疲れ果てた。
はじめての性交――セックスに全身全霊を使い果たしたはずだった。
しかし、朝の目覚めは悪くなかった。
「……様。……ユウヤ様……」
綺麗な声だ。それは知っている少女の声。
ユウヤが静かに目を開くと、眩いばかりの美貌の持ち主が微笑みかけてきた。
純白のローブを身に纏った少女の清廉で清楚な姿に、ユウヤは一瞬、昨日のことが夢であるかのように思えた。
だが、そんなことはない。
もしもアレが夢なのであれば、眼鏡を掛けたまま眠っているはずがない。
そして今自分がいるのはこの巨大なベッドの上だ。
加えて、できる限りの後処理を行ってくれたようだが、まだここには昨日の名残がある。臭いがする。そして、布団が掛けられていたが、ユウヤは全裸だった。
「おはようございます、ユウヤ様」
ファリアは満面の笑顔でユウヤに挨拶をしてくる。
一晩で、男と肌を重ねただけで、女とはここまで変わるものなのだろうか?
今まであった硬さや警戒心が見えなくなったためか、穏やかな落ち着いた雰囲気が際立ち、しかしそこに少女らしからぬ色気が醸し出されている。
あまりにもその笑顔が色っぽすぎて、気恥ずかしくて、ユウヤは朝の挨拶を返しながら赤面して顔を俯けた。
「まだ早朝なのですが、お仕事に向かわれるまでにいろいろと準備に時間が必要だと思い起こさせて頂きました。お疲れとは思いますが、まずは湯浴みを。準備はすでに済んでおりますので」
赤面するユウヤに、ファリアはまるで今までもそうしていたかのような自然な仕草で起床を促してくる。
ユウヤはその言葉に従って起き上がろうとしたが、自分が全裸なことに気づく。
「あっ、あの、ファリア……」
ユウヤの言わんとしていることが分かったのだろう。ファリアは恥ずかしそうに頬を赤くする。
「大丈夫です。タオルをお持ちしましたので、これをお使い下さい」
「……うん。その、分かったよ」
ユウヤはタオルを受け取って布団の中でそれを腰に巻き付けると、観念してベッドから起き上がる。
昨晩お互いに裸体を晒してもっと卑猥な行為を繰り返していたのだが、明るい状態で人に、ましてや異性に裸身を晒すことには抵抗を覚える。
「昨日の僕は、どうかしていたとしか思えない……」
昨晩の原因不明の高熱はすっかり消えていた。あれは一体何だったのだろう。
思い返してみると、自分だけでなくファリアとリナも様子がおかしかった気がする。普通の状態であれば、ファリア達が自分のような男に身体を許すとは思えない。
「さぁ、ユウヤ様。お体が冷えてしまわないうちに、浴室へ」
「うっ、うん」
ファリアに言われるままに、ユウヤは浴室に向かう。
「あっ、おっ、おはようございます。ユウヤさん……」
浴室に向かう途中で居間を横切ると、リナが台所からこちらに向かって歩み寄ってきた。
「あっ、うん。おはよう、リナ」
挨拶を返すと、リナはみるみるうちに顔を真っ赤にして俯いてしまう。間違いなく昨晩のことを思い出してしまったのだろう。
「リナ。いろいろとお話しなければいけない事があるのは事実ですが、今はユウヤ様のお身体をお清めすることが最優先です。貴女は朝食の支度を続けて下さい」
「はっ、はい!」
リナは赤面したまま逃げるように台所に戻って行く。
ユウヤはそんな彼女に罪悪感を覚えながらも浴室に向かうことにした。
ファリアが浴室のドアを開く。
するとそこには完璧な入浴の用意がされていた。
「すごい、いつの間にこんな……」
この家屋の作り同様に、木製の和風な浴槽にはすでに湯が張られ、タオルや桶なども完璧に整頓されている。
てっきり桶に水を溜めて体を拭く程度のことを考えていたユウヤは、あまりの準備の良さに驚いた。
いや、それよりも……。
「ファリア。これっ、君が準備をしたのかい? 君はほとんど眠っていないんじゃあ……」
ユウヤの指摘に、しかしファリアは困ったような笑顔を浮かべ、
「お湯が冷めてしまいますよ。さぁ、ユウヤ様」
そう言って質問をはぐらかした。
「……うん。ありがとう、ファリア」
ユウヤはそれ以上追及をせずに、ファリアの気遣いに感謝をして浴室に足を踏み入れる。
「ユウヤ様。まだ時間的には多少の余裕がありますが、程々でお風呂からお上がり下さい。朝食の用意も直ぐにできますので」
ファリアはそう言い、頭を下げてから居間に戻って行った。
「……とにかく、身体を洗わないと」
