※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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 冒険の本質とは、異世界の世界観を読者に浸らせる事。
 いつかそんな書き方が出来ればいいですね。



AL 友情フェイズ ランス B② 冒険

      3

 

 困った。

 

「う~~~~~~~~~~~~~~ん………………」

 

 ボクは魔法ハウス内の食卓に体を突っ伏して唸っていた。

 ランスに挑発されて受けたのはいいのだけど、ホントに何をすればいいかわからない。

 ごろんと顔を傾けて長田君の方を見る。彼も両手を横に広げた。お手上げだ。

 

「参ったもんだよなー。あれお前の父ちゃんもわからないだけなんじゃね?」

「ボクも正直そう思う」

「そもそも、何をどうしろって言うんだよ。何とかしろって言ったって、何が問題かもわからないしなー」

「うん……」

 

 そこからが問題だ。

 敵を倒せばいいなら話は簡単だ、ぶっ飛ばせばいい。立ち塞がる障害は全て跳ね返して来た。

 なにせボク達は世界を救った人類の希望、魔王の子達だ。魔王以外は楽勝だった。その魔王でも修行する事によって倒してみせた。

 でもこの問題は、今までボクが解決してきた問題とは違う。

 

「少し整理してみようか。まず何がマズいのかを」

「えっとー、まずランスとミックスが喧嘩して俺達ごと追い出したんだよな」

「そこはランスが悪いよね」

「それでランスが報復としてミックスに睡眠薬を盛ったと」

「そこもランスが悪い事してるよね」

「さらにミックスを散々に悪戯したと」

 

 なんだか全部ランスが悪い気がしてきた。

 でも違う。本当に全部悪いんだったらボクはランスをぶん殴りに行ってる。睡眠薬を盛る事自体には正しいと思ってしまった。

 じゃあランスの言う通り、騙されたミックスが悪いのか? それも違う気がする。

 

「ミックスが徹夜をやめれば、あんな事には引っかからない気がするけど……」

「やめる気しないよなあ…………」

 

 はあ~と、二人の溜息が重なる。

 この問題には、今までと違って敵や答えがないんだ。だから戸惑っている。

 思い返せば、ボクの冒険にはいつも目標と方針があり、周りの仲間が選択肢を与えてくれた。

 魔王討伐の旅自体、急に母さんに言われたものだ。五つのオーブを集めて世界各国を回って仲間を集めろ。そんな使命があって、逸れてはいてもそこに沿っていけば良かった。

 

 何度も何度も選択肢はあった。

 長田君が止めるのに従って盗賊退治をしないで楽しく冒険するとか。

 お姉ちゃんが冒険をやめるべきか否か聞いたりとか。

 砂漠を冒険するかとか、香姫に会うかとか砂糖の数みたいな細かいものまで。

 これら全ては概ねボクが選択して来た答えだ。ボクがリーダーなんだから当然だ。

 

 でも……ランスとの冒険では、何か違う気がするんだ。なんというか、二つか三つしかない答えが無限にある。

 概ね一本道だったボクの冒険から、自分勝手に動き回るランスの冒険になっている。

 だから完全に手綱を渡されてしまうと、どうすればいいのかわからない。

 

「長田君はどうすればいいと思う?」

 

 だからいつものように長田君に振ってみた。

 長田君は一瞬きょとんと首を傾げたあと、胸を張って答えた。

 

「俺? 俺だったら寝ているミックスを連れ去ってソウルフレントと一緒に逃げるね!」

「えー」

「だってこれ絶対軍隊が来るじゃん! 俺達超悪者じゃん! そんな危ない事やりたくねえよ! ランスに任せて逃げようぜー!」

 

 臆病者め。

 

「却下。東ヘルマンはお姉ちゃんに攻撃した時点で万死に値する。逃げるとか論外」

「相棒も大概おかしいからな!? あんっ!」

 

 つまらない方針を言う奴にはフライパンをプレゼント。

 

「もー! じゃあ相棒はどうしたいんだよー!」

 

 即座に復活した長田君が、べしべしとボクを叩いてきた。

 

「ボクが?」

「そーだろ! 俺の言う事を駄目だしするって事は、エールにやりたい事あるじゃん! 決めてるなら悩む必要なんてないだろー!」

「やりたいこと、ねー……」

 

