ボルゴZ関門はリーザス白軍が誇る二人の副将によって陥落した。
では彼等を束ねる将軍、エクス・バンケットはどこにいたのか?
主戦場からは遠く、バラオ山脈は山越えルートの一角にある尾根の一つにその姿はあった。彼はログBとボルゴZ、その両方を遠巻きに見下ろせる位置に陣地を構えていた。
「もう落ちたか。流石に早いね」
ボルゴZから上がる狼煙を認め、エクスは口元を緩める。
砲火飛び交う主戦場とは違い、こちらは静かなものだ。山の寒さと風の強さ、ごく稀に出会う野生の魔物ぐらいが敵と言えるような状態だった。
ただ、士気の高い兵からは梯子を外された格好だ。副将の兵達は先駆けとなっているのに、何故我等は後方待機なのかと思ってしまうのも仕方がない。
彼の将のことだから理由はあるのだろうと表立った不満は出ないものの、どこか落ち着かない雰囲気が部隊には漂っていた。
そんな空気を察したか、指揮官の一人がエクスに問いかける。
「……エクス様、我々は本当にここで良いのでしょうか。兵士の体力を考えても後一つ、二つの山越えは出来そうですが」
「遠すぎるということはないよ。いや、ここでも近いかもしれない」
「…………はっ?」
双方の戦場から直線距離にして50キロ、標高も2000以上離れている。
冗談か臆病者しか言わなそうな戯言だったが、エクスの声色は誠実な常のままだった。
「万が一にも潰されないようにする必要がある。それでも、本格的な戦いになったらどこが戦場になるかわからないんだけどね」
「それは、どういった…………」
その時、陣地が湧き上がった。兵士達が歓声とどよめきに似た声が上がっている。
視線を向ければ理由は即座に氷解する。赤い鎧に紅き剣、リーザスにて兵士達から絶大な人気を誇る男が現れれば、こうなるのも当然だ。
リーザス赤軍が将軍にして最強の男、ザンス・リーザスの登場だった。
大股でこちらに歩み寄る王子に対して、白軍の将は臣下の礼を取って迎える。
「設営の方は滞りなく完了しております。もうすぐ監視班との連携が取れるところです」
「おう、ご苦労」
労いの言葉も軽い調子で、ザンスはぞんざいに答えた。
「そちらは如何でしたか」
「楽勝だ。ただまあ腹は減ったな」
「左様ですか。では司令部の方にお入り下さい。菱食の類も用意しておりますので」
「とっとと行くぞ。王の時間は貴重なもんだ」
肩で風を切って、ザンスは天幕内へと踏み込んだ。
「おおっ、これは……」
天幕内は、ザンスに見慣れたものとは大きく趣を異にしていた。
時代の進歩を示すように、魔法機械類が取り入れられている。大型魔池が積み込まれ、端の方ではオペレーターが宙空に魔法陣を浮かべ、コンピューターの前で最後の調整を行っている。
中央の机に広げられた山脈全体の地形図やチェスの駒など、伝統的な部分も多く残るが、時代の進歩がリーザスにも変化をもたらしている。
用意された握り飯をかじりつつ、ザンスが感心したような声を出す。
「なんだかスシヌのとこみたくなってきたな」
「彼の国には負けますが、我が国でもようやく情報魔法の使い手が増えてきました。ここで各監視所との連携を取って戦線の速やかな状況把握に努めます。場合によってはこちらからも指示も出すことになります」
「それでお前が総指揮か」
「適材適所の中でそうなりました。白軍なら山岳戦もいけますしね」
エクス・バンケットの役目は、統括司令部の指揮だった。
各戦線はそれぞれの現場指揮官が攻略に全力を尽くすが、他の戦線に対する連携となると、戦場から一歩離れた視点で把握する人間が欲しい。鷹の目を持つと評判のエクスに白羽の矢が立つのは、もはや必然ですらあった。
ザンスは原理不明のモニター類を覗き込み、コツコツと叩く。
「コンピューター、情報魔法ねえ。必要なのはわかるんだが、ゼスに負けるってあっさり言われるのは癪だな」
「こればかりはどうしようもありません。魔法に関しては教育も技術も蓄積が違い過ぎます」
