※この作品はR-18です。

Irregular ~存在を許されざるもの~   作:トド

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第五章 嫉妬

 そんな素振りは周りに見せなかったけど、あたしは、初めてあの人に出会ったときにはすごく緊張した。

 

 産まれて初めて見る、本物の男の人がどんなものなのかと、不安な気持ちがいっぱいだったのを覚えている。

 

「初めまして。コリィと言います。この地区の配達業務を担当しているので、よろしくお願いします」

 

 親しくしてもらっているシノさんに、挨拶がてら家に行ってみるといいと言われ、街外れの一軒家に越してきたあの人に会いに行った。

 

「あっ、うん。よろしく……」

 

 あの人は、あたしとは倍近くも年が離れていて、冒険譚に出てくるような力強い男性ではなかった。

 いや、それどころか、線が細くて頼りない感じさえした。

 

 けれど、その穏やかな声に、私はすごく優しげな印象を受け、

「まるで、アゼルみたい」

 そして、あたしの一番好きな物語――『魔法使いの家事手伝い』の主人公の一人である、頼りない魔法使いのアゼルというキャラクターにイメージがぴったりだと思った。

 

 

「……ユウヤさん。あたしの名前、忘れちゃったでしょう?」

「あっ、その、ごめん。顔はしっかり覚えているんだけど……」

「もう! あたしの名前は『コリィ』だよ。ちなみに、好きなものは猫と読書。料理は元気の出るお肉が好き!」

 

 毎日、道で会う度に元気に挨拶をしていたのに、一向に名前を呼んでくれない事で、あたしは自分があの人にとってはあまり関心がない存在なのだと分かってしまった。

 

 あの人の頭の中にある大切な人は一人だけ。いつも会話の端に出てくるシノさんのことだけ。

 

 あの人にとって、シノさんは命の恩人で、そして特別な人なのだとすぐに分かった。

 

 シノさんは、自分でも言っているようにおせっかいが大好きな性格だから、ちょっと頼りない感じのあの人とはすごくお似合いだと思う。

 

 うん、本当にそう思う。

 

 でも、どうしてだろう。

 

 あたしは、心の何処かに、その事を認めたくない自分がいることに気づいてしまった。

 

 

 あたしがこんな気持ちを抱くようになってしまったのは、あの人があたしと同じ趣味を持っていたからだろうか? 

 

「こんばんは、ユウヤさん。今日は何の本を借りてきたの?」

「あっ、うん。面白そうな物語を二冊と、無理を言って地図を借りてきたんだ」

「地図? 地図なんて借りてどうするの?」

「いや、少し調べたいことがあってね。まぁ、大した理由じゃないよ」

「むぅ、気になるなぁ」

「いや、本当に大したことじゃないから。それより、前にコリィが勧めてくれた物語を読み終わったよ。『キレリシスの迷宮』と『ルインナスの騎士』。どっちもすごく面白かった」

「えっ、もう読み終わったの?」

「うん。面白くて止めどころが見つからなかったんだ」

「ふふん、そうでしょう。ユウヤさんはどの場面が好きだった?」

「そうだね、僕は……」

 

 

 それとも、あの人がとても優しいからだろうか?

 

 

 何故か、頻繁に寂しげで悲しげな表情を浮かべることに気づいてしまったから?

 

 いつからなのかは分からない。

 

 あたしは、気がつくと、いつもあの人に会いたいと思うようになってしまっていた。

 

 けれど、あたしは懸命に自分に言い聞かせた。

 

 あの人にはシノさんがいる。

 だから仕方がないんだって。

 

 シノさんのような大人の女性じゃない、あたしみたいな子供なんかじゃあ相手にしてもらえないんだって。

 

 ……でも、あの人は……。

 

 

 

 第五章  嫉妬

 

 

 帰ってくるまでは確かに空腹だった。

 今日の夕食は何かと心待ちにしていた。

 

 けれど、今のユウヤは胃がキリキリして、何も口にしたくない心境だった。

 

「さぁ、お仕事を頑張りはってお腹も空いたと思います。こんばんは久しぶりに、うちの手料理を味わって下さい」

 

 テーブルの上にはシノが持ってきた重箱が置かれていて、彼女の手によってその蓋が開けられる。

 

 色とりどりの多種多様な料理が綺麗で見るからに美味しそうだ。

 しかもそれが何段も積み重なっている。

 新しい段が顕になる度にユウヤはそれに目を奪われてしまう。

 

 以前の自分であれば何の迷いもなく箸を伸ばしていただろうが、今は隣の席に座る二人の妻のことが気がかりで、それどころではない。

 