 そりゃあるよ。

 楽しい事したいし、冒険に行きたい。変態アキラはぶっ飛ばしたいし、お姉ちゃんに会いたい。

 そして、ミックスが心配だ。

 これからも目の隈を深くしてミックスは医者をやる。本当に倒れたらと考えると止めたくなる。でもミックスは絶対止まらないだろう。

 彼女はボク達どころか、見知らぬ赤の他人の面倒まで見てしまう。止めるのが無理なら、彼女の負担を少しでも減らしてあげたい。

 でも、それが果たして正解なのか……

 

「なーんだ。その顔してるって事は簡単じゃん」

「へ?」

 

 長田君がぽんぽんとボクの肩を叩いて、優しく語りかける。

 

「しっかり考えてるみたいだし、エールのやりたい事をやれば、それが答えになるんじゃね?」

「えっと、ランスがなんとかしろって問題なんだけど……」

「自分で決めていいって事だよ。エールを信じてるんじゃねーの」

 

 あまりに以外な長田君の物言いを前に、自分がどんな顔をしているのかわからなくなった。

 ただ頬を掻いて、それでいいのだろうかと考えて、

 

『それとも、まさか出来ないのか? それでよく主人公だと吐けたものだな。俺は自分のやる事は全部自分で決めていたぞ』

 

 という、ランスの言葉を思い出した。

 

「……あ、そうだったんだ」

 

 自分でやる事を決めていいんだ。

 任せられているんだ。単純な話だったんだ。

 さっきまで馬鹿みたいな悩みをしてたなと苦笑を漏らしてしまう。沸々とやる気が沸いて来て、鈍かった頭が回り出すのが実感できる。

 ボクは勢い良く立ち上がり、満面の笑みを浮かべて長田君の手を取った。

 

「長田君、冒険に行こうか!」

「はあ!? どうしてそうなるんだよ!?」

 

 

 

    4

 

 

 

「がははー!」

「マジで冒険に来ちゃってるし……」

 

 ボク達はウラジオストックの冒険を始めていた。

 と言っても前みたいなつまらない廃墟探索ではない。ウラジオストックの地下に広がる水道施設の入り口にいた。

 メンバーはボクと長田君、そして……

 

「あ、あのう……どうして私も呼ばれているのでしょうか?」

 

 ランスの恋人、シィルさんだ。

 

「ふっふっふ、それは追い追い説明するね」

 

 冒険中は発見がないと雑談のネタが少ない。ボクの種明かしは時間潰しにぴったりだ。

 ボク達は地下水道施設へと降り立った。

 

 地下水道施設というのに初めて踏み込んでみたけど、これまでのどのダンジョンや塔とも違う、独特の世界が広がっていた。

 まず暗く、じめじめとしている。光源はほとんどなく、光魔法で視界を確保してゴーグルを着けて探検した方がいい。ただ人が通るように造られたものなので、足下の不安は少ない。

 水道施設の特徴としては縦横無数に見えるパイプラインと、不必要なぐらいにある分岐点、独特の匂いが挙げられる。

 パイプラインや分岐点は何のためにあるかわからないけど、匂いはキツい。

 石壁に覆われたコケや水、油や髪の毛の塊とかがぐちゃぐちゃに絡み合った液状固形物があり、近づくだけで涙が出るような刺激臭をお届けしてくれる。迂闊に鼻を近づけるのはもうやめよう。

 梯子を下りる時も注意が必要だった。年月の経過で錆びきっており、一段降りる度に嫌な音を立てるんだ。もし間違えて落ちたら、今日のシャワーは念入りになるな。

 

「おわっ!」

 

 あ、長田君が落ちた。陶器だからこういうのは苦手か。

 

「危ない長田君!」

「ぎゃーーーーーーーーっ!」

 

 長田君が汚水に落ちるのを助ける為に飛び蹴りをかます。

 一番大きい破片が落ちたところからリスポーン、狙い通りに汚水に落ちる事は避けられた。

 

「あーーーーーーーーーーっ! 俺のカツラがあああああああああ!」

 

 あ、しまった。そっちは別判定なのか。

 視線を向ければ、濁った黒い水の中にぷかぷかとカツラが浮かんでいた。

 

「取って、取って取って取ってええええええええ!」

 

 長田君がばんばんばんと地面を叩くが、手足が短すぎて全く届かないところにある。

 

「えんがちょだし、諦めたら?」

「お前ふざけんなよ! あれが無いと俺はただのレッドハニーしか見えないじゃん! あれは俺の存在意義(アイディンティティ)なの! オシャレするハニーは俺が始祖で初代なのよ!」

