※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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翔竜山③ 下山

 バーバラは勇者となった。これからは、目的地も終わりも彼女が全てを決める、手探りの旅となる。

 

「注意点を一つだけ伝えておきます。その剣は、魔物の敵の象徴みたいなものです。このまま上の魔人達と仲良くとはいきませんよ。捕まるか、戦うか、逃げるかでしょう」

「……なら、逃げよっか。下山したい。……でも、魔軍いるんだよね」

「勇者なら問題ないかと、とっておきの道を知っていますよ」

「ホント!? じゃあそれで決定ね」

 

 向かうべき方針は決まった。ここでコーラは改めて、ほとんど体を動かせないペルエレに向き直る。

 

「さて、勇者は魔に属する者を斬るのが仕事ですけど、そこの使徒はどうします?」

「私がねーさんを斬るわけないでしょ。魔人になっても斬るもんか。……むしろ、ねーさんを治してよ」

「無理かと。血を失った貧血みたいなものなので。……でも、調子を良くはしてみましょう」

 

 そう言って、コーラはこつこつと胸を叩く。へたりこんでいたペルエレが、ゆっくりと顔を上げてコーラを睨みつけた。

 

「どうですか。良くなりました?」

「くたばれ! 地獄の業火でその身を焼かれて苦しみもがけ!」

「あらら、すっかり嫌われちゃいましたねー。まあ当然ですけど」

 

 一人でトランシルバニアの森に放り込まれた時や、絶対命令権で操られた時に吐いた呪詛。こんなにも本心から言いたい相手は二人目だ。

 元々コーラがバーバラを勇者にさせる為に自分を動けなく、喋れなくしてたのだから、解除されたら動けるのは当然だ。そもそも、そこまで傷ついてない。まだ余裕はあるし、力はなくても、無理すればそのままアメージング城に行ける程度の体力は残ってる。それを示す為にも、足に力を入れて立ち上がる。

 

「念のため世色癌をいくつか渡しておきますね。その元気なら大丈夫でしょう。良かったですね。勇者の身内で、また生き残れて」

「…………ホント、クソ従者」

 

 そう、もうバーバラは勇者になってしまった。アリオスも、ゲイマルクの末路も知っているペルエレは、暗澹たる気分にさせられる。

 一方、バーバラは精神の変調がないことにほっとして――――はしゃいでいた。

 

「やったー! 永遠の命、ゲットー!」

「勇者に永遠の命なんてないわよ……」

「そうなの!? この手の凄いのって、全部永遠の命とかついてるのに?」

「ありませんね。本来は時間制限付きです。老化も普通にします」

「あー……そういえば様々な特性とか力について全く聞いてなかった……」

 

 ペルエレは頭を抱えた。そういえば、バーバラは基本能天気だった。そうじゃなかったら臆病者なのに冒険者なんてやっていない。ある程度自分の都合の良いように考えがちで、今回の件もラッキーな事が起きたぐらいの感覚で、勇者になったのだろう。悪行も伝えたのに、初対面のコーラの言う事を全面的に丸飲みにして信じている。底抜けの馬鹿者だ。

 全く世間にスレていない。未熟者の冒険者としても限度があった。これでは早晩、痛い目を見るだろう。

 

「あー……あんた勇者以前に、色々駄目だわ。保護者も欲しくなるわ」

「ひ、酷くない!?」

「受けた手前、一応やれるだけ頑張ってたけど……もうなんか、すっごく疲れた……」

 

 肉体的な部分は別にいい、魔軍に挟まれたからしょうがない。でも、こういう詐欺師の対応まではつきあい切れない。騙される方が悪いのだ。

 

「あんたの頭だけは救えないわ。手遅れ。さっさと世界最強の魔王に挑んで討ち死にしたら?」

「強くなったとしても、魔人や魔王と戦う気は全くないよ!」

 

 その一言が聞きたかったペルエレは、背を向けて城への道を進みだす。

 

「……ま、勇者は使徒とか雑魚扱い。それぐらいの大当たりよ。私がいるより、勇者一人でやった方が動きやすいだろうし、ここでお別れね」

「…………ねーさん。翔竜山で助けてくれて、本当にありがとう。このお礼は、いつか必ずするから」

「まずはちゃんと6割、忘れるんじゃないわよ。追加報酬もね」

「うん。またね!」

 

