腹が減っては戦が出来ぬという諺がある。
原義はともかくとして、バーバラはその言葉を覚えていた。
だから相手の本拠地に乗り込むにあたって、食い意地を張った。落ち着いて食べられるのがいつになるか分からないから、せっかくだからアキラに命じて美味しい料理を沢山求めた。従者は期待以上に応え……結果、かなりの量をお腹にため込む事となった。
満腹になれば眠くなる。次はいつ眠れるか分からない。そうだ寝溜めしておこう。
今回の件について、ポンコツ勇者は油断しきってたわけではない。ただちょっと欲望に忠実で、誘惑に勝てなかっただけなのだ。
盗賊団の本拠地を眺めた時、バーバラは少しがっかりしていた。
事前情報では盗賊団のアジトは緑豊かな地で雄大な山があると聞いていたが、期待とは違うものであったためだ。
ヘルマンに緑豊かな地は少ない。だからこそ幼き心に残る美しい景色が見えるかもしれないと、胸をときめかせていた。
ところが踏み込んでみればおどろおどろしく暗い森だし、突破しても土と岩が露出した無骨な山が連なっている。ヘルマンらしいと言えばそうだが、無粋極まりないものだ。もう少し色鮮やかであって欲しかったと思いながら、バーバラは眠りについた。
ところが起きてみるとどうだろう。素晴らしく色鮮やかになっているではないか。
「あか、あお、みどり、むらさき、しろ……わぁい、一杯だぁ。あ、はは、ははは……」
山の峰から次々と、機械的な色彩が降りて来る。
際限がなく山肌を埋め尽くす色の塊――魔物兵の皆さんである。
緑ザコ、遠距離弓兵、赤兵、マントを羽織った魔法兵に魔素漢、ちらほらとコサック隊とか特殊部隊までいたりする。新旧シリーズ勢揃いで勇者一行を大歓迎だ。
「駄目です! 森の周囲は伏兵だらけです! 後詰は次々と追い立てられています!」
「ふむふむ、スーツを隠して頃合いを待っていたのかな。相手の練度は高そうですね」
駈け寄って来た兵士の報告も、アキラの解釈も悪いものばかり。
バーバラは心ここにあらずとばかりに指示を出さず、魔物達の姿を眺め続けてしまった。
(ここで花見でもするつもりなのかな……そうだといいなあ……)
半ば事態を認識しているからこそ現実逃避したくもなる。
頭を取られて相手は魔軍。後ろの数は全くわからないが袋の鼠らしい。
有体にいって綺麗に戦略的にハメられていた。相手が追い返す以上の事をしておらず、こちらが命じていないから戦端は開かれていないが物凄い勢いで事態が悪化している。
「魔王だ! 魔王がいるぞ!」
大将がパニックに陥って指示を出せぬ間に相手は布陣を終えたらしい。最後の主賓がお目見えを果たした。
バーバラは兵士が指差した方を見上げると、山の頂上から男が姿を見せている。
「あはは……あのランスって、ホントに魔王だったんだ……」
もしかしたら魔王じゃなくて物凄く強い冒険者なだけかもしれない。面と向かって魔王と名乗られてなお、バーバラは立ち向かうために自分に嘘をついて思い込もうとしていた。
だが、もうその必要はなくなった。
頂上に君臨した男は前に会った時の緑の服を着ていない。重厚な黒き鎧に身を包み、長いマントを羽織り、フルフェイスのメットを被っている。人々が伝え聞く災厄の象徴そのものだった。
もう誰も間違えない。間違えようがない。
勇者の敵は魔軍を従えた地上の支配者――――魔王であった。
「く、くくくく……」
魔王は邪悪な忍び笑いを漏らし……メットを取って、破願した。
「がーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは! ざまあないな、勇者ども! 俺様の華麗な作戦を見たか!」
せり出した岩に足をかけ、魔王は高らかに笑う。
そんな状況で、さらに少女が岩の上に立って遮った。目立ちたがり屋のエール・モフスだ。
「がははー!」
「……お前は邪魔だ。引っ込んでろ。ここは俺様の見せ場なのだ」
ランスは娘を抑えつけるが、エールは追い出されまいともがく。大人の男に体を掴まれながらも、なんとか頂上に体を残そうと暴れている。
