※Pixivとマルチ投稿
『モモンガを愛している。』
「うわ、恥ずかしい」
こんな美女が取引先で社長の秘書として立っていて、営業に来た俺にこっそり微笑みかけてくれたのをきっかけに……などと桃色の妄想をしながらモモンガは苦笑いする。
これまで仕事以外はすべてユグドラシルに捧げてきたが、これからは別の何かを見つけなければならない。モモンガは、そろそろ真面目に恋人を、と今後の自分──鈴木悟の人生について考え始めていた。
そんなときに、まるで自分の好みを見透かされたような等身大の美女が立っているのだから、多少の不埒な妄想も致し方なしだ。そう、致し方ないのだ。
もとの設定──『ちなみにビッチである。』のままでは、せっかくつき合い始めたのに実は裏で他の男とよろしくやっていて自分は陰で笑われていた、なんて自虐妄想になだれ込んでしまう。どうせなら円満な妄想を楽しみたい。
モモンガは、妙な満足感と泡沫の羞恥心を宿しながら玉座にもたれかかり、天井を仰ぐ。
見渡す天井から垂れる大きな四一の旗に指を向けながら、一生忘れられない、忘れたくない仲間たちの名前を挙げ、最後にため息を吐いた。
感慨に浸りながらゆっくり視線を下げた先、玉座の横で跪く、先ほど設定の一部を自分好みに弄ってしまった女性NPC──アルベドの胸の谷間に目を奪われ、思わず咽喉を鳴らしてしまう。
仲間が思い思いに創造したNPC以外はここには誰もいない。
どうせ数秒後にはすべてが終わるのだからと悪戯心が囃し立てる。
「アルベドを作ったタブラさんには悪いけど……いや、いっそ開き直って感謝すべきかな」
玉座を離れ、握りしめたスタッフを地に突きながら、アルベドに前に立ち腰を下ろす。
「注目」と、小さくコマンドを送ると、跪いたままのアルベドの顔がモモンガの眼窩に揺らめく炎を見つめるように動いた。
崩壊する悪の居城で、すべてを失い孤独になった魔王と、主を密かに恋い慕っていた幹部の女悪魔が、最後の最期で結ばれる。なんてエンディングも悪くないだろう。
本来ならアカウント停止ものの不貞な行為だが、サービス終了間際の今ならもはや関係ない。
彼女の手に握られているのは
「本当……馬鹿だよなぁ」
そっと骸骨の前歯を──モモンガ自身は唇のつもりで──アルベドの唇に近づけ、目をつむる。
0:00:00
良い香りと柔らかい感触が伝わってくる。
「む……」
うっすら目を開けると、こめかみに山羊のような角を生やした黒髪の女悪魔が、間近で目をとろりとさせ、頬を紅潮させている。
視界の端に移る景色は玉座の間ではなく、満月に蒼白く照らし出されてなんとも幻想的な夜の森。
耳に聞こえてくるのは目の前にいる女悪魔のほのかに荒い呼吸音と、足下から草葉のすれる音や小枝が割れる音、小川のせせらぎ、鳥の鳴き声、小動物の足音。
あの場にいたはずの執事やメイドは見当たらず、二人だけの空間といってもいい。
いつからか眠りこけて夢で続きでも見ているのか。
ならばこれは、ユグドラシルのサービス終了による張り裂けそうな寂寥感と、これから戦わなければならない現実からの逃避が招いた、実在しないキャラクターへの惨めな恋が見せている夢。
そういえば彼女の種族は淫魔──サキュバスだったか。きっと童貞の自分にはさぞかし刺激の強い淫靡な夢を見せてくれるのだろう。後で洗濯が面倒なことになるかもしれないが、まぁいい。
淫魔の甘い吐息と、鎖骨の隙間に流れ落ちるしなやかな黒髪がくすぐったいが、意識は妙に冷静だ。きっと明晰夢というやつだろう。
流れに任せて楽しませてもらおうか。朝を告げる無慈悲なアラームが二人を別つまで──。
「モモンガ様……」
聞いたことのない奇麗な声が吐息交じりに、かつて世界に名を馳せた異形種ギルドの長であった死の支配者の名前を呼ぶ。情感たっぷりな声に性欲よりも好奇心が駆り立てられ、その白い肩に手が伸びる。
「……っ」
淫魔がびくりと身体を震わせる。
いきなりで嫌がられてしまったか? と、後悔しながら自分の手を見る。骨だ。
「も、申し訳ありません、モモンガ様。急に痛みが走って驚いてしまいました」
「ん? ……あー」
叩いたり握ったわけでもないのに痛みを感じる。たどり着く答えはパッシブスキルの効果だ。
「
こちらを敬う淫魔の態度から、上に立つの者のような振る舞いを選択する。
「お気になさらずに、モモンガ様。モモンガ様よりいただけるなら、どんな痛みも快楽へと変わりましょう」
