「……なるほど。そないな理由があったんやな」
ユウヤは、ファリアとリナの二人に自分が手を出して、その責任を取るために妻に迎えることにしたという話を、再びシノに話した。
「ユウヤ様、今の話では語弊があります。私は、いえ、私達は自分でユウヤ様に抱かれたいと言ったのです。無理やりどうこうされた訳ではありません」
「はい。私も今の言い方では誤解を与えてしまうと思います」
ファリアとリナの抗議の言葉に、しかしユウヤは首を横に振る。
「何であれ、これは僕の行動が招いた事態です。シノさん、ですから僕はこの二人に対してきちんと責任を取りたいと思っています。だから、貴女の求婚には……」
ユウヤの決意のこもった言葉だった。
いまだにシノに対する未練がないと言えば嘘になる。
けれど、そこはきちんと割り切らねばいけない。
ユウヤは自分にそう言い聞かせる。
「ほんまに、ユウヤはんらしいです。真面目やわ。安心しました。ここでほいほいうちからの求婚も受け入れようとしはるんやったら、幻滅していたところです」
シノは満足げに微笑む。
もしかすると、シノは自分のことを試していただけなのかもしれない。
きちんと自らの責任を果たすような人間かどうかを見極めるために。
そう好意的に考えたユウヤだったが、その幻想はすぐに壊れた。
「せやけど、ユウヤはん。うちの気持ちも嘘ではないんです。ますますユウヤはんのことが諦められんようになってしまいました」
「正式な式はまだですが、私達夫婦はお互いに契りを交わしました。その関係に割って入ってこようとするつもりですか、貴女は!」
ユウヤの事を諦めないと宣言するシノに、ファリアが食って掛かる。
だが、シノも負けてはいない。
「何を言い出すかと思えば。そもそもの前提が間違っています。うちとユウヤはんはもともとええ関係やったんです。そこに割り込んできたのがあんたたちなんや。
それに、契りを交わしたと言うとりはりますけど、出会って間もない男性に、恥じらいもなく身体を許すんがフォルシア様とやらの教えなんか? 客観的に見ても、純情なユウヤはんを籠絡しようとしていた、嫌らしい魂胆が丸見えや」
「私は、ユウヤ様を心から愛しています。ですから、この身を委ねたのです。そのような下衆の勘繰りをするなど、恥を知りなさい」
「相手に想い人がいることさえ確認もせず、自分の欲望を愛やとごまかして、うちの大事な人を寝取った恥知らずに、そのようなことは言われたありまへん」
「あっ、その、あの……」
ファリアとシノの激しい舌戦に、リナはついていけずにオロオロしている。
だが、それはユウヤも同じで、あまりにも険悪な雰囲気にどうすればいいのか分からない。
誰が最初に言ったのか知らないが、『女の喧嘩に口を挟むものではない』というのは金言だとユウヤは理解した。
「ユウヤはん」
「あっ、はい!」
シノに不意に呼ばれて、ユウヤは慌てて返事を返す。
「ユウヤはんの、この娘たちにたいして責任を取るというんは、しごくまっとうな考えやと、うちも思います。せやけど、うちのこの想いに対しては、なにもしてくれまへんの?」
「あっ、いや、その……。正直、シノさんが僕なんかのことをそこまで想ってくれていたとは、今日まで知らなくて……」
ユウヤは答えに窮する。
なんと答えればいいのかまるで分からない。
「はっきりと断言させてもらいます。貴方は今でもうちのことを好いていてくれはってます。そこの二人の娘よりも、誰よりも……」
「ふざけたことを言わないで! ユウヤ様は、私とリナのことを……」
「そな、大切には思ってはるでしょうな。ユウヤはんは責任感が強いですし、男の人は抱いたおなごのことは好きになるといいます。せやけど、あんた達がユウヤはんと過ごした数日間に、うちとユウヤはんが重ねた時間が負けはしまへん」
シノはそういい切ると、ユウヤに微笑みかける。
「ユウヤはん。貴方は勘違いをしてはります。奸計にはまってしまって、うちのことを諦めなきゃならんと思いこんでしまっているだけなんです。
貴方がうちを好いてくれていた気持ちは今も変わっていません。そして、うちも貴方のその気持ちに答えたいと想っています。貴方のことを、愛しく想うとるんです」
「……シノさん……」
相変わらず、なんと言葉を返せばいいのかわからない。
けれど、ユウヤはシノの言葉が嘘偽りのない真実であることを理解した。
返さなければ。この真摯な思いに回答をしなければ。
そうユウヤが考えて言葉を口にしようとしたときだった。
「いやっ、いやぁぁぁぁっ!」
ファリアが叫び声を上げてユウヤに抱きついてきたのは。
「だめっ、駄目です。ユウヤ様……」
