少し昔の話だが、バーバラはリーザスに就職予定の身だったりする。
月15万ゴールドの給金、ボーナスあり、働き次第では増額も……そんな条件だ。
確かに好待遇だが、こんな条件で『勇者』がリーザスの味方になったと知ったら各国発狂ものである。だが庶民出身、お金が欲しい冒険者のバーバラにとっては夢への最短切符なので、あっさりと同意してしまった。
故に、例え今の契約先と戦争になろうが就職を諦める気はさらさらなかった。
「そう、これは高度に戦略的な視点から見て重大な機密なの。だから私の正体は明かさないでね」
「は、ははっ! 畏まりました!」
だから、リーザスにバレないように、怒られないように魔王討伐隊の仕事をこなす必要がある。不審者然とした姿にも、バーバラなりの理由があったのだ。
今のバーバラの姿は完璧だ。リセットから貰った認識阻害のローブにRECO教の仮面、剣も適当に良質なものを徴収している。背中の鞘に収まる剣を抜かなければ誰とわかる人間はいないはずだ。
入口の兵士達には高級士官待遇の徽章をぶん投げて黙らせた。ここを守る臨時代理指揮官にはやむなく素顔を晒したが、正体を知る者は最小限に抑えられている。
「さーて、それじゃ関門に行きましょうか! 防衛は今どんな感じになってるの?」
「今現在も戦闘中ですが……少々特殊な状況でして、言葉よりも実際にご覧になった方がよろしいかと思われます」
「それもそうね、それじゃレッツゴー!」
能天気な頭でここなら楽勝だと考えつつ、バーバラは関門へと向かう。
ログAの砦は他二つとは違い、関門との距離がとても近い。砦の城塞を出れば即座に門壁が見える。いっそ増築して一つの防衛施設にまとめればいい気もするぐらいだ。
完全に年月によって赤錆びた階段を昇り、戦場の様子を一望する。
「さてさて、私達の防衛態勢はどうなーってるか、な…………」
バーバラは、言葉を失った。
リーザスとヘルマンの戦争と聞いてそれなりに覚悟はしていたつもりだった。人と人が争い、血を流して命を散らす、多少は見ていて辛い光景になるだろうと。
「撃て撃て撃て! 近づかせるな!」
階上は予想通りだった。高低差を活かして遠距離から鉄弓を撃ち込んでいる。誰も彼もが番え次第に撃っているから統制というものは取れていないが、駆け上がる形を強いさせるログA山道にはただただ効果的だ。
ただ、それで血が流れることはなかった。
「あんっ」
「あーん、酷いよー」
変わりにけたたましく鳴るのは、陶器の破砕音。
「やったなー、ハニーフラーッシュ!」
「伏せろ! ……ぐあぁっ!」
ぽわわんとした謎の効果音と共に来る衝撃、吹き飛ばされる兵士、そしてふざけた歓声。
「戦争ごっこだー! ひゃっほーーーーー!」
「人間倒すぞー! 眼鏡っ子はどこだーーー!」
「………………なに、これ」
「……ご覧の通りです。ハニワ共が攻めてきました」
山道を埋め尽くすのは色鮮やかな陶器の群れ。茶緑赤青黒といった基本は言うに及ばず、ナイトや軍曹ダブルなども見える。ハニーシリーズが一通り勢揃いしていた。
「私、リーザスとの戦争だって聞いたんだけど!? リーザス兵はどこ!?」
「わかりません。ただ我々はこの際限のない襲撃に対応しているだけです。リーザスには魔物兵部隊はありませんし、スケールは魔物に占拠されていたので、その残党かもしれません」
「えぇ……それなりに緊張してたのに相手がハニー、ハニーかぁ……」
バーバラも思わず肩の力が抜けてしまう。
ハニー、陶器の魔物。
魔物である以上、個体の平均値として人間より強い。魔法無効のボディに必中遠距離射撃、さらに高位の存在も混じっているため、スペックだけなら目の前の敵は手強い集団かもしれない。
だが、そんな真面目な部分はすぐにどうでもよくなる。
「メディーーーック! ビッグスが、ビッグスがやられた!」
