最初の交差は即興の連携にしては上出来だったと思う。
まず身体能力に優れるリュオウが先制の一撃を放つ。脚を狙って低い角度で侵入する屠竜刀をヘヴォルムは上に飛ぶか下がって躱すか、前に出るかの三択で選ばざるを得ない。
魔杖刀で前に逃げる経路を断ち、咒式を伏した左掌で残り二つの選択肢を潰す。背後からの暗殺者として極限まで気配を薄めたタオローの奇襲を防ぐなどありえない。リュオウの音速の斬撃と、タオローの神速の斬撃の二重奏、だから、そんな連携に対応できていいはずがないのだ。
「小細工だな」
どこか醒めた声でヘヴォルムはそれを迎え撃った。
竜の行動は単純と言えば単純だった。避けるだけでもなく防ぐでだけもない。屠竜刀を背後に跳んで躱し、左手に秘匿した咒式など意にも介さず頭頂部からタオローの腹に突っ込む。行ったのは技とも呼べない単なる頭突きだが、受けた左手を通して落雷のような衝撃がタオローの全身を襲う。
人化したとはいえヘヴォルムは竜だ。その質量も筋力も消え失せたわけではない。重力制御を解除したその一撃は牽制で合っても人の肉体を砕くのは容易にすぎる。咄嗟に左掌で受けたタオローはビル一つほどの重さを化かしきれず、左手を踏み台にした発勁で体を逃がすだけ事しかできなかった。
左手が死んだ。
即座に勁道を切り捨てて、逃げに徹しても全身が痺れ眩暈がするほどの威力。
前と後。タオローとヘヴォルムの勁を受け止めた左腕は、尺骨が肘から飛び出し手首から先は完全に肉塊となっている。肺腑を内から焼かれるような激痛に比べれば、無論まだましではあるが代わりにあの時ほど捨て身に成れないのも事実だ。今のタオローには守るべきものがある。
左手はこの戦いではもう使いものにならないと覚悟すべきだ。冷や汗とともにタオローは震える脚に力を籠めた。敵は目前に既に迫っている。回復までの約十秒は人一人殺すにはあまりにも長すぎる。
「喋らぬというなら致し方なし」
タオローに向けて歩むヘヴォルムの顔面にリュオウの封咒榴弾が炸裂する。低位階の爆裂咒式は干渉結界に分解され青い光を放ち散華する。本体へのダメージは毛ほどもないが目くらましには十二分、高速移動の慣性力を乗せた屠竜刀の斬撃は音を背後に引き離し頭頂から股間までヘヴォルムを両断して有り余る彗星の威力。
光が爆ぜる。
結界の干渉面と屠竜刀の切先が衝突し、コンマ一秒で貫通した屠竜刀はヘヴォルムの額を割る直前で完全に停止。竜の前脚さえ両断するドラッケン族の剣技を止めたのは空中に咲く透明な華とでもいうべきものだ。蛍雪の光で地下街の路地を照らしながら、爆発の瞬間を押し固めたようなそれはリュオウの屠竜刀を銜え込み、超戦士の一撃を圧力と摩擦で完全に停止してのけた。
「我が〈
ヘヴォルムの問いかけにリュオウは撃鉄を鳴らして答える。咒力が刀身を伝い、二十二口径の大型咒弾が屠竜刀の回転弾倉で咆哮する。
「るぅうううぁぁああああああああああああ!!」
渾身の一閃を真正面から受け止められ、リュオウは歓喜の声を上げた。爆発する感情を乗せ、視線が、力点が、殺気が、鋭角な奔流となってヘヴォルムを射抜く。
まさに良き闘争だった。リュオウはこのような日を待ちわびていた。強敵との戦いを望み、竜との戦いを欲する。今夜は素晴らしい夜になる。まさに罪人が竜と踊る夜だ。
生体強化系第五階位〈
「おお、恐ろしい。その刃には竜の血の臭いが染みついている」
わざとらしくかぶりを振って、ヘヴォルムは手首を捻った。
屠竜刀と右腕一本。超人と人外の膂力が拮抗するも、即座に質量に劣るリュオウが屠竜刀ごと回転に巻き込まれる。受け身も取れず真下に叩きつけられ、リュオウの右半身は完全にアスファルトに埋没していた。
リュオウが死んだ。そう判断したタオローの額から汗が落ちる。反撃までに要する時間は残り五秒、このままでは殺される。
「いやはや、ドラッケン族は無駄に頑丈だな」
ヘヴォルムの呆れ声の先で、即死の投げを受けたリュオウがなお立ち上がる気配を見せる。しかし背後に控える東方の人族のことも考えれば、これ以上は付き合っていられない。ヘヴォルムはダメ押しに水晶の花を構築する咒力を倍化する。超人の剛力に崩れかけた水晶の花は、螺旋を描く光の波濤と化し屠竜刀を這い上り更に成長していく。莫大な長命竜の咒力を籠められたそれはもはや花の形状など留めていない。大樹のように幹を伸ばし屠竜刀もろとも持ち主であるリュオウを呑み込んでビルの壁面に叩きつけ、首から上を残して完全に封じ込める。