涙をこぼしながら、ファリアは「駄目」という言葉を繰り返す。
幼子が駄々をこねるように。
「ファリア……」
泣きじゃくるファリアの身体は震えている。
ユウヤは少し目をつぶり、気持ちを落ち着かせると、ファリアを安心させるように彼女の背中を優しく擦る。
「シノさん……」
ユウヤの無言の懇願に、シノは静かに頷いて立ち上がった。
「泣く子には勝てまへんな。ユウヤはん。この話はまた後日ということにさせて下さい」
「ありがとうございます、シノさん」
ユウヤは礼の言葉を口にし、リナに頼んで彼女を玄関まで送ってもらう。
自分には、泣きじゃくる妻を落ち着かせるという大切な役目があるので手が離せない。
やがて、シノが帰っていき、リナが居間に戻ってきた。
「……ユウヤさん。後片付けは私がやりますので、今日はもう休むことにしましょう」
「うん。ありがとう、リナ。君がいてくれて本当に良かった」
ユウヤの言葉に、リナは微笑み、
「今晩は、ファリアさんに優しくしてあげて下さいね」
優しくそう言ってくれた。
ユウヤはリナに深く感謝し、ファリアを連れて大きなベッドの置いてある寝室に向かった。
ベッドの上に隣り合って、ユウヤはファリアと座る。ようやく、少し落ち着いたようだ。
「……リナに、気を使わせてしまったね」
部屋のドア向こうにいるであろうリナにもう一度感謝し、ファリアに同意を求める。
だが、ユウヤは両手で顔をがっしりと掴まれて、強引にファリアの方を向かされた。
「……ファリア……」
ユウヤは名を呼ぶことしかできない。
ファリアはまた泣いていた。
止め処なく涙を流していたのだ。
「あっ、あの、ふぁっ、んっ、んぐっ……」
なにか言葉をかけようとするよりも早くに、ファリアは強引にユウヤの唇を奪い、舌を入れてきた。
それは、ファリアがよくする献身的なディープキスではない。
貪欲に男を、ユウヤを求めてくる、情熱的で独占欲に満ちたものだった。
ファリアの激しいキスにユウヤは早々に降参し、身を任せて陶酔する。
彼女の舌と唇の感触に、芳しい香りに、淫靡な音に、甘い唾液の味に、美しい姿に溺れて、なせれるがまま、ベッドの上に押し倒される。
けれど、ユウヤを押し倒してもファリアの攻めは終わらない。
こちらの身体に覆いかぶさり、柔らかくて温かな肉体を服越しにこすり付けてくる。
胸板にファリアの大きくて張りのある胸の感触を感じる。
こちら左足にしなやかな両足を絡めながら、柔らかいが独特の弾力のある最も淫靡な女の部分をその足にこすり付けて来ているのが分かる。
「貴方は私のものです。誰にも渡さない」
口にこそ出さないものの、ファリアの行為が言葉以上に明確にユウヤにその事を訴えかけて来ている。
涙を流しながら懸命に想いをぶつけて来るファリアに、ぼんやりとする思考の中で腕を懸命に動かし、ユウヤは彼女の頭を優しく撫でた。
その行為でファリアは落ち着きを取り戻したのか、唇を離す。
そして叱られるのを待つ子供のような顔でこちらを見つめてくる。
ファリアが自分の言葉を待っていることに気づいて、ユウヤは微笑んだ。
ファリアを安心させるために。
「ごめんね、ファリア。心配させてしまって」
ユウヤは自分がきちんと想いを彼女に伝えていなかったことに気づき、行動に移る。
まずは優しくファリアを抱きしめて彼女の唇にキスをした。そして自分の気持ちを言葉にする。
「ファリア。僕は、君のことが好きだ」
ユウヤはもう一度優しく微笑み、ファリアの頭を撫でる。
サラサラとした美しい金色の髪の感触が心地良い。
「……ユウヤ様……」
ファリアはユウヤの名を呼び、不安げな表情のままこちらを見つめ続けている。
そんな彼女に、ユウヤは愛おしげに頭を撫でながら言葉を紡いでいく。
「こんなに僕のことを好きでいてくれる、君が好きだ」
好意を向けられることに不慣れな自分にも分かるくらいに、ファリアはこんな冴えない男を好いていてくれている。
それほどまでの愛情を向けてくれているのだ。
「僕なんかのことで怒ってくれる、優しい君が好きだ」
ユウヤの過去を聞いて、我を忘れるほど怒ってくれた。
それはファリアの優しさから来る感情に他ならない。
「そして、綺麗なだけじゃなくて、こうして嫉妬してくれる、可愛い君が大好きだよ」
スラスラと台詞が出てきたのは、これがお芝居じゃないからだろう。
ユウヤは心から湧き上がってくる想いを、何の飾り気もなしに言葉にして伝えた。
「……かっ、可愛いだなんて……。そっ、そんなこと、幼い頃に言われたきりで……」
今までの大胆な行動もどこへいったのか、ファリアは顔を真っ赤にしてユウヤから視線をそらす。