「やだやだやだー! ボクも出るー!」
「ええい、お父様の言う事を聞かんか!」
「ランスばっかり美味しいとこ持っていかないでよー! 演説もやってみたいよー!」
「貴様がいると全く話が進まなくなるわ! いい加減引っ込め!」
「ぎゃー!」
エールは縛られて長田へ向けて投げ降ろされ、退場となった。
一通りのドタバタを誤魔化すように、ランスが演説を再開する。
「ごほんごほん。えー、偉大なる魔王、ランス様である。魔王討伐隊の負け犬ども、何度目か忘れたが来襲ご苦労だった。今回も美女を連れているはずだからそれをとっとと差し出すように。特に勇者バーバラは絶対に持って来い。俺様は寛大だから30分だけ待ってやる。以上」
あまりに横柄な振る舞いに、魔王討伐隊全体が呆気に取られた。
どよめきが収まらない部隊を放置して、バーバラは姿が見つからないように洞窟の裏へと隠れつつ、アキラへ問いかける。
「あ、あいつ何言ってんの!? 私を差し出せって!」
「そういえば報告書にありましたね。状態が安定した時期の魔王は討伐隊に美女を強請っていたと。以降美女がいれば生還率が違うので混ぜるようになりました」
「手伝うあんたも馬鹿か! ああもう~……」
バーバラは頭を抱えてしゃがみこむ。
圧倒的な戦力差で圧殺して完勝する作戦は崩壊した。もはやどうすればいいかわからない。
「私の部隊って東ヘルマンの精兵だよね。この状況でも勝てたりする?」
「やるとなれば全力を尽くしますが、全容を把握出来ない状況なので確約は出来ません。魔軍の数が互角でも難しい戦いになると思ってください」
「部隊の指揮やらは全くわかんないからアキラに任せて、それで……」
青ざめながら無い頭をこねくり回すバーバラ。そこに思考を読んだような魔王の声が届く。
「まあ、雑魚とは言えそれだけ数がいるのだ。戦ってみるのもいいかもしれんなあ。三万もいれば勝てるかもしれんぞ」
意味とは裏腹に勝ちを確信したような、喜悦が混じった声だった。
「ちなみに、俺様の魔王軍はたった四十万ほどだ! いやー勝負は全くわからないなー!」
「よん、じゅう、まん……?」
「がはははははははははははは!!! がーーはっはっはっはっはっはっは!!!」
響く魔王の笑い声、圧力を発する魔軍、あたりを飛び回る飛行魔物兵特有の騒音――――
「どうして……どうしてこうなった……」
何故こんなところに大量の魔軍がいるのか。
答えを知る者は、いなかった。
この状況を説明するには少し時が遡る。
一日前、ランス達はウラジオストックを放棄し盗賊を引き連れてアジトへ向かった。
異変に気づいたのはアジト手前にある森の途上の事であった。
「だーーー! どうなっとんじゃこれはー!」
ブーツを血で濡らしたランスが吠える。足下には魔物兵の死体が累々と転がっていた。
帰り道には魔物、魔物、また魔物兵。今もまた一部隊適当に屠ったが際限がない。むしろアジトに近づけば近づくほど兵は増え、隊長の姿まで見かけるようになってしまった。
別にどれだけいようが全く負ける気がしない戦いだったが、そろそろ悟る。
この先はロクなことになってないと。
「そもそもこいつらどこから湧いて来た! アジトに置いといた盗賊共は何やってんだ!」
ランスの叫びに答えを出したのはミックスだった。
「頭目のドギが言ってたわ。どこからか魔物兵が沸いてきてアジトを守る盗賊を蹴散らしたって。まあ病床だったから誰にも伝わってなかったんでしょうね」
「あ、ランスに蹴られる前にそんな事を言ってたような。あれ本当だったんだ」
怪我人を増やした二人を恨めしく見て、ミックスは溜息を吐く。
「……それにしても、どこから湧いたのかはあたしも気になるわ。こんな人類圏の端に魔軍がいるなんてありえない。これまでに見なかったの?」
「む、そういえばあったような……」
ランスは記憶を探すように目を泳がせて、
