きっと、それはただの偶然。
でも、その根幹には、誰かを思いやる気持ちが溢れている。
だからこそ私達は、大切な誰かの笑顔を見ることが出来て、心が満たされるのだ。
番外2 『それは、必然めいた偶然で』
リナは全神経を眼前の鶏肉に向ける。
美味しく作らなければならない。自分が失敗してしまったのなら、ファリアさんがせっかく作ってくれるあの料理の味を損ねてしまうのだから。
けれど、もしもこれが成功したのであれば、きっと喜んでくれるはずだ。
いつもお世話になってばかりいる大切な夫と、それと同じくらい大切な家族の皆に喜んでもらいたい。そして、また家族全員で、こうして食事を取れるようにとの験担ぎも込めて、なんとしてもこの料理を成功させる。
リナは肩に力が入りすぎないように注意しながらも、真剣な眼差しで調理を始める。
ただ、食べてくれる人の笑顔を思い浮かべながら。
◇
それは、一ヶ月以上も前に遡る。
結婚式を終えたユウヤ達が、少しの時を重ねて、家族としての暮らしにようやくなれ始めた頃のことだった。
「……ゆっ、ユウヤさん。お願いです。力を貸して下さい」
休日ということもあり、ユウヤは居間のソファーに腰を掛けて、図書館から借りてきた本を読んでいたのだが、自室から出てきたリナが、まるでこの世の終わりのような悲痛な表情で自分に助けを求めてきた。
「どうしたんだい、リナ? 僕で力になれることなら喜んで力を貸すよ。だから少し落ち着いて、事情を話してくれないかな?」
ユウヤは本を閉じてソファーに置き、可愛い妻を安心させるように彼女の両肩に手を置いて微笑みかける。
困っているリナには悪いと思ったが、普段から彼女達は自分に気を使って、頼ってくることがないので、こんなふうに頼られることがユウヤには少し嬉しかった。
ユウヤはリナを落ち着かせて、事の次第を彼女の口から聴いていった。そして、その内容に思わず苦笑し、頭を抱えざるを得なかった。
「そっ、そうか。思わぬ事態になってしまったんだね」
なるほど、たしかにこの一連の顛末を聞くと、ファリアには相談し難い事柄でもある。
幸か不幸か、ファリア、そしてシノさんも今は外出している。リナと二人だけで今後の方針を決めるならば今しかない。けれど……。
「……リナ。君の口からは説明しにくいと思うから、僕がファリアとシノさんにこの事を話すよ。これは、僕たち二人だけでどうにかなる事柄ではないと思う。家族のみんなで取り組むべきことだ」
結婚を皮切りとし、家の大幅増築を行って、妻達にも個室を用意した。彼女達は遠慮していたが、プライバシーはなくてはならないものだとユウヤは考えた。
けれど、なるべく家族の中での隠し事は作りたくない。
この一件は確かにファリアに相談しにくいことではある。だが、決して二人だけで解決しようなどとは考えてはいけないことのはずだ。
「夕食の後にでも相談しよう。それまでに、僕もいろいろ考えておくから」
リナの頭を優しく撫でて、ユウヤは微笑む。
するとリナはユウヤの胸に抱きついてくる。
そんな妻が、ユウヤには愛しくてたまらなかった。
「……事情はよく分かりました。確かに、これは私に責任があります。申し訳ありません」
ユウヤは夕食後にいつものテーブルを囲んで皆に件の話をした。すると話を聞いたファリアが、謝罪の言葉とともに頭を下げる。
「下らん見栄を張るために、身勝手なお偉いはんが、そのハルカという娘に丸投げしたんが原因やないの。ファリア。あんたが謝る必要なんてありまへん」
シノはそう言うと、小さく嘆息して言葉を続ける。
「リナがおったとこやから、あまり悪くはいいたありまへんけれど、リスレ神殿のトップのカティア司教いうんは、困った性格みたいやな。目下の者の苦労がよう分かってへん。まったく、レミアはんの爪の垢でも飲ませたいくらいや」
敬愛する自分の上司が引き合いに出されて褒められるのは嬉しいが、反面、シノさんがここまで見知らぬ特定の誰かを悪く言うのは珍しいなとユウヤは思う。
「でも、リナはそのハルカという人の力になってあげたいと思っているんです。それで、シノさん達の知恵を借りたいんです」
「もう、ユウヤはん。そないな水臭い言い方はせんといてください。うちもこの二人同様、貴方の妻なんですから」
「うっ、その、すみません。まだこの喋り方のほうが慣れているので、つい……」
ユウヤはシノにも他の二人と同じような砕けた話し方をしなければと思ってはいるのだが、なかなか今までの癖が抜けきってくれない。
