※この作品はR-18です。

Irregular ~存在を許されざるもの~   作:トド

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浅春

「まるで踊っているみたい……」

 隊長の流麗な剣さばきを、私はそう修辞することしかできなかった。

 

 気迫のこもった敵の突きは、カイラ隊長がほんの僅かに後ろにステップを踏んだことで届かない。

 年に一度の贅沢として、母に連れて行ってもらった劇でみた立ち回りよりも、私にはよっぽどお芝居じみて見えてしまう。予め、相手がそこに攻撃する手はずになっているのではと錯覚してしまう。

 

「隊長! 残存敵戦力は二人です!」

 ローラさんの鋭い声に、私はここが戦場であることを思い出す。

 

「……カイラ隊長は、私を守るために戦ってくれている。私も、何かお手伝いをしないと!」

 私は自分の力を発動させる。

 

「私の力は、ものすごく弱くて役に立たないかもしれないけれど……。今役立つ可能性があるのは、これしかないから!」

 ローラさんのようにたくさんの敵を広範囲で認識できはしない。全力で意識を集中しなければいけないから、他のことができなくなってしまう。

 

 だから、あの男の人に捨てられた。使えない能力だと言われた。でも、それでも、私を救ってくれたカイラ隊長達の役に立ちたい。

 いつも守られてばかりの足手まといではいたくないから。

 

「あっ……。カイラ隊長! 居ます! 左側から迂回して接近してきます!」

 確かに分かった。間違いなく居る。その事をなんとか懸命に隊長に伝える。

 

「上出来だ。リディ!」

 私の名を呼んでくれた。そして、隊長は戦闘中であるにもかかわらずに、私の頭にぽんと優しく触れてくれた。

 

「みんな、私のところまで戻ってこい! 挟撃されるぞ!」

 カイラ隊長の指示に、キッシュさん達みんなは、敵に背を向けることなく後退してきた。

 

 そして、皆が集まるとすぐに、隊長を先頭にして三角形のような隊列を組む。私はその三角形の中心に置かれる。

 

「くそっ、なんで俺たちの動きが……」

「リュイ様! 一度お引き下さい!」

「馬鹿を言うな! あいつらは俺を殺すことは出来ない! お前達だけ引け!」

 女の人の声の他に、低い声が聞こえる。きっと男の人の声なのだろう。

 

「心にもないことを言う男だな。そんな気概があるのならば、何故真っ先にお前が前線に出てこなかった!」

 背中しか見えなかったけれど、カイラ隊長が怒っているのは私にも分かった。

 きっと、目の前のリュイと呼ばれた男の人にあの男の人を重ねているのだろう。

 

「ふざけるな! 『ルール』も知らないのか、この女!」

「ふん。今更説明されるまでもない! そのような事は百も承知だ。だが、お前を無力化することなど造作もない!」

 カイラ隊長は男の人が繰り出してくる剣を交わしながら、ピッタリと男の人にまとわりついて動きを封じる。

 男の人が他の人達を攻撃できないようにするためだろう。

 

 その間に、キッシュさんたちは、回り込もうとしていた女の人に一斉に攻撃を仕掛ける。

 

「がっ……」

 キッシュさんの短剣が、深々と女の人の胸に突き刺さる。そして、キッシュさんはそれを容赦なく引き抜いた。

 血が胸から流れ落ちる。さらに口からもそれを吐き出して、その女の人は地面に倒れた。

 

「――――!」

 悲鳴を上げたくなった。でも、口に手を当てて私は懸命にそれを堪える。

 

 慣れなくてはいけない。これは殺し合いなのだ。相手を殺さなければ自分たちが殺されるのだから……。

 

「残った二人が逃げようとしている! シャーム!」

 ローラさんが声を掛けるよりも早く、シャームさんは飛び出していた。その両手に変わった形のナイフを握って。

 そして、背中を向けて走り逃げる二人の女の人にあっという間に詰め寄っていく。

 

 目に見える範囲から居なくなってしまったため、私はシャームさんが何をしたのか見えなかった。でも、きっと見えなくてよかったのだと思う。

 

