1
ウラジオストックを陥落させてから数日が経過した。
ボク達は全く動いてなかった。というのも、ランスのせいだ。
「がーーっはっはっはっはーーー! ほれほれほれーーーー!」
「ランス君、流石に私もそろそろ……んんんっ……!」
「俺様を舐めてもらっちゃ困るなあ! まだまだ幾らでも出来るぞー!」
「はぁっ……あ、ああっ……あああっ……! もう、だめぇっ……!」
「くくく、これでアムちゃんにも勝利だー! もうセックスで俺に勝てる奴はいないぞー!」
えっちな事、三昧だ。
ハーレム用の魔法ハウスでいっつも大声を上げているんだから、何をやっているか丸分かりだ。
ボクの独断専行を責めてお尻ぺんぺんした男はずっとこんな事に興じて、次の方針も示さない。正直、退屈で仕方ない時間ではある。
何か動こうにも母さんから貰った剣は折れたし、日光も粉々。ミックスから釘を刺されて離れるなと言われてるし、どうしようもなかった。
そんなボクが、その間何をしていたかというと――
「シィルさん、皿洗い終わったよー」
「わあっ、ありがとうございます。次は洗濯物をお願いしていいですか?」
「うん、任せて」
そう、家事とかの雑用だったりする。
戦闘禁止令を受けて、ボク達は一気に暇になった。
廃墟のウラジオストックを散策したりもしたが、人がいないんじゃ面白くない。すぐに飽きた。
だからこの期間、ハーレムハウスに紛れ込んでランスの女達と話してみたり、彼等の仕事を代わりにやってみたりした。
盗賊団が大きくなる過程で、ランスはたくさんの女性を手籠めにした。えっちな事ばっかりしてるから喋れなかったけど、かつての敵がどんな事を言うか興味があったのだ。
ちなみに長田君は割れっぱなしだ。ハーレムハウスという時点で一歩も入れず駄目らしい。
ボクは洗濯籠を運んで、洗い物を干すべくウラジオストック城壁の階段を昇る。
城壁には一人の女性が腰掛けていた。ぼーっと空を見上げて、心あらずという感じだ。
「アイヌさん?」
「…………あ、ああ、エールか」
この人は無心アイヌと言い、ランスのハーレムの一人だ。魔物隊長ブロビオの首を見せられて、ランスの女になる事を誓っている。
「どうしたの? なんかぼーっとしてたけど」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「……ふーん」
ボクにも用事はある。彼女に背を向けて物干し竿に洗濯物を通していく。
せっせと腕を動かす中で、ぽつりとアイヌが呟いた。
「…………ただ、まあな、これでもいいかもしれないと思い始めている自分がいてな」
「ランスのハーレムに加わったこと?」
「今の立場に入れられた経緯には不満しかない。だけど、その後余りにもしつこいので、断る為に条件を出したらあの男は叶えてしまった。その時点で私には選択肢がなかった。だから、良くないはずなんだ。抜け出すべきなんだ」
あれは嘘っぱちで適当な魔物隊長の首だけどね。本物のブロビオはどこにいるやら。
「……でもな、ブロビオがもういないとなると私としてもやる事が思いつかないんだ。盗賊に負けて手籠めにされてる今の日々が、思いの他悪くないと感じてしまっている」
「ランスが好きってこと?」
「…………わからない。父の仇を討つ為に腕を磨いていた私には、そんな経験はないんだよ」
アイヌは、また黙ってしまった。
「うーん、ボクもランスについてはわかんないんだよねー」
そう、ランスには謎がある。
アイヌがそうであるように、ハーレムの女達は皆ランスを憎からず思っている事だ。
