ユウヤはとある小さな村の農家の次男として生まれた。
幼いころから気が弱くて人付き合いが苦手な彼は、よくいじめにあっていた。それでも勉強に打ち込み、何とか都心の企業に入社する。だが、そこで待っていたのは、同僚たちによる今まで以上の陰湿ないじめだった。
人付き合いが苦手とはいえ、ユウヤも上司や同僚に最低限の付き合いは礼を持って行っていたつもりだったが、内向的でどこか気弱でオドオドしているユウヤの存在は、日増しに煙たがられ始めた。
そんなことから、ユウヤは他の同僚たちの出世競争によるストレスのはけ口、いじめの対象にされるようになっていったのだ。
いじめの内容はさまざまだった。
いくら彼が違うと主張しても、他の者が口裏を合わせて上司に報告して仕事上のミスをユウヤに押し付けたり、仕事上の必要な情報をあえてユウヤにだけ伝えなかったりするのはもちろん、頑張ってはいるが上手く行かない仕事の進行の遅れやミスを見つけては、これ見よがしにあざけ笑った。
そんな日々が続き、しだいにユウヤは心を蝕まれて笑顔をなくしていく。
仕事を辞めようと思うと両親や兄に相談したことも一度や二度ではない。しかし、帰ってきたのは「がんばれ!」の一言だった。ユウヤの兄が継いだ農家の経営が思わしくなく、ユウヤの両親と兄は生活に困窮し、ユウヤからの仕送りが無くなっては生活に支障がでるほどになっていたためだ。
数少ない昔の友人達に相談したこともあった。しかし、答えはユウヤの両親のそれと同じだった。 未だに安定した就職口が見つからないその友人達にとっては、それなりの企業に就職しているユウヤの言葉は贅沢な悩みに思えたのだろう。
とある友人には『それはお前が悪いんだよ。なんでもっと上手く立ち回らないんだ! 俺ならもっと上手くやるのに!』とまで言われもした。
それでも数年間、なんとかユウヤは耐えた。
どんどんいじめはエスカレートしていったが、そんな状況でもまじめに仕事に取り組んだ。しかし、そんなユウヤに会社が下した結論は、業務適正能力の欠如による解雇だった。
ユウヤがそのことを両親に告げると、両親はひどく落胆し、実家に帰ってきても面倒は見られないから、そっちで新しい就職口を探すようにと言われた。
誰よりも落胆し、傷ついていたのはユウヤだったのに、彼に対する慰めの言葉はほとんどなかったのだ。
他の友人達もそうだった。気を使うようなことを言ってくれたが、口先だけで心がこもっていないことは明らかだった。
誰もわかってくれない。
誰か一人でいいから、この僕の気持ちを分かってほしい。
この苦しみを、この悲しみを、この怒りを分かってほしい。
いくらユウヤがそう望んでも、それを分かってくれる人はいなかった。
……辛いことはトンネルに似ていると何かの本で読んだような気がする。だから辛いこともトンネルのように頑張って歩き続ければ、前に進み続ければ、いつかは抜けられるのだと。
でも、もう進む気力はない。もう一度やり直す気力なんてなかった。やり直したとしても、こんな不器用な自分はまた同じ目にあうだけだろうから。
だったら、そんなことを繰り返して何の意味があるのだろう?
いや、ただ苦しくて辛いだけだ。なら、そんなことをする意味なんてない。価値なんてない。そう、こんな自分は、こんな人間は、生きている価値なんてないんだ……。
解雇を告げられた翌日、そう結論づけたユウヤは故郷に戻り、とある橋の上から飛び降りた。無価値な人間の無意味な人生を終わらせようとして……。
「……すみません、こんな話を……聞かせてしまって……」
全てを話し終えて、ユウヤは少し冷静さを取り戻す。
そして、つまらない話を初対面の人に聞かせてしまった事を後悔した。
こんな不愉快な話を聞かされて楽しいはずがない。ただ嫌な思いをさせてしまっただけだろう。
「……ほんまに苦しくて、辛かったやろな、ユウヤはん。そないな、そないなひどい目にあわされて……」
その言葉に、ユウヤは抱きしめられたまま視線を上に向けると、うっすらと瞳に涙をうかべて怒っているシノの顔が見えた。
「シノさん……」
ユウヤが名前を呼ぶと、シノはぎゅっと力を入れてユウヤを抱きしめた。
「大丈夫。この街にはそないな、そないなひどい人達はおりまへんから。大丈夫です……」
そう優しい言葉をかけてくれるシノの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「……シノさん……泣いて……」
泣いてくれている。初対面のこんな情けない男なんかのために。
そう思うと嬉しかった。本当に嬉しかった。けれどユウヤは再び止め処もなくこみ上げてきた涙と嗚咽のために、しばらくの間シノに感謝の言葉を口にすることはできなかった。
泣いて、泣いて、泣いた。そして涙が枯れて止まるまで、ユウヤはずっとシノに抱きしめられ、彼女の優しいぬくもりに包まれ続けた。
おそらく、この時だったのだろう。ユウヤがシノという女性に心を奪われたのは。