 そうして、二人は上下に別れた。だけど、それは目的地が違うだけ。勇者になっても、二人の何かが変わるということはない。使徒だの、勇者だの……深刻さが分かっていないバーバラを見ていて、馬鹿らしくなってしまった。

 

「あいつ、シーラと違って、私に似て臆病者だし……大丈夫でしょ」

 

 上の方から魔王軍の足音がする。あいつらに拾われて暫くタダ飯を食おう。少し軽くなった気持ちで、ペルエレは魔王軍に届けと声を張り上げた。

 

「使徒様のご到着よー! お願いだから早く拾ってー! お腹減ったーーー! もう、こんなのばっかりいやーーー!」

 

 痛い目は多くなるわ、金に目が眩んだら大変な事になる。やっぱり使徒になんて、なるんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペルエレは上へ向かい、バーバラは下へ降りる。下山を案内するのは勇者の従者、コーラ。彼は勇者の後ろを歩く方が落ち着くようで、道を指示はすれどバーバラが進む方向に任せている。一回だけ道を間違えても、指摘はすれど前を歩くことはない。

 やがて開けた断崖絶壁へと辿り着いた。翔竜山でも岩場の中で尖ってせり出している場所であり、山肌からも遠い。自殺の名所と言われれば信じられそうな場所だった。

 

「またクライミングかと思ったら、なんでこんな変わったところに……」

「バーバラが特典について聞きたがってたので、下山も兼ねた説明をしようと思いまして」

「まさか空とか飛べるの!?」

「…………まぁ、そんなもんです。この崖の先に進んでください。良い景色ですよ」

 

 崖というか、長い一本道だ。翔竜山にはところどころ強度を無視してると思うようなせりだし岩群が、浮いているように見えるところがある。ここはその一つだった。

 バーバラが道のヘリまで近づくと標高3000以上の世界が広がっていく。

 今日雲海に覆われているのはあくまで翔竜山周辺だけで、あとはまばらだった。遠くを見るとキナニ砂漠のアウトバーン、その中心のシャングリラ、ゼスのナガールモールまでつぶさに見える。この時点でバーバラは大きく視力が向上している事に気づき、世界に見とれてしまった。

 

「いやー……凄い絶景。でもこれと勇者に何の意味が……」

「これが一番速い下山ですよ、っと……!」

 

 そう言って、コーラはバーバラを翔竜山のせりだし岩から突き落とした。

 

「はっ? あっ……えっ…………きゃあああああああああああああああ!!!」

「さて、私は後で追いかけるので、いってらっしゃい」

「コーラああああああああああああ!!」

 

 途中でつかまるようなものは、何もない。せりだし岩群から落ちたら、後はどこに落ちるかという事になる。少なくとも雲海の下までは一直線だった。

 

「飛べるとか!? と、飛んで―! 浮け―! 飛翔魔法!」

 

 そんなものはバーバラにはなかった。じたばたと身体を捩るだけで、もちろん浮かない。落下速度は下がらない。その内に風の受け止め方を間違えて、頭から突っ込む体勢になった。

 

「コーラの嘘つきー! 騙して殺したいだけじゃないのー!」

 

 あっという間に雲海を抜けて地上が近づいてくる。見えるのは岩肌。手足を広げても、猛烈な落下速度は大して変わらない。頭からの衝突は避けようがない。

 

(あっ……これもう駄目な奴だ……お母さん、ごめんなさい……)

 

 自身が地面のシミになる事を悟り、バーバラは目をつむり、身体よりも意識の方が先に落ちた。

 もう間もなく墜落――――というところで強い強風がバーバラをさらい、錐揉み状の落下になって少し横の森林地帯に突っ込む。

 木の幹、枝、密集した葉。様々なところに散々身体をぶつけつつ――バーバラは柔らかい地面に叩きつけられた。

 

 

 

 初めに感じたのは、全身の痛みだった。ありとあらゆるところが悲鳴をあげている。だが、最後に見たのは頭から突っ込むだろう岩肌だった。間違いなく死んでる。でも、全身が痛い。これはつまり……