しかしユウヤには、彼女のその表情が一層可愛く思えた。
「うん。やっぱり可愛いよ、ファリア。普段の落ち着いた感じもいいけれど、そういった年相応の姿を見せてくれるのも嬉しいよ」
ユウヤはファリアの頭をいっそう愛しげに撫でながら、満面の笑みを浮かべた。
ファリアはしばらく顔を下に向けて俯いていたが、やがて少し拗ねたような顔をして、恨めしそうにユウヤを見つめてくる。
「私は、もう十八です。醜態を晒してしまいましたが、私はもう子供ではありま……んっ、あっ……」
ファリアが言葉を続けるよりも早くに、ユウヤはファリアの口を優しいキスで塞ぎ、言葉を続ける。
「……ファリア。僕はまだまだ夫としては未熟だけど、君のことを本当に大切に思っているんだ。……いつも頑張ってばかりじゃあ体を壊してしまう。二人きりのときだけでもいいから、もう少し肩の力を抜いた、本当の君を見せてくれないかな?」
ユウヤがそう言って微笑むと、ファリアはまたポロポロと涙を流しながらユウヤに熱い口づけを交わしてきた。
それからユウヤは優しく、本当に優しくファリアを抱いた。
彼女の不安な気持ちを払拭するように。
片付けを終えて、まだ仮の修理しか終わっていない奥の部屋のベッドで、リナは一人横になっていた。
ドアを締めていても同じ家の中だ。ユウヤとファリアの声が微かに聞こえてくる。
ファリア達の艶めかしい矯正を耳にして、リナは一人ベッドに横になりながら微笑む。
こみ上げてくる寂しさを胸の奥に押し込んで、笑みを浮かべる。
「これで良かったんです。私が側にいてはファリアさんが無理をしてしまうから。頑張りすぎてしまうから……」
自分が未熟なせいで、いつもファリアに苦労をさせている。
リナはずっとそのことを気にしていた。
何事においても頼りになる優しい先輩に甘えてばかりで、自分は何も返せてはいないことを重荷に思っていたのだ。
「あのシノという方が、ユウヤさんのとても大切な女性だと分かってしまって、ファリアさんは凄くショックを受けていました。それに、突然キスまで……」
リナ自身も痛みを覚えたが、この胸の痛みはまだ耐えられるはずだと思う。
「だって、私はいままで孤独ではなかったんです。いつも私の周りには優しい仲間が、先輩が沢山いたのですから」
時折意地悪なこともされたが、それは害意のあるものではなかったことをリナは理解している。
ユウヤやファリアが向けられてきた負の感情とは全くの別物なのだと分かっている。
ユウヤが話してくれた暗い過去。
それを考えるだけで辛くて仕方がない。
懸命に、懸命に頑張って、僅かな光明を見つけたと思ったら、さらなる絶望に落とされたユウヤのことを思うだけで悲しくなる。憤りを覚える。
「ですが、ユウヤさんはそれでも優しいんです。そして、そんな心に深い傷を持っている人だからこそ、同じような深い傷を抱えたファリアさんが、心を開ける大切な男性なんです」
リナは懸命に自身にそう言い聞かす。
そうしないと、胸に押し込んだ気持ちが溢れてきそうになってしまう事に気づいていたから。
「男の人を好きになるって、こんなに胸が痛いものなのですね」
リナの瞳からこぼれた涙が、頬を伝って枕を濡らす。
きっと今のユウヤには、同じベッドで愛を育み合うファリアのことしか考えられなくなっている。
私のことは考えていてはくれない。
そう思ってしまうと胸がたまらなく痛くなる。
苦しくて、嗚咽を漏らしてしまいたくなるほど悲しくなってしまう。
私のことを見てほしいと、想ってほしいと願ってしまう。
「でも、駄目なんです。今は、せめてファリアさんがもう少し元気を取り戻すまでは、私は我慢しなければいけないんです。……だって、だって私は、ファリアさんのことも大切だから」
リナは痛む胸を抑えながら、敬愛する女神に問いかける。
「フォルシア様、私は間違っていますか?」
そんな悲痛な問にも、フォルシアは何も応えてはくれない。
だが、リナは微笑んだ。
「……すみません、フォルシア様。すぐに私は自分で考えようとはせずに誰かを頼ってしまいます。こんなことではいけませんよね。私は、ユウヤさんの妻にしていただいたのですから、もっと自分で考えられるようにならないと」
リナは涙を拭い、軽く自らの頬を叩いて気持ちを切り替える。
「きっと、明日の朝はユウヤさんもファリアさんもお疲れのはずですから、お風呂と美味しい朝食を用意して、疲れを癒やして頂かないといけませんね」
今日買ってきた食材を思い出し、リナは朝食の献立を切り替えることにした。
「今日は早く眠ることにしましょう。……明日は頑張らないと」
リナは自身に言い聞かせるように呟くと、静かに目を閉じた。