2コマ堕ち的ハーレムエロす in ガルパン 作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
まほ&アンチョビ、隊長という立場から戦車道を想う?
ゆだった頭を冷やすぞ、と言い出したアンチョビに連れられて。俊一たち『ローマの休日』ツアーの一行は、次の目的地でもある大きな広場へとやって来た。
そこはローマのスパーニャ広場を模して造られたところ。
目的は、映画と同じようにジェラートを食べることだ。
「映画の公開当時は知らないが、ローマのスパーニャ広場は今では飲食禁止になっているらしい。その点では、我がアンツィオ高校の方が本家より優れていると言っていいだろう」
気を取り直したアンチョビが、母校の良さを猛アピールする。ローマには行ったことがない俊一たちでも、目の前に映画で見たような階段と建物が広がっているのはなかなか壮観だ。学生だけではなく観光客もたくさんで、広場全体が賑わっている。
「アンツィオは食事が美味い。ジェラートだってもちろん美味いぞ!」
アンチョビはそう豪語しながら、広場に出ている露店をぐるりと見回す。目当ての店を見つけたのか、露店のひとつへと俊一たちを連れていく。大きめの手押し車にクーラーが詰まれている、ジェラートを扱う店だ。
「おぉ」
露店とはいっても、品揃えはかなり豊かだ。フレーバーの種類が多く、色とりどりで目移りしてしまうほど。俊一は思わず声を漏らしてしまう。
そんな一行に、店員らしき学生が声を掛けてくる。
「あれ、アンチョビじゃん。どうしたの?」
「他校の友人たちを案内しているんだ。美味しいのを頼むぞ」
「何言ってんの。ウチのジェラートに美味しくないのなんて、ないよ?」
「もちろん、分かってるとも」
顔見知りらしい店員と軽口を叩きつつ、杏、まほ、俊一にジェラートを薦めるアンチョビ。
それぞれ好みのものを選び、口にするや否や。
「あ、すっごく美味しい」
「ほう。これは」
「なんだこれ、濃厚なのにくどくないというか。超うめぇ」
3人は揃って絶賛。
店員は喜びの声を上げ、アンチョビも我がことのように笑顔を見せた。
「いいね。美味しいっていう素直な反応が嬉しいね」
「せっかくアンツィオに来ているんだからな。少しでも美味しいものを食べてもらいたいじゃないか。逆にどこのを食べさせるか、悩ましいくらいだぞ」
「なんだか気合入ってるね、アンチョビ」
得意満面の顔をしているアンチョビに、店員がいぶかしむ。世話焼きで、明るくノリがいい性格は知っているが、なにやら普段より割増しで張り切っているように見えた。
だがそれも、アンチョビが連れてきた顔ぶれを見て合点がいったようで。
人の悪い、からかうような、さも楽しそうな笑みを浮かべる。
「あぁ、なるほど。彼氏がわざわざ来てくれたのか」
「なっ、何を言ってるんだ!」
「それならアンチョビが張り切るのも無理ないよねぇ」
「違う、違うぞ、大瀬良は彼氏とかそういうんじゃ」
「ふぅん、大瀬良君っていうんだぁ。さすがドゥーチェと呼ばれるだけあって、なかなか隅に置けないっすねぇ」
「だから違うと言ってるだろ!そもそも大瀬良は一緒にいる、西住の彼氏だ!」
「あ、横恋慕? あたしはそういうの、否定しないよ。がんばんなアンチョビ。平気平気、アンタいい女だから、振り向かせることできるって」
「だーかーらーっ!」
普段からつき合いのある気さくさからだろうか。顔を真っ赤にさせたアンチョビと、ニヤついた顔をしたジェラート屋の店員とで、そんなやり取りがあった。
俊一たちはジェラートに夢中で、彼らの耳には届いていない。アンチョビにとっては幸いだったと言えるだろう。
「まったく、何を言い出すんだ……」
「アンチョビさん、どうかしました? なんだか顔、赤くなってますけど」
「なんでもない!」
「というか、なんでぐぬぬ顔なの?」
「なんだ、ぐぬぬ顔って」
「大瀬良くぅん。チョビ子はねぇー。さっきのジェラート屋の店員さんとぉー」
