鬼畜王アジト(LP3年6月3週)参考。
三ヶ月放置してルーベランを歓迎しよう。あっさり盗賊王になれるぞ。
魔王討伐隊はウラジオストックを出立し、北西の山岳地帯へと進軍した。
行軍は実に順調だった。というのも、一回の戦闘も、盗賊の影も形もなかったからだ。
ウラジオストックに行くまでに幾つか村や領主の私領が点在する。盗賊団が駐留するには十分な規模のものもあり、様子を見る為に兵を派遣したが何も収穫が無かった。
穏やかな民衆は解放を歓迎しつつも、盗賊達については「元のアジトへ戻ったらしい」と繰り返すばかりで、一切の情報が得られない。
結局、アジトがどこにあるかというのはウラジオストックで捕らえた盗賊達の情報が頼りだった。バーバラ達はほとんど導かれるままに、ランス団の本拠地へ踏み込もうとしていた。
山岳地帯の前には、ヘルマンには珍しく深く暗い森が広がっていた。ここに入ってからでは満足に視界も取れないため、最後の休憩という事になっていた。
「それでは、三十分後に全軍全力出撃で盗賊団本拠地と予想される地点を制圧するよ。準備はいいかい?」
「……少々お待ちくだされ。それは誰の命令でしょうか」
アキラの説明に対し、ディフェンダー指揮官であるモンキーは疑問を挟んだ。
「勿論僕達の隊長、勇者バーバラ様の命令だよ」
「事前に斥候を派遣し、地形と敵勢力の調査をするべきだと愚行しますが」
「一応提案したけど却下されちゃった。楽勝だから必要ないってね」
肩を竦めるアキラを見て、禿頭を押さえるモンキー。
視界の悪い未開地に大軍を踏み込ませるにあたって、偵察を出すなど当たり前の話だ。指揮官ならば誰もが真っ先にやる事を、今回に限ってはやらない事になる。
ことに今回はヘルマンでも珍しい森林地帯に踏み込むのだ。罠や伏兵の可能性を考えないでどうするのか。
馬鹿げた方針に異を唱えるべく、モンキーは顔を上げた。
「アキラ様、偵察の為の時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「却下する。意義は理解してるけど隊長の命令は絶対だよ」
「バーバラ様は勇者であっても戦を知らぬ素人です! 我等軍人がこの手の間違いを指摘するべきではないですか!」
「主様が必要ないと言った以上、必要ない」
(また、これかっ……!)
狂信者と化したアキラの目を見て、モンキーは歯噛みする。
「でしたらせめて部隊を分けさせて下さい! 森の中では数の利はそれほど活きません! 後詰として一万だけでも入口に置いておけば異常も察知出来ます!」
この手の相手がどこにいるか分からぬ匪賊退治では、遊兵がいる方が後々効く。視界が広く確保されている分、主力がどういう状況にあるかも把握しやすい。
苦肉の策でもある折衷案だったが、副長は取り合わない。
「主様は全軍全力出撃と言った。三万全軍で制圧する」
「安全ではないし効率の悪い方法ですぞ! 魔法兵やクロスボウ部隊も多数が遊兵になります! 不意戦闘の指揮も、罠の対処も……!」
「議論をする気は無いよ」
もう話す事はないと言うように、アキラは背中を向けた。
「主様はこう仰った。『罠だろうがなんだろうが正面から抜ける。盗賊があっちから襲って来るなら丁度いい。圧倒的戦力差があるから楽勝で勝てる』とね……それを為す事だけが君達の仕事さ。道具は意見を挟まない方がいい」
道具という言葉を使われては立つ瀬がない。モンキーは渋々頭を下げる。
「……失礼、致しました」
「うん、それじゃ他の者の説明を頼んだよ」
そう言うと、アキラは魔王討伐隊のところへと戻ってしまった。
魔王討伐隊とディフェンダーとの接触は大神官によって禁じられている。これは魔王の子の身分を隠す為の措置として取られたものだったが、モンキーにとっては知る由もない。
風遠しの悪い組織に心中で溜息を吐くと、傍らにいた副将が声をかけてきた。
「……将軍、その、大丈夫ですか?」
