Fate/Last・Master Order 作:野菜戦艦トマト
「立香君が……見つかった!?」
回線からの連絡に、ダ・ヴィンチは思わず立ち上がった。冷静さを保ちながらも、喜色が浮かぶのを抑えきれない。
『ええ、狼王ロボの住処で保護されていました』
「……! そうか、ヘシアン・ロボが……そうか」
報告に、ダ・ヴィンチは納得した。かの狼なら、確かにマスターが外で一人で歩いていたら捕まえておくだろう。なぜ職員たちに何もせず解放したのかは不明だが、そこは幸運に感謝するしかない。
「ヘシアン・ロボは追いかけてくる様子はないかな?」
『問題ありませんでした。我々が立香君を運び出すまでずっと住処に寝転がっていましたし、カルデアまで追いかけられた様子もありません』
「それは朗報だな。立香君の様子はどうだい?」
『……正直、よくありません。詳しくは医療班からの報告待ちですが、外傷は数え切れません。腕は単純骨折ですが、場合によってはろっ骨も何本か。
それに、長く外にいたためか仮死状態……重篤な低体温症も見受けられます。……本音を言えば、凍傷が無かったことすら奇跡です、それこそ医療班の言葉をそのまま伝えるなら、よく生きていた、と』
「そう、か……」
ダ・ヴィンチは複雑な表情を浮かべる。恐らく、いくつもの特異点をめぐり、厳しい環境にさらされ続け、鍛えられた彼だからこそだろう。仮死状態に陥ったのも、低体温症の症状に加え、彼の無意識に『生きたい』と思う心――生存本能が、あえて負担の少ない仮死状態を選択させたのだ。
いくつもの状況が重なった、奇跡の生還。まさにそうとしか言えない状況だったのだ。
「よし、彼の治療を全カルデア業務から最優先事項に挙げてくれ。あるだけ治癒のスクロールを使ってもいい。必要ならキャスターサーヴァントにも要請を。彼を……死なせないでくれ」
『分かりました、医療班に伝えます』
回線を切ると、糸が切れたようにダ・ヴィンチは椅子に倒れこんだ。
「……ハハ、どうしようかね。君に対して謝りたいことがたくさんあったのに……ただ生きていたことだけでこんなに嬉しいよ」
背もたれに寄りかかり、天を見上げる。目から熱いものが流れるのに身を任せ、万能の天才は、今はただ彼が生きていたという事実を噛み締めていた。
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「先輩が……!」
食堂は、女性サーヴァントたちでごった返していた。立香が運び込まれていたと連絡を受けたメディカルルームの前にたむろっていたのを、職員たちに追い立てられていった結果でもあるのだが。
「はい。治療に当たっているサンソン氏によれば、峠を越えた、というわけでもなく、現在治療中ではありますが、『生きている』と」
「よかった……本当に……」
ナイチンゲールの報告に、たまらず嗚咽を漏らすマシュ。彼女の背中をそっとなでるマリーも、涙を流しながら喜んでいた。
「そりゃ、オレのマスターだしな……。へへ……」
「貴方、目が赤いわよ?」
「え、えうりゅあれも、めがあかい。うれしい?」
腫れた目を隠すように鼻をこする笑顔のモードレッドを茶化すエウリュアレ。だが、アステリオスに突っ込まれ、むっとした表情になった。
「落ち着いたなら、こちらを手伝ってくれ。ろくにものも食べられないほど憔悴しきった顔でマスターの前に出るつもりかね? 君たちは」
厨房から顔を出した赤い弓兵――エミヤが、呆れた声で大きなトレーを取り出し、食堂の中央のテーブルに置いた。トレーの上には、湯気の立つ人数分のコップと大皿のサンドイッチが乗せられていた。
「とりあえず、スープやドリンクから少しずつ胃に入れたまえ。サーヴァントとはいえ、ほとんど絶食状態だったんだ。いきなり固形物を入れたら不味い」
早速サンドイッチにがっついてむせているモードレッドを横目でチベットスナギツネしつつ、エミヤはコップをマシュに差し出した。
砂糖と牛乳が入った、エミヤ特製ミルクココアだ。湯気の立つそれを受け取り、啜った。
「……おいしい、です」
不思議と少ししょっぱくなったココアを、マシュは啜り続けた。
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立香が運び込まれて、今日で一週間。厨房の番人を自称するエミヤは悩んでいた。
食事がまずい、というわけではないだろう。もし食事の質が落ちようものなら、彼の腕にすっかり舌を調教されたモードレッドが、そのことに食ってかかって来ないはずがない。
理由は単純、女性陣の様子である。恐ろしく元気がないのだ。立香が運び込まれた時の喜びっぷりが、今ではすっかりしぼんでしまっていた。
手術が成功しても、いまだに立香の目が覚めていない……というだけではないというのが、浮名を流し、女難の相を持つ彼の勘でもあった。
何より、幾人かの女性サーヴァントたちが食堂を利用しなくなった、というのも気にかかっていた。そして。
――カシャンッ!
