2019 Saturday 頓挫
2019 Sunday 計画凍結
2019 Tuesday ok,run
遅延を開き直ってネタにするスタイル。
のたうち回りました。申し訳ない。
楽しい時間はあっという間に過ぎるものである。
アキラに修行という名目で凌辱の限りを尽くされる事を除いて、バーバラにとってメリモ達との日々は非常に楽しいものだった。
メリモの料理を堪能し、ナギとウズメと一緒にノリノリで遊び、オーロラから主人自慢を聞き、志津香の冒険の話を聞く。
これから魔王討伐に行くとは思えないぐらい、魔王討伐隊は明るかった。まるで家族旅行のような暖かい日々だった。
食事は美味しく、ベッドは柔らかく、遊びは楽しい。
バーバラはいつしか冒険者の殻も脱ぎ、14歳の年頃の少女として本心から笑っていた。
そんな感じでバーバラは次の一日も概ね楽しい時間を過ごした。ただし、今日は昼過ぎに用事が入った。
移動遊園地にこれから行こうか、というところでバーバラはアキラに呼び出された。
盗賊退治を担当する魔王討伐隊の精鋭兵、ディフェンダーの指揮官達の顔見せがあるから、来て欲しいという事だった。
仕事そのものはアキラに丸投げして、バーバラは勇者然として挨拶するだけで良かった。指揮官達は皆悩みが深い顔をしていたが、仕事柄忠誠を誓ってつつがなく終わった。
若干時間が取られたなと、帰る道すがらの事だった。
「勇者さまー、サインちょーだい!」
「サインサインー! わたしの服にお願いしまーす!」
「はいはい、一人ずつね。年少からやってあげるから、お兄ちゃんお姉ちゃんは後ろに回ってあげてねー」
ショートカットをしようとして中央公園を突っ切ろうとしたら、子供達に囲まれた。
この子供達は魔王討伐隊に参加する兵士の子息たちだ。危険な仕事なため、兵士には一日だけ家族と会う機会が設けられ、一時の団欒を与えられていた。バーバラはその会場となる広場に通りがかってしまい、立場上囲まれるのも当然だった。
隊長という身分、勇者という肩書き、勇者特性まで加わって、バーバラを囲む子供の数は男女の別なく重囲になっている。
その相手が何かしかのおねだりをするのを、バーバラは一人ずつ律儀にやっている。
「はい君は握手でいいのね。次は?」
「キスしてくれー! 唇に強烈な奴!」
「そういうマセた子にはデコピンね。額にちょっと残るようにしてあげる!」
物凄く手加減をしつつ、バーバラはクソガキを中指で弾く。
「いてーーーー!」
「キスよりかは跡が残るでしょ。暫くはそれで自慢することねー。ふふふ……」
そう言って、無邪気に微笑む姿は特性抜きに魅力的だった。
「いや、申し訳ありません。勇者様にお時間を取らせてしまって……!」
この企画を任せられた士官が頭を下げる。周りを見れば子供達の親は感謝よりも申し訳なさそうな顔をしていた。
「ん、もうすぐ終わりそうだし気にしてないから。いつか私が本当に有名になった時に、高級品になると思うと悪くないしね」
サインをする中で、バーバラは気づく事があった。東ヘルマン兵と話をしても、どこか得体の知れない不気味さがない。
顔だ。顔が見える。東ヘルマン兵士の顔が皆見える。普段フルフェイスの男達が兜やゴーグル、マスクを脱いでいる。家族との一時を過ごす為に免除されている。
剛毅な男、押しの弱そうな男、若さ故か視線を向けると顔を赤くして背ける青年、東ヘルマン兵としてではなく、一人の人間として彼等を認識出来る。
教団員もそうだが、東ヘルマンの正装はどいつもこいつも顔が徹底的に見えないのだ。ウズメやモンキー将軍のような高級士官ならともかく、兵士も教団員も顔を隠すように徹底されている。
しかしどうだろう。頭を外せば彼等は自分達と同じ人間なんだと実感できる。家族に会えて安堵し、自分の娘を抱き締める顔は普通の父親のものだ。
(……なるだけ楽をしようと思って強いのを集めたけど、本当に負けられないなー)
バーバラは今や魔人討伐隊の隊長だ。魔王ランスを討伐するだけではない、彼等の命三万を預かる指揮官となった。
どうするべきかはわからないが、死人は少なくしたいと考えてしまうのも仕方のない事だった。
子供達による輪は時間の経過と共に狭まっていく。メリモ達には先に楽しんでてくれと言ったが、優しい彼等の事だ。遊びながらもどこか待っているに違いない。
