どんなに気分が落ち込んでも、美味しい食事と十分な睡眠さえ挟めば心持ちはマシになる。
例外はあるが、少なくとも今のバーバラはその類と言えた。
「はあ~、アキラの腕は本当確かね。美味しいわぁ……」
「ありがとうございます。さらにこちらが、今日のデザートの赤ボールでございます」
「あーもう、この味知っちゃったら安物の携帯食なんて考えられないから。言動はアレだけど作る料理はほんっと最高」
バーバラは美食を前にだらしなく頬を緩める。プロのコックを平伏させるような美味を前にしては、昨日の敗戦の影響などどこ吹く風だ。極秘の会議だと締め出された兵士達は漏れ聞こえる会話に何を思うだろうか。
勇者一行は昨夜このログBの砦に逃げ込んでいた。駐屯していた兵士達は最初は何事かと驚きはしたものの、身分が判明すれば賓客として遇するしかない。かくして軍の備蓄に取っておいた高級食材は持ち出され、大戦犯の胃袋を癒しているのだった。
あまりにアホな姿を指令室で晒す主に、たまりかねたコーラが口を挟む。
「それで、やるべき事は考えたんですかね。まさか飯をたかるために、ここに来たんですか」
「あっ……も、もちろんそれだけじゃないからね。アキラ、何かあるよね?」
「それでしたら、こちらなどは如何でしょうか。少し難しい話になりますが」
アキラが手渡してきたのは分厚い報告書だった。題名は『ランス盗賊団の調査結果と第一次戦闘の過程と結果』とある。恐らくはこれが東ヘルマンの首脳部に渡されるものにもなるのだろう。
詳細は後ろの
「やっぱり40万って嘘っぱちじゃない。付近の魔物をほとんど総動員して四万と少しって、とんだホラ吹きね」
「さて、関係してたのは数の差だけでしょうかね。もし半分だったら勝てましたか?」
『戦闘結果――――降伏、喪失三万。敵方損失皆無』
報告書の1ページ目には、慈悲の欠片も無い事実もでかでかと記載されていた。
「…………包囲されてたから、まあ負けるでしょうね。特に私が指揮してたら」
「黙っていましたが、ミスだらけでしたよ。斥候をある程度出していれば包囲される前に気づけましたね。目先のものに気を取られて、アジトまでに通過した村落から情報を入手しようとしないのも感心しません。他には……」
耳が痛くなる指摘の数々に、バーバラはうんざりしたように言った。
「よーするに、指揮官が無能だって言いたいんでしょ。聞き飽きたわ」
「元々がアレなのであまり多くを求めても仕方がないんですけどね。せめて墓穴は掘らないようにしてくれませんか」
「ああ、それなら大丈夫。こっから私は作戦を変えるから」
バーバラとは思えない意外な発言に、コーラは眉根を寄せた。
ぱらぱらと適当に報告書をめくる手は自信に満ちたものだ。だからこそ、嫌な予感がする。
「作戦、ですか。聞かせて貰えますか?」
「ふふふ……名付けて『どさくさ紛れに戦果をイタダキ作戦』よ!」
バーバラの作戦説明が始まった。
よっぽどの名案のつもりらしく、戦略指揮用にあるヘルマン絨毯を取り出すように命じだした。普段使わない最大サイズの東ヘルマン全景を使おうとしているあたり、どうやら壮大な作戦があるつもりらしい。一丁前に軍師の真似事がしたいらしく、凸状の駒まで次々と持ち出している。
「まず私は前回の敗因を考えてたの。そもそも最初は強い仲間と軍隊で盗賊団をボコろうって作戦だった。ところが相手が魔軍なんて隠してたから作戦は崩壊。まともな戦争なんて考えてなかったから戦える状況じゃなかった。ここまではいいわね?」
「まあ本人のポンコツさはともかくとして、間違ってはいませんね。まともな状況からでも辛い戦いになったでしょう」
「そういうこと。つまり東ヘルマンの敗因は、戦争になると思ってなかったからよ!」
さらっと主語をデカくして自身の責任を回避しようとしているバーバラだった。
「確かに今回の負けは痛いわ。でも誰が指揮しようと負けてたはず。むしろ無駄な人死にを抑えて魔軍という相手の最大最強のカードを切らせたのは大いに意味がある! そう、これはちょっと変わった強行偵察ということにしましょう!」
