第十四章 Irregular
大晦日。
以前ユウヤが暮らしていた日本ならば、そう呼称されていた一年の最後の日。
仕事は休みだったので、ユウヤ達はこれからのための最終確認を行った。
何度も何度も確認をし、万全の体制であることを確かめ終えたのは、もう日が沈みきった後だった。
「皆さんのお口に合うとよろしいですが……」
以前にシノから作り方を教わったらしいリナが、少し遅めの夕食に温かな蕎麦を作ってくれた。
「うん。すごく美味しい」
「ユウヤさんの言うとおりだよ、リナ。何度も練習していた成果だよね。偉い、偉い」
ユウヤの故郷の風習ということで、妻たちはみんなその流儀に合わせてリナ謹製の料理を味わう。
「なるほど。これは絶品ですね。以前頂いたうどんとはまた異なる美味しさです」
ファリアが音を立てずに蕎麦を食べ、リナに称賛の言葉を送る。
「ふむ。これは、うかうかしていられないな。コリィ。事が終わったら、私と一緒にシノに料理を習おう」
「うん。このままだと、私とレミアさんの二人が、料理が苦手な駄目な嫁ってユウヤさんに思われちゃうもんね」
蕎麦を美味しそうに食べながらも、危機感を感じているレミアとコリィに、ユウヤは苦笑する。
「そんな事はないよ、コリィ。君の作ってくれる料理も、レミアさんの作ってくれる料理も、僕はどちらも大好きだよ」
フォローのつもりではなく、本心から思ったことを口にする。
二人の料理だって自分にはもったいないくらい美味しい。
それに、これまでもずっと二人が他の妻達に追いつこうと頑張ってくれているのは知っているのだから。
……幸せだ。
あとは、ここにシノがいれば、ユウヤはそれ以上何も望むものはない。
ユウヤは心からそう思う。
――もしも、何も知らなかったら。
――もしも、これから何も起こらなかったら。
そんな儚い希望を未だに胸に抱いている自分に、ユウヤは辟易する。
もう、覚悟は決めたはずだ。
自分が妻達を守るのだ。それにはもちろん、シノも含まれる。
コリィが皆に気を使って、話を振ったりカードゲームをしたりして盛り上げてくれたが、時計の針が、日付が変える一時間前には、誰もが無言になってしまった。
「ユウヤさん……」
長めのソファーの真ん中に座っていたユウヤの隣に座り、リナは頭を胸に預けて寄りかかってくる。
その体が小刻みに震えていることに気づき、ユウヤは優しく右手でリナを抱きしめる。
「コリィ。ランプの準備は大丈夫ですね?」
「大丈夫だよ、ファリア姉。日が変わる五分前から点灯する事も分かっているから」
コリィはテーブルの上に置いた三つのランプを念入りに確認している。
コリィの仕事ぶりを確認していると、向かいのソファーに座っていたレミアが、席を立ってユウヤの前まで歩み寄ってきた。
「ユウヤ殿。最終確認だ。『戦闘期間』に入ってすぐは、私達女は、ユウヤ殿を助けられない可能性が高い。ルールで、<起動していない集落には、キングしか入ることが出来ません>と謳われているからだ。その場合は、一人で大時計まで行ってもらうことになる。
だが、この街に他の<王>がいない可能性はゼロではない。起動する瞬間を狙ってくる輩がいないとは限らないのだ」
レミアの説明に、ユウヤは「はい。大丈夫です」と答える。
最初から大時計の近くにユウヤたちがいない理由は、不意打ちを警戒しているからだ。
妻達が持っている能力と、それを全て使用できるユウヤの性質を考えると、守り慣れているこの家での待機が最も安全だと結論付けられた。
だから、ユウヤ達は日が変わるのをじっと待っている。
「日付が変わり次第、<能力>を使い、まずは自分の安全を確保します。最悪、誰かに先に『起動』されてこの街を『拠点』とされても、恐らくここに一番近い大時計がある街に、クスタの街に飛ばされる。その場合はクスタの街を『起動』させます」
ユウヤの答えに、レミアは頷く。
「正直、慎重すぎると私も思っている。ルールの通りならば、<同じ集落に有資格者のキングが二人以上いる場合は、在籍日数の少ないキングが、近場の空いている集落に飛ばされてしまいます>となっているのだからな。
ユウヤ殿よりも長くこの街に住んでいる男が居るとは考えにくい。だが、だからといって何の備えもしないのは愚かだ」
レミアはさらにいろいろと説明を繰り返したが、ユウヤはリナに目で合図をして、自分の胸からどいてもらうと、立ち上がってレミアを優しく抱きしめた。
「ユウヤ殿……」