「聞いてたのか角谷! というかその語尾を伸ばす言い方はやめろ! うざいぞ!」
「えぇー。だってさぁー」
「確かにうざいぞ、会長」
「どうしたんですか本当に」
「なんでもないって言ってるだろー!」
なんてやり取りをしながら。俊一たちは賑やかに広場の階段を上る。程よいところで、『ローマの休日』のオードリーよろしく座り込んだ。
「アンツィオ高校の食のレベルの高さはなんなの? ひょっとして調理師専門学校なの?」
「確かに、そう言われても納得しちゃいそうだね」
誰に言うでもなく、美味しいものを口にした喜びからつい言葉が漏れてしまった俊一。杏も、彼の言葉に思わず同意してしまう。彼女も嬉しそうに、チョコのマーブル模様が入ったジェラートを美味しそうに舐めている。
アンチョビはふたりの反応に満足しながら、手にしたラズベリー味のものを味わう。
そんな中で、まほは静かにしている。シンプルなバニラ味を舐めながら、賑わうスパーニャ広場を静かに見つめていた。
「どうした、西住。今度は何が気になった?」
彼女の隣に座りながら、アンチョビが話し掛ける。
つい先ほどまで、映画『ローマの休日』の内容に沿うように靴屋や美容室に引き寄せられていたのだ。ここでも映画と同じようにジェラートを食べている。何か反応を示すかと思ったのだが。
「広場でジェラートを食べながら、アン王女はどんな気持ちでいたんだろうな」
「映画の話か?」
「そうだ」
返ってきたのは、変わらぬクールな声。先ほどまではそれでもどこか明るい声音だったが、今の彼女は真面目な雰囲気を醸し出している。
「初めて映画を観た時、少し自分と重ねていたんだ」
「女だったら、恋愛ものに自分を重ねるのは普通のことじゃないか?」
恋愛小説好きなアンチョビも、作品に没頭して自己投影することがある。恋人のいるまほなら、俊一を想定してあれこれ想像するくらいは当たり前のように思えた。実際、傍から見て一目瞭然なほどのバカップルぶりを見せているのだから。
けれど。まほが思い巡らしていたことは、アンチョビが考えていたものとは少々違っていた。
「王女はここで、自分が帯びている役割について、思いを馳せていたんじゃないだろうか」
「役割?」
「そう。王女という、自分の役割についてだ」
映画の中で、王女は自分が必要とされている世界から抜け出した。それは今の環境が嫌になって、窓の外にあるローマの人たちの賑やかさがうらやましくなったからだ。
でも彼女は、ひと晩経ってきちんと帰ろうとしている。それは自分の立場と、自身の重要性を理解していたから。仕方がないから、返らざるを得なかったからだ。
それでも、帰る道中で寄り道をしていたのはなぜか。それは今まで知らなかった世界を目の当たりにして、もう少しだけ、王女じゃない自分でいたいと思っていたからじゃないか。
「スパーニャ広場で記者と再会して、王女は自分が求めているものを肯定された」
「ジョーという相手がいて、その時だけは望んだ自分でいられた?」
「だと思う。多くの人が求めている王女の姿ではなく、自身のありたい姿を表に出して、初めてそれを許されたんだ。私はあの広場のシーンをそう捉えた」
まほの話を聞きながら、アンチョビは頭の中で映画のシーンを思い浮かべる。
なるほど、と彼女はうなずいた。
「一緒に過ごす時間が楽しければ楽しいほど、ラストが切なくなるな」
「彼女は自分から、王女という"あるべき姿"に戻っていったわけだからな」
自立に目覚めていく女性を描いたラブストーリーとして、とても感動させられる。最後は自らの意思で王女という役割に戻った。だからこそ、無言で交わす視線と、言葉の裏側にある想いに、ときめかずにいられない。
まほとアンチョビは手を取り合って共感を新たにした。
それはさておき。
「去年の大会の決勝戦。何があったかは知っているか?」
「あぁ。私もその試合は観ていた」
「あの時の私は、黒森峰の隊長、西住流の後継という役割に囚われていたんだと思う」
