シノの家を出たユウヤの目に入ってきたのは、色を取り戻した街の姿だった。
「新年おめでとう。今年もいい年になるといいですね」
「ええ。今年も、争いごとに巻き込まれなければいいのだけれど」
「大丈夫よ。わざわざこんな大陸の隅っこの街まで来るような物好きはいないわ」
「でも、その、私は……」
「あっ、このスケベ」
「だって……。女に生まれたのですから、一度くらいは男性に愛されてみたいと思うのは当然よ」
人々はまるで今までもそうだったかのように、新年を迎えて喜んでいる。
けれど……。
「ユウヤさん。おかしいよ。あたし、今外に出ている人の顔を、誰一人知らない」
「やっぱり、そうだよね」
この街で運送業として働くコリィ程ではないが、ユウヤも、シノの家の近所の人の顔くらいは覚えている。だが、どの顔も見たことがない女性ばかりだ。
「あっ、あの……」
戸惑うユウヤに、十代後半くらいの若い女が話しかけてきた。
「はい、どうなさいましたか?」
ユウヤが律儀に返すと、女は顔を真っ赤にし、蕩けるような笑顔を浮かべた。
「ああっ。その低い声に、そのお姿……。男性ですね」
「えっ? あっ、はい……」
ユウヤは戸惑いながらも正直に話す。
「その、不躾ですが、私を貴方様の物にして頂けませんか? 夢だったのです。男性に抱いていただくのが。それが叶うのならば、私、死んでも構いませんから……」
女は明らかに狂気を含んだ笑顔で近づいてくる。
ユウヤはそのことに恐怖を感じて後ずさるが、いつの間にか、周りの女達もこちらを向いて、ジリジリと迫ってくる。
「男の方。男性……。この方がそうなのですね。ということは、あれを、ペニスをお持ちなのですよね?」
「もう、端ないわよ。でも、実物はどんなものなのかしら……」
「私は、その、キスを、キスだけでいいのでしてください。ずっと、ずっと、何年も、何十年も、私は男を知らないのです。せめて、キスを、口づけを……」
迫る女達に、ユウヤは恐怖を覚えるが、今、聞き捨てならない言葉を聞いた。
「何十年? どういうことです、それは?」
どう見ても、目の前の女達は若々しい。それなのに、何十年も男を知らないというのはどういうことだろう。
「ああっ、私に興味を持って頂けたのですね。話します。話しますから、私に口づけを。そして、そして……」
狂気を含んだ物言いに、ユウヤは後ずさる。そこで、
「ユウヤさん、逃げるよ!」
その言葉とともに、コリィに手を掴まれ、コリィは走り出す。
ユウヤは慌てて体制を立て直し、彼女の速度に合わせて、猛スピードで走り出す。
「助かったよ、コリィ」
「うん。明らかに、あの人達は異常だったね。そして、見たこともない人達だった」
「そうだね。とりあえず、レミアさんと合流しよう」
「うん。そのつもり」
コリィに手を引かれ、ユウヤは大時計の前まで戻ってきた。
だが、そこも見知らぬ女性達がひしめき合っており、妻たちの姿は見えない。
『ユウヤ様。<姿消し>の魔法を』
頭に、直接響くファリアの声。それが魔法によるものだと悟り、ユウヤは指示通りに、自分も魔法を使用する。
範囲は自分とコリィ。何度か練習していたので、魔法は無事に成功した。
それは、ユウヤの目から見て、コリィの姿が見えなくなっていることから明らかだ。
この魔法は、自身の体が消えているかどうかを自分の目では判断がつかないのが唯一のネックなのだ。
『コリィ。今、僕の魔法で君と僕の姿を消した。もう、走らなくても大丈夫だ』
ファリアに倣い、コリィに魔法の力で意思を伝える。すると、コリィは掴んでいた側のユウヤの腕に、ギュッと自分の腕を絡めた。
『ユウヤ様。私達はユウヤ様の方から見て、右側におります。そこに意識を集中してみてください』
『分かった。やってみるよ』
