00、あなたは転生できる。
あなたは転生できる。転生しますか? はい。 いいえ。
万年二軍、ベンチホッカイロと部活内で呼称されるあなたは真面目だけが取り柄のような高校生だ。ゴールデンウィークの市内大会をもうあと二日後に控えたあなたは、既に三年生だった。
しかし特に高校生活に良い思い出があったわけではない。かといって悪い思い出があったわけでもない。目立つでなく、無難に過ごしていたあなたは恐ろしいほど影が薄く、卒業後誰からも覚えていてもらえないだろう。高校の知り合いは皆、知人以上友人未満。女子との会話は文化祭で必要な業務連絡を片手で数える程度にしたくらい。輝くような高校生活でも、真っ黒に打ち沈んだ高校生活でもなく、薄く、味がなくなるまで水を加えた麺つゆのような、どこまでも淡い灰色の高校生活をあなたは過ごしてきた。
何もしないまま高校生活が終わってしまう。
ふと部活帰りの疲れ切った体を引きずって帰路に就くあなたは、茜色に暮行く夕日に次のようなことを思った。
何もしないまま人生が終わってしまう。
視線を彷徨わせる先の、夕日を横切るカラスの鳴き声がアホーと聞こえたことにがくりと肩を落とし、自然とあなたのの歩みが人生に疲れ諦めきった浮浪者を思わせるものになっていく。あなたは疲れ切り摩耗した精神は信号の色さえ識別できないほどだ。
そう、最後に聞いたはタイヤのゴムがアスファルトを削る擦過音。
あなたは転生できる。転生しますか? はい。 いいえ。
次に目を覚ましたのは一面真っ白な世界。そんな世界であなたの眼前に、機械で書いたような黒色のかっちりとした文字だけが踊りっていた。
ははあ、なるほどとあなたは合点した。いわゆる異世界転生という奴だなとあなたは特徴なく不細工な顔を歪め目の前の文字を嘲笑する。確かにあなたは異世界転生ものと呼ばれる小説を読んだことがある。ただしそれはあくまで暇つぶしに過ぎない。死んだら次があるなどという妄想に本気ですがるのは、現実解決能力の低いアホの信仰であり、こんなものにすがるような人間の将来は、詐欺師と宗教と女に騙されヤクザの金蔓として一生奴隷のごとく返済のあてのない借金を返す羽目になるだけである。
かくのごとく考えていたあなたはニヤニヤと笑いながら虚空に浮かぶ文字を眺めていたが、暫くしてこれが夢でもなんでもない、あなたの意識上において否定しようのない現実であることに顔色を青ざめさせた。人がもっとも恐れるのは未知からの恐怖であると、どこの暗黒作家が言ったのだろう。急に死ぬのが怖くなったあなたは震える手で「はい。」を押した。
すると虚空に次のような文字が浮かび上がった。
あなたは次のあなたに何を望みますか?
あなたは即答した。
まず良い顔!
何と言ってもイケメンは得だ。やることなすことカッコがつく。たとえドジを踏んでもテヘペロと舌を出せば簡単に許されるだろう。不細工には出来ない所業である。
次に優れた運動能力!
人に抜きんでて運動能力が良ければ、怪我のリスクも減らせるし、幼少期から一目置かれることで自己肯定感を高めることに役に立つだろう。
次に……、
次で最後です。あ、そう。
ふ~んと、虚空に浮かぶ文字を見て、あなたは少しだけ悩んだ。あなたは頭は悪くない。よくもないが悪くもない。特に褒められることも貶されることのない普通の脳味噌に満足している。となると……
どんな場所でも生きていけるような特殊な能力!所詮人間など量産品である。転生した自分と同じように顔がよく、運動が出来て、より頭がいい存在などどこにでもいるだろう。だがしかし、ほかの人にはないような特殊な能力を持っていればそういった彼らと差別化をはかれるのではないか。
検索完了しました。該当一件。転生、開始します。
あなたは目覚めた!