まほはジェラートを舐めながら、約半年前の自分を思い返すように、少し遠い目をする。
あの全国大会決勝。黒森峰戦車道チームの副隊長である妹・みほが、川に落ちた戦車の仲間を助けるために、自らの戦車を離れた。フラッグ車である彼女の車輛はその間に撃破される。黒森峰は準優勝に終わり、10連覇の偉業を逃すことになった。
今でこそ、まほは胸を張って「妹の行動は間違っていない」と言える。だが当時は、10連覇の懸かったチームの隊長という重責、西住流の後継者という肩書が、敗れる切っ掛けとなった妹をかばうことを躊躇させた。
誰よりも傷ついているだろう妹を労わるのは、家族でもある自分の役目のはず。けれど、まほは家族としてではなく、戦車道チームの隊長として、妹に接してしまう。
姉としての気持ちを持て余しているうちに、みほは、俊一と出会い、心の傷を癒していた。
そしてまほも、彼と出会ったことで、自分がまず何を大切にすべきなのかに気づかされている。
「俊一がいなかったら、私は今でも素直になれずに、みほを苦しめていたと思う」
「隊長としてふさわしくあろう、期待に応えようと思っていたからこそ、か」
その後は、みほのようなチームメイトが生まれないように、有事の際の対処法を含む、チームの意識改革を進めようとする。だがそれは、常勝を続けてきた黒森峰の「伝統」という価値観を突き崩すには至らなかった。
「これまでうまくいっていたことを、一度の失敗で改める必要はない。おそらくはそう考えたんだろう」
「まぁ、それも分からないでもないけどな」
「アンチョビは、アンツィオ高校のチームを立派に立て直して、新旧刷新に成功しているじゃないか。それに比べて私は、力が及ばず挫折して、チームからも流派からも扱いに困るような人間になってしまった」
「私と西住じゃあ、環境が違う。比べるのはどうなんだ?」
いささか自虐を含んだ言葉に、アンチョビは待ったを掛ける。
言っていることも言いたいことも分かるが、そもそも比べることがおかしいと。
「私は人のいない、同好会レベルだったチームを盛り立てただけだ。強豪チームを意識から変えようとしたお前とじゃあ、私なんて比べ物にならないぞ」
「……そうだろうか」
「そうだ。やろうとしていたことが全然違うぞ」
アンチョビは力説し、意気消沈したようにも見えるまほを励ます。
それからふたりは、戦車道チームの隊長として何をしてきたか、何を形にしようとしたかを言葉にし合う。
方向性は違っても、責任ある立場に立つ人間として共通する思いはたくさんある。まほにとっても、アンチョビにとっても、互いに隊長という立場から考えていること、思うところを理解し合える会話はかなり有意義なものだった。
「私が大洗にいるのは、あくまで一時的なものだ。どんな扱いになるかは分からないが、いずれは黒森峰に戻ることになる」
まほは、改めて言う。
黒森峰を離れている自分を、『ローマの休日』の王女に重ねていたと。
「私も、俊一に会ったことで、黒森峰の隊長じゃない、役割から外れた自分自身を見つめることが出来た。今の私は、妹を大切に思い、好きになった男と一緒にいられることに喜びを感じている。こんな自分は、半年前には想像もできなかった」
役割に囚われて、やりたいと思ったことが出来ずにいた。そんな時に、出会った男性が自分に素直になるきっかけをくれた。
まほは、隊長という役割の外にあった「妹を擁護しなければ」という望みを叶えた。叶えた望みを抱えたまま、自分の役割に戻ろうとしたのだが。想像しない反発を受けることになってしまった。
「ひょっとすると、隊長という役割から外れた私は、黒森峰にはもう居場所がないのかもしれない。けれど、みほに手を差し伸べなければと思ったことは間違いじゃなかったと言える。それに」
今の自分も、悪くないと思っているんだ。
そう言って、まほは、はにかむように笑う。
アンチョビには、お堅い印象のあった黒森峰の隊長が、とても可愛らしく見えた。