「あっ……!」
洗い場で、自分の横に立つ
「……大丈夫かね、ブーディカ」
「ああ、うん、平気。ごめんね、またあたし、お皿……」
落とした皿を取り上げるブーディカ。その目には、色濃い隈が浮かんでいる。ろくに眠れていないのは明白だった。
「今日は上がりたまえ。片付けは私がやっておく。その様子だとロクに寝ていないんだろう?」
「……うん、そうさせてもらうね、ありがとう」
食器を置くと、ブーディカは手を拭いて去っていく。彼女の置いた皿に割れやヒビがないかを確認していたエミヤは、だから聞きそびれた。
「……眠れないんだ。寝ちゃうと、
ブーディカの呟きを。
自室の窓辺で、電気もつけずにフランシス・ドレイクは酒を煽っていた。喉を焼くほどの強烈な酒精だが、今は何本飲んでも酔える気がしない。
そうやって煽っているうちに、手持ちの瓶の酒が尽きた。そんな彼女のもとへ、誰かが訪れた。
「あーらら、話に聞く以上に、随分とひどい様子ですな」
天下の大海賊の名が泣くぞ。とばかりに扉際に寄りかかっているヘクトールが、にやけ顔で言う。
「……珍しいさね、アンタがくるなんて。あたしはてっきりティーチがくるのかと思ったよ」
「あのおっさんなら来ませんよ。『拙者、今のBBA見たら何するかわからんですぞ!』なんて吠えてたんで」
へたくそな声真似をしながら、自分の頭で銃を撃つマネをして見せる。だが、ドレイクの反応がないのにため息をついて、手に持っていた
結構な速度で投げたそれを、それでも見もせずにキャッチするあたり流石英霊といったところだろうか。
「……酒?」
「あのおっさんからのプレゼントだそーで、まあオジサンはそれ持って行ってって頼まれただけなんでね」
そんじゃ、酒はほどほどに養生してくれよー。酒を投げたというのに節酒しろとヘクトールは手を振り、扉を閉めて去っていった。
コルクを抜き、一口煽った。
「これって……!」
覚えのある味だった。
『ドレイク船長っていつもお酒飲んでるね』
『おっ、なんだいマスター? あんたもヤッてみるかい?』
『おい、一応未成年に酒を進めるな!』
『一応って、俺だって酒ぐらい……ぶっ!? ゲホゲホ! ゲホッゴホッ』
『ああほらいわんこっちゃない! 水だ水!』
『なにごれっ! のど、チョーあっづい! よくこんなの飲めるね二人とも!?』
『デュフフwwwwマスター殿にはちょっと早かったようですぞwwww』
『あっはっは、その様子だとマスターと酒酌み交わすのはもう少し先になりそうだね!』
ぽろりと、ドレイクの目から涙がこぼれる。
「酔いに浸ってないで正気に戻れ……ってか。ったく……」
稀代の海賊は、酒瓶を抱え、声を押し殺して泣いた。
「マリーが?」
メディカルルームに常駐していたサンソンは、心底会いたくない男と相対していた。眉を逆ハの字に全力で顰めていたが、話を聞き始めるだに、その眉の角度が幾分か怪訝で和らぐ
「ああ、どうにもうまく眠れていないようでね」
「……彼女の心労を慰めるのも、
腕が錆びたかと嫌味全開で本名を口にするが、本人はそれすらも言葉もないね、と笑顔で流してしまう。
「……うなされるんだ」
「なに?」
モーツァルトの一言に、サンソンが引っかかる。
「マリアが、さ。どうも眠りの浅い時にうなされているみたいなんだ」
「……よくわかるな、お前」
「知っての通り、耳はいいからね」
トントン、と耳を叩いて見せる。この男は変態で下ネタ大好きなろくでなしではあるが、音楽とそれに紐づけられた才能について
「夢の内容は教えてくれなかったけど、大体の予想はつく」
「……
「まず間違いないね」
マリー・アントワネット。フランス革命の折、断頭台の露と消えた悲劇の王妃。だが、彼女は決してそれを後悔したことも、民を恨んだこともない。
初めこそ政略結婚ではあったが、彼女の『
処刑に至るまでの道はどうあれ、彼女は
だが、今回は。自らのあずかり知らぬところで自分の身体を動かされ、自らの大切なものを、自らの手で傷つけるように動かさせられた。