「おお、そうだ。アイヌちゃんが魔物隊長の首を持って来いって言ったから適当に探して持ってきたのだ。後は陶器、お前が説明しろ」
「ええっ、俺!?」
「俺様はどうでもいい情報は忘れるのだ。それ以上は忘れた」
「マジかよ、適当な頭してんなこの人! あんっ!」
ゲンコツ一発、長田は割れた。
「いてて……」
「無駄口はいいからさっさと説明せんか」
「うう、わかったよ……」
そこから長田の口で語られたのは、二週間程前の冒険の話だった。
ランスが周辺の盗賊を全て叩き潰して盗賊王になり、領主やら軍も血祭りに上げて一体を支配した頃、一人の女性を無理やり捕まえた。それが無心アイヌだった。
彼女がハーレムの女となる条件として出したものが父の仇を討つ事だった。そんな経緯でランスは名前改変が出来るエールと長田で冒険に出かけたのだ。適当な魔物隊長の首を探して。
「……それで、俺達はこの山の裏にあるダンジョンを冒険したんだけど、そこでは魔物兵が隠れてたくさん暮らしていたんだよ。色々騒ぎはあったけど、なんとか魔物隊長を攫って冒険は成功で終わった。今思えば、ここの魔物兵ってこいつらなんじゃね?」
長田の話が終わると全員の目線がランスに集中する。特にミックスは呆れと軽蔑の混じった強烈なものだ。
「む、なんだ。なんか文句があるのか」
「……どう考えてもあんたのせいじゃない」
「いや、違うぞ。元々こいつらがここにいるのが悪いのだ。どうせ遅いか早いかでいずれ問題になっただろう」
「はぁ…………この分だと、もうアジトは魔軍が支配してそうね」
ミックスがげんなりと悲観的な予測をすると、長田が驚きの声を上げた。
「魔軍!? ま、ま、ま、魔軍!? どうしてそんな事がわかるんだよー!」
「隊長を倒したのに周囲の魔物兵は動揺しなかった。これはもっと上の役職……魔物将軍がどこかにいると考えられるわ。これだけ哨戒がいるなら万以上の魔物兵がいないとおかしい」
先程の戦闘は、まず魔物隊長の首が吹っ飛ぶところからの開戦だった。ところが魔物兵は無暗に逃げようとせず、報告要因を飛ばして時間を稼ごうとしたのだ。明確な指揮系統があった。
「じょ、冗談じゃねえぞ! 俺達はウラジオストックの軍隊から逃げて来たんだぜ! 逃げた先でも軍隊って、挟み撃ちになるじゃねえか!」
がたがたと陶器の体を震わせる長田。今もここにいるのが怖いとばかりにエールの傍に寄る。
「なあエール、ほんともう逃げようぜー! ここが限界だってー! 戦争なんて付き合ってらんねえよー!」
「長田君は怖がりだね。こんなザコ達にボク達が負けるわけないじゃん。今回も楽勝だよ」
「エールはそうでも、俺達みたいなのは無理なの! ソウル達はどうすんだよ!」
「むむっ……」
盗賊達の事が抜け落ちていたせいで、エールは次の言葉を発せなかった。
「確かにエールは勝てるよ? でも魔軍なら他にもたっぷりいるじゃん。その内どれかがソウル達に気づいたら、あっという間に全滅するぜ」
確かに、その通りだった。
ランス達は魔物兵との遭遇戦闘があった時点で盗賊達を一時退避させていた。その後少数精鋭で強硬偵察の形を獲ったが、魔軍となれば話は別だ。
魔物将軍を倒しても魔物隊長は残る。そしてその部隊が盗賊達を襲えば、やはりあっさり負けるだろう。所詮盗賊など雑魚中の雑魚だ。
本来ならば盗賊など不要だが、ランスは多数の女を抱えていることで事情が変わる。維持するには最低限世話する人間も必要だし、食料調達など人手は必要だ。
結局のところ、盗賊の全滅はハーレムの崩壊に繋がり、それはランスにとって冒険の失敗を意味していた。
以上、エールにとっては至極どうでもいい話だったが、冒険の失敗まで行くと話は別だ。敗北を甘んじて良しとする娘ではない。
「うーん、どうしよっかなー。やっぱぷちぷち全滅させるしかないのかな」
「おおぅ……そこで皆殺しをあっさり考える相棒が恐ろしいぜ……」
長田の声をよそに、エールは考える。
魔軍を盗賊でも退けられるぐらい完膚なきまでに全滅させるにはどうするか?