「だから汚水ごとカツラを被るの?」

「おうともよ! 例え泥に塗れようが俺はカツラをした方が輝いてるぜ!」

 

 いや普通に臭いしやめて欲しい。

 うるさいから適当にあった棒きれを使ってカツラを放り投げる。うわ本当につけたよ。

 

「どうだ! カツラの角度決まっているか!?」

「臭い、近寄らないで」

「ひでえ!」

 

 当然だ。女の子なら今の状態の長田君に近づく方がおかしい。シィルさんも対策しようがないから距離を開けている。誰だって吐き気を催したくない。

 ボク達は若干長田君との距離を取りながら、地下水道の探検を続けた。

 地下水道施設も、汚水ばかりの場所だけではない。貯水を受け入れるようなためなのか、開けて天井の高い石柱ばかりが立ち並ぶ施設もあったりする。暗いのに広い空間というのは、闇に吸い込まれそうな雰囲気がある。

 この上は何があったっけと考えながら探検を続けていると、シィルさんが声をかけてきた。

 

「え、エールちゃん」

「なにー?」

「その、そろそろ教えてくれますか。どうしてこんなところを冒険してるんでしょうか?」

 

 そうか、そろそろ説明しといた方がいいかな。

 

「んー、まず冒険の目的を言うとね、ミックスのためだよ」

「だからそれがどうしてこんなところの冒険に繋がるんだよー」

「まず確認なんだけどね、ボク達の中にミックスの医術がわかる人間っている?」

 

 二人は首を横に振った。

 そりゃそうだ。カルテ自体秘密主義なのか読めたもんじゃない。

 

「ボクはミックスの負担を減らしたかったんだ。でもミックスの分野を知っている人間は誰一人としていない。だから力を貸そうとしても、ミックス自身が必要な負担は全く減らない」

「まあそうだな。俺達が手伝った時もずっと忙しそうだったもんな」

「だから、いないなら連れて来ればいい。ウラジオストックの民間人の力を借りよう」

 

 襲撃当初、ウラジオストックには沢山の一般人がいた。

 だが襲撃が判明してから彼等はどんどん逃げ出し、煙のように姿が消えてしまった。

 後でミックスが調べた事によると、東ヘルマンの大都市は地下シェルターが存在しており、民間人は有事の時に退避するそうだ。

 

「この水道施設は地下シェルターへと繋がっている。そこには沢山の民間人が避難しているけど、その人達の中には医術の心得がある人もいるはず。そういう人達を手伝わせれば、ミックスの負担はきっと減る」

 

 少なくとも、寝る時間は確保できるようになるはずだ。

 

「ただ、ウラジオストックを陥落させたボク達が素直に行っても協力して貰えるかは怪しい。だからシィルさんにお願いしようと思って」

「私……ですか?」

 

 シィルさんはきょとんとしていた。自分の凄さがわかってないな。

 

「ランスにもボクにもミックスにも盗賊にも仲良くできるなんて、お姉ちゃんとシィルさん以外見た事ないよ」

 

 お姉ちゃんならこの場面、絶対出来る。ならシィルさんも行ける気がする。

 

「少なくともボク達には無理だよ。馬鹿にされたり、喧嘩を売られたら魔法を打ちそう」

「ノリでやっちゃうもんなー」

「相手が話を聞かないなら、ボクが魔法をぶっ放してシィルさんを守る。でもそうじゃなかったらシィルさんにお任せ。まーそんな感じ。……どうかな」

 

 一瞬、しんとして……ポツリと長田君が呟いた。

 

「驚いた……マジで滅茶苦茶考えてたんだな」

 

 別にそんなことは無い。

 こういう話はランスのハーレムの女達とか、治療した兵士から暇潰しで聞いていたのだ。

 彼等の言葉を受け売りにしてるだけで、ボク自身は大して考えちゃいない。まとめただけだ。

 でもそういう事にしといた方がカッコイイから不敵に笑っておく。

 

「ふっふっふ……魔王の子一の天才児とはボクの事だよ」

「それだけはないわ。お前基本元就(バカ)やレリコフ(アホ)のグループだろ。あんっ」

 

 失礼なので割る。

 

「いてて……でもさ、一つ納得出来ない事あるんだけど」

「なに?」

「これまで支配した村でも町医者とかいたじゃん? それならいるか分からないものを探すより、あいつら呼べばよかったんじゃね」

「あ」

 

 忘れてた。

 あ、長田君がニヤついてる、ムカつく。

 

