魔王スラルの目の前には、真っ白な景色が広がっていた。
「え、あれ……何、これ……? ここはどこ? さっきまでケッセルリンクと……」
一瞬の出来事だった。スラルがたった一度瞬きをしただけで、景色が一変していた。
「――――待っていたわよ。魔王スラル」
その白い世界よりも、なお光に満ちた存在が魔王スラルの前に顕現した。姿かたちは一人の少女に見えるかもしれないが、纏う空気はこの世のものではない。魔王であったとしても、ひれ伏したくなるような圧倒的な存在感。ほとんど確信をもって、スラルは理解してしまった。
――――目の前の方は、この世界の管理者だ。恐らくは最上位の神。
「ふふふ…………こちらが呼びつけたのだし、こんな格好というのもアレよね」
発する光は和らぎ、神の姿がスラルの目でも見えるようになる。完成された美貌、ゆったりとした法衣、剣と盾、そして黒い六翼。この似姿は見覚えがあった。二百年程前から組織として固まりだしたAL教。そのAL教が神と崇めている存在の彫像に似ている。
「…………女神、alice様?」
「自己紹介の必要がないのは楽でいいわね。初めまして」
女神aliceが、魔王を呼びだしていた。にっこりと笑って、嬉しそうに。
柔らかい笑みだが、スラルの中の警鐘はひっきりなしに鳴っていた。これは、何か一つ間違えたら即死する。
「そう畏まらなくてもいいわよ。私は人類を管理してて、貴方は魔物を管理してる。立ち位置的には同僚みたいなものだから」
「…………そう、ですか」
媚びも、嘘も挟む事は許されない。彼女の言う事を聞いて、邪魔しないように正直に答える。恐らくはそれが最善策。
「それで、女神alice様はどういった理由で私を呼び出したのでしょうか?」
「本題の要件はあるのだけれど……その前に、何個か聞きたい事があってね」
厳かに、静かに、しかし聞き流す事のできない声で女神aliceは続けていく。
「一つ目。人間についてどう思う?」
「数が多いくせに弱く、私達が支配して便利に過ごす為の道具だと考えています。人は魔物に支配されるための生物ではないかと」
「……………ふーん。いいんじゃない?」
真実を知った時から、スラルはこうであると言い聞かせていた。自分を洗脳するに近いが、神に謁見するにあたってやらなければならない事だった。今では本心として自然に言える。人類管理をする神にとっては不快な発言のずなのに、この神はあっさりと受け入れた。
やはり、この世界の神はロクなものではない。
「二つ目ね。私達神々を何だと思っている?」
「この世界を作り上げた造物主です。私達より遥か高みの存在で、魔王である私ですらも神に対して背く事は許されません」
「正解よ。魔物も人も、魔王も勇者も私達が作っているの。この世界を面白おかしくするためにやっているのよ。賢いわね」
女神は自分の意見を聞いて上機嫌に見える。ただ、それは望む答えを聞いたというよりも、ここまで自分の思う通りに進んでいることに満足しているのではないだろうか。嫌な予感が、強くなっていく。
「これは最後の質問だけど……スラルは、これからどうしたいの?」
目を細めて、こう言った。空気が凍る。恐らくここまでのは前置きだ。嘘も許されず、間違えたら自分の命は――――ここで終わる。
「……何も変わりません。今と同じ事を続けていきたいです」
「うん?」
女神が首を捻った。恐らくはこれが唯一の正解だろう。定例会の時の天使の波動。誰かはわからないが見ていたのは彼女だと決めつける。こちらが気づいていた事までは分かってないはず。
「私は魔王であることを楽しんでいます。地上最強の存在として思うままに過ごせる日々に満足しています」
「……………………そう」
静寂が訪れた。aliceはスラルの目を冷めた目で見つめている。スラルも目を逸らす事なく、aliceの顔を見る。
きっかり5分も沈黙を貫き、aliceはようやく口を開いた。
「――――素晴らしいわ。貴方はとても賢い魔王ね」
ふわりと笑みを浮かべて、張り詰めた空気が消えた。
「自力でその答えに辿り着いたのは初めてじゃないかしら。優秀な魔王がいてくれて、私は嬉しいわ」
「……ありがとうございます」
