「別に私は構わぬが」
「はい多数決で決まり」
「ぐっ……ぬぅ」
なにも大層な決め事ではない。この談合の司会を誰が務めるかという程度のものだ。しかしジネブラが音頭を取ることにどこか不吉なものをタオローが憶えていたのも事実である。予感ならぬ予感とでも形容すればいいのだろうか。さりとて刃を交わしたリュオウとタオローのどちらかが司会を務めたところで内心にしこりのようなものが残る。
どこか釈然としないタオローの心境とは裏腹に、体内通信を介して資料が送られてくる。内容はそれほど多くない。三人の経歴、死んだと思われた実験体だが、ジネブラが実験場で見た竜人が地下街で観測されたこと。長命竜「白皮のヘヴォルム」の咒式傾向と目的、そんなところだ。
「それで状況は、まず私が売り出した情報に食いついた組織が15組程度、無所属の賞金稼ぎが20名。ドラッケン族は私と同じ無所属で成果物提示による報酬金の受け取りだったけど、私は今は蘭宗会に雇われている。そしてタオローは蘭宗会の一員ね」
「なるほど、全員の目的は混ぜ子を捕らえることで一致しているというわけか」
「そして長命竜まで参戦してきた」
「そう、だから今はどの組織も追跡の手を止めている。とくに裏闘技場が潰されたと分かって冗談では済まないと考え直し始めている」
「なるほど、」
「それで、」
ジネブラが口を止めてスープを飲み干した。ごくん、と喉を鳴らし口元をナプキンで拭いて続ける。
「元敵同士、今回の依頼を受けた理由ぐらいは明確にしておきましょう。実験体の捜索はあくまでそのための手段のようなものだし」
女の言い分は尤もだった。けだし、単一の目標を追う場合は、その目標を捕らえることが最終目的なのか、それとも他の方法で代替可能なのか知っておいて損はない。金を稼ぐために魚を釣る者に、魚を釣りたい趣味人が漁場を尋ねるならば時間当たりの代金を支払うのが余計な衝突を防ぐ方法だろう。AとBが交換可能であり、BとCが交換可能ならばAとCもまた交換可能というわけだ。
「私は単純にまとまった金ね。各地に売った情報料と蘭宗会からの報酬額でまず満足しているわ。次、どうぞ?」
鶏の骨付き肉を骨ごと噛み砕いたリュオウが喉を鳴らす。
「次に私だが、まず強敵との戦いだな。特異体質者の捕獲はそのついでだ。だからこそ、貴様たち二人の首も悪くないが、今回の大物は長命竜だ。ぜひ首を狩って故郷に凱旋したいものだ」
リュオウの答えにしばしタオローは目を伏せ、殻付き海老のバター蒸しをほぐす手を止める。
「で、俺か。俺は単純にホアンからの任を達成し、混ぜ子を蘭宗会に連れ戻すことだろうな。今回の任を成功させ組織での信頼を得ること第一だ」
ジネブラは金を欲し、タオローは任務の達成を欲し、リュオウは強敵を欲する。ならば別々に混ぜ子を負う必要はない。ジネブラは金のために蘭宗会に雇われ、リュオウは最大の強敵である長命竜「白皮のヘヴォルム」討伐のために、蘭宗会に組みする。
「まて、私からもう一ついいか?」
「なんだ?」
「実験体を捉えたとして、そのあと貴様ら蘭宗会はどうするつもりだ?」
「急に義侠心に駆られたかドラッケン?」
「いや、単に混ぜ子の特異能力を生かすべく攻性咒式士としての訓練を受けさせたいだけだ。それに、いずれ相対する強敵として」
リュオウの応えにそういうことかとタオローも得心し、ジネブラは横で理解不能といった表情を見せた。
「単なる臓器袋としてしか扱わぬつもりなら、私は協力しない」
その可能性も無きにしもあらずだが……。
だが、タオローもあれから少し考えた。結論としては、やはり戦闘要員になるのだと思う。現在、三大組織に次ぐ勢力を蘭宗会は誇っている。そしていずれ、必ず三大組織の一角を取りに行くことになる。それが五年後になるか十年後になるかは分からない。だが、その戦争に勝つためには切り札が必要だ。ならば軍隊とも個人で渡り合える絶対的な戦力を味方につけたいと望むのは、あながちおかしなことではあるまい。
とはいえ、そんな予測はタオローの口から出すわけにも行かなかった。なにより多方面に情報を売る捌く女がいる以上、迂闊な発言は致命的である。
「……だが、上は臓器生産などに従事させるつもりはないようだ。おそらく要人警護の要になるだろう。武器を持たずにあらゆる施設に同行できるのは強みに過ぎる」
これは上記の可能性を排除した上で、元暗殺者であるタオローの視点から話したつもりだ。もちろん素手のままあらゆる場所に入り込む暗殺者になる可能性も否めないが。
「なるほど。そちらの上層部にドラッケン族と繋がりを作るつもりがあるか、訊いておくがいい。ついでに優秀な戦闘訓練も受けられる。費用は無料とはいかぬが、軍役で実戦経験を積みながら返す、という形もあるだろう」
「それはどうかと思うけどね。ドラッケン族の軍隊は激戦区での活動が多いというし、大切な人材に死なれたら蘭宗会としてはたまったものじゃないでしょう?」
「死線を乗り越えていない戦士など土壇場では役に立たぬ。宝剣の真価は戦場でしか分からない、というありがたい言葉を聞かせてやろう」
談合を終えてホテルに向かうタオローの表情は渋く、足取りも重い。談合の間は良かった。久しぶりに青幋がまだまともだった頃の熱気のようなものが、タオローの悩みをどこかに吹き飛ばしていた。
けれども、こうして一人になると、夜の闇のようにルイリーの言葉が圧し掛かってくる。
このままでいいのか。
どうやら自分は怪物を生み出してしまったらしいことを、タオローは今になってようやく理解していた。
始まりは道ならぬ恋だった。兄と妹という関係上、どうあっても夫婦になるなど出来ぬ相談だ。しかしそれは理性の話であり、心の求むる所とはまた別にある。どうしてもっと早く気が付かなかったのか、いや、道を捨ててでも応えなかったのか。あるいは妹を斬り捨てるという選択肢もあったかもしれないが、しかしタオローにとってそれは埒外だ。
妹を取れば青幋も師父も家も義兄弟も全てを失うことは間違いがなく、そしてタオローにとっては妹とそれ以外は等価であり、天秤に掛けようとする行為自体が間違っている。
どうしようもない行き止まりでタオローは何も選べなかった。
その結果、妹は壊れ、タオローは友と兄弟子を失い、央華からエリダナまで大陸を横断して逃げる破目になっったのだ。
今度はどうだコン・タオロー。
問うまでもないか。
きっとお前は動けない。お前はそういう奴だ。また何を切り捨てることも選ぶこともできず、全てを失う破目になるだろう。
くくく、と宙に浮かぶ兄弟子の顔が愉悦に歪む。
だが、俺を斬ったということは即ち貴様が俺の後釜だ。あの愛しい女怪に永劫、贄を捧げるのが役割だ。コン・タオロー。
黙れ、俺は貴様とは違うぞ。
タオローの怒気を嘲り、くるくると首が宙を回る。
同じことだ。組織のためでなく、ただ一人の女のためにこれまでの旅路に何人を殺した?もはや忠義をもって組織に仕える剣士の道などありはしないのだ。
黙れ。
黙れ。