「役割、か」
ジェラートを舐めながら、アンチョビはひとりごちる。
チームは違えど、同じ隊長としての心がけや考え、悩みなどは彼女にも理解できる。だが、去年の全国大会決勝で何があったかを知っていても、名門・黒森峰の隊長がこんなに思い悩んでいたとは、想像もしていなかった。
反面、果たして自分はどうだろうか。
アンチョビは、隊長としてアンツィオ高校戦車道チームを率いてきた。これまでにやって来たことを頭の中で振り返ってみる。
中学生の頃、戦車道での活動を認められてアンツィオ高校にスカウトされた。それから今まで、人も戦車も予算も少ない中を、どうにかチームとして動かせるようにと奮闘してきた。その甲斐あって、入学当時は片手で数える程度だったメンバーが少しずつ増え、活動の頻度も上がり、2年生になった時には20人を超える数に。チームとして作戦行動を取れるほどに練度を上げてみせ、大会に出ることもできた。
総じて、やりがいもあったし、楽しかったと言える。
けれど、辛いことや苦しいことがなかったわけじゃない。
入学当時のアンツィオ高校は、戦車道の経験者がほぼ皆無だった。そのため、チームの運営に、人材の育成に、対外への折衝に、予算の配分にと、必要なやるべきことのほとんどをアンチョビがこなしていた。その苦労たるや半端なものじゃない。
彼女自身、基本的に楽観主義な性格だ。ノリと勢いを大切にするために、ネガティブな面は深刻に捉え過ぎないところがある。
だからこそと言おうか。一度ネガティブな方向にはまってしまうと、それに沈んでしまうことがあった。
そうなると、戦車道チームを動かす隊長という立場や役割上、誰かに頼ることもできない。どうにか自力で、気持ちや気分が盛り上がるようにしたものだった。
とにかくアンチョビは、誰かに頼ることもあまり出来ず、できることとは何でも自分自身でこなそうとしてきた。
「そういう意味じゃ、私も隊長という役割に囚われているのかもなぁ」
まほの話を聞き、彼女は自分自身に当てはめてみると、そう思えてしまう。
4月からアンチョビは3年生、最上級生になる。言うまでもなく、現役最後の年だ。程よいところで、後輩へすべてを引き継がなければならない。
果たして後輩たちは、戦車道を続けていってくれるだろうか。
自分のやって来たことが、戦車道の楽しさが、伝わっているだろうか。
アンチョビは不安になる。
それよりも前に、新しい1年生たちがどれだけ戦車道に興味を持ってくれるか、という悩みもある。チームに新人が入ってこないことには、想いを引き継ぐも何もなくなってしまうのだから。
新学期早々、アンチョビには隊長としてやるべきこと、考えるべきことが山盛りだった。そのために少々、精神的な疲れも感じていた。友人である杏の来訪はいい息抜きになって助かった、と思うくらいに。
事実、久しぶりに会った友人との会話は息抜きになった。戦車道を始めるという初心者にあれこれ教えることで、自身でもその楽しさを再確認することもできた。
その上、黒森峰の隊長と友人になるというサプライズもあった。小説と映画という違いはあれど、ラブロマンスを好むという意外な共通点が知れたのも、アンチョビにしてみれば喜ばしい。
そして。まったく畑違いの人物、しかも異性から、これまで自分がやって来たことを褒められ、肯定されるという稀有な体験をした。
アンチョビは、異性との交遊経験が意外と少ない。
中学時代は戦車道に没頭していて、自然と周囲は女子ばかりになっていた。
そこから進学した先は女子校で、同年代の異性などもちろんいない。家族や肉親を別にすれば、それこそ年単位で、異性と接する機会がなかったことになる。
いくらか境遇の似た、新しい友人に目を向けると。
「ほら、俊一。シンプルなバニラでも美味しいぞ」
「ん。やっぱり基本がしっかりしているからこそ、他の味でも美味しさが引き立つのかな。じゃあはい、おすそ分け。ストロベリーの酸っぱ過ぎないけど、濃い味がすごくいいよ」
