※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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我欲的な結論

 どのような旅にせよ、方向転換を迫られる時には時間を必要とする。

 失敗し、手痛い喪失を味わい、新しい仲間が加わる……今の勇者の旅も、そんな時と言えた。

 だからバーバラはウラジオストック近くの湖畔のほとりで、次の方針を考えていた。

 

「む、むむむ…………」

 

 アキラがテーブルに広げた数々の写真を眺めて、バーバラは唸るしかなかった。

 

「現在のウラジオストックの様子です。西地区は壊滅、復興は年単位の時間がかかるでしょう。軍人、教団員の死傷者は二割程、民間人は退避時の混乱による怪我人が出た程度で、地下の避難区域に無事収容されました。ランス団は探索していますが、食料金銭の備蓄を十分確保しているため不穏な方向には……」

 

 横に座るアキラが一枚一枚を摘みだし、事細かに説明する。

 ウラジオストック全景、地下施設の見取り、避難区域の民の表情、盗賊達の人員と配置、敵主要人物の顔……全てに意味があり、これがたった一人の手によって数時間の間に集められたものとは誰も思わないだろう。

 バーバラは新しい従者の能力確認と、何よりも身の安全を守るつもりでウラジオストックを偵察させた。全てわかるまで帰って来るなとも命じた。

 その結果、本当にウラジオストックの全てを持ち出されたら黙るしかない。優秀というのも不適格、規格外(デタラメ)なアキラの仕事ぶりに圧倒されていた。

 ウラジオストックの全ての情報など、バーバラには処理しきれない。あまりに膨大なため、現在は有効と思われる情報だけをかいつまんで説明されている。

 

「……とまあ、こんなところですね。見当ウズメ、ミックス・トーもこの通り、伸び伸びやっていますよ。魔王も身内は大事にしているみたいです」

 

 渡されたのは、同世代の女の子三人がじゃれている写真だった。ミックスは抱き着く二人を引き剥がそうとしていて、ウズメだけはカメラの目線がきちんと合っている。

 あまりに和やかな映像に、バーバラは思わず口の端を緩めた。

 

「腕も確かね、この最高の一枚は偶然じゃないんでしょ?」

「もちろんです。一人以外バレない望遠の隠し撮りですが、これだけは吟味しました。密集状況の痴漢を想像出来てたまりませんよね」

「撮影者の意図は最低だったわ」

 

 性行為しか考えていない従者の言葉に頭痛を覚えて、バーバラは頭を押さえた。

 

「最後にランスですが、この通りセックスに夢中です。至近距離でも気づきませんでした」

 

 渡された写真には、美女に覆いかぶさっているランスの姿が映っていた。白濁液が美女を飾り、その惚けた顔と接合部まで映し出されている。

 

「ぎゃーっ!」

 

 バーバラは写真を握り潰して地面に叩きつけた。とんでもないポルノを見せて来たアキラを睨み、恨み言を口にする。

 

「こんなもの見せないでよ! 何の意味もないでしょ!」

「いえ、砕けたカオスが傍にあります。ランスは魔人を倒せる唯一の武器、カオスと日光の使い手です。カオスや日光はセックスによって再生するのでその作業中でしょう。この破壊具合だと数日間は動かないかと思われます」

「まーたセックス! エスクードソードはモテモテにラッキースケベ! カオスや日光はセックスが必要! 伝説の剣ってエロが無いとやってられないの!?」

「はい、その通りです。そしてセックスは世界を救うと思います」

「そんな世界は滅んでしまえ!」

 

 曇りなき眼で真理を語るアキラを前にして、遂に勇者は世界を否定した。何かあったら即レイプ、セックス、あるいはエロイベント。乙女心にとっては憤懣やるかたない。

 世界に対する苛立ちを全てぶつけようと、肌色の写真に炎の矢が飛ぶ。

 

「ランスが憎いですか」

「当然でしょ!」

 

 コーラの問いかけに対して即答するバーバラ。燃える写真をそのまま蹴りつける様子は、怒りの丈をそのまま表していた。

 そんな姿に、コーラは邪悪な笑みを深くして、

 