化学珪成系第五階位〈
「さて、残るは一人」
余裕綽々の表情を浮かべ、ヘヴォルムは背後のタオローへと振り返る。
厄介なドラッケン族は封じた。あとは片腕を失くした東方の剣士のみだ。得物の形状と、なにより先ほどの戦い方からして敵は対人戦闘に特化した剣士だろう。長命竜であるヘヴォルムの敵ではない。
そう値踏みしたからこそ、額に脂汗を浮かべたタオローが不敵に唇を歪めたことがヘヴォルムには不可解だった。
「いいや、二人だ」
超質量に叩きつぶされたタオローの左手が何かを掴むように天に掲げられる。だが、その手で何が出来るというのか。もはや神経さえ潰れて、咒式を放つことも出来ないだろう。まして格闘に使うなどもってのほかだ。
「来い!ルイリー!!」
「いっくよー!!アニサマ!!」
その影はヘヴォルムにさえ気取られぬほど巧妙に光学偽装し、ビルの屋上から音もなくタオローの左手に巻き付く。八本に分かれた肢の打ち三本を腕に巻き付け残る五本を胴体各所に巻き付け固定。首筋から伸びた数式の疑似神経がタオロの神経と融合し二人が一つに、一人が二つに合体する。
「生体生成系第四階位
それは艶やかな声だった。気位の高い声だった。淡々とそれは告げた。自信なく了解を伺った。語尾を吊り上げおどけたふうに問いかけた。五つの声が、タオローの左肩に座す一人の少女の顔から同時に発せられた。
「は……?」
ぽろりと、ヘヴォルムの開いた口から煙管が落ちる。瞳に宿るのは純粋な驚愕だ。それもそうだろうとタオローは竜の感情に同意する。タオローもいきなりこんな奇怪な代物を見せられて動きを止めない自信はない。
「さてヘヴォルムとやら、二人を相手にどう戦う?」
挑発とともに先行させた
一つの式を消費した今、残りの拘束式も限界間近だ。紡がれた四つ咒式は手綱を取るタオローの制御は今にも振りほどかんと暴れ狂っている。
「やっちゃえー!アニサマ!」
神経を介して伝わるルイリーの意を引き金に制御式を一斉解放。咒力が急激に吸われ、揺れる視界の中でタオローは確かに全ての着弾を捉えた。
ナパームの炎と液体窒素がヘヴォルムと覆い尽くす。濛々と上がる蒸気を陰にタングステンカーバイドの砲弾が右腕をねじ折り背後の壁に着弾。怯んだところを不可視の重力波が足場のアスファルトごとヘヴォルムを巻き込み、粉砕する。
壮絶な咒式の五重発動を組み上げたのはタオロー一人の力ではなく、擬人であるルイリーの核となる五つの宝珠だ。一つ一つが特製品の宝珠にはとある事情によって五つに分割されたルイリーの人格を封じられていた。それぞれに人格を封じた宝珠がタオローから咒力を吸い上げ、組成式に従って咒式を放つ。禁断の宝珠配置と疑人の鬼才・左道鉗子ツェ・イーターの遺構をタオローが数法系で制御して初めてなせる業だった。
タオロー本来の戦闘スタイルからは掛け離れた戦い方ゆえに普段の戦闘ではまず使わないが、タオローを近接戦闘主体の式剣士と睨んだ相手への奇襲には有効だ。
「アニサマ、追撃は?」
「少し、待て」
ただでさえ専門ではない咒式の発動は咒力の消費が激しい。今も五重発動の負荷が神経を灼いているのだ。連射でもしようものなら昏倒するだろう。まだ倒れるわけにはいかない。予想通りならば敵は恐らく……、
主力戦車さえスクラップに出来る咒式の同時展開を受けて、アスファルトの粉塵に影が浮かぶ。
やはり、あの程度の攻撃で倒れてくれるほど甘くはないか。
そこまではタオローの想定通りだ。
残念ながらタオロー本来の咒式である数法系では、数倍の咒力と演算力に優れた干渉結界を持つ竜相手には分が悪い。そこでルイリーの出番となるが、竜を相手にした近接戦闘の最中に不意打ちを交えず専門外の咒式を叩きこむなど無謀に過ぎる試みだ。〇,一秒以下に発動できない咒式など近接戦闘では単なるお荷物である。不慣れな戦法に思考を裂いた分だけ、タオローの死期を早めることだろう。
「そのような低劣な咒ナイなど効かヌ!」
煙の中から現れたヘヴォルムは右腕の人化咒式が解け、人間の体には不釣り合いな、鱗のないぬめりとした白皮の巨腕を外気に晒していた。
異形、と断ずるタオローの背に怖気が走る。薄い皮膚の下に青い静脈が脈動するその腕は、なるほど忌まわしい代物だ。孵化したばかりの鳥の雛のような、死にゆく老人の腕のような、人を根源から不安にせしめる姿をしている。
「ソしてコノ姿を見た者ハ、生かシて返サぬ」
