※この作品はR-18です。

Irregular ~存在を許されざるもの~   作:トド

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第二章ー⑦

 いくら考えても詮なきことだと分かっている。

 それでも、ファリアは今の自分の置かれたこの状況に対しての説明が欲しいと心から思った。

 

「やはり同じ調味料でも、その地方によって味が違いますね……」

 

 しかし、頭で考えるよりも先に身体が動く。

 旅に出る前には、ほとんど毎日行っていたことだ。もうその行動が染み付いている。

 ファリアは出来上がったシチューを小皿に移して味を確認すると、コショウを一振り加えて再度味見をする。

 

「……いいですね。リナ、こちらはこれで完成です。何か手伝うことはありますか?」

「私の方もちょうど出来ました」

 

 リナは満面の笑顔で答え、新鮮な野菜が盛りだくさんのサラダを大皿に盛り付けていく。彩り豊かなサラダは見るからに美味しそうだ。

 

「ですが、どうして私達は『お役目』先の家で食事を作っているのでしょうか……」

 

 予定外の事が続きすぎて、ファリアは心の中で嘆息する。

 

 綿密に計画しても物事が予定どおりに行かないことなどままあることだが、今回はあまりにも不測の事態が続きすぎている。

 

「……などと、嘆いていても仕方ありませんね」

 気を取り直し、ファリアは深皿に出来たてのシチューを盛る。

 

 自分では見た目も味も、香りも問題ないと思う。だが、あの人の口に合うだろうか? 

 

「それでは、ユウヤさんを呼んできますね」

 

 さも楽しそうにユウヤを部屋に呼びに行くリナを、ファリアは少しだけ恨めしく思う。

 

 

 

 ユウヤに言われたとおりにベッドに横になると、ファリアは疲労感がこみ上げてきて、意識を失うように眠りに着いた。

 

 そして、少し眠って体調を取り戻したファリアは、居間に戻ってユウヤに謝罪しようとしたのだが、そこにユウヤの姿はなかった。

 

 代わりに、トントントントンとリズム良く、聞きなれた音が耳に入ってきた。

 

 音がした方に視線を向けると、居間の隅の台所に立ってリナが何かをしているようだった。

 

「リナ、いったい何を……」

 リナに声をかけると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「ファリアさん、元気になったんですね! 顔色が随分良くなったみたいです」

「ええ、おかげさまで。心配をかけてすみませんでした。もう大丈夫です。……それで、どうして貴女は玉葱を切っているのですか?」

 

 リナの手近に置かれたボールには、皮を剥いて適度な大きさに切られた玉葱、そしてジャガイモもが切り分けられている。

 

 考えるまでもなく料理を作っているのは分かる。だが、どうして彼女がそれをしているのかが分からない。

 

「はい。ユウヤさんに昼食を召し上がって頂こうと思いまして。待っていてください。すぐに作りますから。あっ、ユウヤさんが私達もご相伴に預かることを許可してくださったので、ファリアさんも楽しみにしていてくださいね」

 リナはそう答えになっていない答えを返したが、ファリアはそれで何故リナが料理をしているのかを察した。

 

 きっと表情にそれが出ていたのだろう。リナは困ったような笑みを浮かべる。

 

「その、少しでもお礼がしたいと思いまして……」

 

 その言葉に、ファリアは確信する。「お礼」とは自分を気遣っての物言いで、本当の意味は「お詫び」なのだ。

 

 体調を崩し、散々迷惑をかけた自分に代わって、家主に謝罪と感謝を込めて昼食を作ることを提案したのだろう。

 

「リナ……。本当に、貴方にも迷惑をかけましたね。すみません。すぐに私も手伝います」

「何も迷惑なことなんてありません。ですが、一緒に作って頂けると助かります。……その、あの、……買い物と調理の準備に思った以上に時間が掛かってしまって……」

 

 罰が悪そうなリナを怪訝に思い、ファリアは時計を探して辺りに視線を移す。そして、目的のものを見つけて硬直した。

 

「……リナ。事の発端は私です。それは理解しています。間違いなく私の落ち度です」

 ファリアは極力感情を抑えたつもりだったが、その声は震えていた。

 

「そして、ユウヤ様に食事をお作りして、ご迷惑をおかけしたことに謝辞を表す事を提案するのが悪いとは言いません。むしろ、私のためを思っての事でしょう。感謝します……。 

 で・す・が! これではご迷惑の上重ねです! 私もすぐに支度をしますから、貴女も手を止めていないで急いで下さい!」

 

「はっ、はい!」

 リナは慌てて玉葱切りを再開する。ファリアも大慌てで調理の準備を始める。

 

