いよいよ日付が変わる。
自分の目の前に火の着いたランプを一つだけ置き、その瞬間を、ユウヤ達は緊張して待っていた。
そして、正確にこの街の大時計と時刻を合わせていた、我が家の掛け時計の針が十二時を指した。
瞬間、灯っていたはずのランプの明かりが消えた。
「きゃっ!」
部屋が真っ暗になったが、そんな小さな悲鳴と、未だにこの両腕にあるリナとコリィの温もりは消えていない。
ユウヤは明かりをつけるよりも先に、レミアの能力を発動する。
結果、索敵可能範囲内には敵が居ないことも分かった。
「半径二キロメートルに敵の反応はなし。そして、それ以外の人間の反応もない。みんな、レミアさんから指定の順番に合図を」
ユウヤの呼びかけに、まずレミアが応え、その後、ファリア、コリィ、リナの順に名前と異常がないかを報告してくれた。
幸いなことに、妻達は全員無事だった。
「よし。ランプに点火して。点かないようならば、僕とリナの魔法で明かりを作る。ファリアは防護壁を! レミアさんは周囲の警戒を続けて下さい!」
心臓がバクバクするのを感じながらも、ユウヤは予め決めておいたプランの一つに沿って指示を出す。
やはり、あの警告文は事実だった。
嘘であってくれればいいのにという儚い希望は粉々に砕け散った。
それならば、今、自分がやることは自分たちの安全の確保だ。
ユウヤはリナの力を使い、<暗視>の魔法で目の前のランプの位置を確認してそれを掴むと、右手の人差指に小さな火種を魔法で作ってランプに火を灯す。
すると、日付が変わる数十秒前の状況に戻すことが出来た。
「はい、コリィさん!」
「うん、分かった!」
リナも二つのランプに火を灯し、そのうちの一つをコリィに手渡す。
「ユウヤ様。街の明かりも全て消えています。全員の無事が確認できた以上、予定どおり私が先頭となりますので、急ぎ大時計へ」
「分かっているよ。行こう、みんな」
ユウヤは妻達に声をかけ、玄関ではなく窓から家を出る。
靴を履き替える時間も惜しいので、今日だけは靴を履いて居間でこの時を待っていた。そして、一番早く外に移動できる方法を使って、急ぎ大時計に向かうことにする。
蒼い。
眼前には、蒼い世界が広がっている。
星明かりこそ見えるものの、夜の暗闇とは違う、ぼんやりとした蒼い明かりに街が全て覆われているようだ。
だが、その光景を珍しく思い、足を止めている暇はない。
「これが、『戦闘期間』か……」
ユウヤは心のうちでそう思いながらも、能力を常時使用して辺りを警戒しながらファリアの後ろを早足で歩く。
隊列は一本。
先頭がファリア。そしてユウヤ、レミア、リナ。殿がコリィだ。
数々の事態を想定した結果、この隊列が一番対応できると判断した。
「皆が一緒で本当に良かった。僕一人だったら、ここまで迅速に事を運べたか分からない」
それは偽らざる本音だったが、ユウヤは、そんな軟弱な事を思ってしまった自分を恥じる。
もう『戦闘期間』が始まっているのだ。
自分が一手間違えただけで、妻達の身が危険にさらされる。
それだけは、それだけは絶対に避けなければいけない。
『――しました……』
大時計に近づくにつれて、不意に、ユウヤ達の耳に無機質な声が聞こえてきた。
『十二時を持ちまして、この世界は『戦闘期間』に変更されました。この街の有資格該当者は……』
歩きながらもその声に耳を済ませると、詳しい内容が聞こえてくる。
ゲームマスターを名乗る存在は、これから始まる争いはゲームだと記していた。それならば、これは各参加者へのアナウンスのようなものなのだろう。
ユウヤはそう考え、恐らく有資格該当者とやらで、自分の名前が呼ばれると思っていた。
だが、ここで思わぬことが告げられる。
『重大なエラーが発生しました。有資格該当者は不明。繰り返します。有資格該当者は不明。
最高権限による限定的起動がすでに行われておりますが、<キング>の登録が未実行です』
「なんだって?」
ユウヤはその言葉を聞き、自分の耳を疑う。
「ユウヤ様、どうしますか?」
「足は止めないで、このまま大時計に向かおう。この声は敵のものではなさそうだし、ここで立ち止まっていても何も分からないままだろうから」
探知能力に反応は依然としてない。その事を説明する時間も惜しいので、先頭のファリアに簡潔に指示を出し、ユウヤは歩き続ける。
辺りが暗いせいもあるのだろうが、昼間ならばあっという間に到着するはずの大時計までの距離が、今は果てしなく長い。
そして、機械的に繰り返される、『十二時を持ちまして~』から始まるアナウンスらしきものが、余計に焦燥感を煽ってくる。
けれど、妻達は不安を口には出さずに自分たちの役割を果たしてくれているのだ。自分もできる限りのことを考えて行動するしかない。
十分少々の時間に過ぎなかったはずだ。
けれどユウヤ達は、体感的にひどく長時間歩き続けた感覚だった。
それでも、どうにか大時計の前にやって来ることが出来た。
だが、ここでも思いもしなかった事柄に直面する。