百戦して百勝する自信はあるが、この広い森の中、あるいは山を駆け回って戦い続けるのは長い戦いになる。ミックスに手を借りられても夜を徹したものになるだろう。となると、自分の手には少し余る。別の力が必要だ。
一連の考えをまとめたエールはランスの傍に近寄って、袖を軽く引っ張った。
「ランスランスー、何とかしてよー」
「はあ?」
「ボクがソウル達を守って、ランスが戦えば安全かなーって」
「なんで俺がそんなしち面倒臭いことをしなきゃならんのだ。却下だ却下」
ランスは鼻を鳴らして取り合わない。不満気にエールに見上げられても余裕の表情だ。
「ランスのばか、あほ、まぬけ、働いてよー」
「がははは、俺を動かしたかったら美女の一人でも連れてくるんだな。そんな安い挑発に誰が乗るものか」
「んー、これはやりたくなかったんだけどなあ……」
頑固なランスに対し、エールは最終兵器を使うと決めた。冒険の中で図らずも発見され、家族から使用禁止令が下ったものだ。
まずエールはそっとランスから離れた。長田を懐に持ってきて盾にし、体を隠してゆっくりと後ずさる。訝しんだランスを半目で睨み、唇を尖らせて、
「…………ランス、サイッテ―」
「ぐ、ぐぬっ……!?」
秘奥義『男ってサイテー』
ザンスを行動不能にさせ、ダークランスを土下座に追い込んだ大技である。
「サイテー、サイテー、サイテー」
「ええい、その視線をやめんか!」
「やだ、ホントサイテー」
やり方は簡単。軽蔑をありありと見せてサイテーと繰り返す。それだけで男は狼狽して心に傷を負ってしまう。
最初は女の子モンスターを半裸にした不届き者に対しての発明品だった。以降時折火を噴き、主にザンスの心を壊すのに使われていた。その伝家の宝刀が、ランスに突き付けられている。
エールのジト目は、心を削る攻撃力が高すぎる。
「娘の危機に体を張って守るのが父親でしょ。それなのにえっちな事に夢中でロクに働かないんだもの。リーダーだけじゃなく父親も失格だよ。サイテー」
「がっ……ぐっ……ぎっ……」
ランスは鋼のような精神力を持つ男である。ただの罵声では彼の心を動かせないはずだった。
だがこれは初めての角度から来る激烈な砲火だ。家族だけが撃てる
父親の下着と一緒に洗わないでとか、思春期の娘を持つと確実に存在する通過儀礼が相手では、さしものランスも分が悪い。汚物扱いをするような目は、流石に効く。
「ミックスだってとっくに愛想つかしてるよ。ホント、サイッテ―のエロオヤジ……」
「だー、やったるわ! やりゃあいいんだろうが!」
遂にランスはエールの攻勢に屈し、カオスを引き抜いた。
「あーあ、心の友もすっかり父親らしくなっちゃって。弱みを持つと辛いわな」
「黙れ駄剣が! とっとと終わらせるぞ!」
そのまま森の奥へと一人駆けて行く姿には、どこか哀愁が漂っていた。
ランスが去った後、エールは長田を持ち上げつつ万歳する。
「やったー! 完・全・勝・利ー! がははー!」
「エール……紳士協定ってあるからな。俺がお前の父ちゃんなら泣くぞ。マジで」
「ボクは本当の事しか言ってない。ランスが悪いのだー!」
天真爛漫に笑いながら、長田を揺らすエール。ランス相手に一本取ったのが嬉しくて仕方がないらしい。
こうして、魔軍退治はランス一人で行う事になってしまった。
「……ん?」
「どうした?」
「いや、なんか悲鳴が聞こえたよう、な……」
森の中で哨戒をしていた魔物兵が異常を感知して、後ろを振り向いた時だった。
「どけどけーーーーい!!!」
「「「ぎゃああああああああっ!?」」」
物凄い勢いで男が突っ込んで来て、冗談みたいに魔物兵達が吹っ飛んだ。
特別な技を使ったわけではない。ただ邪魔だから殴って蹴ってどかしたとか、そんな適当なものだったが電車が正面衝突したような有様になってしまう。
今のランスがひとたび暴れればこうなる。魔物にとっては天災そのものである。