「もう気づいているのかもしれないけれど、私達は人類が苦しむ世界であることを求めているの。創造神様がそういう世界を望み、そのために魔物と魔王は存在する。だから貴方の在り方は正しい」
饒舌に女神は種明かしを続けていく。とりあえずの試練は乗り越えたのかもしれない。
「戦争と支配いう在り方も創造神様を喜ばせていたわ。一つとして同じ負け方にならないんですもの。多少なりとも希望を持って、足掻いて足掻いて苦しんで死んでいく。人間達同士の諍いも多いからいつになく楽しんでいる。貴方はこの先もルドラサウム様を満足させ続けるでしょう」
最大の懸念だった創造神の受けも良かったらしい。争いの多い世界は好きではなかったが、飛び地をあちこちに作って断続的に騒ぎを起こした甲斐はあった。神々もまた、創造神の奴隷なのでとりあえずは安全だ。スラルは少しだけ気を楽にした。
「さて、本来の要件に入りましょうか。今日は賢い魔王の500年目を祝して、プランナー様からの贈り物を持ってきたのよ」
「贈り物……ですか?」
「そう。あなたは4つの黄金像を使って神に謁見したでしょう?」
「はい。文献ではあらゆる願いが叶うものとあったので、興味本位で使いました」
スラルは世界構造を調べる過程で、神への謁見とその意味も知っていた。黄金像の最初の利用者だ。
「あれはね、プランナー様のちょっとした遊び心なのよ。魔王が真っ先に使用するとは意外だったらしいけどね。世界のバランスを崩さない程度に、謁見者の願いを叶えるの」
「私はそれで『魔王は殺せない』という願いを叶えてもらい、代わりに1000年の寿命を受け入れました」
「実装したら人類が一方的に虐殺される事に気付いて勇者も追加したんだけどね。……でもね、プランナー様はもう一つだけ、謁見者に特典を与える事を課していたのよ。それが出来なかった」
「……どういうものでしょうか?」
謁見するだけで偉業だからという前置きを添えて、楽しくてたまらないように女神aliceは答えを告げた。
「4つの黄金像を揃えて、神に謁見して願いを言った者には永遠の命を与える」
「それは……」
「そう。あなたの願いのデメリットである魔王の寿命に矛盾する。だからすぐには叶えられない。プランナー様はこの矛盾をどうしたものかと考えあぐねてたわ。そこで、僭越ながらも私が提案した内容を採用してくださった」
誇るように、楽しむように、恍惚とした表情で続けていく。女神が喜べば喜ぶほど、スラルは胸の中にある不安なものが増大していった。
「――――貴方の魂を魔王の魂の一部にして、永遠に魔王と共にいればいい」
(―――――!?)
女神が腕を振り、スラルは倒れ込んだ。スラル視点では身体だけが倒れて、無理やり自身の魂が引きずりだされたように感じた。それと共に、スラルの身体からどす黒いものが抜き出されていく。魔王魔血魂だ。
「魔王の血は魔王にいられるのは千年ほどだけど、貴方はこれでずっと魔王としていられる。永遠の命と殺せないという願い。両方が叶っているでしょう?」
(そんなもの……願っていないっ!)
もうスラルは意思はあれど喋れない。ただの霊体であれば喋れるはずが、意図的に封じられている。そうして魔王の血と紐づけして一体化されていく。肉体の方は魂のない抜け殻だ。もうぴくりとも動かない。
「後は新しい魔王候補に渡して就任させるだけ。後世には無敵結界が未完成だったから魔王は吸収されて消滅したとでも伝えておくわ。別れを惜しむ為に肉体は元のところに戻してあげる」
もう後はプランナー様に渡すだけだ。ただ、この賢い魔王に少しだけ種明かしをしてあげてもいいだろう。
「……貴方がそうなるよう提案したのは、個人的な二つの理由があったわ」
今までの世界に対する苛立ちを込めて、退屈で茶番な世界を作った魔王へと理由を告げる。神ならば本来は言うべきではなかったかもしれない。
「私はね、人類は皆悲惨である必要があって、絶望が足りないと思ってるの。ルドラサウム様が考えるより、ずっと、もっと――――人類は絶望するべきなの。あんたはルドラサウム様には大満足でも、私にとって落第点な魔王だったのよ」
これまでの会話の中で、頭がいいからこそ嘘をつかずに乗り切ったのだろう。でも駄目だ。そもそも私には分かってしまうのだから。