 

「……………………生きてる?」

「はい、生きてますね。まあ、死ぬわけありませんが」

 

 誰かの声に気づき、バーバラは目を開けた。あちこち痛いが、喋れる。呼吸が出来る。そして突き落とした従者がいる。

 

「……どうしてここにいるの」

「従者ですから。勇者のそばにいるものです」

 

 全く表情を変えずに淡々と事実を説明する。バーバラが聞きたいのは理由ではなく経緯だが、喋る気がない答え方だった。実際のところは、コーラはあそこから少し下がって、絶壁を駆け下りて一直線でここまで来ていた。何もかもがおかしいが、それをやれるだけの力があった。

 

「なんで突き落としたの。普通、いや絶対死ぬでしょこれ……」

「勇者の特性その1、死なない。死にそうな状況でも、勇者は幸運だから生きています。過去の勇者も勇者期間中は死にませんでした」

「それが本当なら凄いけど…………」

「言っても信じないでしょうから、手っ取り早く体験して貰いました。勇者の洗礼ですよ」

 

 堂々と開き直られて、恨みつらみを言い辛くなってしまった。洗礼と言われると、必ず受けなければならなかったように感じられる。

 

「そろそろ起き上がらないと面倒な事になりますが」

「うーん……痛みでロクに身体が動かせない……あちこち痛いよぉ……」

「根性です。あとは世色癌ですね。従者はたっぷり持ってます。……根性無しのバーバラに初回限定サービスですよ。はい、あーん」

 

 そう言って、コーラはハピネス印の世色癌をバーバラの口の上に持ってきた。

 

「…………あーん」

 

 ざらざらと、バーバラの口内に流し込まれる回復用の丸薬。効能も苦みもお墨付きのものを味わうと、若干痛みが和らぐ。しばらくすると、バーバラはエスクードソードを杖にして起き上がった。

 

「……一応、助けてはくれるのね」

「急がなければならない理由もありましたので。落下に気づかれてたからそろそろ来るでしょう……魔軍が」

「隊長、女だ! 人間の女がここにいますぜ!」

「ひぃっ!?」

 

 一人の魔物兵が、大声をあげた。

 

「お、こっちか!」

「第一発見は取られたか……クッソ……」

「超上珠だあ! 二人いる! こいつは大当たりですぜ!」

 

 次々と、周囲にいた魔物兵が集まっていく。バーバラが呆気に取られている間にもどんどん増える。その後方で彼等の指揮官である魔物隊長が姿を見せた。

 

「ケヒヒヒヒヒ! 人間の女なんてよくわからんと思っていたが、こいつは超美人だと俺でもわかるぞ。俺の前に連れて来た奴は俺の次に使わせてやる!」

「さっすが、ブロビオ隊長は話がわかるう~」「よっ、次の将軍に最も近い男!」

「俺は、あっちのチビっこい方がいいな……ゲヘヘヘ……」

 

 ただの魔物隊長が指揮している部隊としては明らかに数が多い。裕に200名を超えている。

 増強魔物中隊――魔物隊長としての本来想定されている指揮能力を超えて、指揮されている部隊だ。やれるのは、それだけの器を持った隊長だけ。実力は言うに及ばず、慕われて彼等の部下にと志願する兵が多くなければ成立しない。

 ブロビオと呼ばれる魔物隊長は、魔物達の間では実力と信頼、双方を兼ね備えた人物だった。ただ一つ、下種な事を除けば魔物隊長としては理想的な指揮官だ。

 彼等はみな一様に、どうこの女を犯そうかと、べったりと貼り付くようないやらしい視線でバーバラ達を見ている。

 

「な、なんか凄く下品にヒートアップしてない……?」

「勇者の特性その2,モテる。異性に好感を持たれやすくなります。良かったですね」

「魔物相手にモテてどうすんの!? 逃げよう……っ!?」

 

 見回すと、後ろも横も魔軍が詰めていた。落下地点の敵が強い場合を考えて、ブロビオは周到に足止めが出来るだけの戦力を回している。改めて周りを見回してみれば、どこも抜けられなさそうだ。