「あそこは魔法使いが畑で生えてくるしな。どうやってんだか」
「大事なのは何を使うかよりも、得られた情報でどう判断するかですよ。古い方法でも使い手次第ですし」
エクスは中央の地図の上に並べられた、白いチェスの駒を手に取った。
「俺としてはそっちの方がわかりにくいんだよ。なんとかならねーのか」
「すみません。性分でして」
この将の面白い特徴として、戦場の指揮に際して実際にチェスの駒を使う事が挙げられる。
地図の上に駒を置き、実際の戦争の中で駒を動かす。そうして自分だけの戦略図を思い描き、次の一手を実際の采配として打つ。
今回の盤面はバラオ山脈地形図とヘルマンの各拠点が詳細に記されたものを使われている。そこから繰り出した一手は山中にある白いナイトが斜め前に飛び、黒いボーンを倒してヘルマンの地に踏み込むものだった。実際の意味としては、ボルゴZの関門を陥落させたと言ったところか。
盤面には他にも様々な駒が山脈上に広がっている。ルーク、ビショップ、ボーン……チェスの盤面としては地図は広大過ぎて、ルールも勝利条件も不明なゲームだった。
ここからエクス特有の変幻自在な戦法が産み出されているのだが、次の作戦の指示を聞きに来たザンスにとっては、不明瞭なだけだ。
「で、俺の駒はどれだ? まさかここにある
「それは私の駒ですね。若はクイーンになります。戦場を縦横無尽に動く、最強の駒です」
「がははは、よくわかってんな。それでどこだどこだ?」
「この通り持っていて、まだ配置されていません。持ち駒扱いですね」
「ルール違反じゃねえか!」
「チェスを模してはいても、チェスではないので」
手の中のクイーンを遊ばせつつ、エクスはさらりと言ってのけた。
「だーっ! だからわかり辛いんだよ! 遊んでねーでとっとと俺様を最前線に送り出せ! そうすりゃこんな戦争は速攻でカタが着くんだ!」
ザンスは駒を奪い取り、力強く地図の上に叩きつける。最強の駒を遊ばせる方が勿体ないと言わんばかりに、ボルゴZを制圧する一手を放つ。
しかしエクスは首を横に振る。
「若、残念ながらそれは最悪の手ですね。リア様からも、他の将軍達からもそれだけは止めるようにと念を押されています。絶対に許可しませんよ」
「アアン? 何がまずいんだ。言ってみろ」
「この戦争と御身の価値は等価ではありません。東ヘルマンを打ち倒しても、ザンス・リーザスを喪えば王国は影を落とします。先駆けとしての赤の将の働きは、今回ばかりは御自重下さい」
ザンスは眉根を上げた。王族によくある慎重論だったが、この王子となると話は変わる。
ザンス・リーザスは言うまでもなくリーザス最強の戦士である。小規模な戦いから魔物退治まで常に先頭に立って戦ってきた。敗北は皆無で、大きな傷を負ったこともなし。まさしく無敵の矛を体現していた。
さらに魔王退治の旅では、魔人だろうが魔王だろうが前面に立ちパーティの前衛となっている。万全ではないにせよ、全盛期の今のザンスを止める人間など身内だけだろう。
そのはずなのに、リアも含めてきつく静止を言い渡されている。死ぬとまで。
「……ほーう、いるのか。俺様を倒せそうなヤツが」
「誰かはわかりませんが」
「面白え、それなら今すぐ前線に出せ」
獰猛な笑みを深くして、ザンスはエクスに詰め寄った。
「あいつらの討伐隊の中にはいなかったぞ。どこにコソコソ隠れてたんだ? 斬って斬って斬って引きずり出してやるよ」
「RECO教団員……出るとしたら、ローブに仮面を被った姿でしょうね」
エクスは眼鏡を上げ、敵の名を呟く。
「新たな神は苦境の中にある信徒を見捨てない。信心深き者に神の奇跡を授けて使徒とし、それを以て信徒を導くであろう…………捕虜になった教団員、及び東ヘルマン兵から聞いた教義です」
「なんだどうした。あいつらの宗教なんかどうでもいいだろ」
「これが与太話で済めばいいのですがね。三年前の戦いではその『奇跡』が起こったので」
「ああ、俺抜きで負けた奴か」
RA12年、東ヘルマンの乱。