「なら、殺しちゃいましょう」

「出来るものならね!」

「出来ますよ、バーバラはポンコツですがそれでも勇者です。勇者なら必ず勝てます」

 

 バーバラは怪訝な表情でコーラを眺める。

 

「コーラ、魔王ランスに勝てるわけないってあなたが言ってたじゃない」

「確かに言いました。ですがそれは今の話であって、これから勝てないかと言うと話は変わります。勇者が人間に負け続けるわけないじゃないですか」

 

 バーバラとランスの実力の差は話にならない。逡巡モードであっても元魔王のランスは軽く凌駕する。これからも負け続けると確信できる。

 だが、

 

「元魔王と言えども相手は人間。血を流せば死にますし、体のどこかを失っても再生出来ません。毒や水に沈めても殺せます。逆にバーバラには勇者特性があります」

「特性、ね……」

「死なない、異性に対する魅力、戦闘中における強運、必殺技の見切り……どれもこれも、有利なものばかりです。冒険中、散々頼って来たでしょう?」

 

 確かに、その通りだった。

 多く事件や冒険の中で、バーバラは勇者特性に助けられて、危ういところを切り抜けてきた。

 バーバラ自身、その悪性はともかくとして、勇者特性は信じられると考え始めている。

 

「強くなって、何度でも挑めばいずれ殺せますよ。何度目になるかはバーバラ次第ですが、死なない以上負けはありません。勇者は最後には必ず勝つものです」

「…………」

「ランスが、憎いんでしょう?」

 

 バーバラはエスクードソードに目を落とす。

 この剣に選ばれて自分は勇者になった。乙女心を踏み躙った相手に対する怒りは存在する。可能ならば、あの馬鹿笑いする男の首を銅から離したい。

 でも、無理だった。

 

「……勝てるわけ、ないでしょ。あいつは私に素手で勝ったのよ。これから先も、勝てるとも思えない」

 

 ランスの強さは、どれだけ強くなっても届かないと思わせる程圧倒的なものだった。

 もしランスの眼前に立ったらそれだけで膝が笑い、駄目と分かっていても背中を向けるだろう。

 心が、折れている。

 ここにいるのは勇者の力に増長したポンコツ勇者ではない。処女を散らされ、犯した男に怯える一人の少女だった。

 

「……仲間を集めるという手もありますよ。アキラなら勝てるのではないですか?」

 

 こりゃ駄目だと小さな背中に目線を切って、コーラはもう一人の勇者に問いかけた。

 

「確かに、魔王級(ぼく)なら1対1でも戦いになる。戦いになるならば、勝ち目もあるだろう」

 

 彼我の差を自覚した上で、アキラはコーラの言葉に頷く。

 

「だけど、僕は従者だ。主より目立つ従者があってはならない。手助けをしても『敵』を倒すべきではない。倒すのはあくまで主様だよ」

「なんですかその無駄な拘りは。従者気取りなら最初っから戦わなければいいでしょう。普通に仲間じゃ駄目なんですか?」

「駄目だ。僕が戦うのはあくまで手助け、露払い、一対一を作る努力になる。決めるのはあくまで主様で、戦うのも主様が中心でなくてはならない。勇者とはそういうものだ」

 

 その言葉は今までコーラが言ってきたものだ。従者の役割としても正しい。

 だからこそ、全ての意見を無視して無軌道な方向に決めて来たアキラの発言とは思えなかった。

 

「……東ヘルマンをどうするつもりですか、約束とやらもしていたようですが」

「だから辞めるよ。もう主様に比べたら全てどうでもいいんだ」

 

 あっけらかんと、暗にウズメの件もミックスの約束も放り投げると言ってのけた。その表情は晴れ晴れしく、心からの笑顔を浮かべているように見える。

 コーラは梯子を外された思いがした。

 てっきり、ポンコツ勇者を使って何か利用しようとしていると考えていた。だがアキラは全ての判断をバーバラに渡した。これでは主導権はバーバラに言ってしまう。

 一連の話を聞いているのかいないのか、バーバラがサバサバとした様子で席を離れて、旅の荷物をまとめ始めた。

 

