少し一人になりたいと言い、ユウヤは単身で外に出て、街の方に向かって歩き始める。
突然突きつけられた情報の多さに、頭がどうにかなりそうだ。
「馬鹿げている。こんなのはただの悪戯だ」
そう言いたい。そうだと信じたい。
だが、少しだけ冷静になってみると、この世界に来てから目を背けていた違和感を、あの本に書かれた内容が補完している事実に気づく。
「どうして、僕なんかがこの世界にいるのだろうかと思っていたけれど……」
この世界で行われる殺し合いの駒の一つ。そう考えれば、何の取り柄もない自分が選ばれても不思議はないと思えてしまう。
「そして、初めからこの街の女性たちは僕に有効的だった。これも、きっと……」
若くて美しい女性ばかりの、このカリスの街。だが、これは罠だ。とても悪質で悪辣な。
美しい女性に好意を向けられて、嬉しくない男は少ないだろう。だが、そこで節操なく五人以上の女性と関係を持ってしまったら、否が応でも殺し合いに参加させられてしまう。
「ただ単に殺し合いをさせたいだけならば、強制的に参加させられるようにすればいい。だが、ゲームマスターと名乗る男は、あえてそうしなかった。その理由は考えるまでもない」
ユウヤは自然と拳をきつく握りしめていた。
「苦しめるためだ。ルールを知らずに参加条件を満たしてしまった人間が、後悔し、もがき苦しむのを見たいからだ。それぐらい性格がねじ曲がった人間でなければ、人の命を玩具のように扱う、殺し合いなどしようとはしないはずだ」
他人に対する尊厳も敬意もない。命というものに対する慈しみもない。
もしかすると、自分などには分からない知慮があるのかもしれないとも思ったが、あの人を小馬鹿にした文章が、その可能性を否定させた。
「そもそも、人をチェスの駒に見立てたゲームなど安直だ。発想が子供じみすぎている。そんな幼稚な人間が、深い考えを持っているとは思えない」
自らの想像に過ぎない人物像なのだが、ユウヤは怒りを禁じえない。そして、その気持ちは、そんな唾棄すべき人間に対して何も対抗することができない自身にも向けられる。
「僕に、何ができるんだろう?」
気弱で、高圧的な人間に逆らうこともできない弱虫な自分。温かな人たちの中で、この上なく優しい妻たちと過ごせていたから忘れることができていたが、自分は何もできない人間だ。弱くて、無様で、ただ嫌なことが治まってくれることを願うだけの情けない男だ。
ユウヤは足を止めて、息を吐く。そうしないと胸が詰まって呼吸さえままならなくなってしまいそうだ。
「もしも、僕が一人なら……」
そんな言葉が漏れた。
最悪で最低な考えが脳裏をかすめた。
「……どこまで、どこまで無責任でいい加減な人間なんだ、僕は……」
爪が掌に食い込むくらい、ユウヤは拳を握りしめる。だが、それだけでは怒りが収まらず、ユウヤはその固く握りしめた拳を全力で自身の頬に叩きつけた。
鈍い痛みが走る。
「こんな、こんな僕なんかを愛してくれる大切な妻たちが居るのに、僕は一人で死ねたらどれだけ楽かと考えてしまった。
違うだろう! 守るんだ! 僕が守らないでどうするんだ! そのためになら、他の誰かを……。誰かを殺すことになっても……」
いくら鼓舞しようとしても、自身のことは誰よりも自分がわかっている。
「殺さなければ殺される。これから始まるのはそういった戦いなんだ。くそっ、どうして、僕はこんなに……」
ユウヤは自身の不甲斐なさに歯噛みをしていたが、少し時間が経って冷静になってきた。
「このままじゃあ埒が明かないな。いろいろ皆に聞かなければいけないこともあるし」
散歩をしながら考えついた結論は、結局自分一人の手には負えない内容だということだけ。だが、混乱していた頭も少しは落ち着きを取り戻してきた。
「それに、シノさんのことについても色々考えないといけない」
ユウヤは顔を上げて、踵を返して来た道を戻っていく。
「……シノさん。どうしてこの街の人は『約束の日』を知っていたんですか?」
ユウヤはこの場には居ない妻に尋ねる。
あの本に書かれた内容を知らなければ、『約束の日』などという言葉は出てこないだろう。
思い返してみると、今までのそう呼ばれる日は、四月から始まり、毎月二十五日だった。これがただの偶然のはずがない。
シノも他の街の人間と同じように、ただの言い伝えとしてしか知らないという可能性もないわけではない。だが、この一致はシノが仕向けたものに思えてならなかった。
あの人は何もかもを知っていても不思議ではないと思わせる節があるのだ。
「ファリアさえも圧倒する強さといい、神殿や魔法というものに対する造詣の深さといい、貴女は全てを分かっていたんじゃあないですか? そして、僕達を守るために、一人で旅に出たのではないですか?」
答えのない問を再び口にし、ユウヤは足を早めて家路に就くのだった。
自分一人ではどうしようもない。そんな事態はままあるものだ。
そんな時に人は誰かに相談をする。
一人でできないことも、みんなで取り組めば可能になることもあるのだから。
けれど、忘れてはいけない。
誰かに相談を持ちかけるだけでは、そのことに甘えて自身の研鑽が疎かになってしまうことを。