サキュバスって意外とマゾなのかな……などと考えながら
「痛くないか?」
「はい……モモンガ様はお優しいのですね」
淫魔にうっとりと微笑みかけられ、寂しい独り身の男の心が揺さぶられる。
ふと地面の草葉が気になり、肩当てのついたガウンを脱いで床に敷く。
「そんな、モモンガ様のお召し物を土で汚すなど」
「む? こういうのは男の役目じゃないのか?」
「まぁ」
はにかむ淫魔の艶やかな黒い髪を撫で、比類なき美女の顔を覗き込む。
縦に割れた瞳孔が、彼女が人間ではないことを知らせる。その瞳に映るものが禍々しい骸骨の化け物であることも。
見惚れていると、淫魔が目をつむって、唇を突き出してくる。
タコだ。
淑女の姿から予想外の可愛らしい行動も見せてくるのはタブラさんの仕込みか。そういえばあの人もタコだな。
相手は唇へのキスを求めているのだろうが、あえて頬にしてみる。
淫魔はくすぐったそうにきゅっと笑い、今度は眉をひそめて口をへの字に曲げ、上目遣いでこちらを覗いてくる。拗ねる様子に満足したので、次は期待に応えてやる。
唇も舌もないので粘膜を重ね合わせることは適わないが、代わりに前歯をぴとぴとと押し当てたり、相手の柔らかい唇を軽くはんだり擽ったりしてみる。
現実ならこんな真似は到底できない。試行と観察、夢という言い訳が沈着に後押しする。
頬を真っ赤に染め上げた淫魔は熱っぽい息を吐き出し、骸骨に問いかける。
「ここで私は初めてを迎えるのですね?」
「……い、いのか?」
そこで動揺してどうする。
「もちろんです!」
花咲くように淫魔が肯定の笑顔を向け、何度も唾を飲む錯覚を起こしていると、また冷静さが戻ってくる。感情が高ぶると何かに抑圧される現象が気になってはいた。明晰夢だからと思っていたが、どこか不自然なのだ。ひょっとするとこの身体──アンデッドの性質だろうか。冷静さによって得られるメリットもあるが、ポジティブな感情も、愚か者めと言われんばかりに叩き伏せられるのは非常に煩わしい。
今の自分は、無感情なアンデッドの身体に人間の精神がこびりついている状態と推測する。軽微な感情は保たれることから察するに、抑制が働く境界線が存在するらしい。
がっかり賢者にならないためにはどうにかコントロールするしかないと、人間の残滓は固く拳を握った。
肺はないが深呼吸をして、かつてお世話になった女神たちの画像や動画──黒髪巨乳モノが多かった気がする──を頼りに手を這わせる。そこからは淫魔に促されるように手が、指が、身体が、キシキシと導かれていく。
骨しかないすかすかな身体に、柔らかく温かい女体が密着する。淫魔の白魚のような二本の指が橈骨と尺骨の隙間を滑り降り、互いの指と指とを交互に重ね、絡みつくようにしごいてくる。
挿入することばかり考えていたが、ただ抱き合うだけでこんなにも気持ちいいとは──。
じわじわと染み入るような心地よさを堪能していると、淫魔がちゅっと音を立てながらキスをして、もったいぶるように身体を離す。それから妖しい笑みを浮かべ、純白のドレスをたおやかに脱ぎ始める。骸骨の男は思わず目を逸らし、ローブに手根骨をさする。汗はかいてないのだが。
「くふ。モモンガ様、どうぞ私を、私のすべてをご覧ください」
優しい声に促され、恐る恐る目を向ける。
蒼い暗闇の中に差し込む淡い月の光が、その女らしい立体感をさらに際立たせる。大きな黒い翼の落とす影に大事な部分が隠れているのがまたなんとも背徳的で、まるで絵画のような光景だった。
「美しい……」
死者が目の前に降臨する天使を賛美し両の手を広げると、天使は微笑みながら翼をゆっくりと羽ばたかせ、死者の上に舞い降りてくる。だが降りてきたのは天使を装った悪魔。それも男を誘惑し精を奪う淫魔だ。天使は捕食物を据えたような目で舌なめずりしない。
うん、ちょっと怖い。などと慄いていると、淫魔がたわわに実った胸を押し当てながら骸骨の首の後ろに手を回し、本来首筋がある辺りに熱い息を吐きかける。濃厚な女の香りに童貞は眩暈を起こし、まんまと淫魔に組み敷かれてしまう。
淫魔は愛おしげに男の広い胸に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らす。柔らかな頬と硬質な角が胸骨を摩り、肋骨の隙間から滴る髪が筆のように胸椎をくすぐった。