部下に弱い姿を見せまいと、モンキーは背筋を伸ばす。
「問題ない。多少の感傷を見せたかもしれんが気にしないでくれ」
「心中お察しします。アキラ様がまさかああなるなど……」
「頭の痛いことだ」
軍歴が少し長い軍人ならば、アキラの事は皆が尊敬している。崇拝の域に入っている者もいる。2人はそれ程ではないが、全世界相手の戦争でアキラの指揮で戦った。
どんな辛い時も幕僚に意見を求め、前線指揮官を労い、荒唐無稽な作戦であろうと長所を認めて褒める。理想の上司だった彼女はもういない。
「……やはり、ザンデブルグでしょうか」
副将は周囲に人がいない事を確かめると、不安げに言葉を漏らす。
「この前はタイガー将軍が呼ばれました。アキラ様も呼ばれていたのでしょうか」
「かも、しれんな」
教団からの諮問が来れば軍人は拒否出来ない。タイガー将軍が行方知れずになる前に、教団から呼ばれたという話があった。そして行方不明、あるいは精神の変調、こういう事は珍しくない。
教団と軍の力関係は教団がはっきり強い。宗教軍事国家とは言うが、一将軍になっても教団員の口を恐れなければならなかった。
「ビュートン様とアキラ様が唯一口を挟めましたが、アキラ様がこれでは、もう私達も……」
その先の言葉を制するべく、モンキーは副官の肩を叩いた。
「なあに、我々がやるべき事をすれば問題あるまい。彼等も国を想っての行動だろうし、向く方向は一緒になるさ」
「……将軍は前向きですね」
線の細い副官の苦笑に対して、猿顔の男は柔和に笑う。
「敵を前にして身内を恐れている暇などないぞ。早く匪賊退治を終わらせてログに戻り、酒を浴びようではないか」
「はは、その時に潰れるのは勘弁願いますよ。泣くのはもう見たくありません」
「それが出来るかは貴官の働き次第であるなあ」
二人は暫し軽口に興じる。
結局、後ろ暗い闇があると知っててもどうする事も出来ないのだ。軍人は国家の敵を倒す事しか出来ないし、敵はビュートンが決めている。無暗に考えて暗くなるだけ無駄だ。
「では、無謀な一番槍に行って参ります」
「四方から撃たれるだろうが、死ぬなよ」
「言葉の銃弾なら教団員で慣れてますよ」
それでも多少は雰囲気が良くなったか、おどけた仕草で副官は駆けて行った。
ここにいるのは精兵ばかり。部隊長でもしっかりとした教育を受けた者達が集まっている。誰もがこの方針に異を唱えるだろう。
(……さて)
モンキーは改めて深く暗い森に目を凝らす。
大樹が何本も根を張り、鬱蒼と細かい木々が生えている。曇り空では想像以上に暗い視界になるだろう。開けた場所など存在しないから、100メートルも見通せなくなる。この森を抜けた先の山岳地帯がアジトだから、それまでに一体どれだけの罠があるか見当もつかない。
ただ、戦闘になれば間違いなく勝てるとも断言できる。
なにせ彼我の戦力差は三十倍だ。質についても東ヘルマン中をかき集めた精兵と盗賊団では比較にならない。勇者の言う通り、多少無茶でも力押しなら余裕の戦力差ではある。まともに当たれば一撃粉砕で間違いない。
戦略的に考えると、ランス盗賊団は詰んでいる。この分野では軍学校でも優秀だったモンキーが断言出来る状況だった。
だが、
「むむむ……なんなのだろうな。この胸のムカつきは……」
不安が消えない。
長年将として感じてきた、負け戦の匂いが森から漂っている。
そのせいか慎重論を唱え、今もついつい不安材料を列挙してしまう。
アジトの所在について渡された情報は全て盗賊と民衆からだった。偽装の可能性はあるか?
ない。複数の所在地と立場から得らている以上ある程度は真が混じっている。問題としては一切自分達で確認出来ていないぐらいだ。この情報そのものに瑕疵はない。
森林、山岳地帯についての懸念はあるか?
罠は言うまでもないが、地の理を活かせる恰好の地形だ。自分が守る側ならば山の裏にも、森の中にも伏兵を隠す。進むだけではどうやっても気づけない。
他に不安点は何かあるか?