それでも今の時間が楽しくて、バーバラは途中で切り上げる気にならなかった。
「……はい、君で最後ね。君は勇者としてじゃなくて冒険者としての私で書いてあげよーう」
「えー!? なんでそうすんだよー!」
「その方が後でプレミア感が出るのよ。いいから持っておきなさい。私は世界最高の冒険者になるんだから」
身なりのいい服に子供の名前と自分の名前を書くと、バーバラは噴水のへりから立ち上がる。そして周囲を見回し、自分の成果を確認する。
朱色に照らされた子供達の表情は豊かだ。最後の方は高級士官の子供達だった為に、手触りだけで高級品とわかるものを着ていた。だが子供達はそれよりもペンでつけた自分の名前の方を誇っていて、親に見せつけている。
「……ん?」
冒険者冥利に尽きる光景を満足そうに見回す中で、バーバラは一人の子供に気づいた。
中央公園のこの区画は関係者以外立ち入り禁止だった。許されているのは軍関係者だけで、教団員すら締め出されている。家族との一時に無粋をさせない為の配慮だろう。
つまりその子供は軍関係者だ。だが、一人ぼっちでもあった。
親と子が団欒を築き、子供達が楽しく談笑する中で、ただ一人だけその子供は孤立して――いや、明らかにそこだけ距離を取るような感じで、ベンチに座っている。
六人だか七人だか、まとめて座れるだけのベンチを一人の少女が占有しているのだ。本に目を落として、自分の世界に引きこもるようにページをめくっている。周りの子供もどこか察しているようで、そこへ近づこうとしない。
暖かい空間の中で、少女の周辺だけは冷たい距離が開いていた。
「あの子はなんなの? なんか浮いているけど」
バーバラは隣にいる士官に問いかけた。
士官は一瞬だけ体を強張らせて、言葉を探すように目を泳がせた。
「う、あの方ですか……総帥閣下の、ご息女になります」
「ホワイトの!?」
改めて少女を見る。
言われてみればなるほど、白い髪も、赤い眼も、白磁の肌もホワイト家の特徴そのものだ。親程脱色と言えるものではないが、それはまだ年若いからだろう。長髪を二つの髪留めでまとめ、静かに読書に耽る顔立ちは幼さだけではなく、既に上品な美しさを備えている。
着ている丈の長い着物も、そこに繋がれる装飾品もこれまでのものとはさらに違う。熟練の職人が本人の丈に合わせたオーダーメイドだと感じられるような、意匠に富んだ貴族が着るような一品だった。
「はー、なるほど。挨拶とかしといた方がいいのかなー」
「!? お、お止めになった方がよろしいかと!」
どこか必死な表情で、士官はバーバラを手で遮った。
「別に声かけるだけなんだけど」
「いえ、あの子は……不気味なんです。総帥閣下の娘という事を抜きにしてもです」
さらっとホワイトが不気味であると吐露した士官が、怯えを見せて言葉を続ける。
「私の娘共の間では彼女を包帯姫と呼んでいました。常に生傷が絶えないらしく、服を一枚脱ぐと体の至るところが包帯に包まれていたそうです。娘はあくまで話を聞いただけなのですが、着替えの時にふざけて包帯を取った娘がいて、その時に黒い血が滴り落ちたと。そして翌日、そこに立ち会った者は全員行方不明になりました」
「行方不明か。あからさまね」
「そうです。そこで止まればまだしも、その子の親達……私の同僚達も行方不明になりました。そしてそれは不問のまま握り潰されています」
不穏な事件の顛末に、バーバラは眉根を寄せた。
この世界、村が滅んだり人が行方不明になるのは日常茶飯事。支配者階級に失礼を働けば打ち首獄門も当たり前の話である。
だが、子供の不祥事一つでここまであからさまな対応をするのは過剰と言える。あまりにも露骨過ぎて却って情報封鎖にならない。結果として勇者特性の恩恵もあり、士官が聞いてもいないのに喋ってしまっている。
結局、効果としてあるのは――
「私はこれは警告なのではないかと思うのです。彼女には何かがあり、それを聞かせないため、喋らせない為にあえて苛烈な方針を取ったのではないかと」
「それでこうなると……納得だわ」
まだ基礎学校も出ていないような子供を恐れ、誰もが近寄らない。
外見の悪目立ちする特徴、奇怪な噂、高貴な身分、全てが少女から外への介入を排して、賑やかな中でも本の世界へ入り込む場所を作り出していた。
「事情はわかった。ありがとねー」
「……声をお掛けになるつもりなのですね」
「別にお節介を焼く気はないわよ。気にしないで」
