※この作品はR-18です。

新勇者バーバラの冒険   作:ランスロス・マッキ

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第十次HL戦争 ④勇者の秘策

「あ-もう、最悪!」

 

 悪戦苦闘の末、バーバラは瓦礫をどかして体を起こした。

 ゴールデンハニーと関門区画の大事故が起きたのだ。衝突そのものは咄嗟に躱しはしたが、その後の崩落は逃げようがなかった。あの有様では基礎部分も含めて崩壊しててもおかしくない。防衛施設としての能力は期待するだけ無駄だろう。

 

「埃塗れになるわ、陶器臭くなるわ、ハニーってやっぱりロクなもんじゃない……」

 

 バーバラは愚痴を吐き捨てると、頭を振って周囲を見回す。

 関門が崩れても砦の防衛が残っている。指揮官ならば状況を把握して指示を飛ばす必要があるのだが。

 

「うっ、これは…………」

 

 余りの惨状を前に、思わず黙り込む。

 眼前に広がるのは、ぽっかりと風穴の空いた、関門だった瓦礫の山。

 周囲からは苦悶の呻き声が聞こえ、鉄臭い血の香りが鼻をつく。比較的傷の浅い兵士が救助作業をしていたりもするが、間違いなく焼け石に水だ。

 頼りたかった防衛拠点は、一瞬にして被災地に様変わりしていた。

 

「こ、これじゃ指揮とか防衛とか無理じゃない。いやでもハニー達も粗方割れてたはずだし、まだなんとか……」

「あっ、こちらでしたか!」

 

 声の方に視線を向けると、ログAの臨時代理指揮官が駆け込んできた。

 土埃に塗れて軍服が台無しではあるが、見た目に怪我がないところを見ると、かなり無事な方だとわかる。

 

「ああ、あなたも大丈夫だったんだ」

「運が良かったようです。勇者様もご無事で何よりでした」

「私も今抜け出したばかりだから良くわかんないんだけど、この分だと色々駄目みたいね……」

「仰る通りです。健在だった兵士を再編成して救助に当たらせていますが、到底手が足りません」

「砦からどんどん人出すしかないんじゃない。もう戦争どころじゃないでしょ」

「……それは難しそうです。むしろここが切り上げ時だと思われます」

 

 指揮官の男は若干の躊躇を見せたものの、バーバラの方針を否定した。

 

「ハニーはもういないんだけど。これ以上の戦闘は流石にないんじゃないの?」

「斥候から報告がありました。リーザス軍がログAへ向けて進軍中です」

「げっ、あいつらまさか…………!」

「恐らく先程の敵は先遣隊で、これが本隊だと思われます。ここは関門の被害に拘泥せず、砦の防衛に専念するべきだと愚考します」

「いやいや、今ここに大量に下敷きになってる人いるのよ!? まだ助かる人沢山いるのに見捨てるの!? 本当にそれでいいの!?」

 

 思わず食ってかかるバーバラ。

 確かに目の前の状況は未曾有の大事故。だが被害にあったのは民間人ではなく殆どが軍人、それもしぶとさが売りのヘルマン兵だ。掘り起こしさえすれば生存率は高いが故に諦めきれない。

 

「…………遅ければ、死ぬ兵を増やすだけになります。勇者様におかれましてはどうか、ご理解をお願い致します」

 

 男はそれ以上語らずに頭を下げる。未練は硬く握りしめられた拳に宿っていた。

 

「……それだけ時間がないのね?」

「……はい」

 

 バーバラは天を仰ぎ、溜息を吐く。

 関門施設は崩壊。死傷者多数で多くの人間が残骸に生き埋めにされている。

 敵兵は近くまで来ており防衛への対処は必須。この状況では砦に寄って守るしかないが、代わりにここの兵士達の多くは見捨てるしかない。

 防衛条件を考えるならば指揮官が選ぶべき選択肢は一つ、損切りしかありえなかった。

 ここは退く、退くしかない。バーバラはそう言おうとして――瓦礫に埋まる兵士の身体と、未だ命がある事を示す、か弱い痙攣が目に入ってしまう。

 

「……いや、逃げ……いや、でも…………うーーーっ……!」

 

 何事かを言おうとして悩み、また他の場所を見ては頭を振り、挙動不審な動きを繰り返し。

 

「…………あーーーーっ、もう知らない! 後の事なんてもう知ーらない! 全部東ヘルマンの軍規が悪いってことにするから!」

 

 爆発した。

 