勇者は盗賊退治を急ぐあまり、現地の住民に対しての情報を最低限で済ませてしまった。情報の確度は怪しい。何か現地住民しか知らぬ抜けがあるのかもしれない。
「あとは、この地域一帯が魔物が住むのに適してそうなぐらいか」
森は湿気が多く陽が差さず、人を不快にさせるような気候を孕んでいた。人間にとって住みにくい場所ほど、魔物が好んで暮らしていたりする。不意戦闘も多い可能性がある。
モンキーは経験と知識に富んだ軍人として、全ての懸念材料を最悪の場合で想定する。
罠は凶悪極まりなく、魔物が次々と襲ってきて、伏兵は予想の三倍存在し、地の利を十全に使うと場合、戦いはどうなるか。
結果――――やはり、必勝。彼我の戦力差は覆らない。
盗賊が増えたという仮定にも限界がある。村の人口変動を全て相手の兵力としても、奪った食料の量と消費速度を考えても、三千以上はありえないと断言出来る。
何度も、何度やっても勝ちは決まっていた。それでも嫌な予感は一向に消えない。
「……元々こういうのはタイガーの領分なんだがなあ」
不安があると、どうしてもいない者の名が出てしまう。
戦場の霧は薄い方であって欲しいと考えつつ、モンキーは禿頭を撫でた。
ディフェンダー達が頭を悩ませている一方で、魔王討伐隊はほとんどなんにも考えてなかった。
「ふんふんふふーん♪」
「えへへー……」
原因は主にこの癒し空間製造機、メリモ・カラーのせいである。彼女がいると危険な魔王討伐はピクニックへと変わってしまう。今も勇者と手を繋いで森の中を驀進中だ。
対立する立場にあるのを確認したはずなのに、何故かメリモは勇者にべったりとなった。小休止のたびに飲み物を運んで来たり、せせこましく働いてくれる。
それでいいのかという疑問もバーバラにはあった。最初は遠慮した。
だが「手をつなごっ、手っ」とメリモが手を伸ばして来て、本来の姿とダブってしまいもう駄目だった。可愛すぎて拒否れない。
「ある日ー、森の中ー♪」
「魔王にー、出会ったー♪」
所詮ポンコツ勇者、どこまでも真面目になりきれない存在である。
湿気の多い気候、罠が点在してそうな森、限られた視界? それがどうした。今の握ってくれる温もりの前で恐れるものなどあるものか。
一応ディフェンダーを前面に押し出しているが、最前線組に追いつきかねないほど歩調を速めており、下手をすると追いつきかねない。そんな速度で森を突っ切っている。
部隊全体も、大方の予想を外れて順調極まりなかった。
罠は確かに存在するのだが不出来なものが多い。落とし穴は露出し、紐は経年劣化か途中で切れていたり、盗賊はその程度かと言えるようなものばかりだ。これならシダや草木に足を取られる方がよっぽど敵と言える。
何よりも盗賊に出くわさない。三万の部隊が森を突っ切ってるのに野良魔物との遭遇が稀にあるぐらいで、数に恐れをなして逃げ散るだけだから、戦闘が発生しない。
実に、実に順調だった。行軍中一人も犠牲者が出ていないのは幸運と言ってもいい。
「主様、前線組が森を抜けました。山岳地帯で居住の跡を発見しており、盗賊団のアジトなのは間違いないようです。このまま探索を続けていきます」
「まあまともに戦えるわけないでしょうね。このまま世界の崖から退場してくれないかなー」
勇者は時折アキラの報告を聞いて、心地良い成果を聞く。本当に何も問題は無かった。
先鋭が安全を確認すれば、程なくしてバーバラ達も山岳地帯に踏み込む。懸念材料とされた森林を抜けて、後詰が次々と到着していく。
麓の地点を抑えたヘルマン軍は探索を進め、すぐに盗賊を発見した。
入口は大きいが、先が細くなってゆく山の洞窟。人の手が加えられたアジト本拠地と言えるものだった。ご丁寧に麦の穂が立てかけられており、居住区と断じられるものだ。そこに逃げ込む盗賊を見たと報告があった。
「これ以上進むと戦闘が避けられません。攻撃開始は隊長の判断という事なので自重しました」
「うーん、これはちょっと困ったわねー」
発見者の報告を聞き、バーバラは少し頭を使う。
相手は袋の鼠だ。それでもこの洞窟には多くの人間を一度に入れられず、数の利が活きない。
戦闘域としては広いところでも十名、二十名単位で戦えればいいほうだろう。その上で罠が点在するに違いない。