ユウヤは身体を清めながら、これからのことを考えようとしたが、上手く考えが纏まらなかった。
仕方なく、ユウヤは何も考えずに湯に浸かることにする。
湯船に浸かると、思わず「ふう~」とため息混じりの声が漏れた。そして、深い後悔の念が湧き上がってくる。
「……僕が、あの子達を傷物にしてしまった……。経緯はどうあれ、その事実は変わらない」
おかしな熱に侵されたから、などといったことは言い訳にもならない。
こんないい年をした男が、未来ある少女を欲望のままに汚すことなどあってはいけなかったのに。
そして、何より……。
「間違いなく軽蔑されるな。シノさんに……」
それが何よりもユウヤには辛いことだった。
長い付き合いとは言えないが、シノの性格を少しはユウヤも分かっているつもりだ。
シノは潔癖な部分がある。おおよそのことは大目に見ることができるが、どうしても譲れない部分が普通の人よりも先鋭で鮮明なのだ。
そして、不貞な行いは、あの人の最も嫌うものだと理解している。
もちろん、ユウヤはシノと付き合っていたわけではない。だが、あれだけ毎日家に押しかけて親しくしてもらっていたのに、急に別の女に手を出すようなまねをすれば、それは信頼を裏切ること以外の何物でもない。
この世界の女性の一般的な価値観など知りはしないが、シノは間違いなくそれを許してはくれないはずだ。
「ここまでのことをしておいて、許してもらおうなんて考えること自体が図々しい。それに、今はいないシノさんのことよりも、まずはあの二人とのこれからのことを考えないと……」
ファリアとリナ。あの二人のことをどうするのか。
今晩、例の『お役目』が終われば、あの二人はこの街を去る予定だったはずだ。そして、おそらく自分と再び出会うことはなかっただろう。
しかし、もうそんな事をさせる訳にはいかない。
最低な男だと我ながら思うが、それでも踏み外してはいけない物があることくらいは分かっている。
「……とにかく、今日は仕事がある。まずはそれを終わらせないと」
ユウヤが風呂から上がると、綺麗に折り畳まれたバスタオルと下着と着物が用意されていた。
その気遣いを嬉しく思いながらも、
「この思いやりは、僕なんかが受けていいものじゃあなかったはずなのに……」
ユウヤはそう呟いて着物をきつく握りしめた。
◇
今日はとても天気がいい。
洗濯物を干すには絶好の日。
ファリアと二人でベッドのシーツなどの洗濯を済ませ、それらを物干しとロープを使って干し終えた頃には昼時近くになっていた。
「ご苦労様でした、リナ。シーツが大きくて時間がかかりましたが、なんとか終わりましたね」
「はい。お疲れ様でした、ファリアさん」
リナの言葉に、ファリアはニッコリと微笑む。
その笑顔に、リナは思わず見惚れてしまった。
もともとこの上なく綺麗な顔立ちだったが、今は更に輝かんばかりに美しさが増している。それは、ファリアから憂いや陰りが無くなったからだろう。
「昼食は朝の残り物と買っておいたパンで済ませることにして、洗濯物が乾くまでは少し休憩にしましょう」
ファリアの提案に満面の笑みで「はい」と頷く。
リナはファリアが今までよりもずっと明るくなったことがなにより嬉しかった。
「……ユウヤさんに感謝しないと」
今朝の朝食の時だった。
ユウヤは「責任を取りたい」と言って、「君たちが嫌でなければ、僕の妻になってほしい」とまで言ってくれたのだ。
あまりに突然のことにしばらく意味を理解できなかったが、リナもその言葉はとても嬉しかった。しどろもどろになってしまったが、感謝の言葉を返して、ユウヤの妻にしてもらうことができた。
ファリアはそんなリナとは対象的に、落ち着いた様子で「はい。どうかお側において下さい。生涯、誠心誠意に貴方様の伴侶として使えさせていただきます」と感謝の言葉を返していた。
もっとも、瞳からは大粒の涙をこぼしていたが……。
そして、ユウヤに頼んで家の鍵を借りたリナたちは、昨日の後始末をしているのだ。
「昨晩戻らなかったお詫びをして、宿のチェックアウトは済ませました。後は神殿にこの度の件を報告しなければいけませんね」
「はい。ですが、私の持ち物はほとんどこの旅に持ってきているので」
「そうですか。私もです」
今朝早くに、ファリアが宿に足を運んでくれたので、荷物はすべてこの家に運んである。