当時ザンスは若輩のために帯同が許されなかった戦いだ。
鬼畜王戦争を受けて、全世界で反魔王の機運が高まり、反乱騒ぎの中で東ヘルマンが建国され、そしてイデオロギー故に全世界対東ヘルマンの大戦争に雪崩れ込んだ。
「あの戦争は想定外が重なり過ぎました。我々は勝ち切れなかっただけですが、ヘルマンは負け続け、全体としては東ヘルマンの優勢だったと言えるでしょう」
「あれはゼスとヘルマンが弱過ぎただけだって母さんが言ってたけどな」
「ええ、特にゼスは笑い話があります。ボルゴZへ向けて出立しておいて、砂嵐のせいで砂漠一つも越えられなかったと」
「へなちょこ過ぎんだろ。それが奇跡だってか?」
「いえ、実際はそれより遥かに酷いものでした」
噂は時に真実を覆い隠すために使われることがある。この手の笑い話もそれだ。リーザスと自由都市が率先して広めていった。
エクスは
「その日にはそもそも砂嵐なんて存在しませんでした。ゼスも馬鹿ではありませんから事前に調査ぐらいはしています。好天のままシャングリラを出立し、順調にアウトバーンを進み、敵兵は勿論、魔物との戦闘もほぼ存在せず……ボルゴZに辿り着く前に、部隊が半壊しました」
「何があった?」
「色々症状がありますが、つまるところ衰弱ですね。体力の少ない魔法職から体調不良を訴え、ボルゴZに近づくにつれ前衛職も不調を来し、やがて前に進むことも出来なくなるような兵士が続出します。全体の1割がそうなるに及んで、ゼスは撤退を決断しました」
「…………」
「二度、三度日を改めても結果は同じです。調査しても原因は不明でしたが、東ヘルマンが何かをやっているのは間違いありません。あの地には、戦場を塗り替える何かがある」
「それがあいつら言う奇跡とやら、か」
「東ヘルマン国内においては神の奇跡と使徒の恩寵だと喧伝していましたね。素直に認めれば彼等に追い風にしかならないのでゼスに泥を被って貰いましたが、これが事の真相ですよ」
一連の話を聞き、ザンスは軽く頷く。
眉唾な話ではあるのだが、嘘を言っているのは世界の方で、東ヘルマンが真実に近いとなると話は変わる。
「謎の衰弱ね。まあ俺様は問題ねえだろうが、兵士がいなきゃ都市を制圧するのは無理になるな。それであいつらの言う事をそのまま信じれば、そいつらが使徒だと」
「同時期に別の奇跡の報告がヘルマン側で挙がっています。使徒の仕業とするならば、少なくとも二人、ないし二体以上はいますね」
「そんな事が出来るとしたら魔人みたいなもんだな。それが複数、何人あるかもわからんと……」
一拍置いて、ザンスは不満気にエクスを睨んだ。
「なあ、そいつら俺以外に勝てる奴いねーだろ。それでも出るなって言うのか」
「ええ、そうです。使徒の存在はあくまで敵を最大評価した場合の話で、完全に信じるわけにはいきません。しかし信憑性が高い部分もある以上、若を緒戦で出すのも憚られます。ここは相手が大駒を繰り出してくるのを待つのが手順ですね」
「またチェスか。くたばったじーさんといい、お前等ホント好きだな」
若干呆れつつも、ザンスもようやくエクスの盤面を理解しつつあった。
地図の上に置かれたチェスの駒達、白のリーザスはクイーン以外全ての駒が配置されているのに対し、黒のヘルマンは殆どがボーンばかり。甚だ不平等極まりない戦力図だ。
これまでは単に相手の防備態勢が整っていない状況を表すのかと思っていたが、持ち駒ありなら意味が変わる。相手の応手にも注意を払う必要が生じている。その解答として、エクスはザンスを持ち駒として待機させたい。
つまり、
「俺抜きで攻めて、相手が焦って出してきた奴を俺が倒す。そういう方針か」
「ええ。今回の戦争は通常の範疇に収まる限り我が軍が有利です。ならばこちらが焦る必要はありません。若も昨夜から働き詰めでしょうし、今は身体を休ませて下さい」
「…………ッチ」
舌打ちをすると、ザンスはやや乱暴に席に座った。