「…………勇者様?」

「方針決定! 貴方は砦の方から兵員を可能な限り引っ張ってここの人達を助けてあげて! 防衛は手が余った人を関門の手前に配置して守る形で!」

「はっ? そんな事をすれば砦の防衛は絶望的になりますが!?」

「どうせならその未練も断ち切ってあげる! 最終防衛ラインも砦じゃなくて関門に変更するわ! 援軍が到着するまでに関門抜かれたら即座に降伏しなさい!」

「しょ、正気ですか!?」

「これは魔王討伐隊隊長の命令よ! なんか文句ある!?」

 

 東ヘルマンは上司には絶対服従の軍権国家。ここまで言ってしまえばバーバラの横暴な選択を止められる者はいない。

 なおも何か言おうとする指揮官の胸を押し、バーバラは言葉を続ける。

 

「魔物がちょっと来た程度で関門捨てますとか軟弱者の考え方よ。その程度で弱い弱いリーザス兵にヘルマンの地に足跡つけられるとか死にたくなるから。ヘルマン兵なら全部守り切りなさい! 私も本気で協力するから大丈夫、行けるはず!」

「な、何か策でもお持ちなのですか?」

「ああ策。そうね、そういえば最高の秘策があったのよ。とっておきのが残ってたわ……」

 

 バーバラは仮面の裏で自嘲気味に笑い、背中の剣の鞘を叩く。

 

「暴れるのよ。そりゃもう力の限り、思いっきりね!」

 

 

 

 

 

 陶器の破片が散々に散らばった山道を、リーザス兵が登っていた。

 ログAの関門は魔物に任せたが、砦の攻略となれば人の力が必要だ。砦の中には通常生活を支える為の民間人がいる可能性が高い。それら非戦闘員を魔物に任せて皆殺しにすると、少しマズい事になる。

 戦争はやるにしても、最低限のルールはあるのだ。

 特にリーザスのような超大国には人間同士の戦争では守らなければならない条約、協定は幾つか存在する。その気になれば法解釈の違いを盾に横紙破りを平気でやる国ではあるが、理由のない民間人の虐殺を推奨するほど外道ではない。

 だからこれ以上は召喚魔法に頼らずに、ログA攻略を進めるべきだ。そう判断してリーザス軍は進軍中なのだが。

 

「でろでろ、でろでろっ!」

「はーにほー!」

「はにっ、はにっ」

「……どうしてまだ召喚しているんですの?」

「お友達用。プライべートだし向かわせないよー」

 

 不穏な戦術兵器はまだ稼働中だった。

 魔法陣からはもう離れているため一体一体インスタントに召喚しては周囲を賑わせているだけではあるが、チルディからすれば不安でたまらなかった。

 

「……その、金色が二体続けて出ましたけど」

「絶好調みたい。やっぱりやり直したのが良かったかな? このままもっとたくさん呼んで仲良くするのも楽しそうだよね」

「その変にしておきなさい。それで先程のものを呼び出されたら始末に負えなくなりますわよ」

 

 護衛の数は多い方がいいが、万が一またゴールデンハニーが召喚されようものなら、今度は前を行くリーザス兵が陶器の破片の仲間入りをしかねない。強いからこそ使い勝手が悪かった。

 そもそもアスカの召喚魔法自体、意思決定において概ねの方向性を決めさせるだけだ。故に味方としての行動はしても、暴走の危険は常につき纏う……というか前科が何度もある。

 

「アスカちゃんを守るんだー! 頑張るぞー!」

「えいえいおー!」

 

 今のところ陶器達はそう言って盛り上がっているが、リーザス軍は一切信頼せず、アスカ達から一定の距離を置いていた。傍にいるのはチルディだけだ。

 先遣の黒軍が前を行き、少し感覚を開けてハニーの群れ、そこから距離を開けて本隊が続く。

 同じ色鮮やかな軍隊ではあるが、アスカのいる位置だけが明らかに浮いていた。

 見目麗しい女性二人にハニーの群れとなれば、当然彼等は調子に乗る。何体かは親し気に近づいて来て、やいのやいのと語りかけてくる。

 

「アスカちゃんいつも可愛いよー。キングも見どころあるって褒めてたよー」

「えへへー、ありがとーう。皆もいつも通り可愛らしい光沢だよね」

「へいへいそこのお姉さん、知的な眼鏡についてどう思う……ひぃっ!」

 

 チルディは視線一つでハニーを黙らせた。

 