逆にランスにとっては路傍の石を蹴ったようなものであり、意識する必要すらない。
「おらおらおらーーーーーー!」
暴走列車の如く、ランスは森を真っすぐ突っ切っていた。
アジトに近づくにつれ魔物兵が増えた部隊と出くわすが、全く足を止めずに吹っ飛ばす。魔物兵だけではなく、用意されていたトラップも力業で引き千切る。
ただ、その中で軌道直線状にいた魔物兵以外は一切放置されていた。そのせいか、手の中の魔剣から疑問の声が飛ぶ。
「エールからは魔軍を潰してくれーって言われてるじゃろ。放置でいいのか?」
「雑魚どもにいちいち構ってられるか! 狙いは当たりつきだ!」
「ああ、そこでずっぽし楽しむのね……」
「そうでもなければやってられんわー!」
半ばヤケクソだった。
傲岸不遜を地で行くランスが、娘に言い負かされてスゴスゴ従っているのだ。これで素直に魔物退治に勤しんだら、いよいよ尻に敷かれた感じがして情けなさ過ぎる。だから適当に理由をでっち上げて、自分のモチベーションとしていた。
「指揮する奴はきっと美少女が中に入ってるに違いない。それを救助してお礼にセックスだ!」
ランス達が言っている当たりつきとは、魔物将軍のことだった。
魔物将軍は魔軍の指揮官であり百体の魔物隊長を統率出来て、それによって一人あたり最大二万の兵力を指揮できるモンスターである。この魔物は思考の補助として腹の中に人間を飼う事が多く、それを倒したランスは過去に美味しい思いをしてきた。
「いやー、そりゃどうかしらねー。文字通り、当たりか外れは運じゃから」
「いーや、入ってる。俺様が久しぶりに倒すんだぞ。今回は野暮ったいながらも純朴な金髪セミロングとかだな。山菜取りをしている最中に攫われたという感じだろう」
「いいねいいね、そういうの。もしそうだったら儂も混ぜて」
「もう駄目だ。この前ので一生分やったと思え」
「そんなー」
魔剣と掛け合いをしている間でも物凄い勢いでランスは進む。
森を抜け、アジトにたむろしている魔物兵の頭を踏みつけ、山の中腹へと飛び上がり、脚力だけで断崖絶壁をほとんど垂直に登っていく。
当然、そこに魔物兵はたっぷりといた。拠点防衛隊が山に溢れんばかりに布陣していたのだが、
「がははははははは! 将軍はどーこだー!」
「ぎゃああああああああああっ!」
風より遥かに速い存在を前に、対応しろとか反応しろとか無理だった。防御を固める暇も無く突撃一発で
ランスは勘に従って無人の野を行くように突き進む。建設中の簡易砦を一撃で粉砕し、山の尾根を駆け回り、ただ敵の大将を探す為に他の全てを無視する。
やがてすぐにそれらしい天幕を発見した。魔軍が好んで使う拠点用のものであり、奇襲時には魔物将軍がいる事が多いものだった。
「あそこだな……いくぞっ、とーーー!」
何の躊躇もなく、空から飛び蹴りする形でランスは突入した。広い軍議盤に着弾し、物凄い音と共にテーブルが割れ、ありとあらゆるものが散乱する。
「な、なんだ! なにが起こったあ!?」
「御用改めであーる! 総員、お縄につけーーーーい!」
あたりを見回せば、多数の魔物隊長と魔物将軍がいる。それも、二体。
魔物将軍達は天幕の最奥に座っていたが、ランスと眼が合うと体を震わせて立ち上がった。
「お、お、おぉぉぉ……!!」
「貴様等覚悟はいいか! 当たりつきだろうな! 当たりつきじゃなかったら許さんぞー!」
ランスは暴力的な笑みと共に、剣を構えて歩み寄る。
この場合、ランスにとって唯一懸念するべきは魔物将軍ごと中のものを殺してしまう事だった。だから細心の注意を払って
初めて魔物側に許された
「「「「お待ちしておりましたあ! 魔王様ぁ!!」」」」
魔物将軍だけではなく、その天幕にいる魔物が残らず土下座した。
「……………………は?」
少し話が変わるが、新魔王軍の話になる。