力が突出してるがために、自分主導の戦争に参加出来ないとは馬鹿げた話だった。結局与えられた役割は万が一のためのお守りだ。相手の出方を待ってからとは言うが、それはつまり相手に暴れられる時間を与えるという意味でもある。使徒の存在を知っていて放置とは、いかにも腹が立つ。
だが、今回は戦線が三つもある戦争だ。どのみちザンスに攻める、守れる戦線は一つしかない。対使徒に限って言えば一つに絞るのは、二つを捨てるのと同義だった。
それに徹夜の状態異常もある。気概としてはそれでも問題なく勝つとは考えるが、ザンスの冷静な部分は万全な状態で戦う重要性も知っている。
実に不満の多い方針ではあるが、納得するだけの理由はあった。
「……なあ、最後に一ついいか」
「どうぞ」
「俺が大駒を倒すために温存だってのはわかった。じゃあ、アレはいいのかよ?」
地図に視線を向ければ、嫌でも目に入る。
ボーンばかりの黒側だが、ログBの位置には一個だけ、雑兵ではない駒が配置されていた。
ビショップ、神官位。
「あれも使徒かもしれませんが、三年前の戦争では個人の戦闘力や不可解な力といったものは見せませんでした。ならば我々が乗り越えるべき壁です」
「奇跡の力とやらは持ってねえのか」
「…………」
エクスは答えなかった。
数ヶ月もの間、リーザス含めた三ヶ国の猛攻を凌ぎ切ることが出来るのならば十分に奇跡扱いでいい。そんな評価を飲み込んで、ただ白い駒に目を落とす。
「異変があれば気づくでしょう。なにせここの指揮官は、僕より遥かに優秀ですから」
ログBに配置された白の駒はルーク。チェスではキング、クイーンに次いで価値の高い駒だ。開戦前から全軍指揮よりも遥かに重要だと考えられていて、最高の将が受け持っている。
エクスは未だ朗報の聞こえぬ戦地へと思いを馳せる。彼の地はどうなっているだろうか。
ログB関門。幾度となく他国からの侵攻を跳ね除けてきたヘルマンの国門である。マウネスから山道を進むと、重厚な鋼鉄の門壁の雄姿を遠くからでも見下ろせる。
ボルゴZとは違い、防衛施設として本当に頼れるのはこの大門一つだけだ。内部に内門もあるにはあるが、入国時の監査として東ヘルマンが後から建造したものであり、能力は遥かに落ちる。
マウネスからの山道ルートは他二つに比べると明らかに広い。兵員、物資を輸送するのに適していて、戦争になると真っ先に狙われる拠点となっていた。
防衛方法は昔から変わらない。門壁はこの上なく頑丈ではあるが、ぷちハニー等の爆弾を大量に使われれば綻びが出てしまう。そのため簡単に取りつかせないように兵員を山道に展開する必要があった。
国門を打ち破らんとするリーザス兵とそれを死守せんと踏み留まるヘルマン兵、飛び交う双方の飛び道具、限られた戦域の中で巻き起こる鬨の声と悲鳴……必然、過去二度の戦争はそんな光景になり、両軍共に夥しい血を流す羽目になる激戦地となっていた。
今回もまた、多くの血が流れる。
「…………やはり欺瞞であったか!」
リーザス黒軍の参謀達は、関門の防衛体制を認めるや否や歯噛みした。
山道を抜けた先に待ち構えていたのは、黒兵達だった。
全身に重厚な鎧を着込んだ騎士達が、防塁や柵の内側からこちらを睨みつけてくる。手中にある剣や盾は鈍く輝き、一目で数打ちの量産品ではないと察せられた。
ここに来た誰もが動揺と共に悟った――――相手はブラックナイトだと。
ヘルマンが誇る精鋭騎士団の実力は歴史が証明している。あの重戦車の如き突撃を阻める者などそうはいない。それが千、二千と分厚く配置されていた。
東ヘルマン軍は黄色を基調とした軍服が基本だ。故に本来あり得ぬ異色の軍隊だったが、この上ない脅威としてリーザスの目には映った。
さらに壁上を見れば、仕掛け人もわかるというものだ。
「おのれ忌々しい、やはり貴様が相手か……大神官アキラ!」
純白のローブに砂時計の仮面。対外的によく知られる狂信者達の手本の姿がそこにはあった。