「最後にもう一つ。幸せになりたいと考えてたでしょう? 駄目よ。あんたも元人間なんだから、悲惨で絶望するべきなの。そもそもあれだけ不幸と絶望を振りまいて、自分だけ幸せになる権利なんてないと思わない?」
(……ッ)
魂だけだからわかりやすい。スラル自身が目を背けていた本質を突き付けられて、苦悶の表情を浮かべている。
どうして私は頬が緩んでいるのだろうか。感情など元々ないはずなのに。だけど、これは面白いと思ってしまう。
「それじゃ……永遠の魔王就任おめでとう。スラル。本当におめでとう。願い通りになってよかったわね。魔王生活を、ずっと、ずっと楽しめるわよ」
(そんな……そんなっ……)
女神の祝福を受けて、魔王魔血魂はより高次の存在へ送られていった。
魔王スラルはこれからの魔王の視点と共にあり、痛みも苦しみも全て受けることになる。自身は何も語れぬまま。
ケッセルリンクとの誓いの杯は交わされることはなかった。鳴らした後の手が、頭が、身体そのものが崩れ落ち、スラルは倒れ込んだ。
「……スラル様っ!?」
主の見た事のない挙動に、ケッセルリンクは慌てて席を降りて駆け寄った。助け起こそうとするが……息は、ない。
「これはっ……どういうことだ!?」
何をしようとしてもスラルが動き出す事はない。魂がない。抜き取られている。消滅している。目も表情も先ほどと変わらない。幸せそうにこちらを見て笑みを浮かべた顔のままだ。瞼すら降ろせていない。
「こんな……こんな……馬鹿なことがっ……」
混沌と狼狽の最中に叩き落されて、ケッセルリンクは茫然自失とした。しかしスラルの死は目の前にある。受け入れるしかない。
スラルの瞼を閉じる。せめて死者としてよりも、眠り姫としての体裁を整えたかった。
「おっ、おぉぉぉぉおおお……」
慟哭と共に、ケッセルリンクは地に伏した。
SS歴500年、魔王スラルの魂は魔王の血に飲み込まれて消滅した。
私はスラル。魔王の血、その内の一つの魂。
「ははは……そうだ、皆壊せば良いのだ。壊して嬲って弄って殺してしまえばいい」
今はナイチサという男の中にいる。彼がどんな男かは知らない。何を考えているかはわからない。ただ、魔王の血であるため、何をするかはわかる。痛みも苦しみも感じる。
魔王として覚醒する前は優しい部分もある人だった。だけど抵抗している内にどんどん人間性が削られていって……今はもう、本人の部分はシミのようにしか残ってない。魔王の血にほとんど乗っ取られた。
自分も魔法の才能がなかったら、思いつかなかったらこうなっていたのだろうか?彼は故郷を、家族と友人達を、伸びた爪で抉って一つのオブジェに変えてしまった。
「これからどんどん素晴らしいものを作っていこう。私は、魔王ナイチサだ……」
スラル期は終わり、新しい魔王は誕生した。見たくもないものをこれから延々見せられるのだろう。
程なくして、覚醒した魔王ナイチサは自分の配下の魔人達を呼び出した。
ケッセルリンク、ガルティア、どちらも浮かない顔をして新しい魔王の、あるいは私の前に傅いている。私は何も言えず、彼等を見ているだけ。気づく事はない。
あの日々は帰ってこない。魔王と魔人の関係だ。あのお酒は飲みたかったな。
「……ケイブリス、魔人筆頭とやらはいつ来るのだ」
「命令も飛ばしているし程なくかと! ぷるぷるぷる……」
リスの魔人は相変わらず臆病だ。来年と言わず、その年に誘えば良かった。
あるのは後悔ばかり、今見るのは死体ばかり。
「…………あいやー」
ハニーキングは姿を見せた。しかし何をする事もない。まじまじとこちらを見ているようで見ていない。ナイチサではなく、その中の何かを見ている気がした。ハニーキングはごそごそと口の中に手を入れていく。
「ほいっとな。えーい!」
ハニーキングは自身の魔血魂を取り出して遥か彼方へ放り投げた。後にどこかの危険なハニーが飲むかもしれない魔血魂は、奈落の底へ消えた。
「……つまんないから帰るよ。じゃーねー! 魔人ごっこはもうおーしまい!」
「なんだ、アレは」
(……私の魔人筆頭です)
ハニーキングは帰ろうとしている。去り際に一人、誰にも向けてないように呟いた。
「まったくもう、本当性格ブスだなぁ……またね」
(…………!)