カティア司教様や仲間たちときちんとお別れをしなければいけないと思うが、ファリアに提案されたように、まずは手紙を送って今後どうすればいいのかの回答を待つことにするつもりだ。
「『お役目』に出たシスターの殆どが、その旅で伴侶を得ると聞いてはいましたが、まさか私がそのようなことになるとは思っても見ませんでした」
ファリアは困ったように笑ったが、その笑顔はとても幸せそうな温かな笑顔だった。
「私もそうです。……今も信じられません。それに、私なんかがユウヤさんのお嫁さんでいいのかと心配になります……」
そう言って俯くリナ。しかし、ファリアは優しくリナの肩に手を置く。
「私も貴女と同じ気持ちです。まだまだ私も未熟な身。ですから、これからユウヤ様と貴女と一緒に自分を高めていこうと思います。そうやってお互いを支えあい、成長していけるのが家族というものではないかと思います」
「家族……。家族ですか。……はい、そうですね!」
リナは両親の顔を知らない。リスレ神殿のシスター仲間もその殆どがそうだ。幼い頃には自分の両親が誰なのか知りたかったが、今はもう半ば以上諦めている。
神殿での生活を嫌だと思ったことはない。少し意地悪なことをされたりもしたが、みんな優しい人ばかりだったから。だがそれでも、物語に出てくるような『家族』というものに憧れを抱いていた。
「これからやらなければいけないことはたくさんありますが、まずは昼食を食べて少し眠ることにしましょう。『お役目』はまだ終わっていないのですから」
ファリアの言葉に「はい」と頷き、今朝、ユウヤにもきちんと休むようにと言われていたことを思い出す。
「本当に、優しい方です。ユウヤさんは……」
そんな優しい人の妻になれたことを喜びながら、リナはファリアとともに室内に戻る。
そう、これからは自分たちの家になる建物に戻って行くのだった。
◇
これからの事を考えると頭が痛い。
だが、やらなければいけない。受け入れなければいけない。現実を。
仕事があるうちはそちらに集中することで忘れることが出来たが、こうして仕事が終わってしまえばそれもかなわない。
「……さて、帰る前に」
昼休みに外に出て少し準備をしたが、まだやらなければいけないことがある。
ユウヤは夕暮れに染まる商店街によっていくつか店をまわり、そして片手でなんとか持てる量のお土産を買ってから帰路につくことにした。
ランプに明かりを灯して家に帰る。もう当たり前になった行動だが、今日は少々足取りが重かった。
「いや、とにかく帰らないことには始まらないよな」
重い足取りであっても、あれこれと考えながら歩いているうちに我が家の前に着いてしまった。
「明かりが見える……」
ファリアとリナが居るのだから当然のことだ。
しかし、この街でも以前居た世界でも、いつも暗い家に帰っていたユウヤにとっては、ずいぶんと久しぶりの体験だった。
胸に去来したこの思いをなんと呼べばいいものなのか分からない。けれど、嫌な気持ちではなかった。
ユウヤが玄関前の階段を登っていると、不意に玄関が開き、ランプを片手にファリアとリナが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ユウヤさん」
リナが満面の笑顔でユウヤに歩み寄ってくる。
「おかえりなさいませ、ユウヤ様。お仕事お疲れ様でした。さぁ、中にお入り下さい。夕食とお風呂の用意が出来ておりますので」
ファリアもそう言って笑顔で迎えてくれて、お預かりしますと言って、カバンと荷物をユウヤから受け取る。
「……そうなんだ。ありがとう。……ありがとう、二人共……」
その温かさに流されてしまいそうな自分に気づき、ユウヤは小さく頭を振って気持ちを切り替える。
ユウヤの心底には傷がある。
だれにも、シノにさえ話していない深い傷がある。
それが疼く。それが二人の優しさを素直に受けることを許さない。
二人に案内されるまま居間にたどり着いたユウヤは、そこでファリア達に提案をする。
「リナ、ファリア。お腹も空いてはいるのだけど、食事の前にあの儀式を、『お役目』を終わらせてしまわないかい? その、君たちも大変だと思うけど……」
朝食の際に、最後の『お役目』は今までの半分の時間で終わることと、疲労は今までに比べればかなり軽いことを聞かされていた。
