあまり関係ない。
成功に至るには機転だけでは足りない。忍耐力、観察力、相手に感情に対する理解、そして自分の判断に全てを委ねる思い切り……『冒険者』に必要な、ありとあらゆるものが求められる。
ここまでの『才能』は、ダストも見たことがない。
その優しい性根からは考えられないほど、バーバラの行動は異常だった。
本能に刻まれた動物的な部分が、圧倒的に違う。
「いいぞ、どんどん殺せ。もっとだ、もっと……お前なら俺より良い冒険者に……?」
霞む視界の中で呟くダスト。しかし振り向いたバーバラの姿は、不可解なものだった。
「ひっく、ぐっす……うえ゛っ……うええええっ……」
バーバラは大泣きしていた。今まで散々に負荷をかけた時も静かだったのに、今の彼女は嗚咽を抑えられない。大粒の涙がぽろぽろと零れ、身体よりも、心が辛いと泣き叫んでいる。
「……お前、まさか魔物に同情してんのか? この期に及んで?」
てっきり、魔物を悪と断じて割り切った。踏み切ったと思った。だが――――違った。
「違うやり方があったかもしれないのに……こんな、こんな……」
頭上から全ての話を聞き、バーバラは後悔していた。
安易に魔物退治をすると考えていた。全滅に同意した。魔物を生命と認めていなかった。過去の自分が、なんと横暴で、一方的であったことか。
話し合いでの解決があったのかもしれない。時間の経過が解決したのかもしれない。湖なんて使わなくても暮らしは成立していた。ありとあらゆる事実が彼女を責め立てる。
ダストだけではなく、バーバラも悪かった。魔物達にとって、悪そのものだった。
「でも、やったと。どうしてだ?」
「……わかんない。でも嫌だった……なんにも、出来ないの……」
「それで魔物を、殺したのか」
バーバラはこっくりと、首を縦に振った。
話を聞き、自分達が横暴な侵略者と認識した上で、死体を増やすと決めて飛び降りたのだ。
(こうなると殺す覚悟どころじゃねえぞ……コイツは一体何を吹っ切ったんだ?)
冒険者としての血の洗礼。魔物や盗賊を悪を断じて倒すのはよくある。だが、殺す相手を一つの命と認めているのは死に繋がる。後悔や罪悪感が剣を鈍らせる。
バーバラは一番駄目な考え方をした。その上で、殺すと決めて完膚無きまでに遂行した。
良心を誤魔化さずに、心を潰しつつ、悪を為す。頑固な信念がある分、良心の呵責は想像を絶する。それでも魂を黒くするような行為を、自分の決意だけでやってしまった。
だが、一つだけ納得できない部分がある。
「何故だ。どうして殺した、聞けば聞くほどわかんねえよ……」
優しい性根のままで魔物を殺すには、それに足るだけの理由が必要なはずだ。その理由が、ダストにはちっとも見当がつかない。
その問いに対して、バーバラはダストの肩に頭を預けて抱き着いた。
「ダストさんに死んで欲しくなかったから。でも、もう……!」
「…………はっ」
ダストの全身の力が抜けた。
「なんだそりゃ。馬鹿だなお前」
「だって、だって……!」
溜息を一つ吐き、バーバラを見つめるダスト。
この娘は底抜けの馬鹿だ。外道にすら同情し、元々相討ちで終わりそうだったものを暴れた挙句、身も心もボロボロにして同じ結果にした。
でも何故だろう。どこまでも善意の塊の心に、何故か口元が緩む。
「今の発言は馬鹿だから減点だ。でもまあ、全部逃げずにやったし、テストの結果を教えてやる」
ダストの意識が遠ざかっていく。もう目は全く見えない。
あれだけ燃え盛っていた心の炎も、消えている。
「お前は冒険者としての才能がある。だけど性格としてはこれっぽっちも向いてない。つまるところ――お前次第だな。でもやるってんなら一つだけアドバイスがある」
今のまま行けば、全ての不幸に首を突っ込んですぐに死ぬ。
そんな自滅型の冒険者志望に対して、言葉を贈る。
「この世界のルールは一つだけだ。――汚かろうが生き残れ。死んだ奴が負けだ。本当になんでもやっていい。お前のやる事は、きっと正しい」
ふと、ダストの脳裏にバーバラの言葉が過ぎる。
『わたしはこの世界が大好き! だから冒険者になって、色々なものを見て、みんなと仲良くなって、楽しい冒険をしたい!』
吐き気がする言葉だ。現実からかけ離れて、夢物語だから折ろうと思った。だが――
もしかしたら、自分には永久に手に入らないものだから、嫉妬してたのかもしれない。
「……お前頑固過ぎ、負けたわ。楽しい冒険とやらも、あるなら探してみろ」
「っダストさん!」
自分の信念に負けを認める。屈辱なはずなのに、重い荷物を降ろしたような安堵に満たされて、ダストの意識は消えていった。
ダスト、血塗れが二つ名の冒険者。
彼の死に顔は外道と罵られた半生に似合わず、穏やかなものだった。
ダスト lv34(才能限界)剣戦闘0、投擲1
遅刻、女性トラブル、喧嘩、埒外な金銭の要求、凄惨な手法……等々問題要素は大量にあるが、任務達成率は高く、放棄率は低い。暇があれば魔物の討伐系をこまめに請けてるため、業績だけではギルド内トップだった。
外道だが、全ての敵意は魔物に向けられる。
反ランス、反魔物の人間はダスト程ではないにしても、こういう部分があっても仕方ない。
ポンコツにも才能はある。一般人、冒険者から見ればしっかりある。
ただ、魔王の子やら上限勢とやり合うなんてキツ過ぎる。