「なんだってーーーー!?」
突然、戦場のど真ん中でなにやら芝居が始まった。
ヒビ一つ入っていないハニーが飛んで来た衛生兵モドキに絆創膏を張られつつ、群がったハニー達に抱きかかえられながら呻いている。
「う、うぅ……ウエッジ、俺はもう駄目だ……」
「しっかりするんだビッグス! こんなところで死んでる場合じゃないだろう!」
「お前が死んだら故郷に残してきたハニ子さんはどうなるんだ!」
「あ、婚約者がいる男が親友に後を託す戦場ごっこだー。いいなー」
「でもあれって、託される男の役が人気過ぎて中々決まらないんだよねー」
「そのまま大手を振って未亡人を良いように手籠めに出来るもんね。どうなるかなー」
芝居が始まれば陶器の耳目はそちらに集まる。殆どが門の方向に背中を向けてワイワイガヤガヤと言いたい放題だ。
「俺はハニ子さんに約束したんだ! 必ずお前と生きて帰るって!」
「お前が死んでしまったらハニ子さんに顔向け出来なくなる!」
「あ、やっぱり複数人だ」
「だから」「しっかりしろ!」「必ず」「生きて」「帰るんだよ!」「後方に」「退がって」「治療を」「受けるまで」「持ちこたえれば」「お前は」「助かるんだ!」
「親友役多すぎない?」
「う、ウエッジ…………お前を唯一無二の友と見込んで頼みがある」
「「「「「「「「「「「「「「なんだ!?」」」」」」」」」」」」」
ビッグス役(傷一つなし)が大量のウエッジ役に向けて泥団子を掲げる。
「……この婚約指輪を、ハニ子さんに。そして……お前がハニ子さんを幸せにしてやってくれ」
「ひゅーひゅー、婚約権の譲渡だー。やったー」
「でもこの場合親友が二十人以上いるんだけどどうなるんだろ?」
「そりゃ決まってるよ。みんなで仲良く山分けさー。ハニ子ちゃんは一人かもしれないけど、婚約者の最期の願いなんだから従うしかないよね。少し輪姦っぽくなるけどきっと幸せになるよ」
「後はビッグスが死ねばハニ子ちゃんはウエッジ達の共同財産だ。めでたしめでたしだねー」
「頼んだぞ…………我が友よ……がくり」
「「「「「ビ、ビッグスーーーーーー!」」」」」
その時一斉射撃が降り注ぎ、茶番ごと陶器達が粉砕された。
「「「ウエッジィィィィーーーーーー!!」」」
以上、このふざけた芝居の間、ハニー軍側からの攻撃は殆どなし。
戦争そっちのけだった。
「えー、我々は現在このように防戦しております。工夫のない魔物突撃程度ならさしたる問題もありません」
「こ、こんな馬鹿共に攻められてるなんて……」
ハニーという集団は、生き様がふざけている。
まともに取り合うのが馬鹿らしくなる姿だった。
改めて戦況を見回せば、魔物相手の戦争なのに苦戦と言える程ではない。
隘路から攻め込んでくる敵兵に際限はないが、統率というものが取れていない。一部は陣地構築ごっこをしたり、一部はうっぴーをけしかけたりしてるが、そんなものは門に辿り着く前に射撃で潰れる。工夫という名の遊びが却って圧力を軽くしてくれている。
結局脅威なのはハニーという種の身体能力とハニーフラッシュぐらいなのだが、これはヘルマン兵に対しては実に相性が良い。
ヘルマン兵はゼスとは違い、頑健な体力を持ち鉄弓が主体の構成だ。魔法より物理に比重を置いた集団は瀬戸物割りは任せろとばかりに陶器の破片を量産していた。
「この感じだと下は大丈夫そうね。取りついても門壁を破壊出来ずにうろうろしてるし」
「はい、魔物相手は門を閉ざして下で戦う必要はありません。基本は万里と同様に火力の投射で追い返しています。しかし油断は禁物です。稀に上位の魔物が」
「ぐわあああああっ!」
悲鳴が聞こえた方を見ると、なんと金色のハニーが関門壁上に姿を現していた。
「やあやあ、我こそは甘寧・H・興覇! 一番乗りなり!」
「ス、スーパーハニーだぁぁぁぁ!」
