ユウヤはコリィと二人で、仲良く連れ立って街を歩いていた。
「ふふっ。ユウヤさんって結構出不精だから、第一地区からあまり出たことがなかったでしょう? でも、あの第二地区のあの本屋はかなり品揃えがいいから、覚えておいて損はないよ」
「うん。そうだね。それに、さっきの公園もすごくいい雰囲気だったよね。もう少し暖かくなったら、また来てみたいな」
薄っすらと雪が掛かった公園というものも趣があってよかったが、あんな広くて雰囲気のいい公園のベンチで読書をしてみたいと思う。
だが、そこまで言ってユウヤは気がつく。そんな何気ない願いを叶えるには、これから始まる戦いを生き抜かなければならないことを。
「そうだね。暖かくなったら、また一緒に来ようよ」
けれど、コリィはそれが当たり前のことであるように言って、微笑んでくれた。
「ありがとう、コリィ」
これから始まる戦いのことを、今の今まで忘れて楽しむことができたのは、コリィが努めてこのデートを楽しいものにしてくれたおかげだ。
気恥ずかしさばかりが先立ってしまったが、二人で腕を組んで歩くことにも慣れてきた。
「さて、第二地区に続いて第三地区にも足を伸ばしたいところなんだけど、そろそろお腹が空いてきたんじゃないかな?」
「あっ、うん。そういえば……」
商店街の時計を確認すると、そろそろ正午を告げる鐘が鳴る頃だ。
「もちろん、この第二地区にも美味しいお店はあるんだけれど、今日は記念すべき初デートだから、あたしが知っているこのカリスの街で一番美味しいお店に案内するね」
「一番美味しいお店か。ははっ。それは楽しみだ」
最近は全く外食をしていない。ファリアとリナの料理がとても美味しいので、その事に不満はないのだが、たまには外で食事をするのもいいものだろう。
「ただ、今度はファリアとリナも連れてどこかに食べに行きたいな。いつも遠慮されて断られてしまうけれど、頑張ってくれている二人にきちんとお礼をしないと罰が当たる」
そんなことを思ったユウヤだったが、今はコリィとのデート中だということを思い出し、彼女との食事をただただ期待して待つことにする。
第二地区から第一地区に戻ってきた――と言っても各地区の区分けを表示する看板を通り過ぎただけだが、やはり見慣れた景色に変わると少し安心する。
人によっては見慣れない景色のほうが楽しいと思うかもしれないが、ユウヤは見慣れた景色のほうが安心できて居心地がいい。
もっとも、こんな性格だから新天地を開拓しようという気概が足りないのだとユウヤは自身を分析する。
「ほら、着いたよ。ここが、『フクロウの鳴き声』。もしかしたら、リナからこの店の名前は聞いているかもしれないけれど、来たことはないでしょう?」
「うん。初めてだよ。でも、ここって喫茶店だって聞いていたんだけれど……」
「ふっふっふっ。確かにこのお店は喫茶店だよ。でもね、ここの料理も雰囲気もすごいんだよ。知る人ぞ知る店なんだ。
でもね、あんまりそのことを宣伝してしまうと店の雰囲気が壊れてしまうからって、店主のレアさんに、あまり宣伝しないように言われているんだ。だから、ユウヤさんもあまり広めないようにしてね」
普通、店を訪れる人を増やす努力をする事はあっても、あまりお客さんを増やしたくない店というのは珍しいと思う。
まぁ、元いた世界でも、一見さんを断る店があるという話は聞いたことがあるが、大衆食堂にしか縁がなかったユウヤは、実際にそんな敷居の高い店に足を運んだことはないので比較できない。
「そんな経営方針で、お店としてやっていけるのかな?」
他人事ながら心配になってきたユウヤだったが、コリィに早く入ろうと促されて店の中に足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