「東ヘルマンを離れるわ。とりあえず故郷に戻ってのんびりしたい。アキラも美味しい食事、お願いね」

「はい、毎食工夫を凝らしますので楽しみにしてください」

 

 礼儀正しく頭を下げるアキラの姿は正しく従者の鑑だ。コーラも従者ならば倣うべきだった。普段なら失敗した主を笑っただろう。

 しかしそうは出来ない。今東ヘルマンを離れるのはマズい。

 ど(・)ん(・)な(・)拙(・)い(・)劇(・)団(・)で(・)も(・)、(・)観(・)客(・)の(・)前(・)で(・)行(・)わ(・)れ(・)る(・)べ(・)き(・)な(・)の(・)だ(・)。

 

「ちょっと待ってください。あれだけ盗賊退治すると言ってたのに、強かったら逃げるんですか。占領された都市を放置するんですか?」

 

 無辜の人々を見捨てるのかという問いに、バーバラは若干眉根を寄せた。

 

「……まあ、そう酷い事にはならないんじゃない。たくさんお金があるし、差し出すものを差し出せば満足するでしょ」

「地下に避難している人間が放置されるなんて楽観的ですよ。例え盗賊団がそうしても、ほぼ確実に不満から暴動が起きますね。バーバラは、本当にそれでいいんですか?」

 

 コーラの責めるような視線に対しても、バーバラは目を合わせない。荷物に目を落としたまま、微動だにしない。

 

「冒険者はお金が絡まない仕事はやらないの。これから頑張ったとして、報酬を払ってくれる相手はもういない。やる方がおかしいわ」

 

 仲良くなった魔王の子達の安否は気になったが、それが無事ならもう戦う理由は無かった。

 時々枕を涙で濡らすような痛恨の失敗ではあったが、無事に生きているだけ儲けものだ。彼等と関わりなく、冒険者としての成功は別にある。

 

「大体、一般人なんてどうでもいいっていつも言ってるのはコーラじゃない。私も知らない人間なんてどうでもいいのよ。大事なのはお金」

 

 そう自分を言い聞かせるようにして帰り支度を整える姿は、勇者からほど遠く。

 コーラの表情から感情を消し去るには、十分なものだった。

 

「…………そーですか。分かりましたよ」

 

 コーラはリュックを降ろし、バーバラから離れた。

 

「従者が二人いる事ですし、アキラはこのポンコツがどの程度駄目なのか見ていて下さい。私はここ数週間で使ったアイテムを補充してきます」

「お金はどうするんだい?」

「必要ありません」

 

 最低限の受け答えだけで異論を挟ませず、コーラは消えてしまった。

 

「……怒らせちゃったかな?」

「いいえ、コーラは怒ってる事すら気づいていませんよ。すぐに帰ってきます」

「それって怒ってるってことじゃない」

 

 参ったなーとぼやきつつ、準備が終わったバーバラも立ち上がって歩き出す。コーラが気になるところだったが、いつもいなかったりいるのがあの従者だ。東ヘルマンを出る頃には戻るだろうと考えていた。

 残されたリュックを拾い上げたアキラは、コーラの消えていった方向を眺める。

 

「……コーラ、君は辞めても神(どれい)のままなんだね」

 

 誰にも届かないような声量で、静かに呟き。

 アキラは主の後ろを、追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉少なく、バーバラが道を進んでいた。

 流れゆく異色の景色も、時折広がる黒い国土もバーバラの興味を惹かない。思考の殆どは一つの言葉に支配されている。

 

『バーバラは、本当にそれでいいんですか?』

 

 いいに決まっている。冒険者ならば殆どが同じ判断をしするだろう。

 都市を堕とすような戦力を相手に、一冒険者に何が出来るというのだろうか。

 出来る事など存在しない。もはや国や勢力が一丸となって動くべき問題であって、冒険者が扱うスケールを遥かに超えている。

 だからバーバラの判断は絶対に正しい。それ以外の答えなど存在しない。存在しないのに――

 写真にあった避難区域の住民の姿が、棘となって心に刺さる。

 