「これもいいな。果肉の感触が、アイスに絡んで……」
「あの値段でやっていけるのかな。もう少し高くてもいいような気がする」
「確かに、お得感はとても高いな」
「これだけお店があるんだから、ひとつくらい大洗に出店してくれないかなぁ……」
「俊一、それはちょっとピントが外れているんじゃないか?」
恋人と、互いのジェラートを食べさせ合っている。
いわゆる「あーん」というやつだ。
杏はその横で我関せずを貫いている。少し辟易しているように見えるのはご愛嬌といったところか。アンチョビは自然と、笑みがこぼれてきた。
視線を外して、彼女は自問してみる。
自分も、王女のように役割から解放されたいと思っているんだろうか。
正直なところ、分からない。
アンツィオ高校の戦車道チームを再興させるために、彼女はあれこれ奔走してきた。辛いことや苦しいこともあったが、総じて「楽しかった」という感情で占められている。隊長という役割の外にある楽しみ、というのは、それこそ恋愛小説を読むことくらいしかなかった。
「いや、恋愛小説がガス抜きになっていたのか?」
ということは、自分でも知らないうちに恋愛や色恋への思いを募らせていたのかもしれない。
背後でイチャついている、まほと俊一にまた目を向ける。お堅いイメージのある黒森峰というチームの隊長が、今、目の前で人目もはばからずにバカップルぶりを見せている。
俊一と楽しそうにしている彼女に、アンチョビはうらやましいと思ってしまう。
「うらやましい?」
自然と出てきた感情に、思わず驚いた。
アンチョビにとって、俊一は久しぶりに出会った同年代の異性だった。
最初は、友人の友人、という程度の認識。
話しがしやすくて、ノリもいい。
女性を持ち上げて、褒めることに照れがない。
かといって、女性に追従してヘラヘラしているというわけでもなさそうだ。
口説き落とそうというような、がっつく気配も見られない。
第一印象は悪くない。むしろいいくらいだ。
友人である杏が言う通り、難点は複数の恋人がいることくらいか。
それも当人たちは気にせず受け入れているというのだからすごい。
ならば、部外者がどうこう言うこともないだろう。
当人が納得しているなら、まぁそれもいいんじゃないかと思う。
むしろ、同じ男を好きになった者同士でつるむのも楽しそうだ。
まほと、ひょっとすると杏も。
恋人を挟んで交流が広がっていくわけだ。
ロマンチックではないかもしれないが、それはそれで……。
「あれ?」
アンチョビは、はたと気づく。
なぜ自分が、俊一とくっつく前提で考えを巡らせているのかと。
「いやいや、どうしてそうなる」
とんだ妄想だと切り捨てようとするアンチョビ。けれど顔は真っ赤になっている。
ぶんぶんと頭を振って思考を追い出そうとするも、想像は離れていかない。大きくまとめられたツインテールがパシパシと顔を叩くだけ。けれど、今の彼女は内心で慌てふためき、それを気にする余裕もなくなっていた。
一度頭に浮かんでしまった想像は止まらない。
つい先ほどまで見ていた、まほと俊一のイチャイチャぶり。彼の相手がアンチョビに差し代わって、自分が俊一とイチャつく内容になって脳内で再生される。
俊一と、ジェラートを「あーん」し合うアンチョビ。
俊一に、優しくエスコートされるアンチョビ。
俊一から、プレゼントを渡されて笑顔になるアンチョビ。
俊一に、抱きしめられるアンチョビ。
俊一に、耳元で想いを囁かれるアンチョビ。
俊一に、頬を撫でられるアンチョビ。
俊一に、正面から見つめられるアンチョビ。
俊一に、至近距離まで顔を近づけられるアンチョビ。
俊一の求めに、目をつむって応えようとするアンチョビ……。
「アンチョビさん、どうしたの?」
「うわぁっ!」
息が掛かるほどの距離に、俊一の顔が。
アンチョビは思わず声を上げる。
一瞬、妄想と現実の区別がつかなくなってしまった。手にしていたジェラートを落としてしまうほど驚いて、跳び退るように立ち上がった。