なおも何か言いたげな兵士に笑いかけて、バーバラは少女の元へと向かう。
君子危うきに近寄らず。非常に聡明な少女だと自認するバーバラにとって馴染んだ言葉だ。今回だってヤブヘビは御免だし、任務に関係ない他人の家庭事情なんて首を突っ込む気はない。
ただ、仇名に引っかかりを覚えてしまい、見なかった事にする気にもなれなかった。
(『包帯姫』ね、どうせ事件が起きる前から十分浮いた立場だったんでしょ)
仇名にはそれに由来するだけの過去もあるが、本人と周りの関係性が透けて見える。少なくとも、暖かみをもってつけられたものではないのは容易に予想が出来た。
石畳を進んで近寄ると、少女もバーバラに気づいたようで本から目を上げる。紅玉の瞳は値踏みをするように細まり、勇者を注視していた。
人間関係では初対面が最も重要だ。どう声をかけたものかとバーバラは一瞬考えて、胸を張ってペンを掲げた。
「サインいる? 手に入れておけば将来価値がでるわよ」
「必要ありませんわ。勇者様のお名前はお父さまから聞いておりますので」
少女は先程より価値の低いものを見る目になった。
それでも挨拶をする気にはなったらしく、本を閉じてベンチから立ち上がる。
「初めまして、私はトゥーラ・ホワイトと申します。バーバラ様のご決断には私も深く感じ入りました。一市民として健やかに魔王討伐を果たされる事をお祈りしておりますわ」
流麗な動作で頭を下げ、流れるように紡がれる言葉は高度な教育を受けたものだ。貴族階級然とした、型に決まった動作だった。幼さと高貴さが混ざりあって一つの芸術品に近い。
だが、形だけで本心でない事は明白だ。心が欠片もこもってない事はバーバラでも分かる。その証拠にすぐに座り直して本を開いてしまった。
もうこれは直球で、面倒臭いから関わらないでくれと言っているようなものだろう。
しかしここで終わりにしていたら声をかけていないのと同じだ。バーバラはトゥーラの隣に腰を降ろして対話を試みる。
「ねえねえ、トゥーラちゃんって呼んでもいい?」
「…………お好きにお呼びになって」
極めて不機嫌そうに答えるトゥーラ。目を本の活字から逸らさず、バーバラの事を邪魔者にしか考えていないようだった。
「トゥーラちゃんはなんでここで本を読んでいるの?」
「この場所は私がいつも読書の時に使っている場所ですわ。どうして他の方の都合で退かなければならないんでしょうか」
「ま、そりゃそうね。でもそれを今言えるのは凄いわ」
今は懇親会の最中であり、少し離れているとは言え多くの人がいる。今の発言が聞こえたらしく、若干不安そうにこちらを見ていた家族がまた少し距離を作った。
口を開けば辛辣で物怖じしない。このあたりは流石総帥の娘といったところか。
「趣味は読書みたいね。文学少女って感じがする」
「いいえ、ただ暇を潰しているだけですわ」
「え、いつもここで読んでいるんでしょ?」
「面白くないんですもの。趣味とは、やっていて楽しいものでしょう」
淡々とした口調で、白銀の少女は言葉を続ける。
「他にすることもないので日課にしているだけです。本は持ち運びに嵩張らず、読めば
トゥーラが持っている本の表紙には、ザナゲスサーガと銘打たれていた。
バーバラは読んだ事は無いが、創作小説としては聖書の次に売れているものだ。ヘルマン建国者ザナゲス・ヘルマンの英雄譚であり、ヘルマン国内での読者は多い。
だが、トゥーラはザナゲスサーガを酷評する。
「毎巻毎巻一騎討ちして勝って終わりで、その繰り返し。もう十巻以上も同じ展開です。領土だけは広がっていますが、執筆者は何を思ってこんな展開にしているのかしら」
「でも読むんだ」
「読もうと読むまいと変わりませんもの。この本は私の日常と一緒です。何をしようと、何をしなくても、変わらずつまらない」
バーバラはトゥーラの感情の端を見た気がした。
彼女は孤独を憂いているのではなく、退屈を持て余している。それは身の回りのもの全てに興味を持たず、心を閉ざしている為だ。今までのも対話ではなく、壁を打っているだけだった。
トゥーラと話をするには、まずこの状況を変える必要がある。
「……トゥーラちゃん、何かやりたい事ってある?」
「ありません」
「そう、じゃあ私と一緒に遊びに行かない?」
ちらりと紅き瞳がバーバラに向く。苛立ちが込められて威圧感を感じるものだったが、バーバラは意に介さず微笑んだ。