 いつもはファリアが横にいて、リナと向かい合う格好でユウヤは椅子に腰掛けていたのだが、今は対面の席に笑顔のシノが座り、二人の妻がユウヤを挟んで座っている。

 

 リナはどうしたものかと不安げに皆の顔に視線を忙しなく動かし続け、ファリアはシノに対する敵対心をむき出しにしながら、じっと彼女を睨んでいる。

 

 ファリアの背後にはいくつかの光る球が浮かんでいる。

 少しでもシノが妙な素振りをしたらそれで射抜くつもりなのだろう。

 

「ユウヤはん、約束しとりましたな。ぎょうさんお土産を買うてくるって。この料理はそのおみやげをたくさん使って拵えたものです。きっとお口に合うと思いますよ。さぁ、味をみて下さい」

 

 ファリア達など全く見えないとばかりに、笑顔で箸を取り出してユウヤに手渡そうとするシノ。

 ユウヤはそれを受け取るべきか否かを悩んで動けない。

 

「あっ、ユウヤさん。今日の夕食はラタトゥイユという、お野菜一杯の料理を作ったんです。その、美味しくできていると思いますので、その……」

 

 リナの申し訳無さそうな声が、さらにどうしたらいいのかとユウヤを悩ませる。

 

「……シノさん。僕は……」

 

 ユウヤが口を開いたことで、他の者は一斉に押し黙った。

 だが、ユウヤは二の句が続けられない。

 

 つい先日に命を奪おうとしてきたシノが、今までと変わりがないように振る舞っていることに頭がついてこない。

 あの夜のことはまるで夢か何かだったのかと疑いたくなるほどだ。

 

「……まぁ、込み入った話は、食事の後にしましょう」

 いつまでも言葉が見つからないユウヤに、シノが助け舟を出してくれた。

 

 その事に少し安堵したユウヤだったが、すぐにそれが別の感情に変わる。

 

「うちというものがありながら、若い娘を侍らせとる理由は、その後じっくり聞かせてもらいますんで」

 

 シノは変わらず笑顔だった。

 だが、その笑顔に込められた明らかな怒気に、ユウヤは冷や汗がこみ上げてくる。

 

「何故だろう。命を狙われたときよりも、今のほうが怖い……」

 半分以上本気で、ユウヤはそう思ってしまった。

 

「ユウヤ様。その料理を口にしてはいけません。何が入っているのか分かったものではありませんから!」

「うちは、人様の口に入るもんに悪さをするような罰当たりなことはしまへん。そのようなことを平気で出来るんは外道や。馬鹿にするんやない」

 

 決して大きな声ではなかった。

 けれど、シノのその声に、ファリアも気圧されて一瞬言葉を失う。

 

「……大丈夫です。この料理には何もおかしなものは入っていません」

 リナが不意に声を発した。

 

 ユウヤが彼女に視線を移すと、リナはシノの料理の上に温かな光を宿した右手をかざして困ったように微笑む。

 

「今のも、魔法なのかな?」

「はい。本当は、誰かが作ってくださった料理にこんな魔法を使いたくはなかったのですが」

 

 ユウヤに答えるリナの表情は暗い。

 人が作った料理に毒がないかを調べるという行為自体を申し訳なく思っているのだろう。

 

「……シノさん、とお呼びしてもよろしいですか?」

 

「ええ。好きなように呼んで下さい」

 シノは笑みを絶やさずに応える。

 

「それでは、シノさん。まずは、このような魔法を使った失礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」

 

 リナは慇懃にお詫びの言葉を述べて頭を下げ、言葉を続ける。

 

「ですが、貴女は私達の大切な人に危害を加えようとしました。その事は揺らぎようもない事実です。どうして、そのようなことをされたのか理由を教えていただけませんか? それがわからないうちは、私達は貴女と食事をする気持ちにはなれません」

 

 普段はおとなしいリナが、はっきりとした物言いでシノに問いかける。

 

 だが、ユウヤはリナの身体が僅かに震えていることに気づいた。

 

「リナ……」

 

 リナが懸命に恐怖心を押し殺していることを理解し、ユウヤは流されるままで何もしていない我が身を恥じる。

 

「ええ。もちろん説明するつもりでした。とは言うても、そないに深い話ではありまへんけれども」

 

 シノはそこまで言ってユウヤを見つめてくる。

 

 自分で尋ねなさい、と叱責された気がして、ユウヤは口を開いた。

 

「ごめんね、リナ。君に負担をかけてしまって」

 

 まずは迷惑をかけた妻に詫び、ユウヤはシノを毅然とした目で見つめ返す。

 

「シノさん、話して下さい。どうして僕を殺そうとしたのかを……」

 

 ユウヤの問に満足気に小さく頷き、シノは語り始めた。

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