いちゃラブ?
艦娘視点。
初風さんだす。
「本当に憐れよね~?そんな汚ならしい顔をして…。無様にも程があるわ…」
「ハハッ…」
「気持ち悪いから笑わないでくれる?その笑顔を見てると吐き気を催すわ」
「…すまない」
あーあ、朝から本当についてないわね。
まさか提督と…あんな気持ち悪い男と鉢合わせになるなんて夢にも思わないじゃない?
夢にも出てこられたら、尚更気分悪いけど…。
いや、あんな男のいる鎮守府に配属になったことが、そもそもついてないわ。
「はぁ…あんたさえ居なければねぇ?」
わざとらしく、聞こえるように言ってやったけど、あの男は困ったように笑うだけで、文句の一つも言えやしない。
はぁ、気持ち悪いだけじゃなくて、情けないとか…救えないわね。
ま、反論したところで私に敵うわけないんだけど…。
「今日も気を付けてな」
相変わらずその言葉だけは言うのね…。本当うざい。
「喋るな」
私は吐き捨てるようにそう言うと、奴に背を向けた。
「あぁ…気を付けてな」
そんな言葉を背に受け、私はその場を後にした。
☆
「初風~、今日も調子良さそうね」
「そう?」
共に出撃している娘がそんなことを言う。
私としては、そんなつもり全くないんだけど…むしろアイツと会って具合悪いくらいなんだけどね…。
「…さーて戦乙女の初風がいるし、さっさと片付けて鎮守府に帰るとしますか」
「ほーんと!早く帰って寝たいわ」
「…全く、あんた達は!」
…とは言え、内心嬉しいものだ。
そんなことを言ってもらえると、頑張りたくなるというもの。だがそれを悟られるのは恥ずかしいので、私は海上を力強く蹴ると、彼女たちより先行する。
だからきっと見られていないはずだ…。
私の溢れんばかりの笑顔を…。
☆
私のことを少し自己紹介させてもらうわね?
私は陽炎型駆逐艦、初風。
ラッキーセブンとか信じてるわけじゃないけど、七番艦であることは、何か因果があるのかしらね。
私は生まれてからいろいろな面で恵まれていたと思う。
私が言うのもなんだけど、自分の顔は昔から定評があって、いつも褒められてきた。お陰で、人間たちが読む雑誌の読者モデルっていうのもやらせてもらってる。
それに誉れ高き陽炎型の艦娘だからだろうか…。
私はその機動力を活かして、多くの戦場を駆け抜けてきた。そしていつからか私は、戦乙女と皆から呼ばれるようになった…。
私の周りにはいつも誰かがいて、常に好意的な視線が向けられていた。
…ま、当然よね?
「初風は駆逐艦の誉れだよ」
「初風ちゃーん!今日も輝いてるねー!撮り甲斐があるよー!!」
そんな言葉―――似たような言葉が私の頭上を飛び交う毎日。はぁ、聞き飽きたわね。
でも妙高姉さんが言うことは別だ。
「…初風、貴方は本当に素敵な艦娘ですね」
思わず込み上げてくるものがある。
胸がいっぱいになって、顔が熱い。
「この調子で皆さんのお手本になって下さいね?」
たった一度だったけど。
そんな言葉を頂けたのは、私の生涯の誇りだろう。
……あ。
そう言えば、一つあったわ。
私の人生に於いて、唯一の汚点。
…それは、あのキモ男のいる鎮守府に配属されたことだろう。
「初風、初心忘れるべからずだ。常に警戒を怠らないように。そして必ず生きて帰ってくるんだぞ」
私が配属されて早々に、奴から言われたのはそんな言葉だった。
…はあ?
言われなくても分かってるけど?
私が戦乙女と呼ばれていることを、奴は知らなかったようだ。元々所属していた鎮守府ではないし、配属されたばかりということもあるのだろうけど…。とは言え、私の呼称は海を越え、知らぬ者がいないとばかり思っていた。
「そんなことアンタに言われるまでもないわ」
…確か、そんな言葉を奴に返したと思う。
でもそれからというもの、奴は私と会う度にそんな言葉を掛けてきた。
…なに、嫌がらせ?