このまま数に任せて兵士を送り込んだらどうなるか。
まあ、勝つだろう。ただし犠牲が大きい。相手も死にものぐるいで戦うから凄惨な事になる。
犠牲を少なくしたいならバーバラが行けばいい。盗賊だけなら勇者一人で事足りる。ただし魔王が待ち構えているなら話は別だ。数の利を放棄すれば一気に勝ちは怪しくなる。
この場合、適当に兵士を送り込んで実力者がいたら蓋をして干上がらせるのが正解だ。完全勝利が、死人の無い勝利が出来そうだからこそ、バーバラは欲をかいている。
そのまま唸っていたら、ちょいちょいとメリモが肩をつついてきた。
「バーバラちゃん、バーバラちゃん」
「ん、なに?」
「この洞窟の攻略、私達に任せてもらっていいかな?」
意外な事を言われて、目を丸くするバーバラ。
「……戦わせるつもりはなかったんだけど」
「ううん、こういう時こそ私の出番だと思うの」
メリモは薄い胸に手を当てて、説明を始めた。
「こういう場所は冒険に慣れてる私や志津香さんの方が得意だよ。強い人はみんな私の家族だし、盗賊さんだけなら大丈夫。ウズメちゃんがいるから罠の方も心配ないし」
「まあ、言ってる事自体は間違ってないんだけどねー」
「バーバラちゃんは出来ればこういう争いは少なくしたいんでしょ?」
「…………」
バーバラはあえて返答しなかったが、その表情が答えになっていた。魔王の子に任せれば被害はゼロで済む。
ただこの場合は別の問題が出る。メリモ達がランスの敵になっていいかだ。
「本当に戦っていいの?」
「うん、大丈夫!」
リセットの笑顔は清々しく、本心から言っているように感じられた。
「んー、じゃあお願いしよっかな。私は入り口で待っているから好きにして」
「わあっ、ありがとう!」
メリモはぱたぱたと駆けていき、魔王の子達とこれからの戦いについて話し始めた。
こうなればバーバラとしてはやる事はなく、木々の影に腰を降ろして休みに入る。
「本当にいいんですか?」
一人になると、どこからともなく従者が姿を現す。
「なによコーラ、藪から棒に」
「あの子が魔王と出会ったら逃がしますよ」
「いないんじゃない。あんな狭いとこに閉じこもるヤツじゃない気がする」
洞窟に背を向け戦う気のない勇者の有り様に、ジト目を送るコーラ。
「確証持ってるなら一人で潰しに行けばいいじゃないですか。今のバーバラなら千人いようがすぐに皆殺しですし」
「楽できるなら他人に任せるの。三万の兵士も魔王の子達もそのためでしょ」
「戦えば経験値が手に入りますよ。今回は勇者って肩書きですし、少しはそれらしい動きをしたらどうですか?」
「いらなーい。ザコなんか面倒くさーい」
「一応、従者としての助言なんですがねー」
絶対に働く気が無いとばかりに、バーバラは目を閉じて木の幹にもたれかかった。
「適当に昼寝するわ。魔王の子達が戻ってきたら起こしてね」
「はいはい、今代の勇者は本当我儘ですね」
そうして、コーラは山岳地帯に視線を向け……邪悪な様相で唇を吊り上げた。
「……ま、次はいつ休めるかわかりませんし、今はそれでいいんじゃないんですか」
勇者も従者も不在で、魔王と盗賊退治は始まる。
やはり、そこに盗賊はいた。洞窟の中ですし詰めにされるが如く、多数の罠と連携の取れた盗賊達が、決死の覚悟で待ち構えていた。
そして予定通り、まともな戦闘にはならなかった。
「粘着地面」
志津香の魔法が地を覆う。
粘性となった地面が盗賊達のブーツを縫い付け、足を止める。
「げえっ! なんじゃこりゃあ!?」
「テメェらひるむな! 敵が来てる……ぐわぁっ!?」
死角から飛び出た少女が矢を何発も撃ち込み、次々と盗賊を倒していく。
「ごめんね。ちょーっと倒れちゃっててね」
「カ、カラーだ! なんでこんなところに……! 熱うっ!?」
男の構えた盾は、メリモの矢を受けると燃え上がった。他の矢にも魔法が付与されていたらしく、矢を受けた盗賊は紫電を帯び、別の盗賊は凍りついて地に縫い止められる。
遠距離戦は弓に長けたカラーの本領だ。少し良くなった程度の装備では盾にならない。
「撃ち返せ! 撃ち返すんだ! こっちの方が数は多い!」
それでも盗賊は数の利だけはある。まだ動けるものが応戦すべく射撃を返すが――
「ほい、バーリア!」