ユウヤが言われたとおりにやってみると、薄っすらとファリアとレミアとリナの姿が見えるようになった。
『見える、見えるよ、ファリア』
『良かった。ここで立ち話も落ち着きませんので、ひとまず家に戻りましょう』
『うん。分かった。<起動>はなんとか終わっているから、その方が良さそうだね』
ユウヤは自分の意志をファリアに伝え、また同じようにコリィにも伝える。
念の為、レミアの能力は使いっぱなしであったが、幸いなことに敵は近くにはいないようだ。
明かりも見えなくなってしまっているので、安全を確認したユウヤは、コリィと一緒に、他の妻達の歩く速度に合わせて歩いて家に戻るのだった。
◇
家にたどり着くと、ファリアの指示で、彼女とユウヤは<姿消し>の魔法と言うものを解く。
そのため、ようやくレミアの目にも、愛しい夫の姿が見えるようになった。
「しかし、見事なものだな、ユウヤ殿。魔法を難なく使いこなしている。先日の『約束の日』に練習でもしていたのかな?」
あのとき、レミアは、体調が万全ではないユウヤに魔法を教えるのは止めるように言っておいたのだが。
「いいえ。私は先程、初めて<姿消し>の魔法の使い方を詳しく説明するつもりでした。ですが、ユウヤ様はこともなげに魔法をお使いになったのです。これは、才能としか言いようがありません」
ユウヤではなく、ファリアが驚き半分、尊敬半分でレミアに答える。
レミアは自身の能力をこっそり使用していたので、ファリアが嘘をついていないことは分かった。だが……。
「あっ、うん。魔法の種類は君とリナから教えてもらっていたから、なんとなく分かったんだ」
そう答えるユウヤの言葉は、明らかに動揺していた。嘘のように思えた。
しかし、レミアの能力は、自らの主人となったユウヤには使用できなくなってしまっている。
あくまでもレミアは<兵士>。<王>であるユウヤの気持ちを盗み見ることは許されない。
これが、レミアの能力の数少ない欠点だった。
だが、引っかかる。
ファリアは嘘をついていない。しかし、ユウヤは嘘をついているように思える。
「リナ。君がユウヤ殿に魔法を教えたことはあるのか?」
「えっ? あっ、はい。簡単な癒やしの魔法をお教えしたことはあります。ですが、他の魔法はファリアさんの方が得意ですので、私からは何も……」
リナに尋ねても、彼女も嘘を言っていない。
だが、おかしい。やはり引っかかる。
まったくの勘だが、放置しておいては行けない事柄のような気がしてならない。
「レミアさん。ユウヤさんの魔法のことよりも、今は別のことを話し合わないと駄目なんじゃあない?」
「……ああ。コリィ。君の言うとおりだな」
しかし、レミアは自分の勘を信じきれず、後回しにすることにした。
「待ってください。まず飲み物を準備します。皆さん、体も冷えて喉が渇かれているのではないですか?」
「ああ、いいね。あたしも手伝うよ」
リナの提案で、飲み物が出来てから打ち合わせをすることになった。
「ユウヤさんはいつものお茶でいい? ファリア姉は紅茶だよね? レミアさんはコーヒーかな?」
コリィは笑顔でみんなに尋ねてくる。
その明るい笑顔に、みんなの緊張した気持ちは少し軽くなる。
「ふふっ。そんなにいろいろ淹れるのは大変だろう。私もユウヤ殿と同じお茶でいい」
「私も、ユウヤ様と同じものにしてください」
レミアとファリアの言葉を聞き、コリィは「わかった」とにっこり微笑む。
……不覚だった。
後にレミアはこの時のことを思い出してそう思うことになる。
先に整理しなければいけない事象が多すぎて、そしてその際の打ち合わせではユウヤの言動に違和感がなかったことから、彼女はこの時感じた自分の勘を気のせいだと結論づけてしまったのだ。
しかし、それは彼女だけの責任ではない。
最も悪かったのはユウヤと……。