戦場においては実にふざけた姿だが、能力は折り紙つきだ。欺瞞策略の類はほぼ通用せず、熟練の老将も舌を巻くような采配を振るう。三年前にその姿は昼夜問わず不眠不休で戦場にあり続け、人なのかすら疑われている。
兵士達にも喧噪に似た動揺が広がる。前の戦争を体験した者ほど彼の門壁が如何に堅固かを思い知っている。その上ブラックナイトが相手ともなれば、行軍の足が鈍るのも当然だった。
「…………全軍、このまま前進してください」
そんな状況で、凛とした声が通る。
リーザス第一軍将軍にして全軍総指揮、アールコート・マリウスだ。
「アールコート様……確かに時間はありませんが相手の布陣は既に整っております。こちらも一度隊列を整える時間が必要ではありませんか?」
総大将が命を発した以上、黒軍は速やかに動くべきだ。だがこのままでは無為に兵を失うだけの突撃になるのではないかと、傍らの参謀が疑問を述べる。
答えは即座に帰ってきた。
「バリスタの数が足りません」
「は…………!?」
「柵も土塁も真新しいものです。自然の汚れがなく、堀りも浅い。奇襲の有効性は確実に機能しています。なので、これ以上相手に準備をする時間を与えないために攻めます」
「…………た、確かに!?」
指摘されてよくよく見ればその通りだった。端の方では鉄柵のかかりが斜めになっていたり、防備ならば絶対にあるべき均一性が保たれていない。
通常時であれば他の幕僚も気づいたかもしれない。だが大神官とブラックナイト、二つのこの上目立つ存在に目を奪われていた。
「と、突撃だ! 相手はまだ準備が整っていない! 進め、進めーーーーー!」
「まずはあの敵兵達の正体を見極めましょう。いえ、当時反乱に参加した第四軍の騎士保有数を考えれば、恐らくは……」
「うーん、見抜かれてるっぽいかな。まったく嫌になるなあ」
関門壁上にわざわざ体を晒したアキラは、ぽつりと愚痴を漏らした。
リーザス軍は隊列を整えることもなく勢いのままに駆け降りてくる。初動としては下策の内に入りやすいのだが、今この場では最もやられたくない選択だった。
防衛体制を取るための時間稼ぎとして、前面から先に整えた。兵士達を立たせて視界を制限し、相手を躊躇させる予定だったのだが無駄な努力と化してしまった。
これから戦闘になれば、指揮の中で設営に兵を指示する余裕はなくなる。施設の支援がない状況で戦えば後は兵の血と肉で埋めるしかない。頭の痛い状況だ。
「ブラックナイトじゃないのもバレてるね。ああそうそう、正解ですよ」
山道に配置した兵も同様だ。装備は本物だが、中にいるのはどこまで行っても一般兵。重そうに体を揺らす様は正規の騎士がやるような動きではない。
本物のブラックナイトはあの重装備を着こんだ上で一個の軍として動き続けられる。高いレベルと恵まれた身体能力が必要な精鋭兵の真似事は無理があった。さしずめ黒い置物が精々だ。
さらに不足を挙げればキリがない。バリスタの増発は間に合わなかったし、残段数も限られている。かろうじて射撃、砲撃に対する備えを取り繕っただけだ。指揮官の不足も泣きたくなる。小隊レベルでも逐一指示しなければ満足に部隊は動かないものがある。
ありとあらゆる状況が、アキラの首を絞めていた。
「……まあ、それでも主様の御命令だ。おいそれと抜かせはしないさ」
しかし、それでも引く事はありえない。一分一秒でも時を稼ぐと思いを強くして、仮面の内から思考を巡らす。
何も世の中悲報だけではない。きちんと効果が出ている部分もある。
まず敵兵の士気には冷や水を浴びせた。戦歴浅い黄色兵よりもブラックナイトと戦うとなれば、多少は怖気づく。偽物と将が見抜いても実際に戦う兵士は別だ。ただ戦うよりは攻勢は緩くなる。
また、白兵戦の兵士を重装備に統一したのもいい。死ににくい。
東ヘルマン兵の装備は新装された良質なものだが、軽装故に即死事故が起きる。より動けて殺しやすい装備より、防衛戦では殺し辛く、殺され辛い方が重宝するのだ。