万に一つもないだろう。何万年先かもわからないだろう。それでもまた会おうといってくれたことが、たまらなく嬉しい。
死んだ心に、少しだけ活が入った。辛くても待っている人がいるのなら、頑張ってみよう。
案の上、ナイチサは魔王らしく魔王だった。血の衝動に従い人類を殺し、破滅的な魔人を次々と生み出して人の世を地獄に変える。私では思いつかないような残虐な方法で魔王として次々と地獄を産み出していった。魔王の血に忠実な魔王だった。
汲めども尽きぬ破壊衝動だが、それでも無限というわけではない。盛大な破壊を散々やった後は魔王の血は大人しくなる。だからこそ、私もソウルブリングを駆使して衝動を誤魔化して、それ以外の時期は普通に活動出来ていた。
だけどこの人は何もしなかった。完全に魔王の血に支配されていたのだろうか。日々を穏やかに暮らすだけだった。大陸の北半分を支配して、何もしない。結果として残虐な行為以外しない魔王となっていた。
振り返ると彼は最も可哀想な、同情したい魔王だった気がする。私もこうなっていたかもしれないのだから。
ある時期、何が彼の琴線に触れたのはわからないが相当に怒らせる出来事があったらしい。魔軍や使える手札の全てを使って人類を抹殺せんと動いていた。
私の時代には無い魔物兵。パイアールという魔人が作った魔物スーツを着せた魔軍で次々と人類を虐殺する。
だからこそ、勇者のスイッチを入れてしまったか。予想通り、人とは思えぬ強さだった。
「どうだ魔王! 人類を舐めるなよっ!」
「グゥッ…………!」
「確かに一撃入れましたけど、この程度じゃ魔王は死にませんよー」
クエタプノと名乗る勇者は魔王でも深手を負う傷をつけてきた。恐るべきはあの剣の切れ味。いつの間にか神が追加でついている。自分の時代より手が加わっているのだろうか。だけどそんな事よりも……
(魔王の血……私に痛みとか、苦しみとか全部押し付けてくる……!)
魔王そのものも苦しむのだろう。その一方で魔王の血は自分が痛いのは嫌だと全部なすりつけてきた。私に拒否権はない。十や二十の魂じゃ効かない苦しみを全部こっちに渡す。阿鼻叫喚地獄。気が狂う。気が狂う。痛い痛い痛い痛い……
それでも完全におかしくならないように調整されているらしい。もしくは時間を分けて押しつけてくるか。痛みにのたうち回っていたら、いつの間にか魔王が変わっていた。
魔王ジル。五代目魔王、この人は……本当に恐ろしい魔王だ。
魔王の血より破壊衝動がある。この世界に地獄を作る事しか考えていない。そういう言動をしていた。目の前にいる人は必ず苦悶に歪んで、ありとあらゆる苦しみを味わってからようやく死ねる。あの嬲り方では、もはや死こそ救いだった。
振り返る必要はない。振り返りたくもない。最初の10年で思い知った。この人こそ魔王の中の魔王、最恐の魔王。生きている限り永久にこの世を地獄に彩る魔王適正者だ。
だけど何よりもこの人は……嫌いだ。
「ははは……どうした、ガイッ……刻めッ……もっと深くっ……深くだっ……!」
(首絞めセックスはやめてぇ…………いやぁっ……)
この魔王、やるとなったらアブノーマルな行為しかしない。経験がない私と違って歪みっぱなしだ。
なんでこんな思いしなくちゃいけないの!? こんな倒錯的なものを処女の私が快感と苦しみ押しつけられるの!? いやいやいやっ……私まで歪ませないでぇっ……!
永遠の魔王になる事を願った時点で絶望した。私の性癖まで完全に歪んでしまう。だって、もう気持ちいい。無骨な掌に首筋を撫でられるだけで、心のどこかでどきりとしてしまう。
魔王の血は衝動に満足して黙っているから、私の心だけがありありと鏡のように浮き出る。ジル期の最後の方は、恐らくジルと同じ顔をしていた。
ただし彼女は裏切られて終わる。終わってくれる。カオスに突き刺されて封印された。大多数の魔王の血は移動し……私もまた、ガイのところへと視点が移る。
千年もの時が経っても、ガルティア、ケッセルリンクは生きていた。とっくに折れた心でも、それだけが救いだった。
魔王ガイ。六代目魔王、この人は立派な魔王だった。システムの穴を突き、私と同じように血の衝動をかわして人類を解放した。信じられない。
ただ、彼は何を考えているかわからない側面もある。寝させられるというか、明らかに見えない視点が半分ある。そこでブツ切りのように意識が途切れる。恐らくは二重人格の利用。魂を分割させての安定? どこまでも想像の域を出ないが、どこか遥か先をいつも見ている人だった。
男の感覚を味わうのもまた嫌だったが……アブノーマルだけのジルよりかは全然マシ。
私にはできなかった事を為し、概ね世界を平和にする。何よりも神々を騙しきるのはすざましい。
振り返ると、この人は史上最高の魔王と断言できる。ただ、どこか自分の幸せを諦めていた。
魔王としては穏やかな生を送り、異世界から資格者に継承させた。魔王を辞めた後は自殺に近い行動をとって死んでしまった。
理解は出来る。やった事に耐えられない。生き続ける資格は私達にはない。
千年の時が経っても、ガルティア、ケッセルリンクは生きていた。それだけが心がまだ生きている寄りどころだった。
リトルプリンセス。七代目魔王、来水美樹ちゃん。最も親近感がある魔王だ。私もそのようなものだった。ただ、ボーイフレンドの健太郎君がいないだけ。ぽかぽかして、心が暖かくなるような二人だ。ヒラミレモンは私が魔王の時には間に合わなかった。どうかこの二人は結ばれて欲しい。幸せになって欲しい。そう思わずにはいられなかった。
だが、台無しにする男が現れる。この男はガルティア、ケッセルリンクを殺したらしい。許せない。
「美樹ちゃんのボーイフレンドの名前は?」
「ランスくんでしょ? 決まってるじゃない」
(ちっがーーーーーーーーう! 健太郎くん! 思い出してーーーーーーーー!)