RA1年、魔王ランスは翔竜山でアメージング城の建設を始め、世界に対し新魔王軍を宣言した。当時の戦力は魔王ランスとランス直下の魔人と使徒達、魔物は大元帥学者とマエリータ隊を軸とした数百の魔物で構成されていた。
新魔王軍はこのメンバーを中核として少しずつ人数を増していき、総勢は数千人程となる。
カミーラの侵攻や鬼畜王戦争等で砦を作るようになったし、またランス本人のアメージング城の構想が余りに巨大なため、多数の
彼等数千の魔物達は主に建築の労働力だったり、翔竜山の警邏だったり砦の防衛だったりと労働基準法皆無で24時間365日働かされている。実態を開ければ鬼畜極まりないが、それでもまあ志願する者は一定数いた。
そんな新参の新魔王軍志願者達には、主に三つの志望動機に分かれた。
一つ目は、新魔王軍という肩書きに憧れた者。
魔王は魔物の主だ。直参ともなれば格が違うし周囲の魔物からの尊敬も違う。少数精鋭の魔王軍に所属しているという名誉は、魔物兵達を次々と翔竜山に登らせた。
二つ目は、魔王の力に憧れた者。
新魔王軍の元で働いて目に止まれば使徒にして貰えるかもしれない。あるいは魔人にしてくれるかもしれない。魔物界は力が絶対正義の世界だ。力への渇望は誰もが強い。最強の力を持つ魔王のおこぼれを望む者が多いのは当然だった。
そして三つ目、これは滅多に無い事だが一応いる。
魔王ではなく、ランス本人に何故か心酔してしまった者達だ。
「いつの日か会える、いつの日か会えると待っておりました……今、ここで魔王様と会えて感無量でございます……! うっ……うぉぉ……!」
「洞窟で魔王様と似た風体の報告があり、もしかしたらと動いてみました。ああ、やはり時が来たのですね……!」
二体の魔物将軍が漢泣きに泣いていた。
このライトハンドとレフトハンドという魔物将軍は、強さは他の魔物将軍と大して変わらないがことランスへの忠誠心に限っては誰よりも強い。
彼等の陶酔っぷりは筋金入りだ。初めてランス城で出会うなり「歴代最強、魔王になるべくして生まれたお方」と言い放ち、以降どれだけ雑に扱われようがランスを全く疑わない。
新魔王軍の宣言を聞くや否や即志願したこの二人は、嬉しそうに重労働を幾らでもやり、魔王にとってはそこそこ便利な存在として居着くことになる。
ランス教信者の奇人将軍。彼等が影で囁かれたのはそんな仇名だった。ランスにとって便利扱い出来て楽なので出世もしていたし、同士をまとめて魔物の間では一定の勢力を誇っていた。
だが、そんな彼等が魔王軍に所属していたのはRA9年までだった。
「ネルアポロンめの策略ではないかと何度も疑いました……そんな弱い自分を叱咤して今の兵力を確保できたのも、一重に魔王様の御力でしょう!」
「お、おう。そうだな」
彼等がこんな僻地まで左遷させられたのは、一つの命令違反がある。
鬼畜王戦争時、当時魔軍指揮副官だった彼等は魔軍指揮官ネルアポロンによって「魔王の子、及びその親の抹殺」を命じられた。だが彼等は「魔王様がそのようなことを望むわけがない!」と頑として従わず、命令を無視した。
そしてそれが、ネルアポロンの不興を買った。
彼等ランス狂信者は新魔王軍の統制、さらには真の魔王となるランスには邪魔でしかない。殺すことも考えられたがシルキィ等が庇う為、やむなくネルアポロンは左遷という形にした。
命令の内容はこうだ。
【ヘルマン東北部の山岳地帯に身を潜めよ。そして周囲の魔物をまとめ、魔王様の別命あるまでに魔軍を編成し、待機せよ。決して露呈する事ないように努めること。期限は無期限とする。これは魔王様の命令である】
つまるところ「世界の端で腐って死ね」という命令であった。
ネルアポロンはランス狂信者とみられる魔物全てにこの命令を伝達し、ライトハンド達を指揮官として送り出した。