「いや違うよ。決して忘れてたんじゃない。ボクはこっちの方がいいと思ったんだ」

「へー、じゃあ言ってみ? ほら言ってみ?」

 

 どうせ理由なんて無いと思っているな。

 でもこっちの方が良いと思った理由は、直感的にあったんだ。

 

「長田君、あたりを見回してみてよ」

 

 ボクは光魔法の威力を強めて打ち上げ、周囲を明るく照らす。

 

「お、おおっ……!」

「わあっ…………!」

 

 強い光球に晒された地下施設は、いよいよその姿を映し出していた。

 等間隔に並べられた円石柱が、整然とした大理石にそびえ立つ。広い空間の中で靴音だけが反射し、自分達だけがここにいるんだと実感させてくれる。細部に渡って統一された造形は一種の神殿かと錯覚させるような荘厳さを備えていた。

 これだけの大空洞がウラジオストックの地下に広がっているのだ。見なければ勿体ない。

 

「この方が楽しいよ。長田君はワクワクしない?」

「っへ……そうだな。冒険した方が俺達らしいよな!」

「でしょー」

 

 この世界は、見た事もない景色がまだまだたくさんある。これもその内の一つに過ぎない。

 つくづく冒険って楽しいなと感じる瞬間だった。

 でも、それだけではいられない。神魔法によって人口密集地――シェルターはいよいよ近いと教えてくれる。そろそろ気を引き締めないといけないのかな。

 

「もうすぐシェルターだから、ボクはちょっと後ろに回るね。シィルさんが先頭で」

 

 ボクの顔を覚えられてたから、その時点で戦闘開始ってのは勘弁だ。いや別に全滅させてもいいけど、ミックスに怒られそうな気がする。

 シィルさんは先頭に立った事で、見るからに顔が強張っていた。

 

「は、はい! がんばります!」

「大丈夫、なんかあったらぶっ飛ばすから」

「相棒マジ無敵なんで! それじゃ頑張ってください!」

「長田君まで後ろに回る必要はないんだよ?」

 

 どうせ何もしてないし。

 整然とした地下水道を行くと、やがてなだらかに下る分岐が見えてきた。この道だけが明らかに真新しく、複数の靴跡が散乱している。

 螺旋状に少しずつ下って、どれだけ歩いただろうか。巨大な封鎖壁が見えてきた。鋼鉄製の城壁に幾重にも閂がかけられており、いかにも当たりって感じだ。

 

「…………いずれ来ると思っていたが、遂に来たか」

 

 そして、その傍らに一人の教団員が立っている。

 ミックスの説明が正しければ、階級は三日月。卍マークが入った教団員だ。銀色の鎌を構える姿はそれだけで只者ではないと察せられる。盗賊からパクった武器では面倒臭いかもしれない。

 一人でここにいるとは、間違いなくウラジオストックに残った中では最強の人間だろう。

 ゴーグルをかけてるし、シィルさんの後ろに隠れている。多少は誤魔化せやしないかと期待しておこう。

 いつでも襲い掛かられたら前に出れるようにしながら、シィルさんの歩調に合わせて少しづつ近づいていく。

 

「止まれ。これ以上進むのならば、私が相手になろう」

 

 その宣言に、シィルさんの足が止まった。

 

「ここから先は民間人がいる。金を奪うのもいい、糧食を奪うのもいい、だが命を奪いに来たのならば、相応の報いを覚悟しろ」

 

 教団員の声色は、命を捨てる覚悟を決めているものだった。

 

「わ、私達は戦いや奪いに来たのではなく、交渉に来ました。話を聞いてくれないでしょうか!」

 

 シィルさんが両手を上げて、無抵抗をアピールする。

 光源が限られているからお互いの顔は良く伺えない。だが意思は感じ取ったようで、三日月の教団員は鎌を地面に突き刺した。

 

「問題無い、こちらに来たまえ。ただし後ろの少女は剣を捨ててくれ」

 

 バレてたか。

 ボクは剣を放り投げて、シィルさんの隣を歩く。教団員も鎌を持たずにこちらに歩み寄る。

 お互いの距離が近づき、仮面の造形が細かく見えるようになる。よくよく見れば、ナンバリングも彫ってあるんだな。

 

「…………ッ!? ば、馬鹿な! 貴方は……!」

 

 教団員の方も大きく驚いた。視線はシィルさんの方に注がれていて、体を仰け反らせた。

 あまりの反応にシィルさんもきょとんとしている。

 