彼女達がハーレムになった経緯は様々だが、手法は全部強引だった。力で勝ってお楽しみタイムと称して覆い被さる。後はお察し。そんな流れでは好きな人が出るわけがないと思っていた。
アイヌも罵詈雑言を言っていたし、ランスを間違いなく嫌っていた。ところが今ではこうなっている。父親を殺されたソウルに至っては、兄ぃ兄ぃと甘えて慕っているのを見た。
ランスは破天荒で面白いとは思うけど、異性として好きになるとは思えない。でも実際は増えている。
母さんがランスを好きになった理由は、未だ謎だった。
一通り洗濯物を干し終えると、風に揺られてはためく服は中々の壮観だった。自分のやった仕事に少し満足を覚えつつ、階段を降りる。
ボクはハーレムハウスまで来ると、わたわたと働いているシィルさんに声をかけた。
「シィルさーん、次はなにすればいいかなー?」
シィルさんはちょっと困った感じの笑みを浮かべて、コーヒーを差し出した。
「あ、エールちゃん。……その、このコーヒーをミックスちゃんに届けてくれますか?」
「いいよいいよー。ボクに任せて―」
「うう、すいません、すいません……」
「? 別にこれぐらいは朝飯前だよ」
たかがコーヒー一つ届けるのに、謝罪を入れるなんて変だなあ。ボク達は仲間なんだから、これぐらい当たり前の事なのに。
ミックスはウラジオストックの中央にあるRECO教会にいる。長田君を割って向かうとしよう。
2
RECO教会の入り口の前には、デカデカとした看板が立ち塞がっていた。
【ランス進入禁止】と書いてある、ミックスが建てた看板だ。
「いつ見てもすげーなこれ」
「うん、ミックスもよくやるよ……」
ボク達が都市を占拠してからも魔法ハウスを使うのには理由がある。
ミックスがランスとの喧嘩の末、追い出したからだ。
邪魔だと言って寝転がった患者を蹴ったり、怪我をしている女性に医療行為と称してえっちな事をしたり、ミックスのキレそうな事をやりまくったランスが悪い。
やらかす度にミックスはメスを投げ、怒鳴り合い、遂には魔法をぶっ放し……シィルさんの取り成しを受けて、病院に入らないと線が引かれた。
現在二人の仲は最悪だ。ミックスはランスの顔も見たくないだろう。
『協力するのは怪我時の治癒と無関係の人の被害防止だけ。あとはあんた達でやってなさい!』
と言い放ち、教会に引き籠ってしまった。
ランスもこの事に関しては謝りもせず「つまらん」と言っているだけだった。この調子では和解する事はないだろう。
正直、前の冒険とは比較にならないぐらい空気は悪い。
ランス盗賊団は、バラバラだった。
「お、おじゃましま~す」
そろそろと声をかけて、ボクはゆっくりと扉を開いた。そのまま患者だらけの教会を、足音に気をつけて歩く。
機嫌最悪のミックスなんて何かあったら注射が飛んでくる。とらの尾は踏みたくないんだ。
教会内を探すと、一室にミックスはいた。消毒液特有の据えた匂いの中で、頭を押さえてカルテを書いている。
「ミックス、来たよー……」
「………………」
返事が無い。
目つきがいつものに増してもの凄く悪い。目の下の隈が深く深く刻まれていて、口も少し半開きになっていた。
そういえば、ミックスがここに引き籠って何日目だったっけ。3日以上は経っている気がする。
「……ミックス?」
なおも近づいて呼びかけると、ミックスがゆっくりと頭をもたげた。
「…………ああ、エール。あによ」
「うわ、目え真っ赤じゃん! 大丈夫か!?」
長田君が叫ぶけど、それは元々だよ。でも充血しているからか少し濁ってるようにも見える。