あ、ふーん。分かったわ。
そして私は気が付いた。
きっとコイツは私の才能に嫉妬してるんだ。そして嫌味を言っているんだ。
はぁ、凡人の嫉妬は見苦しいものね。
それを察して以来、私は奴を敵と認識した。
他人を貶めることでしか、自分を高めることも、保つこともでさえも出来ない下衆。
私は奴をそう見なした。
☆
「ふぅ、粗方片付いたわね」
水面で炎上する物体を横目に、そんなことを呟く。
そしてとりあえず、作戦が成功したことを悟った私は、味方の娘に帰投の合図を送る。
それを境に、艦隊は進路を変えて母港へと向かう。
元々最前線にいた私は、艦隊の最後尾に位置していた。なので後は、帰路を辿る艦隊の尻に付いていくだけなのだけど。
…私は不意に声を掛けられた。
「戦乙女は伊達じゃないね~!」
「あら、まだ作戦は終わってないわよ?」
「へーき!へーき!大丈夫でしょ!」
…呆れた。
いくら私がいるからって…安心しすぎじゃない?
だけど…。
まぁ…そう言う私も、鎮守府へ帰るまで少々暇だったこともあり、軽くその艦娘と談笑しながら航路を進んでいた。
―――そしてその時は唐突に訪れた。
それは他愛もない話をしていた時だ。
私と話していた彼女が悪ふざけのつもりなのだろうか…帰りの進路から大きく外れるような行動をとったのだ。
当然、私は注意喚起をしようとした―――
だけどそれよりも早く。
黒い塊が不気味な音を轟かせて、上空から急降下していく姿が私の目に映った。そしてその直下には彼女の姿。
―――気付いたら…私は駆け出していた。
そして…。
私は白い光に包まれた。
☆
あの日は私にとって忘れられない日になった。
「無事でよかったよ!初風!」
「初風ちゃん!良かったあ」
霞んだ視界の中で、何者かが私の名前を呼んでいる。
そして次第に私のぼんやりとした脳がはっきりしてくると、私は自分が敵の爆弾にやられたことを思い出した。
だがこうして生きられているということは、やはり私が生まれもって恵まれていることを証明している。
―――嘘だ。
嘘、全部嘘ッ!
私は恵まれていない。恵まれているはずはない。
だって!!!
だって――――――私の顔は……!!!
…大破した私はすぐさま入渠施設へ運ばれたらしい。
そしてもう少し対応が遅れていれば、落命する可能性も十分にあったようだ。
…私はそっちの方が良かったのに。
結果から言おう…私の体は元通り回復した。
一部を除いて。
―――鏡を見るのが恐い。
私は恐る恐る包帯が巻かれた自分の顔を触ってみた。
包帯の上からでも分かる、ゴワゴワとした感触。
そして触ったところに走る激しい痛みに、顔をしかめようとするのだが、上手く顔が動かせない。
まるで自分の顔じゃないみたい。
目元から零れ落ちた涙が包帯に染みる。
でもこれで終わりじゃなかった。
顔の包帯が取れて、震える手で手鏡を持った時…私は絶望した。
爛れた皮膚―――大きな火傷痕が鏡の中に映っている。
これは誰?
こんなに醜い顔をしているのは、誰?
―――私だ。
醜い。
醜い醜い醜い!!!
