どうしてなんだろう?
どうして、この間行ったお菓子屋さんのお姉さんが、僕たちを殺そうとしてくるのだろう?
そう、つい先日のことだ。僕とアリシア達の五人は笑い合っていた。
あのときのお菓子はすごく美味しかった。お茶も美味しかった。
レイアがそこに居なかったのは本当に残念で仕方がなかったけれど、久しぶりに、みんなで楽しい時間を過ごせていたのに……。
「レイアも、リミファも、ティアも、サリアも、みんな死んでしまった。どうして僕の大切な人たちが死ななければいけなかったんだろう?」
残ったのは、僕とアリシアだけ。でも、それももうすぐ終わろうとしている。
「舐めないでよ、私には、まだこの力が残っている!」
アリシアはものすごく強い。レイアやサリアでさえも敵わないほどに。
それは、アリシアの能力があまりにも優れているから。
でも、それでも……。
アリシアは凄まじい速さで連続攻撃を繰り返す。でも、かすりもしない。何処に躱そうとしているのかを、アリシアは分かっているはずなのに。
少しして、金属のぶつかる甲高い音が聞こえたかと思うと、アリシアの剣は宙を舞っていた。
「……なるほど。『虚言破り』を持った<女王>やったんか」
どうやったのか分からない。でもアリシアの能力を正確に見破って、黒髪の女の人は短刀の切っ先を彼女に向ける。
「なんで、なんで当たらないのよ……。力も使っているのに……」
「……単純な話や。あんたの攻撃が遅すぎるんよ。いくらうちの動きを先読みできても、そないな稚拙な剣技では意味がない」
アリシアの力、『虚言破り』。それは、嘘を見破れる能力。
それだけ聞くと、単純な能力にしか思えないだろうけれど、本気でこの力を使ったアリシアは、真実を口にしない相手が「本当は何をしようとしているのか」が分かる。
アリシアの問を聞いて理解し、それに対して反する行動を取るか無視をすると、行動を読まれてしまう。
それは、目に見えていない相手に対しても有効で、さっき隠れていた弓使いを見つけたのもこれだ。
アリシアは、黒髪の女の人に、攻撃を防いだり躱そうとはしたりしないかどうか尋ねた。
だから、もしもあの女の人が攻撃を防ぐ、または躱そうとするとアリシアにはその動きが分かる。後はそれを踏まえた上で、相手が対処できない攻撃を仕掛ければ、どんな相手にも勝てる……はずだった。
「アリシア!」
僕はナイフを捨てて駆け寄り、アリシアを抱きしめる。
「……ごめん、ルイ……」
アリシアは顔を俯けて、僕に謝った。
そんな。どうしてアリシアが謝るんだろう。謝らなければいけないのは、何もできない僕の方なのに。
「……そうか。あんた達はみんな、この子に戦ってほしくなかったんか……」
僕が捨てたナイフを見て、何の表情も浮かべていなかった黒髪の女の人に、僅かに感情が宿った。
でも、僕にはそれが、何故かすごく寂しげな表情に思えてしまう。
僕はただ黙って黒髪の女の人を見つめていた。でも、そこで……。
「……お願い。お願いします。私はどんな方法で殺してもいいですから、ルイだけは……この子だけは助けて下さい。どうか、お願いします……」
アリシアは抱きしめていた僕の身体から離れると、地面にひれ伏してそんな事を言う。
「なっ、何を言っているんだよ、アリシア! そんなの、そんなの駄目だよ!」
僕はアリシアの躰を掴んで叫ぶ。
「アリシアが死んでしまうなんて、僕の側から居なくなってしまうなんて嫌だよ!」
「……ルイ。ごめん、ごめんなさい。私、貴方に死んでほしくないの……」
アリシアの目から涙がとめどなく溢れた。泣きじゃくる僕と同じように。
「……馬鹿げた頼みやな。あんたも分かっとるはずや。駒を増やすことができる<王>を逃がせるわけないやろ……」