だが、昨日のようなことにならないとは限らないので、ユウヤは、ファリアとリナに自分が帰ってくるまではそれを行わないようにと釘を差しておいたのだ。
「はい。そのように致します。ですが、ユウヤ様は先にお食事を……」
「いや、もちろん終わるまで待つよ」
わがままを言っているとは思う。
けれど、できることなら夕食はみんなで食べたい。
それに、今後の話をしなければならない。まずはやらなければいけないことを済ませておくべきだろう。
「今回は僕が立ち会っても大丈夫なんだよね? すぐに着替えてくるから、少しだけ待っていてくれないかい?」
ファリアが「はい」と笑顔で頷いたのを確認し、ユウヤは着替えるために奥の部屋に向かう。
しかし、何故かリナが少し緊張した面持ちで後をついてくる。
「あっ、あの、リナ。どうかしたのかい?」
振り返って尋ねると、リナは頬を朱に染めながら口を開いた。
「あっ、その、あの……。着替えを手伝わせて下さい。その、私もユウヤさんの妻ですから……」
リナの言葉に、ユウヤは困ったようにファリアに視線を向ける。しかし、ファリアは穏やかに微笑むだけだ。
思うに、なにか自分にもできることがないと思ったリナが、ファリアに頼んだのだろう。
「その、駄目ですか?」
泣き出しそうな顔で尋ねてくるリナ。きっと気が利くファリアばかりが自分の世話をしているのが寂しかったのだろうとユウヤは察し、観念した。
「そんな事ないよ。お願いするよ、リナ」
リナの顔が明るくなるのが分かり、思わずユウヤも笑みが漏れる。本当にリナは可愛いと思う。
そして、リナに手伝ってもらって着物に着替えると、ユウヤは最後の『お役目』に立ち会うべく、巨大ベッドのある部屋に足を運んだ。
「……ランク・アンネ・デ・ルリカ」
二人の口からそんな言葉が呟かれると、巨大なベッドが再び発光し、そしてその明かりは静かに消えて行った。
「……これで全ての儀式が終了です。お手数をおかけしました、ユウヤ様。リナ、貴女もよく頑張ってくれましたね」
ファリアのその言葉に、ユウヤは胸を撫で下ろす。
予定通り、今回のお役目は最初のときの半分ほどの時間で済んだ。
そのためだろう。ファリアとリナの疲労もそれほどではないようだ。
「お疲れ様、二人とも。飲み物を用意するから、居間に来てくれないかい」
ユウヤはそう言い残して、ベッドのある部屋から居間に戻り、帰宅途中に買ってきたりんごのジュースをテーブルの上に準備する。
程なくして、ファリアとリナの二人が感謝の言葉を口にし、それぞれの席に着く。
「ですが、ユウヤ様。飲み物の用意は、今後私達が……」
「そうです。ユウヤさんは私達の、その、旦那様なのですから……」
ファリアとリナの言葉に、ユウヤは困ったような笑みを浮かべる。
「うん。でも、二人とも疲れているみたいだし、これくらいのことはやらせてほしいな。とにかく飲んでみよう。新製品らしいのだけど、店員さんが熱心に勧めてくれたんで、僕も味が気になってしかたないから」
ユウヤはそう言うと木のカップを手に取り、それを僅かに上に掲げる。
「お疲れ様。ファリア、リナ」
「はい。ありがとうございます。ユウヤ様」
「ありがとうございます。ユウヤさん」
ファリアたちも意図を組んでくれた。同じようにカップを掲げ、静かにお互いのカップを合わせる。
問題は山積みだが、とにかくファリアとリナを妻にすると宣言した以上、形からでも家族らしい雰囲気を作っていかねばならない。
ユウヤが静かにジュースを口にすると、二人はそれを確認してから自分たちも口にする。
ほどよい自然な甘さと僅かな酸味、そしてりんごの爽やかな香りが鼻を抜けていく。少々割高な値段だったが、これは納得の味だ。
「とても優しい味ですね」
「すごく飲みやすくて、美味しいです」
ファリア達にも好評なようだ。ユウヤは満足をして微笑む。
そして、二人が一休みをした後に、少しだけ遅い夕食を食べることになる。
テーブルに美味しそうな料理が並ぶ。今日のメニューは豆の煮込み料理のようなものとサラダとパンだった。
「えっと、この料理は何という名前なのかな?」
「はい。これはカスレと言います。白豆とお肉を一緒に煮た料理で美味しいんですよ」
リナが嬉しそうに説明してくれた。その笑顔だけで、この料理の美味しさが伝わってくるようだ。
食事の前にリナとファリアは祈りの言葉を捧げる。