「あなた、どなた? 前に会ったこと、ありますか?」
「…………美樹ちゃん?」
(あなたのボーイフレンド! 八年間一緒に冒険して来たでしょ!?)
記憶操作によって魔王を寝取ろうとする最悪の男、ランスだ。彼は瞬く間に恋人という盗んだ立場を利用して、これまで手をつけられなかったプラトニックな二人の関係を壊しに行く。
「俺達、今日結ばれよう」
「ふ、ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
(よろしくない! お願いだから目を覚まして! もう魔王に覚醒していいから!!!)
私には何も出来ない。こんな魔王も恐れぬ寝取りを目の前、自分視点でやられるとは信じられなかった。健太郎君に申し訳が立たない。止められない寝取り劇はノンストップ、リアルタイムで感触と身体だけは忠実に教えてくれる。
好きな人に身体を捧げられる胸の高鳴り。初々しいやりとりと痛み。
本来処女が味わうべき甘い行為が行われていた。
ジルが全部アブノーマルなのを考えると、実質私にとっての初体験と言っていい。
「私、魔王なのに……ランス君にあげられたんだ……すっごい痛いけど、とっても幸せ……」
「そーかそーか、俺もとーっても嬉しいぞー!」
(ごめんね……健太郎君……)
美樹ちゃんだからこそ、親近感があるからこそ、罪悪感と心にざわめきが立つ。
この人は気づいていないだろうが、私ともやっている。何より私が自覚している。魂で捧げてしまっている。初体験を貫かれるという体験。魔王人生で初だ。
(しかもこのランスって人……めちゃくちゃ上手いよぉっ……!)
既に美樹ちゃんは甘い声を上げている。私も翻弄されている。的確に弱いところを責めてくる。魂には性的な経験値があるが、むしろ辛い体験ばかりなので……まともに愛されているという、魔王にはなかった体験と共に心が追い詰められていた。
「頑張ったなー、美樹ちゃん」
「もう駄目、ばたんきゅー……」
(はぁっ、この人はホント無茶苦茶……もう……)
何回戦かわからない交わりの後、ランスはくしゃくしゃと美樹ちゃんの頭を撫でる。私も撫でられた感触がして落ち着く。
全てが終わった後、何故か心のどこかで憎めなくなっていた。
美樹ちゃんは騙されただけだけど、私はどこかでやられていたのかもしれない。
その後も何度か美樹ちゃんは抱かれた。必然、私もまとめて愛された。心が暖かくなる交わりってあるんだなぁと……今更分かった。
私にとっての暖かい時間は終わりを告げた。美樹ちゃんを攫う魔物が表れて、連れ去っていった。連れ去られた先は、ヒラミレモンの詰まった処刑場。私より小さかったリスの魔人は少しづつ大きくなり……今では見上げるような魔人になっている。そして私と美樹ちゃんを殴り、潰し、犯す。
「自分の体を見てみやがれよ。体中俺様に犯されて、きったねー体だ。愛しい愛しい恋人も見捨てるだろうな」
「ぅ……ぁ……」
(…………こんなものよね。魔王って……)
嬲られる経験はなかったが、嬲る経験はいくらでもあった。少なくとも、私はこれを受けるだけの罪は重ねてきた。この凌辱こそ私に相応しいのだ。やる側より、やられる側なだけまだ楽だ。
(次の魔王はケイブリス、か……でも私の代では最弱の魔人だったのに、頑張ったのね)
代を重ねるごとに、少しづつ力をつけて来たのだろう。その飽くなき向上心が報われたっていい。美樹ちゃんを巻き込むぐらいだったら、ガイはケイブリスに血を与えるべきだった。今はただ、この可哀想な女の子が死ななきゃいけないのが悲しい。
(この子も、私も……もって数日かな……)
もう、魔王としてもかなりまずい状態だ。鈍い痛みすら薄らいで、この体の限界が近い事を教えてくれる。
「美樹ちゃん! 目を覚まして!」
「ラン、ス、くん……?」
「がははは、そうそう。君の王子様が助けに来たぞー!」
(…………私の、王子様……?)