「うわうわ、怖い怖い。あれはどう割るかしか考えてないよ」

「アスカちゃん助けて―」

「ありゃりゃ、怯えちゃった。チルディさんもそんな怖い顔しないでスマイルスマイル」

「……私がここにいる理由をもう少し考えて欲しいものですわ、はあ」

 

 ハニー達が暴走する時、一番良くあるパターンはアスカの拉致だ。一度暴走すれば通常の軍隊では止め辛く、直々に赤軍が動く羽目に陥るので大迷惑極まる。チルディはそういう意味のお目付け役でもあった。

 とはいえ、実際に暴走されたらチルディ一人で止められるかは怪しい。周りを見れば黒金ダブルと高位の陶器が40体程いる。これにアスカのバフまでかかっているので、逃げるのも難しいかもしれない。

 

「何が出るかは運次第とは言ってましたけど、極端過ぎませんこと?」

「とっても心強い仲間達だよ。これならチルディさんも随分楽になるよね」

「暴走された時が不安ですが、まあこれなら私が出る必要は減りそうですわね……あら?」

 

 その時、視界の端、崖上から何かが動いた気がした。

 側道に目を向ければ、緑色のローブに身を包んだ不審者が降り立っている。

 

「……噂をすればなんとやら、お客様ですわよ」

「へー、これだけいて来るんだ。それもたった一人?」

 

 口調だけは余裕を残し、二人は油断なく即座に戦闘態勢に移る。チルディは二振りの剣を構え、アスカはチルディの影に隠れて詠唱を紡ぐ。ハニー達も意気揚々と遊び相手へと群がっていく。

 

「敵だー、行くぞー!」

「ひゃっほー! 一緒に遊ぼうよー!」

「……………………」

 

 一方、敵はすぐには動かなかった。

 表情の伺えぬ仮面がチルディ達に向いていて、彼女達以外が視界に入っていないかの如く立ち尽くしている。ぼんやりと魔物達が群がる状況を、どこか他人事のように眺めていた。

 

(装備は黒剣、仮面に刻印、ローブの色は変だけどRECO教徒かしら? Sの刻印は救済を望む一般信徒、腐った剣は元AL教徒、砂時計は大神官だと聞きますが金の天秤? もしや噂の使徒……?)

 

 油断なく警戒しつつも、チルディは敵手を分析する。その間にも魔物と敵の距離が縮まり、花火が、トライデントが、ゴールデンハニーの拳が猛烈な勢いで敵に迫る。

 その、刹那。

 何の前触れもなく、飛び掛かったハニー達が乱雑に斬り裂かれた。

 

「えっ……?」

 

 アスカの困惑の呟きがいやに長く響く。

 それよりも遥かに速く、生きる世界の違う閃光が走り魔物の身体を次々と両断する。

 瞬き一つ、二つもない間に高位の魔物の群れが残らず切り払われ、破片が地面に落ちる前に、既に敵は前に出るべく地を蹴っている。

 

「……ッ逃げなさい!」

 

 チルディは戦慄と共に反射的に叫ぶ。しかしそれすらも遅かった。

 魔法使い完全有利であるはずの距離は、目の前の化け物には一息に詰められる距離でしかない。

 消えたと思えば、周囲の魔物の反応すら置き去り即死圏まで肉薄されていた。

 

「……ッ!」

 

 鈍い音と火花が響く。

 長年の修練の賜物で咄嗟に出たチルディの剣は、幸運にも敵の斬撃を受け止めていた。

 

(……しかし、このっ、重さは……!)

 

 伝わる感触は小柄な身体に似合わず万力の如し。即座に片手での受けを諦め流しにかかる。

 重心と体裁きで相手の力をまともに受け止めず、逆に利用するチルディ独特の剣技により相手の身体が傾ぐ。対処に下手を打ったか、返しの技を打つ余地のある隙を晒している。

 

「…………!」

「やあーーーーッ!」

 

 ここしかない。チルディは一撃必殺の覚悟でムーンクァイを突き出す。

 銀閃が煌めき、数多の魔を討ちし一本の光線が狼藉者の胸元に吸い込まれ――――

 

「……っ、やっぱり、そう上手くはいきませんか……!」

 

 皮一枚、ローブの端を霞めて僅かな鮮血のみ。

 速度特化の剣士チルディ・シャープ、彼女の最速の一閃をしてもそれが限界だった。

 最上位の魔物でも屠ってきた大技が、態勢を崩した上での一撃でも躱された。こうなるともう、目の前の存在が人の枠を遥かに超える化け物としか言いようがない。

 