爆砕。悲鳴と共に防衛線に穴が穿たれる。
「やったー! 甘寧さま、かっこいーーー!」
「うおー! 武将ごっこいいなー! 僕もやろー!」
「止めろっ、止めろおおおおおお!」
慌てて兵士達がその肉体を盾を以てして止めようとするが相手は最上位の魔物。殴り一発で兵士が吹き飛び、雑兵なにするものぞとばかりに暴れている。
「やはり魔物といいますか、散発戦闘で被害が出るのは防ぎようがありません。なんとか数で抑え込んで、一匹一匹仕留めていくしか……あ、あれ? 勇者様?」
説明役の兵士が横を見れば、総大将の姿は既になかった。
「そこまでよ! ここからは私が相手になってあげる!」
不審者然としたバーバラは既に、スーパーハニーの前に躍り出ていた。
「うぬ、何奴!? 一騎討ちを所望するならば名を名乗れぃ!」
「名乗る名は今はないわ。な、謎の美少女剣士ってことにしてるの」
ざわりと、事情を全く知らない味方の兵からどよめきの声が上がる。
「なんだそのふざけた名前と恰好は……」
「いや、もしやあれが噂に聞く使徒とやらか? そうだとしても自分で美少女だと名乗るのか」
「仮面で顔を隠しているのに美少女とは、よっぽど自信があるんだな」
(や、やらなきゃ良かったぁ! 身分を隠すにしてももう少しマシなやり方があった気がする!)
咄嗟につけた仇名のセンスを突っ込まれ、バーバラは今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。少し前の自分を殺してやりたい。
「な、謎の美少女剣士だと!? なんてミステリアスでかっこいい二つ名なんだー!」
「謎の美少女剣士! 可愛いしかっこいいし凄そうだ! これは強敵だぞ!」
「悪の女幹部だ! 敵なんだけどたまに味方になったり秘密をたくさん抱えているに違いない!」
一方、ハニー達からは大人気だった。
やんややんやと盛り上がり、攻撃の手を止めてあれこれ言いたい放題の品評会を始めている。
スーパーハニーもいたく気に入ったらしく、満足そうに頷く。
「うむ、首領に近しい敵ならば相手にとって不足なし。さあ謎めいた神秘を抱えし美しき少女よ、参れ参れ! この甘寧を討ち取れるものなら討ち取ってみせよー!」
「…………なんでだろう。褒められてるのに、ちっとも嬉しくない」
まるで自分の知能指数が東ヘルマン兵よりもハニー達に近いと認められているようで、知性派を自認するバーバラにとっては不名誉な感じだった。
それでも一騎討ちは成立した。ハニー達は固唾を飲んで見守っている。
「いくわよ……ええぃっ!」
「ぬんっ!」
ちゃんちゃんばらばらと決闘が始まった。
一般兵から見れば目にも止まらぬような剛拳をなんなく剣の腹で受け、返す一刀は躱される。
そのまま蹴りを入れるが金色の身体は硬く、壁の柱に叩きつけられた程度で割れはしない。
「スーパーハニー……」
「させるかー!」
回避不能の衝撃破を打つ前にバーバラは疾駆して相手と肉弾戦をするべく突撃を慣行。そのまま殴る蹴る躱すの攻防が続く。
「お、おおー、人間なのにとっても速い……」
「いいぞいいぞー! どっちも強いぞー!」
ハニー達はやんややんやと大喝采だった。
そんな戦いは若干長引きつつも基本はバーバラ有利のまま進み、やがて均衡が崩れる。
ダメージが蓄積したスーパーハニーの動きが鈍り、致命的な隙を晒したのだ。
「…………しまった!」
「ここね、ハニワ叩きぃ!」
剣閃が迸り――
「見事ーーーーーー!」
スーパーハニーは致命傷を負うと共に、ノリで爆散した。
爆風をバックに、華麗な少女は祈るように剣を構える。
「甘寧ハニー、貴方も中々強かったわ……この勝負は紙一重だった。この決闘は歴史の1ページとして名前が残るでしょうね」
「お、おお…………」
「かっこいい…………」