「流石主様です。ビュートン達には若干表現を変えてそのように伝えておきますね。あとは適当にモンキー達が悪いことにしておきます」
「うんうん、誤魔化しは任せたからね。話を進めると、私が持ち帰った情報によって東ヘルマンは本気になるでしょう。そうなれば後は簡単、だって底は見えているんだから」
絨毯の上に広がる東ヘルマン全景――その北部の山岳地帯に、敵勢力を示す赤い駒が置かれた。
その数、二つ。
「敵勢力は四万。確かに多い気がするけど東ヘルマン全体ではどうってことないわ。確認するけど、まさかこれ以上のおかわりはないでしょ?」
「はい、あの戦力は東ヘルマン全土で魔物狩りした結果の残存集団です。スーツの予備もほぼ無い事を確認していますし、あれが人間界にある最後の魔軍ですよ」
「決まりね。それじゃこっちの戦力を配置しましょうか」
今度は味方勢力を示す青い駒が次々とヘルマンの各都市に置かれていく。
ハバロフスク、ヤンクーツク、双子砦、ゴーラク、ウラジオストック……重囲に重囲を重ねた凸駒が盗賊団のアジトへ向けて包囲するように連なる。
その数、十五。
二つの駒が十五の駒に囲まれる構図は、いささか戦略図としては滑稽なものであった。
「私が指揮できる限界は三万。敵は四万だから勝てなかった。仮に二万でも魔王軍だし負けるかもしれない。でも、こっちが三十万なら?」
「なるほど、数の上では必勝ですか」
「そういうこと。魔王討伐隊と言わずに、東ヘルマン全部で勝ちに行けばいいのよ」
満足そうにバーバラは胸を張る。
盤上では戦いになるのも馬鹿らしい構図になっている。だが、それが可能かどうかとなると話は異なる。少なくとも常備軍全員で殴り込む国家戦略など許されるわけがない。
「アキラ、突っ込みどころは色々ありますが、この作戦は可能ですか?」
「可能どころか上策だと思うよ。実際に動かせるのは十八万、無理をして二十三万といったところかもしれないけど、それは今の話だ。東ヘルマンには常備軍とは別に動員最大数がある。編成に時間は必要だけど、そうだね……」
現実を知るアキラが動くことで、駒の数はむしろ増えた。
地図を埋め尽くさんばかりに味方の駒が満ち、圧巻の光景となっている。
「一週間後には第一次動員が終わって増員十万、二週間もあれば万全な戦時体制に突入し、表向きの兵員最大数、五十万に達するね」
「なんだ、さらに楽じゃない。時間が味方ならもっと楽な作戦にしましょうか」
現実の地図に駒を配置して動かすのは、なかなか楽しいものがある。遊ぶ楽しさに目覚めたのか、少女は鼻歌すら聞こえてきそうな調子で言葉を紡ぐ。
「決戦を避けて守っていてもいいし、相手が来ても無理に戦うんじゃなくて逃げてもいい。うん、そうすれば守る場所が二つになるから……」
以下、バーバラの願望が多めに入った予想が続く。
ランス盗賊団がウラジオストックを占領しようとする。その場合、ウラジオストックは明け渡して時間を稼ぎ、ゴーラク、双子砦にそれぞれ6万、後詰と支援としてヤンクーツクに三万を置いて備えさせ、相手の出方を待つ。
次に相手が動いた場合どうするか。まずはゴーラクに攻めて来たとする。
この場合、双子砦にいる戦力がウラジオストック奪還に動けばいい。どちらの戦場でも戦力優勢で戦う事が出来る。
全体の指揮はアキラが担当し、前回のような指揮官の無能による負けを排除する。
さらにバーバラはランスの足止めまでアキラに担当させて、付きっ切りで相手の攻勢を受けろと命じた。これを命じる場合、
「……で、自分をどこに配置してるんですか」
「盗賊団のアジトだけど」
バーバラが選んだのは、敵の前線ではなく、敵が守る都市でもなく、その最後方北端。戦線から最も遠い僻地だった。
「二択じゃなくて、三択目が本命。敵の戦力を縛ってる間に本拠地を突く! ふふ、これなら対処しようがないでしょ」
「いや……そりゃまあそうですけど、多分敵もいませんよ」