 最初から、包囲するように輪のように詰めていたのだろう。少しずつ、戦力が増えている。魔物隊長のいる方向に至っては木々より高いデカントまで来た。

 

「どこに逃げ込むのかな~お嬢ちゃん♪」

「………………詰んだ」

「勇者がこの程度で絶望してどうしますか」

 

 コーラは真っ青になったバーバラの背中を叩き、勇者の務めを促す。

 

「勇者の特性その3、エスクードソードと肉体強化。戦ってみてください。勇者なら駆け出しでもこれぐらい楽勝ですよ」

「……どのみち抵抗するしかないみたいだし、精々この剣頼ってやれるだけやってやるー!」

「魔物隊長を狙ってください。一人しかいないし、そいつを討てば士気が瓦解します」

 

 ヤケクソ気味に、バーバラは剣を構える。2対400から500。数の上では絶望的な戦いが始まる。

 

「いいねぇ。犯すにしても、まず自分の無力感を植え付けてからじゃないとな! 前のゼス士官は良かった……服従魔法を自分からかけさせる時とか、奴隷契約書に同意させて人間界を連れ歩く時とか、ぐちゃぐちゃな泣き笑い顔を犯すのは最高だったぜ! ケヒヒヒヒ!」

「ひ、久しぶりの女だし、じっくりゆっくり壊さないとなぁ……」

「……………………」

 

 これ以上、彼等の下品な声と視線は見たくない。少しづつ、包囲の輪は縮まってる。時間的な猶予は最早ない。意を決して――――バーバラは駆けた。

 

「…………へ?」

 

 まず、前方の魔物兵の首が吹き飛んだ。事態が全く見えなかった後ろの魔物達も、そのまま一刀の下に両断される。両断されて地面に上半身が落ちてから、先程の呆けた声が出た。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

(こっちが聞きたいから……! 遅いように見えてたけど違う。こっちが速いんだ!)

 

 今まで意識出来てなかったが、戦闘に突入するとわかる。五感、身体能力の強化は、劇的だった。魔物兵は、こちらをまともに見えていない。こちらは彼等の動きが止まっているようにしか見えない。軽い剣で素振りをすれば、冗談みたいに魔物兵が斬れて飛ぶ。前方の魔物兵達が、次々と斬られて倒れていく。

 

「こいつやるぞ! 護衛兵、もう少し俺を守るように詰めろ!魔法兵、斉射用意! 前衛は側面を薄くしてでも前面を厚くしろ!」

「「はっ!」」

 

 今までどう犯すかしか考えていなかったブロビオの余裕が消えた。有機的な部隊戦闘で数の有利を活かそうと指揮を執り始める。

 呆けていた魔物兵達も、指示を受けて動きを取り戻す。前方は時間を稼ぎ、後方は誤射の無いように射撃をする事を諦めて距離を詰めていく。だが、バーバラは止まらない。障子紙を重ねようが、一枚一枚はあっさり破られる。死体の道が、切り開かれていく。

 

「勇者の初陣としては……まあこんなものでしょうか」

 

 全魔物兵の意識がバーバラに行ったところで、コーラは木の上に移動して傍観者となった。

 

「エスクードソードは逡巡モード。魔人も斬れる状態です。止める手はないでしょう。……ま、逡巡モードじゃなかったとしても魔物兵じゃ、どうやっても勝てませんがね」

 

 傍観者のコーラは、既にこの戦闘の帰趨を結論づけている。だが、当事者であるバーバラに余裕はない。

 

(――――遠い!魔物隊長が、遠すぎる!)

 

 一枚一枚は障子紙でも、何十枚も重なっては抜けるには限度がある。そして、自分が唯一の指揮官と自認しているブロビオは、少しずつ下がって指揮に専念している。

 魔物兵としては珍しく、愚直に死者が出続けても止めようとする意志は全く変わらず、士気は高い。これでは、指揮官を殺せない。その中で、木々より高いデカントが目に映った。

 

(あれなら!)