「まぁ、それはおいおいでええです。家族の一員として、今回のことを、きちんとうちとファリアにも話してくれたんは嬉しかったです」
「そうですね。家族の間ではなるべく秘密を作りたくありません。話しにくいことも、こうして相談して頂けて嬉しいです」
シノとファリアの言葉に、ユウヤは自分の行動が間違っていなかったことを確信し、安堵の息をつく。
「リナ。それじゃあ、もう一度最初から今回の一件を整理してみよう」
「はい。事の起こりは……」
リナの説明を聞きながら、ユウヤも頭の中で今回の思わぬ事柄をまとめて行く。
まず、今回の騒動の発端は、ユウヤがファリアに何気なく教えたカレーライスという料理にある。
ファリアの親友のルーアという娘が、大の料理上手だと言うので、何気なく元の世界で人気のあった料理の味と簡単の作り方を話したのだが、ファリアはそれをそのままルーアに手紙で伝えたのだ。
ルーアはその僅かな情報だけを頼りに、未知なる料理であったカレーライスの再現に成功した。結婚祝いにと、完成したカレー粉を送ってくれた。そのおかげで、ユウヤはカレーを再び食べられるようになったのだ。
幸いなことに、この世界でもカレーの味は好評のようで、ルーアが所属するヴェリス神殿でも大好評だったらしい。
「うん。ここで終われば、めでたしめでたしなんだけれど……」
だが、ユウヤは知らなかった。ファリアとリナの二人がとても仲がいいので、彼女たちが所属していたヴェリス神殿とリスレ神殿が、お互いをライバル視しているという事実を分かっていなかったのだ。
そして、誰かは知らないが、ヴェリス神殿の人間が、カレーの味の素晴らしさをリスレ神殿の人間に話したらしい。
そしてそれが、リスレ神殿のトップであるカティア司教様の耳に入ってしまったというのだ。
ヴェリス神殿に後れを取ってなるものかと、カティア司教は僅か一ヶ月後の会合の日までに、そのカレーに勝るとも劣らない料理を作るようにと、配下のハルカというシスターに命じたらしい。
ただ、美味しいということしか分からない未知なる料理に対抗するものを作らなければいけなくなってしまったハルカという少女。
彼女は、カレーのただ一つの手がかりである、リナと結婚した旦那から調理法を教わった料理である、という情報に縋るしかなかったようで、リナに手紙で助けを求めてきたのだ。
「リナを可愛がってくれた先輩らしいから、僕も力になってあげたいけれど……」
この一件をファリアが知れば、友人にカレーという料理の情報を教えたことを悔やむかもしれないからと、困り果てていたリナ。
本当に優しくて可愛い、自分にはもったいないほどの妻だ。
彼女が世話になった人のためだというのならば、ユウヤも知恵の一つや二つ出すことを渋ったりはしない。だが、もう時間がないのが大問題だ。
「カレーと並ぶ、僕の居た日本の国民食といえば……。真っ先に出てくるのはラーメンだけど、そもそもあれは中国が発祥だし、他の麺類はこの世界にもあることは分かっているから、インパクトが弱い気がする。
いや、仮にラーメンが未知なる料理だったとしても、材料があるのかもわからないし、そもそも細かな作り方なんて知らない」
ユウヤはこのときほど自分に調理技能がないことを悔やんだことはなかった。
「ユウヤ様。お一人で悩まないで下さい。こんな時の私達です」
困り顔をしていたユウヤに、ファリアが笑顔でそう言ってくれる。
「まず、そのリスレ神殿で手に入る、旬の食材をリナにあげてもろうたらいかがでしょう? その上で、それらを使った料理のアイデアを考えるという方が効率的やと思います」
シノの指摘に、ユウヤは「なるほど」と頷く。
「その上で、そういった料理が今までヴェリス神殿で出されていたかどうかを、私が判断させて頂きます。これでも、料理当番は頻繁に行っていましたから、力になれるはずです」
頼もしい妻たちの言葉に、ユウヤは感動すら覚えてしまった。
それは、リナも同じようで、ユウヤを含めた家族の皆に、「ありがとうございます」と涙ながらに頭を下げている。
「ふふっ、泣く必要はないんよ、リナ。みんなで考えれば、きっとええ考えが浮かぶはずや」
「そうです。ですが、当然貴女の力も必要です。一緒に考えましょう」
「はい!」
妻たちの団結する姿に目を細め、ユウヤもあらん限りの力を尽くした。
結果、またこの世界にはなかった料理が、広まっていくことになるのである。