 住処を奪われ、安寧を奪われ、生殺与奪の権利を盗賊に握られた無辜の人々は、剥き出しの感情を切り取られていた。

 彼等が浮かべる表情は様々だ。不安、不満、焦燥、怒り、神に対する祈り、自分達の境遇に対する嘆き……つまるところ、不幸だ。

 平和な村や町に、ある日突然魔物や盗賊が襲撃して全てを奪う。この世界ではごく当たり前の事であり、一般人には為す術がない。冒険者や軍が負けた時点で、あの街はもう終わったのだ。

 

 バーバラが生まれた村が、そうであったように。

 

「…………はぁ」

 

 何度目になるか分からない溜息を吐く。決まりきった答えなのに、足取りは重かった。

 

「――――主様、如何でしょうか?」

 

 そんなアキラの声で、バーバラは我に返った。慌てて作り笑いを繕って後ろを振り返る。

 

「……あ、ごめんごめん。ちょっと聞き逃しちゃった、もう一回言ってくれる?」

 

 黙って二人で歩いくだけでは暗いかと、アキラには東ヘルマンについての話をさせていた。相槌を打っているだけでいい話が続いていたため、反応が遅れてしまった。

 

「はい、この先の村を過ぎると暫く村落がありません。もうすぐ暗くなるので野宿か、宿を取るかという事になりますがどうしますか?」

「あ、ああ。そりゃいいベッドで寝たいに決まってるじゃない。借りれるものなら借りたいな」

「それなら僕の身分を使って可能な限り用意させましょう。どの村でも食事だけは困らないようにしているので、期待出来ますよ」

 

 そう言っている間にも村と、RECO教特有の一際高い黒い教会が見えてきた。農地が黒いだけで、バーバラの故郷とそう変わらない、長閑な村だった。

 

「この国は他国からの新技術を採用して便利にしているんですけどね。気候の関係上、地方の住居だけは変えようがありません。これでは主様の寝所としては相応しくない」

「隙間風がなくて水が漏れないなら、十分だと思うんだけどなー」

 

 ヘルマン特有の石と煉瓦で積み上げられた民家の間を抜け、二人は教会へと辿り着く。

 アキラは勢い良く扉を開け放ち、自分の家を歩くようにずかずかと礼拝堂の中央へと向かった。あまりに堂々とした振る舞いに、作業をしていた三日月の教団員が駆け寄る。

 

「君、ここをどこだと心得ている! 畏れ多くもRECO教の……」

「アキラだ」

「……っは?」

 

 教団員は黒髪の女性が差し出した白金のプレートを見て固まった。

 階級、満月。階級が上の時点で絶対服従がRECO教の戒律である。

 

「僕は大神官アキラ。事故があって仮面もローブも失ったんだ。素顔を知る者が少ないのは仕方ないけど、声はわかるんじゃないかな?」

「し、失礼しました! なんという無礼な事を……!」

「気にしないでいいよ。教義は組織を守る為にあるけど、今の僕も守れていない。大事なのは守る意識だ。ここの管理権を一時的に貰っていい?」

「当然でございます!」

 

 一も二も無く、拝跪した教団員が紫色の宝玉を差し出した。アキラが宝玉を鷹揚に受け取り、周囲の教団員達を見回して支持を飛ばす。

 

「じゃあとりあえず、賓客を迎えるから最上階を丸々借りる。僕に失礼するのは良いけど、後ろの方に失礼があったら本気で怒るよ」

「は、ははっ……!」

「高級食材もいくつかあるはずだから、あるもの一通り持ってきて。あとは、儀式後だからか汚れが酷いな。掃除も頼んだよ」

「畏まりました! 直ちに!」

 

 三日月の教団員はすぐさま立ち上がり、バーバラの横を駆け抜ける際にも深く頭を下げて、教会を出て行った。他の教団員も慌ただしく動き出し、新しい主の命を果たさんと働き始める。