 その時、部屋の時計はすでに二時を回っていた。

 

 

◇

 

 

「大変お待たせをしてしまい、申し訳ありません」

 ユウヤが席に着くと、ファリアは謝罪の言葉とともに、熱々のシチューを彼の前に差し出す。

 

 立ち上る湯気と鼻腔をくすぐる香りがその味を期待させる。

 

「いや、別に構いませんよ。それより、体調が戻られたことが何よりです。ああっ、シチューもサラダも美味しそうですね」

 苦笑交じりにユウヤは答える。

 

 すでに三時を回っている。昼食というには随分と遅い時間だ。

 実際お腹も空いている。だが、育ち盛りの彼女たちにはもっと辛かったはずだ。

 

 空腹を堪えて一生懸命料理を作ってくれたのだろう。その気遣いが嬉しかった。

 

 ファリアとリナも席に着くと、信仰する女神フォルシアに祈りを捧げる。

 

 ユウヤは二人が祈り終えるのを待ち、「いただきます」の言葉とともにまずはシチューを口に運んだ。

 

「美味しい……」

 ユウヤの口から感嘆の言葉が漏れる。

 

 せっかく作ってもらったのだ。よほど悪い味でない限り、ユウヤは「美味しい」と言うつもりだった。だが、そんな気遣いは不要だった。

 

 視線を感じ、そちらに目を移すと、ファリアと目が合った。

 

 彼女は安堵の笑みを浮かべていた。自分の作った料理がどう評価されるか不安だったのだろう。

 

「こんな風に笑えるんだな、この子も」

 ユウヤはその笑顔に見惚れた。一目見たときから美しい少女だと思っていたが、笑みを浮かべるとそれが一層際立つ。

 

「あっ、そっ、その、お口に合ったようで何よりです。ですが、リナの作ったサラダもご賞味下さい」

 

 ユウヤの視線に気づき、ファリアから笑みが消える。

 だが、それでもその表情は先ほどまでとは違い、嬉しそうに思えた。

 

「ええ。では、サラダも……」

 ユウヤは言われるままにサラダを口に運ぶ。

 

 新鮮なトマトや青野菜の素材の味がいい。けれど、口当たりが優しいが奥深いドレッシングの味が何より秀逸だ。

 マッシュされて味付けされたジャガイモもシチューのそれとは異なる旨みに溢れている。

 

「……うん。サラダも美味しい。ごめん、あまり上手く味を表現できないけど、すごく優しい味だ……」

 

「よかった……。たくさんありますから、いっぱい食べてくださいね」

 リナは隠すことなく嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう。こんなに美味しくて優しい料理は久しぶりだ」

 ユウヤは満面の笑みで、料理を作ってくれた二人に感謝の言葉を述べる。

 

 シノが旅に出て以来、外食ばかりだったユウヤがしばらく味わっていなかった家庭的な味だ。

 

 思えば、ユウヤにとって、この家でこんな作りたての料理を食べたのは初めてのことだ。

 

 いつも外食か出来合いのものを購入してくることがほとんどで、たまにシノがお裾分けしてくれる料理が最高の贅沢だった。

 

 だが、そのシノの料理もどうしても作り置きのものになってしまう。もちろん、感謝こそすれそのことに不満などないつもりだったが、やはり家庭的な上に、できたての歯ごたえのいいサラダと熱々のシチューを食べる満足感は格別だった。

 

「…………」

 一瞬、ファリアは呆然とした表情で硬直していたが、慌ててユウヤから視線を逸らす。

 

「おっ、大げさすぎませんか? 取り立てて特徴のない、ただのシチューですよ」

「そっ、そうですよ。私の作ったサラダだって……。喜んでいただけるのは嬉しいですが、そんなに……笑顔で……」

 ファリアとリナがそう小声で抗議の声を口にする。

 そっぽを向いているファリアは分からないが、リナの顔は真っ赤だ。

 

「ああっ、ごめん。でも、本当に美味しくて……。それに、僕は料理が苦手だから、この家でこんな美味しい出来たての料理を食べたのは初めてで、つい……」

 

 一人暮らしが長いため、ユウヤもまったく料理が出来ないわけではない。肉や魚を焼いたり、野菜を炒めたりする程度なら出来る。

 だが、それはガスコンロなどがあればの話だ。

 

 この家で調理するためには薪を燃やさなければいけない。

 キャンプで料理を作った経験もほとんどないユウヤには敷居が高すぎる。

 

 食べられる料理が出来上がるよりも、火事を起こしてしまう可能性のほうが高い気さえする。

 