「コーヒー持ってきたよ。シィルさんからお願いって」
「ああ、なるほどね……はいはい……ありがとね」
ミックスは頷くと、コーヒーを受け取った。
そのまま飲むのだが、その間も視線はカルテに注がれていて、ペンが止まる事はない。
飲む時間も惜しいというように、飲むというより流し込むようにコーヒーをごっきゅごっきゅと飲み干している。
砂糖もミルクも無いのに苦しくないんだろうか。いや、というより……
「ミックス、ちゃんと寝てんのかー? 明らかにヤバそうだぞー」
「仮眠は暇を見つけて取ってるから大丈夫よ」
「それってまともに寝れてないって事じゃん。休んだ方がいいよ?」
「医者だからこれくらいは日常茶飯事で慣れてる。気にしないで」
ボク達の意見を跳ねのけるミックス。
彼女はウラジオストックにいる怪我人を一手に受け持っている。自主的に手伝う人間もいるが、医術の心得なんて持っている人は残っていなかった。
ボクも少し手伝ったけど、神魔法は怪我や状態異常を治しても全てを治すわけではない。重病者の中にはどうしようもないのがある。
その手の重病者の為に、ミックスは睡眠時間を削る羽目になっている。
分厚く積み上がったカルテは重病人だけではなく、軽度の経過観察、ボク達の健康管理の分まで含まれている。
最近は食事もこっちに運んで不規則に取るし、働き過ぎじゃないのかと思ってしまう。
「……ミックスが倒れたら、元も子もないよ」
「自分の健康状態は毎日チェックしてるし、許容範囲だから問題ないわ」
許容範囲って言ってる時点で、完全な健康じゃないじゃないか。
だけど医者としてのミックスはとてつもなく頑固だ。自分の意見を曲げた事がない。ボクはこれ以上何か言う事は出来なかった。
ミックスはカルテを書き上げると、立ち上がった。
「これから点滴の交換に行かないと。それが終わったら回診に行って、それから……」
ぶつぶつと呟き、部屋の扉を開けようとして……支えを失った人形のように、崩れ落ちた。
「ミックス!」
慌ててボクは駈け寄った。
言わんこっちゃない。やっぱり無理してたんじゃないか!
「長田君、この事をシィルさんに知らせて! ボクはとりあえずヒーリングをかけて、ダメそうなら運ぶ!」
「お、おうよ! 任せとけ!」
「いたいのいたいのとんでけー!」
ヒーリングをかけつつ倒れ込んだミックスを抱き起して、その状態を確認する。
息はあるし、熱も無い。顔色は若干青白いけど、さっきとはあまり変わらない。こういう病気系に関してはさっぱりわからない。
頬を叩いてみたり、肩を揺すってみたけどミックスに起きる気配はない。
「ああもう、こういう時の為のミックスなのにー!」
「くっくっく……」
「……ん?」
今、忍び笑いが聞こえたような。
「がははははははははーーーっ!」
「ランス!?」
馬鹿笑いと共に、天井からランスが降りてきた。
ランスはボクとミックスの近くに歩み寄る。
「がははははは! 生意気娘がざまあないな! 俺様の力を思い知ったか!」
呆気に取られたボクを放置して、ランスはミックスの頬をむにーっとしたり、頭をくしゃくしゃに撫でたりやりたい放題だ。悪戯に成功したガキ大将のようだった。
それでもミックスは全く起きる気配がなく、ランスは遂にスカートを捲り上げた。
「おー、服の段階でそうではないかと思ったが、下着もミラクルと同じ趣味してるな。実はこいつマザコンじゃないのか?」
「な、何やってるのーーーーー!?」
「俺様を追い出した仕返しだ。いつもお父様のやる事に反抗するからこうなる」
いや、実の娘にする事か!?