「がはっ……!」

 

 直後、猛烈な威力の蹴りがチルディの身体に突き刺さる。

 二転、三転と全く受け身を取ることも敵わずに吹き飛ばされ、地面に転がり……立ち上がられるだけの力は、もう残っていなかった。

 

「ち、チルディさん! ……あっ」

 

 一連の瞬殺を呆然と眺めていたアスカに至っては反応することすら許されない。魔法の詠唱を終える間もなく当身を決められ、意識を落とされる。

 リーザス最強格の二人でもこの有様。周囲の魔物を木偶の棒扱いの早業だ。

 

「な、なんだこれ!?」

「と、とにかくアスカちゃんを助けないと! ハニーフラッ……!?」

 

 ようやく混乱状態から回復したハニー達が攻撃準備に移る。必中射撃を当てることで敵中に飛び込んだ乱入者を倒そうとするのだが。

 狼藉者は、気絶したアスカを体の前に掲げていた。

 

「ええっ……!?」

「この子アスカちゃんを盾にする気!?」

 

 躊躇は一瞬、そしてそれが命取り。

 敵の姿がかき消え――また、魔物の命が刈り取られる。

 トライデントも、火花も、黄金の拳も、全てがローブ姿の少女を捉えられずに空を切り、魔物の胴が、身体が、一方的に物言わぬ破片と化していく。

 

「この人空気違くない!?」

「こんなの戦争ごっこじゃないよー!」

「なにこれ僕達かませ!? もっと遊びたいのにー!」

 

 悲鳴にも似たハニー達の叫びは虚しく響き、それを末期の声として次々と倒されていった。

 

「大ニッポン帝国万歳―! 帝ちゃん可愛いよー! うわーん!」

「……こっちにはもう、遊ぶ余裕なんてないのよ」

 

 最後の一体を割り、全てを陶器の残骸に変えてから、初めて少女――バーバラは声を発した。

 強化ハニー40体、アスカ・カドミュウム、チルディ・シャープ。

 人類精鋭の二人に高位の魔物の群れを相手取り、息の乱れ一つなし。

 勇者としてのレベルも終盤に入り、逡巡モードの恩恵は少女に場違いな力を与えていた。

 

「こ、これはどういうことだ!?」

「チルディ様が……馬鹿な!?」

 

 一連の襲撃はこれ以上ない衝撃を伴って前後のリーザス軍に伝わった。彼等にとってはまさしく瞬く間の出来事であり、彼等が尊敬する将が瞬殺されたのは何か悪い夢のようだった。

 しかしこれは現実だ。そして敵は健在であり、将の身柄はまだ手の内にある。

 

「ぜ、全隊、戦闘用意! 敵を倒すぞ! アスカ様を救うのだ!」

「あの化け物を人と思うな! 差し違う覚悟で囲んで潰せ!」

 

 百の、五百の、千の殺意がたった一人の少女に降り注ぎ、必殺の覚悟をもって包囲を形成する。崖下で両端を挟んだ状況であり、どれだけ斃れようといずれば数で押し潰すという覚悟がある。

 勇者になり立てのバーバラなら泣き叫び、たまらず逃散を選択する場面。

 しかしたった三週間前と同様の、むしろより絶望的な状況であるのにも関わらず、今のバーバラは少し溜息を吐くだけだ。

 今の逡巡勇者にとって、正規の軍隊など蠅(はえ)の群れとさして変わらない。

 思うがままに打ちのめし、斬り捨て、屍の山を築くことも容易だろう。

 

「……少しだけ相手してあげる。前に進もうなんて思えなくなる程度にね」

 

 そしてバーバラは前に出る。

 邪魔な荷物を置き捨て、その身を一つの風と化し、敵の中心へ―――

 

「きっ、来たぞぉ!」

「うっ、うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 それから程なくして、電撃のような一報がリーザス司令部に届いた。

 ログAに、人の形をした化け物が現れたと。

 チルディ・シャープ、アスカ・カドミュウムは行方不明。前線は指揮系統を失い混乱中。

 関門施設が崩壊したのにも関わらず、リーザス軍はヘルマンの地を踏めていない。

 




 コマンド?
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう
 >たたかう

 いろいろ手は尽くすけど困ったら暴力。力こそ正義、これぞルド世界。
 バーバラは詰んだ状況を無理やりひっくり返しにかかった。
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