「いいのいいの。私が前線に行く事で士気も上がるでしょうし、相手も疲れるはず。魔物兵を少しずつでも倒していけば、こっちの勝ちに繋がるはずよ」
コーラはバーバラの作戦名に納得がいった。
『どさくさ紛れに戦果をイタダキ作戦』、これは、これは――――
「辛い戦場は他人に放り投げて、勝てる戦場の手柄だけを独り占めする気ですか」
「そう、それで任務完了で報酬貰って大金持ちになるの。完璧な作戦でしょ?」
「…………」
「理想はこのまま魔王とも魔王の子とも戦うことなく魔軍全滅ね! 皆で頑張りましょうか!」
一切悪びれる気もなく、バーバラは破願した。
この手の闘争では相手の嫌がる事をして自分の有利を押しつけるのが正解だ。東ヘルマンの有利を前面に押し出す方針は間違っていない。
想定通りに順当に行けば、東ヘルマンはランス達のいる場所では大きく不利を背負い、代わりにバーバラのいる場所で小さな有利を掠め取り続ける。そして削り合いになれば最終的に国力がある東ヘルマンに軍配が上がるだろう。
今のバーバラが考えたにしては、最も勝率の高そうな作戦だった。
(……これは、ダメですね)
だが、コーラは内心でこの作戦を否定した。
粗は色々と存在する。魔王の子達の戦場に与える影響力、魔軍の質が人間のそれを遥かに上回る事実、戦力を分散する以上付き纏う各個撃破の危険性。全てを考えれば名宰相にして名将のアキラをしても、楽勝ではない戦いになる。
そしてそんな作戦の正否可云々よりも、勇者が舞台の中心から外れ続けて黒子に回るという宣言が、何より気に食わなかった。
だが、従者は基本的に勇者の命令に従うものだ。罵詈雑言を贈ることは出来ても、反対は出せるものではない。
それでも突っ込みどころはある。コーラはもう一人の従者に向き直った。
「アキラ、これは貴方の考えに反するのではないですか? この作戦は明らかに従者の分を超えることになりますよ。こうなれば誰がどう見てもアキラ対ランスになるでしょう」
「……まあ、そうだね。流石に派手な戦場だし、僕の方が目立ってしまう」
「えっ……!?」
「主様には『僕が戦うためには、主様が敵を選ぶ必要がある』と言いましたね。なるほど、確かに主様は『魔軍』という敵を選択し、僕に『ランス』に対する時間稼ぎを求めているので成立しています。しかしこれでは立場があべこべで、主様が露払いをしている形になってるとも言えますね」
「え、えっと、じゃあ、ダメってこと……!?」
アキラは口元に手を当て、静かに黒き瞳でバーバラを見定める。
そして、うっすらと微笑した。
「ですが、ランス相手に時間稼ぎを出来るのはどのみち僕だけです。今の主様にはそれ以外の選択肢がない。『魔軍』の中に強い存在が隠れているかもしれませんし、魔王の子も混じっているかもしれない。露払いとするには数が多く、主様には十分な敵とも考えられますね」
「じゃ、じゃあ……!」
「難しいところですが、従者としての僕の立場を把握し、そのギリギリの範囲で使い倒そうとする姿勢は素晴らしい。従者になった甲斐があります」
大神官は
「僕の力を存分にお使い下さい、主様」
「ふぅーーー! びっくりさせないでよーーー!」
コーラは責めるようにアキラを睨むが、黒髪の美女の表情は涼し気だ。自身の発言をいつぞやのコーラのように利用された形なのにむしろ嬉しそうですらある。
作戦の崩壊をすんでのところで回避したバーバラは胸を撫で下ろし、最後の確認に移る。
「じゃあアキラはそれでオッケーと。コーラももう文句ないでしょ?」
「……好きにしたらいいんじゃないですか」
「うんうん、じゃあ私の作戦でランスを潰しましょうか! それじゃ、作戦開始で……?」
話もまとまりバーバラが魔王討伐隊の再始動を宣言しようとした時だった。
何やら指令室の前の方が騒がしいことに気がついた。
「ここは立ち入り禁止だ! 重要な作戦会議なんだぞ!」
「いいから通してくれ! 一刻を争うんだよ! 話だけでも聞いてくれ!」