「あ、アンチョビさん!」
「え?」
勢いが突き過ぎて、腰掛けていた段差から足を踏み外してしまう。
バランスを崩し、階段から落ちそうになるアンチョビ。
身体の中身が浮くような感覚に襲われて、落ちる、と目をつむったが。
「……あれ?」
彼女の身体はその場に留まった。
アンチョビの腰に、意外とたくましい男の腕が回されて。
ジェラートを落としてしまった手は、思いの外大きい男の手に包まれる。
階段の下へと落ちかけたアンチョビを、間一髪、俊一が手を伸ばして支えていた。
「よかった。間に合った」
「お、おお、大瀬良!」
「あ、どこか打ったとか捻ったとか、あります?」
「いや。その、平気だぞ」
「それは良かった」
安心したように、柔らかく笑みを浮かべる俊一。
抱き合うような至近距離で、邪気のない笑顔を見てしまったアンチョビは。
経験したことがないほどの、胸のときめきを感じていた。
「チョビ子、見たことがないくらい顔が真っ赤になってる」
「まぁ、無理もあるまい」
すぐ側にいた杏とまほの声が聞こえないほどに。
とはいえ無理もないだろう。恋愛小説など、ロマンチックなものを好むアンチョビが、まるで物語の中で見たようなシチュエーションに逢っているのだ。
腰を抱き支えられ、手を取られて引き寄せられる。ラブロマンス映画くらいでしかお目に掛かれない、女性に迫るようなポーズ。まさか自分がそんなものを体験してしまうとは。アンチョビの乙女な心がこの上なく高まっていく。
「あの、な、大瀬良。その……」
「ん? ……あぁ、ごめんなさい。いきなり触っちゃって」
どぎまぎしながら言葉を絞り出すアンチョビを見て、俊一は彼女が恥ずかしがっていると感じ。助けるためとはいえ、腰に手を回してしまったことを謝る。
アンチョビの身体を少し引き寄せて、体勢を整えてから、彼は手を放した。
「あっ」
「すいませんでした。緊急事態ってことで、大目に見てもらえると……」
「いやっ、謝ることはないぞ。むしろもっと抱いていてくれても」
「え?」
「あ」
「アンチョビさん、本当に?」
「今のはなしだ! とにかくっ。ありがとう。助かった。うん、ありがとう」
「あー、うん。どういたしまして」
真っ赤になりながら、すごい勢いで頭を下げて礼を言うアンチョビ。見るだけで照れ隠しと分かる彼女の態度に、俊一は「まさかなぁ」という思いに駆られる。
自意識過剰ではなく、もし「そう」だというのなら。
ものすごく嬉しい。
アンチョビのような女の人に好かれるなんて光栄だ。
でもまさか。
いやこの反応はやっぱり。
そんなことを考えているうちに、俊一の頭も少し茹だってきた。
クールダウン、クールダウンだ。
自分をそんな風に言い聞かせて、手にしたストロベリー味のジェラートに舌を這わせる。アンチョビの手を取った際にも、絶妙な指の回し方で落とさずに済んだ。奇跡と言っても過言ではないだろう。
「あ、でも。アンチョビさんのジェラート、落ちちゃいましたね」
「ん、あ、あぁ、まぁ、うん、仕方ないだろ。残念だが」
「じゃあ、オレが新しいの買ってきますよ」
「え。おいっ、大瀬良っ」
俊一は、自分の食べていたジェラートをアンチョビに手渡して。そのまま広場の階段を降りていった。
残されたアンチョビの手には、彼の食べ掛けのジェラート。戻ってくるまで持っていてくれ、ということなのだろう。どうしたものかと彼女はしばし戸惑う。
そこに。
「アンチョビ。俊一が食べていたジェラート、口にしたらどうだ」
まほの、小さな声。
それは悪魔のような囁き。
何を言われたのかが頭を通り。それが何を意味するかを理解して。
アンチョビの顔がさらに赤くなっていく。
「そっ、それだと間接、キ、キッ」
「ジェラート、溶けるぞ?」
まほの指摘と同時に、少し溶けたジェラートの雫が、アンチョビの手に垂れる。このまま放っておけば、彼女の手はベタベタになってしまう。
「もったいないだろう」
「た、確かにそうだが。でもなっ」