というか、仕返しって事はミックスが寝たのも……
「ランス、ミックスに何かした!?」
「おう、お前が持ってきたコーヒーに睡眠薬をどぱーっと混ぜといた」
「なっ…………!?」
「直接出せばあいつは絶対受け取らんだろうがな。奴隷は俺様に絶対服従、油断する方が悪い」
あまりの事に、ボクはぱくぱくと口を開け閉じするだけで次の言葉が出ない。
そういえばシィルさんは謝っていた。こうなる事まで予想してたから罪悪感があるのだろう。
シィルさんからボク経由で渡すコーヒーなんて、ミックスでも受け取るに決まっている。家族を疑うなんて馬鹿げてるからだ。それなのに、
「シィルさんだけじゃなく、ボクまで利用して……!」
「なーに言ってんだか。これが睡眠薬じゃなくて毒だったらどうする」
「……っ!?」
ランスはふんと鼻を鳴らして、馬鹿にするようにミックスを見下ろす。
「黙って聞いていれば慣れてる、問題ないだと? 徹夜続きで問題大有りではないか。馬鹿だ馬鹿だと言っていたが、こいつの方がよっぽど大馬鹿者だ」
辛辣な言葉だけど、一理ある。
ミックス自身、東ヘルマンでは気をつけろと口を酸っぱくして言っていた。毒を盛られる事もあると言っていた。だけどその言葉を口にした本人が、真っ先にかかってしまっている。
そうなったのは、徹夜を繰り返して極度の睡眠不足にあったからだ。
医療行為にミスは許されないし、それ以外の事も気がつき器用なため全てに手が回ってしまう。
だからこそ、他の事で気が抜けてしまった。よく確認もせず、味もわからずに飲み物を口にしてしまった。
今のが敵なら、ミックスは死んでいる。
「ガキは寝るもんだ。背が伸びる時期に徹夜なんてやりまくってたら伸びるもんも伸びんわ。この年で徹夜をやらなきゃいけない仕事をするのが間違っとる。やはり医者なんてやらせるもんじゃないな」
そう言うと、ランスはミックスが持っていたペンを使って顔に落書きを始めてしまった。
天使の寝顔に肉文字や〇や×を書き込んで、綺麗な顔が台無しだ。ミックスは起きた時に烈火の如く怒るだろう。
でもボクにはランスがミックスの医者を反対する理由に、少し納得がいってしまった。
ミックスは自分を削る程に優しすぎるのだ。赤の他人なんてランスもボクも正直どうでもいい。それでミックスが削れる方が心配なんだ。
ランスはミックスを抱き上げ、いつの間にか傍らに立っていたアムに指示を飛ばす。
「アムちゃん」
「はあい」
「重病人とやらが死んだらその時だが一応見といてくれ。あと、人手が必要なら俺の女を使ってもいい」
「くすっ……ええ、わかったわ」
迷いなく指示を飛ばす後ろ姿は慣れたもので。
ありとあらゆる冒険を自分で引っ張っていた男のものだった。
「エール」
「う、うん!」
今回の冒険のリーダーが、ボクを指名した。
どんな指示を飛ばすんだろう。久しぶりの高揚感の中で立ち上がる。
「なんとかしろ」
「……なんとかって、何を?」
「知らん。お前がなんとかしろ」
極めて抽象的な指示だった。
「そんなんじゃわからないよ。ランスはボクにどうして欲しいの。怪我人を治せばいいの。ミックスを助ければいいの。それとも……」
「だからそれを自分で考えろ。俺様はやるべき事があるから、お前が代わりにやれ」
ミックスを背負ったランスが振り向くと、不敵に笑いかけてきた。
「それとも、まさか出来ないのか? それでよく主人公だと吐けたものだな。俺は自分のやる事は全部自分で決めていたぞ」
明らかに馬鹿にした笑みだ。
途端にグツグツとした熱が腹の中に溜まり、頭に血が昇っていくのを感じる。
気づいたら、拳を握り締めて叫んでいた。
「…………やってあげるよ! なんだか知らないけどボクがこの事件を解決してみせる! ボクは魔王の子達のリーダーなんだ! これぐらい楽勝さ!」
「うむ、よかろう」
ランスは鷹揚に頷き、部屋を出ようとする。
だが、その前に聞くべき事がある。去り行く背中に声をかけた。
「ボクに丸投げする以上、ランスもリーダーとして何かするんだよね」
「当然だ、俺様にしか出来ない重要な用事があるのだ」
「何するつもりなの?」
自信満々に、極めて嬉しそうにランスは答えた。
「セックス」
やっぱ最低だこいつ。
こんな奴が主人公に相応しいわけないだろう。ボクこそが主人公だ。
こうして何をすればいいかわからないまま、ボクの任務が始まった。
一部主人公と二部主人公の激突。
話的にまとまりをつける為に分割。