静かに息を殺して気をうかがう。
全てはこの時のために。ありとあらゆる手段を使ってこの状況を作り上げた。
相手が自分よりも戦力で劣ろうと、決して油断はしない。
そう。もしもこの信条を守り通せていたのであれば、異端者は決して負けることがないはずだった。
だが、異端者は見てしまう。
殺すべきターゲットの畜生にも劣る行為を。
そして、その中には、まだ年若い姉妹がいた。
その髪は赤髪で、姉の方は自分と同じ男を愛する大切な家族の一員と同じくらいの年頃だった。
妹の方は、先日この手で殺めた一途に少年を愛しぬいた少女と同じくらいに見えた。
……放っておけばよかったのだ。これまで数多の命を奪ってきたにもかかわらず、今更そんなことに気を取られなければ、勝利は決して揺るがなかったのに。
だが、それなのに、異端者は……。
◇
「代わり映えのない景色だな。面白くもなんともない」
俺はあまりの退屈に我慢できなくなり、文句を口にする。
揺れる馬車の荷台の乗り心地は、相変わらず最悪で、敷物を敷いていても尻が痛くなる。
俺はそのまま手近な枕に頭をやって仰向けになる。
「……リュナス様。あと一時間ほどで次の街にたどり着きますので、もう少々……」
「知っているよ、そんなことは。いちいちくだらねえ事を口にするんじゃあねぇぞ、リーディア」
俺の頭を太ももで支える紫の髪の気弱そうな女が、俺の苛立ちに拍車をかける。
「ったく、この役立たずが。<女王>ってことと躰だけはいいから親衛隊にしてやっているが、他にいい駒が見つかったら、お前は用済みだからな」
「……はい。分かっています……」
リーディアはただ寂しげに笑うだけ。怯えもしない。……つまらない。これで恐怖の表情の一つでも浮かべれば、まだ面白みもあるのに。
「んっ! んんっ……」
馬車の荷台の隅に座っていた緑色の長髪の美女が、リーディアの反対に座って俺の唇に自分の唇を重ね合わせてきた。
その感触は悪くなかったので、俺はなされるがまま、キスを続けることを許す。
そしてしばらくそのまま女の唇と唾液の味を楽しんでいたが、緑髪の女――シェリヌは惜しむように唇を離し、俺の胸に右手の人差し指を当てて、それで俺の胸板を弄ぶ。
「……ねぇ、リュナス様。その時には私にこの女を下さいね。リュナス様を誘惑する、この無駄に大きな胸から少しずつ爆破して行ってあげますから」
シェリヌは空いている左手で、リーディアの大きな乳房の片方を握りつぶす。
「くっ……」
リーディアは小さく苦悶の声を上げたが、それ以上は決して声を上げない。
「……くそっ。面白くない。退屈だ」
俺はリーディアの胸を握るシェリヌの手を、蝿を追い払うように叩く。すると、俺の指示を理解したシェリヌは渋々手を離した。
「畜生、楽しみはあとに取っておこうと、あの連中を逃したのは失敗だったか……」
あの時は、あいつの手駒の<女王>の一体が命がけで俺を抑え込みやがった。名前は、ええと、何だったか……。
「おい、リーディア。この間戦った<女王>の名前は何だった?」
「はい。たしか、『レイア』と呼ばれておりました。……年若いのに、立派な戦士でした……」
そんなことまで聞いていねぇよ、と思ったが、声にするのも面倒だったので黙っている。
『……私の仲間には、貴方達なんかに負けない強い子がいるんだから……』
そう最後に言い残し、レイアとかいう小娘は息絶えた。
それは、ただの強がりだったのかもしれない。だが、俺には駒の種類を知る能力もある。それによれば、間違いなくあのガキはまだ二人の<女王>を隠し持っている。
なぜ<王>であるあの金髪のガキが直接俺を殺しに来なかったのかは知らんが、かなり強い能力を隠し持っていることは間違いねぇだろう。
あの時は、ゾクゾクと震えが来た。武者震いというやつだ。ここのところ、ろくな相手と戦っていなかったから、余計に強い敵と殺し合うのは楽しみで仕方がなかった。
だが、そんな高揚感も長くは続かない。
いつ奇襲してくるか楽しみにしていたのに、奴らは逃げの一手で攻撃を仕掛けてこなかった。
「ああっ、つまらねぇ、つまらねぇ、つまらねぇ。おい、シェリヌ。『選別』はやめだ。後ろの馬車の連中を自由にしていいから、何か楽しい余興でも考えろ。どうせもう少しで別の街に着くんだ」
俺の命令を聞き、シェリヌはこの上なく嬉しそうに微笑んだ。それとは対象的に、僅かにリーディアの躰が震えだす。
「はははっ。シェリヌ。リーディアもお前の余興が楽しみで仕方ないようだ。期待に答えて、とびっきりのやつにしろよ」
「はい。はい。お任せ下さい。私、さっそくいいことを思いつきましたわ」