そこからの彼等の苦労は想像を絶する。当時は数百しかいなかった秘密部隊だ。そこから四万強の兵力になるまでに、様々な苦悩があった。
バレないように努めるのも骨だし、魔物をまとめるのも苦労する。東ヘルマンの魔物虐殺の流れを受けて、こっそり魔物達を保護する作戦も難しかった。なによりも辛かったのは兵力として統制を取れても待機しか出来なかった事だ。数万の兵を食わせる苦労には、並々ならぬものがあった。
「食料が厳しい時は皆にわかって貰う為に率先して自分の分を切り詰めました。何よりも、苦しい日々について来てくれた部下達の頑張りも、やはり皆の心に魔王様があったからです!」
「うっ……うぅ……」「やったなぁ……俺達、やれたんだ……!」「嗚呼、魔王様……!」
「な、なんだこれ……なんでこんな空気になってんの……」
魔物将軍の苦労話に感化されたか、周囲の魔物隊長まで嗚咽を漏らしている。後から連れて来られた魔王の子達にとってはいたたまれない空間だった。
逆に玉座に座ってふんぞり返ったランスにとっては、この上なく鼻高々な状況である。
「まあこういうことだ。俺様はこの時のために、ずっと前から準備を進めていたのだ」
「絶対嘘だろぉ!? さっき倒してくるって言ってたじゃん! これまでの戦闘はなんだったんだよ!」
「ふっ……凡庸な奴はそう判断するだろうな。敵を騙すならまず味方からと言うではないか。聡明英知にして深謀遠慮に富んだ俺様を推し図るなど、貴様等では不可能に決まっている」
魔王の服(ビスケッタが何故か魔法ハウスに入れていたレプリカ)を着込み、ランスは笑う。
レフトハンド達の軍隊は即座に魔王ランスの傘下に組み込まれた。玉座に座る男が本物の魔王であるため、まさしく正真正銘の魔王軍そのものであった。
「……東ヘルマンの発生から、この盗賊騒ぎまで全部予定通りの事だったの?」
「そうだ。全てわかっていた」
「東ヘルマンは反乱騒ぎの対応がマズかった背景があるし、自由都市で成功する可能性も高かった。人が集まったのはただ単に東ヘルマンが先に成功したからってだけよ。それにこの盗賊騒ぎから馬鹿げたハーレムまで、何も考えてないようにしか見えなかったんだけど」
「あくまで認めないって顔だな」
半信半疑どころか、一信九疑な感じをありありと出しているミックス。頑固な娘だと思い、ランスは鼻を鳴らす。
「ふん、それならば他人に聞いてみればいいだろう。おいシィル、俺様はそういう事が出来るって知っているだろ」
玉座の傍で正座していたシィルは、背筋を伸ばして振り向いた。
「ひゃっ!? 私ですか!?」
「当たり前だ。こいつらは俺様の偉業を全然見ていない。お前ならわかるはずだろう?」
ランスの眼は、ギラギラとした獰猛なものだった。ギザ歯も少し見えており、一つの答え以外を期待していないものだ。
「あ……う、はい。ランス様は、私達が想像したこともないような作戦を、何度も成功させてきました……」
「がははははは! そういうことだ!」
ランスはシィルのほわほわ頭を何度も叩き、上機嫌に立ち上がる。
「この機会だ、ガキ共には俺様の偉大さを噛みしめさせてやろう。偉大なるお父様を持つ事にむせび泣き、感謝するがいい!」
ランスは鷹揚に天幕を見渡すと、頭を垂れた指揮官達に向けて声を張り上げる。
「ザコ共ご苦労だった。計算通りとは言え良くここまで耐えた。では次の命令を伝えるぞ」
それだけで、魔物兵達が一気に引き締まる。五年もの時を耐えた彼等にとっては一日千秋の思いで待っていた日がここにある。どれもが引き絞った弓のような表情で主の言葉を待っていた。
「俺は敵を抱えている。悪の国家東ヘルマンと勇者バーバラだ。東ヘルマンは恐ろしい悪事を企み世界を破滅に導かんとしている。世界は俺様のものである以上、東ヘルマンは不届きな簒奪者だ。よって滅ぼす。貴様等はその為の兵士だったのだ」
(今一気に冒険の目的が変わったぞオイ!)