 

「とまあ、こんな感じですね。教会は良い宿泊施設にもなってますし、夕陽が差し込めば見下ろせる景色もいいですよ。何か食べてみたい食事があったら言ってください。村中から探し出して供出させます」

 

 礼儀正しく、丁寧に頭を下げるアキラ。浮かべる笑顔も穏やかで従者のそのものだ。

 しかし一連の所作を見ていたバーバラにとってはドン引きするしかない。コーラの時もそうだが、バーバラとバーバラ以外の態度がかけ離れている。

 

「いやいやいや、なによこれ! 別に柔らかいところで寝れれば良かったんだけど、王様みたいな真似をしちゃって良かったの!?」

「東ヘルマンは上に絶対服従の法治国家です。そして僕とザンデブルグとビュートンは法を超越しています。例え大衆の眼前で人を斬り殺しても文句は出ませんよ。きっと理由があるのだろうで済ませられます」

「皇帝が三人いる国だこれ!」

 

 アキラは東ヘルマン国内において、ありとあらゆる強権を振るえる暴君だった。他の二人に比べれば優先度が下がるが、二人以外彼女のストッパーは存在しないという事でもある。

 東ヘルマンは『教育』の甲斐あって、非常に効率的な独裁国家に仕上がっている。この程度は造作もない。

 

「こういう使い方をしたのは久しぶりですが、どのみち辞める身分です。主様の旅が快適になるなら、これからもどんどん使いますよ」

「私はアキラが恐ろしいわ……」

 

 これから先、全ての村や町で我が物顔で泊まるのは流石に気が引ける。美味しい思いが出来るのは結構だが、ここまで来ると庶民としては肩身が狭いばかりだ。

 アキラに導かれるままに階段を昇り、バーバラは広く見晴らしの良い領域に案内された。

 この一室は迎賓用で普段使われる事のない、本来ならアキラやザンデブルグの為に用意されたものだ。下層階と違って掃除も行き届いており、RECO教の在り方が察せられる。

 寝室に目をやれば、柔らかく大きいベッドが目に入った。

 二人どころか四人だろうと寝れるサイズだ――と思ったところで、アキラが布団に飛び込んで、自身の胸に抱き寄せた。スカートをたくし上げて、清楚な下着をチラリと見せる。

 

「それではご飯になさいますか、お風呂になさいますか。いや、僕になさいませんか!?」

 

 満面の笑みでキラキラと瞳を輝かせて、指でYESと枕を撫でる。健気な新婚の振る舞いで、男なら誰もが頬を緩めて襲い掛かるだろう。

 だが、バーバラは女だ。そんなものを見せられても目が死ぬばかりである。

 

「食事を作ったら、この部屋から出て行って。今後も同じ部屋で寝ちゃだめ」

「うぅぅ……主様、意地悪ですよぉ。でもそこもいい……!」

 

 枕をぎゅーっと抱きしめて、アキラがごろごろと悶える。

 

「コーラもアレだけど、アキラも酷いわ……」

 

 旅の疲れが一気に来た気がして、バーバラは窓枠に寄りかかった。

 コーラは主を一切敬う気が無く、何かを命じれば必ず罵声と愚痴が飛ぶ。価値観も正直合わないらしく、すぐに昔の勇者と比較する。有能だが、何を考えているのか分からない。

 他方、アキラはバーバラを敬う気満々だ。全く底が見えない有能だが、今回の一時を見ても主の為に暴走するきらいがある。特に性欲関係には気を抜いてはならない。

 眼下には東ヘルマン特有の黒い田園風景が広がっていて、慌ただしく村人と教団員が働いている。日が沈みきるまで、バーバラは平和な景色を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ノックの音がした。

 頬が落ちるような食事を堪能し、文明的な生活を謳歌して、気持ち良く寝床に着いたバーバラを眠りから覚ます声がある。

 

「主様、起きてください! 緊急事態です!」

「う、う~ん……」

 

 バーバラは眠い眼をこすりながらベッドから這い出て、ドアを開けた。

 

