※この作品はR-18です。

転生先がベギンレイムだった   作:木刀超好き

23 / 24
反魂法

 空が燃えていた。あなた自身も空に溶け込んで燃え尽きていくかのようだった。どこまで赤い海の底に沈んでしまったとさえ思えた。

 ならば、朱に染まった空に見える輝きはなんだ。

 あれは地の底にあって見えてはいけないものだ。

 光が落ちる。

 それは目を刺すような蒼天の光ではなく、柔らかくその容を瞳に許す星々の姫の光だ。

 縦一文に奔る光糸は大気分子との摩擦に青く燃え、要塞のような竜の右腕を断ち割って、あなたの顔面と平行に停止する。

 二拍遅れて、ヘヴォルムの右腕が肩口から手首の付け根にかけて一直線に走る朱の線。左右に分かれた肉から零れる落ちる血の熱が竜の鱗を裂いたのは光ではないと告げていた。

 光は剣だった。竜を狩り、異貌のものを滅ぼすために特化し肥大したそれは、まさしくドラッケン族のみに所有を許された屠竜刀に違いない。

 まさか一人でに剣が動いたわけでもあるまい。絶死の軛から解放されたあなたの目は剣の柄をとる黒衣の男を探り当てる。手の得物と同様に男は全身から青い燐光を発していた。

 

 苦悶の声など竜は発さなかった。黒衣の男はそんな暇など与えはしない。

 鮮血の雨の中、屠竜刀が唐突に静止を解かれる。意識の間隙を突き、喉元へと奔る斬輝は、全力で飛びのいた長命竜の胸に横一文字の傷を刻む。

 さらに二歩飛びのく長命竜を男は吸い付くように追随して一足一刀を崩さない。ここで突き放さなければ殺される。一歩で稼いだ間合いを反撃覚悟で迎撃の一手に費やして、竜は長大な尾を男目がけ薙いだ。痛撃にならずとも防御あるいは回避を強いることが出来たならばそれで十分。足を止めた男に遠距離から咒式を叩きこみ封殺する。

 はたして竜が捉えたのは男の影に過ぎない。避けるでもなく、受けるでもなく男は尾の上を宙転し屠竜刀を奔らせる。

 竜の尾が半ばから切り落とされ、二十メルトル先に落下した。男の業は濁流を櫂一本で制したに等しい。

 ヘヴォルムには敵が人間だとは到底思えなかった。亜音速で迫る竜の尾を地に足つけず切る業など、達人を通り越してもはや魔剣妖剣の類だ。 

 

 何者か。そんなことは問題ではない。

 男がいかな達人だろうと援護しなければ二人とも死ぬ。

 だから一瞬の躊躇もなく、あなたは三本の石柱を蹴って、一人と一匹の上空へと駆け上がっていた。

 混じり者と同時に男が動く。気配を見せない加速に、男の身体が二つに分離したようにさえ見える。怪物だとヘヴォルムは思う。総合的な戦闘能力は比べるべくもないが、こと近接戦闘という領域に限れば、この黒衣の男がこの場に限っては最強だ。

 竜の目が地上と上空の両方を追い、複雑化した戦局に僅かに逡巡。正面からは竜鱗を断つ歪んだ平行四辺形、上空からは致死の打撃が迫る。ともに脅威には変わりない。だが脅威の程度が知れ切っているのは……。

 竜の選択は水晶による正面の防御だった。瞬時に前方を覆う水晶塊は、鋭利な結晶を伴って何人の侵入をも拒む城門と化す。脅威の程度は不明だが、純粋剣士の乱入者にはこれを破る手段がない。あれば最初に撃ち込んで戦いを終えている。そのようにヘヴォルムは判断したのだ。

 同時に、水晶の城門は中空を舞うあなたへ向けて巨大な逆茂木へと爆発的に成長した。

 

 上空で石柱の一つを蹴り砕き、あなたは加速した。重力咒式に制御された人体が木の葉のように揺らぐ。大気を幾度も弾けさせ、落雷の軌道で水晶樹の枝葉の先へ。その先には。

 時を閉ざした巨樹がヘヴォルムを守る城壁と化している。

 これを破るには剣でも槍でも足りない。

 音を超えて迫る結晶の城壁。

 これを破るには斧が必要だ。

 ドラッケン流体術における「羅睺」の応用変化。落下する黒い星は、目標直前で前転を交え、僅かに対処のタイミングを誤らせ、直後、真上から振り抜かれるは居合のごとき右踵。解き放たれた威力は星を喰らって余りある。

 百メートル四方に水晶樹が飛散した。

 だがお互いに期待した成果には程遠い。水晶樹の爆心地に竜は未だ健在であり、あなたの姿もまた宙にあった。

 

 これが最後の交差になる。

 