「どうしたんこのおっさん。シィルさんと知り合いなん?」

「…………いや、良く似た他人だった」

 

 嘘だな、取り繕ってるけどバレバレだ。

 

「それより、どうしてここに来たのですか。話を聞かせて戴けますか」

 

 その証拠に教団員はいくらか緊張を解いたようで、声が柔らかくなっていた。

 

「あ、はい。私達はウラジオストックを襲撃したランス団の盗賊団の一員です。まずこの事で迷惑をかけている皆様にお詫びします。本当にすみませんでした!」

 

 シィルさんが頭を下げ、ボク達の事情説明が始まった。

 ランスがどういう状態か、盗賊団がこの町を占拠した経緯、その結果発生した怪我人をこちらが受け持っていること。全てを詳細に、時折謝りつつ説明する姿は淀みがない。

 一体どれだけの事をランスが彼女にやらせているのかと察せられる。

 ひとしきりシィルさんが説明すると、教団員は穏やかに頷き、

 

「――――なるほど、そういう事情だったらこちらも協力できます。命を張って戦ってくれた仲間を助けられるなら反発も少ないでしょう。私は避難民をまとめている立場なので医療従事者も把握していますし、その数の病人なら問題ありません」

「あ、ありがとうございます!」

「宗教は人を救う為にあります。逆にその医者に礼を言いたいぐらいですな」

 

 なんだかシィルさんにだけ、やけに丁寧な言葉遣いだ。

 話がまとまると教団員は視線を映して、じっとボクを見た。

 

「君がエール・モフスか?」

「そーだよ」

 

 教団員や東ヘルマンの兵と戦わずに話すのは、何か変な気分になるな。

 母さんの敵だし絶対悪だと思っているんだけど。

 

「――――ありがとう」

 

 教団員が、ボクに頭を下げてきた。

 

「魔人、魔王問題を解決してくれた事に心から礼を言わせてもらう。あの男は救い難い罪業があるが、それでも魔王に相応しい程の外道ではなかった。あれは私にとって唯一つの心残りだった」

 

 まるで幽霊が言う台詞だなあ。

 ただ、礼を言われるのは悪い気がしない。敵でも話せる奴なんだと親近感が沸いてくる。

 だからなんだか悪戯がしたくなってきた。

 

「礼を言うなら、ちゃんと顔を見せてよー!」

「――――ッ!?」

 

 ボクは頭を下げててがら空きの顔に触り、教団員の仮面を奪い取った。

 

「ちょ、ちょ、エール何やってんの!?」

「前から興味あったんだよねー。東ヘルマンってどいつもこいつも顔隠してモブになっちゃって。なーんか秘密でもあるのかなーと」

「興味本位で人の素顔を暴くんじゃありません! ミックスがやるなって言ってなかったか!?」

 

 人間誘惑には勝てない。秘密は暴くのが冒険者ってもんだ。

 さて、どんな顔をしているのかな……っと、普通にいいじゃん。

 理知的な面持ちに切れ長の眉、右目にタトゥーか何かが彫られていてかっこいい。

 ただ、仮面を奪われた事がショックだったか、震える手で顔を抑えている。

 

「あーーーーーっ! 性眼様じゃないですか!」

 

 シィルさんが目を丸くして、大きな声を上げた。

 

「あ、やっぱり知り合いなんだ」

「知っていますよ! というかこの人は天志教の大僧正で、一番偉い人ですよ!」

「天志教ってなに? 母さんの敵?」

「違えよ! JAPANで昔から普及している立派な宗教だ! ソウルフレンドは少し歴史のお勉強をしようぜー!」

 

 知らないものは知らないのだから、仕方がないだろう。

 やっぱりマズかったらしく、仮面を返すと性眼は即座に付け直してしまった。

 

「え、え、でも性眼様がなんでここにいるんですか? それもRECO教団の服なんか着て」

 

 シィルさんの質問に対して性眼は何も答えない。小さな呻きが混じっては止まる事を繰り返し、やがて首を振った。

 

「…………何も言えませぬ。喋ることが、出来ぬのです」

 

 どうやら本当に駄目みたいだ。

 気になるけど話せないなら仕方がない。本題の方を先に済ませるとしよう。

 

「まあいいや。ミックスが起きる前に済ませちゃいたいから医者の方を速くして欲しいな。ボク達も用事を済ませたら帰るから」

「了解した。こちらも手筈を済ませよう……だがその際に、一つだけ希望がある」

「なに?」

「今すぐとは言わない。この街から出て行って、ここにいる人々を元の暮らしに戻して欲しい」

 