ヘヴォルムの顔に先ほどまでの余裕は既にない。射殺さんばかりの視線をタオローに投げかけ、右腕で街中で放つには危険すぎる極大の咒式を発動する……、
「間抜け、」
……寸前で、音を超えて落下するガナサイト重咒合金の刃がヘヴォルムの巨腕を切断した。三〇〇〇ミリメルトルを超える巨大な魔杖刀の持ち主はヘヴォルムの血に濡れた自身の刃よりもなお赤い。水晶の破片で全身を負傷し、零れる血で甲殻鎧を染め上げたリュオウは、まさしく地獄の悪鬼そのものだ。
自身の攻撃が有効でないならば他人に攻撃を任せればいいだけのこと。人間なら即座に思い至る考えも、強さゆえに単体で自己を確立しうる竜には難しい。先ほどの五重発動は見た目の派手さに気を牽く囮で、本命は砲弾咒式による結晶樹の破壊及び、リュオウの解放にある。
数法式法系で電気的結合を分解し対象を切断するタオローの剣技と違って、リュオウのそれは単純明快な質量と速度の塊だ。故に咒式同士の力比べなど鼻で笑い、単純な物理力で竜の干渉結界を貫通し、肉体を破壊する。
「いいいえええええああああああああああ!!」
ヘヴォルムの腕を切断した屠竜刀が獲物を求めて跳ね上がる。収縮する筋肉に全身の血を搾り取られながらリュオウが咆哮、逆雷の一閃は過たずヘヴォルムの右脇から左肩を駆け抜け再反転、波濤となって切り下ろす。
「人」ならばそれで死んでいただろう。
だが相手は人であって人ではない。竜でありながら人である。
ヘヴォルムは干渉結界では防御できないと判断し、人身を保つ咒式を完全解除、押しのけられた大気が突風となって地下街を疾走、必殺の体勢にあったリュオウを崩し、背後のタオローも身を伏せて耐える。
風の先には絶望の姿があった。
「強大な竜であることは予想していたが、まさかこれほどとはな」
白く、透明な皮膚に全身を覆われた巨躯は通路を形作る壁を完全に崩壊させ、どこか羽化したばかりの蝉を思わせる不気味さで、四枚の羽をはためかせた。鰐のようなトカゲのような頭部には二十四の角が生え、紅く輝く八の目は狂気の眼差しで足下の人を睥睨している。
「推定三〇、八七メルトル。まごうことなき長命竜か。倒すには正規軍の一部隊が必要だぞ」
一流の凶手であるタオローには恐怖という感情も戦闘時の負の要素になりえない。ドラッケンの戦士であるリュオウもそれは同じだろう。けれども、だからと言って、こんな化物どうすればいいのだ。
「さてタオロー、その陰険咒式で長命竜相手にどう戦う?」
抜け目なく治癒咒式を使い傷をふさいだリュオウがタオローの隣に立ち、屠竜刀を構える。
「分からん。完全に手詰まりだ。全身が脳味噌の脳筋ドラッケンには何か秘策があるのか?」
タオローの問いに、リュオウはあっさりと首を横に振った。
「いや、何もない。だが強大な竜と戦い死ねるなら本望だ」
「なるほど。ドラッケン族ならそうだろうな」
リュオウはそれでいいかもしれないが、タオローはそれでは困る。兄弟子を桃園で斬ったその日からタオローの全てはルイリーの心を治すためにあるのだ。人の肉を失い擬人となったルイリーの思考は、いずれ人のそれを離れていくだろう。声に錆びた鋼の色が混じるようになるだろう。だからこそ、タオローは生きているうちに彼女に人並みの幸福を与えたかった。壊れた心を繋ぎ止め、失われた日々を取り戻しいと願った。
ともあれ、出来ることは一つしかない。このような閉所で竜相手に背を向けることは自殺行為だ。火炎か、毒ガスか、雷撃か。竜の息吹が瞬時に彼らの命を奪うだろう。
戦うしかない。先手を取って翻弄しヘヴォルムを撃砕する。強烈な意思のもと、タオローは先ほどから意識下で練っていた秘術を解き放たんとし、
(待ってアニサマ。様子がおかしい)
「待て、様子がおかしい」
妹の忠告とリュオウの言葉に発動を停止した。
先ほどまで大気を充満していた圧力がいつの間にか、軽減されている。彫像のようにしばし停止したヘヴォルムは不意に頭を別の方向に向け、かっと歓喜に目を見開いた。
「コの咒ないの波長ハ……、見つケたぞ!混ゼ子よ!!」
白皮のヘヴォルム。され竜オンラインで稀に出会う事の出来るモンスター。第二形態で尻尾を斬るとレアドロップがあるかもしれない。
原作通りだとバーエルクの説明が長ったらしくなるけどそれが原作の魅力でもあるし、省略するか悩みました。でもまあ、バーエルクの説明は原作組なら暗記できるくらい何度も見てると思って簡略化しました。