 最高の一撃を凌ぎ切り、溜めを終えたヘヴォルムの咢もまた開かれた。今や防御も回避も必要ない。この竜もまた全力の攻撃で正面から叩き潰すと決めていたのだ。

 音もなく白光が解き放たれた。直径一メルトルの死の縁に触れたあらゆるもの、空気中の微細な埃までもが、結晶塊と化して瞬時に砕け散る。

 直撃を受ければいかに混じり者であっても即死は免れない。横凪に振り抜かれる光線はまさに超常の断頭刃。ヘヴォルムをして咒力の大半を消費させる必殺の吐息は一秒の内に地下空洞を両断し、天井に結晶の虹の軌跡を生み出す。

 「おおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁああ!!」

 詰みの体勢で、混じり者は勝利の咆哮をあらん限りに叫ぶ。

 狂ったか。脳裏に過る予想をヘヴォルムは即座に否定する。いや、そうではない。こいつの狂気は闘争のためにしか存在しない。ならば、絶対不可能に思えた天秤を覆す何かが必ずある。

 果たして竜の予感は的中する。

 光線を振り抜いて、必殺の攻撃を繰り出してなお混じり者の咆哮は木魂し続けていた。

 長命竜の背骨を貫く悪寒に、歴戦の身体は筋繊維一本も反応を返さない。辛うじて、状況を追随する視線と混乱する資格情報の断片を整理することなく拾い集め、ようやく追いついた理解に、ヘヴォルムは腹腔が緩むほどの戦慄を許される。

 落下する混じり者の、背後。告死天使の翼のごとく人の手に輝くのは歪んだ平行四辺形。

 巨大な刃の質量を重しにあなたは空中で光線を躱し、ヘヴォルムへとの決戦距離にまで肉薄していた。

 この土壇場で長命竜はまたも同じ失態を犯した。敵は体から生えた爪牙で戦うわけではないのだ。道具というのは誰であっても扱える。それは自らの術式から逃れた男が、竜狩りの刃を振るった事からも明らかだったというのに。

 水晶塊に進路を塞がれた時点で黒衣の男はあなたに向けて、刃を投擲していた。それを見ることが出来たのは鳥の視点を持つ者だけだ。

 だからどうした。それを敗北の言い訳にするにはまだ早い。刃の衝突まで時間がないと見て、ヘヴォルムは自らの肉の内に窒化珪素焼結体の防壁を構築する。身を裂く苦痛などいくらでも甘受しよう。この一合を凌げば今度こそヘヴォルムが勝つ。

 あなたは一切の躊躇なく両腕を真下に振り抜いた。裂帛の気合いと共に繰り出される銀円は、未熟な使い手を表すように利き手の影響を受け僅かに左袈裟の形をとって撃ち込まれた。あるいは人相手ならば、生き延びる目も合っただろう。だが、一点に集中した怪物の膂力には第五階位の防壁でさえ薄氷に等しい。

 

 

 

 竜の死んだ地下空洞は時が死んだように静まり返っていた。崩壊した水晶樹の欠片を踏み締め、黒衣の男は5メルトルの距離をおいて安堵と不安が入り混じった表情で立ち止まった。

「それで、あなたは何者だ?」 

「お前を探していた。俺は蘭宗会のコン・タオローというものだ。頼みがある」

 早合点もまずいがつまりは、この男もまたベギンレイムの尻尾と同類なのだろう。

「組織はごめんだ。いいように利用されるのはもう真っ平だ。あんたみたいな暗い目をした人間を差し向ける組織が真っ当なはずがない」 

「違う。個人的な願いだ。俺にはもう組織は関係ない」

 そう言って、男はあなたの手にある刃を指差し、

「それを、持ち主の故郷に戻してやって欲しい」

 けれども、これをあなたに投げ渡した男、ランソウカイのコン・タオローはどう見てもドラッケン族ではない。十中八九面倒な事情があるというと直感が告げていた。同時に、事情はどうあれ男には借りがある。あのままヘヴォルムと戦い続けていればあなたは今頃死んでいる。

「そうだ。戦士の魂だ」

「大切なものだな?」

 あなたの問いに男は僅かに目の奥を揺らがせ、そうだ、と肯定した。

「なら、自分で返したほうがいい」

 コン・タオローに向けてあなたは屠竜刀を投げ返す。タオローは宙を飛ぶ屠竜刀を掴むと同時に掌中で回転させ、柄をあなたに向けた。 

「俺にはもう出来ない」

 なぜ?と訊くまでもなくあなたは近づいてくるコン・タオローの姿に全てを察する。

「だから託す。鞘は上の聖堂に倒れているドラッケン族の背中にある」

 男の体はよく見ると〇と一の数列で構築されていた。SF映画でしか見たことがない立体映像じみた姿は、長套の裾から次第に消え始めていた。   

「あとは頼んだぞ」

 柄を握る五指が消え、支えを失くした屠竜刀が落下する。あなたは咄嗟に手を伸ばし、剣を掴んだ。顔を上げるとタオローは僅かに目元を緩め、青い燐光を残して消えていった。

  

 




つらい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。