「これから移動遊園地に行くのよ。私は友達と一緒に遊ぶつもりだったけどトゥーラちゃんと一緒に遊ぶのも悪くないかなって」
「結構ですわ」
トゥーラは首を横に振る。
「遊園地なんて子供騙しの張りぼてではありませんか。それが面白いわけ無いでしょう」
「子供騙しならトゥーラちゃんは騙せるでしょ」
「……………………」
この時初めてトゥーラの表情に変化が生まれた。
目を細めて唇を強く結び、恨みがまし気にバーバラを睨んでいる。背丈の差から見上げる角度も相まって、子供そのものだ。
ようやく可愛い素直な姿を見たバーバラは、笑みを深くして体を寄せる。
「ね、ね、行ってみようよ。面白いよ」
「行きません」
「絶対面白いって約束するから。だって遊園地だよー」
「……遊園地のどこが面白いと思っているんですの」
「皆すっごく楽しみにしてたから」
トゥーラはあんぐりと口を開け、
「バーバラ様、まさか……」
「初遊園地。一緒に行こうよー!」
トゥーラが自分の頭に指を当てて押さえる。
ポンコツ勇者こそが、誰よりも子供騙しに期待していた。袖の端を掴んで未知の存在に行こうと誘う様は、まさしく子供だった。
「……はあ、どうしてそれで面白いって約束出来るんですの」
バーバラは、満面の笑顔で答えた。
「ここ最近の毎日がとっても楽しいからよ!」
皆と楽しく遊ぶ日々が楽しかった。魔王討伐なんか忘れるぐらい楽しかった。だからバーバラは確信を持って言える。
「毎日が面白くないトゥーラちゃんが面白くなもいものをやるより、毎日が楽しい私にとって面白いものをやった方が面白いに決まってるでしょ」
「っ……」
トゥーラは返答に窮した。じっと目線を下に向けて、言葉を探しているようでもあった。
深入りし過ぎたかと感じて、バーバラはベンチから立ち上がる。そして膝を落として目線を合わせて、問いかけた。
「ま、駄目だったら私が全面的に悪いって事で、一緒に行かない?」
「…………」
手を差し出さず、あくまで本人の意思に任せるようにして待つ。
トゥーラはバーバラの問いかけに対して何も答えず、本に目を落とし――
はあと溜息を吐くと、ザナゲスサーガを閉じて立ち上がった。
「この本つまらな過ぎますわ。それよりは面白いんでしょうね?」
「そっちの面白さはわからないけどね。期待していいわよ!」
バーバラの後ろに、一人ぼっちだった少女がついていく。若干の喧騒と驚きが混じった軍人達の一団を抜けて、公園を出る。
二人は移動遊園地へと向かった。
「わぁ……」
闇夜の中、魔法電灯に照らし出された幻想的な光景が広がっていた。
輝く観覧車、高速で流れゆくジェットコースター、おどろおどろしく人を誘うお化け屋敷、立ち並ぶ屋台……全てが煌びやかな灯りをともして、見る者を魅了する。それに誘われたかのように、多くの人達が長蛇の列を作っていた。
人、人、人。大都市コサックから来た夥しい親子連れやカップル達がひしめいて、多くが笑顔で長蛇の列を形成している。
移動遊園地は今回、都市側の協力もあって史上最大、本家Mランドにも劣らぬ規模で開催した。だがそれも、コサックの人口の前には太刀打ち出来なかった。
既に日は沈んでいるというのに、長蛇の列は全く途切れる事はなく遠大なものになっている。花形のジェットコースターや観覧車に至っては3時間待ちという看板が掲げられている。
それらの光景を一つ一つ眺めて、バーバラが目を輝かせる。
子供達がそうであるように、バーバラもまた夢中になっていた。
「で、どこが面白いんですの?」
冷水を被らせるような声が、後ろから聞こえた。
バーバラは両手を広げてトゥーラに向き直る。
「いやこの光景よ!? もう凄すぎない!? 光があんなにあって! バヒューンって動いて!」
「人が多すぎて暑苦しいですし、ゴミ箱は溢れきって汚い事になってるではありませんか」
「むぐっ……」
トゥーラが指差す方向には、ゴミの群れが積み重なっていた。こまめに清掃をかけているのだが、人が圧倒的過ぎてキャパシティを凌駕しており、もうどうにもならない。積み重なった食べ残しやゴミが周囲を汚して、誰もゴミ箱の周りには近づけなくなっていた。
「ただ見た事のない景色を眺めるだけで満足なさるなら、あれでも満足出来るのでは?」
「……可愛くない事を言うわね。これじゃ楽しめないってこと?」