その間自分だけ何もしないのはなんだか申し訳がない気がするが、信仰心もない人間が見よう見まねで適当なことをするよりはいいだろうと、二人の祈りが終わるのを待つ。
そして、祈りの言葉が終わったファリアとリナが、ユウヤの皿に料理を取り分けてくれる。
それを感謝して受け取ると、ユウヤは手を合わせて「いただきます」と口にする。
「ユウヤ様。昨日から気になっていたのですが、その「いただきます」という言葉と一緒に手を合わせるのは、ユウヤ様が育った地方の食事の作法なのですか?」
「あっ、うん。手を合わせて料理を作ってくれた人と栄養となってくれる食材に感謝をする……という意味あいだったかな? いや、かなり昔からの習わしで、諸説いろいろあるから、これが正解というものではないけど、そんな意味合いが込められているんだ。
君たちの祈りに比べたらずいぶん簡素なものだけどね」
ユウヤは苦笑して頬を掻く。
「いいえ、素晴らしい作法だと思います。あっ、すみません、まずはお召し上がり下さい」
ファリアの言葉に、ユウヤは食事を再開する。
熱々のカスレの豆をスプーンにとり、息を吹きかけて少し冷ましてから口に運ぶ。
「……ああっ、美味しい。すごく滋養にあふれるような、そして優しい味だね」
「ふふっ、ユウヤ様。賛辞の言葉はリナにかけてあげて下さい。この料理はリナが頑張って作ったんですよ」
「あっ、そうなんだ。リナ、ありがとう。すごく美味しいよ」
ユウヤが感謝を述べると、リナは「ありがとうございます」と恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに微笑む。
そして、リナとファリアも食事を始める。料理を称賛したり、何気ない談笑をしたりしながら楽しい時間を過ごす。
帰宅すると明かりが灯っている家。温かな料理。誰かと食べる食事。一人ではない生活。なんて贅沢なのだと思う。
ずっと欲しいと思っていた、けれど決して手に入らないと諦めていたものを手にしている。
涙さえ込み上げてきていることに気づき、ユウヤは手で軽く目頭を拭って気持ちを落ち着かせる。
忘れてはいけない。これは、この幸せはきっと……。
「……ユウヤ様?」
「どうしました?」
気付かれないようにしたつもりだったが、ファリアとリナに見つかってしまった。
「いや、なんでもないよ。……ありがとう。こんなに楽しい食事は初めてだったから、その、嬉しくて……」
嘘は言っていない。本当に嬉しかった。
もっとも、それが恐ろしくてしかたがないことは口には出さなかったが。
二人は微笑んでくれた。どうやら気付かれずに済んだようだと安堵する。
「リナ。すみませんがお茶の用意をお願いします」
「はい。ファリアさん」
食事も一段落し、リナが台所で食後のお茶を準備してくれている。
何と幸せなことなのだろう。そう思いながら、ユウヤはリナの様子を眺めていた。
だが、不意に背中から甘い香りと温かなぬくもりに包まれた。椅子に座ったままの自分の背中に回ったファリアが優しく抱きしめたのだ。
「……ファリア? あの、どうしたんだい……」
頭だけ振り返ってファリアの顔を見上げると、彼女は悲しげに微笑んでいた。
「……ユウヤ様。すぐには出来ないと思いますが、私とリナの二人で、ユウヤ様がそんな悲しく微笑むことがないようにしてみせます。貴方に幸せだと思って頂けるように頑張りますから……」
ファリアはそう宣言をした。ユウヤは自分の心を隠せていなかったことに気付かされた。
「……ごめん……。でも、君たちの思いが嬉しかったのは本当なんだ。ありがとう……」
なんて優しいのだろう、ファリアは。いや、違う。彼女だけじゃない。
「はい、どうぞ、ユウヤ様……」
ファリアに抱きしめられていることに何も言わずに、リナが笑顔でお茶を自分の前に置いてくれる。
その顔は笑顔。でもそれは、自分を励まそうとして無理をしているのが分かる笑顔だった。
「……そうか。何も隠せていなかったんだな……」
ユウヤはその事を悟り、静かに立ち上がってファリアとリナを両手で抱きしめる。この優しい少女たちは自分にはもったいないほどできた女性だ。
この二人を大切にしよう。そして、少しでも幸せにしてあげたい。心からそう思った。
もしも、あのときのようなことになっても構わない。
ユウヤはもう一度だけ、心から他人を信じてみようと思ったのだった。