「まだ二人。……あと一人。……終わりだ……」

 淡々と呟くローラさんの言葉に、私はこの戦いの趨勢が決したことを理解した。

 

「隊長!」

 ローラさんの声を聞き、カイラ隊長は剣を振るい、男の人の手から武器を弾き飛ばす。

 

「あっ、なっ……。まっ、待ってく……」

「命乞いなどするな。そのまま黙って死んでいけ!」

 カイラ隊長の怒声とともに繰り出した一撃を胸に受けて、リュイと呼ばれた男の人は動かなくなった。

 

 ……戦いは、私達の勝利で終わったのだ……。

 

 

 

◇

 

 

 

「ああ、美味い。リディ。相変わらず、お前の作るオムレツは最高だな」

「ありがとうございます、カイラ隊長!」

 

 野宿の最中であっても、あいつらの目がないところで、気の置けない仲間たちと食べる朝食は至福の時間だった。

 季節も春になり、まだ夜と早朝の寒さは堪えるものの、過ごしやすい気候になっている。

 

 さらに今年から自分たちの部隊に加わったリディが食事担当になってからは、彼女ご自慢の絶品オムレツが食べられる。

 飽きのこないように、いろいろと中身を変えてくれる心遣いも嬉しい限りだ。

 

「まったく、リディのオムレツがあるから生きていけるわ」

「そうそう。これをもう一度食べるために頑張ろうって思えるもの」

 

 仲間たちの賛同の声は、リディへの気遣いも含まれてはいる。けれど、この最低の環境において、彼女の料理は私達に許された唯一の娯楽だ。

 

 もしもこれを奪おうとするものが居たら、私達は命をかけて抗う。

 

「そうだな。あんな最低のクズにくれてやるつもりはない。どうせなら、このちっぽけな命は、この仲間たちのために使いたいな」

 それがかなわぬ夢であることなど分かっている。けれど、そんな希望的観測でも持たなければ生きていけない。

 

「……私達には、自殺する権利さえないのだからな……」

 折角の食事が台無しになってしまう。私は心のうちから湧き上がってくる絶望に蓋をして、オムレツに舌鼓を打つ。

 

「ほらっ、リディも座って食べろ」

「はい!」

 私が声を掛けると、嬉しそうに私の隣にやって来るリディ。

 

 温和な笑みを浮かべる、美しい銀髪が印象的な少女。可憐という言葉ほど、この娘を修するに相応しい言葉はないだろう。

 

 彼女はうちの部隊で最年少の十四歳。私と十も年が離れている。まだまだ誰かに甘えたい年頃のはずだ。

 けれど、この健気な少女は懸命に自分がこの部隊のためにできることを探し、必死についてきている。

 

 つい何ヶ月か前までは、このような苦労など知らずに済んでいたはずなのに。

 

 そう。何も知らずに、ただ平穏な時を過ごす無垢なる少女だったはず……。

 

「リディ。後片付けは私達でやっておくから、隊長とゆっくりご飯を食べていなさい」

「そうそう。今日は結構歩くから、しっかり休んでおかないと駄目よ」

 仲間たちは愛おしそうにリディの頭を撫でて、テキパキと後片付けをしていく。

 

 リディはそのことに申し訳無さそうな顔をしていたので、私は彼女の頭を撫でてやる。

 

「今日はプセリの街まで行くからな。今のうちにしっかり食べておけ」

「はい。カイラ隊長」

 リディが食事を始めたのを確認し、私もまたオムレツをしっかりと味わう。

 

 斥候に出した仲間の話だと、まだプセリは『起動』されていないようだ。

 あの街は、東部の道が交わる要所。あそこを抑えておけば東部から進行してくる相手を抑えることはたやすい。それに、自分たちが受けた命令は、あの街の偵察だ。それさえ守っていれば、あいつが来るまでの時間は、皆を休ませてやる事ができる。

 

「どうにかして街を『起動』できれば、リディ達に人並みの食事と暖かな寝所を与えてやれるんだがな……」

 あいつがやって来て街を起動させても、私達に休息は与えられないだろう。所詮、私達は捨て駒だ。

 