あぁ…なんで。
なんで私はあの時死ねなかったのだろう。
本当に私はツイてない…。
☆
負傷した艦娘が収容される施設、その一室で。
私は物思いに耽っていた。
明石さんによれば、一刻を争う時だったので、顔よりもまず体の修復が急がれたそうだ。そしてそのタイムラグが結果的に、この醜い顔を生み出すことになってしまった。
「…何よ。笑いにきたの?」
私は伏せていた顔をあえて上げて、奴の顔を見つめた。
奴は…何を思ったんだろう。
ただ静かに私の顔を見つめていた。
無性にそれが腹ただしかった。
「…笑いなさいよ?笑いなさいよッ!どうせアンタも笑いにきたんでしょ!?お見舞いを名目に、私を笑いにきたんでしょ!?もう沢山ッ!!憐れんだ目で私を看るなッ!!私を見るなぁッ!!」
手のひら返しはもううんざりだった。
奴が見舞いに来るまで、私は何度もそれを味わった。
「初風ちゃ~ん、この度はなんと言うか…そのお気の毒にね?…それでこんな時になんなのだけど…読者モデルの契約は打ち切らせて―――」
「初風、その…なんと声を掛けたらいいのか…」
皆、私の元を離れていく。
何事もなかったように離れていく。
気付いたら私は叫んでいた。
声が張り裂けそうなくらい、叫んでいた。
そして頬を伝う涙が、ポタポタとシーツに落ちては吸い込まれていく。
「俺は笑わない」
そんな言葉が私の耳元すぐのところで聞こえた気がしたが、私は泣き叫ぶことにいっぱいいっぱいだった。
ただ一つだけ…震える体が力強い何かに包まれる感触だけは分かった。
☆
「…落ち着いたか?」
「…うん」
優しく背中を撫でられながら、私は奴の言葉に頷いた。
奴は真っ直ぐな視線を私に向けてくる。だから私は俯いた。
そして黙って、奴の言葉に耳を傾けた。
だがその言葉を聞いた瞬間、私は驚きの声をあげてしまった。同時に、思わず顔を上げる。
奴は真剣な眼差しで、でもちょっと笑みを浮かべて…今、自分が言った言葉に私がどんな反応をするか様子を伺っているようだった。
だから私は奴を押し退けて、思い付く限りの罵詈雑言を奴にぶつけた。
…でも。
彼は…。
☆
とある昼下がり。
食堂のテーブルに置かれた雑誌を、私はパラパラと捲っている。そしてとあるページで捲るのを止めた。
じっーとそのページを見つめる。
すると不意に後ろから声を掛けられた。
「お、初風!何見てんの?」
「…え?あぁ、これは」
「あー!これ最新刊じゃん!…しかも自分が写ってるページをガン見とか…うわぁ、私たちに対する嫌みですかぁ?」
「ち、違うわよ!!」
私がそう言うと、その娘は笑いながら、食堂にひしめく黒山に消えていった。
…はぁ。
私は雑誌を閉じると、それをラックに戻して食堂を後にした。
…にわかには信じられないことだ。
「妖精さんなら君の顔を治せるかもしれない…」
私は彼の言葉を反芻する。
そして歩きながら、自分の顔に触れてみる。
柔らかな肌触り。
そして同時に思い出す。
思い出すのは妖精さんの言葉。
「カオハナオセルヨ。ダケド―――」
「ソノカワリノダイショウハチャントモラウヨ?」
足が止まる。
たどり着いたのは重厚な扉の前。
そこには銀のプレートが掲げられ、「執務室」と文字が記されている。
この先にはきっと――――――
私は扉をノックすると、返事を待たずしてそれを開け、部屋へと入る。
中にいた者は少し驚いた顔をしていた。でも私がいつものように手を差し出すと、その者は肩を竦め、その顔に笑みを浮かべた。
そして私は、伸ばした手で彼の顔を触る。
ゴワゴワとした感触。私の顔のとは全然違う肌触り。
でも…。
「ようやく包帯が取れたんだ」
そう言ってニコッと笑う彼に、私は顔を近付ける。
―――私は知った。
やっぱり私は間違っていなかったらしい。
私は生まれながらに恵まれている。
突然私が顔を近付けたものだから、彼も戸惑ってしまったようだ。
「初―――」
彼は私の名を呼ぶことは出来なかった。
だって私が彼の唇を奪ったのだから。
―――もう一度言う。
私は生まれながらに恵まれている。
だって――――――
大切な人に会えたのだから。
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