「なるほど。確かに私も気になっていた。あの場に居た者たちをざっと見渡しただけだが、私の知らない顔ばかりだった」
「だよね、だよね。あたしも知らない人ばかりだったもん!」
ユウヤはお茶を飲みながら、レミアとコリィの話に耳を傾ける。
「それに、あの女の人達が、ユウヤさんに言い寄る姿は異様だったし」
「コリィ、その話を詳しく……」
静かにお茶を飲んでいたファリアが、凍えるような声で話に割り込んできた。
何故だろうか?
まったくユウヤに非はないのだが、ものすごく後ろめたい気持ちになってしまう。
「はい、ファリア姉! 実は……」
コリィは居住まいを正してファリアに事態を報告する。
「ふむ。『戦闘期間』における人々が物理的に違うのもそうだが、その考え方が違うというのも興味深いな」
「どういうことですか、レミアさん?」
リナに訪ねられて、レミアは小さく微笑み、
「リナ、そしてファリア。逆に訪ねたいのだが、君たちはこの街に来てから、何かしら住民達のトラブルに遭遇したことがあるかな?」
そうリナ達に訪ね返す。
「いいえ。皆さん良い人ばかりで、そういった事はありませんでした」
「私も同じです。ですが、それが……。あっ、いえ、分かりました。少し考えれば、異常ですよね」
リナは分かっていないようだったが、ファリアも自分と同じ違和感を感じていたようだと、ユウヤも気づく。
「うん。ファリアとユウヤ殿は気づいているようだな。私も、仕事の関係でこの街以外の街に行ったこともあるので、違和感を感じていたのだ。
この街はあまりにも皆が規律を守って平和に過ごしていすぎるとな。だがその違和感は、この街に戻ると消えてしまっていた。そのことを今頃になって思い出した」
レミアはそう言って苦笑する。
「白状すると、ファリアとリナ、そしてシノがユウヤ殿と結婚した際に、私は嫉妬で気が狂いそうになった。だがな、それだけだったのだ。是が非でもユウヤ殿を奪おうとか、関係を持とうとは思わなかった。
努めて諦めようという様に気持ちが切り替わっていったのだ」
「うん。それ、すごく分かる。あたしもレミアさんとおんなじだったよ」
レミアにコリィが同意する。
「あくまでもこれは仮説だが、この街の『準備期間』では争いごとが極力起こらないように設定されていたのではと思うのだ」
「設定、ですか……。それは、なんだか悲しいですね」
リナのその呟きに、「そうだね」とコリィが同意する。
「レミアさん。貴女は、その設定したのはシノだと思っているのですね?」
「ふむ。そのとおりだ。何が理由かは分からないが、シノ以外にこんな事ができたとは思えない。それは、彼女の家の地下に、本来は大時計にあるはずの起動装置があったことからも間違いないだろう」
ファリアに答えると、レミアは静かにお茶を口にする。
「シノさん……」
ユウヤは思わずシノの名前を口にする。
事態が分かるにつれて、自分の妻のことがどんどん分からなくなってしまう。いったい、どうして彼女はそんな設定をしたのだろうか?
ユウヤ自身、争いごとは嫌いだ。けれど、この街の『準備期間』の平和すぎる日常もおかしいと思ってしまう。
「それともう一つ、今のコリィの話でわかったことがある。それは、『戦闘期間』の住民は、『準備期間』の住民とは異なり、時間の経過を認識しているということだ。
もっとも、これがこのカリスの街だけの特徴かどうかはまだ判断がつかないがな」
「どういうことですか?」
ユウヤの問に、レミアは少し目を閉じてからそれを開き、話し始める。
「ユウヤ殿。私は今二十四歳だ。当然、二十四年間生きてきた記憶がある。だがな、この記憶が本当に二十四年間のものなのかどうかが、信用できないのだ」
その言葉に、皆が驚愕の表情を浮かべる。
「ユウヤ殿に言い寄った女性は、若い容姿にも関わらず、何十年も男を知らないと言ったのだろう? それが真実だとしたら、その女性は若い肉体のままで、何十回もこの『戦闘期間』を経験していることになる。
『戦闘期間』と『準備期間』は一対のもののはずなのだから、私にその経験がないというのはおかしな話なのだよ」
ユウヤは唾を飲み込む。つまり、レミアが言いたいことは……。
「あたし達は、今の年齢のまま、何十年も過ごしていたっていうことだよね? 『準備期間』が終わったら眠りについて、『戦闘期間』が終わったら目が覚める。けれど、一年が経ったということは忘れてしまっている。それを、何度も何度も繰り返していた……」
コリィは青い顔をし、体を震わせる。
「だが、その事実を知らなかっただけ、我々は幸せだったのだよ、コリィ。この街の『戦闘期間』に街に現れる住民は、その事実を知りながら、長い時間を過ごしてきたのだ。彼女たちのことを思えば、な」
「そんなの、そんなの悲しすぎます! どうしてこんな悲しい世界になってしまっているのでしょうか!」
リナが堪えきれないと言った様子で立ち上がり、声を荒げる。
「リナ。君の言うとおりだ」
怒りと悲しみに震えるリナに、ユウヤは優しく声をかける。その事で、彼女は自分が取り乱していたことに気づき、静かに椅子に座り直す。
「済まない、コリィ、リナ。私がいきなりたくさんの情報を口にしたため、混乱させてしまったな。今日はもう遅い。二人共、今日はユウヤ殿と一緒に休むといい」
レミアはそう提案し、ユウヤに視線を向ける。
その意味を理解し、ユウヤは頷く。
「ファリア。念の為だ。私と君とで、今日は寝ずの番を交代でしよう」
「それはもちろん構いませんが、よろしいのですか?」
「何。私は年長者だからね。年若い少女たちの前で少し格好をつけたいのだよ。それに、これで愛しいユウヤ殿の気持ちも私に少し傾くという下心もある。気にしないで欲しい」
まだレミアはユウヤと結婚して日が浅い。
そのため、しばらくの間はユウヤと夜を共にする権利を有しているのだが、彼女はそれを先日はファリアに譲り、今日もリナとコリィに譲るというのだ。
「本来ならば、君にもユウヤ殿に甘えて、不安を少しでも紛らわしてほしいのだがね。生憎と、私一人では何かことが起こった時に対処できないのだ」
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、心配はいりません。私も妹分達のために頑張ります」
ファリアはそう言うと、コリィとリナに笑みを向け、ユウヤに静かに頭を下げた。
「うん。分かったよ。リナ、コリィ。二人共、今日は三人で寝よう」
ユウヤの誘いに、申し訳無さそうな顔をするリナとコリィ。だが、二人共不安でどうにかなりそうだったようで、最終的にそれを受け入れてくれた。
「すぐにお風呂の準備をします」
ファリアは優しい声でそう宣言し、にっこり微笑む。
「ユウヤさん、その、一緒に入ってくれないかな? あたし、今晩は一人になりたくない……」
「私も、コリィさんと同じ気持ちです……」
不安げな二人の妻の要望に、ユウヤは「うん」と優しく応える。
ユウヤも驚きの連続で不安ではあったが、今はコリィとリナを安心させることが一番だと自分に言い聞かせるのだった。