「……どう、ユウヤ。この店の料理、結構美味しいでしょう?」
馴れ馴れしく話しかけてこられることは嫌いだった。
けれど、ずっと会社で苛められ続けてきたユウヤにとっては、自分に害意を持っていない人間の存在は貴重だった。
都会での寂しさを癒やしてくれ友人。
そしてそれが自分に近い年頃の綺麗な女であったことは、ユウヤに厳しい現実を忘れさせてくれるのに十分であった。
その女に出会ったのは、街の飲み屋だった。
ほとんど酒を嗜まないユウヤが、そんな店に足を運んだのは飲み会の幹事を押し付けられたせいだ。
手を抜いたつもりはない。
いろいろなことを想定してセッティングを行った。
けれど、その飲み会はユウヤにとって楽しいものではなかったし、また、他の職場仲間からも不評だった。
「もう少し旨いものを出す店にしろよな」
「お酒の種類が少ないわね。私、カクテルが好きだって言って置かなかったっけ?」
「二次会の会場はもう少し近くの店を抑えておけよ。この寒い中歩かせやがって」
飲み会の一週間前に幹事を押し付けてきた連中が好き勝手なことを言って、ユウヤを暗に役立たずだと、無能だと罵る。
いや、それだけではない。
「仕事も出来ないくせに、幹事もまともに出来ないなんてな」
直属の上司は、はっきりとそうユウヤに言った。そして、それを聞いていた職場の同僚はそれに同意して嘲笑う。
最低の気分だった。だが、その拷問の時間もついに終わった。
「……お客さん、大変でしたね」
二次会の店の大学生くらいの従業員にまで同情されるほど、ユウヤは散々な目にあった。
土曜日だというのが唯一の救いだった。
明日は休みだ。
一日は誰とも顔を合わせないでいられる。
「……あのねぇ、少しは言い返さないと、ああいった連中はエスカレートしていくばっかりよ」
不意に女の声が聞こえたかと思うと、俯いていたユウヤの眼前に、若い女が詰め寄ってきた。
お酒が入っているのだろう。顔が真っ赤だ。
「ちょっと、シオリ」
その女の友人らしき人物がたしなめるが、シオリという名らしいその女は、ユウヤに噛み付いてくる。
「あんた男でしょう。少しぐらい反抗したらどうなのよ」
「……すみません。僕は……」
ユウヤは正直、今日はこれ以上他人に付き合いたくなかった。
早く自分の家に帰って休みたかった。
「もう、ちょっと私達の席に来なさい! あんたろくに飲んでも食べてもいなかったでしょうが」
「いや、だから、僕はもう帰ろうと……」
そう何度も断ったのだが、押しの弱いユウヤはしつこく絡んでくるシオリに根負けして、一杯だけビールを飲むことにした。
シオリと呼ばれた女の他に、同じ年頃の二人の女が一緒に酒を飲んでいた。
なんとも気まずい雰囲気の中で、ユウヤはやむを得ず自分が注文したビールが運ばれてくると、それを一口飲む。
ほとんど何も飲んでいなかったのもあってか、ユウヤは半分ほどビールをそのまま飲み、嘆息する。
「だから、そんな風に暗い顔をしないの。こんなに綺麗な女子たちと飲んでいて、楽しい気持ちにならないの、あんたは?」
シオリの指摘に、ユウヤは改めてシオリ達を見る。確かにみんな綺麗な顔立ちをしている。
「……僕は、これで帰ります」
ビールの残りを一気に飲み干し、ユウヤは席を立った。
もうたくさんだった。
疲れている。
これ以上疲れたくない。
不慣れな女との会話で疲労するのは御免こうむりたかった。
「まったく、もう。わかったわよ。これ以上引き止めはしないわ。ただ、こっちを向いて」
呆れ声のシオリに言われるままに振り向くと、ユウヤは口に大きな唐揚げを押し付けられた。
「ぐっ、あっ、がぁぁぁっ」
反射的に落とすのを嫌って口に含んでしまうと、まだ熱さが残っていた肉汁がユウヤの口内に広がる。
「ふふっ、どう、美味しいでしょう? あんたの同僚の人たちは散々なことを言っていたけど、この店の料理は結構美味しいと私は思うのよ」
「……いっ、いきなり熱々の唐揚げを口に入れるのは止めてくれませんか……」
ユウヤは何とか咀嚼して唐揚げを飲み込んで抗議の声を上げるが、シオリは悪びれた様子もなく笑う。