「ええ、面白くもなんともありません」
感動や楽しみに水を差されたバーバラは、ビシッとトゥーラを指差す。
「良くわかった! 今日は遊園地が面白いって、あなたに言わせてみせるから!」
「ええ、楽しみにしておりますわ。その為に来たんですもの」
無表情で、わざと棒読みでトゥーラは返す。
バーバラの勝手な勝負が始まった。
まずバーバラがやったのは屋台に突撃する事だった。回転率の速いアイス屋に並び、程なくして三段重ねのアイスクリームを二つ持ってくる。そして、トゥーラの前に突き出した。
「この手の甘い物は好きでしょ! 三種類の味が楽しめるなんてそうないわよー!」
トゥーラは何も言わず、付属していたスプーンで一匙救って味を確認し、
「……結構です、砂糖の質が悪いですわ。使い過ぎてて普通に作るより味が悪いですわね」
「っな……!?」
「この手の氷菓子こそ上品さが求められます。後味の事が考えられてないので頂けません」
「お嬢様めー! 甘けりゃ幸せでしょー!?」
塞がった両手を使えるようにする為にバーバラはガツガツ食べる。一段クリームを丸ごとかじりつき、頬にクリームが付くのも構わずにまた一含み。あっという間にクリームの山は姿を消した。
「げふっ……食事が駄目なら、アトラクションね」
「この混雑で遊べると思いますの?」
トゥーラの言う通り、どの施設も夥しい数の人間が並んで長蛇の列を為している。多重層に折り畳まれた人の波が存在し、各施設の入り口が視認出来ない程だった。
「ま、いいからついて来なさい。一つぐらいあるかもしれないから」
そう言ってみたが、当ては全くない。移動遊園地の敷地の広さと、施設の多さだけを頼りにして穴場を探す。
メリモ達との合流も考えていたが、この分ではその前に祭りが終わってしまいそうだった。
ただ、今日のバーバラにはツキがあった。中央を避けて柵沿いに進み、施設を一つ一つ眺める中でひっそりとした建物を一つ発見した。入口にopenと書かれてある以上、間違いなくやっている。
バーバラは建物の前に来て、窓口にいる係員に声をかけた。
「ここは何をやっているの?」
「大人向け疑似冒険体験アトラクション、TOWERの出張版です。各地の様々な情報を元に、冒険を体験できるアトラクションになります。クリアした方には豪華景品もありますよ」
「滅茶苦茶面白そうじゃない! なんでこんなに空いてるの!?」
「私も不思議なんですよね。安全面に配慮したのに、どうしてでしょう……」
首を捻るおっとりとした女性の反応を前に、何故かバーバラは嫌な予感がした。
「……冒険って事は、魔物と戦ったりする?」
「当然です。だから大人向け、冒険者向けになります。でも安全装置があるので負けたら脱出扱いで抜けられます。これまで事故は起きた事がありませんよ」
「はいトゥーラちゃん参加不能ね」
「あ、そこも配慮されています。保護者の方が頑張っている間、子供達はこちらで観戦出来ます。お菓子も飲み物も無料になるんですよ」
私も経営努力をしているんですよと、にこやかに係員が話す。
「むむむ……」
バーバラは唸って考える。
冒険疑似体験アトラクション、面白そうだ、是非やってみたい。危険もあるそうだが、バーバラは勇者だ。敵など魔王の子、魔人、魔王ぐらいだろう。木っ端アトラクション如き粉砕出来る。
トゥーラに目線を送ったらお好きにどうぞとでも言うように、観戦席に座ってしまった。
「……決めた。ここは勇者のすっごいところを見せてあげる」
バーバラは不敵に笑って、難易度表の踏破者ゼロと書かれた一番上を指差した。
「そのクレイジーキングコースとやら、ううん、もっと難易度上げても構わないわよ。楽々突破しちゃうから」
「まあ……勇ましい方もいるのですね。それではお入りください」
係員に促されるまま、バーバラは建物に入る。
中は真っ暗だった。どうにも感知しようのない闇であり、元の建物の大きさからは考えられない程スペースがある。
『それでは、スタートになります。全部で9階立てですので、頑張ってくださいね』
「この施設どう考えても一階建てだったんだけど……ま、何階だろうが楽勝でしょ」
そして、するすると闇――幕のようなものが上がり、ダンジョンが姿を現す。
高階層と思わしき塔の中にバーバラはいた。魔物の息遣いが聞こえ、油断ならぬ場所と察する事が出来る。