 避難民の生活か。

 さっさと避難してくれたのは有難かったんだけど、こんな地下に何日も暮らしてれば気が滅入るよね。

 

「閉所に閉じ込められて何日も経過した。ここの住民は概ね従順だが、無視出来ない不穏な動きも生まれている。外へ出るために武器を取って立ち上がれとか、危うい意見を口にする者も日に日に増えているのだ。このままでは中から混乱が生まれる」

 

 性眼は深く頭を下げた。

 

「何を持って行っても構わない。住民同士で殺し合いをする事だけは避けたいから、我々を解放してくれ」

「………………」

 

 下の事情は知らなかった。ここまで懇願する様子だとどうやら本当に余裕がないらしい。

 東ヘルマンを許すつもりはないが、無関係の人間まで争ったり死んだりする必要はない。避難民に迷惑をかけ続けるのも、お姉ちゃんがいたら叱られそうだ。

 仲間達に目配せをすると、二人とも首をコクコクと縦に振っていた。

 

「いいよ。ここにいるのも飽きたし、早く移動するよう頼んでみる。結局決めるのはランスだから何とも言えないけどね」

 

 移動すれば兵士達も置いていけてミックスが楽になる。今回のやりたい事としては一石二鳥だ。

 結局、盗賊団で都市を制圧したのはいいが維持なんて無理だった。広すぎて手に余りかねた。

 

「ありがとう。では私はこれから皆を説得してくる」

 

 そう言って、性眼は地下シェルターの閂を開けだした。

 あとはボク達は待っていればよかった。性眼はここでの権限が余程あったらしく、少し待つと医療の心得を持った人間達が連れて来られた。

 彼等に話を聞くと、不安はあるが人を助けられるならばとかミックスみたいな事を言っていた。医者って奴は皆こうなんだろうか。

 帰りの経路は正道を教えて貰ったから帰りは楽だった。幾つかの隠れスイッチを押せば、螺旋状に登るだけで良く、程なくしてすぐに外に出れた。

 

「お、おお……空だ……!」

「空気が美味しいな……地下はもうこりごりだよ……」

 

 連れてきた人間達が呟くのを聞き流しつつ、ボクはニヤリと笑って長田君を見る。

 

「よっしゃー、クエストクリア―! エールも中々やるじゃねーか!」

「まあね! ボクが本気を出せばこんなもんだよ!」

 

 ボクは伸ばした長田君の手を、強く叩いてハイタッチした。

 

「「いえーーーい!」」

 

 

 

    5

 

 

 

 ボクはRECO教会の入り口に寄りかかって、自分の成果を達成感と共に眺めていた。

 白衣の男達が忙しく働いている。

 医者達は兵士達に今の状態を訪ね、メモを取り、協力して病人を助けるべく動いている。

 それはミックスが毎日やっていたものであり、今では彼女一人のものではなくなった。これからは、ミックスは休めるはずだ。

 そんな事を考えていると、横の扉がけたたましく開かれた。

 ミックスだ。夕陽に照らされた顔は隈も取れている。息は荒く、顔の落書きを落としていないのを見るに、起きて即座にこっちに来たらしい。

 

「そんなに急がなくても、患者は死んでないよー」

 

 ミックスに手鏡とタオルを放り投げる。それだけで全てを察したようで、一気に般若みたいな顔になった。こわっ。

 

「ランスがやったのね」

「ボクは何もしてないよ! 全部ランスがやった!」

「…………そう」

 

 タオルで顔をごしごしと拭くミックス。ここで言っておくのがいいのだろう。

 

「あー、その、悪戯にかかるなんて、ミックスらしくないよ。普段なら絶対気づくよ」

「………………」

「ちゃんと寝て欲しいな。それだけ」

「…………はあ」

 

 ミックスは手鏡に映る自分の顔を見つめている。

 今の溜息は、取れない落書きに対する恨みか、それとも……

 

「……ありがと。あたし一人だと、そろそろ辛かったかもしれない」

 

 弱音を吐くなんてミックスらしくない。ボク達の思う以上に無理してたのかな。

 頭を撫でてみたが、前と違って反応が薄い。されるがままだ。

 黙って何も言わずにしばらく頭を撫でていると、最後に一つ深呼吸をしてボクの手を払った。

 

「さて、休んだ分は頑張らなきゃね。連れて来られた人との話もしないと」

 