01、あなたは被検体だ
あなたは拘束されている。
「人の持つ竜の因子を、他人に移植してみたが駄目だったな。今回の実験も失敗だ。生命力と回復力だけはあるからまだ実験は続けられるだろう」
あなたは両目を抉らている。あなたは鼻を削がれている。あなたは両手両足の爪に電極を差し込まれている。あなたは頭蓋骨を開かれ、脳波を測定するためのプラグを突き刺され死んだ方がマシな痛みを味わっている。あなたは開腹手術を受け内臓を引きずり出され、各臓器を声が枯れてもまだ叫び続けそれもでも叫びりないほど痛めつけられている。あなたの肛門に職員は男根を突き刺し、あなたの潰れた声帯から漏れる悲鳴に合わせて腰を振っている。
「終わったら片付けておけよ」
唯一自由の利く両耳から外界の様子が伝わってくるが、あなたのはもはや取り乱さない。いかなる抵抗をしても無駄と悟った心が感情の一切を拒んでいるのだ。はいはい、とあなたの肛門を犯している男は別の職員の言葉に適当に相槌を打ってまた腰を前後に振り始めた。
この一カ月はずっと同じことが繰り返されている。彼らは自らが失敗したという可能性を考えないのだろうかと、あなたは外界の一切を遮断して、三週間前から一人、心のうちに問い続けている疑問を浮かべ、恐らくないのだろうと思考を凍てるかせる。
「う、」
腰を振っていた男が急に動きを止めあなたの中に生暖かい精液が流れ込んでくる。この男の射精時の掛け声にはバリエーションがあり、今回のう、は一カ月の実験の中でも一番多い。一番気持ち悪かったのは孕め、である。頭がおかしいのではないだろうか。頭がおかしいからこんな実験ができるのだろう。頭がおかしい人間でなければこんな実験は出来ないだろう。頭のおかしい人間に、お前は頭がおかしいと言っても意味がないのであなたは再び考えるのを止めた。
「ふぅ、尻はやはり未発達な少年のものに限るな。緩すぎずきつすぎずのぷりぷりとした感触は最高に過ぎる。俺を捨てたクソ女イザベラののそれとは締め付けが違う」
そういって性欲を満たした男の職員が別とを締めなおすカチャカチャという音。
あなたは男だ。
「またこんなに汚して、掃除する人間の身にもなりなさいよ」
女の声が聞こえる。あなたの目は既に再生を終えている。あなたを先ほどまで犯していた男性職員をなじったのは優しい顔立ちのまだ若い女性職員だ。ただ女の声からはあなたの身を案じる優しさなどなく、ただ汚された実験器具を片付けるのが手間だという感情しか伝わってこない。手慣れた様子で内臓に刺さった刃物が抜かれ、脳波測定用のプラグが引き抜かれ、爪に刺さった電極を除去、空いた腹の傷に乱雑に内臓を押し込む。普通の人間なら激痛でショック死しているが、竜の因子を移植された肉体は死も精神崩壊も許さず、急速にあなたの体を復元していく。
「はい立って。ぐずぐずしないで」
指先を動かすだけで激痛が走るが、あなたは無理矢理寝台から体を起こし、拘束されたままの両足で立ち上がる。コンクリートの床の冷たさが足に染みて視界が虹色になるも耐えた。
「さっさと洗浄室まで歩く!何度言わせる気?それともまたこれを味わいたいの」
女の恫喝めいた声が飛ぶ。次は声ではなく電撃咒式を宿した調教用の鞭が飛んでくるだろう。あなたはそのことを身体で知っている。
洗浄室で待つこと数分、タイルの数を百七まで数えたころ魔杖鞭を片手に水着に着替えた先ほどの女が現れる。これからあなたは洗浄されるのだ。女は高位の攻性咒式士で化学練成系と鋼成系、電磁雷撃系の三系統を修めている。再生能力以外は一般人と変わらないあなたが抵抗できる相手ではない。
「うう、酷い臭い」
女の言うとおりだった。あなたの体は血と精液にまみれている。アンケートを採れば百人中百人が臭いとアンケート用紙に書くだろう。十分に距離を置いた女の魔杖鞭から手加減した流水咒式が放たれる。手加減しても流水咒式は無論は戦闘用の咒式だ。高圧水流に薄い胸を叩かれ、あなたの呼吸は一瞬止まった。
そんなことはお構いなしに女は高圧水流であなたの体を洗浄し続ける。
「汚くて臭ーい、実験体の洗浄をなぜあたしがやらなければならない。糞、女だからって舐めやがって……」
五分ほどして洗浄が一段落ついた、滝行もかくやの水流に五分間も洗われ続けたあなたの体は、低体温症一歩手前で立っていることさえ難しい。
「さて、中も洗いましょうね」
そう言って嗜虐的な笑みを女が浮かべる。その笑みの意味することを知っているあなたは、無駄な抵抗をせずに手枷の重さに震える手を壁につけ、尻を女の方に向けた。途端に鞭が飛び、洗浄室に炸裂音が響き渡る。
「もっと尻を突き出せ豚が」
女の罵声が浴びせられ、連続する鞭の痛みに反応が遅れたあなたを苛んだ。あなたにいかなる行動も許さないまま、未熟な体に、赤い、ミミズ腫れのない箇所が見当たらないほど撃ち続けてようやく鞭による殴打は止んだ。
「それじゃあお薬を注射しましょう」
女の声に流石にあなたは恐怖を覚えた。もう何度も使われているそれをまた使われたら二度と元に戻れなくなるのではないか。
「それだけはひゃめ……、」