「なに……なにかあったの?」

「盗賊団の襲撃です、腕章からランス団かと思われます。窓の外をご覧ください」

「ランス団!?」

 

 一気に目が覚めて、窓枠に寄りかかる。

 家の灯と、それより多い松明の火があった。教会の周囲を松明が囲み、男達が教会に入りろうとしている。

 

「朝の段階から主様と僕を捜索する目的で盗賊達が斥候に出されていました。あの盗賊達もそうなのかもしれません」

「やややややばいっ! 逃げよう、逃げましょう!」

 

 慌てて荷物をまとめて、バーバラは部屋から出る。

 盗賊そのものは敵ではないが、ランスやエールがいる時点で『こっちに逃げている』という事が露見するだけでマズい。何よりも、昨日の今日犯されたばかりだ。万が一に負けが無くても関わり合いになる時点で御免だった。

 

「なにか時間稼ぐ方法ある!? 教団員は戦えるのもいるって言ってたよね! それで何とかならない!?」

「申し訳ありません。全員僕とのセックスで腰が砕けて立てない状態になってました」

「あんた何やってんのお!?」

 

 アキラのつまみ食いが、今日は悪い目として出た。

 バーバラの食事後、本当に放り出されたアキラは欲求不満だった。セックスがしたかった。

 だから下の階級の教団員とセックスパーティを開催し貪った。一人また一人と順番に食い散らかし、興が乗って全員襲い……全滅させた後に、盗賊が攻めて来ている事に気づいた。

 

「気づけば村は粗方制圧され、残っているのはこの教会のみというような有様でした。教団員が逃げられない為に硬い錠前をかけたのが不幸中の幸いですね」

「全部あんたのせいじゃない! これどうすんの!?」

「ここは責任を取って僕が犠牲になりましょう! 怯えるシスターに扮して慰み者になりますのでその間にお逃げ下さい!」

「なんでノリノリで言ってるのよおおおおおおおおお!」

 

 喜色満面、これから待ち受ける凌辱が楽しみで仕方ないらしい。アキラはウキウキで修道服と黒いローブに着替え始めている。

 この従者は、ダメだ。

 

「ああもう、もうちょっとゆっくりさせて欲しい……なんで毎日毎日こんな事ばっか!」

 

 階段を駆け下りながら、バーバラは愚痴を零す。

 勇者になってから休日などありはしない。自分の成功の為に使うと決めていたが、トラブルの方から舞い込んでくる。腰を落ち着ける暇も無かった。

 一階に着けば大扉から叩きつけるような音と、むせかえるような性臭、全く動けぬ裸の男達。

 

「クソッ! 無駄に固く作りやがって」

「ぎゃははははは。スマートな開錠を見せてくれるんじゃなかったのかよ」

「うるせえ! 鍵の方が手強いならこれが一番スマートなん、だよっ!」

 

 扉の裏から盗賊達の声が聞こえる。扉は嫌な音を立てて軋みを上げ、頑丈なれどいつまでもは持たないだろう。いずれ雪崩れ込まれる。

 

「……逃げ道とかある?」

 

 アキラは首を横に振る。あるなら最初から案内している。

 

(今思えば、上から逃げれば良かったなあ……)

 

 身体能力を活かして壁を伝い、包囲の一角を斬り伏せる。一番は隙を見て逃げる事だが、教団員の有様がバーバラから逃げる選択肢を奪っていた。

 これからやる事は一つだ。強くない敵がいる事を祈りつつ、可能ならば盗賊達を斬り伏せて追い散らし、自分も一目散に逃げる。

 これからやるのは冒険ではなく逃避行になる。昼も夜も駆け通して、東ヘルマンを出国すれば流石に追って来ないだろう。

 バーバラはエスクードソードを構えて、扉と盗賊団の破滅の時を待った。

 

「なかなか時間がかかってるじゃねーか」

「あ、頭目。すいません、でももうすぐみたいですよ」

 

 バーバラの陰鬱な気分とは裏腹に、外の声は明るい。大した苦労もなく村を制圧して、目ぼしいものは頂いた後だ。最後に玉手箱を開けるだけだった。

 