「だって、あんたはこの世の終わりのような暗い顔をしているんだもの。でっ、どう? 今の唐揚げ、美味しかったでしょう?」
不意打ちで動転したが、唐揚げの味は悪くなかった。いや、素直に美味しかったと思う。
「たしかに、美味しかったですけど……」
「でしょう? だから私達はよくこの店に来てるんだ。貴方も良かったらたまには足を運んでみなさいよ。なにか辛いことがあっても、美味しいものを食べて飲んで忘れる、コレに勝る解決法はないわよ」
そう言ってシオリは美味しそうに唐揚げを頬張りビールを口にする。その顔は本当に幸せそうだった。
……その日はそれまでだった。
ユウヤはそのまま帰宅した。
しかし、ユウヤの脳裏に幸せそうな顔をしたシオリの顔が焼き付いて離れなかった。
あれから、一ヶ月が経った。
普段と変わらない仕事場。
理不尽としか言いようがない現状に、ユウヤはひどく疲れていた。
けれど、少しだけその救いのない現状に変化が生じはじめていた。
「ねぇ、どう? どう? 新作の味は?」
「あっ、うん。美味しい」
素直な感想を返すと、シオリは我が事のように笑みを浮かべる。
「ふふん、いいじゃないの。ユウヤもだいぶ硬さが解けてきた感じね。あっ、生二つお代わりね」
シオリの元気な声が店の中に響き渡る。それが耳障りなものから微笑ましいものに変わっていったのはいつからだろうか。
ユウヤはシオリと一緒に、件の店で楽しく飲み合う飲み仲間になっていた。
寂しさからだろう。ユウヤは孤独で辛い日々に癒やしを求めていた。
そして、そんな気持ちが親身に自分を心配してくれた女性に向けられることになったのは必然だったのかもしれない。
最初は戸惑っていたユウヤも、今ではシオリと二人きりで食事をすることが出来るようになっていた。
一緒に美味しい料理に舌鼓を打ってビールを飲む。
ただそれだけのことが楽しかった。
体質的にアルコールはあまり飲めない事に変わりはなかったが、自分の分まで美味しそうに酒を飲んでいるシオリを見ているのが好きだった。
特段、込み入った話をするわけではない。
そのときの話題や仕事の愚痴を聞いてもらったり、聞いたりするだけの取り留めのない会話。
それが、とても幸せだった。
いつも飲み代は折半。
ユウヤが出そうとしたこともあったが、シオリはそれを断った。
「誰かにおごられるのって好きじゃないのよ。おごって貰っている引き目とか感じたくないし。お互い対等な関係じゃないとお酒って美味しくないもの」
そんな彼女の言葉に、ユウヤはますますシオリという女に惹かれていく。
辛い日々も、シオリと一緒に楽しい食事が出来るのであれば耐えられる。そう思えた。
そして、そんな飲み友達としての日々が三ヶ月続いた、ある日。
「誕生日?」
「そうよ、誕生日。私にだって当然あるわよ。あっ、年聞いたら怒るからね」
ビール片手に、シオリがそんな話題を振ってきた。
「あっ、うん。聞かないよ。それで、どうしてそんな事を?」
「ああっ、もう、どうしてそこで気づかないかな、ユウヤは。ちょうど来週のこの日が私の誕生日なの。それでね、良かったら私の家に来ない?」
「えっ、ええ? いや、その、突然家にと言われても……」
あまりに突飛な誘いに戸惑うユウヤだったが、シオリはこれ見よがしにため息を付いた。
「あのねぇ、私達がほとんど毎日一緒にお酒を飲むようになって、もう三ヶ月も経つのよ。そろそろ私達の間柄も、知人からせめて友人にしたいと思わない? いや、もう一歩踏み込んでも、私は構わないんだけどさ」
後半部分は小声で言い、シオリは照れくさそうにそっぽを向いてビールを口にする。
「あっ、あの、シオリさん」
「もう、こういう時は「さん」なんてつけないの。というか、普段からつけなくてもいいわよ。シオリって呼んで。まずはそこから始めましょうよ」
シオリは満面の笑みを浮かべる。
「でっ、私は誕生会に招待しているんだけど、返事は? 貴方にしか声を掛けていないから、断られると寂しい誕生会確定なんですがね」
冗談めかして笑顔で尋ねてくるシオリに、ユウヤは「その、わかった。僕で良ければ」と了承した。