恍惚とした表情で、身悶えしながらシェリヌは俺に耳打ちしてくる。わざとリーディアにも聞こえるような声で。
「……へぇ、悪くねぇな。いいぞ、やれ」
俺は御者の役立たずに命令して、馬車を止めさせる。
これでようやく少しは退屈を紛らわすことができそうだ。
シェリヌの能力は俺のお気に入りだ。こいつの力は敵を殺す以外にもいろいろと楽しませてくれる。
俺と親衛隊を含めて七人。御者の一人は仕方ないので次の街に着くまでは生かしておく。だから、不要なのは七人。
俺の親衛隊は一人を除いて完璧だ。これでリーディアの奴の能力がもう少し使えるものだったら言うことはないのだが、まぁ、入れ替える楽しみがあると思っておこう。それに……。
「どうした、リーディア。楽しくないのか? こんな滑稽な見世物は他にないと思うが?」
俺の言葉に、相変わらず枕役を務めるリーディアは、躰を小刻みに震わせている。
「……次の街にたどり着いたら、お前もあの中に加わっているかもな」
俺のその言葉には、リーディアは何もいわずに微笑みやがった。ったく、面白くない。
俺は仕方なく、余興の方に、馬車の前方に目を移す。
シェリヌは、『選別』するための馬車の御者だった女を含めた七人の女達を全裸にして、三人の追跡者と四人の逃走者に分けた。
そして、命がけの鬼ごっこをさせる。それが今回の余興。
追跡者はシェリヌが能力で爆弾に変えて、逃げる四人の逃走者を追いかけるように命令をしている。だが、運が良ければ、一人だけ助かるのだから、シェリヌにしては慈悲深い配慮だ。
当初は裸になることへの羞恥心で躰を隠していた女どもは、そんなことはお構いなしに懸命に逃げ続けている。
追跡者がシェリヌの能力で爆弾になっていることはもちろん逃走者に教えてある。そうでなければ面白くないからだ。
まぁ、俺の言葉が、そしてシェリヌの能力が本物である事を示すために、適当な野生の動物を爆破するところを見せてやったのだから、否が応でも自分たちの立場を理解しただろう。
逃走者達には、次の街まで逃げ果せたら全員助けてやると言ってある。だから、奴らは懸命に逃げる。胸も尻も性器も露出したまま、我が身助かりたさにみっともなく逃げ続ける。
馬で一時間近くかかる距離を、靴もなしに走り続けて逃げおおせるつもりでいるのだ。このバカどもは。
「いっ、いやっ、いやぁぁぁぁっ!」
女の耳障りな悲鳴が耳に入ってきた。どうやら一人捕まったようだ。
「離して! 離して! 離しなさいよ、この! この!」
足にすがりつく追跡者を、反対の足で何度も蹴りつける女。アソコが丸見えになっていることなど全くお構いなしに、殺意さえ込めて蹴り続ける。
「いっ、痛い! 痛い! ごめん、ごめんなさい。躰が、躰の自由が効かないの……」
シェリヌは追跡者には死に物狂いで四人の逃走者を追うように命令してある。それに逆らうことはできない。
「いやっ、やっ、死にたくないぃぃぃぃっ!」
滑稽な悲鳴を上げて、え~と、なんて名前だったっけ? まぁいいや。女二人は轟音とともに、爆発に巻き込まれて跡形もなく吹き飛んだ。
「おお、おお。綺麗に吹き飛んだな。おい、シェリヌ。以前よりも威力が上がっているんじゃないか?」
「はい。私もリュナス様の配下として成長しているということですわ」
シェリヌは恍惚とした表情で身悶えしている。きっと股を盛大に濡らしているはずだ。そうだ、この見世物を見物しながら、この女を犯してやれば、気持ちいいかもしれない。
そんな事を考えながら、俺は視線を再び前に戻す。
「はっ、はっ、はっ……」
涙を流しながら赤髪のガキが懸命に逃げる。そして、それを追いかけるのも同じ赤髪の女だ。
「ふふふふっ。リュナス様。あの二人は実の姉妹です。姉の方を爆弾に変えて、妹を優先的に追うようにと指示をしてありますわ」
「ほぉ~。相変わらずえげつないな、シェリヌ」
俺は口の端を上げて、この滑稽な見世物を楽しむことにする。
「駄目、足を止めては駄目よ! アリア、逃げて、私から逃げて!」
「いやっ、いやだ、お姉ちゃん、お姉ちゃん。こっ、こっちに来ないで!」
逃げる妹を鼓舞しながら、懸命にその大事な妹と爆死するために追いかける姉。そして逃げる妹には、そんな優しい姉の気遣いは伝わらず、姉は自分を殺すために近づいてくる恐怖の対象でしかない。
「ふっ、ふふふっ、あははははははははっ。見て下さい、あの無様な顔ったら。ああっ、嫌で嫌で仕方ないでしょうね。大切な妹を自分が殺そうとしているなんて。でもね、貴女はただの爆弾人形。妹と一緒に爆死するしかないの」
爆笑するシェリヌに釣られて、俺も思わず吹き出してしまった。
さらに、姉の方が懸命に何かをしようと口を動かしているのを見て、俺は一層笑みを強める。