「……私にもっと力があれば……」

 懸命に剣の腕を鍛えてきた。弱き者を守れるようにと。

 

 だが、そのような努力は何も意味がなかった。持って生まれた、この世界の神によって割り当てられた資質が悪ければ、何の意味もないのだ。少なくとも、あの男にとっては……。

 

 私は最後の一口を食べ終えると、食器を部下に渡してリディを見る。私が食事を終えたことに、自分も急いで食べようとするものだから、私は「いいから、ゆっくり食べろ」と言って微笑む。

 

「どうにか、リディとこの仲間たちだけは……」

 もしも今回の任務に失敗すれば、運が良ければあの男にみんな殺されるだけですむ。だが、悪ければ、『兵器』にされてしまう。そんな事態だけは絶対に防がねばならない。

 

「……隊長?」

 不安が顔に出てしまっていたのだろうか? リディが心配そうな視線をこちらに向けてくる。

 

「ふっ。なんでもない。大丈夫だ。お前たちは私が守る。必ずな……」

 リディの頭を撫でて、私はそう再度誓いを立てた。

 

 何があろうと、せめて自分の大切な仲間だけは、この命をかけて守り切ると。

 

 そう誓った。誓ったのだ。だが……。

 

 

 

 

 

 

 

 半日ほど歩き、私達七人はプセリの街の前までやって来た。

 

 街は蒼一色に染まり、まるで凍りついているようだ。

 

 いや、その修辞はある意味で的を射ているだろう。いま、眼前の街は時間が止まっているのだから。

 

「……シャーム。お前が偵察してくれたとおりだな。まだこの街は起動していないようだ」

「ええ。あれから一日経っていますが、変わりはないようです」

 褐色肌で黒髪の少女が、私にそう言って安堵する。

 

「ローラ!」

「はい。索敵していますが、辺りに敵はいないようです」

 心得たもので、私が指示を出さずとも仲間たちは自分の仕事をこなしている。

 

「……念の為、街の周りを調査しよう。そして、それが終われば少し距離をとったところでキャンプする。いつこの街が起動してもいいようにな」

 私は皆に街の周りを調べるように指示を出す。だが、シャームには別の指示を出すことにする。

 

「シャーム。お前には特に重要な指示を出す」

「はっ、はい!」

 緊張するシャームに、私は微笑みかける。

 

「この近くにも、野鳥の巣があるはずだ。お前はそこから人数分の卵を仕入れてこい。リディが存分に腕をふるえるようにな」

「はっ、はい! お任せ下さい!」

 リディに次いで年若いシャームは、そう答えて微笑むと、来た道を引き返していった。きっとここに来るまでに、もう目ぼしい採取場所を見つけているのだろう。

 

「リディ。お前は私と一緒にいろ。卵が届いてからがお前の力の見せ所だ」

「はっ、はい!」

 ビシッと背筋を伸ばして応えるリディに、私は満足げに頷いて彼女の頭を撫でた。

 

「隊長! 私の方には特に異常は見受けられませんでした!」

「隊長! 私の方もです」

「人が通った形跡も見られませんでした」

 次々に戻ってくる仲間たちの報告を受けながら、私は満足げに頷いた。

 

 起動していない街には、資格者以外は誰も入ることは出来ない。街の反対側の入り口から有資格者が入り起動しない限りは安全なはずだ。

 

「やっと、皆を休ませてやることができそうだな」

 後は、ただ一人、キッシュが戻ってくるのを待つだけ。それもすぐに……。

 

「……カイラ隊長……」

 

 皆が戻って来てから十分以上経っても、キッシュは戻ってこなかった。

 

 おかしい。いくらなんでも遅すぎる。間違いなく何かあったに違いない。

 

「隊長! 私の能力には、以前として敵の反応は一切ありません」

 索敵能力を持つローラが無事なのは不幸中の幸いだ。だが、敵はローラの索敵能力を回避する能力を持っているようだ。

 

「隠密能力を持つ敵が近くに潜んでいる可能性が一番高い。だが、もう一つの可能性として、隠密能力を持つ男が、街の中に潜んでいる可能性もある。あるいは、その両方かもしれない」