「……ユウヤさん、それでは普段の食事はどうしているんですか?」

「あっ、いや、食べたいパンや惣菜を買ってきて、適当に済ませて……」

 ユウヤは事もなげに答えたが、

「だっ、駄目ですよ! 食事はきちんと栄養を考えないと、病気になってしまいます!」

 リナにそう窘められてしまった。

 

「あっ、うん。気をつけるようにするよ……」

 苦笑交じりにユウヤは答える。シノさんを始め、ルミラさんやレミアさん、その上コリィにまでよく言われていることだ。もっとも、まるで改善できてはいないが。

 

「リナ。少し言葉を慎みなさい」

 強い口調ではないが、ファリアがリナの不敬な物言いを戒めた。だが、ユウヤは「別に構いませんよ」と笑う。

 

「で、ですが……」

「あまり堅苦しいのは苦手なので、僕のほうから気楽に話してほしいと頼んだんです。それに、せっかくの料理が冷めてしまいまいますよ。食べましょう」

 ユウヤの言葉に、ファリアは止むを得ず「はい」と頷き、食事を始める。

 

 三人で食事をし、他愛のない談笑をする。嫌な相手ならば別だが、やはり食事は一人で食べるよりも誰かと一緒に食べるほうが美味しいとユウヤは思う。

 

「……なるほど。神殿ではみんなが交代で炊事を行っているんだ」

「はい。大体、週に三回は食事当番が当たります。普段より早くに起きて準備をしなければいけないので、大変なんですよ」

 リナが話を振ってくれるので、ユウヤは随分と気楽に食事中の会話を楽しむことができる。

 

「ファリアさんの神殿も同じような交代制なんですか?」

「……はい。それに、慎ましやかなものですが、ティータイムのお菓子も交代で作っていました」

 リナと自分ばかりが会話していることに気づき、ユウヤは意を決してファリアに話を振ると、ファリアはきちんと答えてくれた。

 

「お菓子は作るのが難しいですし、手間も掛かるので大変なんです。ですが、その分、喜んで食べてもら得た時は格別に嬉しいんですよ」

 リナが満面の笑みを浮かべる。その笑顔に釣られ、ユウヤは、そしてファリアも口元を綻ばせる。

 

 それからも、ユウヤたちは食事と談笑を楽しんだ。会話が進むにつれて、控えめなもののファリアも自発的に話に参加してくれた。

 

 他愛のない会話だったが、それが食事を一層美味しく感じさせる。そして、美味しい食事は心を充足させて、楽しい会話をより一層心地いいものにしてくれた。

 

 こんなおじさんと話していて、歳若い女の子達が楽しかったかはわからないが、ユウヤにとってはこの食事の時間はとても楽しいものだった。

 

 

♢ 

 

 

 荷物を置き、椅子に腰かけると、思わずファリアの口からため息が漏れた。

 

 一泊しただけとはいえ、少しでも勝手の分かる所に、一息入れることができる宿舎に戻ってきたことに安堵した。

 

 だが、何とか今日の「お役目」を終えることができたその安堵感と、初日から醜態を晒してしまった罪悪感が彼女から気力を奪う。

 しばらくの間はもう動きたくない。

 

「はい、ファリアさん」

 数分の間、何も考えられずに俯いていると、リナに声をかけられた。

 

 彼女は笑顔で温かなお茶の入ったティーカップを手渡してくれた。

 

「ありがとう、リナ。これはハーブティーですね。この香りはカモミールですか?」

「はい、そうです。部屋に戻る前に調理場でお湯を分けて頂いて淹れてみました」

 

 リナは自分の分のお茶もティーカップに注ぎ、ファリアに倣って椅子に腰を下ろす。

 

「……これは、美味しいですね」

 疲労で曇っていたファリアの表情に笑みが戻る。

 

 カモミールには疲労回復とリラックス効果があると言われている。疲れている自分を気遣ってリナはこのお茶を淹れてくれたのだろう。

 

 ファリアはゆっくりとお茶を口にし、それを飲み終えると安堵の息をつく。

 

 その間、リナも何も言わずにお茶を飲んでいたが、「お代わりはいかがですか?」と声をかけてきた。

 

「ええ、お願いします。……ありがとう、リナ」

 ファリアはお茶を淹れてくれること以上に、いろいろな感謝をこめて礼の言葉を言う。

 リナはその気持ちを察してか、何も言わずに嬉しそうに微笑んだ。

 

「……ようやく、初日が終わりました。いろいろと反省することばかりですが、明日も頑張りましょうね、リナ」

 お茶のお代わりを受け取り、ファリアがそう口を開く。

 