視界の端にリタイア出口という電光掲示板が見えるのが、かろうじてアトラクションと実感させてくれる場所だった。
「……ふふ、史上初の踏破者として名を刻んであげる!」
勇者はエスクードソードを抜き放ち、リタイア出口を見向きもせず上への階段へと突貫した。
さて、この施設が不人気な理由を明かそう。
魔物が出来て戦う必要があるアトラクション、TOWER。オープン以来極悪難易度で、現役の冒険者にとってもリタイアしか出ない程のものだったからだ。
このアトラクションの脱出装置は一つだ、死亡扱いになる。つまり死ぬまで痛めつけられる。
今、このアトラクションは『拷問死亡体験アトラクション』という事で有名である。
『ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
トゥーラが優雅に紅茶を嗜む一方で、大画面に移っている勇者が悲鳴を上げた。煮えたぎった油をモロに喰らい、のたうち回っている。
『なにこれ!? なにこれ!? 殺しに来てるでしょ!?』
勇者にとって敵なのは強くなった魔物ではない。何故か強い
問題は
『あれっ、攻撃ってどうするんだっけ!? 痛ッ痛たたたっ!』
「あらあら、罠の方に悉く飛び込んで行ってますね」
踏み込んだところには忘れた草が群生して、怯んだところで仕掛け矢やレーザーが偏差射撃で撃ち込まれる。
どれだけ避けようと思っても、巧みに突き刺さる。膨大なHPがあるせいでそう簡単に沈まないが、少しずつ削られて血を流し始めていた。
『くっさあああああああああああい! は、腹が……っ! か、体がぁ……! 頭痛い……!』
激臭、フリードリンク、黒牛乳、有線放送……ありとあらゆる罠が前を進む度にバーバラに直撃する。その度に滅茶苦茶に飛び回り、嗚咽を漏らし、悲鳴を上げ、感情豊かなアトラクション装置と化していた。
バーバラは、この上なく運が悪かった。
「………………」
トゥーラの目線はバーバラに注がれいる。その為か、菓子の袋を開けようとして、切れ目を引き損ねて失敗した。
そんなこんなで、強さとは関係ない部分でバーバラはのたうち回りつつ、それでも強化された雑魚魔物を屠り、上へ上へと昇っていく。
時折宝物を拾って笑い、マヨネーズが効くと気づいてがぶ飲みし、魔物を縫うように切り裂き、少しづつ上へ登り――
『なめるなあああああああああああー!!』
『ぎぁぅおまぅぁぁ』
「わ、凄いですね。通常だったら突破してましたよ」
『ど、どんな、もんよ……これで途中で帰る方法とか……あるの?』
「はい、クレイジーキングコースにはありません。後三階層、引き続き頑張ってくださいね」
『………………もういや』
バーバラはエスクードソードを地面に叩きつけた。
『もういやーーーー! アトラクション気分だったのに、こんなの詐欺よ! やめる! やめるから帰してよー!』
「そんな事言っても、脱出装置は死ぬ時だけです。これまでに手に入れたアイテムも全て没収になります」
『それもいやー-----!』
「…………ふふ」
大画面の中では
これがtowerの仕様だ。参加者は言うに及ばず、観戦者は悪魔もドン引きするような拷問鑑賞会と化す。身内が嬲られてボロボロになり、魔物にボコボコにされるのを見れば子供達のトラウマになる。人気など出るはずがない。
なまじっかバーバラは強いばかりに突破する。そして未踏地域に足を踏み入れ、
『はーーーーーーーにほーーーーーーーー!! なんか可哀想な子が来たよーーーー!』
『うげっ、なにこの白ハニワ!? でっかくて偉そう!』
『細かい事は気にしない! さあ、勝負だよ! 僕が勝ったらこの眼鏡を着て……ふふふ……!』
そして、
『つ、強すぎるぅ……』
勇者バーバラは、遂に倒れた。
『お楽しみターーーイム! 勇者が負けたらCGシーンの発生だよ! エロゲーのお約束だよね!』
『ひっ……や、やめ、やめて……いやあああああああああああああああああ!!』
画面の中では、陶器達の精神凌辱会になっていた。
言葉責め、衣装責め、眼鏡責め、ありとあらゆる可哀想な目にあわされ、バーバラの尊厳はズタズタに切り裂かれ、あられもない姿を晒す。
「ふふ……ふふふふ……」
トゥーラの忍び笑いは、忍び笑いとは呼べないものになってきた。
『ほらー、これで最後だからちゃんと台本通り言うんだよー』
メイド姿になったバーバラは、ガーターを見せつけるようにスカートをたくし上げ、涙ながらにカンペを読み上げる。