 

 私は瞬時に考えられる可能性を導き出す。だが、

「カイラ隊長! 男の人の気配は全くありません」

 リディの能力の一つ、男を感知する能力に、敵は引っかからないらしい。感知できる対象が限定的である分、リディの能力は隠密能力で隠すことは出来ないことは聞かされて知っている。

 

「いい情報だ、リディ」

 あのクズはリディの能力を使えないと言って彼女を捨てたが、それは彼女の力を使いこなす頭がなかったからに他ならない。

 

 起動していない街の中に入れるのは男だけ。それが『ルール』だ。ならば、街の中に誰かが潜んでいる可能性はなくなった。この情報は値千金だ。

 

「……みんな、街を覆っている蒼い壁に沿ってキッシュが向かった地点に行くぞ。伏兵が潜んでいる可能性が高い」

 街を盾にして襲ってくる方向を限定させる。そして私達は武器を手に取り、辺りを警戒しながら進んでいく。敵の姿は見えないが、今は攻撃が来る方向を限定できるだけでもありがたい。

 

「……最悪、相手が<女王>一人ならばまだ勝ち目は有る。だが、撤退中に各個撃破されてしまっては、その可能性さえなくなってしまう。ここは戦うしかない」

 周りに気を配りながら、私達は少しずつ進んでいく。そして、暫く進むと、地面に倒れた少女を発見した。

 

「……キッシュ……」

 あの桃色の髪の毛は間違いない。キッシュだ。だが、彼女の倒れる地面は、赤黒い液体に染まっている。

 

「動くな! まだ敵が近くに潜んでいるはずだ!」

 私はキッシュに駆け寄ろうとする仲間たちを静止する。

 それに、あの出血量ではもう手遅れだ。

 

「武器を構えろ! 泣くのは自分たちが助かってからにし……」

 それは、ただの勘に過ぎなかった。だが、私は反射的に、盾にしていた街を覆う蒼い壁から飛び退く。

 

 空中で身体を反転させて着地すると、街を覆う蒼い壁に向かって剣を振るう。だが、その一撃は目に見えない力に弾かれてしまう。

 

「街から離れろ! 何かが潜んでいる!」

 リディの能力によって消した可能性だったが、間違いなく街の中に誰かがいる。私はその事を理解し、皆に指示を出したが、もう手遅れだった。

 

 私の声にいち早く反応して壁から離れたリディ以外は、来るはずもない街の中からの攻撃に、みんな喉元を掻っ切られてその場に崩れ落ちた。

 

 一瞬。まさに一瞬の出来事だった。ローラ達三人の仲間は、瞬きほどの時間で殺されたのだ。

 

「あっ。ああっ、いやぁぁぁぁぁっ!」

 リディの悲鳴が響き渡る。だが、今は泣いている場合ではない。

 

 手が見えた。そして、その手が握っている短刀が見えた。しかし、再びそれは街の中に消えていく。

 

「リディ、逃げろ! シャームと合流して、この事を伝えるんだ!」

「あっ、ああ……。いやあああああああっ!」

 あらん限りの声で叫んで命令したが、リディはパニックを起こして泣き叫ぶ。

 

「くっ!」

 私は、その場に崩れて泣き叫ぶリディを抱きかかえて、地面を転がった。

 

「あっ、ああっ、みんな、みんなが、しっ、死んで……。喉から、いっぱい血が……」

 壁から離れた私は、中膝になって立ち上がると、半狂乱のリディの頬を叩いた。

 

 頬を襲う痛みに、リディの目に僅かだが光が戻る。

 

「落ち着け! このままではお前まで死んでしまう! 早くここから逃げろ! シャームと合流するんだ!」

 私はそう言うと、リディを背後に突き飛ばして、街を覆う蒼い壁部分に向かって剣を構える。

 

「逃げろ、リディ。これは命令だ!」

 私には、もう後ろを振り向く余裕もない。

 

 その位置はまだ停止した空間であるはずなのに、蒼い壁の内部から歩き出てくる人影を見てしまったから。……いや、それだけではない。その相手の実力が自分を大きく上回る存在だと認識してしまったからだ。