黒髪の女の人は、そう言って僕たちに短刀を向ける。
「……ここで終わっときや。もしも、うちが今助けても、こないな甘い考えをする子供達が生きていける世界やないんよ。……こんな世界に、救いなんてありはしないんやから……」
涙で視界が霞んでいたけれど、でも、やっぱり黒髪の女の人の顔は、悲しげに思えた。
「苦しまんように、二人とも一緒に楽にしたる。暴れるんやないよ……」
子供に言い聞かせるような優しい声で、その女の人は言う。
「ごめん、ごめんね、ルイ。守れなくて、ごめんね……」
「ずっと、ずっとアリシアは僕を守ってくれていたよ。……大好きだよ、アリシア……」
「ルイ……。私も、大好きよ……」
僕が最後に聞いたのは、誰よりも大好きで大切な女の子の声。
そして、最後に見たのは、悲しげに短刀を振るう黒髪の女の人。
「……ああ、そうだったんだ」
僕は、どうして初めて会ったときから、この女の人が気になったのかが分かった。
それは、以前、病気にかかって苦しむだけの毎日を送っていた僕の一番身近にあったもの。懐かしいものだったから。
絶対に避けられない、悲しくて冷たいもの。でも、何処かでそれが来る日を願ってしまっていたもの。
この女の人は、僕の『死』だったんだ……。
僕は静かにその死を、運命を受け入れた。一番大好きなアリシアも一緒なら、死んでしまうことなんて怖くはなかった。
だけど、最後に僕は未練を抱いてしまった。以前の僕ならそんな気持ちを持たないで死ねたはずなのに。
ただ、死を待つだけだった僕なんかには、神様が与えてくれたこの時間だけで満足するべきだったって分かっている。
でも、それでも……。
……もう少しだけ、あの幸せな時間を過ごしたかったな……。
◇
人々が寝静まった夜に、街に転がっていた死体を可能な限り回収した黒髪の女は、この街でも墓を掘る。
策士気取りの小者だったが、自分の勝利が見えるまでは逃げ隠れを続ける面倒な存在だった。
だから、潜伏していたこの街に逃げてきた少年に、女はあえて機能を回復させた。そして、少年たちを襲うところを一網打尽に仕留めたのだ。
全ては女の企て通りに事は運んだ。
けれど、女の顔に笑みはない。
しかしその一方で、あの無垢なる少年に、そして彼を戦いから遠ざけようとしていた少女達の願いに、女は忘れようとしていた人の心を蘇らせてしまった。
<王>がやられてしまえばすべてが終わる。だが、この『ルール』では、やはり<王>は一番強い駒なのだ。
それを戦わせないなどというのは、愚の骨頂に他ならない。
「……向いていないんよ。あんたらのような善人が、戦う気概がない人間が、この世界で……この時間で生きていくんわ……」
これが現実だ。
戦わなければ、殺さなければ生きていくことができない。それができない者は、ただ何もかもを奪われてしまうだけなのだ。
それ故に、良識のある人間や善人ほど、早々に淘汰されていく。
……生き残るのは魑魅魍魎や外道ばかり。ならば、この世界は、地獄以外の何だというのだろう。
だが、それでも女は短刀を振るって戦い続ける。
大切なものが女にもある。他者の命を奪おうとも、守ろうとするものがある。だから、立ち止まるわけには行かない。
この辺りの<王>は全て始末したはずだ。これで邪魔が入る心配はない。
後は、あの男たちを始末するだけだ。
そうすれば、また、あの時間を取り戻せる。また、幸せな一年を過ごすことができるのだ。
……この後一ヶ月ほどで、女はついにターゲットの男と戦うことになる。
その力の差は歴然で、この女が決して負ける戦いにはならないはずだった。
だが、このルイという少年達を手に掛けた事が、人の心を取り戻させたことが、女に隙を作らせることになる。
……そして、女は絶望することになる。
深く、深く、深く……。