健太郎君とランスが助けに来てくれた。美樹ちゃんは洗脳が取れかけてるのだろうか、ランスに抱き抱えれてる事に違和感を覚えている。
……でも、私は何故か心が暖かくなっていた。駄目なのに。こんな暖かい事に慣れても辛いだけなのに。
この後ケイブリスは打倒され、ランス城に戻った後美樹ちゃんは限界を迎える。魔王として覚醒するしかない時が来ていた。私が最も見たくない瞬間が訪れようとしていた。
健太郎君が美樹ちゃんを殺す。そして魔王となる。どんなものでも、魔王問題は解決しない。ただ別の魔王が生まれるだけだ。そして私が共にいるだけ。
そんなところで乱入者が現れた。
「俺様の恋人を殺すなんてとんでもないことをしようとしおって」
そう言ったランスは、自分を継承対象に指定して魔王になってしまった。少なくとも、健太郎と美樹ちゃんの二人は魔王と魔人の立場から解放されて幸せになれた。
(…………おめでとう)
この子達は幸せになって欲しかった。辛い思いもたくさんしてきたけど、自分と一緒にいてこれ以上のハッピーエンドは知らない。だが、それは新たな悲劇の始まりでしかない。私と共にいるのは、ランス。
ランス。八代目魔王。一言で言うならエロ。エロの塊だ。エロい事しか考えてない。外から見てちょっと心が動いたけど速攻で幻滅した。ただ、歴代魔王で一番正気だ。信じられない。
精神力だけで完全に魔王の破壊衝動も、覚醒時の衝動も抑え込んだのだから。魔王の血に対する精神力は私の知る限りでは最強だ。
「がははははははは!」
(……………はぁ)
今も笑いながら、攫った女の子をレイプしている。良い人間ではないのは確かだが、魔王のやる行動としては優しすぎる。あっさり逃がしてるのだから。
個人的に困った事としては、四六時中やってる。男の感覚ばかりで恥ずかしいけど、本当に好きなんだなと、楽しそうに笑い声をあげていた。ガイは義務感でしかやってなかった。
でも、覚醒時の衝動なんて精神力だけではいつかは限界が来る。だんだん精神に変調を来して、人を襲うようになっていった。このまま少しづつ魔王となるのだろう。抵抗しているから、ナイチサのように自分の存在を亡くしてしまう。この人が消えてなくなっていくのを見るのは、とてもつらかった。
「おとーさん! 目を覚まして―――――――!」
頬を叩かれる感触があった。小さなカラーの少女が頬をはたいていた。確かに痛いが、それよりも効果が劇的だった。ランスは人格を取り戻していた。娘の愛が父を止める。孤児院で聞いた話を今頃見せられている。
ランスが魔王になってから十年が経ち、私の中でこの人がどういう魔王か固まった。この人は最も羨ましい魔王だ。
私と同じ天蓋孤独の身だったらしい。でも子供はいて、たくさんの人に慕われて、魔人からも愛されている。魔王としてよりも、ランスの方が好きな魔人だらけだ。魔王様と慕う魔人達は、閨の中ではほとんどがランスの名を囁く。少しでも留めておきたいから。
ランスが魔王になっても見捨てられない、放っておけない人達がたくさんいて、身を投げうって止めようとしている。こんな魔王は、絶対にいない。
「おとーさん、おとーさん……戻ってきて……」
ビンタを成功させたリセットちゃんが泣きながら父の胸にすがりついている。あれだけ魔王らしく地獄を作っても大好きなんだろう。奇跡は二度起きた。ただただ、羨ましい。暖かい。魔王ってこんなものだったっけ?
