夜の風はまだ冷える。
だが、それが今はありがたい。混乱する頭に刺激を与えてくれるから。
リナの容態を確認し、まだ目覚めそうもないことを理解した私は、部屋からランプを一つ借りて家の外に出た。
いつリナが目覚めてもいいように、彼女の側にいて上げることが最善だと分かっていても、今はとにかく頭を冷やして気持ちを落ち着けたかった。
玄関から少しだけ足を進ませ、手近な家の壁に背中を預けて小さく息をつく。
「……月、ですか……」
ふと空を見上げた私の目に、優しく光る丸い月が映る。
暗闇の中を優しい光で照らす月が、幼い頃は大好きだった。
だが、お姉ちゃんとあの男の事を思い出すきっかけとなるということから、いつの間にか嫌いになってしまっていた。
あの頃と変わらず、月は美しいままなのに……。
こんな事柄を、信仰するフォルシア様に告白することはできない。
でも、この胸のうちに留めておくことも限界で、誰にとなく素直な気持ちを吐露する。
「私は、自分がお姉ちゃんとは違うと思いたかったのです。あんな浅ましい人とは違うと……。だから、私は男の人のことが嫌いなのだと自身に言い聞かせてきました。決してお姉ちゃんのような人間にはなるまいとし続けてきたのです」
こんがらかった思考を制御するために、言葉にして自分の気持ちを整理していく。
「それなのに、私は男の人に、ユウヤ様に心を惹かれてしまいました。こんな短期間にもかかわらずに……」
結局、私もお姉ちゃんと同じだった。男性に心を揺れ動かされてしまった。
そう、そのことは間違えない。私は心を惹かれてしまっている。でも……。
「ですが……私には分からないのです。この気持ちが『恋』と呼べる感情なのか。それとも、醜い欲望なのか……」
今回『お役目』に選ばれてしまい、私は辟易していた。
でも、心の何処かでは喜んでいる、期待している自分もいた。
あの夢を見る度に……いいえ、この卑猥な身体が淫らな疼きを感じる度に、私は誰とは知らない男に自分が犯される妄想に浸っていた。
もっとも、それはあくまでも妄想。この男性が圧倒的に少ない世の中では、叶う可能性が殆ど無い事柄に過ぎなかった。
けれど、『お役目』は、男性の家を訪れて儀式を行うもの。
その機会であれば、本物の男性に会える。そうすればその男性が、この淫らな欲求を満たしてくれるかもしれない、と考えていた。
「昨晩、またあの夢を見てしまって、躰の疼きを止められなかった私は、さっそくユウヤ様を卑猥な欲望のはけ口に使ってしまったのです……」
自己嫌悪の気持ちが溢れてくる。なんて醜いのだろう。
浅ましく、自制心のない女なのだろうか。唾棄すべき最低の女だと思う。
「……けれど……それでも、私は……」
胸が痛い。太い棘が胸の奥に突き刺さっているように。
でも、この痛みこそが、私がユウヤ様を好いている証に他ならないはずだ……。
「私は本当に、ユウヤ様の事を……好きになったのです。愛してしまったのです。ですから、あの方に抱かれたいと思ってしまっているのです」
抱いてほしいから愛したのではなく、愛しているから抱かれたい。
肉欲を満たすための言い訳に過ぎないのではと不安になるが、そう信じたい。
それが、ファリアに残った最後の心の寄る辺だった。
「こんな、こんな醜悪な女をユウヤ様が好いてくれるはずがないのに。ですが……。……私は貴方のことが、本当に……」
自然と涙が溢れてきた。
そのことで、私は、もうどうしようもない程にユウヤ様に惚れてしまっていることを悟った。
そして、この気持ちは決して報われることがないであろうことも理解してしまった。
こんな醜い女をユウヤ様が好きになってくれるはずはない、と。
「……フォルシア様……。お願いします。私の最初で最後の願いです。どうか、どうか私をユウヤ様と……」
こんな浅ましい願いをするなど不敬この上ないと思う。でも、私はその場に跪き、フォルシア様に懸命に願う。
この生命を、魂を、全てと引き換えにしてもいいと想いながら。
……しかし、フォルシア様は、何の啓示も与えては下さらなかった……。
私は顔を抑え、声を殺してその場に泣き崩れた。