骸骨が唸ると、淫魔は悪戯な笑みを浮かべて、肋骨の脇腹にあたる辺りを上から一本一本丁寧にキスをする。そして最下段にたどり着くとさらに後ずさって、仙骨の縁に舌を這わせた。
人間の残滓は期待を込めて、淫魔の髪を掻き上げながら頭を撫でる。
淫魔がくふっと笑いをこぼし、仙骨から恥骨に向かってちろちろと舐め進む。中央の少し手前で止めると今度は恥骨結合部の下から上へ、タコの口で吸い付きながらじわじわと登っていく。やがて恥骨の頂点へ到達し、唾液が糸引くその口で、ぱくりとくわえた。
「んんっ!」
衝撃のあまり腰が跳ね上がるも、興奮は抑圧される。
くわえられてからさらに、吸ったり舐めたり舌先でつついたり、裏側を指で撫でたりと、まるで失ったはずのものを刺激されているかような錯覚を起こし、混乱する。
そして追い討ちをかけるように恥骨に存在感のある胸を載せると、淫魔はほぅと息を吐き、恥骨と坐骨に囲まれた閉鎖孔へその双胸をあてがい、手で支えながら揉みしだく。胸の敏感な先端を孔の縁にこすりつけて自身も楽しみながら、再び恥骨の先端を口で責め、たっぷり分泌した唾液を纏わせる。
骸骨はどこかへ行きそうな意識を引き止め、片手で自分の顔を押さえる。淫魔は満足したのか上半身を起こしてずいと前進し、骸骨の前歯にキスをする。
骸骨にこびりつく人間の残滓がそれに応えてキスを返し、筋肉の上にほどよく脂肪の乗った淫魔の太ももを撫で上げ、張りの良い大きな尻をパン生地のように捏ねくる。そして男は性を求め、茂みをかき分けた先へ粘液を纏った恥骨を押し当て、緩急をつけながら摩擦する。
「あっ……」
局部を刺激された淫魔が嬌声を漏らす。話し声とは違う鼻にかかるような声に、人間の残滓が食らいつく。求めてやまないものがすぐそこにあるというのに、血も肉も欲もないこのクソったれな骸骨のなんと忌まわしいことか。
情欲と無欲のせめぎ合いにもがく骸骨の頭蓋に、淫魔がねっとりと舌を這わせ、額に、頬に、鼻に、顎に、前歯に、いくつものキスをする。
「くふふ、大丈夫ですモモンガ様。どうぞこの私めにお任せください!」
骸骨に跨がる淫魔が黄金の瞳を妖しく光らせ、くびれた腰をなまめかしく動かし始める。その動きに合わせ、豊満な胸が揺蕩う。眼前で暴れるそれを抑えるように震える骸骨の手が伸びる。
「お、おぉ……」
淫魔のドレイン系のスキルだろうか、生命力でも魔力でもないなにかが全身に漲り、深紅の宝玉が浮かぶ腹の辺りが熱くなるような感覚に見舞われる。
「モモンガ様。今あなた様と私が快感を共有しているのがおわかりいただけますか?」
「耐性はそれなりに揃えているはずなんだが……?」
「〈
先ほどまで知性と上品さを保っていた淫魔がいよいよ本性を現し、性を貪るように骸骨の上で痴態を晒す。
視覚と聴覚と嗅覚からの強烈な刺激に精神抑制が幾度働いてもなお、淫魔のげに恐ろしき性感共有スキルで強制的に快感が穿たれる。その度に甘い痺れが腰から頭へ突き抜け、背中が弓反る。そして、全身を駆け巡る快楽の波が脈打つように腹部へ凝縮される。
「くふっ。なん、て美味し、そう……。モモン、ガ様、どう、か私、めにその、胤を……お慈、悲を……は、んくっ……あっ、モモンガさま、すき、モモンガさま、モモンガさまぁ……っ!」
「う……あ……、アル……ベド……!」
絶頂に達した淫魔の激しい痙攣と共に、骸骨の腹部から栗花色に光るエネルギーの塊が放出され、だらしなく涎れを垂らす淫魔の腔内へ、ごくりと飲み込まれていった。
飛んでいた意識がすっと戻り、夜空に浮かぶ月を眺める。
「すごかった……」
骸骨の身体は、心地よい疲労感──疲労はしないのだが──と充実感に満たされたが、鈴木悟の残滓は男として心残りがあるのを否めない。アバターに骸骨を選んだことを、こんなにも後悔する日がくるとは。
アルベドはモモンガに寄り添いながら、くふくふと幸せの余韻に浸っている。
仲間との冒険、ユグドラシルという舞台に続き、架空の女性との甘美なひとときも、もうすぐ終わってしまうのだろう。未来から目を背ける気持ちがぽろりと弱音を吐かせる。
「……おうち帰りたくない……」
「モ……モモンガ様……?」
モモンガは動かない。
「モモンガ様、どうされたのですか? ナザリックに帰りたくないだなんて、そんな」
モモンガの乱心にアルベドが狼狽えている。
ナザリックに帰ろうにもユグドラシルはもう終了している。おうちとは鈴木悟の質素な自宅のことで、アルベドは知る由もない。