分かり切っている結末でも、その優しさによって止めてくれる世界。そして楽しそうに笑っている魔王。永遠の魔王を暖かさで責める日々は、辛い幾千年のギャップもあって効いた。
「俺は、お前が好きなんだ。初めて会った時から……ずっと、ずっと好きだったんだ」
二度あることは三度目がある。ああ、私もこんな輪を作れたら良かったなあ。こういう家族が欲しかったなあ。同じ魔王で、幸せを祈ってどうしてこんなに違うんだろう。羨ましい、羨ましい、羨ましい。……それでも、結末は変わらないのだろう。魔王の血は残酷だから。
「もしかしたらある日魔王でなくなるかもしれんぞ。がははははははは!」
それはない。昔、魔王を辞める方法を調べた事はある。私だって辞めたかった。
多くのものは時間と手間をかければ可能だとは思った。上級ドラゴンの干し肝、魔血魂十五個、六級神以上の封印玉、コイル、鉄パイプ、セロテープのセット、人間の心臓、魔物の心臓、星剣サターンと星剣マーズ。四つ刃のクローバー、170年前のワイン、三月十五日生まれの三つ子……
これらは、魔王が目的をもって時間をかければ不可能ではない。でも最後の一つは無理だ。
一級神の魂。魔王より強いどころか、戦う事すら無理な存在をどうすればいいのか。逆にあっちは一方的に私をこんな状態に出来る。不可能だ。だからランスも私も詰んでいる。最後には辛い未来しか残らない。
「怪獣退治だ! これで終わりだクエルプラン! 魔王あたたたーーーーー!」
物思いに耽ってる内に、なにかを倒す流れになっていたらしい。何か大きな怪獣めいたものにランスは突撃して――私達は吸い込まれた。中には粘膜じみたものがあり、魔王でも離せない絶対的な力がある。
「だーーーー! 全然出れんぞこれ! なんか囮になる力がないと駄目か! ……お、そうだ」
そう言ってランスは魔王の血を、つまり私を吐き出した。
(…………は?)
「がはははは! こんな力欲しけりゃくれてやるわ!」
「知らん……知らんぞ儂は。こんな化け物が魔王になったら世界は終わるぞ……」
粘膜は力の強い方に集中して集まる。一転して力の塊である魔王の血は雁字搦めになり、ランスは自由の身になった。久しぶりにランスの顔を見れた。思わず見とれるような、素敵な笑顔だ。
「じゃーな。魔王の血とやら! 何度も何度も乗っ取りやがって、もう貴様はいらんわ!」
魔剣カオスを一閃、ランスはクエルプランの体内から逃げ出した。
(ちょっ……ちょっ……これどうなるの!? 大体これ何? クエルプラン……?)
一級神クエルプラン、名前だけは聞いた事がある。もしかして、これが一級神?胎内から、魔王の血を受け入れるべく色々なものが集まってくる。
コイル、鉄パイプ、セロテープから始まり、魔王を辞める条件のためのものが周囲を巡っていく。魔血魂までどこかから飛んできた。
(あれは星剣マーズ……もしかして、全部揃ってる!? 偶然、たまたま!?)
万が一、億が一の話どころじゃない。どんな奇跡が重なればこうなるのか。しかしもう儀式は発動している。最早疑いようがない。
「魔王を辞める条件が揃ってるんだ……喋れた!?」
私の魂は魔王魔血魂から解放されていた。一級神は魔王になれないから背反し合って『初期化』が起こる。初期化の過程で私の魂は余分なものだ。元のまっさらな状態になるために排出された。解放された私の魂は力強く、どこかへ引っ張られようとしている。
私は翔竜山、ランスのところから離れていく。恐らくはルドラサウムのところに還るのだろう。三千年以上前の魂だ。地獄に向かっているのかな。何はともあれ、ほぼ永劫の苦役から解放された。ならばあの暖かい家庭にせめてもの礼を言わねばならない。
「…………最後にいいものを見せてくれて、ありがとう」
この二十年あまりは、三千年を耐えた私のご褒美だったのかもしれない。あの神ではない神に感謝しつつ――――目を閉じた。
そして、魔王スラルは目を覚ました。三千年もの間、開かれなかった瞼は開かれ、彼女は棺の蓋を見る。
「……………………」
理解が出来ない。言葉にならない。ただ十分寝たから起きたというように、普通に意識が覚醒して目を開けてしまった。床の感触があり、体の感触がある。
ゆっくりと体を動かす。棺を開けると、自分の寝室だった。完全なる闇も見据える目は、自身の服装があの時と全く変わらない事を教えてくれる。
棺を出て、身体を動かしたり魔法を使ってみようとしてみた。魔王の時の圧倒的な力は無いものの、魔王として強化された素の肉体性能は変わらない。魔力もそこまで衰えていない。
「全盛期を100とするならば、今は5だけど……それでも……」