『う、ううっ……私、勇者バーバラはポンコツ過ぎて、偉大なる陶器様に負けてしまいました……。あまりに情けないので、どうかその逞しいモノで私を塗り潰してくださいっ……!』
『ひゃっほーーー! 水鉄砲、構えー!』
『ずぶ濡れだー!』
ぴゅっぴゅと水がけられ、また言葉責めが始まる。
『ねーねー、僕達に負けてどんな気持ち? ねえどんな気持ちー?』
『うわあああああああああんっ! あんまり、あんまりよおおおおおっ!!』
「……っぷ、もう駄目っ!」
トゥーラは遂に我慢出来なくなって、吹き出した。
「あははは! 勇者様、なんて御姿なんでしょう! アトラクションで何故こうなるのですか! あははははははははは! あははははははははは!」
『見ないで! 見ないでええええええええええええ!』
「あははは! 申し訳ありませんバーバラ様、すっごく面白いですわ!」
トゥーラは勇者のあまりに無様な姿に笑いが止まらなくなり、腹を押さえて笑い続けた。
アトラクションが終わった後、二人は係員が用意した一席に向かい合って座っていた。
「……勝負は私の勝ちだから、それでいいわね」
顔を真っ赤にしたバーバラがトゥーラを睨む。
「何のことですか? 勝負をした覚えがありませんが」
涼しい顔でトゥーラはとぼける。だが隠しようもなく、口の端は緩んでいた。
「遊園地が面白いって事よ! 面白いって言ったでしょ!」
「ああ、その事ですか。勝負をしたつもりはありませんが、確かに私が間違っていましたわ。ごめんなさい」
クスクスと笑い、白銀の少女は頭を下げる。
「遊園地はそこまで面白いとは感じませんでしたが……バーバラ様はとても面白かったですわ。腹を抱えて笑うなど、いつぶりかしら」
「…………ならいいわ」
バーバラは羞恥を隠すために、緑茶を口に含む。
全くもって最悪極まるアトラクションだが、面白くないと言われるよりはマシだった。
「これからどんどんつき合って貰うわよ。今度はトゥーラちゃんも参加だからね。笑ってやる」
「ええ、ええ、仕方ありませんわね。ですが残念な事に、他の施設は混雑しておりますし、またの機会という事で」
逃げ道があり、余裕面を崩さないトゥーラに対してバーバラはニヤリと笑った。
「逃がさないから。こちとら魔王討伐隊隊長と総帥の娘のコンビよ。色々出来る事についての説明は受けてるし、使わない手はないわ」
「……まさか、私達の権限を遊園地に使うおつもりですか!?」
「そりゃー使うわよ。列の横入りどころか貸し切りやっちゃうから! それで大人用に切り替えて、トゥーラちゃんの泣き叫ぶ顔をちゃーんと拝ませて貰うからね!」
「なんて横暴な事を……!」
バーバラは口を手に当てて驚くフィオラに手をわきわきとして迫る。
「ふふふ……一緒に楽しみましょうね。ジェットコースター、三周から行きましょうか……」
「け、結構です。結構ですわ……」
背中に椅子を強く預けて、後ずさりをするトゥーラに対してバーバラは手を伸ばし、
「トゥーラちゃん、あーそびましょーーー!」
「――――そこまでだ」
大人の男に腕を掴まれて、遮られた。
「なっ!?」
その声を皮切りに、次々と男達がトゥーラの近くに忍び寄り、囲む。
彼等の服装は皆軽装の東ヘルマン軍服であった。だが、誰もがヘルメットを被っていない。
仕事中なはずなのに顔が見える。巌のような軍人然とした男達が、トゥーラを囲んでいる。
「トゥーラ・ホワイト。総帥様の命が下った。連れ戻せとの仰せだ」
「総帥様は勝手な行動をした貴様に対して思うところがある。家に戻って沙汰を待て」
「あ……」
兵士はトゥーラの細腕を無遠慮に掴み、有無を言わさぬ力で引っ張って立ち上がらせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
力を込めて、バーバラは自分を掴んでいる男を振り解く。強烈な力だった為折れるぐらいの勢いで振り解かなければいけなかったが、その軍人は顔色一つ変えなかった。
「あんた達、東ヘルマン軍人でしょ! 私は魔王討伐隊長よ! 私の権限を行使すれば――!」
「それがどうした。我々は総帥様の直属部隊だ。総帥様以外の指示は受けん」
「っ…………!」
そこには浮ついた雰囲気など欠片もなく、黒鉄の意思のみがあった。
(これがアキラが話していた直属部隊……!?)