そして、そういったツケは、一番つらい時に最悪の形で払わされることになるのだということを。
第十一章 恐怖
「やっ、やっぱり、もっと可愛い服のほうが良かったかな?」
コリィは手近な窓ガラスに移った自分の姿を確認し、嘆息する。
お気に入りの白のパーカーを身につけていること以外は、特に特徴のないいつものパンツルック。手にバックを持っていなければ、遠目には少年のように見えるかもしれない。
「いや、うん。どうせあたしじゃあ同じだよね」
もう少し、いや、もっとしっかりと女性的な特徴が欲しいと常々思っているのだが、一向にそういった成長は見られない。
「それに、今更、胸やらお尻やらが少し大きくなった程度で……」
自分のライバル――というのさえおこがましい気がするが――であるユウヤの妻達とレミアさんと比較すると、非常に悲しい気持ちになってくる。
特に、ファリアさんとは比較するだけで向こうに失礼な気しかしない。
「うん。今更付け焼き刃で取り繕っても、そんなの何の意味もない。それに、あたしが楽しむことよりも、今日はユウヤさんに楽しんでもらわないと!」
コリィは決意を新たにして、近くの大時計で時間を確認する。
「ユウヤさん、来てくれるかな」
先日、これからのことをみんなで長時間話し合った。それなりに実りのある時間だったと思うけれど、自分たちの戦力がわからないことにはこれ以上の話の進展は無理だという結論に至ってしまった。
自分たちの戦力。それを理解する方法は一つ。ユウヤさんが後二人の女性と関係を持つしかない。
時間が惜しいことは分かっている。でも、コリィはみんなにお願いをした。
少しだけ、自分に時間を下さいと。
不安になってきたコリィは、ズボンのポケットに右手を入れて、大切な『お守り』を握って気持ちを落ち着かせることにした。
「ごめん。早くに家を出たつもりだったんだけど」
来てくれることを祈っていたコリィの背中に、待ち望んでいた男が、ユウヤが声をかけてきてくれた。
その事があまりにも嬉しくて、涙さえこみ上げてきてしまったが、コリィは満面の笑みを作って振り返る。
「ううん、気にしないでよ、ユウヤさん。あたしが待っていられなくて早く来ちゃっただけなんだから」
「ああ、うん。そうなんだ……」
振り返ったコリィの目には、自分の予想通りに困った顔をするユウヤの姿が映る。
あんなとんでもないことを聞かされて、まだ数日しか経っていないのだから、それは仕方のないことだとも思う。
しかし、コリィはそんな気持ちとは裏腹に、不機嫌そうに頬を膨らませる。
「もう、ユウヤさん。今日は私との初デートなのに、そんな面白くなさそうな顔はひどいよ!」
「あっ、その、ごめん……」
困って苦笑するユウヤ。それを見てコリィは満面の笑顔を浮かべる。
たとえ苦笑いでも、憂鬱な顔よりずっといい。
「うん。それじゃあ、さっそく行こうよ! 今日はあたしのとっておきのデートコースだから、楽しみにしていてよね」
コリィはそう言うと、当たり前のようにユウヤの腕を左腕に自分の右手を絡めて腕を組む。
「あっ、うん」
ユウヤの反応は芳しくないが、コリィは務めて笑顔を浮かべる。ここで自分まで盛り下がってしまったら、せっかくのデートが台無しだ。
「ううっ、やっぱり、胸はあとちょっとだけでも欲しいなぁ」
もしも自分の胸がもう少しあれば、ユウヤさんの腕にしっかりと当ててアピールできるのに、と残念に思う。ただ、それでもまったくないわけではないのだからと、コリィは控えめな胸をユウヤの腕に当てて悪あがきだけはしておく。
「ユウヤさんって結構出不精だから、あまり他の地区に行ったことないよね? まずは第二地区の方に行こうよ! 見せたい場所があるんだ」
「あっ、その、うん。分かったよ。ただ、その……」
ユウヤが言葉を詰まらせながら、ぼそぼそと何かを言っている。コリィが聞き取ろうと耳を澄ますと、
「その、胸が……当たっているんで、もっ、もう少し離れて……」
そんなか細い声が聞こえてきた。慌ててユウヤの顔を見ると、朱に染まっている。
それを理解した次の瞬間、コリィは羞恥心でユウヤ以上に真っ赤になる。
「いっ、いやいや、ユウヤさん。だっ、だって、ユウヤさんは毎晩のように、ファリアさんやリナと、その、そういうことをしているんだよね? なっ、なのに、あたしの胸なんかいまさら気にしなくても……」
あまりに予想外なことに心のうちでそんなことを思ってしまったコリィだったが、少し落ち着くと、恥ずかしさよりも嬉しさと悪戯心が込み上げてくる。
「さぁ、ユウヤさん。時間がもったいないから、行こうよ」
コリィはしっかりとユウヤの腕に胸を当てながら、嬉しそうに歩き始める。
顔を赤くしたまま、何も言わずに歩くユウヤの姿に、
「ふふふっ。そっか。ユウヤさんは、私のことをきちんと女の子としてみてくれているんだ」
コリィは嬉しくて仕方がなかった。
「でも、浮かれてばかりも居られないよね。あたしだけが楽しんじゃあだめ。ユウヤさんにもしっかり楽しんでもらわないと。よーし、頑張るぞ!」
心のうちで気合を入れて、コリィはユウヤと一緒に街を進むのであった。