スラルは魔王として、魔王の肉体を保って復活していた。魂の属性も魔王な為、この世界で二人目の永遠の魔王である。
「どうやって……丈夫な魔王の肉体としても、三千年よ!? 魂無き肉体はとっくに風化するはず……」
周囲を精査する。やたらめったらに魔法の痕跡があった。現在進行形で働いている。
防腐の魔法を自分の家全てにかけられている。周囲は凍らせられて棺のように閉じ込められている。それでいながらここの室温を保つためにそれまた魔法、呪術、マジックアイテム。
一つ一つは大したものではない。ただそれでも莫大な量の魔法によってスラルの肉体を保存するという意思が、執念があった。
「…………永久保護魔法。寿命死を避けられる魔法まで。死んでるの見てからかけたってこと?」
この建築物自体に成長時間が止まる魔法がかけられていた。
対象は勿論、一番強烈な限定効果にする為に「魔王 一名」、スラル名指しみたいなものだろう。もうこの魔法の構築者はおのずと知れた。
「…………ケッセルリンク、そういうの似合わないでしょ。泥臭いもの」
主を失った騎士の未練か、妄執か。スラルの肉体は三千年もの時を耐えて保存されていた。
隠れ家を出ると、まず見えたのはテーブルと椅子。そして注がれている酒。グラスも当時から変わらない。ここまで固定化させていたのか。
「気障、気障、気障おじさん……」
あの時はこっちが飲めなかった。今回もやっぱり飲む相手がいない。飲むべき人は死んでいるから。
「……違う。死んでいるだけよ」
魔王の目に赤が灯った。昔に比べてスラル本来の翡翠の色合いが増しているが、だからこそ力強い。
「万が一、億が一、どんな細い可能性でも二人を復活させる。私が復活する事に比べたら全然簡単でしょう」
二人はランスが殺したらしい。それでも魔血魂を破壊する術はほとんどない。二人とも魔王によって消されていなかった。全員見ているからわかる。先ほど初期化するための魔血魂も全部違った。つまり、どこかに二人の魔血魂があるはず。
グラスに注がれていた四千年モノとなったワインを少しだけ飲む。残りは皆がそろってから。これは自分に誓う為のお酒だ。
三千年前女神に言われて、自分の中でも否定していた願いを口にする。
「私もランスのような幸せな魔王になってみせる。私達の未来に幸あれ」
テーブルに座るのはスラルだけ。静かで一人ぼっちの宣言だが、いずれ4人に、あるいはもっと多くの人が座る食卓へと続く道だった。
スラルはこれからも臆病で慎重な魔王だ。だけど歩くのは止めないだろう。
RA15年7月後半、魔王スラルは復活した。
彼女はcityの冒険者ギルドに依頼をした。あれから翔竜山がどうなったか気にしている。
その依頼を受けたのはバーバラという冒険者。翔竜山で勇者となる、バーバラという冒険者の物語へと繋がっていく。
女神alice
1級神、魔王すら一方的にボコれる。レベルダウン、原子分解、即死、蘇生、時間凍結も思うがまま。
吐き気を催す邪悪とは彼女のことだ。自由都市2を見ればわかるが越権してでも世の中の混乱が楽しいらしい。メインプレイヤーを決めるのはローペン・パーンだろう?
彼女は職務に忠実な神なのではなく、楽しいからウキウキでやっているのだ。適材適所だが、それはつまり性根が腐っている。
ナイチサ
参考ですが、作成魔人が魔王ランス期の魔人と似通うし、天寿を全うしたし魔王の血に屈した可哀想な魔王だったのかなーと思いました。
魔物スーツ兵はパイアールの図鑑欄にあるPAという予想。あれだけ異様にオーバーテクノロジーですし、統一性を持たせた神造物はローペン・パーンの構想に合致しないかなと。
というわけで、自分なりの魔王スラル復活説です。
そもそもとして、『無敵結界が未完成で消滅』という理論が正しいならスラル期までの魔人勢もまとめて道連れでもおかしくないでしょう。プランナーはスラル以外の全謁見者に永遠の命を与えるので、消滅のような単純なやり方するかなぁ?と思いました。彼はもっと悪辣な叶え方をしがちです。
ルド世界ではシィルのように、魂と肉体が保存されていれば復活できます。ランス6における魔女アノキアは風化していましたが、肉体があれば復活したのでしょう。
ガルティア食券C、使徒魔導が使えた玄武城のような永久保護魔法、ランス10の防腐魔法、初期化された魔王魔血魂、魔王の血によって吸収されたスラル、以上の組み合わせになります。
「魔王を犯す為に生まれた」ランス様がスラルだけ無理だった? ましてや生きてる内に会いたかった子に会えないなんて。彼は主人公ですからきっと会えるはずです。