「ンゴッ!?」

 

 デカントの膝、腰、肘、肩と飛び移り、首を貫いてから高く跳躍する。目的は魔物兵、ブロビオも含めて見下ろせる位置。

 

「馬鹿が。魔法兵、一斉斉射! 撃てーーー!!!」

「――――――!」

 

 魔法の詠唱が、間に合わない。完全に宙に浮いた時は無防備だ。これまで誤射を避けて来ただけで、即座に魔法が発射可能な状態になっていた魔法兵による魔法攻撃が、全周から降り注いだ。いかに勇者でも、この物量なら直撃、即死は免れない。

 しかし、その全ての魔法攻撃は全周から逃げ場なく撃たれていたからか……幸運にも勇者の直前で、お互いに阻害し合ってほとんどが相殺されていた。

 多少の傷を負ったが、バーバラは生きている。動くのに支障はない。

 

「勇者の特性その4。強運。危ない時には運が強くて切り抜ける。この程度の戦いでも使っちゃいますか」

 

 今までの行動は、先に詠唱を唱えつつ同じ事をやった方が良かった。そうすれば、狙いを定める必要がないこちらの方が先に撃てた。このあたり、バーバラの戦闘経験の少なさが出ている。

 

「ば、馬鹿な…………こんなことがっ!?」

「火爆破!!!」

 

 詠唱が終わったバーバラの魔法が魔軍を襲った。

 勇者になる前の、橋を焼くだけの魔法とは違う、膨大な炎が迸る。範囲だけなら豪火爆破と遜色の無い爆炎と煙が、魔物兵達に降り注いだ。

 

「うおっ、おおぉぉぉっ……!?」

「前が、前が見えねえ! 女はどこいった!」

「落ち着けお前ら! 全然火力はねぇ! こんなのただのこけおどしだっ……!?」

 

 魔法を打ってから即座に、バーバラはブロビオに肉薄していた。煙幕目的の範囲魔法の中で、木々の幹を足場にして魔物兵達の後方へ突っ込み、未だ炎と煙が渦巻く中を這うように踏み込む。狙いは、指揮官である魔物隊長の首。

 

「――――――ッ!?」

 

 声を発しようとしても出ない。既にエスクードソードは振り抜かれた。もうブロビオの頭は胴と繋がっていない。そのままの勢いで、近くにいた護衛の魔物兵、魔法兵達へと刃が振るわれていく。

 

「ぎゃあっ!!!」「うぐっ……」「あ、ああ……!」「や、やめてくれぇ!」

「なんだぁ!? 何が起こってるんだぁ!?」

 

 ここより先は、何もわからない。後方からくぐもったような魔物の悲鳴が連鎖する。

 ――――そして、すぐに静寂が訪れる。

 全ての魔物兵は金縛りにかかったように動けない。動けば、斬られる。そんな予感があった。塞がれた視界と、一切の物音が無い後方が、魔物兵達の恐怖をさらに増す。

 やがて、煙が晴れると異様な光景が広がっていた。彼等の指揮官がいるべき周囲に、死体の山。護衛だった魔物兵達が、様々な部位を斬り飛ばされ、物言わぬ骸となって折り重なっている。

 そしてその中心、先ほどまで魔物隊長がいたところに、一人の少女がいた。こちらを見ている魔物兵達に向かって、足元に転がっていたブロビオの首を蹴り上げる。サッカーボールのように。

 

「ひ、ひぃっ……な、なんだよコイツ……」

 

 整った顔立ち、安物の冒険者用の服、はためくスカート……しかし何よりも目を引くのは、血に塗れても錆びぬ剣。

 

 ――――そこに立っていたのは、勇者。剣の一振りで魔の悉くを滅する、世界を断つ刃。

 

「隊長がやられたっ……もうだめだぁ! 逃げろっ……逃げろおおおお!」

「こんなのやってられるか……聞いてねぇよぉ!!」

「畜生、助けてくれぇ!」

 

 弾かれたように、ブロビオ配下の魔物兵達全てが逃げ出した。

 

「……………………」

 

 バーバラは、誰一人追わなかった。一通りの魔物兵が逃げ出しきったところで、溜息を吐く。

 

「…………ふぅ、なんとかなったぁ」

 

 弛緩して、エスクードソードを地面に突き刺し、そのまま倒れるように剣にもたれかかる。

 

「お疲れ様でした。初陣の勝利、おめでとうございます」

 