砲撃や射撃を受ける時、装甲があると無いとではダメージが違う。双方の射撃が飛び交う戦場では、少しでも厚い装甲を持って戦った方が賢明だ。
それらのシステム的な考えから起用されたのが実用とハッタリ、双方を兼ね備えた旧式ハリボテブラックナイトだった。
無論慣れない装備等デメリットは山とあるが、それを埋めるのが指揮官の腕だ。
「さーて、頑張りますか。全ては主様のため…………っと」
期せずして、敵の総大将と目が合った。お互い見落としがないために戦場全体を俯瞰するように眺めているのだが、遠目の中でたまたま《ピント》があう時がある。本当の名将との相手にしか起きない事象なのだが、こういう時は相手の意思が伝わって来たりする。
今年こそ、抜きます。
決意に満ちた瞳は、ただそれだけを語っていた。
人間好きのアキラにとって、そんな人の強い在り方をみるともうたまらない。これから他人の命を使う戦いだと言うのに、思わず頬が緩んでしまう。
「いらっしゃい、今回はこっちもきついからね。元帥と大神官、両方の力を使わせてもらうよ」
誰にも聞こえないようにそう呟き返礼とする。無論ここから届くわけがない。
それでもアールコートにはこう伝わったのかもしれない。
ズルをするから、乗り越えてみせろと。
素顔を隠した仮面の裏で読み取るなど不可能なはずだ。でも何故か伝わったような気がして、また苦笑する。
「どうせやるなら前向きにやろうか! 【第一から第十七弓小隊、構え! 右翼に偏差射撃を撃ち込んで突撃にバラつきを作るよ!】」
大神官の声と共に、ずらりと並んだ壁上の弓兵達が鉄弓を向ける。狙いは今にも黒兵にぶつからんと鬨の声を上げるリーザス兵へと。
「うおぉぉぉっ! リーザスに勝利を! 突撃ぃ!」
「ヘルマンに栄光あれ! 守り抜くぞぉ!」
小隊単位で連携の取れた見事な統制援護射撃が撃ち出され。
華々しい戦闘が、始まった。
そんな感じで、ログBでは戦場で知恵ある将達が知略の限りを尽くした戦いが行われていた。
しかし勇者の戦場、ログAでは。
「私が来た! もうここは大丈夫だからねー!」
「は、はぁ…………?」
バーバラはログAの戦場に間に合った。関門は騒がしくなっていて既に戦闘が開始されているようだが、砦はまだ敵兵がいない。即ち陥落していない、セーフだ。
「うんうん、私がいなくてもしっかり守られてるとか心強いじゃないの! 関門の方は今どうなってるの? リーザスはどんな感じに攻めて来てるの?」
まずは現状確認が大事だ。総大将であるバーバラは事態を正確に把握して的確な指揮を出さなければならない。そう思って砦の門前に立つ兵に問いかけているのだが。
「…………そ、その、貴方様は誰でしょうか?」
そんな、素っ頓狂な声が帰ってきた。
「あー……ここ名乗んなきゃいけないの? いけないんでしょうねぇ……そりゃそうかぁ……」
「教団員の方ですか? 失礼ながら階級もわかりませぬ。それにその色は……?」
「うん、うん……わかってた。わかってたから……でもこれには重大な機密があるのよ……どうしよっかな……」
がっくりとバーバラは肩を落とす。しかし兵士達がそうなるのも無理はない。
今のバーバラは緑色のローブに身を包み、天秤の刻印が入った仮面を着けている。その結果、体型も素顔も何もわからなくなっていた。
有体に言って、不審者以外の何物でもなかった。
「な、謎の美少女剣士、とか…………」
「…………は、はあ」
知恵のない指揮官に対しても、戦争と闘争は平等にある。
ただ、それにつき合わせられる兵士達は、不幸だとしか言いようがない。
エクス・バンケット lv29 剣1、軍師1
リーザス第四軍(白の軍)将軍。
万に通じる変幻自在の用兵は、魔も人も問わず攪乱する。
彼の将は戦場に姿が無い時こそ怖いと評せられている。
ザンスとは稀にチェスや将棋を打つが、まだまだ負ける要素はない。
謎の美少女剣士 lv82
東ヘルマンを支援してくれる自動発動の存在。
ポンコツ過ぎるのですっごく不安。
次、知恵なき者の戦い。