これでもう仕込みはいいだろう。
仮面の裏でほくそ笑みつつ、バーバラはハニー達に剣を向ける。
「さあ、私はまだまだ元気よ! 私を倒して名を上げようという男はいないの!?」
「うおおおおおおおーーー! 次は僕がやるーーー!」
「名前決めてる僕が先ー! この呂蒙・H・子明に戦わせろー!」
「あーずるいー! 良いのとられた―!」
謎の美少女剣士は一躍ハニー達から大人気になった。
戦争ごっこは未だ継続中ではあるが、強いハニー達は目立つ事に夢中になり、我先にバーバラに群がっている。瞬く間に順番待ちが出来て1時間待ちの立て札がかけられた。
狭い隘路のログA山道でそんなものを作れば、当然まともな戦いにはならない。
「な、なんだか知らんが凄く楽になったな……」
「ああ、使徒様は流石に強いというか、あの色の瀬戸物達と連戦しても平気というのは凄いな」
「あー辛いわー! すっごく辛いわー! でもみんなの為に頑張るのー!」
バーバラはわざと弱音を声高に吐き、自分の仕事ぶりをアピールする。
実際のところ、今のバーバラなら上位のハニーだろうと瞬殺できる。しかしそれではハニー達が面白くないため、わざと手を抜いているのだ。
(ふふふ……茶番に付き合って楽をする作戦、成功ね。自分の知性が怖いわ……)
経験から、ハニー相手の上策は奇襲か遊びにつき合うことだとバーバラは熟知していた。
ハニーという敵の特性上、全くダメージを受けないわけにはいかないし、痛い思いもしている。何故か一匹一匹が妙に動きが速いし強い気もするが、まとめて相手するより全然楽だ。遊びだから疲れたら休憩を希望しても受け入れてくれるだろう。
そうやって低位のハニーはヘルマン兵が、稀にいる高位のハニーはバーバラが止める。このまま時間を稼げば援軍が来てお役御免というわけだ。
楽に、安全に、活躍しつつ、正体がバレない。なんと完璧な作戦なのか。
「張遼ハニー、謎の天才剣士が討ち取ったりー! 私こそ、真の残酷無双よ!」
「ええい、誰かあいつを止めろー! この曹操・H・孟徳の前に奴の首級をもってこんかー!」
「殿、お静まりをー!」
相手がハニーだからか、珍しくバーバラの作戦はハマっていた。
バーバラ達が戦っているログA関門、その、やや後方。
山道の道中には、隊列を整えたリーザス軍の姿があった。
「ログA関門、未だ健在です。陥落する気配はありません。それどころか奴等、遊んでます」
「……らしいですわよ」
ハニワ臭い斥候からの報告を聞き、チルディ・シャープは嘆息する。
今回のヘルマン侵攻作戦では、主だった優秀な人間には声がかけられている。幼い娘の為に普段は指南役として一線を退いている彼女も参戦していた。
ただ、その上で託された任務は若干不満なものだった。このハニワ臭く、優雅の欠片もない状況で、一人の重要人物を護れというものだ。
ヘルマン側は察知出来なかったが、このハニー塗れの戦場は護衛対象の少女が殆ど単独で作り出したものだった。
「確かに凄い力ですけど、やはりハニーといいますか。決め手に欠けるのではなくて?」
「ううん、そんなことない。サモンパープルは諦めない!」
「…………はぁ」
サモンパープルという言葉を聞き、チルディはまた頭痛がした。勿論護衛対象はそんな訳のわからない名前ではない。
本名、アスカ・カドミュウム。栄えあるリーザス魔法軍の将軍である。
軍歴は大変華々しい。第二次魔人戦争から始まってリーザス大戦、勇者災害、鬼畜王戦争と大小様々な戦いに幼い頃から身を投じ、様々な勲功を残してきた。
国民からの評判も高い。上級学校に通う制服姿の写真がリーザス美少女名鑑に掲載されており、戦場に咲く
だがその実態は、アホ極まりないものだった。
「しゃらららららららー♪ マジカルメイクアーーーップ!」
「またその名乗りやるんですの?」