エプロン姿のスラリとした女性が一人出てきた。
黒い髪を短くまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だ。年の頃は二十歳前後だろうか? ファリアよりも少し上くらいに見える。
「レアさん。今日はよろしくお願いします」
「ええ。分かっているわ。お願いされたとおりに準備はできているから、楽しみにしていて」
コリィは親しげに店主らしき女性に話しかける。ただの店主と客という関係にしては、やり取りがずいぶん親しげに思えるのは気のせいではないだろう。
「失礼いたしました。今日はこの店は貸し切りにしてありますので、ごゆっくりお茶と食事をお楽しみ下さい」
「あっ、はい。お願いします」
優雅に一礼するレアにそうお願いをし、ユウヤは案内されるままにカウンターの席にコリィと一緒に座る。
「普段であればお茶をお選びいただくのですが、今日はコリィのリクエスト料理にあったものをお出し致します」
カウンター越しにレアはそういい、取っ手のついていない趣のあるカップに淡い茶色のお茶を出してくれた。
「ユウヤさん、飲もうよ。レアさんが淹れてくれるお茶は、絶品なんだよ」
しげしげとお茶を観察していたユウヤは、コリィに促されてそれを口に運ぶ。
独特の香りがあるが、決して不快ではない。口に含むとスッーっとした清涼感と僅かな苦味と甘みがある。
「うん。すごく美味しいね」
思わず広角の端が上がるユウヤ。初めて飲むお茶だがこれは絶品だ。茶葉がいいのだろうが、これほど味がしっかり楽しめるのは淹れ方も良いからに違いない。
「ふっふーん。そうでしょう、そうでしょう。レアさんはすごいんだから」
自分が褒められたかのように喜び、ゴクゴクといった感じでお茶を飲むコリィ。これも熱すぎない温度で淹れてくれているおかげだろう。
外の寒さで冷え切った体を温めてくれながらも飲みやすい。言葉で言うのは簡単だが、当たり前のようにそれをお客に提供できるのはすごいと思う。
「おっ、いよいよだね」
コリィの声とともに、不意に肉を焼く独特の音が聞こえてきた。
ユウヤがカウンター内に視線をやると、レアが七輪で炭火らしきものを起こしていて、そこに乗せられた網の上で、薄切りの肉を焼いている。
さきほどレアが言っていたが、これから出てくる料理はコリィのリクエストらしい。ただ、まだ肉がメインの料理ということで、料理の全容が見えない。
「ああっ、いい香り。たまらない」
心底幸せそうなコリィに、ユウヤは笑みを深める。気取らない彼女がとても愛らしく思えた。
「ユウヤさん。リナやファリアさんの料理もきっと美味しいと思うけれど、たまにはがっつりと美味しいものを食べたくなるんじゃあないかな?」
「ははっ。確かに。ここ数日はあまり食欲がなくて、あっさりした料理ばかり作ってもらっていたんだ。だから、すごく楽しみだよ」
自分のことを気遣ってくれるファリア達には感謝の気持ちしかないのだが、今日は色々歩いてすっかりお腹が空いている。そんなところに、美味しそうな肉の焼ける匂いというものは胃をがっつりと刺激される。
レアは肉を焼きながら、その合間に少し深めの平皿にライスを盛り付けて、ネギを小口切りにしていく。
「これって、もしかして……」
肉とライスとネギ。素材はどうやらこれだけのようだ。これでできる料理といえばアレしか思いつかない。
「もう分かったよね。前にユウヤさんからこの料理の話を聞いた時に、あたしもぜひ食べてみたいって思っていたんだ。だから、レアさんに再現してもらったんだよ」
コリィは笑顔でそこまで言うと、不意に少し気まずそうに顔を俯ける。
「いや、本当はね。あたしが再現して作って、ユウヤさんに喜んで貰おうとか考えたんだけどね。シンプルな分、料理の腕がそのまま出てしまって、あたし程度じゃあ……」