「頭目じゃねえって言ってんだろ。もうランス団は抜けるんだから頭領と呼べよ」

「へへ、そうでした。やっと解放されるんすねえ」

「ここまで離れればあの糞野郎も追って来ねーだろ。殺せるもんなら殺してみやがれってんだ」

「バーバラだかアキラだか知らねーが、いいチャンスでしたね」

「おお、これで俺達の盗賊団は復活だ!」

 

 拍手と野太い歓声が起きる。圧倒的な力の差から奴隷にされていた彼等にとって、元の盗賊団に戻れる事は何よりの喜びだった。

 

「俺はランスのような悪魔じみた事はしねーぞ! 理由の無い処刑はしねーし、功績がある奴にはちゃんと美味しい思いもさせてやる! お前にはさっき三人やったよな、どうした?」

「へえ、久しぶりなもんであっさり壊しちまいましたわ」

「「「ぎゃはははははははははははははははは!!!」」」

 

 どっ、と笑いが起き、盗賊達の下品な声が響く。松明に炙られた盗賊達の士気は増々燃え盛っている。

 対照的に、教会側の空気はほとんど物理的に冷え込んでいた。

 

「まあ、久しぶりだからな。俺も気持ちはわかるぞ。溜まっていたからつい壊しちまう。だからここは景気づけにパーッとやろう! 復活記念祭だ!」

「どんな感じにするんですかい?」

「まずはこの扉を開けて、中に入って金目のものを全部貰う! 中にいる臆病者共は皆殺しだ! ちゃーんと一体一体嬲ってやれ!」

 

 盗賊の頭領は扉に近づき壊れかかった扉を強めに殴った。

 そのまま振り向いて盗賊達へと声を張り上げる。

 

「万が一にもランスが追って来る事の無いように、この村の人間は皆殺しだ! この建物を燃やした後は、村全体を囲んで殺せ! ガキも女も全て、一人たりとも逃がすんじゃねーぞ!」

「さっすが頭領! 一生ついていきますぜ!」

「よっ、真盗賊王!」

 

 がやがやと喚き、盗賊達は暴力に酔う。

 この世界は力こそが全てだ。村は教会以外を除いて静かに制圧された。誰かによって教えられた鮮やかな組織的行動と手並みは発揮され、乱痴気騒ぎに興じる程余裕があった。

 

「ぎゃははははははははは…………!?」

 

 だからこそ、扉ごと頭領が一刀両断されるという事態に、誰一人反応出来なかった。

 

「――――いいアイデアだと思うわ、最っ高」

 

 一瞬の静寂の後に、片側の扉と頭領の半身が吹き飛ばされ、勇者が姿を見せる。

 バーバラはあたりを見回し――盗賊達の下に転がる『弄られた肉塊』を確認して、目を細めた。

 

「でもまあ、私に嬲る趣味はないからすぐに終わるわよ」

 

 そして、消えた。

 盗賊達にはそうとしか見えなかった。気づいたら首が、胴が、半身が斬り飛ばされている。

 鮮血が舞い、待ち受けていた盗賊達は声も出せずに倒れ込む。

 

「ひっ、ひぃっ!? なんじゃこりゃあ!」

 

 悲鳴を上げる事が出来た盗賊も、風に斬られる。

 間合いなど存在しない。ロクに知覚すら出来ないまま、死体が増えていく。

 

「だ、ダメだ。逃げっ……!」

「――――――――」

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

 バ(・)ー(・)バ(・)ラ(・)は(・)、(・)誰(・)一(・)人(・)逃(・)が(・)さ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 囲む為に裏に回っていた盗賊も、民家の中で楽しんでいた盗賊も、遠くで見張っていた盗賊まで、どれだけ逃げようが追って斬り殺した。

 

「主様、そちらの方で最後でした」

「そう」

 

 その言葉を聞いて、バーバラはエスクードソードを鞘に戻す。

 村は、死と闇に染まっていた。

 駆け回る間に見た死体の数は、盗賊よりも遥かに多かった。難を逃れた人もいるだろうが、この有様では村としての形を保つのは不可能だろう。

 