 長い一日だった。そして、失態を晒しに晒した一日だった。けれど、明日も「お役目」は続く。いつまでもそのことを引きずるわけには行かない。

 

「はい、ファリアさん。今日はファリアさんの力に上手く合わせることができませんでした。明日はもっと集中して「力」を込める様に……」

「いえ、リナは今日のままでお願いします。私のほうがリナに合わせるようにしないと、今度はリナが倒れてしまいます」

 

 今回、ファリアが倒れてしまった原因は、二人でようやくこなせる祈りに込める「力」の行使を一人で行ってしまったことにある。

 

 ファリアとリナでは基礎的な「力」の放出量が違う。ファリアの力を十とすると、リナの力は五にも満たないのだ。

 

 そのため、疲労を等分するためには、ファリアが放出量を抑えてリナと同じ放出量にしなければならないのだが、ファリアは上手く力の制御ができずに、一人でそのほとんどを行ってしまった。

 気を失うほど疲労するのも当然の結果だった。

 

「リナに落ち度はありません。制御ができなかった私のミスです。すみませんが、明日の朝と昼に「力」の出力を合わせたいので協力をお願いしますね」

「……分かりました」

 そう答えながらもリナの顔が曇る。

 

「リナ。邪推かもしれませんが、私と同じくらい「力」が使えればよかったのに、と考えたりしていませんか? もしそうだとしたら怒りますよ。私は貴女より長く魔法を学んでいるのです。後輩に易々と追いつかれてはたまりません」

 

 口ではそう言いながらも、ファリアの目は笑っている。リナもそのことが分かっているので、「そっ、そうですね。すみませんでした」と笑顔で謝罪した。

 

「今日は早めに休むことにしましょう。昼食が遅かったので、夕食は時間を遅らせて簡単なもので済ませませんか?」

「あっ、はい。正直、まだお腹がきついです」

 リナの言葉にファリアはクスッと笑う。本当にこの子と一緒だと笑顔が絶えない。

 

「……そういえば、ユウヤさんも、今日は夕食はいらないかもしれないと仰っていましたね。美味しい、美味しいとあんなに召し上がるんですから」

 リナは苦笑交じりに言う。

 

 ユウヤがシチューもサラダもお代わりをして食べて、後でお腹が膨れて少し苦しそうだったのを思い出したのだろう。

 

「ええ。そうですね。でも、あんなに喜んで頂けたのは……」

 そこまで口にし、ファリアはそれ以上言葉を続けなかった。

 

 それは、いつの間にかユウヤという人物に対する警戒心が薄れていることに今更ながら気づいたため――だけではない。

 

「優しい方ですね、ユウヤさんは……」

「……そっ、そうですね……」

 悟られないようにリナの言葉に相槌を打ちながらも、ファリアは自身に突如起こった事態に動揺する。

 

「あっ、そろそろ夕食の準備が始まる頃ですね。ファリアさん。私、夕食を遅くして頂けるように宿の方にお願いして来ますね」

「えっ、ええ。頼みます」

 

 はい、と元気に返事を返すと、リナは部屋を出て行く。

 

 それを確認し、ファリアは自らの左胸に手をやる。そこはちょうど心臓の位置。人の大切な器官の一つ。それが今、早鐘のように脈打ち続けている。

 

「そっ、そんな。私……。違う、そんな訳……ありません……」

 そう否定の言葉を口にしながらも、確認するためにもう一度あの顔を思い浮かべる。自分の作った料理を心から喜んでくれたあの人の笑顔を。

 

「……あっ……ああっ……」

 忙しなく心臓が脈打ち、カァーっと顔が熱で火照るのを感じ、ファリアはその場で倒れるように跪く。絶望感に身体が震える。

 

 けれど、それとは違うものが、ファリア自身が忌み嫌い、心の奥底に封じた感情が、少しずつ、けれど確実に滲み出てくる。

 

 そう、滲み出る。比喩ではなく、その感情が具現化したものが、彼女が最も忌み嫌う自身の器官から滲み出てくる。

 

 恐れていた、けれど『予想していた』事柄が現実になってしまった事に、ファリアは絶望し、理解して、

「……違う! これは何かの間違いです……。私は『お役目』なんかに何も期待なんてしていない……。私は、私はあの人とは違う!」

 それを否定した。

 

 

 ファリアは知らない。その感情の機微さえも全てが「お役目」と呼ばれるものだと言うことを。

 

 リナも知らない、全てが誰かの予定のとおりに進んでいることを。

 

 ……まだ時間はある。そして、選ぶための切っ掛けは目の前に現れた。

 

 そして、何を選ぶのさえわからぬままに、ユウヤは選んで行くことになる。

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