コリィの心遣いを理解したユウヤは、彼女の優しい心遣いに破顔する。
「ありがとう、コリィ。僕のためにいろいろ頑張ってくれて」
健気なコリィがあまりにも愛らしくて、ユウヤは彼女の頭を撫でる。
「あっ、ごめん。つい……」
デートということで、コリィと恋人のように接しようと思っていたのだが、ついつい子供扱いしてしまった。
けれど、コリィは少し驚きこそしたものの、嬉しそうに微笑んでいる。
「コリィ。この人が貴女の『アゼルさん』なのね」
黙々と料理を作っていたレアが、不意にコリィに話しかけてきた。
アゼルという名前に心当たりはないが、その名前が出てきた途端、コリィは真っ赤になってしまった。そのことを怪訝に思ったユウヤがコリィに訪ねようとしたのだが、そこでちょうど料理ができあがった。
「お待たせしました。特製豚丼です」
思った通りの料理名が口にされて、ユウヤはまじまじと眼前に出された料理を観察する。
まぁ、器が丼でないというツッコミは野暮なので置いておくとして、鼻孔をくすぐる炭火で焼かれた肉とそれに絡められたタレの匂いがたまらない。そこに緑の葱の色がいいアクセントになっていて……。
「ううっ、ユウヤさん。早く食べようよ」
「あっ、うん。そうだね」
観察しようと努めていたユウヤも、あまりにも胃を刺激する香りと見た目に我慢ができなくなってしまった。
「いただきます」
「いただきま~す」
ユウヤに合わせてコリィもそう言うと、二人で一緒に料理に箸を伸ばす。
「美味しい。すごく美味しい! あたし、こんなに美味しい料理初めてだよ!」
心から幸せそうに微笑むコリィ。だが、それも納得の味だった。
「うん。たしかに絶品だ。いやぁ、驚いた。今まで食べたどの豚丼よりも美味しい」
甘辛いタレはとても上品で、今まで食べたことがあるタレと比べると薄味。けれど、物足りないと感じることはない。ライスと一緒に食べた時の味わいの調和が完璧だ。これを食べてしまうと、生半可な豚丼ではもう満足できないだろう。
「ありがとうございます」
レアは短く礼の言葉を言って微笑むと、別のカップにお茶のおかわりを注いで出してくれた。
「なるほど。この料理に合わせているから、このお茶なんだな」
ユウヤは最初のカップに残ったお茶を飲み干したのだが、そうすると口の中がとてもさっぱりした。きっと、次の一口は更に美味しいものになるだろう。
「ううっ、幸せぇ~」
コリィもお茶を一口くちにし、一心不乱に、嬉しそうに食事を続ける。
そのあまりに幸福そうな姿に、ついついユウヤの頬が緩む。
「ユウヤさん、でしたね」
不意に名前を呼ばれて、ユウヤはコリィからレアに視線を移す。
「どうか、この娘のことをよろしくお願いします。色々と不器用ですが、真っ直ぐないい娘ですので」
レアはユウヤに深々と頭を下げてきた。
ユウヤも慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「なっ、レアさん。そんな、大げさな。ゆっ、ユウヤさんも、そんな畏まらなくても……」
食事の手を止めて、慌ててコリィが止めに入って来た。
そんなコリィに優しい眼差しを送るレア。
この二人の関係は知らないが、レアがコリィのことを大切に思ってくれているのは間違いない。
「お食事中に失礼いたしました。この後に口直しのデザートもご用意しておりますので、ごゆっくりお楽しみ下さい」
レアはそう言って軽く会釈をし、料理の後片付けを始める。後は二人で料理を楽しんで下さい、ということだろう。
「うん。折角の料理が冷めてしまってはもったいない。コリィ、食べようか?」
「あっ、うん……」
そう答えたコリィだったが、彼女の皿には、もうほとんど豚丼は残っていなかった。