ナギの手が光ると、光の壁がメリモの前に立ち上がった。それだけで全ての射撃が意味を為さず受け止められる。無力感に射手が手を緩めれば、バリアが薄れてメリモの射撃が飛ぶ。そしてまた一人倒れる。
前衛は足を止められ、後衛の攻撃は魔法障壁を抜けられない。戦いになっていなかった。
「ひぃー! やっぱり無理だったんだー!」
「逃げっ……いや逃げられねえー!」
中には恐れをなして逃げようとして、粘着質の地面に顔から突っ込む者までいる。淡々と矢が射かけられる内に、盗賊達は半ば自壊していった。
「まあ、私達が盗賊退治って弱いもの虐めだよね」
「……そうね」
と、ナギの呟きに頷く志津香。
結局、負けようがない。ナギは即座に障壁を生成出来るが、その硬さはスシヌ程ではないにしても軍の攻撃を暫く止め得る。今回はさらに強度を下げて意識のオンオフで出せるようにしていたが、それでも盗賊相手では無敵の盾だ。
レベルの差、術者の実力の差は残酷だ。後衛職オンリーでも楽勝だった。
「主君どのー、こっちも終わったでござるよー」
そして盗賊達が逃げようとした後方から、ウズメがひょっこりと顔を出した。
「あ、ウズメちゃん。どうだった?」
「とりあえず罠の解除は一通り済ませたでござる。睡眠薬とかもあったのでこっちで使ってみたら40人ぐらいおねんねでござるよ」
「お、いいね。楽になるわー」
なんでもない事のように語られているが、ここでも悲しいまでの力の差が出ている。
後方から報告をしてくるのは、ウズメは盗賊達が犇めき合っていたこの防衛地をあっさり突破してしまったからだ。何十名いようがウズメにとってはザルという証明だった。
後方にレンジャーの潜入を許し、やりたい放題されていれば地の利も全くない。
盗賊達は、詰んでいた。
「それじゃここもクリアね。あとどれぐらいありそう?」
「人数だけならまだまだ数百名は残っているでござるねー。この洞窟、結構奥に広いでござるよ」
志津香の問いに対し、ウズメは全てを把握したような報告をする。潜入時間的に明らかにおかしいのだが、その場の全員はあっさりと真実として受け取った。
「うーん、それじゃこれで半分かー。まだまだかかりそうだよね」
「ここに入って一時間半になる。そろそろ休憩を取りましょう」
「うん、そうしよっか」
志津香の提案にメリモは同意して水を取り出す。その落ち着いた見た目もあって、熟練の冒険者の姿そのものだった。
「……思ったより長丁場になったなあ。今の私達ならあっさりだと思ったんだけど」
メリモから受け取った水を含んで、ナギはそう呟く。
確かに時間がかかり過ぎていた。彼女等は押しも押されぬ世界最強の冒険者達だ。もし同じ任務を請けるような事があったら30分もかからず終わっているだろう。
理由としては石橋を叩くようなメリモの方針に尽きる。
「まあまあ。ここまで誰も死んでないんだし、これからも頑張っていこー」
誰も死んでないとは、当然自分達ではなく、兵士達ではなく、盗賊達の事だった。
地面を見れば盗賊達は粘着地面に縫い付けられ、次々とウズメによって縛られていく。彼等は矢傷や魔法を受けてはいるが、手加減されている為に命に別状がない状態となっている。
この盗賊退治で先陣を切るにあたり、メリモは宣言した。
ランスの被害者である彼等は誰も殺さず、捕らえて戦争を終わらせようと。
冷静な異論はあった。というか志津香が挟んだ。
『勇者の言う通りだと粗方死刑になるのよね。同じ結果じゃない?』
『それでも、今ここで……っていうのでは違ってくると思う。きっと助かる人も出るよ』
楽観論にせよ、リーダーにこうも迷いなく言われては黙るしかない。
さらにメリモは一部の兵士を説得して、捕らえた盗賊の捕縛と搬送の協力者を作ってしまう。こんな敵地でも味方を作る手際を思い出すと、呆れめいた苦笑をしてしまう志津香であった。
「志津香さん、お水だよー」
考え事をしている内に、こっちにも来た。
メリモは膝を曲げて、ちび志津香に水筒を差し出していた。
「……ああ、ありがと」
口に少量の水を含み、喉を潤す。
志津香はリセットに水筒を返しがてら、ぽつりと呟いた。
「……しかし、良く勇者はこんな事許可したわね」
「うん?」
「盗賊を私達に任せることよ」