「さっきは決まってない感じがしたから、もう一回!」
山中のど真ん中で、アスカはしゃらしゃらきらきら言いながら踊り始めた。
カラフルな魔法のステッキをくるくる回しつつ、まるで自分が変身しているかののように歌い、ウインクを飛ばす。
まあ事実、変身は既にしていた。地の髪色は茶なのに白のウイッグをつけて踊っているし、着ている服は紫軍のローブを大きく改造していて派手で体のラインが出るものになっている。スカートの丈は短く、下手したら下着が見えそうだ。
アスカの恰好を一言でまとめるならば、子供向けの戦隊モノ魔法少女のような姿だった。
ひとしきりの踊りが終わると、アスカはビシーッとキメ顔でポーズを決める。
「みんなの絆を束ねて、愛を繋ぐ! サモンパープル!」
「「「………………」」」
何故彼女がこんな姿になっているのか。これには全く深くない
アスカ・カドミュウムは子供の頃から魔法少女モノが好きだった。それはもう大好きだった。
シーズンが変わって別の魔法少女番組になってもすぐ好きになったし、何度も何度も世界を救う彼女達の真似事をした。
子供が好きなものの真似事をするのは良くあることだ。関係者は微笑ましく見守っていたし、時にはごっこ遊びにつき合ったりもしていた。辛い戦場においては彼女は癒しだった。
問題だったのは……そのごっこ遊びが、いつまでも終わらなかったのだ。
アスカの背が伸び、基礎学校に通ってる内ではまだ笑っていられた。
女性らしい体つきになり始め、応用学校に通っている間もまだ、ちょっと変わった子だなという程度で許容されていた。
そして今、成人と見なされてもおかしくない年齢でも、かくの如しである。
「みんな大変! 暗黒国家東ヘルマンがいよいよ秘密作戦を発動させて、王子様とその兄妹達の命を狙っているの! 今こそ光の力を結集させて東ヘルマンの本拠地に乗り込む時! 敵は強大だけど、みんなの力を合わせれば不可能はないはず! サモンパープル、レッツゴー!」
「いい加減にしなさい」
「はにゃあっ!?」
護衛のチルディはチョップを決めて小芝居を終わらせる。
「もう少し真面目にやれませんの? まったく、もういい歳でしょうに」
「うう、こういう雰囲気って私のテンションに大事なんだよー。上手くできるかどうかで、魔法のかかりがすっごく変わってくるの。前のは70点だからあんまり良くない感じ」
「ハニーに良いも悪いもないでしょう。酷いに尽きますわ」
久方に前線に出て見れば、いい大人の子守りだ。チルディに不満があるのも仕方がなかった。
ただ作戦の中身を聞いている以上、重要性も理解はしている。
「まあとにかく、やりなさい。どうせそれしかないんですから」
「はーい。まだ余裕あるけど、あれちょーだい」
「はいはい」
「んむんむんぐんぐ…………けほっ。それじゃ、行きまーす!」
アスカは竜角惨を流し込むと、山中に刻まれた巨大な魔法陣の前に立つ。
「でろでろー……でろでろー……」
そして変な詠唱を始めた。
ふざけた言動しかしていないが、彼女が将軍職を任せられるだけの理由はある。
アスカ・カドミュウムは、召喚魔法に特化した魔法使いだった。
召喚魔法とは、魔力を使って何かを呼び出し、使役して攻撃手段にする魔法である。
使役するものは種類を問わない。人間も魔物も、果ては異空間の魔物を呼び出すことも出来る。召喚された者はある程度の契約関係にあり、呼び出した人間の命令に従って行動する。他者に依存した魔法であり、そのため術者の力量は召喚数によって評価されている。
そしてアスカ・カドミュウムの一回の召喚可能数は余裕で100を超える。
さらにそのまま複数召喚も可能、限界数となると本人もわからない。
こと召喚魔法に限っては、アスカは並ぶ者なき大魔法使いだった。
「でろでろー……でろでろー……」