退行するモモンガはふと思い浮かべてしまったものを口にする。
「おっぱい………」
「! 妻ともあろう者が、愛する旦那様の御心に気がつかないとは。失態です。ああ、お労しやモモンガ様。大丈夫です、アルベドがここにおります。さぁモモンガ様、おっぱいですよ」
アルベドが慈愛たっぷりにモモンガの頭蓋を、そのふくよかな乳房で包みこみ、収まらない頭頂部を愛撫する。
自我の崩壊が止まらないモモンガは力なくぼやいた。
「うぅ……あるべどのおっぱい、いいおっぱい……」
「まぁ! モモンガ様のお気に召していただけるとは。このアルベド、無上の喜びにございます。この胸はモモンガ様と、モモンガ様と私の赤ちゃんのためにあります。どうぞ存分に、お望みのままに」
そこに性欲はない。ただ温かい人肌に身を預けたかった。
あまりにも痛ましい、大の大人が現実から逃避する姿。
アルベドはそんなモモンガを蔑むことなく、受け入れる。
「────寂しかったんだ……」
モモンガのか細い声に、アルベドが縮こまる背中を撫でながら優しく頷く。
「ずっとひとりで、ずっと……待ってた……」
「よく存じております。モモンガ様がナザリックを守っていてくださったこと」
モモンガは待っていた。仲間が戻ってきたときに帰る場所があるように。
ただいま。おかえりなさい。そのキャッチボールをするために。
だが現実は非情だった。
「“ここがまだ残っているなんて”ってなんだよ! なんで……なんで皆……くそ……っ」
モモンガから吐かれる、底の見えない断崖に突き落とされるような言葉に、アルベドは息を飲む。
「俺がギルド長じゃなければ……」
「モモンガ様以外ありえません。モモンガ様こそ唯一にして最高の支配者です」
「ならなんで! なんで帰ってこないんだ!」
「……私ごときでは至高の御方々のご深慮はわかりかねます。いくら推測したところでモモンガ様のお望みに応えることが出来ません」
「……そこははっきり言うんだな」
ゲームの中のNPCにプレイヤーの現実など分かりようもない。
適当にそれらしいことを並べても、NPCに何が分かるんだと、苛立たせてしまうだけだ。
「……俺だって本当はわかってるんだ。皆ユグドラシルより大事なことがあるって。でも……だけど……」
NPCには至高の存在より大事なものはない。
逆に至高の存在はシモベより優先するものがあるだろう。それは一向に構わない。
だが、ナザリックの管理を一身で背負っていたモモンガを差し置いておいてフォローもなく、こんなになるまで追いつめたという事実だけは、モモンガを愛するアルベドには我慢がならなかった。
「理解はしても信じたくない。望む結果が得られない葛藤は、理性のある者なら誰にでもございます。私でよろしければいくらでもお聞かせください。胸に秘めた思いをただ口にするだけで変わるものもございましょう」
アルベドは憤懣を封印し、モモンガの安寧のために言葉を紡ぐ。
「は……はは」
モモンガの乾いた笑い。そこに含まれるのは自棄か、あるいは──。
「どうぞモモンガ様」
「ああ、もういい」
「さようですか。何かございましたらいつでも、モモンガ様の真なる従者である、このアルベドにお申しつけください」
モモンガは気だるげに片手をもたげて返事とする。
「──モモンガ様、御身にキスをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……許可を求めるな」
「くふふ」
双胸から解放し、モモンガの頰骨を撫でるように、音のしないキスを置く。
モモンガの眼窩に宿る鬼火は今にも消え入りそうな弱々しさだ。
強く、雄々しく、震えるほど禍々しく、濡れるほど慈悲深い、あの炎の揺らめきが恋しい。
特に、成長への渇望と、未知への追求に燦然と輝かせているときの瞳炎が、アルベドは大好きだった。
「モモンガ様。アルベドはモモンガ様をお慕いしております」
「……そうか……」
モモンガは心無い返事をする。
アルベドは目を細める。
誰にも話すつもりなどなかった愚痴を十分に吐き出したモモンガは、その意識を手放そうとしていた。
そろそろ落ちる──ゲーミングチェアに座ったままの鈴木悟が目を覚ます──ころかもしれない。
灰の世界に戻る前に、もう一言だけ口に出しておこう。
ここで言わなければなんとなく後悔するような気がしたからだ。
「俺は、アルベドを愛している」
そしてアラーム──ではなく、ゴングが鳴った──。