そして、それからの一週間は大変だった。
ユウヤは無いセンスをフル活用し、そしてネットで色々調べながらシオリのためのプレゼント探しに没頭する。
この地獄のような日々に、ただ一つ救いのひと時を与えてくれているシオリに、感謝の気持ちを渡したい。
その思いだけで懸命にユウヤは誕生日プレゼントを考えて用意した。
そして、一週間が経ったその日、ユウヤは前日にシオリに渡された地図を頼りに、彼女のマンションの一室を訪ねた。
そして、意を決して呼び鈴を鳴らすと、笑顔のシオリが出迎えた。
「ようこそ、ユウヤ。狭い家だけどゆっくりしてね」
人の家に上る機会などそうそうないユウヤは、緊張した面持ちで案内されるままに居間に向かう。
シオリのマンションは割と大きな作りをしていた。ユウヤの借りているマンションよりも部屋数も多いようだ。
「とりあえず、そこの椅子に座って。いろいろ用意するから」
シオリはそう言ってキッチンに向かっていった。
テーブルの上には、花瓶の花以外は何も置かれていない。これから料理などを用意するのだろう。
「あっ、見るのはいいけど、他の部屋には行かないでね。特に奥の部屋は寝室だから、絶対に駄目よ」
落ち着かずにキョロキョロ視線を動かすユウヤに、シオリが苦笑交じりに言う。
「わっ、分かっているよ」
ユウヤはそう応えて、ポケットに忍ばせてあったプレゼントを手に取った。
「まずは、ビールの用意からね。これがなくちゃあ始まらないでしょう?」
トレイにビールとグラスを乗せて持ってきて微笑むシオリ。
誕生日だというのに、呑兵衛のシオリにはビールが欠かせないようだとユウヤは苦笑いする。
そして、彼女がそれらをテーブルに置いたところで、ユウヤは覚悟を決めてシオリに声を掛けた。
「あっ、あの、これ、僕からのプレゼント。誕生日おめでとう、シオリ」
ユウヤが手渡すと、シオリは顔を輝かせてユウヤからのプレゼントを受け取った。
「ありがとう、ユウヤ。ねぇ、早速開けてみてもいいかな?」
「うん、もちろん。その、気に入ってくれるといいんだけど……」
シオリは嬉しそうにプレゼントの包装をはがし、長方形の小さな箱を開けた。
「……これって、ネックレス?」
「あっ、うん。シオリに似合いそうだなって思って」
ユウヤがシオリに贈ったのは、銀のネックレスだった。
指輪を送ることも考えなかったわけではないが、流石に早すぎると思い止めた。
そして、時計もスマホで主に時間を確認していたシオリには不要と思い、このネックレスにしたのだ。
「……そっか。うん、そうだよね。箱の形で指輪じゃないことは分かっていたけど、ネックレスか。しかも銀の……」
「あっ、その、ごめん。指輪はまだ早いと思って。それに、金より銀のほうがシオリには似合うと思ったから、その……」
あまり反応が良くないことを悟り、ユウヤは謝罪の言葉を口にする。
「ううん、気にしないで。これで、踏ん切りがついたから」
「えっ?」
「ふうっ、私としては、もう少し夢を見させてあげても良かったんだけどなぁ。残念、ここまでね」
シオリはそう言って「もういいわよ」と奥の部屋に向かって声を掛けた。
すると、部屋のドアが空いて、一人の男が、ユウヤの見知った男が出てきた。
「……トシキ……先輩?」
奥の部屋から出てきたのはユウヤの会社の先輩だった。
よくユウヤに仕事を押し付け、気に入らないことがあれば当たり散らす大嫌いな人間だ。
「なぁんだ、やっぱり駄目だったじゃねぇかよ、シオリ。あんな男なら簡単に騙せるって言っていたのによ」
「はいはい、負けでいいわよ、負けで。私もいい加減にうんざりしていたんだから」
突然シオリの寝室から現れたトシキ。
そして、彼と親しげに会話するシオリ。
ユウヤには何が起こっているのかまるで理解できない。
「見ろよ。ユウヤの奴、訳がわからないって顔をしてやがるぞ」
呆然とするこちらを見て、トシキが腹を抱えて笑う。
「ふふっ、分からないの、ユウヤ? 分からないわよね? ずっと私のこと信頼していたもんね」
シオリは優しく微笑みながら、ユウヤのプレゼントしたネックレスをゴミのように床に捨てた。