 患者を眺める目は、いつものミックスになっていた。この分なら大丈夫かな。

 

「……それにしても、よくこれだけ半日で集めたものね」

「医者の人のこと?」

「いるのは知ってたけど、協力してくれるとは思わなかった。避難後はRECO教団が纏めている以上、強硬なはずだし」

「そこはボクの有能さのお陰だよねー、人徳っていうかー」

 

 胸をえっへんと張って、冒険の成果を説明する。

 冒険には三つの楽しみがある。やる前と、やってる時と、やった後の自慢だ。見た事の無い景色、ドキドキ、ワクワクした事、会った人間、仲間の反応、語ろうと思ったら時間がいくらあっても足りない。

 

「それでさー、シィルさんがビックリして性眼だーって言うの! なんとその人が……?」

 

 ただ、その中でミックスが眉根を寄せた。

 

「――――性眼、性眼って言ったの?」

「うん、天志教大僧正の性眼って人らしいよ」

「間違いないのね?」

「シィルさんは実際に会った事があるみたいだし、性眼も知ってるみたいだった」

 

 それを聞いたっきり、ミックスは深刻そうな顔をして俯いてしまった。

 

「どーしたの?」

「今の天志教大僧正は砲裏よ。数年前に天志教の大僧正は代替わりがあったの。……先代大僧正の死によってね」

「…………えっ」

「その人は、既に死んでいるわよ」

 

 そんな馬鹿な。

 性眼は幽霊じゃなく実体があった。意思も普通に通じるしあれは肉体を持つ人間だ。

 だがミックスは冗談を言っているようには見えない。元々冗談なんて言わない。

 かつて見た光景と今のミックスの表情、二つは矛盾しているのにどちらも正しいと感じる。背筋に後ろ寒いものが走って落ち着かない。

 ミックスはボクの表情をみてはっとして、慌てて目を逸らした。

 

「他人の空似という事もあるし、あたしの情報も人伝てだから、あまり気にしないで」

「う、うん」

 

 仕事をしなきゃと言って、ミックスはボクから誤魔化すように離れる。

 ボクも教会の扉を開けて、外に出た。楽しい冒険壇がいきなりホラーなオチになったんだ。気を誤魔化す為にも少し明るいところでの散策がしたかった。

 夕陽に沈むウラジオストックは相も変わらず無人だ。差し込む光と影が混じり合い、瓦礫を縞模様に彩る。ほんのり残った熱が身体を炙り、汗が流れるのを感じる。

 これから少しづつヘルマンは涼しくなるらしいが、気になるのはミックスとの会話ばかり。

 性眼はウラジオストックの避難民をまとめていた。でも性眼は既に死んでいる。

 全てが正しければ、既に死んだ人が動き、避難民をまとめているという異常事態だ。

 

 今回の冒険は難しい。前のような家族ごっことは違う。

 死んでいるはずの人間が生きていて、生きてる人間の顔が見えない。

 不気味さと、謎と、薄暗さが常に付き纏う。覗き込めば新たな闇が見える。底なしの大穴が目の前にあるような感覚がある。

 ただ……怖さと同時に、胸の高まりもあった。

 この感覚はなんだろう。見たくないものを、見たいような。

 

「お、ここにいたか!」

 

 瓦礫の中に腰掛けていると、後ろから声があった。

 ボクは振り向き、目の前の赤茶けた髪の男を認識する。

 

「誰だお前は!」

「ドギだ!」

 

 誰だお前はがこんなところまで来ていた。

 

「探索に出ていたんじゃなかったの?」

「そんな事より報告しなきゃいけない事が出来たんだよ! アジト方面を守っていた俺様の部下が血塗れで戻ってきたんだ! なんでもあいつらが言うところには魔物兵が次から次から湧いてきて――!」

「邪魔だ」

 

 突然ランスが現れて、誰だお前はを蹴りつけた。

 

「ぐええええええええええええええええっ!」

 

 誰だお前はは面白い顔をしながら瓦礫に突っ込んで埋まった。

 あの足の痙攣具合だとミックスコースだな。ご愁傷様。

 どうでも良い奴がいつもの事になっても気にするものじゃない。ボクは彼がいた事自体を記憶から抹消してランスに向き直る。

 

「ランス…………」

「ふん」

 

 ランスはどっかりとボクの隣の瓦礫に座りこんだ。

 