「おい。見ろよ、シェリヌ。姉の方は、舌を噛もうと何度も口を動かしてやがるぞ」
「ふっ、ふふふっ。優しいわねぇ。自分の命よりも妹が大切なの? でもね、残念でしたぁ~。貴女は自殺することもできないのよ。私がそう命じて、あ・る・か・ら」
シェリヌはそう言うと、口元と腹を押さえて爆笑する。
不意に、俺の頭を支える枕が小刻みに震えるのが分かった。そのことが一層俺の嗜虐心を高める。
「あっ、転んだ! 転びましたよ、あの妹!」
シェリヌの嬉しそうな声に、俺はいよいよその時が来たと思い、その滑稽で無様な姉妹の最後を見物することにした。
「いっ、いやっ、こっ、来ないで……。来ないで……」
「……うっ、ううっ。ごめん、ごめんなさい、アリア……」
転んだ際に足を痛めたのだろう。妹の方はもう走ることができないようだ。そこに、涙と鼻水で顔をグチャグチャにした滑稽な姉が迫っていく。
「ふっ、ふふふふっ。さぁ、さぁ、さぁ、いよいよですわ……」
この上なく悦に浸った声で、シェリヌがそう告げる。
そして、無様に赤髪の姉妹は仲良く爆死する……はずだった。
突然けたたましい嘶きが聞こえたかと思うと、急に馬車が大きく揺れた。
「リュナス様! ご無礼を!」
声が聞こえたかと思うと、俺はリーディアに抱きかかえられて宙を舞っていた。そこで瞬時に周りを確認した俺は、ナイフが突き刺さり暴れている二頭の馬が見えた。そして、次に御者の役立たずが殺されている事実を確認する。
少し遅れて爆発が起こった。だが、爆発したのは姉の方だけで、誰かが妹の身体を抱き締めて、少し離れたところに立っている。それと、あと一人の逃走者の女が腰を抜かしているが、まぁ、これはどうでもいい。
誰かが奇襲を仕掛けてきた。それだけで情報は十分だ。
リーディアとともに地面に着地した俺は、声を張り上げる。
「シェリヌ! 他の連中も無事だな!」
「はい。シュティナが足を挫いた程度ですわ」
「ちっ、相変わらず鈍いやつだな」
文句を言いながらも、俺は腰のベルトに帯びている剣を抜く。俺の親衛隊たちも武器を構える。
「奇襲なんて、いつ以来だよ、おい。はっ、はははっ。楽しくなってきた!」
退屈な日々に辟易していた俺は、気分が高揚してくるのを感じていた。
「……まったく、下卑た顔やな。うちの想像どおり、下衆さがにじみ出とるわ」
声のした方を向くと、変わった衣服をまとった長い黒髪の女が、短刀を片手に立っていた。
あの赤髪の妹を庇うかのように、俺達に相対する。
「リュナス様。敵はあの女一人のようです」
配下のミリセアの言葉を頭の片隅に置きながらも、俺は他にも敵がいる可能性を排除しない。
「てめぇ、<女王>だな……」
能力を使うまでもなく、足の運びを見れば、俺は大体の相手の判別がつく。
「……さぁ? うちは只の鬼や。しがない地獄の獄卒やけども、あまりにもお前達の悪行が目に余るんで、地獄に迎えに来たというわけや」
黒髪の女はわけのわからないことを言い、短刀を構えた。
「ふん。ちょうど退屈していたところだ。簡単には死ぬなよ!」
俺は目で合図をすると、黒髪の女に斬りかかる。すると、リシュアが俺と同時に黒髪の女に向かって駆け出し、距離を詰める。
「いくら<女王>だろうが、一人で俺に戦いを挑んできたことが間違いだ!」
俺はただの<王>ではない。<女王>の力を五人分有している<王>なのだ。この一撃を防げるはずがない。さらに、<女王>であるリシュアも同時にかかれば交わすこともままならないはずだ。
そして、何よりもこいつの攻撃は俺には届かない。それが『ルール』だ。
俺は黒髪の女に向けて斬りかかる。それより一瞬早いタイミングで、リシュアも跳んで空中から必殺の一撃を繰り出した。
もしもリシュアの攻撃を防ぐか交わすなりすれば、必ず隙が生まれる。それを逃がすほど俺は甘くない。勝負は簡単につく。……はずだった。
「……なっ!」
俺は確かにこの目で見た。切り飛ばされたリシュアの首が宙を舞うのを。だが、黒髪の女の動きはまったく見えなかった。いつ攻撃したのかもまるでわからないほどの早業だったのだ。
そして、瞬く間もなく、黒髪の女は俺の方を見据えて攻撃を仕掛けてくる。
だが、それは愚かな行為だ。まだ俺には他の駒がいる。だから俺にこの女の攻撃は届かない。
『ルール』は絶対だ。
「攻撃を弾かれた一瞬の隙をついて、逆に殺してやる」
瞬時に総判断し、俺はわざと攻撃を少し遅らせる。あとは、黒髪の女の無意味な攻撃が弾かれるのを待つだけだ。
そう思っていたが、俺の反撃の時間は訪れなかった。
女の短刀は、何の抵抗もなく俺の胸元に突き刺さったのだ。