「なんで、何も反応しないんだ?」
ユウヤが大時計に近づいても、それに直接触っても、何も起こらない。
ルール通りならば、ただ時計に近づくだけで街の機能が復活するはずなのに。
「ユウヤ殿。これはプランにはなかった事態だ。だが、全く予想をしていなかったわけではない」
「レミアさん、それはどういうことですか?」
「まだ安全が確認できていない以上、細やかに説明している時間はない。だから、ユウヤ殿はコリィと一緒にシノの家に向かって欲しい。きっとこれは、シノが何かしらを行ったことで発生した事案だ」
レミアから的確な指示を受け、ユウヤは「分かりました」と頷く。
「コリィ! ユウヤ殿とシノの家に向かってくれ。そして、何かあれば君が伝達役を務めるんだ。ファリアとリナの魔法を会話に割くのは危険だからな。
ファリアとリナは私とここで待機。ファリアはいつでも攻撃魔法を打てるように準備を。リナは防御障壁の魔法を準備だ」
レミアは他のみんなにも指示を飛ばす。
ユウヤはそれに「了解」と応えて、コリィと目で会話をし、急いでシノの家に向かうのだった。
◇
ランプの灯だと手が自由に使えないことから、ユウヤは<光>の魔法を使用し、それを自分の左手の甲の上に魔法で固定した。
そして、コリィと一緒にシノの家を目指して進む。
ユウヤとコリィの二人ならば、周囲を警戒しながらでも先程までとは段違いの速さで移動することができる。
三分と掛からないうちに、シノの家が視界に入ってきた。
「どうやら、レミアさんの予想は大当たりみたいだね」
「ああ、そうだね」
建物は全て蒼い光りに包まれてしまっているのに、シノの家だけが以前の色彩を保ち、明るく輝いている。
間違いなく、あそこに何かがある。
ユウヤは店の裏口に回り、引き戸に鍵がかかっているのを確認すると、それを魔法で破壊した。
「非常事態だから、シノさんも許してくれるよね?」
「どちらでも構わないよ。叱られることになるにしても、それは僕たちとシノさんが無事にこの街に帰ってこられてからの話なんだから」
緊張を解くために会えて口にしてくれたコリィの軽口に付き合い、ユウヤは笑みを浮かべてシノの家に侵入する。
ユウヤもシノの家に何度か入ったことはあるが、特段珍しいものはなかった。
けれどきっと、どこかにこの街を起動する何かを隠しているのだろう。
しらみつぶしに探すしかないかとユウヤは思っていたのだが、何故か感覚的に分かった。
シノの家のどこに、それがあるのか。
「コリィ、こっちだ」
「えっ? ユウヤさん、分かるの?」
「なんとなくだけれど、呼ばれている気がするんだ」
そう、確かに呼ばれているかのようだった。
そしてそれは、家の奥のシノの寝室の床から感じる。
ユウヤはシノの寝室に入り、迷うことなく真ん中の畳を魔法で浮かせて退ける。するとそこには、入り口らしきものが隠されていた。
「こんなものが隠されていたなんて……」
驚くコリィに同意し、ユウヤは意を決して、その入口の蓋になっている部分も魔法で浮かせる。すると、地下に進む石の階段が続いていた。
「シノさん……」
ユウヤは思わずシノの名前を口にする。
一体彼女は何者なのだろう。
何をどこまで知っている存在なのだろう。
そんな思いが、頭をよぎる。
「行こうよ、ユウヤさん」
「……うん。そうだね」
ユウヤはコリィの気遣いに感謝をし、地下に降りていく。
階段は下に降りた後、踊り場に出て、百八十度回転して更に降りていく構造。だが、階段事態は、十段ほどしかない短いものだった。
「これは……」
全長がユウヤの腰近くまである、丸い楕円状の金属の塊がそこにはあった。
しかし未知なる物体ではあるのだが、ユウヤはそれに懐かしさを感じる。
金属の塊には、緑色の窓がついており、そこに文字が浮かび出ているのだ。
「まるで、パソコンの画面みたいだ」
「ぱそこん?」
「ああ、後で説明するよ。それより、これはどうやって動かせば……」
ユウヤはその金属の塊に手を触れようとする。すると、突然それが低い音を立て動き始めた。
画面に映された文字が自動的に入力されていく。
そこには、『キングの登録を確認。この街を拠点として起動します』と文字が記されていた。
どうやらこれで起動は大丈夫らしい。
早速外に出て街の様子を確認しようとユウヤは思ったが、画面にまた新たな文字が出現した。
『拠点の起動に成功。ただし、命令権が二つあります。そのため、キングの登録のない最高権限の命令と、新たに登録したキングの命令が相反する場合、本システムは例外的なエラー、呼称<Irregular>により命令を実行できない場合があります』
「『I』『r』『r』……、イレギュラーか……」
ユウヤは画面に写った文字を読み、そう呟いて少し沈黙する。
だが、ユウヤも自分がやらなければいけない事を忘れてはいない。
「コリィ、外を確認して、みんなと合流しよう」
「うん。分かった」
まずは、みんなでこの情報を共有してからだ。
ユウヤは自分にそう言い聞かせて、地下室を後にするのだった。