長田は突っ込みたくてたまらなかったが、流石にこの状況で口を開く勇気はなかった。
「明日にも勇者と東ヘルマンの兵三万がこちらまで攻めて来る。奴等はまさかここに四万も魔物兵がいるとは思わんだろうなあ。後は地形を利用して包囲殲滅してやればいい。ここまで来ればお前等でも楽勝だろう。だから最後にもう一つだけ褒美をつけてやる」
ランスは一拍息を吸うと、大声で叫んだ。
「俺様の前へ勇者を連れて来い! やれた奴には大将軍の地位をくれてやろう!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
天幕の中は、興奮の坩堝と化した。
どよめきと歓声、さらに魔物達によるシュプヒレコールまで巻き起こる。
「「「「魔王様万歳!! 魔王様万歳!! 魔王様万歳!!」」」」
「がはははははははははは!! がーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
どこまでも止まらぬ魔王を讃える声が響き、それに負けぬぐらいの馬鹿笑いがある。
魔軍の士気は、かつて歴史上誰も見た事がないぐらい高かった。
「くすくすくす……くすくすくす……」
その歓呼の姿、全員の視線がランスに注がれる中で、エールは端に座って静かに笑っていた。あんまり長く笑っていたがために、気づいた長田がエールの傍に寄った。
「おい、エール。何笑ってんだよー」
「いや、だってこれ……面白くない!? どんどん派手になってるよ!」
「面白くねえよ! このままだと大戦争じゃねえか! 俺は戦争キライなんだよー!」
「くすくすくす……長田君はほんと怖がりだなぁ……」
そう言うと、また遠い目をして中心で笑うランスを眺め、静かに笑う。
長田は不思議な気分に陥った。エールは基本的に目立ちたがりな娘だ。何もかも自分が主役でありたくて、自分をリーダーとして行動したがる。
だが、今回は別だ。一人の観客としてじっくり見ていたいというか、そんな静かさがあった。
「くすくすくす……面白い、面白いなぁ。次はどうなるのかな……ふふふっ……」
面白かった。
最初はハーレムを探す冒険だった。これがハーレムを作る冒険になり、盗賊王になり、都市を落とし、魔王軍と東ヘルマンの大戦争になろうとしている。次がどうなるかなんて全くわからない。
未知への期待と予測出来ないランスの行動に、好奇心を刺激されて胸の鼓動が速くなっている。
エールはランスとの冒険を楽しんでいた。
この後、魔軍は動き出す。
伏兵としての布陣を整えるための準備は夜通し行われ、日頃の調練の甲斐もあって東ヘルマンを騙し切った。彼等は囮として用意された盗賊に夢中になり、包囲されるまでの時間を与えたのだ。
そして、バーバラの精兵三万に対しランスが魔軍四万で返すという完璧な形が完成する。
当初は包囲即殲滅が原案だったが、ミックスが大暴れしてシィルが取り成し、30分の降伏勧告を与える事になった。
さて、ここで
はたして勇者は次に何をするだろうか?
三万の命はどう使われるか。魔軍を如何に打倒するか。魔王の子は、何よりバーバラ自身はどうなるのか。
全てを決めるのは、ポンコツ勇者次第である。
魔物将軍 ライトハンド レフトハンド(ハンド兄弟)
新魔王軍所属兵、東ヘルマンとの戦争で魔軍を指揮する現場指揮官。
「流石は魔王様!」が口癖。ランス教信者でランス狂信者。魔王より断然ランスが好きで正気を失ったランスの時は結構苦しんでいる。
でもランスの記憶の中にはほとんど残っていない。哀れ。
趣味は兄弟との盤上遊戯。
男ってサイテー
エールちゃんの話術フェイズ攻撃技。基本的に攻めは強く、守りはクソ弱い世の中舐めガール。散々悪戯する癖に自分が正しそうなタイミングでは正論ぶちまける。メスガキ度高し。
いーけないんだー、いけないんだー。
※援軍が入りました
+40000人
四十万はサラッと嘘。
偶然都合良く、何故か欲しいものが転がり込んでくる男、それがランス。