「シィルから話は聞いた。勝手な事をしてくれたようだな。俺様に断りもなく奴隷を連れまわしおって」

「うっ……やっぱりダメだった?」

「当然だ。奴隷は俺様のものであってお前のものではない。使う時は主人に許可を貰う必要があるに決まっているだろう」

 

 セックスに夢中でいなかったくせに。

 でも今は黙っておこう。お尻ぺんぺんは嫌だ。

 ランスは仏頂面だ。普段は喜怒哀楽の激しい男だが、口を真一文字に結んだこの時ばかりは何を考えているかわからない。

 

「それでやったのが下から人を連れてきて、ミックスの手伝いをさせる、か……」

「…………どう、かな」

 

 ランスは顎に手を当てて、ボクをじぃっと見る。

 正直、緊張の一瞬だ。ボクは正しいと思ってやったが、最終的に決めるのはランスなのだ。次の言葉を待つ間に生唾を飲み込んだ。

 ランスの答えは――――

 

「…………まあまあだな」

「まあまあ、かー」

 

 なんとも反応に困る答えだった。

 

「連れて来た奴に美女がいれば良かったが、男ばっかりだ。宝とか貝殻があれば、もっと面白いんだがな」

「女はシィルさんが止めてたよ」

「なーにぃ~? あいつめ、後でお仕置きだな」

 

 不満の矛先をシィルさんに向けたランスをよそに、ボクは瓦礫に背中を預けて力を抜く。

 まあ、周りには褒められてたしランスに信頼されていたけどこんなものなのだ。

 人に丸投げしたら、その人が最も望む方向性に進むわけがない。ボクはやりたい事をやって一番楽しかった。それが一番の収穫だ。

 ランスを見返してやろうとか少しは思ったかもしれないけど、どうせ……

 

「――――まあ、でもあれだな」

「んー?」

「あいつが起きる前になんとかするのは大したもんだ。速さだけは褒めてやる」

 

 ボクの頭に、大きな手が乗せられた。

 わしわしと撫でられている。横に視線を向けると、ランスは少し笑っていた。

 

「よくやった」

 

 その笑顔は、ランスにはあまりに見た事のない、穏やかな笑みだった。

 どこか誇らしくて、嬉しくて、口の端をちょっとだけ緩めた、そんな笑みだ。

 

「ま、俺様のガキならこれぐらい当然だがな。全然凄くないから次はもっと上手くやれ」

 

 ボクの視線を真っすぐ受け止めると、すぐに引き締めて仏頂面に戻ってこんな事を言ってくる。

 その顔を見ていると何故だろう、頬の緩みを抑えられない。

 

「くすくすくす……」

「なんだ、褒めてないぞ。笑うな」

「そうだよね……くすくすくす……」

 

 腰を少し捻って、ランスに近づく。

 半歩だけ距離をつめて、腕の懐に入り込む。

 その方が、ランスが撫でやすそうだったから。

 頭を撫でられるのは……嫌じゃなかった。

 

「えへへー……もっと撫でて―……」

「……お前、クルックーより笑うの上手いぞ」

「母さんも上手いよー。ボクも母さんの笑顔を見ると、ふわっとするんだー」

「…………そうか」

 

 日没を一緒に眺めながら、ランスは黙ってボクの頭を撫で続けた。

 こういうのが親子の時間なのかな。だとしたら、父親ってのもいいのかもしれない。

 

 

 

 ボクはまた少しランスの事がわかった気がした。

 自分勝手で、悪戯好きで、手段を選ばない。

 あと、どちらかと言うと悪人だ。

 これからも父さんとの冒険はある。謎だらけで滅茶苦茶だけど、とても楽しい冒険は続く。

 




神の視点を失った主人公。
 一本道の物語から外れ、法王が用意した予定調和の楽しいシナリオはもう存在しない。
 でも彼女は主人公だ。世界(システム)の補助なんてなくても立派にこの世界を歩いて行けるさ。
 自分だけのエールちゃんは、自分だけの答えに辿り着く。



この裏で物語加えたかったけどどう足掻いても物語として締まり悪く断念した部分。

 カオス、日光完全治癒、褒美としてエールに日光変換。
 一週間近くに及ぶ元魔王のエロパワーを受けて二振りの剣は一年間は折れなくなった。

 ランスの模範解答(エールがマジでやろうとすると自分が先にやる)
 動ける患者を追い出し、自分では動けない患者を残らず殺す。

 ……21~22日。うん、なんかもうプロット出来てても戦争って考える事多くてドギツイ……。
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