「ふっ、ふふっ。あはははっ。コリィ。もう少し食べたいんじゃあないかな?」
「あっ、いや、その……」
遠慮気味にいうコリィだが、否定はしない。
たしかにこれほど美味しい料理だ。育ち盛りのコリィがもっと食べたいと思うのは仕方のないことだろう。
「あの、レアさん。まだ材料が残っていたら、もう少しコリィに先程の料理を出して頂けませんか?」
ユウヤのその言葉に、レアは苦笑しながら、「はい。かしこまりました」と答えて、片付けをやめて再び調理を開始する。
「ありがとうございます」
「いえ、それは私の台詞です。この娘の大切な人が、貴方で良かったです」
レアはとても優しい笑顔でそう言ってくれた。
楽しい食事を終えたユウヤとコリィは、腹ごなしにと、再び第二地区を歩いていた。
「いやぁ、素晴らしいお店だったね。レアさんの料理もお茶も、接客も最高だったよ」
「うん。でしょう、でしょう」
店を褒められたのが、我が事のように嬉しそうなコリィに、ユウヤは笑みを強める。
お代わりした分も綺麗に完食したコリィは、きちんとデザートのシャーベットも食べた。どうやらシャーベットもレアの手作りだったようだが、これも絶品だった。
そんな話をしながら、適当な店を冷やかしたりして楽しんだユウヤとコリィだったが、冬ということもあり、気がつくとあっという間に日が暮れ始めていた。
「やっぱり、冬は日が短いね」
「うん。そうだね」
コリィに相槌を打つユウヤ。
デートもこれで終わりなのかと思うと、寂しい気持ちが湧き上がって来てしまう。
妻たちに悪いと思いながらも、今日はとても楽しかった。それは、いろいろとコリィが今日のために準備をして頑張ってくれたからに他ならない。
最後に行きたいところがあると言われ、ユウヤはコリィに案内されるままに海の近くまでやってきた。
特に用事がなかったので、ユウヤはあまり港の方に足を運んだことはない。だが、それがいかに勿体ないことだったのかと思い知らされた。
「綺麗だな」
夕暮れの輝きに彩られた海はこの上なく美しくて、寒さをすっかり忘れてユウヤはただその光景に見惚れていた。だから、コリィがいつの間にかユウヤの腕から離れていたことにも気づかなかった。
「……ユウヤさん」
名前を呼ばれて、ユウヤは慌てて声の方に顔を向ける。そして、呆けてしまっていたことを謝ろうとしたのだが、二の句が繋がらなかった。
何故なら、そこに立っているコリィが、今まで全く見たことのない真摯な顔をしていたから。
それは、年相応の子供らしい愛らしさではない、大人の顔。先程まで見惚れていた景色のことなど一瞬のうちに吹き飛んでしまった。
コリィは少し表情を緩めて微笑む。ただそれだけなのに、ユウヤの心臓が早鐘のようにせわしなく鼓動してしまう。
コリィは、固まったままのユウヤの瞳をまっすぐに見つめて、
「ユウヤさん。あたしは、ずっと貴方のことが好きでした」
何の飾り気もなく、ただ素直な気持ちをぶつけて来た。
「コリィ……」
ユウヤはコリィの名前を呼ぶ。けれど、それ以上何もできない。こんなに真っ直ぐに告白されたことなどなくて、初めての経験で、ユウヤは呆然とし続けることしかできないでいる。
そんなユウヤに、コリィは正面から抱きついてきた。そして、ユウヤの耳元に口を近づけて……。
「近くに部屋を取ってあるんだ。……今日は帰らないって、リナ達にも話しているから……」
その言葉を聞いて、ユウヤは気を失いそうになった。
◇
どういった道を歩いてこの建物の前にやって来たのかを、全く覚えていない。
何故か裏道を歩いたことだけは、微かに覚えているが。
コリィは先程から一言も言葉を発していない。だがそれは、ユウヤも同じだ。
「……」
ここは、従業員用の入り口なのだろうか?