(恐ろしく適当に見えるのに、これで一つの戦場を支配するんだから不思議ですわ……)
ログA攻略の作戦はシンプルだ。アスカの力をフル回転させて五百や千ほどまで呼び出しては片っ端から関門破壊に向かわせている。ヘルマン側がどれだけ圧倒的な勝利を積み重ねようがこちらは傷一つない。やるだけ得な攻撃方法だった。
「……それでも、不可解ですわね」
「ん、どうしたの?」
「アールコート様が今回の方針を決断した理由ですわ。確かに継続戦闘では強いですけど、今回は奇襲です。奇襲には速さが何よりも必要なはずなのに」
「ああ、それは私が魔法少女としてパワーアップするのを待ってたんだよ!」
ぺかーと笑うアスカ。アホの花が咲いている。
「知ってる? 魔法少女ってスーパーパワーアップするの。特別版とか最終回近くになると衣装が変わってとっても強くなるんだよね。だから私も修行の末に強くなったからこうやってマントも特別仕様に天使の羽をイメージして」
「そっちは聞いてません……それで、どう強くなったんですの?」
「むー、強くなる方はつまんない話だよ。召喚魔法を真面目に考えたの」
「真面目に?」
「うん、師匠や黒の女王様とお話したり、適当に色々がんばった結果こうなった!」
ミル・ヨークスやミラクル・トーが手伝ったらしいが、なんとも抽象的過ぎた。
「それじゃわかりませんわよ。もう少しまともな説明がありませんの? 何故ハニーなのかとか。どうにもヘルマン兵には相性悪そうですし」
「ああそれはね、ガチャ的側面があるから!」
「ガチャ…………?」
聞きなれない言葉に、チルディは首を捻った。
「ガチャ知らない? 今シーズンのヒーラー魔法少女キュアキュアのグッズでも出てるし」
「ガチャ……そういえば、親衛隊の若い子達が、遊戯場にあるとか話題に出してたような。レア度の高い景品を求めて、給金をつぎ込んで大変だとか」
「そうそれ! 私も50万ゴールド突っ込んでもURとSSRが一定数揃わなくて苦労したの! 保存用布教用鑑賞用愛玩用自慢用と大変だった!」
「ああもう、話が逸れるしとんでもない大金使ってますし……つまるところ、ハニーを景品扱いしてるんですのね?」
「うんそう。土や緑色はノーマル、青や赤はR、黒やダブルとかはSR、金色はURみたいに。召喚しておいてなんだけど、どの色が来るかは私もわかんないの」
「それで強いハニーは確率が低いと。スーパーハニーとか5体も出てませんからね」
「うん、でもちょっと余りにも下振れしてる感じがした。だから私というガチャを名乗りなおす事で切り替えた!」
アスカはどこまでもドヤ顔だった。
「前のと違って今回は120点! だからきっと上手く行くはず!」
「もう好きにしてくださいまし……突っ込むのも疲れましたの……」
馬鹿と天才は紙一重とはいうが、常人には理解が出来ない。いや、脳が理解を拒否する。
若い頃はお守りの世話係だったが、今でもそうなのかと頭痛が止まらないチルディだった。
(ああもう、こんな頭の悪いやり方で上手くいくわけなんて……)
「ん、むむっ!」
「今度はなんですの? 次回予告の練習?」
「きたの! SSRが!」
「…………へ?」
目の前の魔法陣が輝き、アスカの召喚魔法が発動する。
しかし今までと違って大量のハニーの頭が出るものではない、中心部に頭頂部が一つ見えると、それがどんどん高くなってせり上がる。魔法陣全体にやっと収まるような金色の巨体が、みるみる姿を現していく。
「これは…………まさか……」
「ふ、ふふふふ…………いっけーーーーー! ゴールデンハニーーーーー!」
「はーーーーーにほーーーーー! めーがねっこーーーーーーー!」
「…………ん、地震?」
十何度目かの連戦を終え、そろそろ休憩を取ろうとした時だった。
バーバラは断続的な揺れに気がついた。
「なに、これ……」