「貴様のような一兵卒の言葉など信じられるか! もう一度下らぬ冗談を言ったら殴り倒すぞ!」
「監視所からの連絡が途絶えてるんだ! それも五地点全てがだ! 余裕がないんだよ! なんでわからないんだ!」
喧噪と言い争い、男と男の怒声。ヘルマン軍人らしからぬ礼節を忘れた物言い。
つい楽しいからと、駒を弄る遊びをしたり先に食事を優先したりと随分な時間を使っていた。この押し問答は一体どれぐらい前から行われていたのだろうか。
「アキラ、あなたに用があるみたいよ。もう入れちゃっていいわー」
「畏まりました」
悠長なバーバラに促され、アキラは扉を開けて男に入室を促す。扉が開くや否や、ヘルマン兵は転がるように指令室に駆け込み、敬礼すら忘れて大声を張り上げた。
「勇者様! リーザスが、リーザス軍が動きました! もうすぐこのログBに攻めて来ます!」
「…………………………はい?」
少し時を遡り、リーザス領内。
良質で色鮮やかな武具を纏った兵士達が地を埋めている。赤き盾を模したリーザスの旗が立ち並び、軍靴の音と共に前へ上へと昇っていく。
数えるのも馬鹿らしくなるぐらいの、夥しい軍隊が山を登っていた。
その景色をリーザスの絶対君主、リア・パラパラ・リーザスが冷徹な視線でもって眺めていた。
リーザスは世界が認める最強国家だ。最も裕福で、最も国力のあり、最も有能な主君が統治し、多くの有能な配下と将軍を多数抱えている。彼の国が人間界を統一するのは時間の問題だと言われていた。
ただし、このバラオ山脈とヘルマン軍さえいなければという注釈つきでだが。
それぐらいリーザスはここ十数年に渡って跳ね返されていた。何度も何度もチャンスがある度に侵攻しては跳ね返されるの繰り返し。全世界に喧嘩を売れる時の状態であろうと、ヘルマンが内乱で混乱していた時期だろうと、この峻厳な地形とヘルマン人はリーザスに膝を屈さなかった。
バラオ山脈越えは、長き統治の中で瑕疵なき女王にとって唯一の失敗の歴史である。
だからこそ、今度こそ。
これで決めると――――リアは決意を漲らせて、眼前に広がる憎きバラオ山脈を睨んでいた。
「リア様、失礼いたします」
そんな女王の傍へと、艶やかな紫の長髪を持つ淑女が歩み寄る。
アールコート・マリウス。黒の軍将軍にしてリーザス全軍の総指揮を一手に担う国の要である。
その軍の色に相応しい鎧を着込んだ彼女は、落ち着いた所作で臣下の礼を取る。
「どんな感じ?」
「第一段階の目標が達成されました。現在第二段階が進行中です」
「そう。各軍の様子は?」
「黒の軍、白の軍、赤の軍、青の軍、紫の軍。全戦線で予定通りに侵攻し、現時点で予定外の戦闘はありません。監視所からの報告では、ヘルマン側にはまだ目立った動きがないとのことです」
「アレは問題ない?」
「若干時間はかかりますが、可能だと」
淀みなく一切の無駄もない報告だ。声は凛と張ったものであり、今回の戦争にリーザスがどれだけの準備と時間をかけてきて、参謀達が必勝を期して練り上げた作戦なのかが伺える。
報告を聞いたリアは、参謀に答えを求めるのではなく、自分の考えを口にする。
「……順調ね、本当に手紙の通りなのかしら」
「欺瞞の可能性はあります。やはり内乱騒ぎのために、そこまでするとは思えません」
警戒度の高い意見をアールコートが述べる。様々な経験を積み、前代の将軍に劣らないと太鼓判を押されるほど成長してなお、彼女の慎重な性質は変わらなかった。
「だとしても、ログAのモンキー、ログBのスネーク、ボルゴZのパンサー、副将三将まで軒並み捕まったのは間違いないしね。やはり攻めるのは今でしょうね」
「はい、絶好の機会だと思います」
リーザス首脳陣は、現在の東ヘルマン国内の状態を確たる精度で入手していた。
スパイとして遣わした見当ウズメの紙飛行機が毎日飛来し、軍内部の混乱も、盗賊団騒ぎに手を焼いていることも、昨日派手に敗北したのも既に知っている。