現実逃避気味にユウヤはそんなことを考えていたが、コリィが迷いなくそのドアを開けた。
コリィに腕を引かれ、ユウヤはそれに従って建物の中に入り、奥へと進んでいく。途中、左側に窓口のようなものがあったが、カーテンが閉まったままだ。
その窓口の前に、コリィは何かの紙――チケットだろうか?――を二枚置いた。すると、カーテンの中から人の手が伸びてきて、それを回収し、代わりに大きな木の板のついた鍵を置いた。
コリィはそれを掴み、
「一番上の部屋だから……」
それだけをユウヤに告げて、再び足を進ませる。
ユウヤはただ黙ってコリィの後を追う。
照明が壁に備え付けられているが、少し薄暗い。ただ階段の一段一段が結構幅があり、足を踏み外す心配はなさそうだ。
結構な数の階段を登ってようやく目的の場所についたようだ。ここは四階くらいだろうか?
コリィは先程の鍵を使って扉の錠を開ける。すると、驚くほど明るく、広くて綺麗な部屋が目に入ってきた。
「……すごい……」
コリィも驚きの声を上げ、部屋に入ったので、ユウヤもそれに続く。
「本当に、これが宿屋の一室なのか?」
自分の家の居間以上に広いこの部屋は、まるで西洋の城の部屋を切り取ってきたようだった。
部屋の天井が高く、そこには大きなシャンデリアが燦然と輝いている。
巨大なフカフカのベッドが置かれているが、その装飾が素人目にも分かるくらいに美しい。布団もこの上なく柔らかそうで高級品であることを思わせる。いや、なにより、天蓋のついたベッドなど、実際に見るのは初めてだ。
「すごい、すごいよ! レアさん、あたしのためにどれだけ奮発してくれたの?」
コリィは感激して、好奇心の赴くままに部屋を物色していく。
「見てみて、ユウヤさん! こっちには、すっごいお風呂もあるよ! さっそく入って……」
コリィはいつもの天真爛漫な彼女に戻ってユウヤに声をかけてきたのだが、そもそもどうしてこの宿に来ることにしたのかを今更思い出したのだろう。顔を真っ赤にして気まずそうに顔を俯ける。
「ごっ、ごめんなさい。さっきまでの雰囲気が、台無しに……」
悪いとはユウヤも思ったのだが、今まで息の詰まりそうだった雰囲気に疲れていたこともあり、情けない声を上げるコリィが可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「もう! 笑うなんてひどいよ、ユウヤさん!」
「はっ、はははははっ。いや、ごめん。でも、その、さっきまでのコリィも魅力的だったけれど、今みたいな君の方が安心するよ」
ユウヤはそう言うと、ベッドではなく、近くに配備されている高そうなソファーに腰を下ろす。すると、恨みがましい顔をしたコリィが隣にやってきて、座るなりユウヤの肩に頭を置いてしなだれてくる。
「……コリィ」
「ユウヤさん。ごめんね。こんな色気のない女の子で……」
コリィの謝罪の言葉に、ユウヤは優しく微笑んで彼女の頭を撫でる。
「そんな事はないよ。正直、君に告白された時にはどうしていいのか分からなかった。その、あまりにも綺麗だったから」
そう言うと、コリィは「本当?」と瞳を潤ませて尋ねてくる。
「本当だよ。見たことのない君の表情に、ドキドキした」
ユウヤはそう答えると、コリィの頭から手を離す。
「あっ……」
一瞬、コリィが寂しそうな表情を浮かべた気がしたが、彼女はすぐに微笑んだ。
「ユウヤさん。その、少しでもあたしを女の子として意識してくれているのなら……」
コリィの言いたいことは、いくら鈍感なユウヤにも分かる。だが、どうしてもユウヤは彼女とそういったことをする気持ちにはなれなかった。
コリィの事が嫌いだからではない。不満があるわけでももちろんない。たが、
「コリィ。僕もまだ全然実感が無いけれど、これから殺し合いが始まる。でも、僕は君をそんなものに巻き込みたくないと思っている」