「じゃあ私がもらうぞ?」
「いや待て!」
咄嗟に出てきた拒否の言葉。
はっ、と。
悔しそうな、恥ずかしそうな顔をするアンチョビ。
まほは変わらず、マイペースでクールな表情。本気なのかからかっているのか判断しづらい。
けれどその後ろにいる杏は、意地悪くニヤけている。からかうつもりなのが丸分かりだ。
アンチョビはさらに羞恥を煽られる。
「このままじゃ、手が汚れてしまうからなっ」
「そうだな。仕方ないだろう」
「もったいないしな。うん、仕方ないなっ」
もにゅもにゅと口を動かし。
真っ赤な顔のまま、思いつめたような難しい顔をしてから。
意を決して、アンチョビは、舌を伸ばす。
ふるふると舌を震わせて、ストロベリー味のジェラートを舐めた。
それはもう恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして。
「チョビ子ぉー。美味しいー?」
「仕方ない、仕方ないんだ!」
「いやぁー。私は美味しいかどうか、聞いただけなんだけどぉー?」
「角谷、お前……」
ニヤつきながら、力いっぱい友人をからかう杏。
弄られるアンチョビはものすごく悔しそうだ。
けれど開き直ったのか。アンチョビは溶けかけたジェラートの表面をまんべんなく舐め始めた。おそらく彼が舐めたであろう場所をまんべんなく、舌先でこそぎ取っていく。
「チョビ子、大胆だねぇ」
「なんだ、会長も舐めたかったのか?」
突然、まほの矛先が杏へと向けられた。
まさか自分に振られるとは思っていなかったのか、杏は少し表情を引きつらせる。
「会長もまんざらではなさそうだからな。もし渡されたのが会長だったら……」
「いやいや、何言ってんの西住さん。妙な気を回さなくていいから」
「つまり自分でアタックするということか。なるほど。応援するぞ?」
「どうしてそういう話になるのさ。そもそも恋人の西住さんが応援するって」
「お待たせー」
「うわっ! びっくりした」
アンチョビ、杏、まほの3人がやいのやいのしている間に、俊一が戻ってきた。手にはアンチョビが落としてしまったものと同じ、ラズベリー味のジェラートがある。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
笑顔で差し出されたそれを受け取るアンチョビ。
俊一が自分のためにこれを、と。
彼女はまた違った方向から、胸の内をキュンキュンさせている。
そして、修一は交換するように、あずけていたジェラートを受け取る。
「あっ」
「ん? どうかしましたか」
「いやいやいや。なんでもないぞ、うん」
アンチョビの様子を少し怪訝に思いながらも。美味しそうにストロベリー味のジェラートを舐め上げた。
もちろん、彼はそのジェラートを巡って何があったかは知らない。
「……っ!」
この瞬間、アンチョビの羞恥がMAXにまで高まる。
恥ずかしかったりなんだったりといろいろあったが。
彼女は今日一番の恥ずかしさに襲われた。
「うぉぉ……。なんだ、この感覚は」
ゾクゾクするものが、アンチョビの背筋を走る。
それは彼女が経験したことのないもので。
思わず身悶えてしまうほどに強烈だった。
「あの。本当に平気ですか?」
「平気だぞ! 気遣いはありがたいが気にするな!」
「はぁ。それならいいですけど」
「チョビ子ぉー。素直になりなよー」
「俊一、実はな」
「言うな西住ぃーっ!」
生徒はもちろん、観光客もたくさんいる、アンツィオ高校のスパーニャ広場。
そこに、アンチョビの焦りと羞恥にまみれた叫びがこだました。
―続く―
真面目とラブコメ、この格差よ。
槇村です。御機嫌如何。
「ジェラートで間接キス」の、アワアワするドゥーチェが書きたかっただけなのに。
なぜか1万字まで膨らんでしまった。
一人称だとそのシーンが書けないから、わざわざ三人称にした。
そのおかげで難儀したといっても過言ではない。
アンツィオ編、次で最後です。
最後になるはずです。(はず?)