バラオ山脈ラインの弱体化編成と魔軍四万の出現。前者の情報で集結していたリーザス軍が行動を起こすのには、後者の情報は十分過ぎる理由になった。
女王リアは以前から暖めていた『ヘルマン制圧作戦』の発動を宣言し、ここに歴史上都合十度目となるヘルマンリーザス戦争が確定したのである。
さて、ここでリーザスの作戦について説明しておこう。
『ヘルマン制圧作戦』は東ヘルマンの外交的孤立という立場を利用し、最低限の防備だけを残してリーザス全軍を投じる必勝の策だ。
参加する兵員は最低でも二十万。事の成り行きによっては兵員最大動員数の八割までをヘルマンに送り込む想定まである。
主だった将は当然全員参加。紫以外の各将軍が一戦線を担当出来るような規模なのだが、今回はその垣根を取り払い、東ヘルマンの防衛網を完膚なきまでに破壊する構成に組み替えている。
攻撃する拠点は、三つ全て。
解放都市スケールからログAを。
マウネスからログBを。
マンガン砦からボルゴZを。
それぞれリーザス首脳陣が考えに考え抜いた秘中の策をもって攻略する腹積もりであった。
さらに全体戦略として四つの段階を持ち、各戦線が連携して動いている。
最初のアールコートの報告は、第一段階が完全に成功し、第二段階が予定通りに進んでいる事を示すものだった。中身を知る者でなければ意味がわからない。
一連の報告を終えたアールコートが去ろうとして、リアの声がかかった。
「……それにしても、面白いことを考えたわね」
「誰のものでしょうか?」
「アールコートのよ。第一段階でアレコズイン達を使おうなんて、ね」
第一段階――――情報封鎖。
バラオ山脈は中立地帯なので干渉禁止。そんな協定がある。
嘘っぱちだ。お互いバレないようになんらかの対策を用意するに決まっている。今では監視所を建てて情報魔法の使い手とコンピューターを配置するのがトレンドだった。それにより、首脳陣は他国の動きを即座に知る事が出来た。
戦争行動を起こそうとすればどうしても軍隊の集結は察知される。兵力を一旦ボントレーで待機させるにしても、開戦するには山を登らなければならなくなる。それで察知されては奇襲など望むべくもない。
だから、バラオ山脈のどこかに隠れている東ヘルマンの監視所を潰す必要があった。
アールコートは、その重要な前段階の作戦に新参者の魔物兵を使うべきだと主張したのだ。
「あれはザンス様の私設部隊ですし、リーザスの手の者と見抜かれる可能性が薄いと考えました。また、スケールは半年前まで魔物が占拠していたので、残党と解釈し人間より警戒しないのではないかと」
「ある程度は納得できるんだけどね。魔物兵を信用する以上、それだけじゃないんでしょ?」
アールコートは僅かに目を伏せて黙り、やがて躊躇いがちに言った。
「……スケールは、何度攻めても被害が増えるだけでした。残った者達は、間違いなく優秀です。何よりも粘り強い。だからこの任務に一番適格だと判断しました」
「………………」
悔恨の想いを絞り出すような告白を、リアは満足そうに聞いていた。
常勝無敗の将軍などありはしない。大事なのは敗北からどう学んでいくかだ。その点で言えば、この将軍は満点以上の敗北を積み重ねている。
その結果が今日ここに出た。アレコズインは半年近くもの間愚直にバラオ山脈を調べ抜き、東ヘルマンの連絡拠点を丸裸にしてみせた。
ここまで来れば最後の仕上げに仕損じる方が難しいというものだ。ザンスも加わった襲撃ならば通信の一つも出せずに終わらせただろう。
「次は第二段階ね。あと少しかかるかしら?」
「そのようです。これから私も前線に向かいます」
「……代わりがいない間は、死なないように動きなさい」
「………………ありがとうございます」
心からの礼を述べると、アールコートも山道へと向かっていた。
その後ろ姿を眺めつつ、何度目かわからぬバラオ山脈の隘路へと、兵士達へと目を向ける。
「さて、ここからが本番ね」
第二段階――――山中進軍、関門突破。
狭い隘路を突き進み、限られた部隊で相手の拠点を打ち倒す難行中の難行である。