それは、あのフランス革命以上の衝撃だっただろう。わけもわからぬまま、自らが、自らの大切なものを壊そうとした感触だけは残っているのだ。
優しい彼女は、そのことに心を痛め、苦しんでいる。
アサシンでありながら、処刑人として深い苦悩を持つあのサンソンですら、マジチンという男に拷問という拷問を加え、その首を斬り落としてやりたくなるほどには。
「……音楽神に選ばれた人間としては慙愧に堪えないけどね、僕一人じゃ限界なのさ」
「……分かった、けれど僕にできることはそう多くはない」
モーツァルトの弱音に、サンソンはそういうと、薬が保管してある棚を開いた。二つの薬包を取り出すと、紙袋に包んで渡す。
「パラケルススが調合した薬草……確かカンポーといったか―これを処方しておく。こっちが精神安定、こっちが睡眠導入だ。無味無臭だから寝る前に温かいミルクにでも混ぜて飲ませてくれ」
夢は眠りが浅い時にしか見ない。悪夢を見るから眠りが浅い。ならば、最初から夢を見ないほど深い眠りにつかせてしまえばいい。対処療法ではあるが、少しはましになるだろうというのがサンソンの評だった。
「……君がマリアのためとはいえ、僕に素直に協力してくれるとは思わなかったよ」
「だ、れがお前のためだ! 僕はマリーのためっ……!?」
モーツァルトの言葉に、サンソンは真っ赤になって叫びかけ、内容に更に真っ赤になって沈黙する。その様子に、こんな時でも素直になれないんだなとモーツァルトは苦笑した。
「ところでこれ、チョコに包んだりしないのかい?」
「……寝る前にピストルの射撃音はいらないだろう」
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動きがあったのは、その日の夜だった。
「……あ」
唐突に、全く唐突といっていいほどに、立香が目を覚ましたのだ。ぎしぎしと軋む首を回して横を見れば、カルテを取り落とし、わなわなと震える看護スタッフが見える。
「……は、班長! ミスター・サンソンも! 立香君が! 立香君が目を!!」
カルテを放置して飛び出していくスタッフを横目で見送ると、立香はベッドの中で身体を動かしてみる。
あれほどに体中を蝕んでいた、痛みも、違和感もどこにもなかった。折れた腕はきちんと曲がる、引きずっていた足も、ちゃんと動く。
もぞもぞと、体を動かしていると、右手の甲に浮かぶ令呪が目に入った。
赤く輝く、3画の紋様。彼がマスターである、確かな証だった。
「……ああ、俺はまだ、
照明で透かすように、掌を掲げる。その青い瞳には、何の光も宿ってはいなかった。
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マスターが目を覚ました。その一報は、稲妻のようにカルデア中を駆け巡った。
歓喜の雄たけびを上げるスタッフたちを尻目に、女性サーヴァントたちの顔色は優れなかった。
彼女たちは、あの日以来夢を見ていた。かつて自分が行ったことをなぞる悪夢。マスターをいたぶる自分の姿を延々と再生されるのだ。必然、ベッドに入る時間が減っていた。
自分たちは、捨てられるだろう――。諦観にも似た恐怖が、女性たちの心の中を占めていた。
立香が目を覚ましたのに合わせて、ダ・ヴィンチによる職員たちや男性サーヴァントへの状況の詳しい説明が行われた。
彼らの反応は、意外にも同情的だった。とはいえ考えてみれば当然で、1年間共に戦ってくれば例え交流が少なかろうとどういう人となりかは見えてくる。洗脳時の立香に対する扱いも、ほぼマジチンのせいということもあり、立香本人の意見を待つ、といった空気になっていた。
一通りの検査を受けた立香が、サーヴァントたちが集められた食堂にやってくる。扉を開けた瞬間、女性サーヴァントたちのまるで死刑を待つかの様子にびくっとなるが、少し緊張した様子で全員を見渡せる位置に立つ