 この村も、終わった。

 バーバラの村と一緒だ。魔物や盗賊が殺す気で来れば、平和など跡形もなくなる。

 

「アキラ、緊急事態の時には叩き起こしてね。タダ働きになっちゃったじゃない」

「申し訳ありません。次からそう致します」

「あーあ、また失敗だ。お金稼ぐのって難しいなー」

 

 バーバラは軽い調子で肩を落とした。

 茶化すように、広がる惨劇などないかのように振る舞っている。

 

「ランス団と聞いて慎重になってたけど、やっぱり雑魚。あいつと魔王の子を抜けば、私って強いよね?」

「勿論です。主様は既に強いですが、まだまだレベルが上がります。そうなれば魔王の子にも勝てるでしょう」

「ふふっ、そっかー……それならやれるかな」

 

 バーバラは悪い笑みを浮かべてアキラを指差し、

 

「アキラ、これからやる事を変更するわ。私はランス団を潰す。やられっぱなしは性に合わないからやり返す!」

「畏まりました。それで、どうするつもりですか?」

「アキラの力だけじゃなく、東ヘルマンも私の復讐に利用する。軍隊を使えばいいのよ!」

 

 ランス団は規模が大きく、数も多い。個人の力ではどうする事も出来ない。

 だが、所詮は盗賊団。千や二千もいない。国軍の相手としては弱小勢力だ。

 

「一万か二万か引き連れて、戦争の形で倒してしまえば盗賊団なんて楽勝でしょ! ランスとか強いのが問題だけど、東ヘルマンの精鋭やアキラが頑張って相手の強い奴を抑え込む。それで盗賊団が全滅してしまえばランスはハーレムを続けられなくなる!」

 

 盗賊はハーレムを維持する為の奴隷であり、労働力だ。労働力が枯渇してしまえば個人に出来る事はない。そこまで来ればランスでも尻尾を巻いて逃げるしかなくなる。

 

「盗賊団を退治したら、東ヘルマンから報酬を貰って大金持ちになるの。どう、やってくれる?」

 

 バーバラはアキラをダシにして、お金を稼ぐ気だった。

 従者の地位を利用して東ヘルマンに雇われる。主な仕事は軍隊とアキラに丸投げして、ランスの吠え面を間近で見れる。なんと素晴らしい作戦なのか。

 自分の復讐を他人に任せて利益を得るという、我欲的な方針。勇者の風上にもおけず、コーラがこの場にいれば皮肉の山を飛ばしただろう。

 しかしアキラは全く動じずに頭を下げる。

 

「――――はい、主様。素晴らしい考えだと思います。僕の力を存分にお使い下さい」

 

 ま(・)る(・)で(・)こ(・)う(・)な(・)る(・)事(・)が(・)分(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)。(・)

 

「決まりね。で、東ヘルマンに雇って貰うにはどうすればいいかな?」

「まずはコサックに向かいましょう。我が国には冒険者が軍隊の指揮権を貰える制度が一つあります。それを利用すれば軍の功績は全て主様のものになるでしょう」

「そんなものがあるんだ。どんな名前?」

 

 アキラは笑みを深くして、その名を紡ぐ。

 

「魔王討伐隊。主様は第十九次魔王討伐隊の隊長という地位になって頂きます」

 

 こうして、バーバラはお金を稼ぐ為に、従者と国を利用して盗賊団を潰すと決めた。

 彼女達が目指す先は東ヘルマン中枢、首都コサック。

 人類の希望として、ポンコツ勇者が動き出す。




 第十九次魔王討伐隊
 魔王を倒すという国是上、定期的に作っている東ヘルマンの希望。
 軍隊の指揮権、国内での諸々の便宜、色々フリーダムな動きが出来る部隊。
 第十七次討伐隊にソフィア・グリンコフがいたり、第十八次の隊長はタイガー将軍だったり。
 今回の隊長はポンコツ勇者。

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