「私はね、この人とゲームをしていたの。会社にどうしょうもないクズでノロマな、けれどお金を溜め込んでいそうな男がいるから、その男を三ヶ月で騙して指輪を買わせることが出来るかってルールで」
シオリの言葉が頭に入ってこない。
たちの悪い夢であるかのようだった。
「ああっ、トシキは私の昔からの友人なのよ。セフレでもあるけどね」
「おいおい、そのうちの一人だろう? お前の男好きは見境ねぇもんな」
トシキとシオリはそう言って意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうねぇ、たまには変わった男を食べてみるのも悪くないかなぁ、なんて思ったのが馬鹿だったわ。この男、キスはおろか、ろくに触っても来ないのよ。私が酔ったふりをして何度ももたれかかったりしてあげたのに」
「おいおい、ユウヤ。もしかして、お前その年で童貞なのかよ! 恥ずかしいにもほどがあるだろうが」
「うん、間違いなく女を抱いたことないわよ。というか、手を握ったこともないんじゃないの?」
シオリは口元を手で抑えてさもおかしそうに笑う。
「ふふふっ、まぁ、仕方ないわよね。お芝居とはいえ三ヶ月付き合ってみて分かったわ。本当にこいつはつまらない男ね。というか男としての魅力が皆無だわ」
ああっ、これは悪い夢だ。そう何度もユウヤは思っていた。思いたかった。
これがまともな人間のやることなのか?
どうして、こんな悪辣で残酷なことを嘲笑ってできるのだろうか。
「お前にまで、そう言われるほどかよ? このクズは」
「ええ、そうよ。まぁ、指輪をくれたならお情けで抱かれてあげてもいいかなぁとも思っていたのに」
「そして、それを脅しの道具にして骨までしゃぶるつもりだったんだろう?」
「もちろん。こういった奥手な男ほど律儀だからね」
二人の嘲笑う声が響き渡る。
「…………」
ユウヤは何も言い返せなかった。
これほどのことをされたのに、悲しみの気持ちばかりが大きくて、それを怒りに変えることさえできなかった。
「まぁ、ざぁ~んねんでした、ユウヤ。貴方は童貞のまま。どこかの風俗にでも行って早く捨てたほうがいいわよ、そんなもの」
「こんなやつの相手する女に同情するけどな」
……ユウヤはそれからのことを殆ど覚えていない。
ただ走ってシオリのマンションから逃げ出した事以外は。
そこでユウヤの心は完全に壊れた。
そして、今まで以上に女というものを信じられなくなってしまった。
こんなつまらない、魅力がない男に優しくしてくる女は、何か企みがあるのだと思うようになった。
それから全てがどうでも無くなったユウヤは、仕事をして家に帰るだけの日々を淡々と過ごしていき、生きる気力も次第になくなっていった。
そして、数カ月後、会社を解雇されたユウヤは自殺したのだ。
無意味で無価値な男の人生を終わらせるために。
◇
「…………」
ユウヤの話を聞き、シノは短刀を落としてしまいそうになった。
傷はもう癒えたと思っていた。
この優しい人々のいる街での生活で、ユウヤの心の傷は取り払われたと。
だが、違っていた。
心の奥底の傷痕は今も血を流し続けていた。
未だにユウヤを苦しめていたのだ。
「なしてや。そないに女のことが信用できんはずのあんたが、今になって女二人を手篭めにしたんわ?」
そうだ、自分を裏切って他の女に手を出したのはいくら傷を負っていたからと言って許せるものではない。その事実は変わらない。
「わかりません。『お役目』というのが上手く行かなかったので、あの二人がこの家に泊まることになったんです。そして、その日の夜に、僕は突然体中が熱くなって、何も考えられなくなって……」
断片的なユウヤの言葉。しかしシノは話の大筋を理解した。
「……そうか、そういうことなんか……」
腹が立ってくる。
どれだけ自分は怒りで頭が回らなくなっていたのだろうと。
全て、あの二人の仕業だ。
他の男達のように、ユウヤにまで介入をしてきたのだ。