「はーーーーーにほーーーーー! めーがねっこーーーーーーー!」
「っ!」
答えはすぐに来た。
「ご、ごごご、ゴールデンハニぃ!?」
金色の巨体が、山道を快足飛ばして駆け上る。
一歩一歩ごとに地が揺れ、とんでもない速度で足下のハニー達を陶器の破片に変えながら猛然と進む。山道は狭いのだが、その身をゴリゴリと削り、あるいは岩肌を削り飛ばしながら突撃する様は、絶望的な圧力があった。
「嘘でしょ!? ゴールデンハニーって動きとろいはずよね!? なんであんな機敏な動きしてんの!?」
「眼鏡っ子! 眼鏡っ子! うおおおおーーーーーーーー!」
答えなどない。ただあんな巨大な質量兵器がログAの関門に突っ込んだら、ただでは済まないという事だけはわかる。
「うわーーーっ、やめて、突っ込まないでえええーー!」
「踏むのやめてえええーーーーーー!」
階下も地獄絵図だ。ハニー達もパニックになって我先に逃げようとしている。後ろにいるハニーから残らず割り潰されているからあっちも珍しく
(ああもう時間が無い! なんか止める手段! 魔法は効かないし、直接戦いに行くなんて冗談じゃない! なにか、なにか……!)
と、そこでバーバラは、突如起死回生のアイデアを思い出した。
女の子限定対ハニー命乞い用アイテム、眼鏡ならある。冒険者鞄に入っている。
「これだっ! 止まってええええええ! 止まってくれるなら私眼鏡かけるからああああ!」
眼鏡を振りかざし、あらんかぎりの大声でバーバラは叫んだ。
必死なものではあるが、明らかに美少女だとわかる可愛らしさがある声が響く。
「眼鏡………っはにーーーーほーーーーーーー!」
ゴールデンハニーの反応は劇的だった。
その身が削れるにも構わず何度もジャンプして勢いを殺そうとして体重を前に預け、なんとか止まろうと踏ん張り、階下のハニーを粗方削り飛ばしながら勢いを殺そうとして。
(((止まれ、止まれ、止まってくれえ!!)))
バーバラ、ヘルマン兵、ハニー達、その場の期待を一心に受けながらゴールデンハニーは速度を緩めつつ。
「あっ」
こけた。
「「「「「「あっ」」」」」」
バランスを崩した巨体が浮き、ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来る。
「た、退避っ、退避しろおおおおおおおおおお!」
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ログA関門は、崩壊した。
老朽化した施設は圧倒的な質量に耐え切れず、ゴールデンハニー諸共残骸と化した。
ただこの顛末は「アスカ・カドミュウムの大魔法によるもの」だと記録され、双方のアホなやり取りは歴史の闇に葬られた。
アスカ・カドミュウム lv53 魔法1、召喚2
リーザス魔法軍(紫の軍)将軍。
就任当時はリーザス将軍職における最年少記録を大幅に更新した若き才媛。軍務と学業を両立させていると評判で、同世代の女の子達からの憧れの的。
……の、はずなのだがいまだに魔法少女モノにどっぷりハマり続けてるかなりアホな子。
どうしてこうなった。
アスカが説明を放棄した理論的な部分。
まず、召喚魔法はただ召喚するだけではない。普段本人が無意識でセーブしているリミッターが解除されて動きが段違いになる。本気モードだとでも言うべきか。
だからただアスカがハニースパムしてるだけでもただのハニーの群れより段違いに強い。防御力以外本来の色が一つか二つ格上げされてるようなもの。
ただ、行動するのはあくまでハニーのおつむなので大半が無駄になっている。
ゴールデンハニーが機敏な動きをしたら自身の重みであっという間に自壊してしまうが、質量兵器としては優秀。
ランスシリーズだからこそ魔法少女はおらんだろう。
超ふざけた、ごめんなさい。