ユウヤは嘘偽りのない素直な気持ちを口にした。
「うん。ユウヤさんなら、きっとそう言うと思ったよ」
その言葉に、ユウヤはコリィが自分の気持ちを理解してくれたのだと思った。だが、それは大きな勘違いだった。
コリィは泣いていた。大粒の涙をこぼしていた。だがそれは、悲しみの涙ではない。もちろん喜びによるものでもない。それは、怒りの涙だった。
「どうして、どうして分かってくれないかな! あたしはずっとユウヤさんの事が好きだったって告白もしたのに!」
怒声とも悲鳴とも付かない声とともに、ユウヤはソファーの上で押し倒されていた。
唖然とするユウヤの顔に、熱い液体がこぼれ落ちてくる。
「君の気持ちは嬉しいよ。でも、これから殺し合いが始まる。……殺されるかもしれないんだ。……殺さなければいけないかもしれないんだ。そんな恐ろしいことを、君には……」
「そんなの、全然怖くないよ!」
懸命に諭そうとするユウヤの言葉を遮り、コリィは叫ぶ。
「ユウヤさんは優しいよ。短い付き合いのあたしにも気を使ってくれて、いろいろ良くしてくれた。美味しいご飯をごちそうしてくれたり、何度も家に呼んでくれたりもしたよね。それに……」
コリィはズボンのポケットから、何かを取り出す。それは、デフォルメされた愛らしい猫の顔をした革のキーリングだった。
「あたしにこんな素敵なプレゼントまでくれたよね?」
コリィが取り出したそれは、確かにユウヤがコリィに渡したものだ。
先日、妻への贈り物をどうしようかと店の前で悩んでいたユウヤを、コリィがアイデアを出して助けてくれたので、そのお礼にと、ファリアのバッグと同じ革で職人さんに作ってもらったのだ。
「これは、私の宝物。大切なお守り。でも、でもね。あたしはこれを見ていると、胸が締め付けられそうになるんだよ……」
ユウヤには、コリィの言わんとすることが分からない。けれど、自分が知らずに彼女を深く傷つけていたことを察することはできた。
「ユウヤさん。ユウヤさんにとって、あたしは何なのかな? 他の人よりも付き合いが多い知人? それとも趣味の合う友人?」
「コリィ……」
「あたしにとっては、ユウヤさんは特別なんだよ。ずっと、ずっと一緒に居たいって想ってしまうくらい、誰にも渡したくないって考えてしまうくらい大切なんだよ。
でも……でも、ユウヤさんはあたしをそんなふうには見てくれない。シノさんや、ファリアさんやリナのようには見てくれない……」
コリィはユウヤの上着を破かんばかりの勢いで握りしめる。
「ユウヤさんに優しくしてもらえることは嬉しいんだよ。でもね、それがものすごく辛いんだ……。だって、やっぱり私はユウヤさんの特別じゃあないんだって分かってしまうから」
感情的になっているためだろう。コリィの話は要領を得ない。だが、ユウヤは自分の罪深さを理解することができた。
頻繁に声をかけてくれたこともあり、コリィと親しくなることができた。だが、コリィが自分にどういった感情を抱いているのかなどまるで分からず、そしてそれを知ろうともしなかった。
コリィはどれほど辛かったのだろう。
思いを寄せる相手が、全く自分のことを理解せずに、中途半端な親愛の情だけを向けてくるのは。
「羨ましくて仕方なかったんだよ。ユウヤさんに愛されるリナ達が。そして、その環の中に入っていけない自分が、寂しくて、悲しくて、仕方がなかった……。
そんな苦しい、地獄のような時間に比べたら、殺し合いなんて怖くもなんともない。ユウヤさんのためなら、あたしは何でもする。何でもできるよ。だから、だから、もう、あたしを仲間外れにしないでよ!」
自分の胸に顔を当てて泣き続けるコリィを、ユウヤは優しく抱きしめる。
「ごめんね。君の気持ちを分かろうとしなくて、ごめん……」
コリィが泣き止むまで、ユウヤは静かに彼女をなだめ続けるのだった。