「でも、僕がファリアとリナを傷物にした事実は変わりません。シノさん、僕が死んだら、僕の全ての持ち物をあの二人に渡してあげて下さい。そんなことで許されることではないのは分かっているんですが……」
ユウヤはそう言うと、また悲しげに微笑んだ。
やっと開放されると、死を迎えられると言わんばかりの顔で。
「最後の質問や。なして、なしてあんたはうちに櫛をくれたんや?」
深い心の傷を抱えながら、どうしてまた裏切られるかもと思いながらも自分に櫛を……贈り物をしたのか。
「すみません。僕は、貴女を好きになってしまったんです。だから、少しでも喜んでほしかった。そう思ってしまったんです。僕なんかに貴女を好きになる資格なんてないのに……」
ユウヤの瞳から一筋の涙がこぼれた。
「ふざけるんやない! なして、人を好きになる程度のことに資格なんているんや! どうして、そないな馬鹿な女に言われたことをいつまでも気にしてるんや!」
シノは堪えきれなくなって叫んだ。
何も分かっていなかった。この人が、どれだけ一途に自分のことを好いてくれていたのかが微塵も分かっていなかった。
はっきりと理解した。
裏切ったのは自分の方だ。
ただこの人は自分が居ない間に罠にかかってしまっただけなのだ。
その証拠に、この人は今でもうちのことを……。
「……シノさん?」
シノは短刀をユウヤの喉元から離して鞘に収めて帯の間に戻した。
「……すみまへん、ユウヤはん。うちは、うちは……」
シノはユウヤの胸に顔を沈めて謝罪の言葉を言おうとした。
だが、次の瞬間、シノはユウヤの身体を突き飛ばし、自分もその勢いで大きく後ろに跳んだ。
その次の刹那には、シノが居た空間に光の球が目にも留まらぬ速さで駆け抜けていき、部屋の壁と窓ガラスの一部に穴を開ける。
「<光球>の魔法。しかも正確にうちのいた部分だけを狙って……」
シノは自分を狙った光の球の正体を看過し、体制を立て直すと、間髪入れずに侵入口の窓に向かって跳んだ。
「ユウヤ様に何をしているのです!」
飛びながら身体を反転させて、シノは部屋のドアを開けると同時に自分に魔法を繰り出してきた金色の髪の少女を確認する。
美しい、この世のものとは思えないほど美しい娘だった。この娘があの二人の差金の片割れなのだと確認し、シノは『力』を使った。
「逃しません!」
続けざまに放たれた<光球>の魔法は、シノを僅かに避けて飛んでいく。そして、それが壁を貫くのと同時にシノは窓から家を飛び出した。
外で着地をすると、シノは背中を向けて一目散に走り出す。
その背中に向けてまた同じ魔法が飛んできたが、『力』を使っている今なら何の問題もない。
また光の球はシノを避けて飛んでいく。
そして、シノはそのままユウヤの家を後にした。
誰かが後をつけてくることもなかった。
懸命な判断だ。
ユウヤを守ることを第一に考えたのだろう。
誰も居ない暗がりの道を走りながら、シノはただ想っていた。
ユウヤの事を。
「もう、手遅れだったんやな……。うちはもう、ほんまにあの人に惚れてしもうとったんや」
初めは同情だった。
同病相憐れむ。
孤独な境遇の者同士惹かれるものがあっただけだった。
しかしそれが少しずつ変わっていった。
ただ自分に好意を向けてくるユウヤの存在が、意識せぬうちに少しずつ大きくなってしまっていたのだ。
距離を離して、時間を置いて、その想いを振り払おうとしたが駄目だった。
一層この胸の想いは増していく一方だった。
「……救われたいと考えているんか、うちは。現実から目を背けて、ただただ殺して、殺して、殺し続けて、そして全てを放り出して逃げた、こんな女が……」
己の発する言葉の刃が突き刺さる。
けれど、それでも、離したくないと考えてしまうほど、自分はユウヤを愛してしまった事に気づいてしまった。
足を止めて胸元に手をやる。
そこには、何物にも代えがたい宝物があるのだ。
この操られた、欺瞞に満ちた街の中にあって、この宝物に込めてくれたあの人の想いと今の自分の想いだけは違うのだから。
「……いやや。ユウヤはんは、うちのものや。あいつらの思い通りになんてさせん。絶対に、絶対に……」
シノはそう呟き、一つの覚悟を決めた。