「大丈夫。レミアさんはしっかりと細やかにプランを立てて説明してくれました。僕は全てを理解しています」
レミアの体も震えていた。
戦闘時間に入った直後には役に立てないことを悔やみ、彼女は微に入り細を穿つ計画をユウヤに託してくれた。
その気持ちを決して無駄にしないと、ユウヤは決意を固める。
そして、レミアの震えが止まったのを確認すると、ユウヤは優しく彼女に口付けをして体を離す。
「ユウヤさん、あたしも」
それは、コリィがしずしずと近くにやってきて、抱きしめるのをねだってきた為だ。
「うん。わかったよ、コリィ」
そうしてユウヤはコリィを抱きしめたのだが、そこでコリィは悪戯っぽい笑みを浮かべると、自分からユウヤの唇と自分のそれを重なり合わせた。そして、すぐにユウヤの手から離れてしまう。
「ふっふっふっ。ユウヤさんのキスを頂きだよ。でも、ユウヤさんからもして貰いたいから、街の『起動』が済んだら、今度はユウヤさんからお願いね」
努めて明るく振る舞うコリィが愛おしくてたまらない。
ユウヤは「分かったよ、コリィ」と約束をする。
「んっ?」
クイクイっと、ユウヤの上着が引っ張られた。
そちらを向くと、リナが寂しそうな表情でこちらを見ている。
ユウヤはすべてを察し、リナの柔らかな唇にキスをした。
「……ユウヤさん」
「大丈夫だよ。すぐにまた会えるから」
涙をこぼすリナの頭を撫でて、ユウヤは穏やかに微笑む。
「ファリア……」
「はい」
一人で窓際に立って外を確認していたファリアに話しかけると、彼女は普段と変わらない様子でユウヤの前に歩み寄ってきた。
ユウヤは何も言わずに、ファリアを優しく抱きしめる。
「ファリア。君が一生懸命なのは分かっているけれど、どうか一人で頑張ろうとしないで。他の皆も、僕も居るんだから」
「……ユウヤ様」
穏やかに微笑むユウヤの顔に、ファリアの両手が伸びる。
白く美しいその手はユウヤの頬を優しく掴み、顔を少し下に向けさせる。
そして、ユウヤの唇に柔らかな感触が伝わってくる。
その上、少しだけ固めな何かが唇の先端に当たったかと思うと、それがユウヤの口腔内に入り込んでくる。
少し驚いたものの、それがファリアの舌だということが分かり、ユウヤは彼女の求めに応えて、自らの舌を絡ませる。
やがて、長い濃厚な口づけが終わり、ユウヤは腰砕けになってしまいそうだった。
だが、ファリアは顔を上気させてはいたものの、はっきりとした声で宣言した。
「ユウヤ様。私は、貴方のお側にいることが、貴方をこの身体で感じることが最大の幸福なのです。何も心配をなさらないで下さい。私はいつも貴方の側におりますので」
ファリアの決意に、ユウヤは言葉を失う。
彼女は自分などとは比べ物にならないほど、覚悟を持っていることが分かってしまったから。
「うわぁ、流石ファリア姉。エロい。エロすぎる」
しかし、そんなファリアの事を、コリィがからかう。
「なっ! コリィ! 端ない言葉遣いは止めなさい」
ファリアの抗議の声に、しかしコリィは呆れたような表情で、
「端ないのはファリア姉だよ。普通、この状況でディープキスなんてしないよ。ねぇ、リナもそう思うでしょう?」
そう忌憚のない意見を口にしたばかりか、リナにも話を振る。
「えっ、その、あの……」
突然話の矛先を向けられたリナは、返答に困ってしどろもどろになってしまう。
「三人とも、そこまでだ」
レミアが、パンと手を叩き、話を強引に終わらせる。
「これから大事な時なのだ。じゃれ合うのはここまでにしよう」
レミアの言うことはもっともなのだが、コリィもリナも、少し不服そうな顔をする。
ファリアも本気で怒っていたのではない。コリィが気遣って声をかけてくれたことを内心で理解していた。だから、これは軽いスキンシップのようなもの。それは、レミアも分かっているはずなのに。
「……そうですね。レミアさんの仰るとおりです。すみませんでした」
ファリアが三人を代表して慇懃にお詫びを口にしたが、ファリアも内心はきっと快くは思っていないだろう。
「いや、分かればいい。さて、もう二十分程で日が変わる。ユウヤ殿、最後の準備を」
レミアの言葉に、ユウヤはもう一度緊張の糸を張り詰める。
そうだ、過度に緊張するのも良くないが、気を抜きすぎても良くない。
まずは、『起動』とやらを成功させなければならないのだ。
気合を入れ直すユウヤだったが、結局これは杞憂で終わってしまう。
日付が変わった瞬間、ユウヤと妻達は、離れ離れになることも、この街から飛ばされることもなかったのだから。