呂律の回らない舌を懸命に動かして拒もうとするあなたに、有無を言わせぬ早さで化学練成系で作られた麻薬の一種であるカンナビノイドの合成液が撃ち込まれる。とたんに全身絶え間なく苛むミミズ腫れのひりひりした痛みがあなたの体から退いていく。僅かに振り返ったあなたの目に映るのは、人の腕とと同じ程度の大きさのシリコン製の疑似男性器を股間から生やした女の姿だった。
「ふふ、綺麗な顔。たっぷり可愛がってあげる」
無論、そんなものを肛門に挿入されたらただでは済まない。この一カ月間の拷問と調教に、あなたの肛門はそのたびに裂け、悲鳴を上げたが女はそんなあなたの苦悶にむしろ興奮し、何度も何度も絶頂に飽き果てるまであなたを犯してきた。
ぬちぃ、と女の指があなたの肛肉を弄ぶ。
「何度犯しても処女に戻るなんて。素敵な体質。でも、脳味噌が記憶したことはなかったことに出来ないでしょう?」
たとえば快楽、と女の指が肛肉を離れ、あなたの痩せた腹筋をさすりあばらが浮いた胸板に咲く可憐な蕾をつまむ。意外なほどにしなやかな指先がトントントン、とリズミカルに皮膚を叩く。拷問に等しい実験で痛めつけられ、凍てついたあなたの心をほぐすように女の指が優しい雨になってあなたの体を撫でさする。
ひぁ、と情けない喘ぎ声がきつく噤んでいたあなたの口から零れていた。最後の抵抗に声だけは上げまいとしていたあなたの決心は、今日も女の愛撫に敗北を喫したのだ。麻薬を打たれて過敏になったあなたの体はもはや全身が性感帯と化している。
いや、それは麻薬のせいだけではなかった。一カ月のあいだ一日も休むことなく女の愛撫を受けていた神経が、その快楽を覚えていたのだ。今やあなたは咲き誇る寸前の蕾も同然だった。
ようやくあなたの一日が終わった。
白い、ベッドと古い時計以外の何もない部屋であなたは呻いていた。トレーに乗せた空の皿が彩りと言えば唯一の彩りだろうか。この白い部屋は転生時のあの空間を思い出させる。なぜ死が最悪だと、あの時は思ったのだろう。今のあなたの人生はマイナスだ。死はプラスではないがマイナスでもない。死はゼロだ。あなたはゼロを拒否した。死ぬべき定めの時に死を選ばなかったことの、だからこれはきっと罰なのだ。
死にずらいだけの才能が何の役に立つ。そんなものはプラナリアと同じだ、今のあなたは人間大のプラナリアだった。美しい顔も優れた運動能力も特異な才能も何の役にも立たない。それは、アフリカの紛争地帯でアインシュタイン並の頭脳が生まれたのと同じ。いかに手札が優れていても場に立てなければ意味がない。
選択を誤ったとあなたはベッドの上でひどく後悔していた。
夜が明けた。時計の短針と長針の運動があった。
あなたは転生して以来、夜明けを見たことがない。夕焼けも青空も雨も、ただ時計の短針が10と5の間を右回りに動く様子だけが、あなたの一日だ。
あなたには何もない。いや、記憶がある。転生前の記憶をまた思い出し、飴玉のようにしゃぶって感覚を麻痺させる。
「やあ、気分はどうだい」
扉はを空けたのは、メガネに茶髪の研究員だ。あなたには朝食はない。理由は単純で、解剖した時に腹に内容物が残っていると酷く臭うからだった。
「気分は最悪です。体調は良好」
「それは最悪だ」
男はわざとらしい動作で目をつぶって天を仰いだ。
「ええ、最悪です」
「君は一体いつになったら死ぬのかね?」
遠慮のない男の物言いにあなたは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「俺って死ぬんですかね?」
「さあ?死にたくなったら教えてくれ。参考にしたい」
この茶髪の眼鏡は心理学の学者だ。やはりこの研究所にはクソ野郎しかいないのだなと、あなたの気分は重くなった。とはいえ、落ち込むにはあなたの気分は最悪に過ぎる。最悪に最悪を重ねすぎたせいでもはや何が良いのだか、何が悪いのだかあなたは分からなくなっていた。
「死にたいのは今さ」
何か言ったかいと問う茶髪の眼鏡に首を横に振ってあなたは返した。死にたい気分だが、体調は良好でなんだか明日になればなんとかなる気がする。
「おっと、私の許可なしに面会はダメよニック」
「すまないね、トレーシー。君といると患者の心理的な防御が堅くて」
女攻性咒式士にニコラスは軽く笑い返す。トレーシーと呼ばれた女咒式士ははニコリともしない。
「死にたいならそうすればいいわ」
冷たく返して、あなたに鋼の手錠と足枷を掛ける。化学構成系……、だろうか?じゅしきし、とはなんだろうか?あなたの乏しい知識を当てはめるに、「じゅしきし」=魔術師で科学構成系は魔法的なものの一分野なのだろう。魔法なのにかがくがつくのは如何なものだろうとあなたは思ったが、こちらの世界では魔法は科学と呼ばれているのだろうと強引に納得している。
さあ今日はどんな拷問が待っているのだろう。そんなことを楽しみにする人間がいるか。いるわけがない。
「言っておくけど、私に手間は掛けさせないで」
鋭い音を立てて女が手にした鞭が空を切った。分かっている。電撃の痛みでのた打ち回ったあとに拷問を受けるか、それとも電撃を受けずに拷問を受けるかの違いだろう。
何にせよ、また一日の始まりだ。それはつまり、死にたくなる一日の始まりだった。