「えっと……なんて言ったらいいか……。とりあえず、さっき、職員の人から説明を受けたんだ」
誰も、何も答えない。奇妙な緊張感が、食堂に立ち込める。
「……ごめん。皆がそんな時に、守ってあげられなくて」
立香は、深々と頭を下げた。いきなり頭を下げた立香に、全員があっけにとられる。
「せん……ぱい……?」
「それに、俺は悔しい」
ぎゅっと、こぶしを握り締める。
「皆をそんな目に合わせたやつがいるってのが、悔しくてしょうがないんだ」
「ま、待ってください先輩!」
思わずマシュが声を上げる。立香の言葉は、自分たちにとって
「どうしたの、マシュ?」
「あの、その……お。怒って……ないんですか? だって、私たち、先輩に……!」
おずおずと聞くマシュに、立香の表情が曇る。
「……正直言うとさ、怒るっていうか……悲しかった、かな?」
「悲し、かった……?」
「ほら、俺って強いサーヴァント召喚できてないから、さ」
あ、もちろんみんなが弱いってわけじゃないよ!と両手を振る。
「……でもさ、英雄王ギルガメッシュとか、征服王イスカンダルとか、それこそモーさんの父上である騎士王アルトリア・ペンドラゴンとか。山の翁に、巌窟王。諸葛亮孔明に、マーリン。そういう有名な人がいなくて、魔術師としても凡人で、皆にすごい負担駆けてるのかなって……」
本音を言えば、皆にそんなこと言われるのもちょっとしょうがないかなって、思っちゃったんだ。立香は少し、寂しげに笑った。
「……マスター……」
「だから、なのかな。『皆のマスター』取られてもしょうがないのかなってちょっと思っちゃったんだ」
「んなことねーよ、バカ!」
オレが剣を捧げたのはお前だけだ! モードレッドの声に賛同する女性サーヴァントたちに、立香は戸惑いながらも、笑顔を浮かべて見せる。
「……ありがとう。だから、さ。皆も気にしないで、ね」
もう一度、始めようよ。立香はそういって、手を伸ばした。
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「……龍馬、おまんはどう思っちょる?」
会合が終わって、食堂に残っていた以蔵が、ポツリとこぼした。
「どう……って?」
「リョーマ、このクソ雑魚ナメクジは臍曲りだからマスターの言うことを素直に受け取れないだけだぞ」
「阿呆か」
お竜の挑発に、以蔵は吐き捨てる。だが、その言葉尻に、普段の挑発に噛みつくような獰猛さはない。
「……本音を言えば、
「……おまんもそう思っちょったか」
帽子で目元を隠しながら答える龍馬に、以蔵は頷いた。
「まず自分が反省して見せる。気勢を削いだ所で、今回の原因へ言及。自分を下げて退路をとりつつ、彼女たちのフォローも忘れない。そして、全員の罪の意識を他所へ逸らさせる」
完璧で、お手本ともいうべき対応だ。帽子の下で、普段の笑みを消した龍馬の目が以蔵を見据えた。
「……あいつ、笑顔で隠しとったがな。ちくっと見えた。……
普段は餓鬼んようキラキラしちょる目が、まるで凪いだ水たまりじゃった。以蔵が返した。人斬りである自分を気に入った、変な子供。だが、あの目は。
「あんガキがしてええ目じゃ、ないきに。龍馬、おまん、あいつ見ときぃや」
……わしゃあ、あいつの敵を切ることしか出来んきに。以蔵は言い残して去っていった。
「……リョーマ?」
「お竜さん……僕らが考えたのは、最悪の予想だ。もし、僕らの予想が外れていれば、それはとてもいいことだ」
けれど、当たっているなら、それは。龍馬は、嫌な考えを飲み込むかのように、持っていたコップを干した。
次回からえっちぃのに入りたいです。
・チラシの裏
立香君のカルデアには強い英霊がいません。星5自体が片手で数えられるぐらい、ひでえことに星1・2とかでも未召喚で空きがあったりします。
その代わり大量に星5礼装が手に入ります。運が全部そっちに吸われてる状態。
6章以降は石をおやつ代わりに噛み砕いてクリアしたような状態です。リアル縛りプレイ。