 傷を多少負ったバーバラは、戦闘から逃れていたコーラに対して口を尖らせた。

 

「勇者の手助けをするって言ってたけど、一切戦闘に参加しないのって酷くない?」

「私も勇者の特性みたいなものです。勇者が戦える状況を整える。それぐらいですね。今回のようなものは、他の勇者特性だけで十分だったでしょう?」

「………………そりゃね」

 

 勇者特性、というか自分の剣の切れ味と肉体の強化が全てだった。

 魔法のところだけは考えたが、他は力任せに前に立っている敵を斬っただけ。それでも気づけば魔物の部隊は瓦解した。100倍はある数の差を余力をもって叩き潰したのだ。

 

「いやー……勇者って凄い。あんなにたくさんの敵に勝てるなんて、もう私って世界最強じゃないの?」

「そう思うのならば、魔王退治の旅にでも行きますか」

 

 魔王という言葉を聞くだけで、バーバラは硬直して冷や汗を垂らす。軽口のノリで、本当に世界最強とは戦いたくはない。

 

「…………当然却下、あり得ない。私は世界を救う為に勇者になったんじゃないの」

「では、何のために?」

「冒険者として、とりあえずお金を稼ぐため!」

「……………………はぁ?」

「お金を稼いで、いい家を建てて、良い暮らしをする! gold風呂とか入ってみたい!」

 

 コーラはエスクードソードの判断を疑った。もう自分には持てなくなっている。前任者から期限がなくなった。神異変からは、剣が勝手に暴走してる状態に近い。それでも、ここまで勇者らしくない勇者が剣を持てるのは不思議だった。システムの都合上、高い素質や、勇者としての適正はあるはずなのに。

 

「…………どうしてこの子が剣を持てたんでしょうか」

「いいの。私は勇者だけどそれ以前に冒険者だから。どこに危機があるかもわからない世界を救うよりも、今は冒険者として成功する方が大事」

「勇者より冒険者、ですか。確かに、新しいですね」

「主が私で、あなたは従者。私の冒険者としての成功のために、一緒に頑張っていきましょ」

 

 二コリと笑って、手を差し出すバーバラ。それに対して邪悪な笑みを見せて、コーラは問いかけた。

 

「元よりついてはいきますけど、いいんですか?こんな簡単に信用してしまって。使徒との喧嘩を見ればわかるように、勇者の為に悪い事も色々しましたよ」

「ねーさんはあなたの事大嫌いみたいだけど、私まで嫌う理由はないから」

「…………は?」

 

 あまりにも呑気な答えに、思考も含めて空白となった。言葉が出ない。

 

「どうせついて来るなら、ある程度は仲良くした方が楽しいでしょ。悪い人かどうかは私が決める」

「…………はぁ。ま、勇者がそれでいいなら私からは何も言うことはありません」

 

 そう言って、二人は握手を交わす。勇者と従者の二人旅、その始まり。

 

「じゃあ、従者(げぼく)として最初の仕事。死体になった魔物兵達のgoldを集めてね!」

「………………………………」

 

 確かに従者と言われた。でも全く違う意味で、従者と呼ばれた気がした。

 これはもう絶対だ。コーラは従うしかない。全てを決めるのはバーバラで、従者というものをどう使うかはバーバラ次第なのだから。

 

 

 

 

 ただし、頭が足りてない。

 

「その時間はないかなーと思います」

「え?」 

「あいつだ! あいつが隊長をやったんだ!」

「女二人と舐めてかかるな! 剣を持ってる女はヤバい!」

 

 後ろで、また魔物兵の声が聞こえた。

 

「……………………は?」

「全軍、戦闘用意! 魔軍に喧嘩を売った愚か者を後悔させてやるぞ!」

 

 後ろを振り返れば、魔物兵達が大量にいた。叫んでいたのはブロビオ配下だった魔物兵だろう。新手を引き連れてきたのは疑いようがない。問題とするのは、兵種と、数だ。

 先の魔軍が拠点攻略用とするなら、こちらは野戦用。赤旗を頭に刺し、ほとんどが白兵戦に特化されて手に曲刀を持つ魔物兵。そして両手にトライデントを持った半身半獣の魔物隊長たち……通称、魔軍突撃隊がこちらを見ていた。

