ファリア達が食器洗いと明日の朝食の準備を終えるのを待って、ユウヤはこれからのことを二人の妻と相談をすることにした。
まず、自分の隣の空き椅子においてあったカバンから小さな布袋を取り出してテーブルの上に置く。
「ファリア、リナ。とりあえずここにヴェリス金貨が二十枚ある。これで明日は二人の生活用品を揃えて欲しいんだ。このままだといろいろ不便だと思うから。
その、もしも足りなければ言ってくれれば用意するよ。幸い、この間の副賞のお金も手付かずだから」
いきなりお金の話をするのもどうかと思わないでもないが、これから生活していく上で二人に苦労をさせたくはない。
それに、女性は男性以上にいろいろとお金が必要だろう。
「ヴェリス金貨で二十枚も……。ユウヤ様、いくらなんでも多すぎます」
「はい。ファリアさんの言うとおりです。こんな大金、初めてみました」
しかし、ファリアたちの反応はユウヤの予想外のものだった。
「いや、でも、生活用品だけではなくて、いろいろと必要なものが……。その、衣類やなんかも必要だろうし……」
「替えの衣類は十分持っています。それに、朝にこの家全体のお掃除もさせていただきましたが、物置に贅沢なミシンがありました。あれを使わせて頂ければ、布代だけでそんなに使うことはないと思います」
リナの言葉にユウヤは耳を疑った。
「えっと、リナ。君は布から服を作れるのかい?」
「はい。よほど難しいものでなければ」
どうしてそのようなことを尋ねるのかと言った感じで、不思議そうな顔でリナは答える。
「その、ユウヤ様。この街の女性がどうなのかは存じ上げませんが、私達は基本的に自分の服は自分で作ります。それに、掃除をした際に、生活用品や調理器具なども改めて一通り確認させていただきましたが、不足しているものはなにもないようです」
ユウヤの考えを察してくれたのだろう。ファリアが苦笑交じりにフォローしてくれる。
「それに、このお家はポンプ式の水くみがあるのでとても便利です。……でも、贅沢に慣れてしまいそうで少し怖い気もします」
「そうですね。洗濯をするのも、お風呂を沸かすのもずいぶんと楽をさせてもらいました」
リナとファリアの言葉にユウヤは二の句がつながらない。この二人は今までどんな環境で生活をしてきたのだろうか。
「ユウヤ様。お金はとても大切なものだと思います。そして、ユウヤ様のお心遣いはとても嬉しかったです。ですが、まず私達はお互いのことをもう少し分かり合うことが必要ではないでしょうか? お一人で悩まないで下さい。私とリナがついていますから」
ファリアのその言葉に、ユウヤは己を恥じた。
自分がどうにかしなければと空回りをしていた事が良く分かった。
自分は何も知らない。ファリアのことも、リナのことも。
でもそれは二人にとっても同じだ。
まずはお互いのことをもっと知らなければなにも始まらないのだ。
「ファリア、リナ。話をしたい。もっと君たちのことを教えてくれないかな?」
ユウヤのその言葉に、二人は嬉しそうに頷く。
この日の夜も、ファリアとリナに誘われるままに、ユウヤは二人を抱いた。
そして、眠気がこらえられなくなるまでいろいろな話をした。
もちろん、一晩で語り尽くせるものではなかったが、二人との距離が縮まったのを確かに感じることができた。
そして次の日にはもっと、二人のことを理解することが出来た。
幸せだった。愛らしく美しい二人の妻との毎日は。
信じ抜くと決めた女との生活は。
そして、シノが帰ってこないまま、ユウヤは二回目の『約束の日』を迎えることになったのだった。
◇
静かな夜だった。
明日は『約束の日』――つまりは休日だ。
ユウヤは小型のベッドに横になり、木の天井を見るとはなしに見ていた。
今晩だけは一人で奥の部屋で眠らせてもらうことにしたのだ。
ここ数日は睡眠時間をろくに取れていなかったので、流石に体が持たないと思い、ファリアとリナに頼みこむと、二人はユウヤの申し出を了承してくれた。
「その分、明日は埋め合わせをしないといけないけれど……」
先程、就寝の挨拶をして居間で二人と別れたのだが、別れ際にファリアが頬に口づけをしてきた。そして、「明日は楽しみにしておいて下さい」と耳元で囁かれたのだ。
「ははっ、なんて贅沢な悩みなんだろうな……」
毎晩、見目麗しい献身的な少女二人と淫行をしている自分が信じられない。
ついこの間まで異性の手を握る機会さえなかったのに。
ファリアとリナ。本当に自分なんかにはもったいないほどの出来た妻だと思う。しかし、今ユウヤの脳裏に真っ先に浮かんでくるのは彼女たちではなかった。
「……結局、戻ってこなかったな、シノさん……」
次の『約束の日』までには戻ってくると言っていたが、旅先でなにかトラブルにでもあったのだろうか?
今更合わせる顔などないのだが、早くシノさんに会いたい。
すべてを打ち明けたい。その結果、愛想を尽かされるのならばそれで構わない。
それをしなければこの胸のわだかまりは消えない。
全ての気持ちをファリアとリナの二人に向ける事ができないのだ。
「……あれっ……。疲れが出てきたのかな……」
急に瞼が重くなってきた。
時計を確認すると、もう日付が変わろうとしている。
眠くなるのも道理だろう。
どうせこのまま休もうと思っていたのだ。眠気に身を委ねて瞳を閉じる。
そして、ユウヤはそのまま眠りに落ちていった。
どれくらい眠っていたのだろうか?
それほど長い時間ではないようだ。
不意に何かを感じて、ユウヤは目を覚ます。
それは、僅かに開かれたままの窓から入ってくる風だったのだろうか?
それとも、微かな音だったのだろうか?
いや、違う。気配だ。
人の気配。
そして、そこから漏れている殺意がユウヤの生存本能を刺激したのだ。
重たい瞼を僅かに開くと、会いたいと思っていた着物姿の美女の姿がそこにあった。
月明かりに照らされた幻想的な美しさに目を奪われる。
「……シノさん……」
ユウヤは微睡みの中を漂いながらも、彼女の名前を呼んだ。
しかし、シノはなんの反応も示さない。
ただ険しい表情で、ユウヤの首元に短刀の白刃を突きつけたまま動かない。
シノの見たこともない顔に、ユウヤはこれが夢ではないことをぼんやりとだが理解した。
……これから自分は殺される。その事を理解した。
これで二人。しかし、まだ足りない。まだ何も分かりはしない。
けれど、その何かを知らずに、このまま死を迎えるほうが幸せなのだろうか?
答えを知っていたのなら、その選択はできただろう。
けれどこの時点ではヒントさえもない。それがこの世界のルールだから。
あるいは、目の前の異端者がすべてを語ってくれれば……。
――だが、異端者は語らない。
ただ、何も知らずに自分を裏切った者に罰を与えようとする。
幾度となく繰り返してきたように、命を刈り取るだけ。
異端者に狙われて逃げ切れたものはいない。
しかし、ユウヤは……。