 

「逃さへんよ。あんたらには悪いとは思いますけど、ここで死んでもらいます」

 壁の中から現れたのは、間違いなく女だった。

 

 自分と同じくらいの年頃で、長い黒髪と異国の衣装が特徴的な美女。だが、何故起動していない街から女が現れるというのだ。

 

「能力? 馬鹿な。索敵能力にも引っかからないだけでなく、起動していない街に入り込める能力も持っているというのか?」

 

 それに、二つの能力を有しているということは、この女は<女王>ではないことになる。すると、<歩兵>しかありえないのだが、この圧倒的な力は<歩兵>のそれでは断じてない。

 

「……この、化物……。お前は一体何なのだ!」

「これから死んでいくあんたが、そないなことを聞いても意味はあらへんよ」

 酷く冷たい女の声に、私は自分がここで死ぬことを理解させられてしまった。

 

 勝てない。どうやってもこの女には勝てない。そう理解してしまった。

 

「くそぉぉぉっ!」

 

 敗北を認める心と体に活を入れ、私は女に斬りかかった。だが、結果は何も変わらない。そう、私の死という運命は変わらない。……はずだった。

 

 私の渾身の斬撃を苦もなく交わし、女は正確に私の心臓を一突きにする一撃を繰り出してくる。だが、それは何故か私の身体をすり抜けていった。

 

「<戦車>の能力……。いや、違うみたいやな」

 眼前の化物が眉一つ動かさずに呟く。

 

 私の能力は<戦車>で有ることは間違いない。だが、私はその能力を行使などしていない。けれど、私の身体は光に包まれている。なら、この能力を使ったのは一人しかいない……。

 

「カイラ隊長! 逃げて、逃げて下さい!」

「リディ! 馬鹿、止め……」

 

 最後に、微笑むリディとそれに斬りかかる黒髪の女の姿が見えた。

 

 私はそんな中、何も出来ずに撤退した。

 

 守ると誓った仲間たちを守ることも出来ずに、おめおめと生き恥をさらすこととなってしまったのだ……。

 

 

◇

 

 

 ただ淡々と、黒髪の女は街の外に穴を掘る。

 

 先程、この街に近づく少女がいたことには気づいていたが見逃した。先に<戦車>の女を逃した以上、それが二人に増えても変わらない。

 それならば、事態を報告する人間が増えることで、この街に対する警戒感が強まるだろう。

 

 女の顔には何の表情も浮かんでいない。

 

 やがて五つの大きな穴を掘り終わった女は、自らが殺めた女達の死体をそこに埋めて、土を被せていく。

 

 人を殺め、その相手を埋葬する。

 こんな行為をすることに何の意味があるのか。そう思ったことはある。

 

 だが、自分にはこの行為が必要なのだ。……これ以上、堕ちていかないように。

 

 人の道を離れ、鬼の道を歩むと決めた。

 

 けれどそれさえも放り出そうとしたが、外道に堕ちることだけは出来なかった。

 

 これまで自分が歩んできた道を振り返れば、ただ血の海が広がっているだけだった。だが、今は違う……。

 

 守りたいものがある。だからこそ殺さなければならない。

 

「……うちが心折れたんは、あんたの配下の能力を見たからやった。せやけど、うちは再び鬼に戻おた。……外道、今度はあんたが心を折られる番や」

 

 女はそう心の中で呟くと、ただ静かに埋葬を続けた。

 

 

 

 

 異端者は、再び戦場に戻ってきた。

 

 

 あの時と変わらぬ力と、そしてその時以上の決意を持って帰ってきたのだ。

 

 

 その力は圧倒的で、誰も彼女を倒すことは出来ない。

 

 

 だが、何故異端者はここまで、名も知らぬただの一人の男を驚異と感じているのかを理解していない。

 

 

 それは、虫の知らせだったのだ。

 

 

 そう。それは本当に僅かな確率。だからこそ、異端者はその可能性を考えていなかった。

 

 

 そしてその些細なミスが、後の災厄をもたらすこととなる……。

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