 複数の魔物隊長によって指揮された本物の魔軍が、こちらを敵視して今にも襲い掛からんとしている。先程が増強中隊とするならば、こちらは大隊。一つの作戦行動が可能な部隊が、たった二人の人間相手に全力出撃をしていた。

 

「さっきより、遥かに多い……」

「あれだけ魔物兵を逃がしてれば、追手が来るのは当然かと」

「あーもう……あんなに来たら仮に勝ったてしても次の増援来るでしょ?逃げる!」

「勝つというか、負けるわけないんですけどね……」

「さっさとついてきてー!」

 

 バーバラは魔軍から背を向けて駆けだした。勇者が逃げるなら、従者もついて行くしかない。

 

「追うぞ! 俺の親友を殺した奴を許すな! ブロビオの仇だ!」

「「「突撃! 突撃! 突撃!」」」

「ひぃーっ! 軍隊なんてやっぱり戦うもんじゃないよー!」

 

 少しづつ遠ざかる翔竜山、追ってくる魔軍突撃隊。涙目になりながら逃げる勇者。久しくなかった騒音に、コーラの心にざわめきがあった。

 

(…………同じところに5年以上もいれば退屈するようですね)

 

 そう独りごちて、コーラは歴代の印象に残る勇者に思いを馳せる。

 詰めが甘く、あと少しのところで魔王に勝てなかったクエタプノ。

 心が弱く、完全汚染人間と化すまで嬲られたアキラ。

 馬鹿でお人好しの、あらゆる悲劇に間に合わなかったアリオス。

 最も賢く、されど最も憎まれたゲイマルク。

どれもこれも印象深く、共に旅をして思うところが多かった勇者たち。

 そして、走って逃げて、ついて来てるか確認する為に時折振りかえる今の勇者バーバラ。

 勇者になっても、この程度の相手に脅えて逃げて、泣いている。本気で走ればすぐ振り切れるだろうに、コーラに配慮して速度を出しきれない。

 

「さて、今度の勇者はなんて呼びましょうか。今のところは、根性無しですが」

「余裕ヅラしてないでもう少し速く走れるなら走ってよお!」

「はいはい」

 

 これは冒険者、バーバラの物語である。

 新勇者バーバラの冒険が始まる。




アリオス・テオマン
 2代前の勇者。彼は三度の旅をした。
 一度目はお人好しで終わる。ただの少女に見えた、斬れる魔王を斬らなかった。二度目は傍観者となる。結局何も、しなかった。三度目は悲劇だ。誰も救われない物語だった。
 結局無名の勇者となり、歴史に残ることはない。だが、歴史に残る三人の勇者と共に、コーラは彼を覚えている。

コーラ lv??
 勇者の従者。正体は4級神コーラス0024、ただし人間に堕ちて神としての力は使わない。人間かどうかも微妙。
神異変後では地上に存在する最高位の神だった者と言えるだろう。
エスクードソードは、神異変後に持てなくなったという独自設定。
 人に堕ちたとしても、肉体性能だけでもリズナ等の下級魔人以上だろうと想定。
 このラインはペルエレでは手も足も出ない。そもそも自衛以外戦わないだろうが……。
 
 
魔物隊長ブロビオ lv35
 2つの偉業を成し遂げた者、俺は許さんぞ。特にリセットの分。
 斬られ役、今回の闘神都市は生存率が高いため筆者の私怨によって念の為に殺された、南無。
 個人戦闘と部隊戦闘は違う。今回はブロビオの本領だった。魔軍内では人望があったらしい。
 支援配置 ブロビオの首 

新勇者バーバラ lv19
 この物語の主人公、この世界の主人公ではない。
 キースギルド所属の駆け出し冒険者。エスクードソードに選ばれて勇者となった。
 才能はある。根性は無い。経験も足りない。
 所持技能は剣1、魔法1、不幸1。勇者には特に技能補正の追加は無いので、全てバーバラが最初から持っている技能。
 勇者生誕 使用条件 ブロビオの首 やはり勇者はサッカー選手でないとね。



 やっとタイトル回収。
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