リーザスの失敗の歴史とは即ちここに収束する。
一回だけ突破したケースもあるが、それはマンガン砦完成時の奇襲だけ。つまり正攻法での突破は一度もないのだ。
だが、これまでに誰も為せぬ事を為すのが王道である。リアは女王として常のように自信に満ち溢れた姿を下々にわかるように見せている。この姿を見て奮起しない兵がいるはずもない。
「登れ! 登れ! 登れ!」
「バラオ山脈の攻略なくして、リーザスに覇道なし!」
「今度こそヘルマンとの決着をつけるぞ!」
士気は天より高く、足取りは軽い。誰もが一日千秋の想いでこの日を待ち望んでいたのだ。
全ての将兵の心は一つだった。
「「「リーザスに、リア女王に、勝利を!!!」」」
これこそ一つの王国としてあるべき理想の姿。当代最強国家の真の強みである。
ただし、当のリアは今回の侵攻に関して女王としての部分もあるが、どちらかというと個人的な感情の方が強かったりする。
「……ふふ、ダーリンやザンスを散々悪く言ってた事を後悔させてあげる。絶対、ぜーーったい許さないんだからね」
誰にも聞こえないように、ぽつりとリアは本音を漏らした。
さあ戦争だ。
盗賊団騒ぎや魔軍による内乱騒ぎなどではない。
大国同士が鎬を削る、本物の大戦争が始まる。
東ヘルマン全景
古代の遺跡=マルグリット迷宮と思っていい。変な区画はあるが、気にする必要はない。
レコサルバーションは本二次創作においてRA期に生まれた新名所。
reco教の聖地であり、AL教にとっての川中島に近い。
各勢力情報
ランス団
四万の魔物兵を抱えている盗賊団。
大将のランスは新しいハーレムを築くために東ヘルマンを荒らす気満々。
支配地域……盗賊団のアジト。
東ヘルマン
反ランスを国是とする宗教軍事国家。
理不尽な理由で内乱が発生して少々混乱中。落ちつく時間が欲しい。
支配地域……ナバタ連山以東からバラオ山脈までの各都市。
リーザス
世界征服を目論む豊穣の大国。
ヘルマンとは分裂以前から幾度も戦争している犬猿の仲。
王家は隙あらば東西ヘルマンまとめて制圧してやると意気軒高。
支配地域……バラオ山脈以東、ルドラサウム大陸東北部全域、マンガン砦。
マンガン砦
ランス10、砦ルートより登場。別名ランス砦。
リーザスヘルマン間、パラパラ砦より真北のバラオ山中に存在する絶壁を抜いて作られた砦。
原作では浮遊城ルートなので、奇襲用に使われたのは疑いようがなく……
西ヘルマン
人魔共存を達成したのどかな貧乏国。
内乱を抑えきれずに国を二つに割られ、かつての大国は一気に弱体化した。
国内には統一ヘルマンに戻る日を望む勢力もあるらしいが、大統領は戦争を望んでいない。
支配地域……ナバタ連山以西、ルドラサウム大陸中央北部。
シャングリラ(カラー達の国)
大陸中央部を占める全ての国に開かれた交易都市。
砂漠を割り割いて伸びるアウトバーンという整備された道路があり、
パラパラ砦(リーザス)、サバサバ(ゼス)、スードリ13(西ヘルマン)、ボルゴZ(東ヘルマン)
と、主要全国家に通じていて円滑な行き来が可能となっている。交通の要であり、いずれかの勢力が取った場合全ての国に睨みを利かせられるため警戒対象でもある。
都市長は外交官が逐電して乱心中。
ゼス、japan、自由都市
南部国家達。今回はおいてきぼり。外野。
これで世界のバランスが崩れやしないかと心配してたり、してなかったりと様々。
魔物界
出番、ありません。(魔人、出ません感)
第十次ヘルマンリーザス戦争。
この事件を人によってはそう呼ぶこともある。
第六次は山脈攻防。第七次はパットン・ヘルマンの急襲。
第八次はリーザス大戦。第九次は東ヘルマンの乱。
ヘルマン制圧作戦
『東』をつけないあたりが実にリーザス。
はやさか(twitter-@mebawe)さんから東ヘルマン全景を頂きました。
頭が上がりません。本当にありがとうございます!
上げたハードルの分精一杯書いていきます。