アキラは東ヘルマンにおける1つの注意事項を伝えていた。他は庇えるが、これだけはどうにもならないものだ。
ザンデブルグ、ホワイト、それぞれにはこの国の人材の最精鋭を搔き集めた超精鋭部隊が存在する。彼等は二人の指示でしか動かないし、決定した事はなんでもやる。なるだけ関わるなと。
それぞれの男は筋骨隆々だったり細身だったり様々だ。だがその目に宿る意思の色だけは統一されている。黒の徽章もまた、彼等を象徴するものだろう。これまでの兵士達とは違う。
今朝の兵士達は感情ある人間であり、軍人であろうとする男達に過ぎない。こちらは本当に機械そのもの。自己という存在を軍人という暴力機関として純化させたような、覚悟と圧力があった。
この部隊は、東ヘルマンの闇だ。
「勇者バーバラ、総帥様は魔王ランスの討伐を期待している。励む事だ」
「魔王討伐隊隊長として歴代の隊長に恥じぬ活躍をするように」
そう言い捨てて、彼等はトゥーラを引っ張り、去っていく。
引っ張られて離れるトゥーラの目には、どうせこうなるという諦めと、笑みがあった。
「トゥーラちゃん! また本を読んでてつまらなかったら、私と遊びましょう!」
気づけばバーバラは大声で叫んでいた。
その声が聞こえたか、トゥーラは一瞬だけ目を見開き、苦笑した。それがバーバラの見た最後の姿だった。
「…………なによ、あいつら。言われなくてもわかってるわよ」
これからが楽しいところだったのにと嘯き、緑茶の残りを飲む。この上なく苦い味だ。
遊園地の外れから見れば、中心はまだまだ人が多く、笑顔に溢れている。場末の端だったから、このような堂々たる拉致が成立したのだろうかと考えてしまう。
どのみち一人で楽しむ遊園地は二人よりかはつまらない。そう思って帰ろうと足を向ける。
「あーーーーーっ、バーバラちゃんだーーーー!」
そんな時、声がかかった。
声の方を振り向くと、めいめいが楽しんできたと思わしき魔王の子達がいた。
ナギとウズメはお揃いの仮面を頭にかけているし、ウズメはキャラメル味のポップコーンを食べている。メリモはわたあめを掲げて、ぱたぱたとバーバラの方に歩み寄る。
「バーバラちゃん、やっとお仕事終わったんだね! じゃあ一緒に遊ぼっか!」
「メリモちゃん……」
「えへへ、少しでも多く人がいた方が楽しいもん。ほら、早く早くー」
手を握って、満面の笑みでバーバラを促すメリモ。手を振る他の子達も輝いている。
魔王の子達はこの世界の光だ。バーバラにはとても眩しかった。
バーバラは一度だけ、先程まで座っていたテーブルと、飲み切られなかった紅茶を眺めて、
「……うん、行こっか!」
遊園地にある光の輪に混ざり、メリモ達と遊ぶ事にした。
魔王討伐隊の最後の休日は、こうして明るく終わった。
トゥーラ・ホワイト
ホワイトの一人娘。
人を遠ざけようとする性質と、時折ある辛辣な言葉遣いから、大人受けは悪い。
子供達もその見た目の特異さから気持ち悪がれている。ホワイト家は割とそう。
父親は基本的に忙しく、家に帰るのが遅いし帰らない日もザラ。
ザナゲスサーガ
ヘルマン建国者、ザナゲス・ヘルマンについて書かれた長編小説。(1~621巻、以下続巻)
ヘルマン史を忠実に書かれた小説となっており、途中から英雄というよりも歴史物語に近い。
執筆者の執筆速度がとんでもないため少しずつ現代に近づき、遂に追いつきつつある。
一巻から追い続けているファン達からはいよいよ完結を迎えるのではないのかと専らの噂。
Tower出張版
7層HK(手加減)
8層グナカン
9層cK……の群れ。
かわいそうロリ枠。
新キャラの女とか気合の入れっぷりがダンチにせざるを得ない。
次回、12日目標。
無理ってのはね、嘘つきの言葉なんですよ。
いよいよ戦闘突入……その前に。
この期間、ALサイドが何をしてたかーって話です。