バーバラの事情と昨夜の話を聞いて、志津香は不思議でならなかった。
それだけ言っておいて復讐を他者に任せるなどピンと来ない。同じ状況に置かれたら率先して焼き潰しに行くだろう。
志津香の疑問に対し、メリモは難しそうに首を傾げた。
「うーん……バーバラちゃんはどっちかと言うと、元々そうして欲しかったんじゃないかなあ」
「私達に戦って欲しかったってこと?」
「うん。正確には自分が戦いたくなくないの……きっと、全部殺しちゃうから」
そう言って、メリモがちらっと視線を移した先には彼等の悪事があった。
地面を探せば歯や人骨の破片があるし、盗賊の中にはトロフィーのように血の付着した装飾物をつけている者がいる。どうやって手に入れたかなど想像に難くない。
「多分ここの人はほとんどが悪人なんだと思う。お父さんに従う前はきっと酷い事をしてた。でも、そうじゃない人もいる。千人もいればたくさん更生の余地がある人がいるはず」
メリモの矢を受けた者の中には、体よりも古ぼけた指輪を庇った者もいた。
匪賊が発生するのは大方は儲かるからだが、そうでなければ生きられない境遇に置かれた人間も少なからず存在する。
「でも、バーバラちゃんは全部殺しちゃう。みんなの隊長で勇者だから、前に出たら敵は倒す事が求められる……どっちの死者も少なくしたい優しい子なんだよ、きっと」
「ただ面倒臭がってるだけじゃないの。出発時にすやすや寝てたし」
「ま、まあそういうところもあるのかも……」
メリモは軽く苦笑し、一通りの面子が小休止を終えたのを確認すると立ち上がった。
「あと半分ぐらいだしそろそろ行く?」
「いいでござるよー。というかそろそろ終わりでござるし」
「あ、そういえば分身見なかったけど……」
「ういうい、バレないようにちょーっとずつ襲撃してたでござる。もう粗方終わってる感じ?」
にゃは、と茶目っ気たっぷりに笑うウズメに全員が呆れた。
「こういう場所では、ウズメって本当デタラメだよね……」
この後も、洞窟攻略は実に順調に進んで行った。
魔法で遠距離戦を制圧し、近距離はウズメに無力化され、どんどん進み、死者もなく……
「おおおおおオラアアアア!! 死んでたまっかあ! 俺様がここのボスだあ! 倒せるもんなら倒して……!」
「スリープ!」
「ぐがーっ!」
誰だお前はという頭領の男を眠らせ、洞窟内にいる盗賊達は残らずお縄となったのである。
「うーん、結局お父さんも、エールちゃんもいなかったなぁ……」
帰り道、メリモは残念そうに頭を下げた。
「最初に言ったでしょ? 絶対いないって」
「まぁ、わかってた事だよね」
「…………はぁぁ~どこにいるのかなぁ~」
洞窟が寄り道で囮なことぐらい、ランスをよく知る三人は半ば悟っていた。それでもやったのは、『絶対にない』と思ったときこそやりかねないと知るからこそ、念の為に探索したのだ。
結局、やはり空振り。無駄ではないが、多少は疲れるのも仕方が無かった。
ちびナギが振り向いて、メリモの方を覗き込み、
「じゃあ考えてみようか。ランスならこういう時、どーすると思う?」
「うーん、何もせずに逃げるのはないんじゃないかな。そうして欲しいけど……」
「という事ですが、どうですかランス専門家のお姉様」
志津香がぎろっとナギを睨む。一瞬気圧されたナギは愛想笑いを浮かべ、しなだれかかった。
「あーうん、私が悪かったです。でもお姉さまの経験が知りたいのー! 教えて―!」
やんやんと甘える妹を見て、志津香は溜息を吐き、
「あいつの場合、こういう時は事態がとんでもなくややこしく悪化するのよね……敵でも味方でも大迷惑になりがちね」
「もうかなり厄介な事になってると思うんだけど……あれ?」
苦笑いを浮かべるメリモの元へ、捕縛の協力をしていた兵士達が向かって来ている。息は荒く、全速力で洞窟を走って来たようだった。
「メ、メリモ様……! 急ぎお戻り下さい! 本陣が大変な事になっております!」
「「「…………」」」
三者、嫌な予感がガンガンに鳴っていた。
それでも聞かなければ始まらない。これから荒れるという確信を元に、志津香は口を開く。
「…………何があったの?」
「魔軍です!!! 我々は膨大な数の魔軍に包囲されつつあります!!」
※援軍が入りました